Archive for the ‘日本の方言・地方言葉’ Category

や~らしか方言@坊さん

2017年7月17日

 

や~らしか方言@坊さん

 


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デンマンさん。。。 あんさんはどないなわけでエッチな方言と坊さんを並べやはったん?


(kato3.gif)

あきまへんかァ~。。。

そやかて、坊さんがこれを見たらムカつきますやん。。。

あのなァ~、坊さんかてぇ 人間やでぇ~、ええ坊さんもおれば エッチな坊さんもおるねん。。。

つまり、あんさんはエッチな坊さんのことをしゃべりはるん?

あきまへんかァ~。。。 (モナリザの微笑)

そやかてぇ~、この記事を読みはる真面目な坊さんはムカつきはりますやん。。。

あのなァ~、真面目な坊さんかてぇ 心のどこかにエッチな心が疼(うず)いているものなのやがなァ~。。。

あんさん! 見てきたようなことをぬかしはると、坊さんの総連合会の会長さんに訴えられますでぇ~。。。

この程度のことで坊さんの総連合会の会長さんはムカつきますかいなァ~。。。

。。。で、どないなわけで、急にや~らしか方言@坊さんというタイトルにしやはったん?

あのなァ~、龍谷大学に学んでいる熊谷勅円(くまがい ちょくえん)君が わての『徒然ブログ』にやって来たのやがなァ~。。。

マジでぇ~。。。?

まず、次のリストを見て欲しいねん。。。


(liv70715a.png)


『拡大する』

『や~らしか方言』

これはライブドアの わての『徒然ブログ』の7月14日の午後7時37分から15日の午前3時10分までの約7時間半の「生ログ」の一部やねん。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。

7月14日の午後8時48分にGOOGLEで検索して『や~らしか方言』を読みはったのねぇ~。。。 で、上のリストに貼り出したイラストが熊谷勅円(くまがい ちょくえん)君の似顔絵やのォ~?

そういうこっちゃ~。。。 IPアドレスを調べると次のようなことが分かるねん。。。


(ip195111b.png)

『拡大する』

あんさんは いつもIPアドレスを調べるけど プライバシーの保護のためにアクセス者の名前までは よう判らんようになってるねんでぇ~。。。

そないなことぐらい わてにも分かっておるねん。。。 熊谷勅円(くまがい ちょくえん)君は わてのブログの常連さんやさかいに、「ごっつう 面白かったですう」というメールを書いてくれたのやがなァ~。。。

ホンマかいなァ~? 。。。で、どないして熊谷勅円(くまがい ちょくえん)君は『や~らしか方言』の記事を探しやはったん?

もちろん、次のようにしてGOOGLEで検索しやはってん。。。


(gog70503a.png)


『拡大する』

『や~らしか方言』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「や~らしか方言」と入れて検索したのやねぇ~。。。

熊谷勅円(くまがい ちょくえん)君は、かつて わてのブログで『や~らしか方言』という記事を読んだことがあったのやがなァ~。。。

どうしてまた探して読む気になりはったん?

あのなァ~、熊谷勅円(くまがい ちょくえん)君は埼玉県の熊谷市の出身で、あの有名な熊谷直実は、彼のご先祖さまなのやがなァ~。。。

熊谷直実


(kumagai01.jpg)

 

熊谷 直実(くまがい なおざね)は、平安時代末期から鎌倉時代初期の武将。
武蔵国熊谷郷(現埼玉県熊谷市)を本拠地とした。
熊谷直貞の次男。

熊谷氏は桓武平氏・平貞盛の孫・維時(これとき)の六代の孫を称するが、武蔵七党の私市党、丹波党の分かれともされ、彰かではない。
直実の祖父・平盛方(もりかた)が勅勘をうけたのち、父直貞の時代から大里郡熊谷郷の領主となり、熊谷を名乗った。

平家に仕えていたが、石橋山の戦いを契機として源頼朝に臣従し御家人となる。
のちに出家して法然上人の門徒となり蓮生(れんしょう / れんせい)と号した。

『平家物語』「敦盛最期」の段における平敦盛との一騎討ちは、直実は敦盛とともにこの故事の主人公として、能の演目『敦盛』、幸若舞の演曲『敦盛』といった作品に取り上げられている。

『平家物語』によれば、この戦いで良き敵を探し求めていた直実は、波際を逃げようとしていた平家の公達らしき騎乗の若武者を呼び止めて一騎討ちを挑む。
直実がむんずと取っ組んで若武者を馬から落とし、首を取ろうとすると、ちょうど我が子・直家ぐらいの齢だった。
直家はこの戦いの直前に矢に射抜かれ深手を負っていたので、直実はその仇討ちとばかりにこの若武者に挑んだのである。

直実が「私は熊谷出身の次郎直実だ、あなたさまはどなたか」と訊くと、敦盛は「名乗ることはない、首実検すれば分かることだ」と健気に答えた。
これを聞いて直実は一瞬この若武者を逃がそうとしたが、背後に味方の手勢が迫る中、「同じことなら直実の手におかけ申して、後世のためのお供養をいたしましょう」といって、泣く泣くその首を切った。

その後、首実検をするとこの公達は清盛の甥・平敦盛と判明、齢十七だった。
討ち死にの折に帯びていた笛「小枝」(さえだ)は、笛の名手として知られた敦盛の祖父・忠盛が鳥羽上皇から賜ったものだという。
これ以後直実には深く思うところがあり、仏門に帰依する思いはいっそう強くなったという。

 


(kumagai02.jpg)


出典: 「熊谷直実」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

熊谷直実は坊さんになりはったのやねぇ~。。。

そういうことやァ~。。。 直実が首を取ったのは、平清盛の甥の17歳の平敦盛やったァ~。 それで後日、深く思うところがあって、坊さんなりはったということやんかァ~。。。

そないな真面目な家系に生まれながら、熊谷勅円(くまがい ちょくえん)君は どないなわけで、またエッチな『や~らしか方言』という記事を探して読みはったん?

あのなァ~、めれちゃんはタイトルからすぐにエッチな事を連想するようやけど、熊谷勅円(くまがい ちょくえん)君はエッチな事が読みたくて再び記事を探して読んだわけやあらへん。。。

それやったら、なんのために『や~らしか方言』を読みはったん?

熊谷勅円(くまがい ちょくえん)君は埼玉県出身やさかいに、関西弁がどうも苦手なのやがなァ~、そいで ときたま大阪弁と京都弁が よう分からんときがあるねん。。。 そやから『や~らしか方言』を再度探して読んだのやでぇ~。。。

それは 可笑しいやん。。。 大阪弁と京都弁の違いを知るために、どないなわけで『や~らしか方言』を読みはるのォ~?

めれちゃんは忘れてしもうたらしいけど、記事の中に次のようなことが書いてあるねんでぇ~。。。

京都弁と大阪弁、どう違う?

 

① よく出てくる尊敬の助動詞「はる」。 京都弁では「言わはる」と動詞の未然形に付きますが、大阪弁では「言いはる」と動詞の連用形に付きます。 これ、大きな違い。

② これもよく使う否定の助動詞「へん」には、京都弁だと「言わへん」と未然形の動詞が付きますが、大阪弁では「言えへん」巳然形の動詞が付きます。

③ 「来ない」は、京都では「きいひん」、大阪では「けぇへん」。


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④ 「するのだ」は、京都では「すんにゃ」、大阪では「すんねや」。

これだけでも違いがわかります。

(動画はデンマン・ライブラリーより)


67ページ 『かわいい方言手帖』
編者: ふるさとナマリ研究会
2005年9月30日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 河出書房新社

つまり、あんさんが記事の中で遣(つか)いはる関西弁は京都弁と大阪弁をごっちゃにしてますやん。。。

あのなァ~、めれちゃん。。。 わても埼玉県出身なのやでぇ~。。。 関西弁は、わてにとって外国語のようなものやねん。。。 そやから、京都弁と大阪弁の違いを勉強せんとあかんなァ~、と思いながら上の本を読んだのやがなァ~。。。

それやったら、もうちょっと 京都弁と大阪弁の違いをはっきりしながら、ごちゃまぜにせぇ~へんで欲しいねん。。。

めれちゃんも、可笑しな関西弁遣ってるでぇ~。。。

あんさんが、代書してはるから、そういうことになるねん。。。 

あのなァ~、言葉は生き物やさかいに、時代と共に変わってゆくねん。。。 そやから、あまり厳しいことを言わんで欲しいねん。。。

つまり、この事が言いたくて、今日の記事を書きはったん。。。

いや。。。 そればかりではないでぇ~。。。 「かわいい」のいろんな言い方が面白いと思うたのやがなァ~。。。

「かわいい」のいろんな言い方


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え~らしい

「愛らしい」のナマリで、主に小さい子どもなどをほめるときに使います。

《例》 ○○さん家の子は、え~らしいなぁ。 (大分)

えちゃけ

「いちゃけ」とも言い、「いたいけない」が変化した言葉とも。
「かわいらしい」「あどけない」というニュアンスで用います。 (石川)

かいらし

「かわいらしい」が変化したもの。
近畿、四国地方で使われています。

《例》 あのこ、ほんまに、かいらし~なぁ。 (大阪)


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みじょか

「みぞか」「みぞ~か」「んじょか」とも言い、「かわいらしい」「美しい」という意味。
ちなみに「かわいがる」は「むじょがる(みぞがる)」。 (長崎) 

むじょか

「かわいらしい」の意味で「むぞか」「むぞらしか」とも。
ちなみに佐賀では「むぞ~か」、宮崎では「むじい」を同じ意味で使います。 (熊本・鹿児島)

めんこい

語源は「めぐし(愛し)」。
福島以北の東北・北海道地域で広く使われ、「めごい」(青森)、「めんけ」(秋田)、「めんげ」(福島)、「めんごい」(山形)と変化する地域もあります。
ちなみに「お気に入りのコ」を北海道では「めんこ」。
「めんこめんこする」は頭をなでなですることです。

《例》 この子、めんこいっしょ。 めんこめんこして。 (北海道・東北)

や~らしか

「や~らしか嫁さん」と言われて「エッチな嫁さん」なんて想像してはいけません。
佐賀では、「や~らしか」は「かわいい」という意味です。

《例》 おまえ、や~らしか嫁さんばもろたらしかな。 (佐賀)


(bitegirl2.gif)

赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
イラストと動画はデンマン・ライブラリーより)


53-54ページ 『かわいい方言手帖』
編者: ふるさとナマリ研究会
2005年9月30日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 河出書房新社

ホンマに笑えますやん。 うふふふふふ。。。 「めんこい」という北海道・東北方言は聞いたことがおますけど、「や~らしか」が「かわいい」という意味の佐賀方言だというのんは初耳でしたわァ~。。。

古い言葉には都(みやこ)から遠く離れた地方ほど残ると言われてるねん。 そやから東北と九州には、今も古い言葉がようけい残っていると言うわけやァ。。。 例えば「とぜん(徒然)」という言葉がある。。。

とぜん

語源は『徒然草』(吉田兼好)でおなじみの「とぜん(徒然)」で、本来は「やることもなく退屈だ」という意味ですが、現代では「さびしい」の意味で使われます。
秋田では「とじぇね」、鹿児島では「とぜんね」と変化。

《例》 ひとりになったら、とぜんになってきた。 (宮城)


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とぜんなか

「とぜん」に「なか」をつけて、九州流の形容動詞にしたもの(「とぜん」が「ない」という意味ではありません)。
福岡、佐賀、長崎、熊本などではこちらの言い方が主流です。

《例》 なんや、夢やったとか。 とぜんなか。 (福岡、佐賀、長崎、熊本)

赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真と動画はデンマン・ライブラリーより)


50ページ 『かわいい方言手帖』
編者: ふるさとナマリ研究会
2005年9月30日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 河出書房新社

徒然は「つれづれ」と読むもんやと思うていたけど、「とぜん」という読み方もあるねんなァ~?

わても「とぜん」なんて初めて聞いたのやァ。 とにかく、昔、京都や大阪で使い古されて化石になってしもうた言葉が九州や東北では未だに生きているということやんかァ。 言葉は生き物やと言うけれど。。。、『徒然草』の作者・吉田兼好が今、生きてたら、京都ではのうて、おそらく九州か東北の田舎に引っ越すやろなァ。

そないなことより、もっとおもろい方言はあらへんのォ~?

