Archive for the ‘日本文学’ Category

済子女王@萌える

2017年10月17日

 

済子女王@萌える

 


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デンマンさん。。。 “萌える済子女王”なんてぇ~、読む前から ワクワクしてきますけれど、“済子女王”は“せいこじょうおう”と読むのでござ~♪~ますか?


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卑弥子さんはマジで読み方が解らないのですかァ~。。。

なんとなく解るようですけれど、はっきりとは解りませんわァ~。。。

実は、僕もタイトルだけを見た時には、自信がありませんでしたよ。。。 ウィキペディアにはつぎのような説明がありますよ。。。

済子女王


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済子女王(なりこ/せいしじょおう、生没年不詳)は、平安時代中期の皇族。
伊勢斎宮。
章明親王の王女(醍醐天皇の皇孫)。
母は藤原敦敏の女。
斎宮隆子女王の妹。

略歴

永観2年(984年)11月4日、花山天皇の即位に伴い斎宮に卜定される。
翌年の寛和元年(985年)9月2日初斎院(左兵衛府)に入り、同月26日に野宮に入ったがまだ建物も未完成で、禊所の前方に葬送の火が見え不吉と囁かれた。
9月28日には野宮に盗賊が入り、侍女の衣装が奪われるという前代未聞の出来事があった。

潔斎中の寛和2年(986年)6月19日、野宮から退下。
花山天皇の突然の譲位によるとされるが日本紀略、本朝世紀、十訓抄によれば野宮で滝口武者平致光に犯され、それが露見したためと記されている。
後に神祇官を召し、祭文を奉じたという。

この事件は後に絵巻『小柴垣草紙』の題材となった。
それ以後の消息は不明。


出典: 「済子女王」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。 “なりこじょおう” または “せいしじょおう”と読むのですわねぇ~。。。

そのようです。。。

。。。で、野宮で滝口武者平致光に犯されたので、デンマンさんは記事で取り上げたのでござ~ますか?

いや。。。 滝口の武者・平致光に犯されたから僕が取り上げたわけではないのですよ。。。

じゃあ、なぜ“萌える済子女王”というタイトルにしたのですか?

ちょっと次のリストを見てください。


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『拡大する』

『小柴垣草子』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の 日本時間で4月17日の午後6時49分から午後10時4分までの約3時間の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。

あらっ。。。 4月17日の午後8時6分に見慣れない検索エンジンで検索して デンマンさんが投稿した『小柴垣草子』を読んだのでござ~ますわねぇ~。。。

そういうことです。。。

。。。で、赤いアンダーラインが引いてある「リファラ」をクリックするとどのような検索結果が表示されるのでござ~ますか?

次のような検索結果が出てくるのですよゥ。。。


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 54件ヒットする内の 2ページ目のトップにデンマンさんが「徒然ブログ」に投稿した『小柴垣草子』が出てくるのですわねぇ~。。。

そうなのです。。。 横浜市神奈川区にある「株式会社ディスクシティエンタテインメント」という会社に勤めている舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんが『小柴垣草子』をクリックして読んでのですよ。。。

どうして、そこまで詳しくデンマンさんには判るのですかァ~?

IPアドレスを調べたのです。。。


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『拡大する』

確かに会社名までは判りますわァ。。。 でも、個人情報を保護するためにアクセス者の名前までは判らないのでござ~ますわァ。。。

卑弥子さんは、かなり きつい突っ込みを入れるのですねぇ~。。。 僕だってプライバシーを保護することぐらいは知っていますよ。。。 だから、アクセス者の名前は仮名にしてあるのです。。。

分かりましたわァ。。。 で、舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんは仕事の関係で“済子女王”を調べたのでござ~ますかァ?

あのねぇ~、「株式会社ディスクシティエンタテインメント」という会社は、宿泊業と飲食サービス業に関わっている会社なのです。。。

要するに、 舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんは、お仕事とは全く関係ない事を就業時間中に会社のパソコンで調べていたのでござ~ますかァ?

いや。。。 僕は そう思わないのですよ。。。

だってぇ~、宿泊業と飲食サービス業に従事している会社員の舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんが滝口の武者・平致光に犯された“済子女王”を調べるのってぇ、可笑しいではござ~ませんかァ!

卑弥子さんは、ここでも かなり きつい突込みを入れるのですねぇ~。。。

だってぇ~、舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんは私用に会社のパソコンを使ってネットで検索してサボっていたのですわよう! あたくしが会社の社長ならば見つけ次第 即刻クビにしますわァ~。。。

あのねぇ~、観三郎さんはサボっていたわけではないのですよ。。。 宿泊客の内の一人が ほろ酔い気分でフラフラとエロ本を持てきてフロントにいた舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんに、ページの中の一枚の春画を見せたのです。。。


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あらっ。。。 このような昔のムンムン、ムレムレするようなヤ~らしい春画を見せたのでござ~ますかァ~!? ボカシが入ってますわねぇ~。。。

あのねぇ~、僕のブログはアダルトブログではありませんからねぇ~。。。、そのままの春画を載せるわけにはゆかないのですよう。。。 だから、ボカシを入れたけれど、ほろ酔い気分の宿泊客が見せた春画にはボカシはありません。。。

ボカシが入っているのってぇ~、つまりませんわァ~。。。

卑弥子さん。。。 そのようにガッカリしないでくださいよう! あとで、卑弥子さんにはボカシがない春画をメールで送りますから。。。

分かりましたわァ~。。。 それで、どういうわけで舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんは検索したのですか?

だから、お客が舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんにからんだんですよ。。。

なんてぇ~?

「あのなァ~、あんちゃん。。。 このエロい絵の中の女は“済子女王”と書いてあるのだけど、この女は実在の人物なのかい?」 とほろ酔い気分の客がエロい絵を見せながら尋ねたのですよ。。。

それで。。。?

でも、舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんだってぇ、そんな昔のエロい絵の中の女が どのような人物なのか? 分かる訳ない。。。 でも、お客はしつこい。。。 「おい、あんちゃん。。。 あんたは一応大学を出てるんだろう?」 「はい。。。 一応大学は出てますけれど、3流大学なもんでぇ~、平安時代のエロい絵には詳しくありません。。。」 「でも、平安時代のエロい絵だということが分かるだけでも てぇ~したもんだよ。。。」

つまり、そうやって 煽(おだ)てられたので、舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんはフロントにある会社のパソコンで検索してみたのですか?

その通りですよ。。。 それで次の箇所を読んだわけです。。。

小柴垣草紙


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小柴垣草紙(こしばがきぞうし)は、春画の絵巻物である。
「小柴垣草子」「野宮草紙」とも称され、また後述する長文系統の話末に独自の宗教観に基づく評釈があることから、宗教的な極意伝授を意味する『灌頂巻』と呼ばれることもある。

原本は平安時代末期に描かられたと推測されるが、現在残っているのは江戸時代の模本や写本である。
他にも古春画絵巻は、後世の模写によって何点か残っているが、その中でも『小柴垣草紙』は、官能的な物語を流麗な筆致の詞書と濃密な愛欲描写の挿絵によって描き、日本の古春画最高傑作とみなされている。

寛和2年(986年)花山朝の斎宮済子女王が、天皇の名代として伊勢神宮に奉仕するため洛西嵯峨野の野々宮で潔斎していた折、美男の滝口武者平致光を誘惑し密通したとの噂が流れ、ついには済子の伊勢行きが取りやめになったという、『十訓抄』第五にある物語に基づく秘戯図である。

伝写本は数多いといわれ、さまざまな異本があるが、原本はおそらく12段前後の詞書と挿絵から成っていたと推測される。
画は藤原信実筆、詞は藤原為家筆とも、奥書より画は住吉慶恩(13世紀初頭の絵師。住吉派の祖とされる)筆、詞は後白河天皇または久我通具筆ともいい、ほかに豊後法橋画というもの、土佐光則画というものなどがある。
しかし、あからさまに性愛を扱う内容のため、公開される機会は極めて少ない。

伝承としてこの絵巻物は、承安元年(1171年)高倉天皇に嫁いだ平清盛の娘平徳子に対して、彼女の叔母にあたり後白河天皇の女御だった平滋子が贈ったとする説がある。
後白河天皇は、絵巻物好きで好色な人物だったことを考えると、小柴垣草紙も後白河の意向で制作された可能性が高い。

『小柴垣草紙』は詞書の長短で二種類に分類できる。
一つは斎宮と平致光の一夜の逢瀬を濃密な性表現によって描写した後、この密通が発覚して斎宮群行が取りやめられた結末で終わる短い内容の伝本群。

もう一つは前者の内容に加えて、逢瀬の後に再会し、噂を耳にした女房も加わり、最後は性行為の有り難さについて宗教的言説を用いて解説した、やや長い内容を持った伝本類である。
順序としては、まず短文系統が成立し、次いでこれを増補する形で長文系統が現れたと見られる。


出典: 「小柴垣草紙」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

でも、この上の部分はデンマンさんが『ウィキペディア(Wikipedia)』を丸写しにしたのではありませんかァ!

いけませんか?

舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんが検索して デンマンさんが投稿した記事が出てきたということは、ウィキペディアには書いてないことも出ていたのでござ~ますでしょう?

もちろんですよ。。。 だから、観三郎さんは次の箇所も読んだのです。。。


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平安時代の末期である院政期には「日本で一番前衛的な天皇様」である後白河上皇が大活躍をして、絵巻物の黄金時代を現出させた。

(中略)

日本の国宝級の絵巻物を続々と生み出した日本最大の文化プロデューサーである後白河上皇は、ポルノというものが嫌いだったのだろうか?—ということになると、そんなことはない。
彼はちゃんと、ポルノグラフィーの制作に関与している(らしい)のだ。
男女—あるいは人間同士の性交渉を描写した(たぶん)日本で最初の絵巻物《小柴垣草子絵巻》の詞書(ことばがき)は、後白河上皇が直接書いたのだといわれている。
彼はちゃんと、やっている(らしい)のだ。

 (中略)

平安時代には、賀茂神社と伊勢神宮という二つの大きな神社の神に仕える、“斎院”“斎宮”と呼ばれる特別な未婚の女性がいた。
“特別”というのは、この女性たちが内親王をはじめとする皇族の娘たちだったからだ。
“神の花嫁”となって、斎院は京都の賀茂神社へ、斎宮は伊勢神宮へと出向いていった。
彼女たちは当然“未婚の処女”でなければならないし、神に仕える間に男との交渉を持ってはならない。
がしかし、その神聖な処女である伊勢の斎宮が、ある時警護の男性と密通をしてしまった。
大スキャンダルになって、彼女は斎宮の地位を下ろされて出家させられてしまうのだが、《小柴垣草子絵巻》は、その“歴史上の大事件”を題材にした絵巻物なのである。

 (中略)

986年の夏、やがては伊勢に下ってゆくことになる斎宮・済子(さいし)は、京都の野の宮で、身を清めるための潔斎に時を過ごしていた。
決して男を近づけてはならない斎宮を守るために身辺警護の男達がいて、その中に平致光(むねみつ)という武士がいた。
《小柴垣草子絵巻》の詞書によれば、「この男を御簾の間からご覧になった斎宮はポーッとなってしまった」のである。

ポーッとなってしまった斎宮は、夜になって、その致光が庭の小柴垣のそばで横になっているのを発見した。
身辺警護の武士たちが夜勤の時にいつもそうするように、致光も庭の垣根のそばで寝ていたのである。
ポーッとなった斎宮は、御簾から出て、その男を誘惑してしまった。


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赤字はデンマンが協調のため。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより。)


168ページ 『ひらがな日本美術氏2』
著者: 橋本治
1997年8月25日 第1刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

でも、この上の部分は『ひらがな日本美術氏2』の丸写しではござ~ませんかァ!

そうです。。。 いけませんかァ~?

デンマンさんが ご自分で足で歩いて調べたことを書いてくださいなァ~。。。

あのねぇ~、“済子女王”の事は、これ以上調べようがないのですよ。。。 『ウィキペディア(Wikipedia)』にもそれ以後の消息は不明と書いてあるのですよ。。。

だから、デンマンさんが ご自分の足で歩いて まだ誰も発見しなかった事実を掘り出すのですわよう!

でもねぇ~、僕はバンクーバーに住んでいるのですよう。。。 そう簡単に京都まで行くわけにはゆきません。。。

あ~らァ~。。。 京都に住んでいるあたくしに会いにやって来れば、その帰りに、ちょこっと伊勢神宮によって調べることができるではござ~ませんかァ~。。。!

分かりました。。。 じゃあ、今年の秋にでも足を伸ばして京都にも行きますよゥ。。。

あ~らァ~。。。、うれしいわあああァ~。。。 じゃあ、あたくし、デンマンさんを有馬温泉へお連れして またおヌードのアクロバットをお見せしますわねぇ~。。。 うふふふふふふ。。。


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『衝撃の角度』

卑弥子さん! 今日は露天風呂の話ではないのですよ。。。

あらっ。。。 あたくしとしたことがァ~。。。 ついつい調子に乗って、あられもない事を口にしてしまいましたわァ~。。。 エロい春画のことでしたわよねぇ~。。。 で、舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんは、どうなさったのでござ~ますかァ?

上の記事に書いてあることを ほろ酔い気分の客に話してやったのですよ。。。

そしたら。。。?

その客は舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんを見直したわけですよ。。。 「あんちゃん!。。。 3流大学とは言え、パソコンをいじって即座に答えてくれるなんてぇ、さすがに大学では違うねぇ~」 

エロい お客さんはマジで舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんを見直したわけでござ~ますかァ~!?

