Archive for the ‘日本映画’ Category

愛は降る星の彼方に

2017年12月5日

 

愛は降る星の彼方に

 




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ケイトー。。。、今日は格調高いタイトルをつけたのねぇ~?


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シルヴィーもそう思いますか?

なんだか とってもロマンチックじゃない!?

シルヴィーもそう思いますか?

誰だってぇ そう思うわよ。。。

実は、僕がタイトルを考えたわけではないのですよ。。。

ケイトーじゃないのなら、いったい誰が上のタイトルをつけたわけぇ~?

ちょっと次の検索結果を見てください。


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 これってぇ 中国の検索エンジンじゃない!?

そうです。。。 見れば解るように 中国のネット市民が「爱は降る星のかなたに」と入れて検索したのですよ。

どうして中国人が検索したと判るわけぇ~。。。?

あのねぇ~、僕はタイトルをは降る星の彼方に”と書いたけれど、検索した人はは降る星のかなたに”と書いてるのですよ。

あらっ。。。 love という意味でも字の形がちょっと違っているのねぇ~。。。

そうです。。。 日本語ではと書くところを中国の簡体字ではと書くのです。

。。。で、マジで中国のネット市民が検索したわけなのォ~?

そうです。。。 香港に住む劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんが検索したのですよ。

どうしてラウ・ガーリンさんが検索したと自信を持って言えるのォ~?

ガーリンさんは僕のブログの常連さんなのです。。。


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『拡大する』

ガーリンさんのIPアドレスが記録に残ってました。

でも。。。、でも。。。、どういうわけで“爱は降る星のかあなたに”といれて検索したわけぇ~?

あのねぇ~、ガーリンさんは香港中文大学で英語と日本語を勉強したのです。。。 だから、英語も日本語もかなり話せます。。。


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現在は、香港演芸学院で本格的に演劇を勉強しているのですよ。。。 近い将来、香港ばかりでなく、ハリウッドでもデビューしようと頑張っているわけです。。。


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日本でもデビューするつもりなのォ~?

そうです。。。 たまたま先日、ガーリンさんは本読みの稽古をしていたのです。。。 その台本の中にゾルゲ事件が出てきたのですよ。。。 調べてゆくうちに日本人の「尾崎秀実」が関わっているという事がわかった。。。 

尾崎 秀実(おざき ほつみ)

誕生: 1901年(明治34年)4月29日
刑死: 1944年(昭和19年)11月7日


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尾崎秀実は日本の評論家・ジャーナリスト・共産主義者。
朝日新聞社記者、内閣嘱託、満鉄調査部嘱託職員を務める。

近衛文麿政権のブレーンとして、政界・言論界に重要な地位を占め、軍部とも独自の関係を持ち、日中戦争(支那事変)から太平洋戦争(大東亜戦争)開戦直前まで政治の最上層部・中枢と接触し国政に影響を与えた。

共産主義者、革命家としてリヒャルト・ゾルゲが主導するソビエト連邦の諜報組織「ゾルゲ諜報団」に参加し、スパイとして活動し、最終的にゾルゲ事件として1941年発覚し、首謀者の1人として裁判を経て死刑に処された。

報知新聞記者の父・秀真(ほつま)の子として東京芝伊皿子町で生まれる。
5ヵ月後、父が台湾総督府の後藤新平の招きを受け、台湾日日新聞社漢文部主筆として赴任したことから、台湾で育つ。
台北中学、一高を経て、東京帝国大学法学部を卒業、大学院で1年学んだ。

この前後に共産主義のシンパになるが、運動には携わらなかった。
たとえば、一高時代に森戸事件が起きたが、特に社会運動に参加はしていない。
しかし、大正12年の関東大震災で無政府主義者の大杉栄、伊藤野枝、大杉の6歳になる甥が憲兵隊に殺害された事件に触発され、社会主義研究を始める。
テキストはマルクスの『資本論』をはじめ、レーニンの『帝国主義論』、『国家と革命』であり、中国問題に着目するようになったのはカール・フォーゲルの『目覚めつつある支那』を読んでからである。

 

上海へ

昭和2年10月から翌年の大阪朝日新聞の支那部に籍を置く。
この大阪赴任中、一高の先輩で日本共産党員の冬野猛夫に会い、影響を受ける。
上海に渡る直前に、一高、東京帝大で同期でドイツ帰りの羽仁五郎から現地の新聞の研究・分析の重要性について教わる。
その後、特派員として昭和2年11月に大阪朝日新聞社上海支局に転勤し、英語とドイツ語に堪能な尾崎は、太田宇之助支局長のもと外交方面を受け持つことになる。

上海滞在中、内山書店に通い、店主の内山完造や、そこに出入りする郭沫若や魯迅、中国左翼作家連盟の夏衍と交際する。
また中国共産党とも交流した。
昭和3年11月、イレーネ・ワイテマイヤーが経営するツァイトガイスト(ドイツ語で「時代精神」の意)書店でアグネス・スメドレーに会い、コミンテルン本部機関に加わり諜報活動に間接的に協力するようになる。

さらに、常盤亭という日本料理店において、スメドレーの紹介で、フランクフルター・ツァイトング紙の特派員「ジョンソン」ことリヒャルト・ゾルゲと出会う。
彼を通じてモスクワへ渡った南京政府の動向についてのレポートが高く評価され、南京路にある中華料理店の杏花楼で、ゾルゲから自分はコミンテルンの一員であると告げられ、協力を求められ、承諾する。
実際に尾崎をゾルゲに紹介したのはアメリカ共産党員で当時上海にあった汎太平洋労働組合(PPTUS)書記局に派遣され、満鉄傘下の国際運輸という運送会社に潜り込んでいた鬼頭銀一である。

 

映画

愛は降る星のかなたに(1956年、日活/監督:斎藤武市/出演:森雅之)
スパイ・ゾルゲ 真珠湾前夜(1961年、フランス・日本合作/監督:イブ・シャンピ/出演:トーマス・ホルツマン、山内明)
スパイ・ゾルゲ(2003年/監督:篠田正浩/出演:イアン・グレン、本木雅弘)


出典: 「尾崎秀実」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ガーリンさんは調べてゆくうちに 尾崎秀実のことが映画にもなっていることをつかんだ。

それで中国の検索エンジンで“爱は降る星のかあなたに”といれて検索したわけなのォ~?

そういうことです。。。 そしたら僕が Denman Blog に投稿した『愛は降る星のかなたに』が検索結果のトップに出てきたのですよ。


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『拡大する』

『実際のページ』

。。。で、ガーリンさんは上の記事を読んだわけなのォ~?   

もちろんですよ。。。

「ゾルゲ事件」というのは国際的な事件だったから聞いたことがあるけれど、尾崎秀実がこの事件に関わっていたということは知らなかったわ。

日本の昭和史では有名な人です。

。。。で、尾崎秀実と「愛情はふる星のごとく」がどのように関係しているのォ~?

あのねぇ~、尾崎秀実の妻の英子さんという人は秀実の兄の配偶者だったのですよ。

つまり、兄の妻が亡くなったので、その妻を弟の尾崎秀実が面倒を見るために結婚したということォ~?

違うのですよ。 まだ兄さんが生きている間に弟の秀実さんは兄さんの嫁さんと愛し合ってしまったのですよ。

あらっ。。。 それってぇ、不倫になるのじゃないのォ~?

世間では、そういう風に見られてしまう。

戦前の日本では姦通罪は厳しかったんじゃない?

そうですよ。 不倫は戦前の日本では立派な犯罪だった。 でもねぇ、一族の間の問題だから、あまり派手に裁判で騒ぎだてるわけにもゆかなくて、結局、二人は不倫の果てに結婚することになったのです。

要するに、二人は相思相愛の仲だったわけね? でも、尾崎秀実はスパイ罪で投獄されてしまったのでしょう。。。

そうですよ。 尾崎秀実は拘置所に入っている間に、こまめに妻子に宛てて手紙を書いたのです。 その手紙を尾崎が刑死してから英子さんが書簡集として出版したのが『愛情はふる星のごとく』という本なのです。


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あらっ。。。 ラブレターを出版したのォ~?

あのねぇ~、拘置所から手紙を出したのですよ。 当然、検閲がある。 だから、シルヴィーが期待するようなラブレターは書けないのです。

じゃあ、それ程面白い書簡集じゃないのねぇ~?

でもねぇ~、この『愛情はふる星のごとく』は隠れたベストセラーになったのです。 手紙を読むと、あの息も詰まるような戦争中に自分の意志を貫き通して生きる尾崎の姿が見えてくる。 しかも、行間には妻子を思う夫としての尾崎、それに父親としての尾崎の愛情がにじみ出ている。 そういうところが特に女性の共感を得たようです。

あらっ。。。 そうなのォ~? もし英訳が出ているのなら私も読んでみたいわァ。

でもねぇ~、一部では、尾崎は上海でアグネス・スメドレーと情交を重ねていたという人もいるのですよ。

アグネス・スメドレー (Agnes Smedley)


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1892年2月23日 – 1950年5月6日)

アグネス・スメドレーはアメリカ合衆国のジャーナリスト。
中国大陸の近代事情、特に中国共産党に関する著作で知られる。
第一次世界大戦においてはインドの英国からの独立のためドイツ政府からの経済援助を受けながら合衆国内で活動し、世界革命論を促進するコミンテルンのために共に長期間活動している。
コミンテルンから資金援助を受けて対外宣伝活動を行っていた。

スメドレーは1892年にミズーリ州のオスグッドで農家の5人兄妹の1人として生まれた。
10歳の頃コロラド州へ移り、学校へと通いながら家計を助けるために働いていた。
彼女は正規の教育を受ける機会はなかったが、学習に対する興味は失わなかった。
1911年から1912年にかけて、スメドレーはアリゾナ州テンピの師範学校で特待生として学んだ。
学内では学生新聞の編集を行っている。

その後、スメドレーはアーネスト・ブラディン(Ernest Brudin)と結婚し、カリフォルニア州へと移住した。
この地で社会主義の思想に触れた彼女は、6年後に離婚するとニューヨークへと向かった。
ニューヨークではマーガレット・サンガーと共にBirth Control Review誌で働いている。
インド人の共産主義者ヴォレンドラナート・チャットパディア(Virendranath Chattopadhyaya)と関係を深めると、彼とともにドイツへ渡った。
1929年には初の自伝を書き上げている。

チャットパディアと分かれたスメドレーは次なる興味の目標を中国大陸へと定め中華民国の上海へ向かった。
上海ではソビエト連邦のスパイであったゾルゲと親密に親交し、後に彼の協力者となる尾崎秀実を紹介した。
尾崎はスメドレーの著作を日本語に翻訳している。

このような経緯から、マッカーサーの部下であったチャールズ・ウィロビーはスメドレーをソビエトのスパイであると主張していた。
スメドレーはこの主張に対し戦後告訴を試みている。

スメドレーは1930年代に始まった国共内戦と日中戦争の取材を行い、記事をフランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥングやマンチェスター・ガーディアン紙などへ投稿した。
中国共産党傘下の八路軍へ密着した取材などで詳細なレポートを表している。
1937年には戦場の第一線の取材を離れ、医薬品の供給や総括記事の執筆などを、1938年から1941年にかけては国民党と共産党双方の上層部の取材を行っている。
このような精力的な活動は中国大陸での戦争を取材する外国人記者としては飛び抜けたものであった。

その後アメリカに戻り、第二次世界大戦及び国共内戦における中国共産党への援助に関する活動に従事している。
この間数冊の著作を執筆した。
印税ほ全て社会のために使い、友人の家に間借りするような質素な生活を送っていた。
戦後1947年になり、東西両陣営の間の冷戦が深まる中で、彼女はスパイの容疑をかけられた。

スメドレーの活動も影響してか、アメリカからの支援が減った国民党軍は敗北し台湾島に遷都し、1949年には国共内戦に勝利した中国共産党によって、中華人民共和国が設立された。
その翌年の1950年に、米下院下院非米活動委員会からスメドレーに召喚状が発せられたが、彼女はその日にロンドンに飛び、その晩急死した。


出典: 「アグネス・スメドレー」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまり、上海でアグネス・スメドレーと不倫していたのォ~? それってぇ ヤバいんじゃない!?