あるがなァ~。。。めれちゃんのために見つけたのやァ! 読んでみィ~なァ。

一生懸命のさまを表す表現


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一生懸命にも、その状態を表すさまざまな方言があります。

■ いっぺいっぺ (鹿児島)

■ ばくばく (北海道)

■ ね~らんこ~ら (沖縄)

■ ひっしもっし (岡山)

■ ひっせ~がっせ~ (島根)

■ みっちど (岩手)

■ やっさと (福岡)

(動画はデンマン・ライブラリーより)


127ページ 『かわいい方言手帖』
編者: ふるさとナマリ研究会
2005年9月30日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 河出書房新社

うふふふふ。。。笑えますやん。 日本語ってぇ、方言を含めると奥の深いものですねんなァ~。

そういうことやがなァ~。。。


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【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。

あなたも知らなかったことがあるでしょう?

ついでに、あなたが知らなかったことをもう一つ。。。

最近 あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”がネットで人気が出ているのですわよう。

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 信じられないというのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


(gog60409a.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。


(buttdimp5.jpg)

どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

ところで、話は変わりますけれど、

かつて、めれんげさんは 一生懸命にブログを更新していたのでした。

でも、時には、他のことに夢中になって、会費を滞納したことがあったのでござ~ますわァ。。。

そのために、サイトを削除されてしまったのです。

それでも、2013年の6月にライブドアで『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよねぇ~。。。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。

でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


(gog30928a.png)

また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


(hand.gif)


(surfing9.gif)

メチャ面白い、

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こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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ばあやと小百合さん

2012年8月14日

  
ばあやと小百合さん


(saru200.gif)

サルのお辞儀

今日、お昼に和菓子を買いに行ったら、和菓子屋さんのおばあちゃんがかぼちゃをくれた。
「あら、こんなにたくさんいただいてよろしいのかしら」
「みんな、差し上げますわ。 どうせ畑に置いとってもサルに食われるだけやから」
「まあ、サルの害を防ぐ方法とかありませんの?」
「それがな~、番犬飼(こ)うとるけども、これが全然あきませんのや。 鎖でつないどりますやろ。 サルは賢いで、ちゃ~んと鎖の長さ測って避けよりますのや」
「まあ、賢いんですのね」
「今朝もな、ちょうどサルがかぼちゃを取りよるところにばったりでくわしましたんや」
「それで、追い払いましたの?」
「それがな、このおサルさん、両手に1個ずつかぼちゃをこんなふうに持ってな、私のほう見て、お辞儀しますんや。 ありがとう、すんません、いただきます、言うてな。 たぶん、家に帰ったら子どもがいますんやろ。 せやから、私もつられてお辞儀してしもうて、しゃ~ないな~思うて、そのかぼちゃは差し上げることにしましたんや」


46ページ 『嘘みたいな本当の話』
選者: 内田樹・高橋源一郎
2011年8月10日 第3刷発行
発行所: 株式会社イースト・プレス 

デンマンさん!。。。どうしておサルさんのお話など持ち出してきたのですか?

なんとなく笑えるでしょう。。。微笑(ほほえ)ましいと言うか。。。ちょっとばかり心が温まる話ではありませんか。

上のおサルさんのお話がタイトルと関係あるのですか?

もちろんですよ。 無関係だったらサルと和菓子屋さんのおばあちゃんの話を持ち出しませんよう。

でも、私のバア(祖母)は和菓子屋さんをしていませんでしたわ。

分かっていますよ。。。分かっています。 上の話を本の中に見つけた時、なぜか小百合さんのおばあさんのことが思い出されたのですよ。

でも、デンマンさんは私のバアに会ったことがないでしょう?

もちろんありません。 でも、小百合さんは折に触れておばあさんの事を書いていたのですよ。 たとえば次のように。。。

[541] Re:
小百合さん、元気かいな?

肺がんじゃないと思うけれど、

心配してるよ。

心境の変化かな?

連絡待ってるよ。

Name: sayuri E-MAIL
Date: 2009/01/16 14:44
(バンクーバー時間: 1月15日 午後9時44分)

はい すいません
昨日も忙しく 今朝もパソコン開けられなかった。
風邪も治って、お酒を10日もやめてます
2008年の秋は一番太っていた。
でも 少しずつ体重も減ってきて
あと 3キロぐらい 減らす予定です。

父がいなくなってから ずいぶん飲んでましたから
ごめんね これから 市役所いってきます。
あとーで ビーバーランド 開きますから、
でも明日は子供がいるし
来週かな?


『ロマンとダイエット』より
(2009年1月19日)

小百合さんが元気そうなので安心しましたよう!
バア(おばあさん)に「でがんす」だと呼ばれていた小百合さんをお父さんが何かと心配していた気持ちが分かりますう。

【デンマン注】:

「でがんす」と言うのは、家にじっとしていないで、しょっちゅう出かける人のこと。
小百合さんのおばあさんが、そう言っていたらしい。
栃木県の方言かも?

いい機会だからネットで調べてみたら、庄内地方と広島県にこの方言がありました。
東広島市名物には「がんす饅頭」と言うのがあるらしい。
その特徴は、まんじゅうの皮に、たっぷりと入った蜂蜜。
そのおかげで、冷めてもまんじゅうの皮が柔らかくて、とても美味しいらしい。
この「がんす」とは、広島の古い方言の一つで、「~です」という意味。
使い方としては、
おはようがんす。→おはようございます。
そうでがんす。→そうです。
ありがとがんした。→ありがとうございました。
おしんどがんしょう。→お疲れでしょう。

僕は、落語でこの言葉を覚えた。
題目は忘れたけれど、
太鼓持ち(幇間)がこの言葉を頻繁に使うのでした。

しかし、「でがんす」が「しょっちゅう出かける人」と言う意味で使われている、と言うのはネットでは出てこない。

小百合さんは行動派だからね。
とにかく車を乗り回してどこへでも出かけて行く。
外国まで行くのだから、
お父さんも何かと心配したのでしょうね。

男親って女親よりも心配性なのですよね。
ウチのオヤジもそうでした。

お袋は、“なるようになる”と言うところがあって、
ひとたび送り出すと、あまり心配しなかった。

それでも、長男の僕が下宿生活するようになって
初めて家から出て行ったときには、
急に寂しくなって
押入れに頭を突っ込んで、しばらく泣いていたと言ってましたよう。
うしししし。。。
母親には、巣立つ息子を見送る時の、そのような寂しさがあるのでしょうか?

小百合さんも長男が巣立つ時には、押入れに頭を突っ込んで泣くのでしょうか?
ちょっと想像できないけれど、
小百合さんは意外に母性本能が強いから、泣くでしょう!


『ロマンとダイエット』より
(2009年1月19日)

デンマンさんが生まれ育った埼玉県の行田では「でがんす」という言葉を使わないのですか?

一度も聞いたことがありませんよ。 当然、僕も使ったことがない。 それにテレビでも映画でも「でがんす」というのを聞いたことがない。

マジで。。。?

だから上のようにネットで調べてみたのだけれど、ネットでも「でがんす」を「しょっちゅう出かける人」と言う意味で使っているページは一つも出てこなかったのですよ。

栃木県の田舎の方言なのかしら?

たぶんね。 

でも、「でがんす」と上のおサルさんのお話と関係あるのですか?

いや。。。直接関係あるわけじゃないけれど、小百合さんのおばあさんの使った「でがんす」という言葉に上のサルの話と同じような微笑ましさを感じたのですよ。

それにしてもよく覚えていますわね?

あのねぇ~、「でがんす」だけだったら僕も忘れていたかもしれないけれど、小百合さんのおばあさんは面白い言葉をこれまでにもたくさん使っているのですよ。

「でがんす」以外にも面白いと思えるような言葉をバアが言ってました?

言ってましたよ。 「ごくねつ」という言葉も僕は聞いたことがなかったし、もちろん使ったこともなかった。

私が舶来グルメだなんて そんな! そんな…?
本当のグルメは飲茶は行きませんよ
ふかひれ や あわび 北京ダックを食べにいくのです。

日本で食べる北京ダックは高いらしいよね?
バンクーバーなら一人分4ドルか5ドルですよう。
3人で食べて15ドルぐらいでしたよう。
ロブソンストリートの“漢(ハン)”が安くてうまかった。

小百合さんがバンクーバーにやって来たら、
一緒に食べに行こうね。
そう言えば、しばらく北京ダックを食べてなかった。

なんだか、急に北京ダックが食べたくなってきましたよう。
うしししし。。。

バーガーキングなんていわず、フォアグラを分厚く
切ったのを ソテーして食べてるんですよ。

うん、うん、うん。。。
ジューンさんが仔牛とフォアグラのローストをリクエストしたけれど、
これって、グルメの食べ物?
うしししし。。。

『ジューンさんの仔牛とフォアグラ・エピソード』

行田のゼリーフライが まずくて食べられなかったとしても きっと 時々 買いにいくでしょう。
ただ その時を忘れないよう、思い出を買いにいくのです。

ゼリーフライが苦くて 口に合わなかったとしても
それは そうゆう物体として体に入れるでしょう。
食べるとか味わう とか でなくて。

“思い出を食べるグルメ”の小百合さんですからね。。。
分かります。。。分かりますよう。。。

“思い出の大仏”を食べましょうね。

朝ごはん はおいしいと思わず
ねむいのに無理に食べるというイメージで
学生の時からダメです。

たぶん 小学校の時も やっとでしたよ
ばー(おばあちゃん) が困って、パンにしてくれて
どうにか 1枚 たべて、 絶対味噌汁は飲みません。
熱くて 寝起きになんて 飲めません。

ばー は食べないと 体がもたないよ。ご飯を食べると
ごくねつ が出て 体が ぽかぽか 温まるんだよ。
と 私に朝ご飯を食べさせる その仕事は大変
だったと いま 思いますが、
そのうち 中学 高校と 絶対食べませんでした。

小百合さんは育てるのが難しい女の子だったのだろうねぇ~
小百合さんからは、おっとりとした優しいイメージを僕は感じることが多いのだけれど、かつて、小百合さん自ら、“気の強いところがある”と意外な事を言ったので、朝食がダメ、と言うのもその表れなのかな?
そう思っていますよう。

僕の知らない気の強い面を持ってるのでしょうね?

“そんなカワイイわけないでしょう!”

小百合さんがそう書いていたけれど、
小百合さん自ら、“気の強いところがある”と意外な事を言うほどだから、自分の意識の中では“気の強い女”としての自負があるのかもね?
可愛い女よりは、むしろ気の強い女だと、小百合さんはそんな風に思っているのかもしれないね。


『麻布散歩(2011年3月13日)』より

デンマンさんが生まれ育った埼玉県の行田では「ごくねつ」という言葉も使わないのですか?

僕自身は聞いたことも使ったこともないですよ。 だから調べてみたのです。

ごく‐ねつ【極熱】

①きわめてあついこと。また、はなはだしい暑さ。
「―の太陽」

②大焦熱地獄のこと。
ごくねつじごく【極熱地獄】


『GOO 国語辞書』より

漢字で「極熱」と書くということが分かって初めて意味が分かったけれど、僕が日本に居た頃、会話の中で「ごくねつ」というのを聞いたことがありませんでしたよ。

あらっ。。。マジで。。。? 私にとってはありきたりの言葉で珍しいと思ったことは一度もありませんけれど。。。

いやあァ~。。。小百合さんの実家と僕の実家は隣り合った県で、さほど離れていないのだけれど、小百合さんと話していると時たま「ん。。。? 何。。。?」と思うような言葉に出会うのですよ。

そうかしら。。。? 私は標準語を話しているつもりなんですけれど。。。

もちろん、ごく‐ねつ【極熱】は標準語だと思うけれど、会話の中で使う人はあまり居ないと思うのですよ。

そうかしら。。。?

僕はそう思うのですよ。 だから使ってはダメだと言うつもりはないけれど。。。

デンマンさんのおばあさんは使ったことがありませんでした?

僕が記憶している限り聞いたことがない。 でもねぇ~、「でがんす」も「ごくねつ」も小百合さんのおばあさんの口から出てくると、とても印象的で。。。小百合さんとおばあさんのほのぼのとした気持ちの交流を感じるのですよ。 その「ほのぼのとした何か」を冒頭のサルのエピーソードにも感じたのです。 それでサルの話から「でがんす」と「ごくねつ」が僕のオツムに思い浮かんだのですよ。 

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
あなたは「でがんす」と「ごくねつ」を会話の中で使ったことがありますか?
あたくしはデンマンさんと同じで、「でがんす」も「ごくねつ」も会話の中で聞いたこともないし使ったこともないのでござ~♪~ますわ。
もし、あなたが使ったことがあるのなら、ぜひコメントに書いてくださいませ?

ええっ。。。? そんな事を書いたら「田舎者」だと馬鹿にされるので書きたくないのォ~?