そうなのですよ。。。 観三郎さんのお礼のメールにそう書いてありました。


(初出: 『萌える済子女王』 2017年4月23日)


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

デンマンさんが露天風呂に触れたので、

あなたのために興味深い露天風呂のクリップをお見せしますわ。。。


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ところで日本の古代にも、あるいは平安時代にも あなたの知らないミステリアスな面白いお話があるのですわよう。。。

あなたのために平安史、古代史の興味深い記事を用意しましたわァ。

ぜひ お読みくださいねぇ~。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


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『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


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『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』


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『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

『ペルシャ人の楊貴妃』

『ん?佐伯今毛人』

『文学と歴史とウソ』

『百人一首ミステリー』

『芭蕉と遊女再び』

『映画とロマン@仙台』

『源氏物语中的性描写』

『忘れられた歴史ロマン』


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『おばさんパンツ@サンホセ』

『聖徳太子のチューター』

『オナラの曲芸』

『死海』

『漱石とオナラ』

『絵里香さん』

『美女とオナラ』

『アンバパーリー』

『ゆっくりと愛し合う』

『見ちゃだめ!』

『二重マチ付きズロース』


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『麻生元総理』

『ネットのバカ女を捜して』

『額田王の歌』

『聖女と娼婦』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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トゥーランドットとかぐや姫

2017年10月14日

 

トゥーランドットとかぐや姫

 


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デンマンさん。。。 どういうわけで“トゥーランドットとかぐや姫”を取り上げるのですか?


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あのねぇ~、10月7日の土曜日に、“ジョージア・ストレイト(Georgia Straight)”という週刊の無料エンターテインメント情報紙を開いたのですよ。。。 そしたら次のページが目に入った。


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『拡大する』

『電子版のページ』

真由美ちゃんも“ジョージア・ストレイト(Georgia Straight)”を読むことがありますか?

職場の休憩室のテーブルの上に広げてあることがあるので、コーヒーを飲みながら時々読みますわァ~。。。

上の記事は10月5日から12日の1週間の情報紙です。。。

上の写真は電子版ですよねぇ~。。。?

そうです。。。 情報紙の27ページを日本語に訳したので読んでみてください。


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ケベック州で活躍している ルノー・ドーセット(Renaud Doucet)が率いる新しいバンクーバーオペラ作品では、本当のトゥーランドットを探り出そうとしています。

トゥーランドットというタイトルを聞いて、まず思い浮かべるプリンセスのイメージは、求婚者の頭をバッサリと斬るのを好む 恐ろしい、氷のような冷たい女だということでしょう。
しかし、バンクーバー・オペラの新作「ジャコモ・プッチーニ」の大がかりな最終作では、アメリカのソプラノ歌手、アンバー・ワグナー(Amber Wagner)さんは、より多くの面を演じて見せます。
実績のあるケベックの監督、ルノー・ドーセットさんは、トゥーランドットの人間らしさを追い求めています。

リヒャルト・ワグナーの作品に出演した長年の経験を経て、ソプラノ歌手・アンバーさんは初めて記念碑的役割を演じることになるのですが、彼女は監督について次のように語っています。


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ルノー・ドーセットさんは観客が信じることができるような物語にすることに全力を尽くしています。

だから、この冷たい女を、観客が信じられるような女にするにはどうすればよいか?…と真剣に考えているわけです。

…と、リハーサル前の休憩で、アンバーさんは語りました。

ニューヨークタイムズ紙が「強力で陽気で豊かな表現力豊かな」と形容している彼女の声を傷つけないように、アンバーさんはバンクーバーオペラのオブライアン・センターで、紅茶をすすりながら、さらに続けます。

ルノー・ドーセット監督は、トゥーランドットを より人間的な女にするために、

階層的で多面的なバックストーリーを構築するのに最善を尽くしました。

オペラでは、古代の北京に設定されています。

強固な意思を持つ王女は 結婚したいと申し出る男たちに 3つの解けそうにもない難問を出します。

間違った答えを出せば、即刻、死が待ち構えています。


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しかし、アルゼンチンのテノール、マルセロ・プエンテが演じているカラフは彼女に恋してしまいます。

しかも、彼はすべての質問に答えてしまうのです。
ところが、トゥーランドットは、それでも彼との結婚を拒否するのでした。

それで、彼は王女に問題を出すのです。
問題が解けなかったら彼と結婚して欲しいと。。。、

赤と金の大掛りな背景と巨大なコーラスの中で、物語が進んでゆきます。
冷たい王女に いったい誰が人間らしい女を期待するだろうか?
男を殺害することだけに興味がある女に、幸せな結末があるだろうか?
ここで見られる壮大なセットは、最近演じられた、アトランタ・オペラのステージの一部と同じものです。

アンバーさんは、実際、トゥーランドットの人物に共感できるものを見つけたと言います。
彼女は語ります。

 

トゥーランドットは彼女が置かれている文化の中で周りの期待と戦っているわけです。
その文化では、女性は何よりも財産の一部としか見なされていません。
彼女は、このユニークで奇妙な状況の中に閉じ込められているわけです。

トゥーランドットが成長した世界に実際に私自身を置くことは無理だけれど、彼女が周りからの期待に抵抗する気持ちは十分に理解できます。
彼女はそういう期待に恐怖しているのです。
だから、冷たい仮面をかぶって悟られないようにしているのです。

監督もその事について話していました。
彼女は冷たい女を演じているけれど、それは殺されるよりも嫌われている方がまだマシだからだと…。

2010年にシカゴの歌劇劇場、ライアン・オペラ・センターを卒業した当時、アンバーさんは彼女の目指す芸術は、何よりも歌うことに尽きるという考えを持っていました。

でも、仕事を一緒にした何人かの監督の影響で、彼女の考え方は変わりました。

観客の皆さんが野球場のような騒ぎを望んでいるとは思いません。

それに、象徴的なアリアを歌いながら床を這い回ることを望んでもいないと思います。

アンバーさんは「トゥーランドット」がプッチーニのもっとも偉大な作品と見なしています。
「マダム・バタフライ」、さらには「ラ・ボエーム」よりも上をゆくかも…。

この「トゥーランドット」では、アンバーさんは特に集中的なリハーサル・プロセスに取り組んでいます。
監督は台本無しの稽古の前に、台本を見ながらの読み込みの稽古をたくさん課します。
アンバーさんが笑いながら付け加えます。

私たちの業界では台本を見ながらの稽古は、あまりしません。

私の経験では、リハーサルに来て、台本無しで稽古をするのが普通だわ。

トゥーランドットの役をこなすのは他のオペラの役と比べると極めて難しい。
ごく普通に演じようとしても難しいのです。
タイトル・キャラクターは、巨大なコーラスの勢いに負けてはならない、しかも、オープニング・アリアを上回るほどペースを上げ、さらに、パワフルなハイ・ノートに到達する必要がある。

前にも書いたように、アンバーさんは「トゥーランドット」がプッチーニのもっとも偉大な作品みなしています。
「マダム・バタフライ」、さらには「ラ・ボエーム」よりも上をゆくと思ってます。

 

こんな事言ったら殴られちゃうかもしれないけれど、プッチーニの作品に実はあまり感動したことってないのよ。

リヒャルト・ワーグナーの曲なら5時間はかけるわ。
私はドイツのオペラにハマっているのよ。

でも、この「トゥーランドット」は、とっても好きだわ。
なぜなら、プッチーニの思いが曲に込められていると思うの。
それに、このオペラのコーラスの使い方はすごいわ。
とても素敵な曲が幾つもあるのよ。

最後に、アンバーさんの最大の課題は、「トゥーランドット」の冷たいイメージを観客のオツムから払いのけることかも知れません。

次のように締めくくりました。

誰もが すでに自分の好きな役柄についての考えを持っているものよ。

でも、現在の私たちの戦いは、私たちの演技で観客の皆さんの先入観を覆(くつがえ)すことねぇ~。

バンクーバー・オペラは「トゥーランドット」をクイーン・エリザベス劇場で10月13日、15日、19日、21日に渡って公演します。

(デンマン訳)


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。。。で、これを読んで、デンマンさんは“かぐや姫”を思い出したのですか?

そうです。。。

でも。。。、でも。。。、かぐや姫は求婚する男たちが姫の求めるものを持って来なかったとしても殺したりしなかったじゃありませんかァ!

だから、その部分は違うけれど、求婚する男たちに難問を持ちかけるところなどそっくりですよ。

あらすじ (求婚の場)


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世間の男は、その貴賤を問わず皆どうにかしてかぐや姫と結婚したいと、噂に聞いては恋い慕い思い悩んだ。その姿を覗き見ようと竹取の翁の家の周りをうろつく公達は後を絶たず、彼らは翁の家の垣根にも門にも、
家の中にいる人でさえかぐや姫を容易に見られないのに、誰も彼もが夜も寝ず、闇夜に出でて穴をえぐり、覗き込むほど夢中になっていた。

そのような時から、女に求婚することを「よばひ」と言うようになった。

その内に、志の無い者は来なくなっていった。
最後に残ったのは色好みといわれる五人の公達で、彼らは諦めず夜昼となく通ってきた。
五人の公達は、石作皇子、車(庫)持皇子、右大臣阿倍御主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂といった。

これを見て翁がかぐや姫に「仏のように大切なわが子よ、変化の者とはいえ翁も七十となり今日とも明日とも知れない。この世の男女は結婚するもので、あなたも結婚のないままいらっしゃるわけにはいかない」と言うとかぐや姫は、
良くもない容姿で相手の深い心も知らずに結婚して、浮気でもされたら後悔するに違いないとし、
「世の畏れ多い方々であっても、深い志を知らないままに結婚できません。ほんのちょっとしたことです。『私の言う物を持って来ることが出来た人にお仕えいたしましょう』と彼らに伝えてください」と言った。
夜になると例の五人が集まって、或る者は笛を吹き、或る者は和歌を詠い、或る者は唱歌し、或る者は口笛を吹き、扇を鳴らしたりしていた。翁は公達を集めてかぐや姫の意思を伝えた。

その意思とは石作皇子には「仏の御石の鉢」、車持皇子には「蓬莱の玉の枝(根が銀、茎が金、実が真珠の木の枝)」、右大臣阿倍御主人には「火鼠の裘(かわごろも、焼いても燃えない布)」、
大納言大伴御行には「龍の首の珠」、中納言石上麻呂には「燕の産んだ子安貝」を持って来させるというものだった。どれも話にしか聞かない珍しい宝ばかりで、手に入れるのは困難だった。

石作皇子は大和国十市郡の山寺にあった只の鉢を持っていき嘘がばれたが、鉢を捨ててまた言い寄ったことから、思い嘆くことを「はぢを捨てる」と言うようになった。

車持皇子は玉の枝の偽物をわざわざ作ったがその報酬を支払われていない職人たちがやってきて偽物と発覚、長い年月姿が見えなかったことから「たまさがなる」と言うようになった。

阿倍は唐の商人から火鼠の皮衣を購入した。この衣は本来燃えぬはずであったが、姫が焼いてみると燃えたので贋作と分かり、阿倍に因んでやり遂げられないことを「あへなし」と言うようになった。

大伴は船で探索するが嵐に遭い、更に重病にかかり両目は二つの李のようになり、世間の人々が「大伴の大納言は、龍の首の珠を取りなさったのか」「いや、御目に二つ李のような珠をつけていらっしゃる」「ああたべがたい」と言ったことから、
理に合わないことを「あなたへがた」と言うようになった。

石上は大炊寮の大八洲という名の大釜が据えてある小屋の屋根に上って子安貝らしきものを掴んだが転落して腰を打ち、しかも掴んだのは燕の古い糞であり貝は無かったことから、期待外れのことを「かひなし」と言うようになった。

その後、中納言が気弱になり病床にあることを聞いたかぐや姫が「まつかひもない」と見舞いの歌を送ると中納言はかろうじて、かひはなくありけるものを、と返歌を書き息絶えた。
これを聞いてかぐや姫は少し気の毒に思ったことから、少し嬉しいことを「かひあり」(甲斐がある)と言うようになった。
結局、かぐや姫が出した難題をこなした者は誰一人としていなかった。


出典: 「竹取物語」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

。。。で、デンマンさんは「竹取物語」と「トゥーランドット」は、もともと同じ話が元になって枝分かれして できたお話だと思ったのですか?

そうです。。。

。。。で、その元になったお話しというのはどの昔話なのですか?

スフィンクスの話ですよ。。。

スフィンクス


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スフィンクス(Sphinx)は、エジプト神話やギリシア神話、メソポタミア神話などに登場する、ライオンの身体と人間の顔を持った神聖な存在あるいは怪物。また、猫のような姿をしている。

古典ギリシア語ではスピンクス(Σφίγξ, Sphinx)といい、スフィンクスとはこの英語読みである。

 

概要

古代エジプトにおける本来の名は不明だが、ギリシア語名は古代エジプト語シェセプ・アンク(szp 3nh, シェセプ=姿・形 アンク=再生・復活の神 「アンク神の像」の意)に由来するのではないかとする説がある。
ただしこの語は神あるいは王の像に対してのみ使われており、合成獣に使われた証拠はない。

スピンクスは女性名詞であり、中国語では「獅身人面像」または「獅身女面像」と訳される。
夏目漱石は『虞美人草』の中で「獅身女」という漢字に「スフーヒンクス」という熟字訓を当てた(漢字検定1級の問題集に「獅子女」という表記が見えるが典拠不明)。
永井荷風は『あめりか物語』の中では「怪像」に、『ふらんす物語』の中では「怪神」に熟字訓をあてている。

一方、ヘロドトスはエジプトの合成獣を描写する際にこの名詞を「Androsphinges」と男性化したが、これが男性スピンクスの唯一の例である。
また村井知至『社会主義』p14には「スヰンクス」という表現があり、明治・大正期には様々な表現が散見される。

本来はエジプト神話の生物であるが、非常に古くからギリシア神話にも取り入れられていた。
エジプトのスフィンクスは王家のシンボルで、ギザのピラミッドにある、いわゆるギザの大スフィンクスは王の偉大さを現す神聖な存在である。
対してメソポタミアやギリシャのスフィンクスは怪物として扱われていた。

 

古代ギリシア

ギリシア神話におけるスピンクスは、ライオンの身体、美しい人間の女性の顔と乳房のある胸、鷲の翼を持つ怪物(一部の絵画では尻尾が蛇になっている姿で表される事も)。
テューポーンあるいはオルトロスとキマイラあるいはエキドナとの娘。
一説によればテーバイ王ラーイオスの娘であり(アレクサンドリアのリュシマコス)、これによればオイディプースとは兄弟となる。

また、ウカレゴンの娘とする説もある(エウリピデス『フェニキアの女たち』26への古註)。
当初は子供をさらう怪物であり、また、戦いにおいての死を見守る存在であった。
高い知性を持っており、謎解きやゲームを好む。


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オイディプスの神話によれば、ヘーラーによってピキオン山に座し、テーバイの住人を苦しめていた。
旅人を捕らえて「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足。これは何か」という謎を出し、間違った者を食べていた。

なお、答えずに引き返すことは可能だった。

この謎はムーサに教わったとされている。
しかし、オイディプスに「人間は赤ん坊の時はハイハイで四つ足、成長して二足、老年で杖をつくから三足だ」と答えられ、岩の台座から飛び降り、海に身を投げて死んだという(アポロドロス、ヒュギヌスなど)。
またはオイディプスに退治されたともいわれる(ソポクレス『オイディプス王』、エウリピデス『フェニキアの女たち』)。


出典: 「スフィンクス」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

このオイディプスの神話のエピソードが広まって、謎や答えられそうにない質問を出して、求婚者を悩ます話になったのですよ。。。

でも、全くオイディプスの神話とは関係なく、独立して「竹取物語」と「トゥーランドット」の話ができたという事だって考えられるのではありませんか?

