Archive for the ‘日本の作家・書評’ Category

夕顔 床上手

2017年3月23日

 

夕顔 床上手

 

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デンマンさん。。。 源氏物語に出てくる“夕顔”のお話でござ~♪~ますかァ~?


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いけませんかァ?

でも。。。、でも。。。、“夕顔”が床上手だったということは源氏物語の中には出てこないのでござ~ますわァ~。。。

あのねぇ~、実は、まさにその事で悩んだネット市民がいたのですよ。。。

どういうことでござ~ますかァ?

ちょっと次のリストを見てください。


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『拡大する』

これはアメブロの僕のブログの3月7日から13日までの1週間の「リンク元URL」のリストです。。。 赤枠で囲んだ 49番に注目して欲しいのです。

あらっ。。。 「夕顔 床上手」を入れてドコモの検索エンジンで検索したネット市民がいたのですわねぇ~。。。

そうなのです。。。 源氏物語に出てくる“夕顔”は床上手だったのか?!  その事が気になって気になって眠れなくなったのですよ。。。

それでベッドから起きてケイタイを片手にドコモの検索エンジンで調べ始めたのですかァ~?

そういうことです。。。

。。。で、49番のリンクをクリックすると、どのような検索結果が出てくるのでござ~ますかァ?

次のページが出てくるのですよ。。。


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『拡大する』

『床上手な女の7つの見分け方』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 3,130件ヒットするトップにデンマンさんがDenman Blogに投稿した『床上手な女の7つの見分け方』が出てくるのでござ~ますわねぇ~。。。

そうなのですよ。。。でもねぇ~、『床上手な女の7つの見分け方』を読んでも、本文に“夕顔”は出てこないのです。


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『床上手な女の7つの見分け方』

本文中に“夕顔”が出てこないのに、「夕顔 床上手」を入れて検索すると どのようなわけでトップに『床上手な女の7つの見分け方』が表示されるのでござ~ますか?

本文とは関係ない右サイド・バーに“夕顔”がたくさん出てくるのですよ。。。 それで舌記 蘭次郎 (したき らんじろう)君は検索結果の2ページ目を見たのです。

どのようにして舌記 蘭次郎 (したき らんじろう)君を突き止めたのでござ~ますかァ?

IPアドレスを調べたのです。


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『拡大する』

プライバシーの保護のためぬ IPアドレスを調べてもアクセスしたネット市民のお名前まではゲットできないのでござ~ますわァ~。

卑弥子さんも、そういう固いことは言わないでください。。。 僕もプライバシーを尊重して仮名にしたのですよ。。。

それで、検索結果の2ページはどのようになるのでござ~ますかァ?

次のように表示されます。


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『拡大する』

『文芸・文学の教養のテーマ』

『現時点での検索結果』

赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。

舌記 蘭次郎 (したき らんじろう)さんは、結局、「リンク元URL」のリストに出ているアメブロの『文芸・文学の教養のテーマ』をクリックしたのでござ~ますか?

そういうことです。。。 そして次のようにしてブラウザの検索機能を利用して“夕顔”と“床上手”を入れて 夕顔が床上手であることが書いてある箇所を探したわけです。。。


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『拡大する』

あらっ。。。 “夕顔”を入れて調べても本文とは関係ない箇所が出てくるのですねぇ~。。。

残念ながら、そういうことなのですよ。。。 それで“床上手”を入れて探してみました。


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『拡大する』

『文芸・文学の教養のテーマ』

あらっ。。。 「ダンスのうまい女性は床上手」と、これも“夕顔”とは関係ありませんわァ。。。

それで舌記 蘭次郎 (したき らんじろう)君は、飽きずに探して、ようやく次の記事を突き止めたのですよ。。。


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『拡大する』

『あれっ、松本清張』

でも、“夕顔 床上手”と入れて調べてみても No matches foundという表示が出て、見つからなかったということじゃござ~ませんかァ!

でもねぇ~、次のようにして調べると見つけることができるのです。。。


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『拡大する』


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『拡大する』


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『拡大する』

『あれっ、松本清張』

。。。で、上の記事のどこに“夕顔”が出てくるのでござ~ますか?