そのような事はありませんわよ。

ええっ。。。? どうしてデンマンでもないのに、そんなことが分かるのかってぇ。。。?

だってデンマンさんは「田舎っぺうどん」が好物なのですわ。
うふふふふふ。。。


(inaka02.jpg)

だから、安心してコメントに書いてくださいね。

とにかく、興味深い話題が続きますゥ。
どうか、あなたもまた読みに戻って来てくださいませ。
じゃあ、またねぇ。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

“天才と馬鹿は紙一重”

日本では、よく耳にしますよね。

あなただって聞いた事があるでしょう?

もちろん外国でも

似たような諺がたくさんありますわ。

ところで、英語では何と言うのでしょうか?

考えてみた事がありますか?

次のように言えるでしょうね。

There is only a thin line

between genius and stupidity.

“天才と狂気は紙一重”

これは次のように言います。

There is only a thin line

between genius and insanity.

ところで、英語の面白いお話を集めました。

時間があったら覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

柚子こしょうとドレッシング

2011年3月9日

 

柚子こしょうとドレッシング

 


(valent2.jpg)


(sayuri2.gif)

前略

バレンタインデーに

間に合うように

送ります。

でも、もしかすると

間に合わないかも…

デンマンさんと一緒に食べた

長崎ちゃんぽん。

「柚子こしょう」も入れました。

行田の「とんでん」で

茶そばが旨いと言っていた

デンマンさん。

面倒でも5分で茹で上がるので

食べてみてね。

それに今回も

「麺職人」を入れましたよ。

それから、心躍る甘酸っぱさの

フルーティMINTIA!

最近、私はカバンに入れて

持ち歩いてます。

デンマンさんの

迷惑そうな顔が

思い浮かびます。


(bouncy.gif)

でも、1年に一度ぐらいは

女の子の気持ちになって

ルンルン気分で

スキップしながら

舐めてみてください。

うふふふふ。。。

うららかな春のバンクーバーの

街を歩きながら。。。

また、フードストアに向かう

買いものついでに。。。

それから、思いつくままに

チョコレート、即席うどん

山菜そばを入れました。

日本の味を懐かしみながら

食べてみてくださいね。 

では。。。

早々


(sayuri15.gif)

小百合より

2011年2月3日


『愛とロマンの小包』より
(2011年2月20日)

(kitty2.jpg)

 


(foolw.gif)

Subj:小百合さん、おはよう!

夕べは小百合さんが送ってくれた

田舎作り「茶そば」を

茹でて食べましたよ。

きゃはははは。。。

From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: Sun, Feb 20, 2011 12:48 pm.
Pacific Standard Time
日本時間:2月21日(月曜日)午前5時48分

 

小百合さん、おはよう!
今日はまるで春を思わせるポカポカした日差しを感じながら歩いてバンクーバー図書館まで歩いてやって来ましたよ。
実にさわやかな、すがすがしい朝でした。
夕べは小百合さんが送ってくれた田舎作り「茶そば」を茹でて食べましたよ。

自然の恵みたっぷりと育ったそばを大切に作った茶そばです。素朴な味をご賞味ください。
…と袋の裏に書いてあったよ。

【茶そばのおいしい茹で方】


(soba12.jpg)

一袋(150グラム)に対して約2リットルの湯を沸騰させ、その中へよくさばきながら落とし込みます。
軽く箸でかき混ぜ沸騰したまま約5分間で茹で上がります。
茹で上がった茶そばをザルに移し冷水をかけてよく冷やしてから調理してください。
茶そばは茹で上がり直後が一番美味です。

だってぇ~。。。
そう言う訳で書いてある通りに茹で上げました。
良質の茶の香りがなんとも言えずに香(こお)ばしく漂ってきましたよ。

そばを冷やしてから“そばつゆ”を作り始めました。
パウエル・ストリートにある日本食料品店へ行けば「そばつゆの素」を売っているけれど
それでは面白くないので自分流の“そばつゆ”を作りましたよ。
きゃはははは。。。


(pizza10.jpg)

僕のマンションから歩いて5分のところにあるジョーのスーパーマーケットでトマトベースの缶入りpizza sauceを買ってきたのですよ。
213mL(ミリリットル)で99セント。日本円で83円。
例によってカナダでは3本の指に入るトロントにある大手の食品販売会社(Loblaws Inc.)が製造して販売しているものです。
3分の1をフライパンにあけ
これに小百合さんが小包みの中に入れてくれたヤマチュウ食通の味「柚子こしょう」を少々加え、
更に、たまねぎを千切りにして炒めたものを加え
それに蜂蜜をちょっとばかり加えたのでした。

そう言う訳で、奇妙な「そばつゆ」が出来上がりましたよ。
でも、これが意外にうまかったよ。
とにかく、茶そばの素材が良かったのですよ!

pizza sauceを使っただけに「イタリア風茶そば」になりましたよ!
きゃははははは。。。
でもねぇ、「柚子こしょう」を入れたおかげで日本風味も引き立ったのでした。

軽井沢タリアセン夫人の心のぬくもりを感じながら、じっくりといただきました。
小百合さん、ありがとう!
バレンタインの小包を充分に楽しませてもらっていますよ。

小百合さんも「茶そば」をたべて、それから行田の大長寺の桜でも見に行ってね。
でも、まだ桜が咲くには早すぎるかな?

とにかく、ポカポカした良い日に行田までドライブしてみたら。。。?
「長崎ちゃんぽん」でも食べてルンルン気分になってね。
じゃあね。

P.S.:


(unagi11.jpg)

小津安二郎のグルメ手帳を読んでいたら「うなぎ 野田岩」(港区東麻布)に出くわしましたよ。
館林で小百合さんと一緒に食べた「うな重」が懐かしく思い出されてきました。
茶そばもいいけれど、たまには「うなぎ」も食べたいなァ。


(denman01.gif)


『茶そばと鰻』より
(2011年2月26日)



(sayuri55.gif)

デンマンさん。。。マジで奇妙なそばつゆを作ったのですわねぇ。


(kato3.gif)

そうなのですよ。。。パウエル・ストリートにある日本食料品店へ行けば「そばつゆの素」を売っているのだけれど。。。でも、買いに行くのが面倒だったのですよ。

それで近くのスーパーに行ってpizza sauceを買ってきたのですか?

そうです。

でも、もっと「そばつゆ」に合いそうな物がありそうですわ。。。

たとえば。。。?

お醤油をベースにしたスープだとか。。。

そう言う物はジョーのスパーマーケットには無いのですよ。

ピザのソースとおそばでは、ちょっと考えただけでも美味しそうではありませんわ。

だから、小百合さんが送ってくれたヤマチュウ食通の味「柚子こしょう」を少々加えたのですよ。

それで、少しは日本風味になったのですか?

そうですよ。 結構うまかったですよ。 ところで、どうして「ハウスの柚子こしょう」から「ヤマチュウの柚子こしょう」に変えたのですか?


(yuzu80.jpg)

ハウスの柚子こしょう

原材料名:

きざみ柚子、青唐辛子、食塩、加工デンプン、酒精、安定剤(キサンタンガム)、酸味料、香辛料抽出物、香料

製造者: ハウス食品(株)
大阪府東大阪市御厨栄町


ヤマチュウの柚子こしょう

原材料名:

柚子、青唐辛子、食塩、植物油脂、植物繊維(大豆含む)、調味料(アミノ酸等)、ソルビトール、酒精、酸味料、着色料(クチナシ、ベニコウジ、ウコン)、香料、増粘多糖類

製造者: 山忠わさび株式会社
埼玉県上尾市平方

あらっ。。。よく調べましたわねぇ。

いや。。。外箱に書いてありましたよ。 でもねぇ、「柚子こしょう」なのに原材料に胡椒が含まれてないのですよ。 意外に思ったので調べてみました。

柚子こしょう

柚子胡椒は、調味料の一種。
胡椒とは呼ぶものの、実体は柚子風味の唐辛子ペーストで、唐辛子を粗刻みにし、ユズの果皮と塩を入れて磨り潰し、軽く熟成させたものである。
九州では一般的な調味料として知られている。

名称に「胡椒」がついているが、これは九州の一部の地域の方言で、「コショウ」ではなく「トウガラシ」のことを指す。
なお、一般的な「コショウ」は「洋胡椒」と呼んで区別する。
唐辛子は青唐辛子を用いるのが一般的であるが、赤唐辛子が用いられる場合もある。
青唐辛子と青柚子なら緑色、赤唐辛子と黄柚子なら朱色の柚子胡椒に仕上がる。
地元では鍋料理や味噌汁、刺身などの薬味として用いられるが、近年、全国的に知られるようになってからは、より多様な使い方をされるようになっている。

作り方

1.青い柚子の皮を薄くむき、細かくみじん切りにする。実は後ほど使用。

2.種を取り除いた青唐辛子を、細かくみじん切りにする。

3.すり鉢で、みじん切りにした青唐辛子と柚子の皮をすりつぶす。完全にすりつぶさないよう注意。

4.塩を加え、味を調える。また、柚子の実の部分を搾った果汁を適量加える。

5.消毒済みのビンや密閉容器などに移し、冷蔵庫で保存する。

唐辛子については、青唐辛子の代わりに赤唐辛子を使用することもある。
一般に青唐辛子を使う場合は青い柚子の皮を、赤唐辛子を使う場合は黄色い柚子の皮を使用する。
上記の作り方の場合、日持ちは塩加減に依存する。
通常は少量ずつ作り、1週間以内程度で使い尽くした方が望ましい。

利用

もともとは、和風の鍋料理をはじめ、団子汁、饂飩、味噌汁、刺身、天麩羅、焼き鳥などの和風料理の薬味として用いられることが多かったが、近年は、全国的に入手が容易になったこともあり、さまざまな料理に用いられるようになっている。
たとえば、スパゲティ、サラダドレッシング、豚カツ、ラーメン、焼売など、外国由来の料理にも応用が広がりつつある。

加工食品では、鶏肉の燻製、炭火焼などに柚子胡椒を加えているものが九州を中心に製造、販売されている。

スナック菓子ではカルビーがポテトチップスの『堅あげポテト ゆずこしょう味』や『かっぱえびせん 柚子こしょう味』を生産し、地域や販売ルートを限って販売している。
また、江崎グリコは『PRETZ 九州辛味ゆずこしょう味』を、明治製菓はカールスティックを九州限定で販売している。また、亀田製菓の柿の種や、薄焼き煎餅のような米菓を販売している業者もある。
ただし、スナック菓子は水分を減らす必要があるため、ゆずパウダーや唐辛子パウダーを組み合わせて風味を出し、柚子胡椒は使っていないことが多い。
他に変わったものではチョコレート菓子のキットカットに九州限定の柚子こしょう味がある。

出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

九州の一部の地域では、「コショウ」は胡椒ではなく「トウガラシ」のことを指すとは知りませんでしたよ。 小百合さんは知っていましたか?

いいえ。。。、知りませんでしたわ。

でも、小百合さんは、いろいろと調べて「ハウスの柚子こしょう」から「ヤマチュウの柚子こしょう」に変えたのでしょう?

いいえ。。。別にわけがあって変えたのではないの。。。たまには別のブランドを試してみようと思っただけですわ。 でも、どうして変えたと分かったのですか?

小百合さんが去年(2010年)の11月に僕の旅行カバンに入れてくれたのは「ハウスの柚子こしょう」だったのですよ。 その空き箱が僕のキッチンの棚の上に置いてあった。 見たら「ハウス」だった。

味が少し違っているのですか?

いや。。。大きな違いは無かったけれど、「ヤマチュウの柚子こしょう」の方が僕の舌には、より旨く感じられましたよ。 だから、小百合さんが微妙な味の違いに気づいて「ヤマチュウの柚子こしょう」を僕のために小包の中に入れたのかと思ったのですよ。

あらっ。。。だったら、そう言えばよかったわ。。。実は、そうでしたのよ。 うふふふふ。。。

もう、遅いですよ。。。 ただねぇ、産業道路(埼玉県道ルート66)沿いにある「長崎ちゃんぽん」で小百合さんと一緒に食べた時の「柚子こしょうドレッシング」ねぇ。。。あの味がなかなか作れない。。。たぶん、「柚子こしょう」にヴィネガーを加えてドレッシングにしたと思うのだけれど、自分で酢を加えてドレッシングにしてみても、イマイチあの味が作れないのですよ。

それ程印象に強く残った味なのですか?