あのねぇ~、似たような話は他にも結構たくさんあるのですよ。。。 いろいろな所で、同じ話が独立してできたと考えるよりは、交易のついでに商人が話を伝えたという風に考えた方が納得できるのです。。。

交易のついでに商人が伝えたというような事は他にも例がるのですか?

ありますよ。。。 例えば聖徳太子は「厩戸王子」と言われているけれど、実は、キリストが厩で生まれたことと関係しているのです。。。

マジで。。。?

ここで話すと長くなるから次の記事を読んでみてねぇ~。。。


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『オルフェと聖徳太子』


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【デンマンの独り言】


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真由美ちゃんは、ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

去年(2016年)の9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


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上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


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『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 

If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』

『日本で再会』


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』


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『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


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『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』

『那須高原の紅葉』

『希望とロマン』

『錯視 錯覚』

『マンボ@バンクーバー』

『オリーブオイル』

『スコーンとプディング』

『5月のロブソン』

『病院食の間違い』

『プレミアム・ジャパン』

『自然の摂理を無視すると…』

『夢のデニッシュ・悪夢のマーガリン』


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『パリ風カフェ』

『どこか狂ってるわ』

『行田遠野物語』

『行田物語 ピアノ』

『行田物語 猫』

『行田物語 母の懐』

『行田物語 ケネディ暗殺』

『行田物語 病院食』

『行田物語 お股の花々』

『晩香坡物語 ジャズ』

『行田物語 悪夢』

『行田物語 社長』

『行田物語 棺桶に入るまで』

『宝田百合子@インド』

『行田物語 ちゃぶ台』

『行田物語 アカギレ』

『行田物語 にぼし』

『ノーベル賞がなぜ?』


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愛と性の悦び

2017年10月13日

 

愛と性の悦び

 


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デンマンさん。。。、愛と性の悦びに年甲斐もなく 狂いまくったのですかァ~?


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。。。ん? レンゲさんは、僕が愛と性の悦びに年甲斐もなく 狂いまくったと思うのですか?

だってぇ~、そういう経験をしたからこそ、タイトルを愛と性の悦びとしたのでしょう!?

あのねぇ~、僕が愛と性の悦びに年甲斐もなく 狂いまくったら、この記事を読むネット市民の皆様がウンザリして 他のブログへ飛んでしまいますよ。。。

じゃあ、どなたが愛と性の悦びにひたったのですか?

ちょっと次のリストを見てください。。。


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『拡大する』

『愛と性の悦びと苦悩』

これは ライブドアの僕の『徒然ブログ』の8月14日の午後9時2分から15日の午前2時34分までの約5時間半の「生ログ」です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。

あらっ。。。 8月14日の午後9時13分にGOOGLEで検索して『愛と性の悦びと苦悩』を読んだネット市民がいたのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 

デンマンさんが10年も前に投稿した記事ではありませんか!

そうなのですよ。。。 レンゲさんと対談した記事ですよ。。。 覚えてますか?

忘れてましたわァ。。。 で、どなたが読んだのですか?

茨城県の笠間市に住んでいる 笠原 美由紀(かさはら みゆき)さんが読んだのですよ。。。


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『拡大する』

あらっ。。。 上の写真の女性が笠原 美由紀さんですか?

そうです。。。

。。。で、どのようにして検索したのですか?

美由紀さんは、つぎのように検索したのですよ。。。


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

『愛と性の悦びと苦悩』

あらっ。。。 「愛と性 悦びと苦悩」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そうです。。。 41,500件ヒットする内のトップに『愛と性の悦びと苦悩』が出てくるのですよ。。。

でも。。、でも。。。、どういうわけで美由紀さんは「愛と性 悦びと苦悩」と入れて検索したのですかァ~?

やだなあああァ~、そのような分かりきったことを訊かないでくださいよう。。。 美由紀さん自身が「愛と性 悦びと苦悩」に悩んだわけですよ。。。

なぜ、デンマンさんは、そのように見てきたようなことを言うのですか?

だってぇ~、美由紀さんが僕にメールを寄越したのです。。。

信じられませんわァ~。。。

レンゲさんは疑り深いのですねぇ~。。。 実は、美由紀さんはレンゲさんのファンなのですよ。。。

それなのに、どういうわけで あたしではなく デンマンさんにメールを出したのですか?

レンゲさんのメールアドレスが分からなかったと書いてありました。

それで、美由紀さんはなんと書いていたのですか?

まず、次の古典のエピソードを読んで考えさせられました、と書いてありました。


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後朝(きぬぎぬ)の文

 


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斎宮(いつきのみや)は親元から、
くれぐれも丁重に
おもてなしをしなさい、
と言われていたものだから、
在原業平(ありわらのなりひら)を
心を込めてもてなしました。

朝には狩の支度を手伝って
業平を送り出し、
夕方戻ってくると、
斎宮はひとつ屋根の下の
“離れ”に彼を迎え入れたのです。

業平は初めて彼女の姿を
目にした時から逢いたいと
思っていたので
二日目の夜、
斎宮に密かに言ったのです。
「お逢いしたい」と。。。

斎宮も逢いたくない
と言えば嘘になる。
でも、とにかく人目が多く
思うに任せない。

業平は正使なので、
“離れ”と言っても、
斎宮の寝所の近くに
床をとっていました。

神に仕える女の身の上を思えば
逢うことなど絶望的でした。
業平はあきらめかけていました。
でも、なかなか寝付かれない。

ふと外に目をやると、
真夜中の朧(おぼろ)な
月明かりのなか、
童女を先に立てて人が立っている。
皆が寝静まるのを待って
やってきた斎宮でした。
業平は信じられないと思いつつも、
丁重に自分の寝所に
女を導いたのです。

それは、長いようで短い、
短いようで長い密会でした。
でも、じっと二人の様子を
見ていた者が居たなら、
およそ2時間ほど二人は
一緒に居たかもしれません。

斎宮は後ろ髪を引かれる
思いがありましたが、
それ以上一緒に居ることは
出来ないと思い帰ってゆきました。
業平にしてみれば、
もっと女を引き止めておきたかった。
まだ満足に語り合ってもいない。
業平は切なさに
一睡もできませんでした。

翌朝、業平の女に対する思いは
募るばかりです。
でも業平の方から
後朝(きぬぎぬ)の文を送るのは
常識はずれというもの。
向こうから何か言ってこないかと
業平が待ち焦がれていると、
空も明るくなってから
歌が届けられました。

君やこし

我や行きけむ

おもほえず

夢か現(うつつ)か

寝てかさめてか

 

【現代語訳】

あなたが来たのか
私が行ったのか、
夢か現実か寝ていたのか
覚めてたのか
私には何も分からないのです。

業平は女の心の迷いを
感じながらも、
互いに衣を重ねて
共寝した密やかな睦事を
女が夢心地で
受け止めているのを感じて
涙が出るほど
ジーンときたのでした。

業平はさっそく
自分の思いを歌に詠んで
女の元に送り届けたのでした。

かきくらす

心の闇に

まどひにき

夢うつつとは

こよひ定めよ

 

【現代語訳】

心乱れて私も
よくわからなかった。
夢か現実かは
今夜ご確認なさっては
いかがでしょうか。

業平は、このように
「今夜も逢いたい」と詠み送って、
狩りに出たのでした。
野に出てからも
業平は上の空です。
「今夜こそは
早く皆をやすませて逢おう」
などと思っているのでした。

そこへ、狩の使(業平)が
来ていることを
聞きつけた伊勢守が、
饗応を申し出たのです。

翌朝になれば業平は
伊勢を発たねばなりません。
今夜は何が何でも
斎宮と逢いたい。
でも、伊勢守は
斎宮寮頭という役職も
兼ねているので断りきれない。
結局、業平は斎宮に逢えぬ
辛さを隠したまま、
伊勢守らと酒を酌み
交わすのでした。

夜もしらじら明けそめた頃、
斎宮方から業平のもとへ
盃が差し出されました。
見れば、上の句のみの歌が
書き添えてありました。

かち人の

渡れど濡れぬ

えにしあれば

 

【現代語訳】

渡っても濡れもしない
浅い江のようなご縁でしたわね。

男は、続き(下の句)を
松明の燃え残りの炭で
書き付けました。

また逢坂の

関は越えなん

 

【現代語訳】

でも、いつか必ずや
お逢いできましょう。

そのような思いを伝え、
その朝、業平は尾張国へ
旅立っていったのでした。


参考書: 『伊勢物語』(講談社文庫)

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美由紀さんは何を考えさせられたのですか?

平安時代の女性はずいぶん若い頃に 大人の恋をしたものだということを美由紀さんは上のエピソードを読みながらしみじみと考えさせられたわけです。。。

それで。。。?

その後を読んでいったら、レンゲさんが高校生の頃に、すでに結婚していた坂田さんと恋愛問題を起こして退校させられた、という事を知ったわけですよ。。。 つまり、現代でも少女時代に大人の恋にハマってしまう人がいるのだという事を改めて知ったというわけです。。。

つまり、あたしが大胆な女だということをデンマンさんは言いたいのですか?

あのねぇ~、学校にゆくと言って家を出て、授業をすっぽかして坂田さんの家で愛し合っている。。。 そんな事をしていれば、すぐに分かってしまいますよ。

だから、若気(わかげ)の至りだったと、今では反省していますわァ。。。

でもねぇ~、いくら16才の乙女でも、そんな事をしていれば、不良娘のレッテルを貼られて退学になる事ぐらい分かっていたでしょう?

デンマンさんには分からないと思いますけれど。。。 あたしは教育という名の虐待を受けて、無理やり勉強させられていたのですわ。。。 自由が保障されている世界に居て、あたしにはその自由がなかった。。。 息詰まるような毎日でしたわ。。。 しかも、母からは愛情を感じる事も無く、父は居ても不在のような家庭でした。。。 そのような中であたしは坂田さんに抱かれて初めて愛を知ったのですわァ~。。。

だから劇的だというのですよ。。。 ロマンチックを通り過ぎて。。。 ドラマチックも通り過ぎて。。。 なんというか、常識破りの恋愛事件ですよ。

禁断の園でレンゲさんが

坂田さんと秘め事をして知った悦び


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レンゲさんにも16才の頃は、こうして可憐な乙女だったんですよね。

まだ高校1年生の女学生だった頃、レンゲさんは、初めて秘め事を経験した。

愛のない家庭で育ったレンゲさんは、心のよりどころがなくて、当時近所に住んでいた坂田さん夫婦の家に時々遊びに行っていた。

坂田さんも、レンゲさんの家庭の事情を良く知っていて、何かとレンゲさんのことを思いやり可愛がっていた。レンゲさんは、いつしか坂田さんに淡い恋を感じるようになっていた。

坂田さんは良い人だけれど、競馬競輪にハマッていて、そのことで妻の幸子さんと別居するようになった。レンゲさんは、そんなある晩、幼な妻のように坂田さんのために夕ご飯を作ってあげた。坂田さんにも何か感じるものがあったのかも知れませんよね。その晩、レンゲさんは坂田さんの腕に抱かれてハラハラ。。。、ワクワク。。。ドキドキしながら桜の花びらを散らした。。。


『性と愛の渇き』より

あたしが坂田さんに抱かれた事が常識破りだとおっしゃるのですか?

違いますよゥ。。。 レンゲさんの家庭の事情を良く知っている僕は、レンゲさんが坂田さんに感じた恋心を充分理解しているつもりです。。。 そのような状況の中で、坂田さんから可愛がられたわけだから、幼な妻のように坂田さんに対して真心で晩御飯を作ってあげたくなる気持ちも良く分かります。。。 上の伊勢物語に出てくる斎宮(いつきのみや)も、この時まだ10代ですよ。。。 業平は30代の後半です。。。 だから、ちょうどレンゲさんと坂田さんの年恰好に似ているわけですよね。

それで、デンマンさんは上の古典のエピソードのお話を持ち出してきたのですか?

そうです。。。 レンゲさんが自分の経験と照らし合わせて、このエピソードの意味するところが良く分かると思ったからね。。。

でも、あたしが常識破りだとデンマンさんはおっしゃいましたわねぇ~。。。 一体、あたしのどこが常識破りなのですかァ?

あのねぇ~、斎宮(いつきのみや)は神に仕える女ですよ。。。 それが彼女の仕事ですよね。。。 レンゲさんにも分かるでしょう?

分かりますわ。。。 でも、あたしと比較する事などできませんわ。

もちろん、比較するつもりではありません。。。 しかしねぇ~、比較する事が出来ないわけじゃない。。。 確かに時代が違っている。。。 でもねぇ~、時代を越えた真実は今も昔も変わりがありませんよ。

その時代を越えた真実って。。。?