次の小文を読んでみて下さい。。。

たづたづし

 


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夕闇は 
 

路(みち)たづたづし
 

月待ちて
 

行かせわが背子
 

その間にも見む

 

(709)

 

この歌は奇妙にわたしの頭に印象を刻んでいる。
別に万葉集や和歌に趣味があるのではない。
たまたま本屋に寄って万葉集の本を開いたとき、偶然、この歌が眼にふれて頭に残ったのだ。

そのときも、どのような心理で本棚に並べてある万葉集を手に取ったかよく分からない。
それも東京ではなく、信州諏訪の本屋だった。
妙な土地で見たものだ。

この歌の意は、「月が出るまでの暗がりの路は、たどたどしくて分かりにくいものです。 あなた、どうか月が出るまで待って、その上でお出かけ下さい。 その間にもあなたのお側にいとうございます」というのであろう。

なぜ、こんな歌がそのとき、わたしの頭に沁みこんだのだろうか。
万葉の頃は、婿が女房の家に行く通婚(かよいこん)だったから、こういう情景もあったのだ。

夫は昼ごろから来ていたのか、宵から通って来たか、とにかく女房と一刻を過ごした夫はいざわが家に帰ろうとする。
歌には夕闇とあるが、もっと遅い時刻と考えてもさしつかえなかろう。
月の出が遅い晩もあるからだ。

 


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女房は何のかんのと云って引き留める。
夫の肩を抱き、月が出るまではここに居て下さいね、途中が危ないわ、などといって口説いている。
夫は、そうだな、とか、まあ、とか云いながら、女の情にひかされてぐずぐずしている。

……そんな場面がうかぶのだ。

実は、このままの感情が、ついその前まで、わたしの身に降りかかっていたのである。
そして、この歌を読んだ時と場所がいっそうわたしに感銘を与えたのであった。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


270-271ページ 『松本清張傑作選』
編者: 原 武史
発行所: 株式会社 新潮社

『あれっ、松本清張』に掲載。
(2007年1月14日)

でも、上の文中には“夕顔”は登場いたしませんわァ~。。。

確かに“夕顔”は登場しないのですよ。。。 

“夕顔”は源氏物語では、三位中将の娘で、頭中将の側室と言う立場で登場するのでござ~ますわァ。。。 その後市井にまぎれて暮らしてゆくのです。。。 若い光源氏の愛人になるのでござ~ますが、互いに素性を明かさぬまま、幼い娘を残して若死にするのです。

うん、うん、うん。。。 そうです。。。そうです。。。 父の死後、頭中将(当時は少将)と結ばれて一女(後の玉鬘)をもうける。。。 登場する回数こそ少ないものの、佳人薄命を絵に描いたような悲劇的な最後が印象に残る女性で、儚げながら可憐で朗らかな性格。。。 源氏は短い間であったけれど 彼女にのめりこみ、死後も面影を追うのですよねぇ。

そうでござ~ますわァ~。。。 上の小文は、その“夕顔”について何も語っていないのですわ。。。

あのねぇ~、そうとも限らない。。。 上の小文は“夕顔”と同時代の女性が詠んだのですよ。。。 豊前国の娘子大宅女(をとめおほやけめ)という名しか伝わっていない。。。つまり、豊前の国の大宅女と呼ばれる女が居たということで、詳しいことはわからない。


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だから、その女性を“夕顔”と見るのは、いただけませんわァ。。。

でもねぇ~、当時の“床上手な女”とはどういう女性のことを言うのか? 舌記 蘭次郎(したき らんじろう)君は、その事を考え始めて、上の小文をしみじみと読んだわけですよ。。。

それで、万葉時代の“床上手な女”が、どのような女性であるかを舌記 蘭次郎さんは理解なさったのですかァ~?

理解したのです。。。 「宵闇は暗くて道がおぼつかないものです。月の出るのを待ってからお帰りください。それまでの間は一緒にいられるでしょう」と、豊前の国の大宅女は、少しの時間でも長く想い人と一緒にいたいという女心を詠んだのですよ。。。


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つまり、その心持(こころもち)が“床上手な女心”だと、デンマンさんは おっしゃるのでござ~ますかァ?

いや。。。 僕が そう言うよりも 舌記 蘭次郎(したき らんじろう)君が、そのように納得したと思うのです。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたは どう思いますか?

あたくしは デンマンさんのお話しには 納得がゆかないのですわァ~。。。

どうしても“夕顔”にこだわりたいのですゥ。。。

ところで、話は変わりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますわよう。

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 信じられないってぇ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。


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『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。

つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。

この際 高望みはいたしません。

“寅さん”のような人でもいいですわ。

旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。

ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。

“袖触れ合うも他生の縁”と申します。

あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。


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ちなみに、夕顔のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいね。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



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『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』


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『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』


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『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『布袋さんに惹かれて』

『悪女 レオタード』

『弘中先生と坊っちゃん』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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家畜人ヤプー 性と愛

2017年3月20日

 

家畜人ヤプー 性と愛

 


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デンマンさん。。。、久しぶりですわねぇ~。。。 どういうわけであたしを呼び出す気になったのですかァ?