そうですよ。。。「野菜長崎ちゃんぽん」に「柚子こしょうドレッシング」をかけた時の味がなんとも言えず。。。「柚子こしょう」のチューブを見るたびに小百合さんと一緒に食べた時の「長崎ちゃんぽん」の味を思い出すのですよ。 うししししし。。。

そうなのですか? 私にはそれ程の印象は残りませんでしたけれど。。。

あのォ~。。。小百合さんは、めったに感動しないのですねぇ?

あらっ、そうかしら。。。?

そうですよう。。。「これってぇ、メチャおいしいわ!」と小百合さんが言うのを聞いたことがありませんよ。

でも、デンマンさんのようにお店で大きな声を出すのってぇ、みっともないでしょう!?

でかい声で言わなくとも、さりげなく言うことだってできるでしょう。。。軽井沢タリアセン夫人であることにこだわって小百合さんは感情を抑えているわけですか?

いいえ。。。そういう事ではありませんわ。

もしかすると女子高時代の癖が抜けないのかも知れませんねぇ。

女子高時代の癖ですか?

そうですよう。。。忘れてしまったのですか? 次のように書いていたでしょう!

[793]RE:夢とロマンの女神、万歳!
Name: さゆり
Date: 2008/12/10 15:46
Pacific Standard Time
(バンクーバー時間:
2008年12月9日 午後10時46分)
 

(sayuri2.gif)

小さい頃 小学生時代は
ケンカは負けが多く くやしかった。
菊ちゃんなんて 大人になっても
くやしい事 多かったかも。
高校生 になると ガがつよくなり
ケンカをして 負けても
くやしい などと 顔にも 出さない。
冷たい冷淡な子 に成ろう と思っていた。 

そんな 高校時代を経て 
今 大人。 子供や大切な人に
愛情をそそげる自分になった。


『杜の都と女の学園』より
(2009年3月18日)

あらっ。。。デンマンさんはよく覚えていますわね。

もちろんですよ。 小百合さんの内心に触れたように思いましたからね。 うししししし。。。

でも、デンマンさんは女心を理解していませんわ。

。。。ん? 女心を理解していない?

そうですわ。。。女は感情を抑えていても、めれんげさんのように心のどこかで素直に感情を表現したいという気持ちがあるものですわ。

ほおォ~。。。小百合さんにも、そのような気持ちがあるのですか?

もちろんですわ。。。だから、私はかつて次のように書いてしまったのですわ。

今、一番居なくなって

困る人

前略

まだ1月、寒さが続きますね。
入院などしないように。

今、一番デンマンさんが居なくなると困ります。
その次が私の髪の毛をストレートにしてくれるパーマ屋の人。
その次が長~い付き合いの歯医者さん。

私の事を良く知って頼っていた人が急に居なくなると困ります。
父のように、もう会えないのは困ったです。
乱筆ですいません。

早々

小百合より

2008年1月7日


『武蔵と卑弥子さん』より
(2009年6月20日)

普通の状態の私ならば、このような事は書かないのですわ。

でも、めれんげさんのように感情を表現したと言うほどの事ではないですよ。 感情を表現するというのは、たとえば次のような歌を詠むと言う事ですよ。


 

やわ肌の

あつき血汐に

ふれも見で

さびしからずや

道を説く君

 

by 与謝野晶子


『熱き肌』に掲載
(2010年3月12日)

(yosa11.jpg+yosa22.jpg)

 

くちづけ

 


(kiss003.gif)

 

罪深き

ことと知りつつ

この夜も

きみのくちづけ

もとめて止まぬ

 


(merange52.jpg)

 

by めれんげ

2009.01.14 Wednesday 14:21


『即興の詩 冬枯れ』より

『めれんげさんと六条の御息所』に掲載
(2010年2月12日)

分かるでしょう! 感情を表現するというのは与謝野晶子の愛欲が迸(ほとばし)る和歌とか、めれんげさんの赤裸々な激情の告白のことを言うのですよ。

感情表現は人それぞれによって異なるものですわ。 与謝野晶子さんや、めれんげさんのように情熱を情熱のままに表現する女性が居るかもしれません。 でも、いつも感情を抑えている人にとっては「今、一番デンマンさんが居なくなると困ります」ということを書くことさえ“清水(きよみず)の舞台から飛び降りる”ほどの決断を必要とするのですわ。 もし、デンマンさんがブログで公開すると知っていたら、私は絶対に書きませんでしたわ。

ほおォ~。。。、小百合さんにとって、ただそれだけの事を言うのに“清水の舞台から飛び降りる”ほどの決断を必要としたのですか?

そうですわ。

感情を表現するというのは、それほど女性によって違うものですか?

そうなのですわ。

う~♪~ん。。。なるほどねぇ~。。。

何がなるほどねぇ~なのですか?

あのねぇ~、確かに与謝野晶子の愛欲が迸(ほとばし)る和歌とか、めれんげさんの赤裸々な激情の告白は素晴らしいものですよ。 でもねぇ、考えてみたら小百合さんの感情表現も素晴らしいですよ。

そうでしょうか?

そうですよ。 次の3行に込められた小百合さんの感情表現も、読み返せば読み返すほど味わい深いものだと、しみじみと思いましたよ。

デンマンさんと一緒に食べた

長崎ちゃんぽん。

「柚子こしょう」も入れました。

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
なんだか、デンマンさんはキザな言葉を恥ずかしげもなくおっしゃっていますわ。
このようなエピソードは第三者にとって面白くも何ともないのでござ~♪~ますわ。

ただ、「柚子こしょう」だけは興味がありますわ。
調べてみたら京都府京都市右京区花園八ツ口町に「長崎ちゃんぽん」のお店があるのですわよ。
デンマンさんのエピソードは面白くありませんでしたけれど、
おかげさまで、胃袋の方は空っぽになりましたわ。
うふふふふ。。。

あたくし、これから「長崎ちゃんぽん」へ行って「柚子こしょうドレッシング」を試してみたいと思いますう。

とにかく、また、あさってが面白くなりそうです。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(karumika.jpg)

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』


(yoko150.jpg)

『夢とロマンの横浜散歩』

『愛とロマンの小包』

『下つきだねって言われて…』

『銀幕の愛』

『パリの空の下で』

『夢の中華パン』


(bare04e.gif)

こんにちは。ジューンです。

わたしはバレンタインデーに

デンマンさんにGODIVAの

チョコレートを上げようとしたのです。


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1165 Robson Street, Vancouver

バンクーバーの銀座通り、ロブソン通りに

ゴディバ・チョコレートショップがあったのですわ。

ところが久しぶりに行ってみたら

チョコレートではなく、オモチャを売るような店に

なっていました。

ゴディバチョコは、どこへ移ったのかしら?

仕方ないのでピカチューのお弁当を作って

デンマンさんにプレゼントしたのですわ。


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(lunch12.jpg)

ええっ。。。デンマンさんはどのようなプレゼントを

くれたのかってぇ~?

それが、次のようなホットパンツだったのですわ。

うふふふふふ。。。


(panty43.jpg)

ところで、卑弥子さんが面白い記事をまとめました。

ぜひ読んでみてくださいね。

■ 『笑って幸せな気分になれるサイト』


(laugh16.gif)

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(cute0022.jpg)


(girlxx.gif)

ミューズィック

2011年1月8日

 

ミューズィック

  

 
 

Subj:小百合さん、おはよう!

夕べ小百合さんの夢を見ましたよう!

きゃはははは…

From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: 28/11/2010 5:29:09 PM
Pacific Standard Time
日本時間:11月29日(月)午前10時29分

 
 

パリのセーヌ川の右岸を小百合さんと一緒に歩いているのです。
空は抜けるように青くて
どこからともなくイヴ・モンタンの歌う「枯れ葉」が聞こえてくるのですよう。
もう、僕は感激ですよう!

「シャンソン - 枯葉」

ロマンチックでもあり、またメランコリックでもあり、
何とも言えなく いいですよねぇ~。

僕は、当然、小百合さんの腰に手を回すのですよう。
うししししし。。。

「デンマンさん!くすぐったいから、お尻に手を当てないでねぇ~」
小百合さんは、半分白けたように僕を見つめて、そう言うのですよう。
でも、僕は何と言われようと、もう、うれしくて、うれしくて仕方がないのですよう。
パリのセーヌ川のプロムナードを小百合さんと一緒に散歩しているのですからねぇ。
これ以上のロマンはないのではないかと、僕はもうウキウキ、ドキドキ、ウハウハしているのです。
きゃはははは。。。

夢を見ているのに、僕自身はマジで現実のつもりなのですよう。
夢を見ているなんて、僕自身は少しも思っていない!
そのくせ、夢の中で、「これは夢じゃないの!?」
そう思っているのだから、今から思い出すと、しまりのない夢でしたよう。

「小百合さん、せっかくパリにやって来たのだから、この辺で Hよりも感じるハグをしませんか?」
僕が、そう言うと、小百合さんはニッコリするのだけれど、僕が抱きしめようとすると、するりと僕の腕から抜け出てしまうのですよう。
「小百合さん。。。そのように恥ずかしがらなくてもいいではありませんか? 僕も小百合さんもパリに居るのですから。。。さあ、記念に心を込めてハグしましょうね」
僕がそう言うと、小百合さんは、ちょっとムカついて言うのですよう。

「デンマンさん! 日本人の団体の観光客の人たちがジロジロ見てるわ。 ほら、あそこ。。。だから、おやめになってぇ~」
小百合さんの指差す方を見ると、旗を振っている添乗員の後を、山梨県の山奥の方からやって来た、団体のおじさん、おばさんたちが、僕と小百合さんを確かにジロジロ見てるのですよう。

やっぱり、パリも日本人の観光客の人たちで、ごった返しているのですよう。うもお~~。

「あらっ。。。デンマンさん。。。こんな所にインドカレーのお店がありますわ」
小百合さんが、そう言ったので指差す方を見ると、なんと、利根川を渡った所にある千代田町の本場のインドカレーの店があるではないですか!
小百合さんは、パリでも本場のインドカレーが食べられると、大喜びで店の中に入ってしまいました。

パリに来てまでインドカレーはねえだろう!?

僕は、カレーを食べ飽きているので心の中で、そう叫びましたよう。
でも、小百合さんが店の中に入ってしまったので、僕が一人で外に居るのもバカバカしいので、仕方なく入りましたよう。
そしたら、なんと千代田町のあの店に居たナナさんが居るではありませんか!
ナナさんは、インド生まれインド育ちなのに、日本語がうまいのですよう。
小百合さんと楽しそうに再会を喜び合っているではありませんか!

「ナナさん、いつパリに支店を出したの?」
「あらっ。。。デンマンさんもパリにやって来たのですか? パリのこのお店が本店で、日本の千代田町にあるお店の方が支店なのですわよう」
相変わらず愛嬌があって、ニコニコと笑顔を振りまいている様子は、インドの「愛の女神」かと思うほど、彼女の愛の精神が伝わってきますよう。

「デンマンさん。。。あの時は“激辛”を食べたのに、あまり辛くはないと言ってましたよね。 だから、今日は“超激辛”を食べてみてくださいな」
もう、こうなったら、“超激辛”でも、“めちゃ超激辛”でも、ナナさんの薦める物を何でも食べようと思いました。

その時、近くのテーブルで食べている女性二人が楽しそうに笑いながら僕を見ているのに気づいたのですよう。
なんと、ブルックリンのマリアさんと、カナダのマルサの女・ナンシーさんですよう。
いくらなんでも、これはできすぎているよ!

パリに千代田町のインドカレーの店があり、
しかも、ナナさんが居るのは偶然としても、
こともあろうに、ブルックリンのマリアさんが居るのは偶然にしてはできすぎている。
さらに、小百合さんがパリにやって来たのをかぎつけて、カナダのマルサの女・ナンシーさんまでがパリにやって来たなんて、絶対に信じられない。

「小百合さん。。。これは絶対に夢だよう! 夢か現実か?見極めるために、ちょっと僕のほっぺたをつねってみてよ」
僕は小百合さんに向かって、そう言ったのです。
「分かりましたわ」 小百合さんは、そう言うと思いっきり僕のほっぺたをつねったのですよう。んもお~~。。。
その痛さで目が覚めたと言う訳です。
うしししし。。。

考えてみたら、小百合さんにメールを書いてまで話すような夢ではなかったですよね。(爆笑)

でも、夢の中で小百合さんに会えてうれしかったですよう。
小百合さんも、軽井沢タリアセン夫人になりきって、たまには僕の夢でも見てね。
きゃはははは。。。

じゃあねぇ。
 


『パリの空の下で (2010年12月1日)』より

デンマンさん。。。去年のメールなどを持ち出してきて、何を始めるつもりなのですか?

あのねぇ~、たまたま上のメールを読んだのですよう。 急に懐かしくなってね。

懐かしくなったも何も、まだ1ヶ月ほど前のメールではありませんか!?