だから、男と女の愛情ですよ。

それで、デンマンさんはどのように比較しようとなさるのですか?

レンゲさんは働いていたわけじゃない。。。 女学生でしたから。。。 でもねぇ~、学校に行く事がレンゲさんの、云わばお勤めだったわけですよねぇ~。。。

それで。。。?

業平が斎宮と密通した事は、当時の貴族社会でも非常に重大な衝撃を与えたらしい。

どうしてですの?

どうしてって。。。レンゲさんだって分かっているでしょう? 当時、伊勢の斎宮と性関係を結ぶことはご法度(はっと)だった。。。 見つかったら、その職を解かれてしまう。。。 古典のエピソードでは、そこまでの事は書かれていません。。。でもねぇ~、後の世になって、この話が実際に持ち出されている。

禁忌の愛


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このふたり(在原業平と斎宮であった恬子【やすこ】内親王)の間に禁忌を犯した契りがあり、それによって男の子が生まれたという伝承があった。

それが事実であったのかどうか確証はないが、
この伝承は秘されて生まれた子・高階師尚(たかしなのもろなお)を祖先に持つと言われている高階家に語り継がれていた。

そしてこの時代よりもずっと後、藤原道長の時代に公けの場で語られるのである。
一条天皇が三条天皇に譲位する際に、
その皇太子を一条の皇子の誰にするかという問題が起こった時のことである。

故皇后・定子腹の第1皇子・敦康親王(あつやすしんのう)を退け、
中宮(ちゅうぐう)・彰子(時の権力者・藤原道長の娘)の皇子・敦成親王(あつひらしんのう)を推す理由を、藤原行成(ふじわらのゆきなり)が帝に奏した言葉の中に現れているのである。

立太子の儀は人間の意志ではなく伊勢の皇大神の意によって決められるのであるが、敦康親王の母・定子は藤原道長の実兄・道隆と高階貴子の間の娘である。

高階家はかつて斎宮のことがあり、伊勢の皇大神の不興を買っており、故に皇太子にはふさわしくない。

このように藤原行成は奏上した。


『年上の女の情念』より

この事を見ても、この物語が当時の貴族社会に与えた衝撃がよく分かりますよね。。。 レンゲさんにも分かるでしょう?

それが。。。 それが。。。 あたしと、一体どのように関係しているとおっしゃるのですか?

だからぁ~、レンゲさんの場合には、上のエピソードを借りるならば、斎宮というお勤めをほっぽりだして伊勢から脱け出してしまった。。。 在原業平の後を追って尾張国へ行き、そこで業平と一緒に暮らし始めたようなものですよ。。。 伊勢で業平と抱き合っただけでも重大な罪を犯したことになるのに、まるで駆け落ちするかのように、お勤めをほっぽりだして業平の後を追って尾張の国まで行き同棲を始める。。。 これは、もう重大事件ですよ。

あたしが。。。あたしが。。。坂田さんと同じような事をしでかした、とデンマンさんはおっしゃるのですか?

そうですよ。。。 女学生として学校に行くのが16才のレンゲさんのお勤めでした。。。 そうでしょう? それなのに、学校へ行くと言って家を出て、坂田さんの家へ行き愛し合っている。。。 これでは問題にならない方が可笑しいでしょう?

デンマンさんは、また世界のネット市民の皆様の前で、あたしをコケにしようとなさるのですか?

ちがいますよゥ。。。 誤解しないで下さい。。。 僕は“ロマンチックを通り過ぎて。。。ドラマチックも通り過ぎて。。。なんというか、常識破りの恋愛事件ですよ”と言った。。。 でも、レンゲさんは、そうじゃないと言う。。。 だから、僕はこうして説明しているわけですよ。。。 何も、レンゲさんを馬鹿にしているわけじゃありません。

でも。。。でも。。。あたしは、またエロい女にされようとしていますわ。

違いますよゥ。。。 それはレンゲさんの考えすぎです。。。 僕はレンゲさんの恋愛事件が型破りだったと言う事を分かって欲しいだけです。

でも、その説明の過程で、デンマンさんはあたしがエロい女だと言う事を印象付けていますわ。。。 学校に行くと言って家を出たあたしが学校をサボって坂田さんの家に行き何度も何度も愛し合った。。。 デンマンさんはそうおっしゃいましたわ。

僕は、何度も何度も。。。とは言ってませんよ。。。なんですかぁ~。。。レンゲさんは、やっぱり。。。坂田さんの家に行くと、1日中ベッドの中で愛し合ったのですか?

ほらぁ~。。。デンマンさんは、また、そのようなヤ~らしい質問をして、あたしをエロい女に仕立て上げようとしているのですわあああ~♪~

分かりました。。。 その質問は撤回します。。。 じゃあねぇ~、その代わりに、レンゲさん自身が書いた手記をここに書き出しますよ。。。 これならば文句ないでしょう? レンゲさん自身が書いたんだから。。。

仲直りしたい。でも、。。。

不良娘は、それが

なかなかできないんです。

2004-09-08 13:03


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ほんとうにありがとうございます。
わたしが、グレていた間も
ビーバーランド XOOPS
行きたかったんです。
でも、わかっていただけたらうれしいのですが、
不良娘は、それができないんです。

できないから、
どんどん距離が大きくなる。
わたしの家庭はそんな所でした。
「話し合い」なんて、タブーでしたから。

トラブルが起きるたびに、
家族の溝は深まっていきました。

わたしは、その家庭崩壊を、
追体験したような、
そんな気持ちがします。

でも、デンマンさんは、
玄関の鍵をあけてくださるんですね。
感謝します。

できそこないの身に、
痛いほどしみてきます。
ありがとうございます。

 

by レンゲ


『次元の違いとは端的に言うと』より

デンマン注釈:

この手記に出てくる『ビーバーランド XOOPS』は初代です。
これまでに2度削除され、現在、稼動しているのは3代目です。

『ビーバーランド XOOPS 3世』

この上の3代目もプロバイダーと共に消滅しました。

レンゲさんが追体験した家庭の溝とは、まさにこの恋愛事件を含めたゴタゴタだったわけですよね。そうでしょう?

デンマンさんは。。。デンマンさんは。。。 また、あたしの古傷に塩を擦(なす)り込もうとするのですか?

違いますよォ。。。 やだなあああ。。。 誤解しないで下さい。。。 僕は坂田さん以上にレンゲさんを愛しているつもりなんですよ。。。 その僕がレンゲさんに悲しい思いをさせようとするわけが無いじゃないですかァ~。

デンマンさんは、口先だけではいつも、あたしを愛しているとおっしゃいますが、実際には、こうして古傷を持ち出してきて、あたしを悲しませているのですわ。

違いますよ。。。 僕はレンゲさんに幸せになってもらいたいから、こうして、いろいろと回りくどい事を言いながらも、レンゲさんに愛の真実を冷静になって考えて欲しいと思っているのですよ。

その愛の真実とは。。。?

だから、業平と斎宮の禁忌の愛は、当時の貴族社会に衝撃を走らせたのです。

あたしと坂田さんの愛も禁忌だった、とおっしゃるのですか?

違います。。。 僕はレンゲさんの家庭環境やレンゲさんの恋愛観を理解しているつもりだから、それが禁忌の愛とは思っていません。

だったら、別に問題ないでしょう?

僕にとってレンゲさんと坂田さんの愛はまさに業平と斎宮のエピソードのように文学的に昇華されています。。。 僕にとって、それは一つのロマンです。。。 美しくもはかない恋物語ですよ。。。 でもねぇ~、現実には、そうではなかった。

どういうことですか?

坂田さんとレンゲさんの恋愛事件は、レンゲさんが通っていた高等学校の職員室の中に衝撃を走らせたのですよ。。。 ちょうど業平と斎宮の禁忌の愛が貴族社会に波紋を投げかけ、天皇の後継者争いにまで発展したように。。。レンゲさんの場合には、職員室の先生方に前代未聞の“女学生幼な妻事件”として取り上げられ、蜂の巣をつつくような騒ぎになってしまった。。。 レンゲさんのお母さんにとって一生に一度の大事件だった。。。 娘の不始末として職員室に詫びを入れる。。。 でも、結局、学校は問題を抱えたまま、それがマスコミに漏れるのを恐れた。。。 教育委員会に知れたら大変なことになる。。。 “臭いものには蓋”で、レンゲさんを退学処分にして問題を処理してしまった。。。 レンゲさんは、上の手記の中で“トラブルが起きるたびに、家族の溝は深まっていきました”と書いているけれど、この事件が最初の大きなトラブルだった。。。 ですよねぇ~?

デンマンさんは、そうやってあたしと坂田さんの愛を非難しているのですわ。

違います。。。 レンゲさんのオツムの中では純粋な愛であっても、職員室の先生方も、レンゲさんのお母さんも、そうは受け止めなかった、と言う事を僕は言っているのですよ。。。 そして、その問題は、高校の職員室では片付いたことになっているけれど、レンゲさんとお母さんの間では、未だに持ち越されている。。。 それ以外のトラブルも含めて、レンゲさんとお母さんの関係はこじれにこじれて、もう10年以上も会ってもいないし、電話で話したことも無い。。。 ですよねぇ~?

そうやって。。。 そうやって。。。 また、デンマンさんは、あたしの古傷に塩を擦り込むのですわぁ~。

違いますよ。。。 すでに坂田さんとの恋愛は、これ程の深い傷跡をレンゲさんとお母さんの心に残している。。。 その坂田さんとレンゲさんは再会して、また新たな問題を起こした。

あたしは、問題だったとは思っていませんわ。

業平と斎宮の禁忌の愛は、一つの恋物語として完結している。。。 上のエピソードを読んでも、文学的に薫り高い恋物語ですよ。

あたしの場合は完結してないとおっしゃるのですか?

そうです。。。 完結すべきだったのに、坂田さんの関係をまた再開してしまった。。。 しかも、悪い事に、坂田さんとの関係が、まだ片付いてもいないのに、レンゲさんは清水君との関係をまた再開してしまった。。。 分かりますか、レンゲさん。。。? 『レンゲ物語』は、ますます複雑になってゆく。。。 今のところ終わりが見えませんよ。

デンマンさんは、あたしが坂田さんと愛し合うのもイケナイ。。。 洋ちゃんと愛し合うのもイケナイ、と。。。そうおっしゃるのですか?

違いますよ。。。 一つの問題が片付いてないのに、また新たな問題を蒸し返してゆく。。。 僕にはそのように見えるんですよ。。。 坂田さんと会えないから寂しい。。。 それで清水君に接近して行く。。。そうやって清水君との同棲生活が再開した。。。 でも、坂田さんが戻ってきたらどうなるんですか?

それは。。。

どうするのですか?

坂田さんは戻ってこないと思いますわ。

でも。。。、でも。。。 レンゲさんは心のどこかで、戻ってきて欲しいと願っているでしょう?

あたしのことは、どうでもいいですわ。。。 で、笠原 美由紀(かさはら みゆき)さんは、『愛と性の悦びと苦悩』を読んで、結局どうだとデンマンさんに言ったのですか?

あのねぇ~、昔の人は“人の振り見て我が振り直せ”と言ったけれど、笠原 美由紀さんもレンゲさんと同じような経験をしているのですよ。。。 違いは、美由紀さんは10代ではなく 20代なのです。。。 でも、古典のエピソードとレンゲさんのエピソードを読んで、自分の姿が客観的に見えてきたそうですよ。。。

つまり、あたしを反面教師にして、美由紀さんは清く正しく生きてゆこうと決めたのですか?

いや。。。 別に、「清く正しく」とは書いてなかったけれど、とても参考になりましたと書いてありました。。。


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【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。

あなたは、どう思いますかァ~?

「清く正しい」人生もいいかも知れませんけれど、昔の人は次のようにも言ったのでござ~ます。

Art is long, life is short.

ラテン語ですと、 Ars longa, vita brevis. となります。

古代ギリシアのヒポクラテスの格言の英語訳、ラテン語訳ですわ。

日本語では「学芸は長し、生涯は短し」という意味でござ~ます。

ラテン語に訳した文章全文は”Ars longa, vita brevis, occasio praeceps, experimentum periculosum, judicium difficile.” と言うのだそうですわ。

“学芸は長し、生涯は短し、時機は速し、経験は危うし、判断は難し”となり、この先頭部分が成句となったのだそうです。

あたくしは、未だに独身でござ~ますけれど、一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

つまり、学芸にこのささやかな一生を捧げようとしているのでござ~ます。

腐女子の間では、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますゥ。

あなたは信じられないのでござ~ますかァ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。


(genjiero4.jpg)

『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

そうでしょうねぇ~。。。 

でも、最近 あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”がネットで人気が出ている、ということは信じられるでしょう?

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 それも信じられないというのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


(gog60409a.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。


(buttdimp5.jpg)

どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、

最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

ところで、話は変わりますけれど、

かつて、レンゲさんの親友の めれんげさんは 一生懸命にブログを更新していたのでした。

でも、時には、他のことに夢中になって、会費を滞納したことがあったのでござ~ますわァ。。。

そのために、サイトを削除されてしまったのです。

それでも、2013年の6月にライブドアで『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよねぇ~。。。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。

でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


(gog30928a.png)

また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


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(surfing9.gif)

メチャ面白い、

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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

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こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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額田王の歌

2017年10月9日

 

額田王の歌

 


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デンマンさん。。。 どういうわけで“額田王の歌”を取り上げるのでござ~♪~ますか?


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実は、僕は額田王の歌を取り上げようとは思ってなかったのですよ。。。

だから、どうして額田王の歌を話題にするのですか?

ちょっと次のリストを見てください。。。


(wp71007a.png)

『拡大する』

これはDenman Blog の日本時間で10月7日の午前2時8分現在の記録です。。。

バンクーバーでは何時だったのですか?

日本の方が16時間進んでいるので、10月6日の午前10時8分です。。。 この時間に上の記録を見て 額田王の歌を取り上げることにしたのですよ。。。 リファラ(リンク元URL) の赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しいのです。。。

これは中国の検索エンジンでしたよねぇ~。。。 そのリンクをクリックすると どのような検索結果が出てくるのでござ~ますか?