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あのねぇ~、マレーシアのクアラルンプールに滞在している 可知 玲子 (かち れいこ)さんが、レンゲさんが登場する記事を読んだのですよ。

それで、わざわざ あたしを呼び出したのですか?

いけませんかァ~?

それでは、ネット市民の皆様が、あたしが登場する記事を読むたびに デンマンさんは あたしを呼び出されなければないじゃありませんかァ~!

レンゲさんは不満なのですか?

だってぇ、それでは、あたしの体がいくつあっても足りませんわァ~。。。

あのねぇ~、今回はマレーシアのクアラルンプールに滞在している 可知 玲子 (かち れいこ)さんが、レンゲさんが登場する記事を読んだので 特別にレンゲさんを呼び出したのですよ。。。 


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日本に住んでいるミーちゃん、ハーちゃんがレンゲさんの登場する記事を読むのとは わけが違うのですよ。。。

どういう風に。。。?

クアラルンプールに滞在しているのに、なぜレンゲさんが登場する記事を読まなければならないのか? レンゲさんは不思議だとは思わないのですか? マレーシア旅行のガイドブックとか? マレーシア観光案内とか? 他にいくらでも読むモノがあるではありませんかァ! それにもかかわらず クアラルンプールのホテルでパソコンに向かってGOOGLEで検索してレンゲさんが登場する記事を見つけて読んだのですよ。。。

それで、あたしを呼び出したのですか?

そうです。。。 いけませんかァ?

つまり、デンマンさんは可知 玲子 (かち れいこ)さんがバンクーバーに滞在していた時にナンパしたのですかァ~?

やだなあああァ~。。。 なぜ、僕が可知 玲子さんを バンクーバーでナンパしなければならないのですかァ。。。

だってぇ、しょっぱなに、可知 玲子さんの名前を出しているではありませんかァ!

あのねぇ~、僕はナンパ馬鹿じゃないのですよ。。。 可知 玲子さんは、僕がこれまでに会ったことのない女性です。

じゃあ、どのように可知 玲子さんと知り合ったのですか?

別に知り合ったわけじゃないのです。。。 ちょっと次のリストを見てください。。。

ライブドア アクセス解析 生ログ 2017年3月17日
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『拡大する』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の3月17日の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しいのですよ。

あらっ。。。 3月17日の午前2時17分にGOOGLEで検索して『レモンと性と愛』を読んだのですわねぇ~。。。 でも。。。、でも。。。、どうしてマレーシアからアクセスしたと判るのですか?

簡単なことですよ。。。 赤いアンダーラインを引いたリンクをクリックすると次のページが出てきます。

マレーシアの GOOGLE
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『実際のページ』

赤丸で囲んだ箇所を見てください。

Malaysia (マレーシア)と書いてありますわねぇ~。。。

。。。でしょう!? 可知 玲子さんはマレーシアのGOOGLEを使って検索したのですよ。。。

でも、どのように。。。?

次のようにして検索したのです。。。

マレーシアのGOOGLEで「家畜人ヤプー 性と愛」と入れて検索した結果 2017年3月17日
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『拡大する』

『レモンと性と愛』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「家畜人ヤプー 性と愛」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 赤枠で囲んだ『レモンと性と愛』を読んだのですよ。。。

でも。。。、でも。。。、可知 玲子さんがマレーシアのクアラルンプールからアクセスしたと、どのようにして突き止めたのですか?

簡単なことですよ。。。 リストに載っているIPアドレスを調べたのですよ。。。

マレーシアのクアラルンプールに滞在する可知 玲子さんが使ったパソコンのIPアドレス
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『拡大する』

でも。。。、でも。。。、IPアドレスを調べてもプライバシーを保護するためにアクセスしたネット市民の名前までは調べることができないのですわァ~。。。

レンゲさんは、何も知らないような顔をしているのに、けっこうネットに詳しいのですねぇ~。。。

その程度のことはネット市民の常識ですわァ。

あのねぇ~、僕も『レモンと性と愛』をじっくりと読んだ女性のプライバシーを保護するために、実は、可知 玲子さんという名前は仮名にしたのですよ。。。 レンゲさんが心配するほどのことではありません。。。

。。。で、玲子さんは、どのようなわけで『レモンと性と愛』を読んだのですか?