いや。。。 僕は、そういう事はなかったと思うのですよ。

でも、誰が尾崎とアグネス・スメドレーが不倫していたと言いふらしたの?

あのねぇ~、1946年2月、アメリカに在住していたスメドレーを石垣綾子が訪ねた時に、スメドレーは石垣から、尾崎が1944年にすでに刑死していると聞かされたのですよ。 その時、スメドレーが「私の夫は亡くなっていたのォ~!?」と絶句したと言うのです。

石垣 綾子


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(1903年9月21日 – 1996年11月12日)

 

石垣綾子は、評論家、社会運動家。
東京生まれ。
自由学園卒業。
1926年米国に渡り、反戦・社会運動に参加する。
のち画家・石垣栄太郎と結婚する。
日中戦争、太平洋戦争中は、日本兵に対する反戦の呼びかけ運動を行う。

1951年にマッカーシズムにより、国外退去となり帰国、1955年「主婦という第二職業論」で「第一次主婦論争」の火蓋を切る。
以後女性問題で活躍した。
その女性論はしかし、裕福な家庭に生まれ優れた能力を持ち理解ある伴侶に恵まれた者のブルジョワ女性解放論でしかなく、むやみと「愛」を強調するばかりだという意見もある。

ほかに、滞米時に交友があった、パール・バックの作品の翻訳、スメドレー伝などがある。


出典: 「石垣綾子」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

尾崎が結婚していることはアグネス・スメドレーは初めて会った頃から知っているのですよ。 だから、スメドレーが尾崎と結婚するはずがないのです。 また、そのような記録もない。

でも、石垣綾子はスメドレーが「私の夫は亡くなっていたのォ~!?」と絶句したのを目撃したのでしょう?

あのねぇ~、スメドレーにとって尾崎は東洋人としては他に得がたい友人であり、また同じ志を抱いていた同志だったはずなのです。 それだけに尾崎が刑死したという事を知らされた時のショックは、まさに“自分の夫”が亡くなったような衝撃を受けた。 その気持ちを「私の夫は亡くなっていたのォ~!?」という言葉で表現したのですよ。

つまり、石垣綾子はスメドレーの言葉を文字通りに受け取ってしまったわけねぇ~?

それ以外に考えられないでしょう!

。。。で、ガーリンさんも 記事を読んで 不倫事件について納得したのォ~?

そうです。。。

どうして、ケイトーは そのような事まで判るのォ~?

ガーリンさんが感想を書いて僕にメールを寄越してくれたのです。


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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。

尾崎秀実は拘置所に入っている間に、こまめに妻子に宛てて手紙を書いたようです。

その手紙を尾崎が刑死してから英子さんが書簡集として出版したのが『愛情はふる星のごとく』という本なのです。

あなたは、読んだことがありますか?

戦後に出版された本です。

戦争中であれば、出版は許されなかったでしょう!

戦争中は“言論の自由・表現の自由”がありませんでした。

でも、現在でも“言論の自由・表現の自由”を理解していない管理人がいるものです。

ええっ。。。? 誰かってぇ~?

アメブロ(https://ameblo.jp)のファシスト管理人ですわ。

例えば、デンマンさんが書いた“ネットリンチ”という記事は

多くのサイトで公開されています。


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『ネットリンチ』 on ライブドア (公開)

『ネットリンチ』 on Denman Blog (公開)

『ネットリンチ』 on FC2 (公開)

『ネットリンチ』 on GOO (公開)

『ネットリンチ』 on EXCITE (公開)

『ネットリンチ』 on AMEBLO (未公開)

 

でも、アメブロ(https://ameblo.jp)では削除されて未公開です!

真面目にブログをやりたい人たちはアメブロ(https://ameblo.jp)を避けています。

そんなわけで会員数が多くても実際に活動している会員は少ないのです。

言葉狩りや写真狩りをしているサイトは当然嫌われます。

どうして会員数を誇示しようとするのでしょうか?

会員数が多ければ広告主に対して

広告の効果をアピールすることが出来るからです。

でも、冬眠中の会員が多いところはすぐに判ってしまうのです。

アメブロ(https://ameblo.jp)も、会員数にだいぶこだわっているようです。

2000万人どころか、1000万にも居ないということを

次の記事の中で分かり易くデンマンさんが説明しています。

面白いですから次の記事も読んでみてくださいね。

『ファシスト管理人』

話は変わりますけれど、シルヴィーさんのことをもっと知りたかったら次の記事を読んでください。


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『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』

『真紀子落選(2013年1月14日)』

『野火(2013年1月18日)』

『タイタニックと国際化(2013年2月1日)』

『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』


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『チョコレートと軍産複合体』

『チョコレートと甘い権力』

『CIAの黒い糸』

『美しい日本語再び』

『宮沢りえブーム?』

『また、宮沢りえ?』

『浅間山噴火とフランス革命』

『なぜアクセスが急増したの?』

『気になる検索ワード』

『なぜ塩野七生批判』

『その検査、ムカつく!』

『宮沢りえと床上手な女』


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『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

『ジャルパックと国際化』

『古代ローマのセックス』

『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

『エロいけれどためになる話』

『えろあくにめ温泉』


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『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』

『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

『幻の暴走機関車』

『CIA@NOパンツ』

『やっぱり、セックス』

『セックス風呂具村』

『CIAの黒い手再び』


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『アダムとイブは何を食べたの』

『舞踏会 明子』

『波乱の人生』

『国際化だよね』

『イングナさんを探して』

『美しい日本語 チェーホフ』

『横の道@ニコライ堂』

『また塩野七生批判』

『日航スチュワーデス』


(cleopara2.jpg)

『クレオパトラ@塩野批判』

『テルモピュライの戦い』

『思い出の蓮』

『角さんと天罰』

『ラーメン@リガ』

『角さんと天罰がなぜ?』

『南京事件と反知性主義』

『あけびさんの卒論』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ。


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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平成の紫式部、橘卑弥子でござ~ます
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Jagel - Soft Japanese Bagel
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下着・ランジェリーを見つけませんか?』

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ハレンチ@日本

2017年10月26日

 

ハレンチ@日本

 


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デンマンさん。。。、あんさんは日本へ帰省した途端にハレンチ学園にハマってしまいはったん?


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なんで わてがハレンチ学園にハマらにゃあかんねん?


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そやかて あんさんはハレンチ学園の写真をベタベタ貼り出してるやおまへんかァ~!

わてがハレンチ学園にハマっとるのとちゃうねん。。

そんなら どなたはんがハマってはるのォ~?

あのなァ~、45歳になる公立中学校の先生がハマってしもうたのやがなァ~。。。

ホンマかいなァ~。。。 あんさんが教わった先生やのォ~?

わてが教えを受けた先生にはハレンチ学園にハマってしもうた先生はおらへん。。。

そんなら あんさんの親戚の先生の中に ハマってしもうた先生がおるのォ~?

わての親戚には、そないな先生はおらへん!

そやから、じらせんで、はっきりとその先生の名前を言うたらええやん。。。

そんなら、次のニュースを見て欲しいねん。。。


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教師の盗撮 校長と教頭が

証拠隠滅”指示

 

2017年10月23日 18:59


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教室内で盗撮したとして男性教師が逮捕された事件で、その学校の校長と教頭の2人が、盗撮データを削除するよう指示していたとして書類送検された。

警察によると、この事件は埼玉県内の公立中学校で、45歳の男性教師が去年5月までの約1年間、デジタルカメラを教室内に仕掛け、女子生徒の着替えを盗撮したとして逮捕されたもの。

その後の調べで、この中学校の校長と教頭の2人が、盗撮の事実を知りながら、男性教師にデータを消すよう指示していたことがわかり、23日、犯人隠避と証拠隠滅の疑いで書類送検された。

調べに対し校長は、「自分たちが口外しなければ、公になることはないし、男性教師に辞められると学校への負担が大きくなると思った」と容疑を認めている。


『テレNEWS24』より

あらっ。。。 今月の23日やん!  つい最近ですやん。。。 しかも埼玉県の公立中学校の先生やないのォ~!

そうやァ~・・・

あんさんが帰省した ふるさとは埼玉県の行田市やないのォ~!

そうやァ~・・・

つまり。。。、つまり。。。、あんさんの母校の先生がハレンチな事件を起こしやはったん?

わてが卒業した行田中学校には、そないなハレンチな先生はおらへん!

マジかいなァ~?

こないな時に、わてはデマカセやウソはつかへんでぇ~・・・

。。。で、上のニュースを見て、あんさんはビックリこきはったん?

ビックリしたと言うより、呆れてしもうたのやがなァ~・・・ おそらく、事件を起こした先生はハレンチ学園にハマっていたと思うねん。。。

要するに、自分でもハレンチ学園を実現しようと思いはったん?

それ以外に考えられへん!

そやけど、45歳の働き盛りで、分別盛りの年代ですやん。。。

常識で考えれば、そないなはずやねん。。。 ところが、最近の日本では常識が通用せんようになっとるねん。。。

ホンマかいなァ~?

信じられへんやったら、ちょっと次の小文を読んでみィ~なァ。。。

狂い始めた日本?

 

かつてなかったようなさまざまな陰惨な事件やテレビ番組の低俗化をまのあたりにしながら、日本がどこか狂い始めているのではないかと思っている人たちは少なくないと思う。


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そう、明らかに日本はあちこちのねじが弛み、歯車が逆転し出し、狂い始めたのではないか。

教育の現場にいて、それを中国、韓国、インド等と比べるとますますその感を深くする。
スポーツ選手や芸能人にあこがれ、地味な努力を厭うようになった多くの若者たち。
中国やインドで目を輝かせて勉学にいそしんでいる若者たちと比べるとそのあまりにも大きな差に愕然とせざるを得ない。

しかし、子どもたちや若者は大人たちの鏡である。
近頃の若者はとなげくほど無責任なことはない。

一体、どこで歯車が狂ってきたのか。
原因はどこに潜んでいるのかを幅広い視点から探ってみよう (略)。

世のなかは規制の緩和、民営化さえすれば「改革」だとレッテルを張り、ここ十数年、「改革」という名のシステム破壊、権威の攻撃を続けてきた。
しかし、新しいシステムの設計図も、新たな社会の担い手のイメージもなく行ってきた破壊は、いま日本社会を惨憺たる状況に陥れ始めてきている。
家族は崩れ始め、教育は荒廃し、企業はパブリック・マインドを失い、地方と一次産業は衰退の一途をたどっている。

確かに、マクロの景気は悪くないし、国民の多くはまだそこそこの繁栄をエンジョイしている。
しかし、崩壊の予兆はあらゆるところに現出し始めた。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


2-3ページ 『幼児化する日本社会』
著者: 榊原英資 2007年7月19日発行
東洋経済新報社

テレビ番組の低俗化や映画の低俗化が進んでおるねん。。。

つまり、ハレンチ学園という映画は低俗化の見本やと、あんさんは言わはるのォ~?