次のような結果が表示されます。


(so71007a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

『愛憎と三輪山』

あらっ。。。 「額田王、近江国に下る時に作る歌、井戸王(ゐのへのおほきみ)の即ち和(こた)ふる歌」と入れて検索したネット市民がいたのですわねぇ~。。。 もしかして、また香港に住んでいるガーリンさんが検索したのでござ~ますかァ?

そうです。。。 どうして、ガーリンさんだと判ったのですか?

だってぇ~、上の検索結果のリストに 何度も登場したガーリンさんの写真が出ているではありませんかァ!


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『拡大する』

卑弥子さんは記憶力が抜群ですねぇ~。。。 ガーリンさんは 上の検索結果の赤枠で囲んだ『愛憎と三輪山』を読んだのですよ。。。


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『愛憎と三輪山』

でも。。。、でも。。。、ガーリンさんは日本の古典が理解できるほど日本語に詳しいのですか?

あのねぇ~、以前にも書いたけれど、劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんは香港中文大学で英語と日本語を勉強したのですよ。。。 


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だから、英語も日本語もかなり話せます。。。 で、将来 女優を目指しているのです。。。

マジで。。。?

現在、香港演芸学院で本格的に演劇を勉強しているのです。。。 


(hkapa44.jpg)

近い将来、香港ばかりでなく、日本とハリウッドでもデビューしようと頑張っているのです。。。


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つまり、ガーリンさんは いずれ日本にもやって来るのでござ~ますか?

そのつもりなのですよ。。。 だから、日本のことにもマジで関心を持っている。。。

。。。で、どういうわけで額田王の歌をネットで探したのでござ~ますか?

ガーリンさんの友達が「額田王、近江国に下る時に作る歌」には、秘密がこめられている、と言ったらしいのです。。。

それで、その秘密を探るためにネットで検索したのですか?

そういうことです。。。

検索した結果、デンマンさんの記事に出くわしたというのですかァ?

その通りです。。。 で、次の箇所を読んで、謎が解けたとメールを寄越したのです。。。

僕は中学校の歴史の時間に“大化の改新”について学んだことがありました。
僕はとりわけ歴史が好きなわけではなかった。数学とか物理の方が好きだった。
本当に歴史が面白くなったのは社会人になって、松本清張さんとか司馬遼太郎さんの歴史小説を読むようになってからのことです。

でも、中学校の歴史の時間は面白かった。先生が歴史が好きな事が良く分かった。その話し方も熱を帯びて、僕は引き込まれるように聞き入ってしまうことも多かった。
“大化の改新”の話しも面白く聞いたものでした。
今から思えば、その先生は後に天智天皇になる中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)の熱烈なファンだったようです。

大化の改新を日本史の上でも大変重要な出来事として評価していたし、この皇子に関しては、ベタ褒(ほ)めにしていたものです。
先生の話を聞いて、確かにすばらしい人物だと言う事が僕にも良く理解できたものでした。
だから、僕も、中大兄皇子は聖徳太子よりもすばらしい人物だと思っていたものでした。

ところが、高校の古文の時間に額田女王の歌を読んだ。
僕にしてみれば、あれほどすばらしい中大兄皇子を選ばずに、額田女王は、後に天武天皇になる大海人皇子(おおあまのおうじ)を選んだ。
僕にはこの点が理解できなかった。
古文の先生も、その辺のところは良く説明しなかった。

そういうわけで、この事は僕には謎めいた事としてずっと後まで不思議な事としてオツムの片隅に残っていた。
ところが、高校を卒業して20年ほどたった頃に、僕は次の歌に出くわしました。


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金木(かなき)つけ

わが飼ふ駒は

引き出せず

わが飼ふ駒を

人見つらむか

これは孝徳天皇が詠(よ)んだ歌です。分かりやすいように背景を説明します。
天智天皇と実の妹は恋愛関係にあったという歴史学者が居ます。

僕は、そのような事もありうるとは思っていますが、天智天皇と実の妹が“恋愛”していたとは思いません。
一口で言えば、天智天皇は女性にモテルようなタイプではなかったからです。

しかも、実の妹を本当に愛していたなら、孝徳天皇に監視役として嫁がせるようなことは、初めから決してしないと僕は信じているからです。
孝徳天皇は中大兄皇子(後の天智天皇)の叔父にあたります。
つまり、皇子の母親の弟です。

大化の改新をやり遂げた中大兄皇子と中臣鎌足(後の藤原鎌足)が相談して、いろいろな事情から、中大兄皇子がすぐに天皇にならない方が良いという事になり、後ろから操りやすい叔父を天皇にしたのです。
その監視役として皇子は妹をこの叔父に嫁がせました。
ところが、だんだんとこの叔父が皇子の言うことを聞かなくなった。

大化の改新より8年後の653年、孝徳天皇は遷都の問題で中大兄皇子と対立します。
孝徳天皇は都は現在の難波のままでよいと言うのですが、中大兄皇子は強引に大和へ都を移してしまいます。

孝徳天皇は天皇とはいえ、実権は中大兄皇子が握っています。
つまり、孝徳天皇は実権を持たないお飾り天皇です。

しかし、いかに傀儡(かいらい)とはいえ、天皇です。
しかも皇子の母親の実の弟(叔父)です。
その天皇を皇太子に過ぎない中大兄皇子が置き去りにしたのです。

その時、皇子は実の妹の間人(はしひと)皇后を無理やり連れて行ってしまったのです。
もちろん、これは僕の解釈ですが。。。


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確かに事情はよく分かる。

しかし、結局お前は、夫であり、叔父である、私よりも、実の兄である、中大兄皇子の言うことに従って、私を見捨ててゆく。


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人の世は、決してそういうものではないと私は思う。

だが、今となっては、嘆いたところで仕方がなかろう。


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間人(はしひと)皇后は無理矢理連れて行かれたのだから、それも仕方がないのだろう。
孝徳天皇は、そのように諦めたのでしょうね。

僕がここで言いたい事は、政治と言うのは政治力、言い換えれば、権力だけで推し進めてもうまく行くものではないですよね。
結局、その政治家の人間性が問題になってきます。

ここで中大兄皇子の人間性を詳しく述べる事はしません。
関心のある人は次の記事を読んでください。

『定慧(じょうえ)出生の秘密』

要するに、中大兄皇子には実行力とやる気があるので、中臣鎌足がこの皇子と組んで実行したのが大化の改新だった。
しかし、もともと鎌足が目をつけたのは孝徳天皇になる軽皇子(かるのみこ)の方だったのです。

でも、実行力とやる気がイマイチだった。
それで、中大兄皇子の方と組むと言う経緯(いきさつ)があったのです。

何事かを起こすには、やはり実行力とやる気ですよね。
しかし、政治を行うと言うことになると人間性が問題になってきます。

この人間性を象徴する意味で僕は上の歌を引き合いに出したのです。
つまり、中大兄皇子(天智天皇)は、このようは非情な事をする人です。

この天智天皇の政治や生い立ちを調べてゆくうちに、いろいろな事が分かってきました。

『天武天皇と天智天皇は同腹の兄弟ではなかった』

『天智天皇は暗殺された』

『天智天皇暗殺の謎』

僕が、この人物を調べながら感じた事は、天智天皇の人間としての非情さが浮き彫りにされてゆくんですよ。
それで、ハタっ。。。と思い当たったのが額田女王の歌だったわけです。
20年ぶりで額田女王の歌を調べなおしてみました。

すると、ジグゾーパズルの抜けていた箇所が埋め合わされてゆくように、天智天皇の人間像が額田女王の歌からも、よりはっきりと浮かび出てくるのです。
額田女王が、なぜ中大兄皇子ではなく大海人皇子を選んだのか?
20年以上、僕のオツムの片隅で不思議であったこの謎が氷解してゆくような思いでした。

額田女王は建前で“性の平等”を詠(うた)っていたのです。
でも、本音では天智天皇の政治を嘆いていたんですよね。
つまり、批判していたのです。

額田女王は、やはり人間を見極める目を持っていた才媛だったのです。
僕はそう思ったものですよ。

額田女王の相手になる人物は、二人とも後に天皇になる人物です。
言ってみれば政治的人物です。

だから、政治的な背景を無視して人物を選んだとしたら、その女性は余程の愚か者としか言いようがありません。
しかし、額田女王は“美しく、才知にあふれ、強く情熱的な女性”だった。
どの解説書を読んでも、この女性が愚かだったとは書いていません。


『性と愛と批判』より
(2006年5月8日)

あらっ。。。 デンマンさんは11年前に、こんな事を書いていたのでござ~ますかァ?

いけませんか? うししししし。。。

笑っている場合じゃござ~ませんわァ~。。。 つまり、額田王が詠んだ長歌と反歌は、実は、天智天皇が詠んだものだったのでござ~ますかァ~?

そうですよ。。。 だから、『万葉集』の編纂者だった大友家持が わざわざ子供の頃の自分の家庭教師だった山上憶良が書いた『類聚歌林』を持ち出してきて、「近江国に遷都した時に、三輪山をご覧になって天智天皇がお作りになったお歌である」と引用したのですよ。。。 更に、『日本書紀』まで持ち出してきて、「天智天皇の6年3月19日」、つまり、653年に大和から近江に遷都したと確認している。

でも、デンマンさんが書いた上の記事では、大化の改新より8年後の653年、孝徳天皇は遷都の問題で中大兄皇子と対立し… 孝徳天皇は都は現在の難波のままでよいと言うのですが、中大兄皇子は強引に大和へ都を移してしまったのですわねぇ~。

そうです。。。 孝徳天皇は天皇とはいえ、実権は中大兄皇子(後の天智天皇)が握っていたのです。 つまり、孝徳天皇は実権を持たないお飾り天皇だったのですよ。 しかし、いかに傀儡(かいらい)とはいえ、天皇です。 しかも中大兄皇子の母親の実の弟、つまり皇子の叔父さんです。 それなのに、孝徳天皇を皇太子に過ぎない中大兄皇子が置き去りにしたのです。 しかも、皇子は実の妹の間人(はしひと)皇后を無理やり連れて行ってしまったのです。

あらっ。。。 天智天皇は、ずいぶんと酷(ひど)い事をなさったのでござ~ますわねぇ~。。。 でも、それは653年の出来事で 上の三輪山のお歌は 667年に天智天皇が詠んだお歌でござ~ますわァ。

だから、大和から近江に都を移すにあたって、14年前の653年に、無理やり叔父さんを難波に置き去りにして、叔父さんの妻になっていた実の妹を無理やり連れてきたことを思い出しながら、三輪山を、つまり、大和の都を振り返って詠んだのが 上の長歌と反歌ですよ。 意味は次のようになります。


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三輪山には いろいろな思い出がある。

だから、こうして大和を去るにあたって、見えなくなるまで

幾たびも幾たびも眺めてゆきたい山だ……

しかし、つれなくも その三輪山を雲が 隠してしまった。

想えば、14年前に、私もつれないことをしたものだ。


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無理やり叔父さんを難波に置き去りにして、

叔父さんの妻になっていた実の妹を無理やり連れだしてきたのだ。


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こうして、三輪山を 雲が隠しているのは、

その時の報(むく)いなのかもしれない。

でも、あの時は そうするより仕方がなかったのだ。

 


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ガーリンさんはここまで読んできて額田王の歌の秘密が理解できたとメールで書いて寄越したのですよ。。。

マジで。。。?

あれっ。。。 卑弥子さんは信じられないのですか?

だってぇ~、お話が余りにも とっぴでござ~ますわァ~。。。

あのねぇ~、昔の人は“信じる者は救われる!”と言ったのですよ。。。 だから、卑弥子さんも素直に信じて救われてねぇ~。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたは信じることができましたか?

とにかく、デンマンさんがずいぶんと調べてお話をこじつけたようですわァ~。。。

ところで日本の古代にも、あるいは平安時代にも あなたの知らないミステリアスな面白いお話があるのですわよう。。。

あなたのために平安史、古代史の興味深い記事を用意しましたわァ。

ぜひ お読みくださいねぇ~。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


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『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


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『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』


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『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

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『ピンク桃色村』

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『絵里香@ペルー』

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『ん?佐伯今毛人』

『文学と歴史とウソ』

『百人一首ミステリー』

『芭蕉と遊女再び』

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『源氏物语中的性描写』

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愛de擬人法

2017年9月14日

 

愛de擬人法

 


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(wisgolf6.jpg+spacer.png+soberano3z.png)


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デンマンさん。。。 なんだか妙なタイトルを掲(かか)げやはったけど、あんさんは何を言おうとしやはるのォ~?


(kato3.gif)

実は、新宿に住んでいる 相沢 由里香(あいざわ ゆりか)さんが めれちゃんのことを気にかけていたのやがなァ~。。。

どないなわけで由里香さんは わたしのことを気にかけているわけやのォ~。。。?

めれちゃんがブログを更新しなくなってからすでに3年になろうとしてるのやでぇ~。。。

もう、そないになりますのォ~。。。

そうやんかァ~。。。。 “光陰矢のごとし!”と昔の人は言うたけど、マジで月日の経つのは早いのやでぇ~。。。

そいで、由里香さんは、どないしやはったん?

ちょっと次のリストを見てみィ~なァ~。。。


(liv70912a.png)


『拡大する』

『愛の擬人法』

これは ライブドアの わての『徒然ブログ』の9月11日の午前11時9分から午後3時58分までの約5時間の「生ログ」の一部やねん。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。

あらっ。。。 9月11日の午前11時50分にGOOGLEで検索して 由里香さんは『愛の擬人法』を読みはったのやねぇ~。。。

そういうことやがなァ~。。。 

。。。で、またIPアドレスを調べて由里香さんが読んだと突き止めはったん?

そういうことやァ~。。。


(ip547b.png)

『拡大する』

。。。で、どないして記事を見つけやはったん?