玲子さんは、沼正三が書いた長編SF・SM小説『家畜人ヤプー』を飛行機の中で読んだのです。。。

家畜人ヤプー


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家畜人ヤプーは、1956年から『奇譚クラブ』に連載され、その後断続的に多誌に発表された沼正三の長編SF・SM小説。
なお、本作品はマゾヒズムや汚物愛好、人体改造を含むグロテスクな描写を含む。

『奇譚クラブ』連載時から当時の文学者・知識人の間で話題となっていた。
そのきっかけは三島由紀夫がこの作品に興味を示し、多くの人々に紹介したことによる。
三島のみならず渋沢龍彦、寺山修司らの評価もあり、文学界では知名度の高い作品となった。

『奇譚クラブ』誌上での連載を終えて、誌上の都合で掲載できなかった部分などの作者による加筆の後、都市出版社により単行本が出版され、この際、右翼団体が出版妨害を行い、1名逮捕・2名指名手配という事件にまで発展した。

『奇譚クラブ』1956年12月号-1958年4月号までの連載では打ち切りという事情もあり物語は完結せず、都市出版社版、角川文庫版、スコラ版、太田出版版、幻冬舎アウトロー文庫版と補正加筆が行われながら版が重ねられ、完結に至る。
このような事情から版により内容に食い違いが存在する。

あらすじ

婚約中のカップルである日本人青年留学生麟一郎とドイツ人女性クララは、ドイツの山中で未来帝国EHS人ポーリーンが乗った未来世界の円盤の墜落事故に巻きこまれ、それがきっかけで未来世界へ招待されることとなる。

未来帝国EHS(The Empire of Hundred Suns)は、白色人種(特にアングロ・サクソン系のイギリス人)の「人間」と、隷属する黒色人種の半人間「黒奴」と、旧日本人の家畜「ヤプー」(日本人以外の黄色人種は核兵器と細菌兵器によりほぼ絶滅している)の3色の厳然たる差別の帝国である。

ヤプーに対しては、EHSの支配機構は抵抗するものを屈服させるのではなく、あらかじめ白人を神として崇拝させ「奉仕する喜び」を教えこみ、喜びのうちに服従させるしくみである。
黒奴に対しては、巧妙な支配機構により大規模な抵抗運動は行えないようになっており、小規模の散発的抵抗がまれにあるだけである。
ささいな過失などでも死刑に処されるなど酷使されるため、黒奴の寿命は30年ほどで、白人の200年より短い。

EHSは女が男を支配し、男女の役割が逆転した女権主義の帝国である。
EHSの帝位は女系の女子により引き継がれ、男性は私有財産を持つことすら禁止され、政治や軍事は女性のすることで、男性は化粧に何時間も費やし、学問や芸術に携わる。
EHSではSEXにおいても、騎乗位が正常位とされるほど徹底している。

そして、家畜である日本人「ヤプー」たちは家畜であるがゆえに、品種改良のための近親交配や、肉体改造などを受けており、「ヤプー」は知性ある動物・家畜として飼育され、肉便器「セッチン」など様々な用途の道具(生体家具)や畜人馬などの家畜、その他数限りない方法により、食用から愛玩動物に至るまで便利に用いられている。
白人女性の出産も、受精卵の移植によって子宮畜(ヤプム)が代行する。

さらに、日本民族が元々EHS貴族であるアンナ・テラスにより、タイムマシンの利用によって日本列島に放たれた「ヤプー」の末裔であること、日本神話の家畜人ヤプーの世界における物語を暴露し、これに基づく日本の各種古典の解釈が行われる。


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日本人青年の麟一郎と、ドイツ人女性のクララのカップルは空飛ぶ円盤(タイムマシン)の事故に巻き込まれたことから、このような未来世界へいざなわれる。
二人は未来世界で、様々な体験をする。

白人女性で元貴族の生まれであるクララはEHSの貴族たちに同胞として迎えられ、EHSの事物を満喫する。
麟一郎は心身を改造され、凄まじい葛藤を経て、自らクララの家畜として生まれ変わる。
その間、わずか三日であった。


出典: 「家畜人ヤプー」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

婚約中のカップルである日本人青年留学生麟一郎とドイツ人女性クララは、ドイツの山中で未来帝国EHS人ポーリーンが乗った未来世界の円盤の墜落事故に巻きこまれ、それがきっかけで未来世界へ招待されることとなるというのが『家畜人ヤプー』のあらすじなのだけれど、実は、玲子さんはクアラルンプールでマレーシア人の男性と本の中で書いてあるような不思議な体験をしたのですよ。。。

あらっ。。。マジで。。。?