そうやァ~。。。 まず間違いなく上の事件を起こした先生はハレンチ学園にハマっていたと思うねん。。。

そうやろか?

信じられへんのやったら、次の小文も読んで欲しいねん。。。

ネットで脳が退化?

 


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テレビ、パソコン、携帯電話などさまざまな情報機器は便利だけれども、ときに考えることを妨げていることに気づきます。
これらは下手な使い方をすると脳の退化を招きかねないという側面を持っているようです。

ワープロで文章を書いていると明らかに漢字を忘れます。
スペルチェックなどもしてくれますから、英語の綴りも怪しくなる。
パソコンを使うことによって、頭を使わずに済むことがあるわけです。

携帯電話でばかりコミュニケーションをしていると、直接顔を合わせたときのコミュニケーションがぎこちなくなることはないでしょうか。
インターネットで膨大な情報が手軽に得られるようになりましたが、それを全部信じ込むことが危険だということは、多くの人が感じているでしょう。
そんな時代だからこそ、まず情報を疑って自分の頭で考えるようにしなければならないのでしょう。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
イラストはデンマン・ライブラリーより)


231ページ 『幼児化する日本社会』
著者: 榊原英資 2007年7月19日発行
東洋経済新報社

つまり、事件を起こした先生はハレンチ学園にハマって 脳が退化してしもうた、と あんさんは思いはるのォ~?

それ以外に考えられへん。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

そうですよね~。。。 生徒を正しく導く先生が女子生徒が着替える姿を盗撮して楽しむなんて、常識では考えられませんわァ!

あたくしも教師の端(はし)くれですので、上の事件は考えさせられましたわ。。。

昔の人は次のように言ったのでござ~ますわァ。

Art is long, life is short.

ラテン語ですと、 Ars longa, vita brevis. となります。

古代ギリシアのヒポクラテスの格言の英語訳、ラテン語訳ですわ。

日本語では「学芸は長し、生涯は短し」という意味でござ~ます。

ラテン語に訳した文章全文は”Ars longa, vita brevis, occasio praeceps, experimentum periculosum, judicium difficile.” と言うのだそうですわ。

“学芸は長し、生涯は短し、時機は速し、経験は危うし、判断は難し”となり、この先頭部分が成句となったのだそうです。

あたくしは、未だに独身でござ~ますけれど、一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしは男性が着替える姿を盗撮して楽しむような悪癖は持っておりません。

(モナリザの微笑)

これでも、学芸に このささやかな一生を捧げようとしているのでござ~ますわァ。

腐女子の間では、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますゥ。

あなたは信じられないのでござ~ますかァ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。


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『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

そうでしょうねぇ~。。。 

でも、最近 あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”がネットで人気が出ている、ということは信じられるでしょう?

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 それも信じられないというのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。


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どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、

最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

ところで、話は変わりますけれど、

かつて、レンゲさんの親友の めれんげさんは 一生懸命にブログを更新していたのでした。

でも、時には、他のことに夢中になって、会費を滞納したことがあったのでござ~ますわァ。。。

そのために、サイトを削除されてしまったのです。

それでも、2013年の6月にライブドアで『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよねぇ~。。。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。

でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


(gog30928a.png)

また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


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(surfing9.gif)

メチャ面白い、

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(linger49.gif)


■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

■ 『あなたもワクワクする新世代のブログ』


(renge62e.jpg)

『あしたみる夢』

『ネット殺人事件』

『失楽園のモデル』

『スパムに追われて』

『心にしるす』

『復楽園がいいの?』

『今をだきしめ想いかなえし』

『きみ待ちわびて』

『朝の来ぬ国』

『離れがたき』

『めれちゃんがいいね』


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『愛はスミレの花のように』

『思い出の夕顔』

『スミレの花咲く頃』

『クリスマスのコメント』

『消え行く愛など無く』

『ひとりかも寝む』

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『少女と下着の秘密』

『いとしき言葉』

『無我の愛と自我の愛』

『めれちゃんde人間失格』

『愛@文明開化』

『愛と共感とストレス』

『愛欲と空海』

『きみはやさしく』

『愛の擬人法』

『めれちゃんと南方熊楠』


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『めれちゃんの人気再び』

『愛はスミレの花よ』

『肥後ずいきで検索』

『加賀の千代』

『千代に再会』

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『大奥女中の淫らな恋』

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『めれちゃんと倉持由香』

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『皆さん、ありがとう』

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『家畜人ヤプー 性と愛』

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『ズロースと乱歩』

『平成悲話』


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『熱狂的なファンのぬくもり』

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『性具@バンコク』

『愛de擬人法』

『ネットde世界』

『細川ガラシャと病める日本』

『愛と性の悦び』


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こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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日本初のヌードショー

2017年10月2日

 

日本初のヌードショー

 


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デンマンさん。。。 つい先日、9月27日に“Playboy”の創刊者のヒュー・ヘフナー(Hugh Hefner)さんが91歳で亡くなりましたわねぇ~。。。


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あれっ。。。 ジュンコさんはよく知ってますねぇ~。。。

だってぇ、ニュースが世界を駆け巡りましたわァ~。。。


(playboy3.jpg)

そうなのですよ。。。 僕もちょっと驚きました。。。 しぶとく100歳を超えるまで生き抜くのじゃないかと思ってましたからねぇ~。。。

。。。で、ヒュー・ヘフナーさんを追悼するために“日本初のヌードショー”というタイトルにしたのですかァ~?

それも理由の一つだけれど、実は、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

日本初のヌードショー


(teitoza04.jpg)

 

昭和22年になりますと、1月15日に日本初のヌードショーが行われました。 (略)

新宿の今の伊勢丹の前にあった映画館「帝都座」の5階に小さな劇場がありまして、そこでいわゆるストリップがはじまったのです。

そうは言ってもタイトルは「名画アルバム」。

 

“ヴィーナス誕生”と銘打って、カーテンが上がると女の人が額縁を背景に大きな帽子を持って舞台に立ったまま動かないのです。

下半身は帽子で隠されているけれど、たしかにハダカなんです。

まあそれでも男どもは押し寄せまして、固唾(かたず)をのんで舞台の上にはじめての女性のヌードを見たんですね。

 

この時のヌード第一号が甲斐美春(かい みはる)さんという若い女性だそうですが、彼女は間もなく親父さんに怒られてやめてしまい、その後に出てきたのがヒロセ元美さんという非常に有名なストリッパーです。


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彼女は「立っているだけじゃつまらない」と自ら動き出し、見事な裸踊りを披露して場内は大変沸きました。

これを警察が取り締まることもなく、ストリップは一気に盛んになったんですね。

 

ちなみに、この年の夏くらいから、浅草の大都(だいと)劇場やロック座でも華々しいストリップがはじまりまして、昭和23年に長岡から東京に出てきた私もよく通わせていただきました。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


207-208ページ 『昭和史 戦後篇 1945-1989』
著者: 半藤一利
2009年7月27日 第4刷発行
発行所: 株式会社 平凡社

確かに、昭和22年を契機にヌードショー、つまり ストリップが日本全国に広まったらしいですよ。。。

デンマンさんも、ストリップを見に日本全国を駆け回ったのですか?

僕は、まだヨチヨチ歩きだったので、母親の乳房につかまりっきりでしたよ。。。 (モナリザの微笑)

それほど、ストリップがはやったのですか?

あのねぇ~、中学生になってから黒澤監督が作った映画『生きる』を観たのだけれど、市役所の万年課長で退職する主人公を演じる志村喬が、“生きがい”を見出すために参考のためにストリップを見に行くのですよ。。。


(ikiru100.jpg)

上の写真の中央に写っているのが退職してから“生きがい”を探している主人公ですよ。。。

つまり、ストリップに“生きがい”を見いだしたのですか?

やだなあああァ~。。。 いくら何でも“ストリップ”に“生きがい”を見いだして、主人公が 毎晩、毎晩ストリップを見に行ったら、黒澤監督の映画にならないでしょう!

つまり、ヌードショーもストリップも“生きがい”にはならない事を言うために、この記事を書く気になったのですか?

いや。。。 そればかりではありません。。。 半藤一利さんは、上の本で昭和22年に“日本初のヌードショー”が出現したと書いているけれど、もっと大昔に“ヌードショー”があったのですよ。。。

マジで。。。?

僕は、このような真面目な話をしている時にウソとジュンコさんの尻は突きません。。。

。。。で、大昔っていつ頃の事ですか?

ちょっと次の記事を読んでみてください。。。

アメノウズメ


(iwato07.jpg)

 

アメノウズメは、日本神話に登場する神。
「岩戸隠れ」の伝説などに登場する芸能の女神であり、日本最古の踊り子と言える。

一説に別名「宮比神」(ミヤビノカミ)。
大宮売神(オオミヤノメノカミ)と同一視されることもある

『古事記』では天宇受賣命、『日本書紀』では天鈿女命と表記する。
神名の「ウズメ」の解釈には諸説あり、「強女(オズメ)」の意とする『古語拾遺』説や、「髻華(ウズ)」を結った女性(巫女の装束)の意とする『稜威道別』(イツノチワキ)説、折口信夫が『若水の話』で出した、「マナを指すヲチの音便で、魂をヲチふらせる意」説などがある。

 

神話での記述

岩戸隠れで天照大神が天岩戸に隠れて世界が暗闇になったとき、神々は大いに困り、天の安河に集まって会議をした。
思兼神の発案により、岩戸の前で様々な儀式を行った。

『古事記』では次のように記述されている。

「槽伏(うけふ)せて踏み轟こし、神懸かりして胸乳かきいで裳緒(もひも)を陰(ほと=女陰)に押し垂れき。」
つまり、 アメノウズメがうつぶせにした槽(うけ 特殊な桶)の上に乗り、背をそり胸乳をあらわにし、裳の紐を股に押したれて、女陰をあらわにして、低く腰を落して足を踏みとどろかし(『日本書紀』では千草を巻いた矛、『古事記』では笹葉を振り)、力強くエロティックな動作で踊って、八百万の神々を大笑いさせた。


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その「笑ひえらぐ」様を不審に思い、戸を少し開けた天照大神に「あなたより尊い神が生まれた」とウズメは言って、天手力雄神に引き出して貰って、再び世界に光が戻った。

天孫降臨の際、瓊瓊杵尊(ににぎ)が天降ろうとすると、高天原から葦原中国までを照らす神がいた。
アメノウズメはアマテラスと高木神に、「手弱女だが顔を合わせても気後れしない(面勝つ)からあなたが問いなさい」と言われた。

この時のアメノウズメは『日本書紀』では次のように記述されている。

「その胸乳をあらわにかきいでて、裳帯(もひも)を臍(ほそ=ヘソ)の下におしたれて、あざわらひて向きて立つ。」

つまり、乳房をあらわにし、裳の紐を臍の下まで押したれて、あざわらいながら向かって言ったとある。
その後、名を問い質すと、その神は国津神の猿田彦と名乗り、道案内をするために迎えに来たと言った。

アメノウズメは天児屋命(あめのこやね)、太玉命(ふとだま)、玉祖命(たまのおや)、石凝姥命(いしこりどめ)と共に五伴緒の一人としてニニギに随伴して天降りした。
アメノウズメはサルタヒコの名を明かしたことからその名を負って仕えることになり、猿女君の祖神となった。
一説にはサルタヒコの妻となったとされる。

アメノウズメは大小の魚を集めて天孫(ニニギ)に仕えるかどうか尋ねた。
みな「仕える」と答えた中でナマコだけが何も答えなかったので、アメノウズメはその口を小刀で裂いてしまった。
それでナマコの口は裂けているのである。


出典: 「アメノウズメ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これは、もう古代のストリップショーなのですよ。。。

でも。。。、でも。。。、これは神話ではありませんかァ~!