つぎのように検索しやはってん。。。


(gog70912c.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

『愛の擬人法』

あらっ。。。 「愛の擬人法」と入れて検索しやはったのねぇ~。。。

そういうこっちゃがなァ~。。。

そやけど、どないなわけで由里香さんはタイトルそのものをキーワードとして入れはったん?

由里香さんはめれちゃんの『即興の詩』サイトをたびたび訪れていたのやがなァ~。。。 そやけど、しばらくめれちゃんはブログを更新してへんさかいに、由里香さんは、わてのブログを見るようになったのやァ。。。 それで、かつて“愛の擬人法”というタイトルの記事を読んだように思ったわけやァ。。。 そやけど、あまり記憶に自信がないさかいに、検索してみたというわけやァ。。。

そいで上の検索結果の赤枠で囲んである記事を読みはったん?

そういうわけやがなァ~。。。

そいで、相沢 由里香(あいざわ ゆりか)さんは“愛の擬人法”を見出しはったん?

そうやァ~。。。 次の箇所を読んで改めて考えさせられたのやがなァ~。。。

果たして、それは擬人法か?

『万葉集』の巻1に、天智天皇(在位668~671)が、皇太子時代に作ったとみられる歌が収められている。

中大兄(なかのおほえ)[近江宮(あふみのみや)に天(あめ)の下治(をさ)めたまひし天皇]の三山(みつやま)の歌一首

香具山は 畝傍(うねび)ををしと

耳成(みみなし)と 相争(あひあらそ)ひき

神代(かみよ)より かくにあるらし

古(いにしへ)も 然(しか)にあれこそ

うつせみも 妻を 争ふらしき

反歌

香具山と 耳成山と あひし時

立ちて見に来(こ)し 印南国原(いなみくにはら)

[第二反歌、左注省略] (巻1の13、14)

香具山、畝傍山、耳成山は、大和三山と呼ばれる山々であり、三山の性別については、8百年にも及ぶ論争のあるところだが、仮に訳すと、


(kaguyama2.jpg)

香具山

香具山は畝傍山を横取りされるのが惜しいと、耳成山と争った……

神代からこうなので

いにしえもそうだっら

今の世も妻を争うらしい

(まして、自分も)

(略) 注意してほしいのは、「香具山は……」と、突然歌いだすことである。
山が恋をするということについて、何の説明もない。
そればかりか、この歌は、人も恋するように山も恋をするのだろうというようには、歌っていないのである。
逆だ。

神代から三山は互いのツマを争った。
古もそうだった。
だから、今もそうなのだ、というのである。
神代から山も恋をする。
だから、今も人は、恋をするのだ、という論法である。
今日のわれわれの考え方から見ると、人と人以外のもの、生命を持つものと生命を持たないものの垣根が、きわめて低いのである。


(unebi2.jpg)

畝傍山


(miminashi2.jpg)

耳成山

 (中略)

万葉学徒の多くは、こういう擬人化は、中国文学の影響を受けたからだと説く。
しかし、私には、疑問だ。
仮に中国文学の影響によって、こういう表現が生まれたとしても、もともとの思考法と合致したから、意識せずに受け入れられたと考えるべきだ。
擬人化の技巧を学んで表現したと考える必要などないのではないか。

 (中略)

有名な持統天皇(在位690~697)の歌の解釈も、われわれはどうも誤ってきたようだ。

天皇の御製歌(おほみうた)

春過ぎて 夏来(きた)るらし 白たへの

衣(ころも)干したり 天(あま)の香具山

(巻1の28)

通説では「春が過ぎて夏がやって来たらしい。 真っ白な衣が干してある。 天の香具山を見ると」ないし「香具山に」と解釈される。
しかし、素直に歌をみると、「干したり」は「干している」ということだから、誰か人が香具山に衣を干したとは、書かれていない。

この点に着目した、万葉研究の俊英・鉄野昌弘は、「春が過ぎて、夏がやって来たらしい。 真っ白な衣を干している、天の香具山が」と解釈し、少なくとも中世においては、香具山が白い衣ないし、白い衣のようなものを纏(まと)うと解釈されてきたことを明らかにした。
つまり、「香具山自身が、白い衣を干す」のである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


20-25ページ
『日本人にとって聖なるものとは何か』
著者: 上野誠
2015年1月25日 初版第1刷発行
発行所: 中央公論新社

 

つまり、本の著者は「香具山自身が、白い衣を干す」のは“擬人法”ではのうてぇ、奈良時代の人は 心から素直に、そう思っていたと言うてるわけやねぇ~。。。

そういうこっちゃがなァ~。。。

でも、それは可笑しいと思うわァ~。。。

なして めれちゃんは、可笑しいと思うのやァ~。。。?

ハイキングなどして、山の中の深い林などに入ると、ひんやりとして、どこか うら寂しゅうなってぇ~、妙に不安と言うか、恐ろしいと言うかァ~。。。 深い林のどこかに妖精か神様が居るような。。。 そんな気にもなりますやん。。。 それに。。。、大きな、大きな岩などが山の中や、海岸に突き出ているのを見ると、何かいわくがあって、神様がそこに置いたような。。。 “山の精”か、“海の精”がその大きな岩の中に宿っているような気もしますねん。

うん、うん、うん。。。 確かに、そのような“恐れ”や“不思議な感覚”を わても体験したことがある。。。

そうですやろう!?。。。 それは人間なら、誰しも体験することやと思いますねん。。。 それは、“擬人化”と言うよりは、人間が自然に感じる“恐れ”や“不思議な感覚”を“妖精”や“神様”と感じる素直な感性やァ、とわたしは思いますねん。

なるほど。。。、なるほど。。。、

そやけど、「香具山自身が、白い衣を干す」のは“擬人法”やァ、と思いますゥ。

それは、どないなわけやねん?

「香具山自身が、白い衣を干す」には、香具山に手も足も生えており、衣を洗濯して、その衣を絞って、それで両手で持って広げて、香具山の麓に。。。、つまり、自分自身のお腹の辺りに広げて干すということですやん。。。 

確かに、そういうことやなァ~。。。

それは、人間が自然に感じる“恐れ”や“不思議な感覚”を“妖精”や“神様”と感じる素直な感性とちゃいますやん。。。 人間の想像の産物やと思いますねん。。。 つまり、あまりにも“擬人化”してますやん。。。 手足がなければ、洗濯することも、干すこともできしまへん。。。 子供のように、素直な目で山を見れば、とても手と足があるようには見えへん。。。 つまり、「香具山自身が、白い衣を干す」のは大人のイマジネーションですやん。

ほおォ~。。。 なるほど。。。、なるほど。。。、めれちゃんの言わんとすることが わてにも分かるような気がしてきたわァ~。。。

そうですやろう?。。。 ところで、あんさんは どないなわけで上の文章を引用しやはったん?

有名な持統天皇(在位690~697)の歌の解釈も、われわれはどうも誤ってきたようだという箇所に わては引っかかったのやがなァ~。。。

その歌のどこに引っかかりはったん?

あのなァ~、本の著者は次のように書いている。

万葉研究の俊英・鉄野昌弘は、

「春が過ぎて、夏がやって来たらしい。 

真っ白な衣を干している、天の香具山が」と解釈し、

少なくとも中世においては、

香具山が白い衣ないし、

白い衣のようなものを纏(まと)うと

解釈されてきたことを明らかにした。

わてに言わせてもらえば、香具山が白い衣を纏っていようが、香具山に白い衣が干してあろうが、そないなことは枝葉末節のことやねん! 歌の肝心なところは、そないな所にはあらへん!

あんさんの言わはる肝心な所ってぇ、いったいどこやねん?

ちょっと次の小文を読んで欲しいねん。


(think20.jpg)


私たちが生きてゆく過程で必要なのは、

すでに分かりやすい形に

加工されている情報を摂取し、

頭を太らすことだけでなく、

情報という形になっていない情報を、

どのくらい自分の力で噛み砕き、

吸収していくかということなのである。

それは、うまく世の中を渡れる知識を

手っ取り早く獲得することとは一線を画し、

いかに自分が人間として、

生き生きした時間を開拓するか

ということにつながっているのである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


257ぺージ 『考えの整頓』
著者: 佐藤雅彦
2012(平成24)年1月27日 第3刷発行
発行所: 暮らしの手帳社

つまり、あんさんは 加工されている情報を摂取し、頭を太らすことだけではダメだと言わはるのォ~?

その通りやがなァ~。。。 歌の表面的なところだけを捉(とら)えたところで、歌の本当の意味は解らへん。。。 香具山が白い衣を纏っていようが、香具山に白い衣が干してあろうが、そないなことは どうでもええねん。

つまり、あんさんは情報という形になっていない情報を、自分の力で噛み砕き、吸収した、と言わはるのォ~?

そうやがなァ~。。。

それやったら、余計な事は言わんでもええさかいに、細木数子のようにズバリ!ズバリ!とその肝心な所というのを言うてくれへん?

あのなァ~、万葉集には歴史的な意味が込められた和歌が、実は、たくさん載せられているのやがなァ。。。 万葉集には藤原氏、あるいは、当時の実力者に対する批判が込められた和歌がたくさん載せられておるねん。。。 そのような観点から歌の意味を考えると実に面白い読み物なのやァ。

。。。で、あんさんによると上のお歌の意味はどないになるのォ~?

上の歌の本当の意味を探るには、まず次のニュースを読む必要があるねん。

(wisgolf6.jpg+seisho05.gif)


 女帝誕生

 

讚良(さらら)皇女が

 

皇位を継ぐ。

 

殺人鬼の父親の陰謀により祖父が自決。
祖母も祖父と共に自殺。
母親は二人の死が夫の陰謀だと知って
半狂乱になる。
その夫の子供を宿していたが、
建皇子(たけるのみこ)を出産すると
幼少の讚良皇女に我が子を託して
二人のあとを追うように自殺。

建皇子は家庭の暗い影の下で
唖者として生まれ
体も不自由だった。
8才の短い命を閉じた。

讚良皇女は女帝になったが、
その生い立ちは不幸の連続だった。

(mhead2.gif)

あらっ。。。 このような新聞が当時あるわけあらへん。。。 あんさんがデッチあげたのですやろう?

わてが劇的に書いてみたのやがなァ~、わてが当時生きており、しかも日本新聞の編集長やったら、このような新聞を出していたかもしれへん。 これは歴史家が誰も言うてないことやけど、わては讚良皇女、つまり 後の持統天皇が境界性人格障害者やったと信じてるねん。

でも。。。、当時、そのような病名はなかったのとちゃうん?

もちろん、なかったのや。 でもなァ~、わての話を聞けば、めれちゃんも納得すると思うのやァ~。。。

どないな話やのォ~?

あのなァ~、讚良皇女は4才の時に可愛がってくれたおじいさんとおばあさんが亡くなってしもうたのやがなァ~。。。 しかも、お母さんは半狂乱になって精神に異常を来たし、二人のあとを追うように自殺してしもうたァ。

マジで。。。?

このような悲惨な事件を満5才になるかならないかのうちに讚良皇女は経験したのやでぇ~。。。 この悲劇が幼少の頃の讚良皇女の心に与えたトラウマは、境界性人格障害となって後の彼女の性格形成に大きな影響を与えたのやァ。

ホンマかいなァ~。。。?

ホンマやでぇ~。。。 成長するにつれて父親(後の天智天皇)が行った非情な所業のことも讚良皇女は知るようになるねん。 この父親の生涯は、敵対する者や皇位継承のライバルを謀略でもって抹殺する歴史やったァ。 その手にかかって亡くなった相手には、次のような人たちがおるねん。

● 蘇我蝦夷

● 蘇我入鹿

● 古人大兄皇子(ふるひとのおおえのみこ)

● 有間皇子

● 蘇我倉山田石川麻呂(そがのくらやまだのいしかわまろ)

  。。。

あらっ。。。 この人たちは天智天皇によって命を奪われたのォ~?

そうやがなァ~。。。 ところで、讚良皇女は満12才の時に、姉の大田皇女(満13才)と共に大海人皇子に嫁いだのやでぇ~。。。 もちろん、政略結婚やァ。 中大兄皇子(後の天智天皇)にとって一番のライバルは大海人皇子やった。 何とかして大海人皇子を自分の協力者にしたい。 言ってみれば、二人の娘を人質として大海人皇子に渡したようなものやァ。 それほどまでにして中大兄皇子は大海人皇子を懐柔しようとしたのやがなァ。

。。。で、大海人皇子は懐柔されはったん?

いや。。。、その甲斐もなく、やがて天智天皇は大海人皇子によって暗殺されてしまうねん。 目には目を歯には歯を! この当時の必然やったァ。

そのような話は歴史の時間に聞いたことがあらへん。

ここでは詳しく話をする時間があらへん。。。、めれちゃんも ぜひ次の記事を読んでみて欲しいのやァ。


(kamata02.jpg)

『天武天皇と天智天皇は同腹の兄弟ではなかった』

『天智天皇は暗殺された』

『天智天皇暗殺の謎』

頭の良い讚良皇女は、そのような事も充分に知っていた。 この皇女は父親を憎み恨みながらも、自分が父親の血を最も濃く受け継いでいる事も知っておった。 後に、讚良皇女が甥の大津皇子を死に追いやった事件では、正に天智天皇と同じやり方で抹殺してるねん。

あらっ。。。 讚良皇女は為政者として父親と同様に冷徹な非情さと冷酷さを持っていたのォ~?

そうなのやァ。。。 とにかく、讚良皇女、後の持統天皇は独占欲の強い人やった! それは、天武天皇の血を引く天皇後継者の息子たちがたくさん居たにもかかわらず、持統天皇は断固として、自分の血が流れていない者には皇位に就(つ)かせなかったことからも実に良く表れているねん。


(keizu03.gif)

上の系図を見て欲しい。 青枠で囲んであるのが持統天皇の血がつながった子孫やがなァ~。。。 この人たちに皇位が渡されてゆくねん。。。 それを藤原不比等が自分の娘を皇室に入れてサポートしたのやがなァ~。。。

つまり、この点で、この二人の権力独占志向の人間の気持ちがひとつになりはったん?