それで、そのことが気になってホテルでパソコンに向かいながら検索し始めたというわけですよ。。。

つまり、マレーシア人の男性の心理を知ろうとしたのですか?

そうです。。。

でも、その事と『レモンと性と愛』がどのように関係しているのですか?

記事に中でレンゲさんが次のように書いていた。


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そこまで人を駆り立てる物って

何なんだろう?

2005 01/08 01:28

わたしは「家畜人ヤプー」の
沼 正三氏を思い出す。
彼の思い描いた壮大なユートピア。
イマジネーションとリビドーが
彼を書かずにはおかせなかったのだろう。

彼は夜な夜な
そのイメージの世界へと旅立ち、
恍惚の笑みを浮かべ、
自分が創り出した女神たちに奉仕し、
虐げられていたのだろう。


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表の顔とのギャップが大きいほど、
秘められた場所での彼の悦びも、強く、
刺激的になり、
仮想ユートピアも、あざやかに、
現実のものとなっただろう。

それは、彼の知性が高かったために、
そのような壮大な世界を
得ることができたのであって、
凡人ならば、実際に血の通った“女神”を必要とするのだ。

ユートピアといえば、トマス・モアを思い出すが、
彼は自分のおかれている現実にたいして多くの不満を持ち、
そのうち想像と妄想を結実させ、あの作品を書いた。

人の欲望、不平、不満は、時に妄言などを生み出し、
何らかの「アンチ」な行動に向かわせる。それが社会を動かす力となるか、
ただの変人呼ばわりで終わるかは、本人の死後、評価が決まるかもしれない。

 

by レンゲ  


『性と愛と負の感情』より
(2006年7月2日)

あらっ。。。 これは あたしが12年前に書いたものではありませんか!

そうですよ。。。 玲子さんはこの部分を読んでマレーシアの男性の心理が多少判ったような気分になったのですよ。。。

。。。どのように?

玲子さんは、日本にいた時 梶井基次郎のようにえたいの知れない不吉な塊が始終私の心を押さえつけていた。 焦燥といおうか、嫌悪といおうか、それが私の身に襲いかかってきたのであるという気分にめいっていたのです。。。 ところが、ひょんなことからクアラルンプールでマレーシア人の不思議な男性とめぐり会うことになった。

それで。。。?

玲子さんは、何か明るい予感を感じて、その男性と一夜を過ごしたのです。。。

あらっ。。。 “ワンナイト・スタンド”ですか?

いわば、魂の巡り会いだったと玲子さんは言うのですよ。。。

それで。。。?

玲子さんはレンゲさんの次の手記を読んだのです。

出会いと追憶

2004 12/28 18:49 編集

冗談まじりの場合が多いけど、
…いるんですよね
…女性のレイプ願望を信じてる男。

あなたたち…マジでまとめて監禁して、
そりゃあもう、♪あんな事・こんな事・やりたい事いろいろ~♪
さんざん辱めて、どんなに赦しを乞うても、おまえには何の決定権もない!

およそ考えられる拷問を全て与えて、
ようやくご褒美をあたえてやろう。
でも、いつまでもわたしの足に、
ご奉仕はさせてやらない。
次は一頭づつおさんぽだよ。

おまえの身体には、
縄がくいこんでいるだけ。
四つんばいになって
かすれて血がにじんできた
オマエのひざは、
わたしへのみつぎもの。
後でたっぷりかわいがってやろう。

わたしは感動してしまった。
別の奴隷だけど。
コイツはあの汚らしいものを、
わたしの前で
決して放出しない。
そして、わたしはビールを飲みながら、
コイツに向かってグチを言う。

わたしが下らない話をしていても、
決して正座をくずすことなく、
神妙な顔で聞き入っていた。

まだまだいろんな人に会った。

わたしはとてもマジメに出勤していた。
目標があったから。
ちゃらちゃらしていられなかった。
わたしは、前方にギラギラしたお日様を
いつも目をそらさずに見据えていた。

 

by レンゲ


『性と愛と負の感情』より
(2006年7月2日)

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あらっ。。。 これは13年前に書いたものですわ。。。 デンマンさんは、こんなものまで保存しておいたのですか?

いけませんか? (微笑) 玲子さんは この手記を読んで目の前の霧が晴れたように感じたのですよ。。。

どうして。。。?