あのねぇ~、確かに、神話には違いないのだけれど、このような事がなかったと言い切ることはできない!

デンマンさんは、実際に、このような珍事があったと断言するのですか?

そうです。。。 でも、この事は僕だけが言っているわではないのですよ。。。 実は、この神話の起源には“日食”が関係していると言われている。。。

“日食”ってぇ、月が太陽の前を通り過ぎるときに、地球から見て太陽をすっかり隠してしまうので、一時的に夜のように暗くなるという、あのことですか?

その通りです。。。

それが古代のストリップショート関係あるのですか?

ちょっと考えてみてください。。。 天照大神が岩戸の中に隠れてしまったというのは、ちょうど月が太陽を隠してしまったので、夜のように暗くなったということなのですよ。。。 その時、当時の縄文人はビックリしてしまった。。。 それで、この世はもう終わりだという人たちが、酒を飲んで歌えや踊れやの乱痴気騒ぎをしたわけです。。。 中には酒を飲みすぎて酔っ払った女が、裸になって踊りだす。。。

つまり、それが古代のストリップショーとなって神話になったとデンマンさんは言うのですか?

だから、僕だけが、そう言っているわけじゃないのですよ。。。

他にどなたが、そう言ってるのですか?

あの映画俳優で、監督のメル・ギブソンが、すごい映画を作ったのですよ。。。 その映画の中に“日食”が出てくる。。。


(lib70930a.png)

『実際のカタログページ』

あらっ。。。 デンマンさんはバンクーバー市立図書館でDVDを借りて上の映画を観たのですか?

そうです。。。 歴史に興味がある人にとっては見逃せない映画ですよ。。。

。。。で、どのような内容なのですか?

日本語版の『ウィキペディア(Wikipedia)』には次のように書いてあります。

アポカリプト


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『アポカリプト』(原題: Apocalypto)は、2006年のアメリカ映画。

監督はメル・ギブソン。

 

概要

スペイン人侵略直前のユカタン半島を舞台に、生贄にされそうになった捕虜の脱走と生き残りを掛けた逃走を描く。全編通じて、マヤ語を使った映画となっている。

宣伝の際には「マヤ文明の衰退を描く作品」として宣伝されていたが、マヤ文明自体の衰退は描かれておらず、作品は終始逃走活劇である。

米国では、激しい暴力シーンが続くことからR指定作品となった。

 

評価

非英語作品、出演俳優は無名揃い、レイティングがR指定、そして公開前に監督のメル・ギブソンの逮捕とユダヤ人蔑視発言などの騒動も起こったが、それにも関わらず全米で、公開初週の週末(2006年12月8日 – 10日)の興行収入は初登場1位を記録した。

前述した監督の不祥事事件がプラスになったのではとも言われている(事件についてはメディアによって連日報道されていた)。

しかし、スタートの週末に稼ぎ出した興行収入(約1500万ドル)は監督の前作『パッション』と比べると、低調である。

実在したマヤ文明との相違を議論される作品である。

第一に、マヤ人に劇中にあるような虐殺行為があったかどうかであるが、マヤ文明はトルテカ文明と交流を深めた結果、末期になり盛んに生け贄を捧げる行為を行っていたとされる。

これは入植者であるスペイン人の記録(マヤ人による書物の大半はスペイン人により焼却された)によるものである為、自らを正当化する詭弁という意見もあるが、それらを差し引いても、当事のヨーロッパは未開地への侵略を容認していたことから、生け贄を捧げていたこと自体は事実であるようだ。

映画評論家の町山智浩は「この作品のストーリー構成や演出は、コーネル・ワイルド監督が66年に発表した映画『裸のジャングル』(原題: The naked prey)の影響が顕著であり、重要なシーンは完全に盗作と言ってよいほど似通っている」と評論している。


出典: 「アポカリプト」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

。。。で、この映画にもストリップが出てくるのですか?

この当時の人たちは、ほぼ裸に近い生活をしているから、特に“ストリップ”が強調されてるわけじゃないけれど、僕が注目したのは“日食”の部分が出てくるのですよ。。。 要するに、科学的なマインド持っていない人々にとっては、“日食”はかなりショッキングな現象ですよ。。。 だから、縄文人にとっても、この衝撃的な現象が神話の『天岩戸』伝説を生むことになった。

それで、上の映画では、どのような伝説を生むのですか?

上の話は西暦1511年当時のユカタン半島を舞台にくりひろげられるのです。。。 生贄にされそうになった捕虜が、ちょうど“日食”が出現して、その超自然現象に“神秘性”を感じて、“王”がその捕虜を殺さずに生かすことにするのです。。。 つまり、そのときのエピソードが伝説化され、現代になって映画化されたというわけです。。。

。。。で、ストリップは。。。?

だから、日本の縄文人にとっては“日食”とストリップが結びついたのだけれど、ユカタン半島は熱い国だから、日常の生活の中で“ストリップ”は珍しいことではなかった。。。 それで、伝説は“日食”と“サバイバル”が結びついたわけです。。。

つまり、縄文人は寒い国に住んでいたので、ショッキングな現象が“ストリップ”と結びついたけれど、熱い国では“日食”は“サバイバル”と結びついたということを言うために、わざわざ“日本初のヌードショー”を持ち出してきたのですか?

そうです。。。 いけませんか?


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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたも、もしお暇だったら、近くの図書館でDVDを借りて『アポカリプト』を観てください。

日本語版があるはずですわ。。。。

日本語吹き替えでは次のようになってますわァ。

•ジャガー – ルディ・ヤングブラッド(高橋広樹)

•セブン – ダリア・エルナンデス(甲斐田裕子)

•ミドル・アイ – ヘラルド・タラセーナ(東地宏樹)

•ゼロ・ウルフ – ラオウル・トルヒーヨ(飯塚昭三)

図書館でDVDを借りることができない人は

わたしがハマッている“愛と性の美学のロック”のクリップでも観てください。。。

では、じっくりと味わってくださいねぇ~。。。


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ところで“アメノウズメ”のお話も面白いですけれど、

日本の古代史には、他にも興味深い不思議なお話がたくさんあります。

たまには、日本の古代の話も読んでください。。。

では次の記事から興味があるものをお読みくださいねぇ~。。。


天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

ところで、他にも面白い記事がたくさんあります。

興味のある方は次の記事も読んでみてくださいね。

 


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『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』

『チョコレートと軍産複合体』

『チョコレートと甘い権力』

『CIAの黒い糸』

『美しい日本語再び』

『宮沢りえブーム?』

『また、宮沢りえ?』

『浅間山噴火とフランス革命』

『なぜアクセスが急増したの?』

『気になる検索ワード』

『なぜ塩野七生批判』

『その検査、ムカつく!』


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『宮沢りえと床上手な女』

『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

『ジャルパックと国際化』

『古代ローマのセックス』


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『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

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『えろあくにめ温泉』

『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』


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『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

『幻の暴走機関車』

『CIA@NOパンツ』

『エリュトゥラー海案内記』

『伊藤若冲 ランブータン』

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『シャフリ・ソフタ』

『閨房でのあしらい』

『漱石とグレン・グールド』

『女性の性欲@ラオス』

『美学de愛と性』

『女の本音』

『にほん村からの常連さん』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


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『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 


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ィ~ハァ~♪~!

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平成の紫式部、橘卑弥子でござ~ます
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『卑弥子の源氏物語』

『平成の紫式部』

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■ めれんげさんの『極私的詩集』

Jagel - Soft Japanese Bagel
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Eight the Dog

2017年9月28日

 

Eight the Dog

 


(hachi01.jpg)

 


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Kato, what do you mean by “Eight the Dod”?


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It is a dog’s name… It literally means the dog called “Eight.”  If it is transaleted into Japanese, every Japanese knows the dog.

How could it be possible?

There is a dog statue placed in front of Shibuya Station in Tokyo.


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So there used to be a real dog called “Hachi” and this statue was made after that dog, wasn’t it?

Yes, that’s right.

what kind of a dog was it?

Born on November 10, 1923, this dog was called “Hachikō” in Japanese. He died on March 8, 1935. He is remembered for his remarkable loyalty to his owner, for whom he continued to wait for over nine years following his death.

Really?

Oh, yes. During his lifetime, the dog was held up in Japanese culture as an example of loyalty and fidelity. Well after his death, he continues to be remembered in worldwide popular culture, with statues, movies, books, and appearances in various media.

Amazing! I didn’t know that.

Eight the Dog


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In 1924, Hidesaburō Ueno, a professor in the agriculture department at the University of Tokyo, took Hachikō, a golden brown Akita, as a pet.

Ueno would commute daily to work, and Hachikō would leave the house to greet him at the end of each day at the nearby Shibuya Station.

The pair continued the daily routine until May 1925, when Ueno did not return.


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The professor had suffered a cerebral hemorrhage, while he was giving a lecture, and died without ever returning to the train station in which Hachikō would wait.

Each day, for the next nine years, nine months and fifteen days, Hachikō awaited Ueno’s return, appearing precisely when the train was due at the station.

Hachikō attracted the attention of other commuters.

Many of the people who frequented the Shibuya train station had seen Hachikō and Professor Ueno together each day.

Initial reactions from the people, especially from those working at the station, were not necessarily friendly.

However, after the first appearance of the article about him on October 4, 1932 in Asahi Shimbun (one of the national newspapers), people started to bring Hachikō treats and food to nourish him during his wait.

 

Publication

One of Ueno’s students, Hirokichi Saito, who developed expertise on the Akita breed, saw the dog at the station and followed him to the Kobayashi home, the home of Ueno’s former gardener, Kuzaboro Kobayashi, where he learned the history of Hachikō’s life.

Shortly after the meeting, the former student published a documented census of Akitas in Japan.

His research found only 30 purebred Akitas remaining, including Hachikō from Shibuya Station.