その通りやァ。。。 幼少の頃から、この二人は、信じることのできるものは“権力”しかないということを身にしみながら自分の目で見てきたのやがなァ。

讚良皇女の幼少の頃の事件を

もう一度振り返ると。。。

乙巳の変(いっしのへん)から4年後の649年3月、
当時右大臣であった蘇我倉山田石川麻呂が謀反を企てていると、
石川麻呂の弟の日向が中大兄皇子に告げ口したのが事件の始まりとなった。

石川麻呂は当時の孝徳天皇に身の証をして助けを求めたのだけれど、聞き入れてもらえなかった。
中大兄皇子と石川麻呂では政治的に意見が対立していたので中大兄皇子はさっそく兵を石川麻呂の邸宅に向かわせた。

危険を察した石川麻呂は飛鳥の自宅である山田寺にすでに逃げていた。
しかし、その山田寺もやがて包囲され、石川麻呂は観念して妻(讃良皇女にとってはおばあちゃん)とともに自害してしまう。

事件はそれだけではすまなかった。
やがて陰謀が夫の中大兄皇子のしわざと知った遠智娘(おちのいらつめ)は半狂乱の状態になってしまう。
無実の罪を着せられて、夫に父親を殺されたと思い込んでいる遠智娘は、身重な体を抱えながら心が晴れないままに日を送った。
“父親殺害者”の子を宿していたのだった。

その年の暮れに建皇子を生み、“この子を頼むわね”と満4才の讚良皇女に言い残して20代半ばの短い人生に終わりを告げて遠智娘は命を絶ってしまったのだった。
後に、中大兄皇子は義理の父である石川麻呂の忠誠の心を知り、死に追いやった事を後悔したという。

ところで、当時の結婚は“妻問い婚”が普通でした。
男性が女性宅を訪れ一夜の契りを結べばそれが結婚となり夫婦になるわけです。
男はその家にとどまることなく自由に女の家を出て自分の家に帰り、
女は男のまたの訪問を待ちます。

子供が生まれればその子は妻の家で養育し、父が子供に会うのは女性宅を訪れる時だけです。
その子供の養育費はすべて女性任せで、子供は女性の実家で養育される事になります。
当然の事ですが、子供はたまに会う父よりも、母方の祖父母への愛着が深くなります。

したがって、優しいおじいさんとおばあさんが一緒に亡くなり、そのあとを追うようにお母さんが亡くなってしまった。
満4才の童女は、当時そのことは知らなくとも、やがて自分の父親が祖父母と母の三人を“殺した”と知ることになります。

可愛がってくれていた3人が死んでしまった。しかも、父親の陰謀がその背景にあった。
その衝撃はトラウマになって、その後の讚良皇女の人格形成に大きな影響を与えた事は想像に難(かた)くありません。

しかも、この生まれてきた建皇子は唖者でした。つまり、生まれつき言葉が話せなかった。
体も不自由だったらしい。
母親が受けた精神的なショックで胎児にも悪い影響が出た事も充分に考えられますよね。
建皇子は、生まれながらの犠牲者でした。
おじいさんとおばあさんと母親の死。そして、弟をそんな悲劇に巻き込んだのは、ほかの誰でもない、父の中大兄皇子であると讚良皇女は知ることになります。

斉明天皇も、この不幸せな孫をずいぶんと可愛がったようです。
でも、建皇子は658年5月に亡くなっています。8年の短い命でした。

つまり、讃良皇女は、幼少の頃、次々と身近の人の悲劇にあったのです。
政略結婚で、姉大田皇女と共に大海人皇子に嫁いだ後、大田皇女も幼い子どもたちを残して亡くなっています。

大海人皇子にはたくさんの妻があり、大田皇女亡き後、身分は一番高くなったものの大海人皇子の心は
万葉集の歌を読んでも分かるように、
讃良皇女にあるのではなく、額田女王に向けられていたようですよね。
このことについては次の記事に書きました。

『日本で最も有名な三角関係』

つまり、讃良皇女は幼い頃から愛してくれる人、愛している人を奪われ続けてきたんですよね。
ある意味で“家庭崩壊”の中で生きてこなければならなかった。
そこに僕は境界性人格障害の病根を見るのですよ。

“愛”を奪われる人生だった。
幼い頃は、父親の中大兄皇子の陰謀が基でが近親者が亡くなって行く。
その父親の政略で大海人皇子に嫁がされてからも、皇子の愛は讃良皇女には注がれない。

そんな中で讃良皇女の心の支えは子の草壁皇子だけだった。
この我が子の将来を脅かす存在になったのが姉から預かった子、大津皇子だった。

大津皇子は実力も人気もあり、草壁皇子の皇太子としての地位を脅かす最大の存在になっていた。
天武天皇亡き後、皇后として最初に行なったことが大津皇子を謀反の疑いで逮捕、刑死させることだった。

しかしその後、皮肉にも、あれ程皇位につかせたかった我が子の草壁皇子が病気で亡くなり、
讃良皇女が持統天皇として即位することになります。
高市皇子を補佐役にし、藤原京への遷都を進める。

持統天皇は在位中頻繁に吉野に行幸しました。
それは天武天皇とともに過ごした数少ない愛の日々を
思い出すためだったのでしょうか?

草壁皇子亡き後、期待をかけたのが草壁皇子の忘れ形見、軽(珂瑠)皇子でした。
そして、この孫を天皇につけたのです。文武天皇です。
持統はその名の通り、皇統にこだわった人だったのです。

聡明で非情である持統天皇が

なぜ怨霊を恐れるのか?

ここで持統天皇が詠んだ和歌をもう一度読んでみて欲しい。


(kaguyama2.jpg)

春すぎて 夏来たるらし 白妙(しろたえ)の

 衣(ころも)ほしたり 天(あめ)の香具山

この有名な持統天皇の歌は、ただ単に四季の移り変わりに感興を催(もよお)して詠んだのではないねんでぇ~。。。

それやったら、何を感じて詠みはったん?

これまでの持統天皇の波乱に満ちた人生を考えたのやがなァ~。。。 愛する人を奪われ続けてきたこの女性の性(さが)と業(ごう)を考えるとき、わては次のようにしか解釈できへん。

春が過ぎて夏が来たようだ。

天の香具山に美しく真っ白な衣が

干してあるなあぁ~

でも、私の心はあの山の裏にある

磐余(いわれ)の池を見ているのです。


(iware01.jpg)

大津皇子が自害する前に池の端で

辞世の歌を読んだという。

自害の後で、皇子の妻であり、

私の腹違いの妹でもある山辺皇女が

髪を振り乱し、裸足で駆けて行き、

共に殉死したという。

痛ましいには違いない。

しかし私は、ああせねばならなかったのです。

怨霊になって

私を憎んでいるのかもしれないけれど、

私には他にとるべき道はなかったのです。

どうか、心安らかに眠っていて欲しい。

上の歌を持統天皇は藤原京の宮殿から香具山を見て詠んだやがなァ~。。。


(fujiwara3.gif)

この地図で見れば分かるように、香具山の裏に磐余(いわれ)の池があるねん。 この池の端で大津皇子は辞世の句を詠んだのやがなァ~。。。 現在では、ほとんどの歴史家が大津皇子は持統天皇の陰謀によって死なされたと見てるねん。

ホンマかいなァ~。。。?

わては次のように考えておるねん。

つまり、持統天皇は結果として自分と血のつながりがある甥の大津皇子と腹違いの妹を死に追いやったわけです。
この当時は怨霊ということがマジで信じられていた。

“怨霊の崇り”ということが現在でいえば“テポドンで攻撃を受ける”程度に怖いこととして考えられていた。

持統天皇だって、テポドンを宮殿に打ち込まれたくないので怨霊を鎮魂するために上の歌を詠んだ。
それが僕の解釈ですよ。うへへへへ。。。。
僕の知る限り、このような解釈をする人をこれまでに見た事がありません。

では、なぜ持統天皇はここまでする必要があったのか?
そしてなぜ、彼女は怨霊をそれほどまでに恐れねばならないのか?

天武天皇が亡くなれば皇太子が皇位を継承するのが順序であり、
皇后の実子である草壁皇太子が即位する事は約束されていた事です。
この時点で、大津皇子は皇位継承権第2位でした。
それにもかかわらず、皇后はこの甥である大津皇子を排除しようとした。

なぜか?

草壁皇子は病弱だったのです。
大津皇子と比べると歌においても人望においてもすべての面で劣っていたようです。
それが証拠に草壁皇子のことはたった1行『日本書紀』に記載があるのみです。

それに比べ、大津皇子については『万葉集』にも『懐風藻』にも記載があります。
それも、大津皇子の才能をほめたたえ、その人柄を偲んでいるような書き方になっています。
詳しくは次の記事を読んでください。

『万葉集の謎と山上憶良 – 万葉集の中の政治批判』

つまり、当時の誰が見ても大津皇子の方が天皇にふさわしいと見ていた事が実に良く表れているのです。
草壁皇子が即位すれば皇太子として草壁皇子の異母弟である大津皇子を立てなければなりません。
なぜなら、草壁皇子の長男の軽皇子(かるのみこ)は当時4歳で皇太子にするにはふさわしくない。

ところが、病弱な草壁には、いつ不測の事が起こるかも知れず、その時には大津皇子が皇位につくことになってしまう。
そうなると、皇統が大津皇子に移ってしまう。

つまり、讃良皇女の血を受け継いだ後継者が、そこで絶えてしまう。
独占欲の強い讃良皇女には、このことは絶対に容認できない事です。

この事は持統天皇として即位してから、自分の血に固執したこの女性の性(さが)と業(ごう)を考えれば、容易に察しがつきます。
上の系図を見れば、そのことが良く分かります。
この独占欲と権勢欲は讃良皇女の生い立ちを考えない限り理解できません。

しかも、この女性はその先例を父親の天智天皇と自分の夫である天武天皇との間に見ているのです。
つまり、この場合なら、草壁皇子が天智天皇にあたり、大津皇子が天武天皇にあたります。
天智天皇の皇太子になったのが大海人皇子(後の天武天皇)だったのです。

このような状況を許せば、大海人皇子が天智天皇を暗殺して、その子の大友皇子を亡き者にしたように
大津皇子が草壁皇子を暗殺して皇位につくかもしれない。

その“禍の芽”を摘み、取り除くために大津皇子を亡き者にしなければならなかったのです。

なぜ大津皇子の怨霊を恐れたのか?


(futakami2.jpg)

現身(うつそみ)の 

人なる吾(われ)や 

明日よりは 

二上山を 

弟背(いろせ)とわが見む 

(巻2-165)

この世に生き残った私は、

明日からは、

弟が葬られている

二上山を弟と思い見て、

慕い偲ぶことにしよう。

上の歌は大津皇子の死体を飛鳥の墓から掘り出して、
葛城(かつらぎ)の二上山(ふたかみやま)に移して葬った時に、
大津皇子の実の姉である大伯皇女(おおくのひめみこ)が痛ましい思いに駆られて詠んだ歌です。

死体を掘り起こして他の場所に埋めなおす。
なぜそのような酷(むご)いことをしなければならないのか?
大伯皇女も、そう思って心が痛んだことでしょう。

つまり、大津皇子を偲んで大伯皇女が詠んだ歌を大伴家持が万葉集に取り上げた本音には、
この事実を後世に伝え“謀反”が持統天皇の“でっち上げ”であった事を暗に伝えるためだった。
僕はそう信じることができます。

大伯皇女は、大津皇子が自害した15年後、
大宝元年(701年)に独身のまま41歳で亡くなっています。
彼女は天武2年(673年)に父・天武天皇の指図に従って
伊勢神宮に奉仕する最初の斎王(いつきのみこ)となり、
伊勢の斎宮(いつきのみや)に移ってお勤めをするようになったのです。
しかし、大津皇子が自害した1ヶ月余りの後に、
弟の罪により斎王の任を解かれて飛鳥に戻ったのです。

平安時代の長和4年(1015年)に書かれた『薬師寺縁起』には次のように書かれています。

大津皇子の霊が龍となって崇りを起こしたため、

大津皇子の師であった僧の義淵(ぎえん)が

皇子の霊を祈祷によって鎮めた。

つまり、大津皇子は無実の罪を着せられて自害させられたのですね。
その罪を着せたのは誰あろう持統天皇なのです。
そして、大津皇子の死体を二上山に移して、
皇子の霊を飛鳥から15キロ離れた山の中に閉じ込めたのも持統天皇のしたことです。

持統天皇の心にも“後ろめたさ”があったのでしょうね。
だからこそ大津皇子の霊に恐れを感じた。

しかも、“大津皇子の霊が龍となって崇りを起こし”ていると言うもっぱらのうわさが流れている。
持統天皇が大津皇子の死体を掘り起こし
二上山にその怨霊と共に閉じ込める気持ちが分かるような気がします。

怨霊信仰


(dokuro3.gif)

非業の死を遂げたものの霊を畏怖し、
これを融和してその崇りを免れ安穏を確保しようとする信仰。

原始的な信仰では死霊はすべて畏怖の対象となったが、わけても怨みをのんで死んだものの霊、その子孫によって祀られることのない霊は人々に崇りをなすと信じられ、疫病や飢饉その他の天災があると、その原因は多くそれら怨霊や祀られざる亡霊の崇りとされた。

『日本書紀』崇神天皇七年・・天皇が疫病流行の所由を卜して、神託により大物主神の児大田田根子を捜し求めて、かれをして大物主神を祀らしめたところ、よく天下大平を得たとあるのは厳密な意味ではただちに御霊信仰と同一視し難いとはいえ、その心意には共通するものがあり、御霊信仰の起源がきわめて古きにあったことを思わしめる。

しかし一般にその信仰の盛んになったのは平安時代以後のことで、特に御霊の主体として特定の個人、多くは政治的失脚者の名が挙げられてその霊が盛んに祭られるようになる。

その文献上の初見は『三代実録』貞観五年(863)「所謂御霊者 崇道天皇(早良親王)、伊予親王、藤原夫人(吉子)及観察使(藤原仲成か)、橘逸勢文室宮田麻呂等是也。・・・」ものと注せられているが、この六所の名については異説もあり、後世さらに吉備大臣(真備)ならびに火雷神(菅原道真)を加えてこれを八所御霊と呼ぶようになった。・・・」


SOURCE: 国史大辞典

持統天皇は怨霊信仰に基づいて大津皇子の霊を祈祷によって鎮めて、
後でまた崇りをしないようにと二上山に皇子の霊を閉じ込めたわけです。

つまり、これは持統天皇が無実の罪を着せて大津皇子を殺したことの何よりの証拠なんですよね。
大伴家持は大伯皇女を万葉集に取り上げることによって、
この事実を我々に伝えようとしたわけです。
僕はそう信じているんですよ。

では、ここで 司馬遼太郎さんの言葉を書くよってに、めれちゃんも読んで欲しいねん。。。 生前、司馬遼太郎さんは、このようなことを言っておったのやでぇ~。。。


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“作品は作者だけのものと

違うんやでぇ~。。。

作者が50%で読者が50%。。。

そうして出来上がるモンが

作品なんやでぇ~”

名言だと思うねん。。。 あなたが読者として、どれだけ50%の分を読みつくすか? それが問題やねん! 大伯皇女が全身全霊の力を込めて詠(うた)ったのがこのページの上で示した歌やァ。 あなたも、全身全霊の力を込めて。。。 あなたの人生経験と、これまで学んできた国文と、日本史と、すべてを噛み砕いた上で理解すべきなのかもねぇ~。 大伯皇女は、それを期待しながら、1300年後に生まれるだろうあなたに、この当時の波乱に満ちた政治の真相を伝えようと、上の歌を詠(うた)ったのかも知れまへん。

それで、大伴家持は一読者として大伯皇女の歌を充分に読み取った上で万葉集に載せた、とあんさんは言わはるのォ~?