そうですよう。 でもねぇ、『小泉八雲と日本』を読んでいたら、偶然と言うには、ちょっと不思議なのだけれど、やっぱり音楽のことが出てきたのですよう。

それは、不思議でも何でもなくて、ただの偶然ですわ。

小百合さんは、まったく夢もロマンもないような味気ないことを言うのですね。

だってぇ~、夢のような事を書いてメールを寄越すのですもの。。。ちょっとうんざりしたというか、げっそりしましたわ。

そんな事はないでしょう。。。面白かったでしょう?

別に、それほど面白いとは思いませんでしたわ。 夢の話など、本人以外は、さして面白くないものですわ。。。それで、見慣れない『ミューズィック』などというタイトルを貼り付けて、デンマンさんは一体何を始めるのですか?

あのねぇ、すでに書いたように、最近、僕は『小泉八雲と日本』を読んでいるのですよ。

上のリストの中のどの本ですか?

13番ですよう。

でも、もうずいぶん前のリストですわ。

僕は、また借りてきたのですよう。

確かに、近頃、デンマンさんの記事の中に、その本からの引用が多いですわね。 デンマンさんは小泉八雲にハマッてしまったのですか?

最近読んだ本の中では、最も興味深い人物なのですよう。

どういうところが。。。?

日本人の女性と結婚して、しかも日本に帰化した。それも明治29(1896)年1月に帰化したのですよう。。。日清戦争が終わった翌年のことですよ。 外国人が日本に帰化して、現在、日本人の間で知られている人物は、おそらく小泉八雲以外に居ないのではないか? 小百合さんは小泉八雲以外の人物を知っていますか?

いいえ。。。知りませんわ。

当時は人種差別が当たり前のような時代だったから、日本人の女性と正式に結婚するだけでも変わり者と思われていたのに、白人とは文化的にも人種的にも一段も二段も低いと見なされていた日本人が住む日本に帰化するなんて例外中の例外だと思いますよ。

つまり、小泉八雲は仲間から村八分にされてしまったのですか?

実際に仲間から排斥されたわけではないけれど、それ以来、八雲の外国人仲間との交際範囲が急に狭くなったそうですよ。

八雲が、そういう“変人”だから、デンマンさんは逆に興味を持つのですか?

そうですよ。。。僕は人生の半分以上を海外で暮らしてきましたからね。 だから、小泉八雲の気持ちや考え方に共感する部分がかなりありますよう。

たとえば、どんなところですか?

共感するというより、まず感心するのは、当時、日本は西洋文化の全盛時代だったのに小泉八雲は人種差別を越えて、数段低いと見なされていた日本文化を見下すこともなく、日本人以上に日本人になってしまったところがあった。

たとえば。。。?

明治25(1892)年2月12日、八雲はチェンバレン氏に次のような手紙を書いているのですよ。

私が次のように申しあげるのをお聞きになったら、貴男はさぞ、ぞっとなさるでしょう。 つまり私には洗練された音楽的感覚というものが全然ないので、ワーグナーや知的な音楽を楽しみことが出来ないということです。 音楽的感覚というものは、勉強と機会によって徐々に習得されねばならないと聞いております。 これだけ申しあげてしまったのですから、もう少し申しあげましょう。

私は、日本人のプロの音楽、即ち、声楽を好きになれないのです。 私は、農民の震える声が、時々奇妙に絶叫するかのように破裂し、各所で途切れてメロディが小間切れになる、あの長く尾を引く哀調が好きなんです。 私は、これら歌の中には、非常に美しい、蝉や野鳥の歌さながらに、自然に思われる強烈なものを感じます。

(中略)

農民の歌には、庶民の心が感じられますが軍歌にはそれがありません。


232 – 233ページ 『小泉八雲と日本』
編著者:西野影四郎
2009年2月15日発行
発行所:株式会社 伊勢新聞社

この手紙に、八雲が日本人以上に日本人になってしまったところがあるのですか?

だってぇ、そうでしょう。。。とにかく明治時代になると文明開化で、日本的なものが見捨てられて、何でもかんでも西洋的なものを貴重なものとして受け入れていたのですよう。 チョンマゲは切るし、刀は駄目だということになり、猫もミーちゃんハーちゃんも西洋的なものを真似して着るようになった。 鹿鳴館などは、その最たるものですよう。 いわゆる日本の上流社会の人たちがドレスや燕尾服を着て社交ダンスを踊ったりした。 イギリスの大衆新聞などでは、日本人が猿真似していると馬鹿にしていた。

つまり、そのような西洋志向な風潮の中で八雲が農民の間で歌われている民謡に、素晴らしいものを感じていることに、デンマンさんは感動したのですか?

そうですよう。 日本人が日本の伝統的なものを捨てて、何でもかんでも西洋的なものを真似しようとしているときに、八雲は日本の素晴らしいものを見い出していた。

それは、外国人にとって日本の風物や伝統的なものが珍しいと思える程度のことではないのですか?

あのねぇ~、確かに外国人にとって日本の浮世絵とか民謡などは珍しいでしょう。 でもねぇ、同じ外人でも、たいていの人はチェンバレン氏のように考えていたようです。 彼は次のように書いてるのですよう。

もしミューズィックという美しい言葉を、東洋人が楽器をギーギー鳴らしたり、声をキーキー張り上げることまで意味するほど低下させて用いなければならぬとするならば、日本には神話時代から音楽が存在したと考えてもよい。

 (中略)

日本はいつの日にか、新しい第九交響曲を持って世界の人たちを魅了することがあるであろうか。 それとも、ただ俗悪な歌曲に沈溺して終わるであろうか。 著者はここに大胆な予想をするつもりはないが、期待されるところはきわめて少ないといわざるをえない。 イタリアの洗練された享楽主義も、ドイツ人の心からの誠実さも、スラヴ人の元気にあふれた感激性も、この国の人々の魂には根をおろそうとは思われないのである。


233ページ 『小泉八雲と日本』
編著者:西野影四郎
2009年2月15日発行
発行所:株式会社 伊勢新聞社

要するに、東洋音楽は、雑音以外の何ものでもない。 日本人には高尚な音楽は無縁だと言っているのです。

つまり、日本の音楽を理解する点でも八雲は例外中の例外だったとデンマンさんは信じているのですか?

そうですよう。 とにかく、たいていの外人が、日本の文化や日本人の知的レベルが西洋人、西洋文化と比べると数段低いと見下していたのですよう。

でも、文明開化で、西洋文化を吸収し、西洋に追いついて追い越せという日本人の熱意があったから、日本は昭和時代になって西洋社会と肩を並べて、やがて経済大国にもなったのでしょう?

そうです。。。僕が言いたいことは、日本には伝統的なものでも素晴らしいものがあった。 それにもかかわらず、西洋文化なら、何でも素晴らしいと思い込んで、日本的なものを何でも捨てて、西洋的なものを貪欲に吸収した。

でも、浮世絵などは、フランス人の画家などによって見出されたでしょう?

確かに、そうです。 でもねぇ、それは例外ですよう。 日本の音楽などは、チェンバレン氏が書いているように、楽器をギーギー鳴らしたり、声をキーキー張り上げたりする俗悪なものと考えられて、まったく無視されたようなものですよう。

だけど、民族的な音楽は特に理解するのが難しいのではありませんか?

うん、うん、うん。。。民族に特有な音楽。。。たとえば民謡などがありますよう。。。民謡の良さを日本人のように聞いて理解するのは難しいでしょうね。。。音楽は世界共通の言葉などではないと、かつて太田将宏さんも書いていました。

音楽は、世界共通の言語か?

音楽は、けっして、世界共通の言語などではない。
異なる時代にも亘る言語ですらなかった。
それでは、ヨーロッパ音楽の伝統とは、そもそも、いったい何であったのだろうか。

小澤征爾が言っていたことであるが、彼が若い頃、東洋人がヨーロッパの音楽をする意味、可能性について問われたとき
(そういうことを聞く田舎者が
 世界のどこにもいるものである。)、
音楽は、世界の共通の言語であるからと、
(当たり障り無く)返事をしていたところが、近頃では、
何か自分が壮大な実験をしているのではないか、と思うようになってきたそうである。

壮大な実験、これは、彼だけのことではないであろう。
ようやく我々が西洋音楽を扱うことに関して
欧米(を超える)水準に達した今日の、この倦怠は何であろう。
かといっても、我々が邦楽に戻るなどとは、
一般的にいって、非現実的であり、できない相談である。
バスク語を話せ、と言われた方が、まだしも抵抗が少ないのではないか。

(中略)

いつだったか、小澤征爾と H.V.Karajanの指揮する M.Ravel の “Bolero” を聞き比べたことがあった。
小澤の演奏は、英語で言う too square であったが、Karajanのそれは、なんとも sexyで妖艶ですらあった。
フランス人でもないのに。
やはり、小澤のような指揮者でさえ日本人では及びがたいところが今なおある。

(中略)

わたしは、何々至上主義、といったものが嫌いである。
例えば、恋愛至上主義。
大体、恋愛感情などというものは、ある年頃の男女が肉体に触発された心理現象にすぎないのではないか。
そもそも、成熟した夫婦が、夫婦であるのにもかかわらずに仲が良い、などというのは、どこか異常ではないか。
長い間、生活を共にしていて、まだ互いにsexualityを感じたとしたならば、それは近親相姦に近くはないか。

J.S.Bach は、
前妻、後妻と共に仲が良かった様子であるので、
私はここを書いていて、少し、困っているが。

芸術至上主義も同じ。
人生は芸術を演出する時空ではない。

(注: イラストはデンマンが貼り付けました。改行を加えて読みやすくしてあります。)


pages 5 & 6
『間奏曲集 (主題なき変奏) その2』 
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年6月


『お願い、骨まで愛して』に掲載
(2006年10月15日)

でもねぇ、すべての人々とは言わないけれど、八雲のような、ある一部の人にとっては、民族特有の民謡といえども理解できるのですよう。

どうして、デンマンさんに、それが分かるのですか?

あのねぇ~、僕は音楽が専門ではない。 また、音楽は好きだけれど、クラシックは苦手ですよう。 さらに、八雲のように洗練された音楽的感覚というものがないので、ワーグナーやほとんどのクラシックを素直に楽しむことが出来ないのですよう。 でもねぇ、次の文章を読むと八雲が日本の民謡を理解できる素養や感性があったことが、僕にも理解できるのですよう。

神戸で、盲目の門(かど)つけが八雲邸で三味線を弾きながら唄を歌うが、その時に、

「醜い不恰好(ぶかっこう)の唇から奇蹟のような声、即ち、心にしみ通るような甘さをもった若く、深味のある、名状しがたいほどの感動を与える声が、さざ波を打って迸(ほとばし)り出た。一見物人は、『女か、それとも森の妖精か』とたずねた。 だが彼女は、ただの女だ。 恐らく西洋の音譜には書かれていない、非常に細かい節(ふし)で、セミや藪(やぶ)うぐいすから習った声で歌った。 そして彼女が歌っていると、聞いている人々は黙って泣きはじめた。 私には言葉の意味は、はっきり分からなかった。 だが私は、日本の生活の悲しみや、苦しみが彼女の声とともに私の心の中に入り込んでくるのを感じた。 それは決してこの世にはない何物かを悲し気に求めているものであった」

と述べて、名もなき流しの唄歌いの旋律に、人間自然の原点とも言うべき真・美を見出している。

民俗音楽については、八雲はチェンバレンより一歩先を歩いていた。 在米当時、既にこの道のエキスパートであった。 音楽評論家クレイビールと一緒に、世界の民族音楽を収集したり、西インド諸島でも採集した民謡を、『西インド諸島の2年間』に掲載している。 ニューオリンズ万博時、出版した案内書にも、クレオールのリトル・ソングが書かれている。

 (中略)

またチェンバレンは、八雲が文中に日本語の感嘆詞「アラッ」や、擬声語の「ピチャ、ピチャ」、その他日本人の生活感覚を表現する言葉「甚よ、甚よ!こっちへ来い こっちへ来い」 「あのね!卵はありませんか」などを、ローマ字化することに批判的だったが、これはハーンが日本語でなければ日本人の感覚が伝わらぬものとして使ったものだった。 かくて対立は年の経過と共に深まる。


234 – 235ページ 『小泉八雲と日本』
編著者:西野影四郎
2009年2月15日発行
発行所:株式会社 伊勢新聞社

つまり、デンマンさんにも八雲のように民謡を理解できる素養や感性があると、言いたいのですか?