He returned frequently to visit Hachikō, and over the years he published several articles about the dog’s remarkable loyalty.

In 1932, one of his articles, published in Asahi Shimbun, placed the dog in the national spotlight.

Hachikō became a national sensation.

His faithfulness to his master’s memory impressed the people of Japan as a spirit of family loyalty to which all should strive to achieve.

Teachers and parents used Hachikō’s vigil as an example for children to follow.

A well-known Japanese artist rendered a sculpture of the dog, and throughout the country, a new awareness of the Akita breed grew.

Eventually, Hachikō’s legendary faithfulness became a national symbol of loyalty, particularly to the person and institution of Emperors.

 

Death

Hachikō died on March 8, 1935 at the age of 11 based on his date of birth.

He was found on a street in Shibuya.


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In March 2011, scientists finally settled the cause of death of Hachikō: the dog had both terminal cancer and a filaria infection.

There were also four yakitori skewers in Hachikō’s stomach, but the skewers did not damage his stomach or cause his death.

 

Legacy

After his death, Hachikō’s remains were cremated and his ashes were buried in Aoyama Cemetery, Minato, Tokyo where they rest beside those of Hachikō’s beloved master, Professor Ueno.

Hachikō’s fur, which was preserved after his death, was stuffed and mounted and is now on permanent display at the National Science Museum of Japan in Ueno, Tokyo.


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Bronze statues

In April 1934, a bronze statue in his likeness was erected at Shibuya Station, and Hachikō himself was present at its unveiling.

The statue was recycled for the war effort during World War II.

In 1948, the Society for Recreating the Hachikō Statue commissioned Takeshi Ando, son of the original artist, to make a second statue.

When the new statue appeared, a dedication ceremony occurred.

The new statue, which was erected in August 1948, still stands and is a popular meeting spot.

The station entrance near this statue is named “Hachikō-guchi”, meaning “The Hachikō Entrance/Exit”, and is one of Shibuya Station’s five exits.

The Japan Times played an April Fools’ joke on readers by reporting that the bronze statue was stolen a little before 2:00 AM on April 1, 2007, by “suspected metal thieves”.

The false story told a very detailed account of an elaborate theft by men wearing khaki workers’ uniforms who secured the area with orange safety cones and obscured the theft with blue vinyl tarps.

The “crime” was allegedly recorded on security cameras.

A similar statue stands in Hachikō’s hometown, in front of Ōdate Station.

In 2004, a new statue of Hachikō was erected on the original stone pedestal from Shibuya in front of the Akita Dog Museum in Odate.

After the release of the American movie Hachi: A Dog’s Tale (2009) filmed in Woonsocket, Rhode Island, the Japanese Consulate in US helped the Blackstone Valley Tourism Council and the city of Woonsocket to unveil an identical statue of Hachiko at the Woonsocket Depot Square, which was the location of the “Bedridge” train station featured in the movie.


SOURCE: “Hachikō”
From Wikipedia, the free encyclopedia


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I see… So he’s become a symbol of loyalty for the Japanese, huh?

You’re telling me… Actually, the Japanese still remember Hachiko and love him… As a matter of fact, some people recently placed another statue of both Hachiko and Professor Ueno at the campus of Tokyo University.


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But, how come you pick up the dog out of the blue.

Well…, I watched the last movie in the folowing list.

 



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“Actual List”

 

This is the list of movies I’ve recently viewed at the Vancouver Public library… Look at the red-rectangled title in the bottom of the list!

I see… So you watched “Hachi” on August 22, huh?

That’s right.

 


(lib70924b.png)

“Actual Page”


(hachi01.jpg)

 

After you watched, you jotted down the following comment, huh?


(hachi08.jpg)

Directed by Lasse Hallström in 2009, this 93-minute docudrama delves into a sad yet heartwarming real story of the famous Japanese loyal dog in an American setting.

The subject is a remake of the 1987 Japanese film, Hachikō Monogatari (ハチ公物語), literally “The Tale of Hachiko”.

Hachi(November 10, 1923 – March 8, 1935) was an Akita dog born on a farm near the city of Ōdate, Akita Prefecture, Japan.

He is remembered for his remarkable loyalty to his owner, whom he waited for more than nine years after his owner’s death.

Hachi is known in Japanese as chūken Hachikō (忠犬ハチ公) “faithful dog Hachikō”, hachi meaning “eight” and kō meaning “affection.”

During his lifetime, the dog was held up in Japanese culture as an example of loyalty and fidelity.

Well after his death, he continues to be remembered in worldwide popular culture, with statues, movies, books, and appearances in various media.

I’ve seen its movies so many times and heard its stories so many times, yet still it touches my heart each time I see the movie.

Kato, have you really seen so many movies about the dog?

Oh, yes, actually I watched the Japanese version.

How did you like it?

I love it! … It seems to me much beter than “Hachi (American version)” simply because it reminds me of my hometown… The most heartbreaking scene is as follows:


(hachi14.jpg)

Wow!… I feel like crying…

Seriously?

Oh, yes… very much so… Did you also watch the American version?

Yes, of course, I did.

Kato, tell me about it.

Here it is.

Hachi

Spoiler Alert!


(hachi06.jpg)

 

Hachi is a story of love and devotion between a dog and a man.

The story is told by Ronnie, the grandson of the man.

He has to give a presentation about a personal hero.

Ronnie’s subject is his grandfather’s dog, Hachikō.

Despite his classmates laughing he tells how his grandfather, Professor Parker Wilson, finds a lost puppy sent from Japan at the train station and ends up taking it home with the intention of returning the animal to its owner.

He names the Akita puppy Hachikō, after Ken, a Japanese professor, translates a symbol on his collar as ‘Hachi’—Japanese for the number 8—signifying good fortune.

Even though they didn’t find his owner and his wife, Cate, doesn’t think they should keep him, they do.

Over the next year or so, Parker and Hachi become very close.

Parker tries, but Hachi refuses to do dog-like activities like chase and fetch.

One morning, Parker leaves for work and Hachi follows him to the train station and refuses to leave until Parker walks him home.

Later that afternoon, Hachi walks to the station to wait patiently for Parker to return.

Parker is surprised to find Hachi waiting for him, but it becomes a daily routine.


(hachi06.jpg)

One day, Hachi waits patiently as the train arrives, but there is no sign of Parker.

He waits, lying in the snow for hours until Parker’s son-in-law Michael comes to get him.

Although everyone tries to tell Hachi that Parker has died (of a cerebral hemorrhage during a lecture in class), Hachi doesn’t understand.

Hachi continues to return to the station and wait every day.

As time passes, Cate sells the house and Hachi is sent to live with her daughter Andy, Michael, and their baby Ronnie.

However, Hachi escapes and finds his way back to the station, where he sits at his usual spot.

Andy arrives and takes him home, but after seeing how depressed the dog is she lets him out to return to the station.

Hachi waits every day at the train station and sleeps in the rail yard at night.


(hachi07.jpg)

He is fed daily by the train station workers that knew the professor.

After seeing a newspaper article about Hachi, Ken visits Hachi.

Cate comes back to visit Parker’s grave on the tenth anniversary of his death and meets Ken.

She is stunned to see a now elderly Hachi still waiting.

Overcome with grief, Cate sits and waits for the next train with him.

At home, Cate tells the now ten-year-old Ronnie about Hachi.

Meanwhile, the dog continues waiting until his body can wait no longer, and is last seen lying in the snow, alone and still, although he is comforted by a final vision of Parker finally appearing and picking him up to go, presumably to the afterlife.

Ronnie concludes on why Hachi will forever be his hero and his story has clearly moved the class, with some students holding back tears, including those who had laughed at the beginning.

After school, Ronnie, coming off the school bus, is met by his dad and his own puppy, also named Hachi.

Ronnie and Hachi walk down the same tracks where Parker and Hachi had spent so much time together.


SOURCE:”Hachi: A Dog’s Tale”
From Wikipedia, the free encyclopedia

It appears quite different from the Japanese versin, doesn’t it?

Yes, it does… It can’t be the same simply because “Hachi” is now an Americanized pooch… Anyway, the movie turns out to be still good in its own right… And Richard Geer loves the movie himself.


(hachi15.jpg)

Kato, do you think I should watch the film?

Yes, of course, you should because it’s free as long as you borrow the DVD from the library.


(laughx.gif)

In any case, there are some people waiting to see this movie.  So you should reserve the DVD as soon as possible.

Yes, I’ll do it right away.


(dianelin3.jpg)

【Himiko’s Monologue】


(himiko22.gif)

Kato has watched 1,737 movies at the Vancouver Public Library so far.

When I take a look at the following movie list, I notice a film called “Marley & Me.”


(lib70924a2)

“Actual List”

It must be another dog story.

I checked the catalogue page.


(lib70924c.png)

“Actual Page”

Kato jotted down the following comment:


(marley01.jpg)

Originally produced as a motion picture in 2008 and based on the book by John Grogan, this 115-minute comedy-drama depicts an amazing, amusing and incorrigible dog called Marley.

The film portrays John Grogan and his family’s life during the thirteen years that they lived with their dog Marley, and the relationships and lessons from this period.

Marley, a yellow Labrador Retriever, appears as a high-strung, boisterous, and somewhat uncontrolled dog.

He is strong, powerful, endlessly hungry, eager to be active, and often destructive.


(marley07.jpg)

It is definitely a good movie for dog-lovers.

Although I enjoyed it, the first two-thirds of the film are somewhat repetitious and boring.

“Hachi” is certainly much better as a docudrama.

Kato says, “‘Hachi’ is much better.”

Anyway, I past the trailer here.


(marley02.jpg)

It looks amusing and amazing, doesn’t it?

I think I’ll borrow the DVD.

How about you?

In any case, I expect Kato will write another interesting article soon.

So please come back to see me.

Have a nice day!

Bye bye …


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(renge400.jpg)

If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


(dianesun.jpg)

“Glorious Summer”

“Biker Babe & Granny”

“Genetically Modified”

“Tyrannosaur”

“Love@Magic”

“Yellow Ball”

“Welcome Back”

“Forbidden Love”

“Merry X’Mas”

“Heaven with Mochi”

“Travel Expense Scandal”

“Love@Redemption”


(cook002.jpg)

“JAGEL”

“JAGEL Again”

“Say NO!”

Happy Gal in Canada

Roof of Vancouver

Aftershock

Whiplash

Sex Appeal

Better Off Without Senate

Fire Festival

Sweets@Paris

Scary Quake

MH370 Mystery

Putin’s Way

Trump @ Vancouver

Otter & Trump


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Changeling

Fiddler on the Roof

Flesh and Bone

Maiden’s Prayer

Romeo & Juliet

Trump @ Joke

Halloween in Shibuya

Trump Shock

Happy New Year!


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Life or Death

Way to Millionaire

Adele Hugo

Middle Sexes

Romance@Madison

Hacksaw Ridge


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(bare02b.gif)

Hi, I’m June Adams.

Kato is a real movie lover, who tries to watch 1001 movies.

As a matter of fact, he has already accomplished his goal.


(lib50909a.png)

『Actual List』


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Kato watched “The Arabian Nights” or “One Thousand and One Nights” as his 1001th movie.

You might just as well want to view it.