だから、玲子さんも、このような経験を持ったからです。。。

でも。。。、でも。。。、どうして、デンマンさんには玲子さんが そういう体験を持ったと判るのですか?

玲子さんが『レモンと性と愛』を投稿したのが僕だと探し当ててメールを書いたからですよ。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたは、デンマンさんの言ったことを信じることができますか?

ええっ。。。 もちろん、信じないのでござ~ますかァ~?

そうでしょうねぇ~。。。

でも、レンゲさんが愛の詩や愛の短歌を詠むのは事実ですわァ。

それに影響されて あたくしも愛の短歌を詠むことがあるのでござ~ますわァ~。。。

ええっ。。。 信じられないのですか?

では、あたくしが詠んだ熱烈な恋の歌を。。。


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朽ちてなお  

 

燃ゆるをやめぬ  

 

胸のうち  

 

激し夜あれ  

 

消せぬ焔よ

 


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ところで、話は変わりますけれど、

めれんげさんは レンゲさんの親友です。

めれんげさんもまた、レンゲさんのような知性的で、しかも情熱的な人ですわァ。

めれんげさんの熱烈なファンは たくさんいたのでした。

でも、うっかり めれんげさんが会費を滞納したために、

サイトを削除されてしまったのです。

けれども、2013年の6月にライブドアで『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよねぇ~。。。


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『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。

でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


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また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


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こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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弘中先生と坊っちゃん

2017年3月7日

 

弘中先生と坊っちゃん

 


(bocchan6.jpg)


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デンマンさん。。。 夏目漱石の“坊っちゃん”に弘中先生という人物が出てくるのでござ~♪~ますかァ~?


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出てきません。。。

それなのに、どういうわけで“弘中先生と坊っちゃん”というタイトルにしたのでござ~ますか?

それに答えるには、ちょっと次のリストを見て欲しいのですよ。。。


(liv70304a.png)

『拡大する』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の3月3日の日本時間で午後7時23分から3月3日の午前9時26分までの約14時間の「生ログ」の1部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。

あらっ。。。 3月3日の午後7時29分にYahoo! で検索してデンマンさんの「徒然ブログ」の『弘中先生と熊谷』を読んだのですわねぇ~。。。

そうです。。。 『徒然ブログ』にやって来たネット市民は次のように「弘中先生 熊谷」と入れてYahoo!で検索したのですよ。。。


(yah70307a.png)


『拡大する』

『弘中先生と熊谷』

『現時点での検索結果』

「弘中先生 熊谷」と入れてYahoo!で検索したネット市民は、どういうわけで弘中先生と熊谷を結びつけたのでしょうか?

あのねぇ~、実は 僕は埼玉県の熊谷高校の出身なのですよ。。。

弘中先生というのは熊谷高校の先生なのですか?

そうです。。。 もう とっくの昔になくなりましたけれど。。。 ちょっと『ウィキペディア』で紹介されている僕の母校の「熊谷高校」のページを見てください。

熊谷高校


(kumako3.jpg)

1895年(明治28年)、埼玉県第二尋常中学校として創設された。
県下の公立校としては埼玉県第一尋常中学校(現埼玉県立浦和高等学校)に次ぐものである。
戦後、新制埼玉県立熊谷高等学校となった。
開学以来男子校である。
早くから私服での登校が認められており、校風は極めて自由である。

校訓

「質実剛健」
「文武両道」
「自由自治」
部活動への加入率は高く、また自由な校風を有している。

校風

自由な校風を有することが特徴である。
その中のひとつとして、「カクト」と呼ばれる制度がある。
これは、担当教員の出張などにより授業が休講となる場合に出される自習時間のことであり、「各自図書館自習」の略称である。
しかしながら、実質的には何をしても良い時間であり、自習時間の利用方法は生徒各々の自主性に任される。
また、カクトの時間を最終時限目と入れ替え、放課を早めることができる場合もある。
この行為は「トを上げる」と呼称される。
このため、同校においては生徒が授業時間中に校内を歩いていたり食堂で食事をしていたとしても、教員がそれをとがめることは通常ない。

このほかの同校の自由な校風を象徴するものとして以下のようなものがある。
例えば文化祭の出し物はクラス単位で行われることが一般的であるが、同校の熊高祭においては仲の良いグループを募って「サークル」を形成し、そのサークル単位で行うことが恒例となっている。
また、修学旅行に関してもほとんどがグループ単位での行動であり、宿泊地もグループ単位で異なる。
また、服装検査や頭髪検査、持ち物検査などの校規検査は一般的に行われない。