当然やなァ~。。。

つまり、持統天皇は怨霊を恐れるあまりに鎮魂の歌として“春すぎて 夏来たるらし”の歌を詠んだわけやのォ~?

そうとしか わてには考えられへん。


『愛の擬人法』より
(2016年4月28日)

デンマンさんは、ずいぶん長い文章を引用しやはったけど、相沢 由里香(あいざわ ゆりか)さんは 結局、“愛の擬人法”について何を悟りはったん?

そやから、由里香さんは、“愛の擬人法”も大切やけど、情報という形になっていない情報を、どのくらい自分の力で噛み砕き、吸収していくかということがマジで大切やと改めて考えさせられたのやがなァ~。。。

マジで。。。?

由里香さんは わてにメールを寄越して、そのように感想を述べていたのやがなァ~。。。

ホンマかいなァ~。。。?

あのなァ~、めれちゃん。。。 昔の人は“信じる者は救われる!”と言うたのやでぇ~。。。 そやから、めれちゃんも わての言うことを信じて救われたらええやん。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたは、デンマンさんのお話を信じることができますかァ~?

ちょっと眉唾物ですよねぇ~。。。

でも、確かに、情報という形になっていない情報を、どのくらい自分の力で噛み砕き、吸収していくかということはマジで大切だと思いますわァ~。。。

ところで、こう見えても あたくしは一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

腐女子の間では、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますゥ。

あなたは信じられないのでござ~ますかァ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。


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『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

そうでしょうねぇ~。。。 

でも、最近 あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”がネットで人気が出ている、ということは信じられるでしょう?

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 それも信じられないというのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


(gog60409a.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。


(buttdimp5.jpg)

どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、

最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

ところで、話は変わりますけれど、

かつて、めれんげさんは 一生懸命にブログを更新していたのでした。

でも、時には、他のことに夢中になって、会費を滞納したことがあったのでござ~ますわァ。。。

そのために、サイトを削除されてしまったのです。

それでも、2013年の6月にライブドアで『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよねぇ~。。。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。

でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


(gog30928a.png)

また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


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(surfing9.gif)

メチャ面白い、

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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』

■ 『あなたもワクワクする新世代のブログ』


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『ネット殺人事件』

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こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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見ちゃだめ!

2017年9月11日

 

見ちゃだめ!

 


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デンマンさん。。。 和服姿の女性のお尻に惹かれるのでござ~♪~ますか?


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ん。。。? 僕が和服姿の女性の尻に惹かれている、と卑弥子さんは思うのですか?

だってぇ~、上のイラストを見ると、そうとしか考えられないじゃありませんかァ!

あのねぇ~、僕は別に和服姿の女性の尻に興味があるわけじゃないのですよ。。。

じゃあ、どういうわけで和服姿の女性のお尻を貼り出したのでござ~ますかァ?

だから、和服姿の女性が“あらっ、じっと見ちゃいやよ!”と言っているわけです。。。

デンマンさんが女性のお尻をじっと見るから、そう言われてしまうのですわァ~。。。

実は、僕の Denman Blog のホームページを見たのですよ。。。


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『拡大する』

『Denman Blog』

ホームページの下の方に人気リンクというサイドバーがあるのです。。。 この人気リンクのトップをクリックすると次の記事が表示されるのですよ。。。


(gog70909b.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

『見ちゃだめよ!』

人気リンクのトップをクリックすると 上のリストの赤枠で囲んだトップの記事へ飛ぶのですよ。。。

つまり、和服姿の女性のお尻に興味があるネット市民がたくさん居るということでござ~ますわねぇ~。。。

初め、僕も そう思ったわけです。。。

でも、違うのですか?

だから、僕は調べてみたのですよ。。。 次の検索結果を見てください。。。


(gog70910e.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

『冷血頼朝』

「”■ 『見ちゃだめよ!』” デンマン」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そうです。。。 このようにして検索すれば、Denman Blogのどの記事を読んだのか?。。。 それが判るのではないか?。。。 そう思って検索してみたのですよ。。。

。。。で、上のリストの赤枠で囲んだ『冷血頼朝』の記事の中に『見ちゃだめよ!』の記事のリンクが貼ってあるのでござ~ますかァ?

次のように貼ってあるのです。。。

【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。
頼朝さんは落馬が原因で死亡したと言われています。
でも、詳しい事は分かっていません。

源頼朝さんは、確かにあまり良いことは言われないようですわよね。
それでも、自分の妻子には甘かったそうですわ。
富士の巻狩りで12歳の息子・頼家が鹿を仕止めた時は喜んで妻の北条政子に報告の使いを送ったそうです。

でも、それを聞いた政子は「武士の子なら当たり前だわ」と言われてしまったそうです。
政子さんは、かなり男勝(まさ)りな人ですわね。

ところで、卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


(hime003.jpg)


『感じてストで和露他』

『笑える漢字クイズ』

『哀れなネアンデルタール』

『佐伯今毛人は臆病者か?』

『笑わせる漢字でござ~ます』

『卑弥子@婚活』

『プロメテウスの第2の火』

『うむうむ、ふむふむ人間』

『コギャルと甘え』

『癒しと水墨画』

『東電八分』

『怒りっぽいあなたに』

『床上手だよ!』

『床上手@docomo』

『漢字で体操ざ~ます』

『曲屁(きょくべ)』

『天神様と東日本大震災』

『日本は良い国か?』

『日本を良い国に…』

『エロい熟女』

『アッと驚くマキアベリ!』

『良寛さんの顔』

『あなたの中の阿修羅』

『蝦夷って悪い意味?』

『伎楽は呉の音楽?』

『呉越の謎』

『オバマ大統領と継体天皇』

『色男不比等』

『目の前で米軍のヘリが落ちた』

『見ちゃだめよ!』

『白い鯛焼き』

『真夜中のマリア』

『女に溺れる清盛』

『北本から見る富士』

『エロい源氏物語』

『ロマンと弥勒と阿修羅』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


(hand.gif)

『冷血頼朝』という記事の本文中のリンクではなくて、あたくしが登場する面白い記事の紹介の中に貼りだしたリンクの一つなのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

。。。で、どなたが『見ちゃだめよ!』を読んだのでござ~ますかァ?

新宿に住んでいる正徳 多恵(しょうとく たえ)さんですよ。


(ip223106b.png)

『拡大する』

どうして正徳 多恵(しょうとく たえ)さんが読んだと突き止めたのでござ~ますかァ?

IPアドレスを調べたのです。。。 それに多恵さんは僕のブログの常連さんの一人です。。。 東京の文京区目白台にある日本女子大学の文学部史学科の4年生なのですよ。。。


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卑弥子さんも覚えているでしょう!? 次の記事の中で紹介したことがあります。。。


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『聖徳太子のチューター』

確か、日本古代史の聖徳太子で卒論を書こうとしているのでござ~ますわねぇ~。。。

そういうことです。。。

。。。で、『見ちゃだめよ!』を読んで 正徳 多恵(しょうとく たえ)さんは、何か感銘を受けたのでござ~ますかァ?

あのねぇ~、『雨月物語』を改めて観て 感動したと言うのですよ。。。

雨月物語


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『雨月物語』は、上田秋成によって江戸時代後期に著わされた読本(よみほん)の代表作。
5巻5冊。明和5年(1768年)序、安永5年(1776年)刊。

日本・中国の古典から脱化した怪異小説9篇から成る。
近世日本文学の代表作で、現代でも引用されることが多い。

 

浅茅が宿

「浅茅が宿」の原拠は、『剪灯新話』「愛卿伝」と、それを翻案した浅井了意『伽婢子』「藤井清六遊女宮城野を娶事」である。
戦国時代の下総国葛飾郡真間郷に、勝四郎と妻の宮木が暮らしていた。

元々裕福な家だったが、働くのが嫌いな勝四郎のせいで、家勢はどんどん傾いていき、親戚からも疎んじられるようになった。
勝四郎は発奮し、家の財産をすべて絹にかえ、雀部曽次という商人と京にのぼることを決める。
勝四郎は秋に帰ることを約束して旅立っていった。

関東はそのうち、享徳の乱によって乱れに乱れることになる。
宮木の美貌にひかれた男共が言い寄ることもあったが、これを退けるなどして、宮木は心細く夫の帰りを待ちわびる。
だが、約束の秋になっても、勝四郎は帰ってこないのだった。

一方夫の勝四郎は京で絹を売って、大もうけをした。


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そして関東のほうで戦乱が起きていることを知って、急ぎ故郷に帰る途中、木曽で山賊に襲われて財産を全て奪われてしまった。
また、この先には関所があって、人の通行をゆるさない状態だと聞く。

勝四郎は宮木が死んでしまったと思い込み、近江へと向かった。
ここで勝四郎は病にかかり、雀部の親戚の児玉の家に厄介になることになる。
いつしかこの地に友人もでき、居つくようになり、七年の月日が過ぎた。

近頃は近江や京でも戦乱がおき、勝四郎は宮木のことを思う。
そして、故郷に帰ることにした。
十日余りで着いたのは、夜になってのことだった。
変わり果てた土地で探すと、やっと我が家にたどり着いた。

よく見ると、隙間から灯がもれている。
もしやと思って咳をすると、向うから「誰(たそ)」と声がしたのは、しわがれてはいるけれどまさしく妻、宮木のものだった。

扉の向うからあられた妻は、別人かと思われるほど、変わり果てたすがたであった。
宮木は勝四郎のすがたをみて、泣き出し、勝四郎も思わぬ展開に動転するばかり。

やがて、勝四郎はことの経緯、宮木は待つつらさを語り、その夜はふたり、ともに眠った。
次の朝勝四郎が目がさめると、自分が廃屋にいることに気づいた。


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一緒に寝ていたはずの宮木のすがたも見えない。
勝四郎はやはり妻は死んでいたのだ、と分かり、家を見てまわっていると、元の寝所に塚がつくられているのがあった。

そこに、一枚の紙があった。
妻の筆跡で歌が書いてある。

「さりともと思ふ心にはかられて世にもけふまでいける命か」
これをみて、勝四郎は改めて妻の死を実感し、伏して大きく泣いた。

 


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雨月物語 (映画)


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1953年製作の日本映画。
監督溝口健二。
「浅茅が宿」と「蛇性の婬」の2編を川口松太郎と依田義賢が脚色した。
出演は京マチ子、水戸光子、田中絹代、森雅之、小沢栄など。
舞台は近江国と京に設定されている。
ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞を受賞した。


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出典: 「雨月物語」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

正徳 多恵(しょうとく たえ)さんは上の文章を読んで感動したのですか?

違いますよ。。。 図書館でDVDを借りて 全編を観て感動したのですよ。。。

何で、そのようなことまでデンマンさんには解るのでござ~ますかァ~?

もちろん、多恵さんが僕にメールを寄越したのです。。。

信じられませんわァ~。。。

卑弥子さんは疑り深いのですねぇ~。。。 昔の人は“信じる者は救われる!”と言ったのですよ。。。 だから、卑弥子さんも素直に信じて救われてねぇ~。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたも、素直には信じられないでしょう?

でも、『雨月物語』は確かに感動する映画ですわ。。。

あなたも、まだ観たことがないのならば、ぜひDVDを借りて観てくださいねぇ~。。。


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雨月物語 (映画)


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あたくしも感動いたしましたわァ~♪~。。。

ところで、話は変わりますけれど、日本の平安時代、あるいは古代にも あなたの知らないミステリアスな面白いお話があるのですわよう。。。

あなたのために平安史、古代史の興味深い記事を用意しましたわァ。

ぜひ お読みくださいねぇ~。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


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『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


(hama10.jpg)

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』


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『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

『ペルシャ人の楊貴妃』

『ん?佐伯今毛人』

『文学と歴史とウソ』

『百人一首ミステリー』

『芭蕉と遊女再び』

『映画とロマン@仙台』

『源氏物语中的性描写』

『忘れられた歴史ロマン』


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『おばさんパンツ@サンホセ』

『聖徳太子のチューター』

『オナラの曲芸』

『死海』

『漱石とオナラ』

『絵里香さん』

『美女とオナラ』

『アンバパーリー』

『ゆっくりと愛し合う』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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