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The stories in “the Arabian Nights” were collected over many centuries by various authors, translators, and scholars across West, Central, and South Asia and North Africa.

The tales themselves trace their roots back to ancient and medieval Arabic, Persian, Indian, Egyptian and Mesopotamian folklore and literature.

In particular, many tales were originally folk stories from the Caliphate era, while others, especially the frame story, are most probably drawn from the Pahlavi Persian work Hazār Afsān which in turn relied partly on Indian elements.

What is common throughout all the editions of the Nights is the initial frame story of the ruler Shahryār and his wife Scheherazade and the framing device incorporated throughout the tales themselves.

The stories proceed from this original tale.

Some are framed within other tales, while others begin and end of their own accord.

Some editions contain only a few hundred nights, while others include 1,001 or more.


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ところで、愛とロマンに満ちた

レンゲさんのお話をまとめて

『レンゲ物語』を作りました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

『愛とロマンのレンゲ物語』


(renge730.jpg)

『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。



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(hiroy2.png+betty5d.gif)
『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 


(bikini901b.jpg)


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南京事件と反知性主義

2017年9月22日

 

南京事件と反知性主義

 


(question.gif)

 

あなたは「南京事件」は中国の

捏造だと言うのですか?

 


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(tenbatsu3.jpg)

 


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ケイトー。。。、今日はずいぶんと古い事件を持ち出してきたのねぇ~。。。


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シルヴィーは「南京事件」ってぇ知ってるのォ~。。。?

もちろん知ってるわよう。。。 あの東京裁判で世界に衝撃を与えた事件じゃないのォ~!

ところがねぇ~、日本では「南京事件」は中国がプロパガンダのために捏造した事件だと信じ込んでいる人たちが居るんだよ。。。

マジで。。。?

たとえば、あの事件があった上海事変とそれに続く南京城の戦いに参加したという一部の将兵たちまでが「南京虐殺」というのはなかったと否定している。。。

マジで。。。?

ちょっと次のYouTubeを観てください。。。


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参戦勇士九人が語る「南京事件」の真実

南京虐殺は捏造だった

ちょっと信じられないわねぇ~。。。 この証言をした元将兵たちは気は確かなのかしらァ~?

証言している元将兵たちは若い人でも80歳、たいてい90歳以上ですよ。。。 だから、過去の心の傷が精神を切り刻んで、今回は願望の発言をしているのかもねぇ~。。。 僕には、この人たちの精神状態がよく理解できませんよ。。。

ケイトーは「南京事件」があったことを事実として信じているわけぇ~?

もちろんですよ。。。 僕は、個人的にその虐殺を目にしたという元下士官から、実際に話を聞いてますからねぇ~。。。 その人は嘘やデマカセを言うようなタイプの人間ではありません。。。 それに、次のYouTubeの映像を見たら「南京事件」があったと信じないわけにはゆきませんよ。


(nankin03.jpg)

南京大虐殺の証拠

当時の記録映像と

生存者の確実な証言 (ひどい映像)

この映像を見ると、被害者の傷がひどすぎて、とても捏造できるような映像じゃないです。。。 その当時は コンピューター・グラフィクス(CG)なんてないからねぇ~。。。、被害者のひどい傷などをコラージュしてデッチあげることなど無理です。。。

それにしても、旧日本帝国の兵隊たちは ずいぶんと酷(ひど)い事をしたものねぇ~。。。

僕は、たまたまバンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。


(nankin04.jpg)

 

そもそも日本政府はどんな立場をとっているのか?

外務省のホームページを見ればこう記されていた。

1. 日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えます。

2. しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。

3. 日本は、過去の一時期、植民地支配と侵略により、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたことを率直に認識し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻みつつ、戦争を二度と繰り返さず、平和国家としての道を歩んで行く決意です。

非戦闘員の殺害や略奪までを認め、詫びていた。

 (20-21ページ)

私は戦後生まれで戦争とは無縁である。
そんなものを背負わせないでもらいたい……。
それはそのまま安倍総理の「70年談話」と同じだ。

「あの戦争には何ら関わりのない、わたしたちの子や孫、そしてその先の世代の子供たちに、謝罪を続ける宿命を負わせてはなりません」
そうなのか?
それで終えてしまっていいのか?
兵を戦地に送り込むのは国家であろう。

しかし戦い、傷つき、家族を失い、苦しむのは、結局は個々の人間だ。
国家がその苦しみを救えるはずもない。
ならば宿命を背負うか、謝罪するか、最後に決めざるを得ないのは、私達個々ではないか。

それぞれが歴史に学び、事実を知り、憂い、死者に黙祷せずしてどうするのか。
それこそが「国を守る」ということではないのか。

だが、……
戦後70年。
外務省のサイトが更新された日、消し去られた文言とはいったい何だったのか……。

日本は、過去の一時期、植民地支配と侵略により、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えたことを率直に認識し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻みつつ、戦争を二度と繰り返さず、平和国家としての道を歩んで行く決意です。

「植民地支配」、「侵略」。

そして、不戦や平和国家への決算などそのすべてが消滅していたのである。

 (269-271ページ)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


『「南京事件」を調査せよ』
著者: 清水潔
2016年8月25日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

安倍総理は明らかにアメリカの意向に沿って 将来戦争が起こることを見通しているような態勢を日本で整えているようです。。。


(hitler99.jpg)

マジで。。。?

実は、その事を示すような貴重なYouTubeのクリップがあるのですよ。。。 観てください。。。


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大日本帝国オタクの逆切れ恫喝会見

当時の安倍政権の菅官房長官が上のクリップの中で“逆切れ恫喝会見”を行っているのですよ。。。 それに対して文芸評論家の斉藤美奈子さんが次のように書いている。

逆切れ恫喝会見

東京新聞 本音のコラム


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文芸評論家 斉藤美奈子

平成27(2015)年10月14日

 

世界記憶遺産に「南京大虐殺」の関係資料が登録された件。
外務省報道官は「極めて遺憾」との談話を出し、菅官房長官はユネスコへの拠出金停止もありと示唆した。

菅官房長官は平成27年10月2日にも「日中間の過去の一時期における負の遺産をいたずらに強調しようとする」と不満を述べたが、なぜ中国は「負の遺産をいたずらに強調」するのか。
安倍政権の歴史認識に疑いを持っているからにほかあるまい。

南京大虐殺の死者については20万人説(東京裁判)、30万人説(中国政府)などがあり、最近は4万人説が有力らしい。
が、たとえ4万人でも日本軍が南京攻略に際し、非戦闘員を含む万単位の人を殺戮したのは歴史的な事実である。

死者数を是正したければ、歴史を謙虚に受け止め、反省を示すのが先。
「気に入らないから金は出さない」では恫喝でしょ。

虐殺自体を隠蔽する思惑が見える安倍政権。
自民党が推薦する育鵬社の中学歴史教科書でも南京事件の記述は曖昧だし、馳新文部科学大臣もそんな歴史観の支持者だし。

原爆ドームやアウシュビッツの世界遺産登録に反発し、アメリカやドイツが「金は出さん」と表明したらどう思う?
相手は牽制球を投げて日本の出方を見ているのだ。
認識を(または政権を)変えない限り、日中関係は泥沼化するばかり。
同じようなことが続くだろう。


赤字はデンマンが強調!)

確かに、そうよねぇ~。。。 原爆ドームやアウシュビッツの世界遺産登録に反発し、アメリカやドイツが「金は出さん」とは言わないでしょうねぇ~。。。

だいたい「南京虐殺」は無かったと言うのは「ホロコースト」が無かったと言うようなものですよ。。。 驚いたことに、世の中には、アウシュビッツに代表されるホロコーストは捏造だと言った人もいた。

たとえば。。。?

例えば、デイヴィッド・アーヴィング(David Irving)ですよ。。。 ロンドン大学インペリアル・カレッジを中退、1963年に『ドレスデンの破壊』を発表し、ヨーロッパでは大ヒットとなった。 1977年に『ヒトラーの戦争』を発表、その中でアドルフ・ヒトラーがホロコーストに対して消極的だったと主張、物議を醸した。。。 やがて米国の研究者デボラ・E・リップシュタットから「ホロコースト否定論のもっとも危険な語り手の一人」と批判され、彼女を訴えたが2004年4月に敗訴した。 逆に約300万ドル(約3億円以上)の訴訟費用の支払いを命じられ、破産状態にある。

このアーヴィングさんはマジでホロコーストは捏造だったと言ったの?

そうです。。。 2005年11月11日、ホロコーストを否定する発言が禁止されているオーストリアで逮捕され、2006年2月20日に3年間の服役という判決を受けたのですよ。。。 この人物の話しは映画にもなった。


(lib70920a.png)


『拡大する』

『実際のページ』

あらっ。。。 ケイトーもこの映画をバンクーバー市立図書館でDVDを借りて観て 7月24日にコメントを書き込んだわけねぇ~。。。

そうです。。。 だいたい僕に言わせてもらえば「南京事件」が無かったと言うのは、犯罪でないならば反知性主義に凝り固まった妄言ですよ。。。

反知性主義


(whist90.jpg)

 

佐藤:

私の理解では、反知性主義とは、
実証性や客観性を軽視もしくは無視して、
自分が欲するように世界を理解する態度のことです。

その上で、政治エリートに反知性主義がいるのは危険だ、
という文脈でこそ、この問題を論じるべきなのです。

最近、ICU副学長の森本あんりさんが『反知性主義』(新潮選書)という
本を書いて話題になっています。
「反知性主義こそ民主主義的だ」という、この本の主張は、
あくまでアメリカ初期のプロテスタントに限定された話です。

ピリグリム・ファーザーズがアメリカに上陸すると、
まず大学に神学部をつくり、そこを拠点に自分たちの共同体をつくろうとしました。
彼らは、細かい神学的知識を持った一部のエリートでした。
彼らに反発して出てきたのが森本さんが扱っているアメリカにおける反知性主義です。
要するに、エリートによる知の独占に対する反発なのです。

これは、アメリカにおいては、特定の時代において、
一定の意味があったにすぎません。
しかし、そこからストレートに、「反知性主義はいいものなのだ。
今こそ反知性主義の復権が必要だ」などとは、とても言えません。

現在の反知性主義は、すぐに「学問などどうでもいい。
実証性もどうでもいい」という方向に向かっています。

この点を自覚しないと、森本さんのような議論は、
いまの日本の反知性主義者をサポートすることになる。
「これが民主主義の要だ」というお墨付きまで与えてしまう。

 

池上:

狭義の「アメリカ的反知性主義」ではなく、
「国際的スタンダードの反知性主義」というのは、
つまり、安部首相や橋下大阪市長のことですね。

 

佐藤:

そうです。
あるいはサルコジなど、ああいう人たちを指す言葉です。
要するに、実証性、客観性を軽視もしくは無視して、
自分たちの欲するように世界を理解する態度です。

いまの日本の政治的文脈で、こういう態度を民主主義的として
肯定するのは、極めて危険で、有害でしかありません。

 

池上:

まったく同感です。
実証性、客観性を無視して、自分の世界に
閉じこもってしまえば、かえって自分を見失うだけだからです。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


232-234 ページ 『大世界史』
著者:池上彰・佐藤優
2015年10月25日 第2刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

「南京事件」が無かったと言う人は要するに、実証性、客観性を軽視もしくは無視して、自分たちの欲するように世界を理解しようとしているのですよ。

具体的には。。。?