このほか、小規模な行事であろうと肩を組んで校歌を斉唱する習慣がある。
文化祭や体育祭、生徒集会や全校集会などの行事では必ず肩を組んで校歌が斉唱される。
生徒が自ら好んで校歌を歌うことが多い。

40キロハイク

毎年5月中旬から下旬ごろに行われる行事。
熊谷の荒川河川敷から秩父線上長瀞駅までのおよそ40キロを歩いたり、走ったりする。
服装は基本的に自由であるが、大半の生徒は仮装をして参加する。
仮装の内容は社会風刺や下ネタなどがある。
完歩率は高く、例年90パーセント以上を維持している。

臨海学校

1年次の7月中旬に行われる行事。
新潟県柏崎市の鯨波海岸で、主に遠泳が行われる。
県内では浦和高校と蕨高校と同校の3校のみでみられる行事である。
開始以来無事故。これまで毎年行われてきたが、2007年度は開始予定前日に発生した新潟県中越沖地震の影響で初めて中止となった。

熊高祭

毎年9月に行われる、文化祭と体育祭の総称である。
前者については、先述の通り仲の良い者同士や部活動単位で「サークル」を形成し、そのサークル単位で出し物を行うことが特徴である。
また、応援団による「勝利の伝統」や、「秩父支部劇」、女装してパフォーマンスなどを行う「ミス熊高」などが行われる。
体育祭に関しては、珍棒(ちんぼう)を用いる「珍百足」(ちんむかで)や、水泳やタイヤ引きなどを連続して行い体力と気力を試す個人競技「鉄の男」といった特徴的な種目がみられる。

修学旅行

2年次の11月頃に行われる。
例年の行き先は関西地方や九州地方、北海道などであるが、行き先は1年次に決定される。
このほか、先述の通り宿泊地をグループ毎に各自選択することができることが大きな特徴である。
例えば、行き先が関西地方の場合は、初日の広島が宿泊地として指定されているのみで、それ以降の宿泊地は岡山、神戸、高松、大阪などからグループごとに選択することができる。
初日が広島、2日目が岡山、3日目が大阪、4日目が京都というグループがある一方、初日が広島、2日目が神戸、3日目が高松、4日目が京都、というグループがあるなど、自由に選択できる幅が広い。

部活動

「文武両道」の精神にのっとり、部活動への加入率は高い傾向にある。
なお、2008年度における部活動への加入率は、運動部が63.8%、文化部が14.6%、愛好会(サークル)が15.6%であり、これらを合計するとのべ94%である。
2つ以上の部活動を兼部することもできる。

硬式野球部が1951年、1982年などに3回夏の甲子園に出場しており、うち1951年の大会においては準優勝した。
このほか、剣道部、陸上部、軟式野球部、ラグビー部、水泳部、弓道部、ソフトテニス部、バレーボール部、山岳部、将棋部なども県大会や全国大会へ出場を果たしている。

主な出身者・関係者

政治・行政 (略)

経済 (略)

 (中略)

芸術・雑

弘中又一: 夏目漱石の小説「坊っちゃん」の主人公のモデルとなった第二中学の教員
小林秀三: 田山花袋『田舎教師』モデル

須田剋太: 日本画家

(後略)


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。 弘中先生というのは「坊っちゃん」の主人公のモデルになったのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。。。 実は僕も知らなかった。 高校時代には田山花袋が書いた『田舎教師』に僕は興味を持っていた。

なぜでござ~ますか?

『田舎教師』の主人公のモデルになったのが小林秀三という人物なのですよ。。。 校長室の前の廊下にガラスケースがあって、その中に埼玉県第二尋常中学校の第2回か3回目の卒業写真が飾られてあって、僕も何度かその記念写真に写っていた小林秀三の姿を見たことがあった。

弘中又一さんの事は高校時代にデンマンさんは聞いた覚えがないのでござ~♪~すか?

誰からも聞いた覚えが無いのですよう。。。 『田舎教師』よりも小説「坊っちゃん」の方が良く知れわたっていると思うのに、どう言う訳か僕は弘中又一先生の話を聞いたことがない。 今から思えば、実に意外だった。

小説「坊っちゃん」の方が良く知られているのに、なぜ弘中先生のお話が出なかったのでござ~♪~ましょうか?

あのねぇ~、僕は思うのだけれど、小林秀三が田山花袋が書いた『田舎教師』のモデルだと言うことは、ほぼ間違いないのですよう。 つまり、文学に多少関心がある人の間では、誰も認めている事実なんですよう。

弘中先生が「坊っちゃん」のモデルだと言う事は夏目漱石ファンの誰もが認めているわけではないのでござ~♪~ますか?