うしししし。。。小百合さんが僕の言いたいことを言ってくれましたよ。 そうですよう。 僕はかつて記事の中で次のように書いたことがあるのですよう。

クラシックというのは当然の事ですが大衆音楽ではないですよね。
では大衆音楽というのはどのようなものなのか?
まず民謡があげられるでしょうね。

つまり文字通り英語で訳せば“folk song”ということになりますよね。
“民の歌”です。

でも、“歌”と“謡”の違いとは?
歌はあなたにも分かりきっていますよね。
歌謡曲の“歌”です。
でも、この“歌謡曲”の中にも“謡”が含まれています。

この“謡”とはいったい何なのか?
実は僕も詳しく知りません。
“謡”と聞いて、すぐに連想したのがテレビの大河ドラマで見たシーンです。

織田信長が桶狭間の合戦に出陣する前に、
例の“人間~♪~五十年~♪~。。。”と歌いだして踊るあの謡曲のことでした。
これを歌い終わるや、死を覚悟して奇襲に望むというものでした。
現在の我々には、あまり縁のない、あの唸(うな)るように歌う謡曲です。

ちょっとネットで調べたら次のように説明されていました。

謡とは。。。
歌舞劇である「能」のセリフとコーラス部分を独自の節に合わせて歌うもので、古くから稽古事として人気を博しています。


『1から始める謡』より

つまり、「能」のセリフとコーラス部分を独自の節に合わせて歌うものの事です。

つまり民謡とは、民話や当時の事件や出来事を物語風にして独自の節に合わせて歌うもののようです。

では、クラシックとは何だろう?

ここで、太田将宏さんの本から引用します。

そもそも、昔は、作曲された音楽はorder-madeであったのだ。
それが不特定多数の市民が対象とされるようになって、音楽はprêt à porterとなった。
作曲と演奏が分離、分業になったのは、このころではなかったか。
その方が生産、販売共に効率が良かったのであろう。

現代では、音楽は大量生産され有料、無料で配布されている。
身尺に合わないready-madeのお仕着せに、どのような音楽を聴いてもambivalentな気持ちがするのは、私だけではあるまい。

それはまた、一つ一つの製品に限った話ではない。
私は、演奏会や音楽会を提供する側、製品に付加価値をつけようとする側のarrangement、

つまりprogrameについても同様に感じる故に、めったに演奏会場に足をはこばないのである。
そうした違和感は、皮肉なことではあるが、自分で選択した音楽を、自分で配列した順序でレコードで聴けば、幾分かは軽減される事に私は気がついた。
それ以上を求めるのならば、自作自演をして、つまり自分で作曲をして自分で演奏して自分で耳を傾けるしか手が無いであろう。

私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、昔の民衆の創造性が信じられる。
しかし、私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない。
この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えない、という気持ちである。
だから、私は久しくPacific231に対しても反感すら持っていた。

Arthur Honegger (1892-1955)自身はこの作品について、彼はこの曲で内燃機関の騒音を模倣しようとしたのではなく、むしろ視覚的印象や身体的快感を表現した、と語っていた。


page 69
『前奏曲集 作品1の1』
(あるアマチュアの覚書)
著者: 太田将宏

つまり、クラシックというのは、
昔、ヨーロッパのお金持ちの貴族や王族が
お抱え“音楽士”に作らせた曲だったわけですよね。
当然の事ですが、その“音楽士”は注文してくれた紳士の好みに合った曲を作るはずです。

要するに大衆向けの曲を作るのではなく、
その注文主の好みに合った、趣味に合った、感性に合った曲を作る。
まさに、order-madeだったわけでしょうね。

だから、ある人のorder-madeの服を僕が身につけた場合、袖が長すぎたり、襟首が窮屈だったりしますよね。
僕は、このことを考えた時に、どうしてクラシックが僕のオツムの中に感覚的にすっきりと入ってこなかったのかが理解できたよう気がしました。

要するに、クラシックとはヨーロッパの貴族の感覚と好みに合わせて作った服のようなものです。
そんな服を僕が着たとて身尺に合わないことなど分かりきっていますよね。
まずダブダブだろうと思います。
江戸時代に和服だけしか来たことがない日本人が初めて洋服を身に着けるようなものですよ。

ところが、日本人の中には、いかにもクラシックが分かっているような気になって“高尚な気分”に浸(ひた)っている“文化的田舎者”がたくさん居るように思います。
たとえば、ウィーン・フィルハーモ二ーが演奏するモーツァルトの曲の演奏会が東京オペラシティコンサートホールであるとします。
2万円の特別席を予約した。

何のためか?

この特別席を予約した28才の山田太郎君は26才の花子さんに自分の“文化的な面”を印象付けるために4万円を支払ったのです。
つまり、4万円のデートです。

太郎君はモーツアルトが分かっているわけでもない。
クラシックを聴くなんて1年に1度か2度です。
それも、たまたまテレビでやっていたベートンベンの第五を見るようなものです。
最後まで見ないで途中でサッカーの実況放送にチャンネルを切り替えてしまいました。

花子さんだって、モーツアルトが分かっているわけじゃない。
でも、モーツアルトの名前には、いかにも“文化的な香り”が漂っている。
演奏会に行くなんて花子さんには経験が無い!
しかも、モーツァルトの曲を世界でも有名なウィーン・フィルハーモ二ーが演奏する。
東京オペラシティコンサートホールへ行くなんてカッコイイ。
しかも、モーツァルトという名前が“高尚”である。

最高級のGUCCIの香水をつけるような、なんとも言えない文化的な香りが漂っている。

もちろん、それが太郎君の思惑(おもわく)なのです。
そうやって、太郎君が花子さんとのデートを演出したわけです。
つまり、たくさんの人が東京オペラシティコンサートホールへ高い入場料を払って聴きに行った。
しかし、そのうちの一体何人が本当にクラシックを理解して聴きに行ったのか?

たぶん、80%の入場者は太郎君のような“下心”を持って相手を誘って出かけて行ったのではないでしょうか?
腹の中では、音楽なんかどうでも良いと思っているのですよね。
うへへへへ。。。

こういう考え方をするのは、僕がクラシックが分からないので、ひがんでいるのでしょうか?
それで、このような心の曲がったことを書いているのでしょうか?
あなたはどう思いますか?

ところで、演奏会で思い出しましたよ。
僕にも似たような思い出があるのです。
でも、状況はまったく違うものでした。
誘ったのは僕の方ではなく、女性から誘われたのです。うへへへへ。。。。

。。。と言っても、鼻の下を伸ばすような話ではないんですよ。残念ながら。。。

当時、ぼくは“ナショナルソフト”という
松下通信工業が100%出資していたソフトウェアの子会社で働いていました。
日本が経済大国に向かって伸びている時だったので、ソフトウェア業界は人手不足でした。

そのようなわけで、僕はその会社にストレートで引きぬかれて、“無試験”で松下産業の正社員となり、
出向で松下通信工業に配属され、
そのまた出向でナショナルソフトに出向いて働いていたのです。
この“ナショナルソフト”は間もなく“パナファコム”に吸収合併されてなくなりますが。。。

僕を誘った女性は松島優子(仮名)さんでした。
僕よりも1年前に入社した早稲田大学の理工学部数学科を卒業した人でした。
どちらかと言えば目立たない地味な人でした。
“お友達と一緒に見に行くつもりが、急に行けなくなったのだけれど、一緒に行きませんか?”
当日そのように言われたんですよ。

もちろん、僕が“お目当て”で、そのような手の込んだことをする人か?と言えば、決してそのようなレンゲさんタイプの女性ではないんですよ。
確か神奈川県民ホールだったと思います。
当時そのホールはできて間もなかったと思います。
海岸通りにありました。
今、ネットで調べたら次のように出ていました。

神奈川県民ホールは1975年に全国屈指の大型文化施設として、県立音楽堂は1954年、日本初の本格的音楽専用ホールとして誕生。
以来国際レベルの音楽や舞台芸術など、多彩なプログラムを提供しております。

間違いなく、県民ホールです。
ただ、ハンガリー国立フィルハーモ二ーだったか?
ウィーン・フィルハーモ二ーだったか?
とにかく有名な交響楽団で指揮者も有名な人だったですよ。
カラヤンだったろうか?
調べてみたけれど、そこまでは分かりませんでした。

僕はクラシックにハマッテいたわけではありません。
でも(2006年)6月13に日に書いた記事(『ん? クラシック興味ある?』)の中で述べたように、クラシックとまったく無縁であったわけでもありません。
有名なフィルハーモニーの演奏を聴きに行くと言うよりも、
優子さんに誘われたと言うことが僕には“衝撃的”なことだった。
仕事が終わる頃に誘われたのでした。
彼女の方が1年先輩のわけですし、それまで親しく話しをしたと言うわけでもない。
でも、優子さんにまったく関心が無かったか。。。?と言えば、やはり関心がありましたよね。

当時、同期に入社した女性が3人居ました。
東京学芸大学を出た良子(仮名)さん、
学習院を出た淳子(仮名)さん、
それに横浜国立大を出た小百合(仮名)さん。
この中で最も僕と気が合って、よく話をしたのは良子さんでした。

この3人は、どちらかと言えば、まだ子供っぽいところがあって、僕もけっこう馬鹿やるほうですから、面白おかしく楽しくやっていましたよね。
でも、優子さんは1年先輩だと言うだけなのに、“お姉さん”という印象を与える人でした。
とっつきにくいと言うわけではない。
でも、ベラベラ話をすることもないし、
ゲラゲラ笑うことも無く、おっとりとして、地味で静かな人でした。

そういう人から誘われたわけですよね。やっぱり、意外というか。。。

“ん? 僕とですか。。。?”
“ええ、他に用事でも。。。?”
“いや、別に。。。”

そういうわけで、その日残業もせずに優子さんと東横線の綱島駅から出かけたわけです。
でも、無料の残業食は松下通信工業のカフェテリアで食べてから出かけたように記憶しています。

。。。で、あまり話をしない人かと思っていたけれど、話し始めれば、優子さんはいろいろと話題の豊富な人でした。
話をしていても、話題に事欠かなかったし、きまづい沈黙などまったくありませんでしたね。

でも不思議なことに音楽のことはほとんど話さなかったですね。
意識して話さなかったわけではなく、話題が音楽とは関わりの無い方向に行っていたと言うことです。
優子さんが常に“お姉さん”のように、おっとりと構えていたので僕も気楽に話をすることができました。
その時の曲目が何であったのか、まったく記憶にありません。
そういうわけですから、曲を聴いた感動もまったく無い!
きれいサッパリ音楽の思い出はまったく無いんですよね。
今、振り返ってみても、自分で馬鹿らしくなるほど、音楽の記憶がまったく無い!

自分でチケットを買って行くのなら、音楽を聴きに行くと言うつもりにもなったのでしょうが、誘われて音楽を聴きに行く。
はっきり言って、当時僕にとってクラシックなんてどうでも良かったですからね。

なぜ、出かける気になったのか?
意外にも優子さんに誘われたと言うことと、この人ってどういう人なんだろうか?
それだけが動機だったと言っていいのです。

ただはっきりと記憶に残っているのは、演奏会が終わった後、僕は夜食をとろうと言い出して彼女を誘ったのです。
それまで、僕は1円も出していませんでしたから、
お礼を兼ねて食事でも。。。というつもりでした。
当時、僕は松下通信工業の男子寮に居ました。
門限は12時ですが、僕の部屋は1階にありましたから12時を過ぎても問題は無いんですよ。
窓から入れますから。。。

彼女は自宅から通っていました。
つまり、両親の家から通っていました。
“もう、遅いから家に帰りますわ。また別の機会に。。。”
良家の子女の“たしなみ”。。。
そういう事が、ごく普通に守られていた時代だったんですよね。

もちろん、食事をしてから温泉マークに行くことなど僕は考えてもいませんでしたよ。
そういう考え方が全くオツムに思い浮かばなかったのか?
それは考えとしてそういうこともあるよなあああ~。。。とは思いましたよ。
しかし、考えることと、実際に行動を起こすこととは、全く次元の違う話です。

あなたと僕が思うことをすべて実行にうつしただけでも、この地球上は私生児であふれかえってしまいますからね。

優子さんと個人的に話したことは、それが初めで最後でした。
僕は間もなく会社をやめて海外に出てゆきましたから。。。
“別の機会”は、あれから20年以上になりますが、まだありません。

上の記事の中で書いた恵美子さんの場合もそうですが、僕と音楽との思い出には必ずと言っていいほど女性がつきものなんですよ。
ところが、なぜか最初で最後。。。と言うことになっているケースがほとんどなんですよね。
女性と音楽。。。
ロマンの題材としては面白いのですが、
音楽に関する限り、女性がつきものであるにもかかわらず僕には女性との縁が無いのです。

なぜこのようなことを書く気になったのか?
それは、僕とクラシックの関係を象徴しているように思えたからです。
それを敷衍(ふえん)すれば、クラシックと民謡の関係もうまく説明できるのではないのか?