あのねぇ~、次の映画は、反知性主義に凝り固まった人物が作った映画です。。。


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「南京の真実」第一部

「七人の『死刑囚』」特別編集版

「南京主義」が無かったということを別にすれば、とても素晴らしい映画なのですよ。。。 でもねぇ~、この映画を作った水島総さんは、知ってか知らずか「南京事件の証拠となるフィルムが無い」と主張している!

でも、これまでの上のYouTubeのクリップを観れば、「南京事件の証拠となるフィルム」はたくさんあるじゃない!

そうです。。。 水島総さんは知らなかったのか、故意に無視しているとしか言えない! だいたい、1970年代には「南京事件」があったことは当然の事として日本人の多くが認めていたことなのですよ。。。 それは、次の新聞記事を読んでも充分に理解できる。。。

南京大虐殺の悲劇

 

日本軍はまず、撤退が間に合わなかった中国軍部隊を武装解除したあと、長江(揚子江)岸に整列させ、これに機銃掃射を浴びせて皆殺しにした。

虐殺の対象は軍隊だけではなく一般の婦女子にも及んだ。
金陵女子大学構内に設置された国際難民委員会の婦女収容所にいた7000人の婦人が、大型トラックで運び出され、暴行のあと、殺害された。

日本軍将校二人が、百人斬りを競い合ったというニュースが、日本の新聞に大きく報道された。


(nankin01.jpg)

 

虐殺の手段もますます残酷になった。
下半身を地中に埋め、軍用犬に襲いかからせる“犬食の刑”、鉄カギで舌を貫いて全身をつるしあげる“鯉釣り”、鉄製のベットに縛りつけ、ベットごと炭火の中に放り込む“ブタの丸焼き”など、考えられる限りの残忍な殺人方法が実行された。

こうした戦闘員・非戦闘員、老若男女を問わない大量虐殺は2ヵ月に及んだ。
犠牲者は30万人とも40万人とも言われ、いまだにその実数がつかみえないほどである。 (略)

南京にする外国人たちで組織された南京救済のための国際委員会は、日本軍第六師団長・谷寿夫にたいし、放火、略奪、暴行、殺人など計113件の具体的事例を指摘して、前後12回にわたって厳重な抗議を提出したが、谷寿夫は一顧だにしないばかりか、逆に、血塗られた南京の状況を映画やフィルムに収め、日本軍の“戦果”としてほめたたえたのである。


サンケイ新聞 「蒋介石秘録」 497回目
「南京大虐殺」 1976年6月23日版
赤字はデンマンが強調!)

上の新聞記事は僕も読みました。。。 当時は、「南京事件」は無かったということを 僕の知る限り、テレビや新聞で言う人は居なかった。。。 ところで、上の「百人斬り競争」として報道されたのは、中島今朝吾第16師団第9連隊所属の野田毅陸軍少尉と向井敏明陸軍少尉です。。。 この二人と、第6師団長の谷寿夫中将は 戦後、中国でBC級戦犯として裁判にかけられ死刑判決が下った。。。 この3人は1947年(昭和22年)4月に銃殺刑により亡くなってます。

つまり、「南京事件」という歴史的事実に目を背(そむ)けず、これからはどんな事があっても戦争はしないということねぇ~。。。

そうです。。。そうですよ。。。 でもねぇ~、今の安倍政権は反知性主義的で、歴史修正主義的で、「南京事件」に目を背けようとしている傾向がある。。。 たとえ、中国や北朝鮮が軍備増強しようとも、日本は断固として戦争を放棄しなければならないのですよ! それが原爆を受けた 世界でただ一つ国の国民がとるべき平和一筋の道です!

でも。。。、でも。。。、北朝鮮のあのクレージーな金正恩が大陸弾道弾に原爆を乗せて日本にぶち込んだらどうするのォ~?

それでも日本は戦争を放棄すべきです。。。

でも、それだと、日本に居る日本人が死滅してしまうじゃない!?

だいじょうぶです。。。 海外に50万人以上の日本人が居ますから。。。 日本民族が地球上から全滅することにはありません!

ケイトーはバンクーバーに住んでいるから、そのようなノー天気な事を言ってられるのよ! 現在に日本に住んでいる日本人にしてみれば、いつ核爆弾を搭載したロケットが飛んでくるかもしれない恐怖に戦(おのの)いているのだわァ~!

それでも、世界唯一の被爆国として日本は戦争を放棄すべきです! ちゃんと日本国憲法にも書いてあるのだから。。。 それに、広島平和記念公園の石碑には、「二度と過ちは繰返しませぬから」と刻まれている!


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例え どんな事があっても日本は戦争をしないというのが、戦争で亡くなった多くの人たちに対する日本人の責任です。。。 地下で安らかに眠っている被害者たちは2度と戦争を見たくないのです!

でも。。。、でも。。。、日本に住んでいる日本人が全滅してしまうかも。。。

でもねぇ~、たとえ日本に住んでいる日本人が全滅しても 200年後、300年後には、日本人は戦争を放棄して絶対に戦争で問題を解決しなかった素晴らしい国民だとして歴史に残るのですよ! 素晴らしいことです! いずれ国は無くなり地球は一つの運命共同体になるのだから。。。


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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたは、どう思いますかァ~?

ところで、あなたは安倍総理が日本の平和をマジで守ると思いますかァ~?

安倍政権が“反知性主義の右翼政権”だと主張している国会議員もいます。

あなたが平和な日本で暮らせるかどうか?

ちょっと次のクリップを見て考えてくださいねぇ~。。。


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なんとなく、安倍さんは頼りなさそうですよねぇ~。。。

安倍さんは余計な事をしゃべって議論をはぐらかせてしまう癖があるようです。

日本の政治を左右する大事な場面ですが、イマイチ説得力の欠ける答弁をしていると思いませんか?

とにかく次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてくださいねぇ~。。。

では。。。

話は変わりますけれど、シルヴィーさんのことをもっと知りたかったら次の記事を読んでください。


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『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』

『真紀子落選(2013年1月14日)』

『野火(2013年1月18日)』

『タイタニックと国際化(2013年2月1日)』

『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』


(sunwind2.gif)

『チョコレートと軍産複合体』

『チョコレートと甘い権力』

『CIAの黒い糸』

『美しい日本語再び』

『宮沢りえブーム?』

『また、宮沢りえ?』

『浅間山噴火とフランス革命』

『なぜアクセスが急増したの?』

『気になる検索ワード』

『なぜ塩野七生批判』

『その検査、ムカつく!』

『宮沢りえと床上手な女』


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『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

『ジャルパックと国際化』

『古代ローマのセックス』

『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

『エロいけれどためになる話』

『えろあくにめ温泉』


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『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』

『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

『幻の暴走機関車』

『CIA@NOパンツ』

『やっぱり、セックス』

『セックス風呂具村』

『CIAの黒い手再び』


(banana82e.jpg)

『アダムとイブは何を食べたの』

『舞踏会 明子』

『波乱の人生』

『国際化だよね』

『イングナさんを探して』

『美しい日本語 チェーホフ』

『横の道@ニコライ堂』

『また塩野七生批判』

『日航スチュワーデス』


(cleopara2.jpg)

『クレオパトラ@塩野批判』

『テルモピュライの戦い』

『思い出の蓮』

『角さんと天罰』

『ラーメン@リガ』

『角さんと天罰がなぜ?』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事


平成の紫式部、橘卑弥子でござ~ます
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『卑弥子の源氏物語』

『平成の紫式部』

■ めれんげさんの『即興の詩』

■ めれんげさんの『極私的詩集』

Jagel - Soft Japanese Bagel
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■ “JAGEL – Soft Japanese Bagel”


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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


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■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』


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行田物語 アカギレ

2017年9月16日

 

行田物語 アカギレ

 


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デンマンさん。。。 どういうわけで“アカギレ”を取り上げるのですか?


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真由美ちゃんは手にアカギレができたことある?

ありませんわァ~。。。

じゃあ、見たことある?

いいえ。。。 アカギレがどういうものかは知ってますけれど、実物を見たとこはありません。。。

しもやけ あかぎれ

 

しもやけ(霜焼け、英: Chilblain)とは、身体の一部が冷えたために、膨れて硬くなったり、その部分が痒くなったり熱くなるような感覚を覚える現象である。
しもばれ(霜腫れ)、しもくち(霜朽ち)、凍瘡、ゆきやけ(雪焼け、日本海側各地の方言)とも言う。

霜焼けは、寒さのために血行が悪くなり生じる炎症であり、手足など血管が細い四肢末端に発症しやすい。
また、肌が外気に露出している頬や鼻先や耳たぶも霜焼けになりやすい部位である。

よく「ジンジン」と形容される感覚を起こしやすく、むず痒い、痛い、熱いなどと表現されることもある。
指に発症した場合は、患部が硬く膨れ上がる場合もある。
患部を暖めると疼痛や痒みが強く感じられる事が多い。
童謡『たきび』にも歌われている、冬の季節病である。

霜焼けの状態で肌が乾燥すると、皮膚の角質層の厚い部分に亀裂が生じ、内部が赤く見えたり出血したりする。
これをひび、また程度の甚だしいものを皸(あかぎれ)と呼ぶ。


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治療法

治療法には、40℃位のお湯と5℃位の冷水に患部を交互に付ける(必ず、水よりお湯につける時間は長くし、お湯から始めてお湯で終わるように)方法や、患部を温めながらマッサージする方法(ただし余り強い力でマッサージすると患部付近の毛細血管が破裂し、症状が一段と酷くなる場合がある)、トコフェロール(ビタミンE)を服用する方法などがある。

初期の軽いものなら、レタスなどのビタミンEを多く含む食品を食べることにより、1週間程で治ることもある。

ジルチアゼムやニフェジピンなどの血管拡張薬が使用される。

しもやけで肌が乾燥した状態(アカギレ)の症状には、保湿効果のあるワセリンなどの軟膏剤をラップフィルムに塗り患部に当てる湿潤療法などがある。

dl-カンフル、メントール、ベンジルアルコールやユーカリ油(Eucalyptus oil)が配合された塗り薬(例えばメンターム、メンソレータムなど)が、しもやけクリームとして使用される。


出典: 「しもやけ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

最近では、電化製品が増えて、炊事でも簡単にご飯が炊けるし、昔のように、冷たい水に手を浸して米を研いだり、冷たい水を使って雑巾(ぞうきん)がけをすることなんて無くなったから、アカギレができることなんてまずないだろうねぇ~。。。

雑巾(ぞうきん)がけってぇ、どういうことですか?