私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、昔の民衆の創造性が信じられる。
しかし、私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない。

ここで僕は、上の太田さんの言葉をもう一度噛み締めてみたのです。

僕は(2006年)6月13に日に書いた記事(『ん? クラシック興味ある?』)の中で次のように述べました。

“たかが音楽、されど音楽、

 それ以上でも以下でもない。”

。。。だと、僕も思いますね。
音楽は人生でもない。
人生は音楽でもない。
されど音楽、それ以上でも以下でもない。

ここで、もう一度恵美子さんに登場してもらいますが、
僕は、クラシックが何たるものか?と分からないうちに恵美子さんが演奏した“乙女の祈り”を聴いて感動したんです。
もちろん、可愛いと思っていた恵美子さんが弾いたから、中学生の僕は、なおいっそう感動したのです。

僕がピアノを独習で習い始めたのは、この経験があったからで、それがクラシックであったからではないのです。
いづれにしても、一つの曲がある人物によって演奏された事で僕に感動を引き起こした。
その感動が、僕をピアノに近づけさせた。
恵美子さんに会いたいからピアノを弾き始めたわけじゃない。
なぜなら、恵美子さんに会ったのはあの時が初めで最後。
僕の演奏を聴いてもらった事で僕の“片思い”は完結したのです。
でも、それからも、僕は時々“乙女の祈り”を弾いたものでした。

あの感動を自分のものにしたいから。。。

しかし、今の僕はすっかり忘れていて、この曲を弾く事さえできないんですよね。
あれだけハマッた“乙女の祈り”だったのに。。。

つまり僕にとって。。。
音楽は人生でもない。
人生は音楽でもない。
されど音楽、それ以上でも以下でもない。

現在、“乙女の祈り”を聞いてもジーンとこないのですよ。懐かしいとは思いますが。。。
しかし、“津軽じょんがら節”を津軽三味線で聴く時、僕の魂はゆさぶられます。


『ん? クラシック興味ある?』より

あれだけハマッタ“乙女の祈り”を聞いてもジーンとこないのに、“津軽じょんがら節”を津軽三味線で聴く時、僕の魂はゆさぶられる。
なぜなのか?
“昔の民衆の創造性”とは、具体的にどのようなものなのか?

その答えを見出すために、僕は“津軽じょんがら節”の成り立ちを遡(さかのぼ)って行ったのです。

津軽じょんがら節は津軽民謡の代名詞のようなものですが、
元は新潟・十日町市の「新保広大寺」という唄だと言われています。

これは広大寺の和尚・白岩亮端の時代に起きた農地の耕作権をめぐる土地争いが原因で、広大寺の和尚を追い出すために歌った「悪口唄」でした。
それが越後で大流行し、やがて越後瞽女(ごぜ)のレパートリーとなります。
これが全国に流行するのですが、それが津軽化したものが「じょんがら節」です。

津軽でも民衆の心に長く記憶される事件が起こりました。
慶長2(1597)年、南津軽郡浅瀬石城主・千徳政氏が、大浦為信に滅ぼされたのです。
しかし、政氏の死後も為信は追討をやめず、ついに政氏の墓まで暴こうとします。

その戦いで炎上した千徳氏の菩提寺・神宗寺の僧・常椽(じょうえん)は、それを抗議する意味をこめて本尊を背負って、上川原に身を投げたと言います。
すさまじい話なんですよね。
こうした悲劇を歌った口説節が、じょんがら節であると言います。

つまり、民衆の中から沸き起こった歌なんですよね。
11代にわたって津軽の東の山根に繁栄した千徳家が滅亡。
落城とともに神社・仏閣がすべて焼き払われる。

この時千徳家代々の菩提寺である神宗寺に奉仕していた常椽和尚が、先祖代々の位牌を背負って逃げた。
ところが、捕らえられそうになったので白岩の断崖から浅瀬石川(上川原)に身を投じて一生を終えたのです。

年を経た夏に、川原で遊んでいた子供達が常椽和尚の変わり果てた遺体を砂の中にみつけ、村人が相談して墓をつくり、ねんごろに弔ったと言われています。
その後、その場所を常椽川原(じょうえんがわら)と呼ぶようになったそうです。
それから毎年、お盆には常椽川原に集まり供養をし、代々の城主をはじめ先祖の霊を慰め、常椽和尚を偲ぶために即興で歌われたのが「津軽じょんがら節」の始まりだと言われています。

常椽川原もいつしか上川原(じょうがわら)となり、更には「じょんがら」と言われるようになったわけです。

つまり、“民衆の創造性”から生まれた唄というものは、もともとのクラシックのようにorder-madeではなかったのですよね。
民衆の中から沸き起こった歌。
血と汗と涙。。。
そのような苦労の中で民衆の口により歌い継がれて現在の我々にまで知られるようになった。

現在の僕が、あれだけハマッタ“乙女の祈り”を聞いてもジーンとこないのに、“津軽じょんがら節”を津軽三味線で聴く時、僕の魂はゆさぶられる。
それは、やはり、この唄が血と汗と涙の中で民衆によって受け継がれてきたからではないのか?

芸能プロダクションがミーハーの歌手を育てて広めたわけでもない。
そうやって金儲けをするために歌われてきたわけではない。
テレビやラジオで宣伝して広めたわけでもない。
演奏会や、音楽会を開いて広めたわけでもない。
紅白歌合戦があったわけでもない。
レコード会社が儲かるからと言ってレコードに録音したわけでもない。

私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、昔の民衆の創造性が信じられる。
しかし、私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない。
この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えない、という気持ちである。

つまり、太田さんが言うところのこの汚染されきった世界こそ、すぐ上に書いた芸能プロダクションであり、
テレビやラジオの功利主義であり、
演奏会や音楽会の商業主義であり、
紅白歌合戦と言う馬鹿騒ぎであり、
レコード会社の儲け主義ではないだろうか?

僕が“津軽じょんがら節”を聴いて魂をゆさぶられるのは、“民衆の創造性”に僕の心の琴線が触れたからだと僕は信じています。

本尊を背負って、上川原に身を投げた常椽(じょうえん)和尚の無念な気持ち。
その和尚に同情を寄せる村人たち。
その中で和尚を悼(いた)み偲ぶ唄が生まれ、その悲劇と共に民衆に歌い継がれてゆく。
僕は、このような悲劇のことは何も知らない。
しかし、その悲劇性と、農民の気持ちが、この歌の響きの中に、旋律の中に込められている。
そして、その唄が津軽三味線で奏(かな)でられるとき、僕の魂をゆさぶる。

そういうことだと思うのですが。。。
あなたはどう思いますか?

次のリンクをクリックして、“津軽じょんがら節”を聴いてみてください。

『津軽じょんがら節』

では。。。


『ん? クラシックと津軽じょんがら節?』より
(2006年7月9日)

デンマンさん。。。それらしい事を長々と引用していますけれど、結局、優子さんにコンサートに誘われたことを書きたかったのでしょう?

あれっ。。。やだなあああァ~。。。小百合さんまでが、レンゲさんのように僻(ひが)むのですか?

いいえ。。。別に僻んでいるわけではありませんわ。

僕は、ただ、八雲のように民謡を充分に理解できる素養と感性があることを言いたかったまでですよ。 うへへへへへ。。。

ただ気になることがひとつありますわ。

なんですか?

横浜国立大学を卒業した小百合さんが出てくるでしょう。。。どうして他の名前にしなかったのですか? 私と混同されてしまいますわ。

あのねぇ~、上の記事は2006年に書いたのですよう。 当時、『小百合物語』を書くつもりはなかったから、何の気なしに小百合という仮名にしたのですよう。

デンマンさんもサユリストなのですか?

いや、サユリストはサユリストでも『小百合物語』を愛するサユリストですよう。 思い返してみれば、ずっと以前から無意識のうちに『小百合物語』を書きたいと思う気持ちが潜んでいたのかもしれませんね。 うしししし。。。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
小百合さんが呆れていますわよう。
日本人であれば、日本の民謡を理解できる素養も感性もあるのでござ~♪~ますわ。
あなただって持っているでしょう?

ええっ。。。?
あなたには『津軽じょんがら節』のような日本の民謡を理解する素養も感性もないの?
どうしてよう?
ビートルズやローリングストーンズの方がいいのォ~?

あたくしも、実は、ジョンレノンの熱狂的なファンなのでござ~♪~ますわよう。
うふふふふふ。。。


 
 
キャ~ ビートルズ!
 
 
すてきィ~♪~!

 
 
そうよねぇ。 日本の民謡って、かな~♪~りダサいところがありますわよね。
そうですわ。。。そうですわよう。。。
やっぱり、ビートルズはいいのですわよう。
うふふふふ。。。

とにかく、次回も興味深い話題になるはずですわ。
だから、あなたもどうか読みに戻ってきてくださいませぇ。
じゃあねぇ~。。。

 
メチャ面白い、

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こんにちはジューンです。

文明開化のお話が出てきました。

愛(いと)しいという言葉は昔にもあったようですが、

愛(あい)すると言う用法はなかったようです。

日本では“恋しい”という言葉を使っていたのです。

英語圏でしばしば使われる

I love you. という言い方は

明治時代の文明開化の時に

イギリスからその概念“love(愛)”

を輸入したそうです。

だから、今でも愛を告白する時に、

日本人の男性は

次のように言うと思います。

「僕は君が好きだよ」

「僕はきみに惚れてしまったんだ」

「僕はきみに恋してしまったようだよう」

デンマンさんに尋ねたら、日本で暮らしている頃、

女性に対して「好きだ」と言ったことはあるけれど、

「愛している」といった事は一度もなかったそうです。

あなたはどうですか?

ところで、デンマンさんがレンゲさんの記事を集めて

一つにまとめました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『最近のレンゲ物語 特集』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

じょんば

2010年5月29日

 
ん?じょんば?

おほほほほ。。。。

卑弥子でご

ざ~♪~ますわよゥ~

あなたにお会いしたくて

また出てきて

しまったのよォ~。

ええっ?あたくしと、

そう度々会いたく

ないのォ~?

んも~~

そんな、冷たいことを

言わないで頂戴よ!

あたくしは、あなたに

お会いしたいので

ござ~♪~ますのよォ~

ええっ?そんなことよりも

じょんばって何か?早く説明しろ!

そう、おっしゃるのですかぁ~?

冷たいお方ぁ~~

分かりましたわ。うふふふふ。。。

そのために出て参りましたのですから

説明しますわよう。

実は“じょんば”って小樽方言なんでござ~♪~ますのよ。
あなた、聞いた事が無いでしょう?
もちろん、あたくしだって耳にした事が無いのでござ~♪~ますわぁ。

だから、分かり易く説明するために、
あなたにクイズを作りましたのよ。

次の中から使い方が最もふさわしいと思うものを選んでくださいましね。

1) じょんばに追いかけられちゃったわ。

2) このじょんば、軽くて使いやすいのよ。

3) じょんばすると、お巡りさんに捕まるわよ。

4) じょんば言って笑わせないでね。

5) じょんばしないで。。。恥ずかしいわぁ~。

分かりましたか?

実は「じょんば」とは「雪かきに使うスコップ」という意味なんですのよ。
小樽以外でも、北海道の日本海側で使われるそうです。
じょんばも昔は重たいものが多かったそうですが、最近は軽いプラスチック製のものが多いと言うことでござ~♪~ますわ。

そう言う訳で、このように楽々と雪かきができるようになったのですわ。
ええっ?雪が白くないって。。。?
スモッグで汚れているのですわよ。
おほほほほ。。。

あたくしは“じょんば”という語感というか、響きから“冗談”の事だと思って、4番を選んでしまいましたわ。
あなたは、どうでしたか?

ところで、この冬の小樽は、年末年始にほとんど雪の無い奇妙な日々だったそうですわね。
これも、暖冬異変の影響でしょうか?
でも、こういう時って、思わぬときに“どか雪”が降る事がありますわよね。
小樽地方の人、気をつけてくださいましね。

小樽と言えば、文学少女だったあたくしは小林多喜二を思い出すのでござ~♪~ますのよ。
あなたは、あの名作『蟹工船』を読みましたか?

小林 多喜二

1903年10月13日 – 1933年2月20日

日本のプロレタリア文学の代表的な作家・小説家。
秋田県北秋田郡下川沿村(現大館市)生まれ。

4歳の時に小樽に移住。
生活は豊かではなかったが、
伯父からの学資を受け小樽商業学校から小樽高等商業学校へ進学。
在学中から創作に親しみ、文芸誌への投稿や、校友会誌の編集委員となってみずからも作品を発表するなど、文学活動に積極的にとりくんだ。

小樽高商の下級生に伊藤整がおり、また同校教授であった大熊信行の教えを受ける。
この前後から、自家の窮迫した境遇や、当時の深刻な不況から来る社会不安などの影響で労働運動への参加を始めている。

卒業後、北海道拓殖銀行小樽支店に勤務。
この頃、悲惨な境遇にあった恋人田口タキを救う。
1928年の総選挙のときに、北海道1区から立候補した山本懸蔵の選挙運動を手伝い、羊蹄山のふもとの村に応援演説に行く。
この経験がのちの作品「東倶知安行」に生かされている。
同年に起きた三・一五事件を題材に「一九二八年三月十五日」を『戦旗』に発表。
作品中の特別高等警察による拷問の描写が特高の憤激を買う。
後年の拷問へとつながる。

翌1929年に「蟹工船」を『戦旗』に発表し、一躍プロレタリア文学の旗手として注目を集めたが、同時に警察からも要注意人物としてマークされ始める。
同年、『中央公論』に発表した「不在地主」が原因で銀行を解職され、翌年春に上京。
日本プロレタリア作家同盟書記長となる。

1930年5月23日、大阪で日本共産党へ財政援助の嫌疑で逮捕され、額に傷が残るほどの激しい拷問を受けたが、 6月7日、いったん釈放された。
しかし、24日に帰京後、作家の立野信之方でふたたび逮捕され、7月、「蟹工船」の件で不敬罪の追起訴をうける。
8月、治安維持法で起訴、豊多摩刑務所に収容された。

1931年1月22日、保釈出獄。そのあと神奈川県七沢温泉にこもり、英気を養う。
1931年10月、非合法の日本共産党に入党し、11月上旬、奈良の志賀直哉邸を訪ねる。
1932年春の文化分野への大弾圧を機会に、地下活動に追いやられる。
8月下旬、みずからの地下生活の体験を元に「党生活者」を執筆。

1933年2月20日、内通者により赤坂の連絡場所で特高に逮捕される。
同日築地署内において凄惨な拷問を受け皮膚呼吸が不可能となるまでに全身が殴打されて腫れ上がり、獄中死した。
この拷問では縄で縛り上げて宙にぶら下げる「飛行機モノ」もされている。
中央公論編集部は、多喜二から預かったまま掲載をためらっていた「党生活者」の原稿を「転換時代」という仮題で『中央公論』(1933年4-5月号)に、遺作として発表した。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ひどいことをして、有能な人物を殺してしまったものでござ~♪~ますわね。
このことだけを考えてみても、太平洋戦争に突き進んでいた1930年代と言うのは
自由のない悲惨な時代でござ~♪~ましたわよね。

あの“特高”という化け物は、泣く子も黙ると言われたほどのすさまじい事をしたのでござ~♪~ますわ。
あたくしは女性の身なので、その当時、共産党の活動家とみなされて拷問を受けた女性の事を調べた事があったのですけれど、
たいていの女性が、拷問を受けて精神に異常をきたして廃人のようになって余生をすごしたと言う事例を何例も見ました。
あのような時代が再び来ないことを祈りたいものでござ~♪~ますわ。
あなただって、そう思うでござ~♪~ますでしょう?

蟹工船(かにこうせん)は、1929年に小林多喜二が発表した小説ですわ。
もちろんあなたは読んだ事が無いわよね?うふふふふ。。。
あたくしですか?
読みましたわよ。
読まずに、このような事を書く気になりませんわよ。

ワリィ~事ぁ~言わないから、あなたも一生に一度ぐらい『蟹工船』をじっくり読んでみてくださいましね。
いわゆるプロレタリア文学の代表的佳作と言われているのですわよ。
国際的にも評価されて各国語に翻訳されていますわ。

分かるでしょう?
あなたも、自分が国際人だと思っていたら、これは must-read book でござ~♪~ますわよ。

ええっ? どんな内容なのかって。。。?

この小説には特定の主人公が居ないのですわよ。
蟹工船で酷使される貧しい労働者達が群像として描かれているのですわ。
カムチャツカの沖で蟹を獲りそれを缶詰にまで加工する蟹工船「博光丸」が舞台ですのよ。
そこは、出稼ぎ労働者を安い賃金で酷使し、高価な蟹の缶詰を生産する海上の閉鎖空間です。
彼らは自分達の労働の結果、高価な製品を生み出しているにも関わらず、蟹工船の持ち主である大会社の資本家達に不当に搾取される、というお話ですわ。
情け知らずの監督者・浅川は労働者たちを人間扱いせず、彼らを酷使するのですわよ。
そう言う訳で、労働者たちは過労や病気で倒れてゆくのでござ~♪~ますわ。

初めのうちは仕方がないとあきらめる者もあったのです。
でも、やがて労働者たちは、人間的な待遇を求めて指導者のもとに団結して、ストライキに踏み切るのでござ~♪~ますわ。
しかし、経営者側の浅川たちがこの事態を容認するはずもなく、帝国海軍が介入して指導者達は検挙されるのです。
国民を守ってくれるものと信じていた軍が資本家の側についた事で目覚めた労働者たちは再び闘争に立ち上がってゆくのですわよ。

このような事を書いたものですから、小林多喜二は“特高”に目の敵にされたのですわ。
それで、過酷な拷問を受けて獄死したのでござ~♪~ますのよ。
お分かりになりましたでしょうか?

狂ったような時代でしたわよね。
あなただって、そう思うでしょう?
でも、現在の日本だって、50歩100歩のようなところがございますわよね。
おほほほほ。。。
でも、拷問死がないだけマシですわ。

それだけはあたくしも認めておりますわ。

このような悲惨でいやな事は、あたくしもあまり書きたくないのですわよ。
でもね、小樽方言を書いていたら、ついつい小林多喜二のことを思い出してしまいましたわ。

ところで、あたくしも、なんだか古(いにしえ)の平安言葉が懐かしくなりましたわぁ~~

あなたも、久しぶりにふるさとに戻ってみては。。。?

日本で旅をするのは高くつくんですのよねぇ~。
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もちろん、デンマンさんが、そうおっしゃっていたのですのよ。

でもね、日本にだって、安いところもあるのですわよ。
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おほほほほ。。。。

また現れて、

くどいようでござ~♪~ますけれど。。。

あたくしも平安の昔に戻って

懐かしい京都に行ってみたいので

ござ~♪~ますのよ。

京都の訛りが懐かしいわあああ~~

でもね、デンマンさんが生まれ育った

行田にも行きたいのですわよ。

ええっ?どうしてかって?

それはね、デンマンさんは

もちろんですけれど、

あたくしにとって行田とは

切っても切れない縁が

あるのでござ~♪~ますのよ。

どうしてだか、お分かりになりますか?

行田は古代ハスの

ふるさとなのでござ~♪~ますのよ。

きれいでしょう?

あたくしの初恋の花でござ~♪~ますのよ。

ええっ?そんな事はどうでもいいから、

何か面白い話をしろ!

あなたは、そのような事をあたくしに

強要するのでござ~♪~ますか?

まるで“特高”のようでござ~♪~ますわねぇ。

分かりましたわぁ~。

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あなたも、せいぜい笑って

ルンルン気分になってね。

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。

おしょす

2010年5月21日

 
ん?おしょす?

おほほほほ。。。。

卑弥子でご

ざ~♪~ますわよゥ~

あなたにお会いしたくて

また出てきて

しまったのよォ~。

ええっ?あたくしと、

そう度々会いたく

ないのォ~?

んも~~

そんな、冷たいことを

言わないで頂戴よ!

あたくしは、あなたに

お会いしたいので

ござ~♪~ますのよォ~

ええっ?そんなことよりも

おしょすって何か?

早く説明しろ!

そう、おっしゃるのですかぁ~?

冷たいお方ぁ~~

分かりましたわ。うふふふふ。。。

そのために出て参りましたのですから

説明しますわよう。

実は“おしょす”って岩手方言なんでござ~♪~ますのよ。
あなた、聞いた事が無いでしょう?
もちろん、あたくしだって耳にした事が無いのでござ~♪~ますわぁ。

だから、分かり易く説明するために、
あなたにクイズを作りましたのよ。

次の中から使い方が最もふさわしいと思うものを選んでくださいましね。

1) この煮物、ちょっとおしょすが足りないわねぇ~。

2) お父さんをおしょすと、機嫌がよくなるわよ。

3) 居眠りしてたのを見つかって、おしょすだわぁ~。

4) いい子だからおしょすをして、早く寝るのよ。

5) あなたはおしょすがお上手ねぇ~。

どうですか?
お分かりになりましたか?
正解は 3 ですわ。

「おしょす」とは「恥ずかしい」という意味なんでござ~♪~ますわよ。
失敗したり少し照れくさい時に思わず使うそうですよ。
なんだかかわいい感じがしますよね。

あなたはきっと1番を選んだでしょう?
あたくしもそうなのでしたわぁ。
おしょうゆ(醤油)だと思ってしまいましたわ。
響きがそっくりでしょう?

岩手県と言えば、あたくしは石川啄木を思い出すのでござ~♪~ますわ。

ええっ、どうしてかって。。。?
石川啄木には次のような歌がありますわ。
岩手の方言が懐かしくなって詠(うた)ったものですのよ。

ふるさとの

訛り懐かし

停車場の

人込みの中に

そを聞きにゆく

石川 啄木

1886年2月20日生まれ
1912年4月13日没。

歌人・詩人・評論家。
本名は、石川 一(はじめ)。

テスト中のカンニング発覚・欠席の多さ・成績の悪さなどの理由から退学勧告を受け、
1902年10月27日に中学校を退学し、
文学で身を立てる決意をもって上京し、
正則英語学校(現在の正則学園高等学校)に通う。

1912年3月7日、母死去。
1912年4月13日、啄木、小石川区久堅町にて、肺結核で死去。
妻、父、友人の若山牧水にみとられる。享年27才。
1912年9月4日、妻は二人の遺児を連れ、
函館に移っていた実家に帰る。
1913年5月5日、妻の節子も肺結核で病死。
遺児は妻節子の父親が養育する。

東京の北の玄関として知られる上野駅。
開業は、1883年(明治16年)だそうですわ。
開業当時、営業は上野から熊谷まででした。
そうですのよ。レンゲさんが店長を勤めている“ブティック・フェニックス”熊谷支店がある町です。
当時、1編成のみの列車が1日に2往復していたそうでござ~♪~ますわ。

開業から2年後の1885年(明治18年)、上野駅のレンガ造り2階建ての駅舎が完成しました。
岩手県から上京した石川啄木が上の歌を詠(よ)んだのは、
1923年(大正12年)の関東大震災で焼け落ちた初代上野駅だったそうです。

故郷の方言が懐かしいなぁ。

上野駅に行けば、人混みの中に、

岩手から上京してくる人もいるだろうなぁ~

ちょっと出かけてみようかぁ。

。。。という感じでござ~♪~ましょうねぇ~。
分かりますわよねぇ。
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また現れて、

くどいようでござ~♪~ますけれど。。。

あたくしも平安の昔に戻って

懐かしい京都に行ってみたいので

ござ~♪~ますのよ。

京都の訛りが懐かしいわああああ~~

でもね、デンマンさんが生まれ育った

行田にも行きたいのですわよ。

ええっ?どうしてかって?

それはね、デンマンさんは

もちろんですけれど、

あたくしにとって行田とは

切っても切れない縁が

あるのでござ~♪~ますのよ。

どうしてだか、お分かりになりますか?

行田は古代ハスの

ふるさとなのでござ~♪~ますのよ。

きれいでしょう?

あたくしの初恋の花でござ~♪~ますのよ。

ええっ?どういうわけかってぇ。。。?

実は、八ツ橋を売るお店に、

かわゆい男の子が

居たのでござ~♪~ますのよ。

おほほほほほ。。。

その男の子にあたくしが

恋をしたのでござ~♪~ますわ。

ええっ?その話しはすでに聞いたって。。。?

だから、あたくしがその男の子に

きれいなハスのお花を手渡したのですわよ。

ええっ?なぜかって。。。?

あたくしの愛の告白のつもりでしたのよ!

うふふふふ。。。。

あなたにも初恋の思い出が

おありでござ~♪~ますでしょう?

うししししし。。。。

ところで、あたくしがあなたのために

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