あのねぇ~、昔は小学校などでも生徒が掃除をしたのですよ。。。 バケツに水を汲んでその中に雑巾を浸して床を拭くのですよ。。。 冬などは冷たい水の中に手を突っ込むのだから、大変ですよ。。。

私が子供の頃はそういう経験はありませんでしたわァ。。。

だろうねぇ~。。。 最近は水道をひねれば温かいお湯がでるからねぇ~。。。 僕も、最近ではアカギレができてる人の手を見たことがないですよ。。。 でも、僕が子供の頃は珍しくはなかった。。。 たまたまバンクーバー市立図書館で借りている本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

農家の嫁の手

 


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1963(昭和38)年に撮影した21歳になる「農家の嫁」の手。

手に刻まれたひび割れは家庭内および田畑での作業の厳しさを物語る。

この写真は、20世紀初頭から1950年代末にいたるまで、農村社会と農業技術に大きな変化がなかったことを証言している。

農村社会で日々の作業のルーティーンが大きく変わるのは高度成長の成果が農村にまで行きわたり、農作業の機械化が進むようになる1960年代以降のことだった。

 


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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


547ページ 『日本の200年』 新版 下
徳川時代から現代まで
著者: アンドルー・ゴードン
訳者: 森谷文昭
2013年4月10日 第1刷発行
発行所: 株式会社 みすず書房

真由美ちゃんが子供の頃は、日本が経済大国になって、テレビ、冷蔵庫、電気洗濯機はもうどの家にもあったでしょう! テーブルで椅子に座って家族と一緒にご飯を食べていたのですよ。。。 でしょう?

そうですわァ。。。


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こんな感じでご飯をいただいていました。。。

僕が子供の頃は、まだ畳に座って“ちゃぶ台”でご飯を食べてたのですよ。。。


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マジで上のようにして畳に座ってご飯をいただいていたのですか?

そうです。。。 たとえば、あの話題になった昭和30年代の頃を描いた映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の中にも“ちゃぶ台”がでてきますよ。。。


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この映画は1964年の話です。。。 つまり、昭和39年の頃の話です。。。 要するに、上の1963(昭和38)年に撮影した21歳になる「農家の嫁」の手というのは、この頃には、それほど珍しいことではなかった。。。


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でも、この写真はちょっと痛々しすぎるよねぇ~。。。

21歳でこんな手をしているなんて、考えられませんわァ~。。。

ネットで上の写真の出所を調べたら次のように書いてありましたよ。。。

『秩父三十年 南良和写真集』の5ページの井出孫六の文章より

撮影年月は1963(昭和38)年5月、撮影場所は埼玉県秩父郡小鹿野町三田川であることがわかった。


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井出孫六の文章に「秩父盆地は、荒川によって東西に二分され、

西に広がる山間の村々は西谷(にしやつ)とよばれているが、

その西谷(にしやつ)の奥、三田川(みたがわ)の耕地に泊りがけでボランティアにおもむいたとき、

写真家南良和にとって忘れることのできない被写体に遭遇することになる。

いまからちょうど30年前の1963年5月、写真家南良和の遭遇したその被写体を、

読者は本書の図55、56において目にすることができるが、

「21歳の嫁の手」は、それから4年後の1967年、第4回太陽賞に浴するとともに、(後略)」という記述あり。


『レファレンス事例詳細』より

昭和38年5月に写真家の南良和さんが埼玉県秩父郡小鹿野町三田川の農家で撮ったのですよ。。。 この頃は電化製品はほとんどなかった。。。 もちろん温かいお湯が出る水道なんてない! 冬には冷たい水で米を研ぎ、大根なども冷たい水で荒い、食事が終わってからも、農家の嫁は休む暇もなく、食器を洗ったり、水仕事が絶えない。。。 それでアカギレが手にいっぱいできてしまうわけですよ。。。

デンマンさんも子供の頃にアカギレができたことがあるのですか?

いや。。。 しもやけができたことはあるけれど、アカギレができたことはありません。。。

それなのに、どういうわけで“行田物語 アカギレ”というタイトルにしたのですか?

僕の母親の手にアカギレがたくさんできたのですよ。。。 それを子供の頃、見たとき痛みが伝わってきましたよ。。。

でも、デンマンさん自身はアカギレができたことがないのに、どうして痛みが解るのですかァ~?

それは、解りますよ。。。 竹細工(たけざいく)をしていて小刀で指を切ったりしたことがあるから。。。


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こういう傷を僕も何度か指に受けたことがあるから、お袋のアカギレを見て痛いだろうなァ~、と痛みを共感しましたよ。。。 しかも、当時はその傷に七輪(しちりん)の練炭(れんたん)の火であぶって溶かした「あかぎれ膏(こう)」で傷を埋めるのですよ。。。


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熱いでしょうにィ~。。。

そうですよ。。。 このチョコレートのように固まったものを練炭の火であぶって溶かすのですからねぇ~。。。 とろっと溶けたモノは熱くないはずがない。。。 それをアカギレの傷の中にたらしてヒビを埋めるのです。。。 子供心に“拷問”のようだと思いましたよ。。。

。。。で、デンマンさんのお母さんは しばらく水仕事を休むのですか?

もちろん、休むわけにはゆきません。。。 それが嫁の仕事なんだから。。。 ヒビを埋めなけらば、冷たい水が傷にしみて痛みが増すけれど、「あかぎれ膏(こう)」で傷を埋めるので、冷たい水に手を入れても 多少は痛みが軽減されるのでしょう。。。 毎日の炊事を休むわけにはゆかないので、そうやって痛みを少しでも軽減しながら、つらい水仕事を続けるのですよ。。。

たいへんですわねぇ~。。。

そうですよ。。。 僕の母親は町に嫁(とつ)いだから、まだいいほうですよ。。。 農家の嫁さんは、町の嫁よりも水仕事が多いから、上の写真のようなアカギレができてしまうのですよ。。。 


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こうなってしまったら、「あかぎれ膏(こう)」で傷を埋めるのも面倒くさくなるから、もう処置なしでしょうねぇ~。。。 だから、上の写真は審査員の共感を呼んで、「21歳の嫁の手」は、それから4年後の1967年、第4回太陽賞を受賞したと僕は思うのですよ。

デンマンさんのお母さんの世代の女性は、誰もがアカギレで痛い思いをしたのですか?

あのねぇ~、女中さんを雇えるような裕福な家の主婦以外は、誰もがアカギレに悩まされたと思いますよ。。。 でも、その当時はアカギレは別に珍しいことじゃないし、嫁さんたちはたいていアカギレができていたから、みな我慢して水仕事にいそしんでいたのですよ。。。 それに当時の農家は、藁葺(わらぶ)き屋根の家でしたからねぇ。。。 何もかもが不便で旧式だった。。。


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真由美ちゃんのお母さんは僕の従妹だけれど、彼女が子供の頃住んでいた実家のある南河原村では、当時、まだ箱膳を前にして食事している家も多かったのですよ。。。

南河原村という村は行田市に統合されたのでしょう?

そうです。。。 2006年1月1日に行田市に編入されたのです。。。

 


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『拡大する』

 

デンマンさんも 旧南河原村にあった私の母の実家で箱善で ご飯を食べたことがあったのですか?

そうです。。。 僕は4歳か5歳だったけれど、母親が田植えの手伝いかなんかで僕を連れて実家に行ったのです。。。 その時 一緒に箱膳の銘々膳(めいめいぜん)で朝ごはんを食べたことをはっきりと覚えてますよ。。。

銘々膳からちゃぶ台へ

日本女子大学・北陸大学非常勤講師 東四柳祥子

 

「一家団欒」の象徴とされるちゃぶ台は近世までの銘々膳(めいめいぜん)による配膳形式とは異なり、空間を共有するもの同士が囲む四本脚の共同膳である。
日本における共同膳の歴史は、奈良・平安時代の貴族たちに享受されていた「大饗料理」になかのぼることができる。

その後、武家社会における師従関係の成立により、身分に基づき整列することで、銘々膳によって食事をする形式が定着を見せた。
そして江戸時代を迎え、鎖国化でも交流が許された中国から一つのテーブルを囲み、大皿に盛られた料理を分かち合う「卓袱(しっぽく)料理」が出島に伝来する。
まさにこの形式こそが、ちゃぶ台のルーツともされ、やがては都市部での酒宴形式として人気を誇るようになる。

しかし、根強い儒教的観念に縛られた日常生活の中では、家長を中心に、銘々膳での食事形式が従来どおり踏襲され、しつけの場の重要な空間としての意味も持ち合わせていた。


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しかし、幕末の開国以後、流入した西洋文化の影響は、家族の食事風景を大きく変えることになる。
新たに導入された西洋料理は、中国料理同様、テーブルを囲むといった食事形式を呈しており、共同膳で食事をする習慣が上流階級の間から徐々に定着をみせた。 (略)

やがて昭和期になると、『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』などといった国民的な漫画のなかで、ちゃぶ台は家族をつなぐ大切な装置として描かれ、その空間で共有される話題や珍事が、微笑ましい家族関係の理想形を印象づける効果を発揮し始めるようになる。

しかし、昨今の食の課題には、個食や孤食、外食や中食(なかしょく)にたよるといった食の外部化・簡略化への依存などがあり、家族仲良くちゃぶ台を囲むという機会の形骸化も拭えない事実である。
いま私たちは、昭和期を通して形成された家族で共有する時間のあたたかさを、再認識する時代に来ているといえるのではなかろうか。
ちゃぶ台が、人間関係の構築・再生の場であった昭和の風景に学び、守るべき遺産であるという意識も高めていきたいものである。


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赤字はデンマンが強調のため。
読み易いように改行を加えています。
イラストはデンマン・ライブラリーより)


139ページ 『暮らしの年表 流行語100年』
講談社編 2011年5月19日 第1刷発行
発行所: 株式会社 講談社

『カウチポテト』にも掲載
(2013年1月9日)

あらっ。。。 銘々膳というのは、ずいぶん古くから、デンマンさんの子供時代まであったのですわねぇ~。。。 でも、私が覚えている母の実家は、藁屋根の家ではなくて、新しく立て替えた新しい瓦屋根の家でしたわァ~。。。 それに、テーブルを囲んで椅子に座ってご飯をいただいてました。。。

そうです。。。 そうです。。。 その頃は昭和40年代を迎えて日本は経済大国になり、竈(かまど)は電気炊飯器になり、川で洗濯していたのが、電気洗濯機で洗濯するようになり、何もかもが電化されて生活が楽になった頃ですよ。。。 つまり、アカギレは昔の話になったのですよ。。。 要するに、僕と真由美ちゃんでは 子供の頃を送った時代が違うんだよねぇ~。。。


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【デンマンの独り言】


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真由美ちゃんは、ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

去年(2016年)の9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


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上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


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『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 

If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』

『日本で再会』


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』


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『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


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『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』

『那須高原の紅葉』

『希望とロマン』

『錯視 錯覚』

『マンボ@バンクーバー』

『オリーブオイル』

『スコーンとプディング』

『5月のロブソン』

『病院食の間違い』

『プレミアム・ジャパン』

『自然の摂理を無視すると…』

『夢のデニッシュ・悪夢のマーガリン』


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『パリ風カフェ』

『どこか狂ってるわ』

『行田遠野物語』

『行田物語 ピアノ』

『行田物語 猫』

『行田物語 母の懐』

『行田物語 ケネディ暗殺』

『行田物語 病院食』

『行田物語 お股の花々』

『晩香坡物語 ジャズ』

『行田物語 悪夢』

『行田物語 社長』

『行田物語 棺桶に入るまで』

『宝田百合子@インド』

『行田物語 ちゃぶ台』


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