僕も夏目漱石のファンだけれど、僕は知らなかった。 夏目漱石自身が「坊っちゃん」のモデルだと、僕は素朴に思い込んでいましたよう。

なぜでござ~♪~ますか?

ただ素直に、そう思い込んでいた。 「坊っちゃん」の主人公と夏目漱石が僕のオツムの中では重なり合っていた。

つまり、私小説だとデンマンさんは思っていたのでござ~♪~ますか?

志賀直哉が書くような私小説だとは思わなかったけれど、「坊っちゃん」の主人公は、明らかに夏目漱石の生い立ちや経歴に基づいて書かれていますよう。

たとえば。。。?

『ウィキペディア』の作品解説には次のように書いてあるのですよう。


(soseki008.jpg)

作者(夏目漱石)が、高等師範学校(後の東京高等師範学校)英語嘱託となって
赴任を命ぜられ、愛媛県尋常中学校(松山東高校の前身)で
1895年4月から教鞭をとり、1896年4月に熊本の第五高等学校へ
赴任するまでの体験を下敷きに、後年書いた小説である。

つまり、漱石の松山時代の体験に基づいて書かれた小説なのですよう。 だから、私小説とは言わないまでも、漱石自身の体験がそこ、ここに書かれている。

例えば。。。?

漱石が子供の頃に一緒に居た女中のお清さん。 孫が書いた本にも次のように紹介されている。


(soseki009.jpg)

漱石の『坊っちゃん』には、父親に嫌われる主人公を無条件に愛する使用人の清という女性が描かれる。
清が「まっすぐで、よいご気性です」と坊っちゃんをほめると、坊っちゃんは「おれはお世辞は嫌いだ」といいかえす。
が、「それだから、よいご気性です」といわれて閉口するのである。

そこで愛されているのは、坊っちゃん本人であり、彼自身の気性である。
彼の生まれた家柄や、父親といった、彼自身に選べない属性ではない。
だからこそ坊っちゃんも清を愛し、恩を返そうと思う。これは「ひいき」ではない。

漱石自身は、坊っちゃんではない。
もっと複雑で多重人格的な人だが、清のようなまっすぐな愛情を尊ぶ性向は、明らかに漱石のものだったと思う。


148ページ 『漱石の孫』 著者・夏目房之介
2003年4月22日 初版第一刷発行
発行所・株式会社 実業之日本社

確かに、漱石自身は坊っちゃんではない。 でも、漱石自身も坊っちゃんの姿に自分自身のあるべき姿を見ていたはずですよう。

どうしてデンマンさんは、そのような事をおっしゃるのでござ~♪~ますか?

孫の房之介さんは、更に次のように書いていた。

本当の自分を持つ


(natsume.jpg)

「真に目覚める日本」とは、個人におきかえれば「本当の自分」を自覚することになる
いわば「坊っちゃん」のように、内面と外面が一致する偽善のない姿を意味するのだろう。
これを問うことが漱石の文学的主題にもなったが、一方で、つねに自分の内面に問い続ける、資質的で内面的な視線を強化することにもなった。
また漱石は、その主題を「個人主義の確立」という公共社会的な課題にして、本当に「中身」のある近代を視野に入れようとした。

 (中略)

ともあれ漱石は、日露戦争直前の、明治国家が世界における存亡を強く意識して極度に緊張した時期に留学したのである。
自己肥大どころか、自分は、日本は、貧弱な猿真似をしているに過ぎないのではないか、という意識を心に抱いて帰った。
そのことが、以後の日本の自己肥大化から距離をおいた文明論的な場所を漱石に与えたともいえる。

 (中略)

「国家は大切かもしれないが、そう朝から晩まで国家国家といってあたかも国家に取り付かれたような真似はとうてい我々にできる話ではない。(略)
事実出来ないことをあたかも国家のためにするごとく装うのは偽りである。(略)
国家的道徳というものは個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見えることです。
元来国と国とは辞令はいくらやかましくっても、徳義心はそんなにありゃしません。
詐欺をやる。誤魔化しをやる、ペテンにかける、滅茶苦茶なものであります。」
(夏目漱石 『私の個人主義』 135-137ページ所収)

見事な指摘である。これを漱石は、日露戦争(1904-1905年)および第一次世界大戦(1914-1918年)の戦勝国となった日本で語っている。
国家と個人、国家と国家の関係において、この言葉は今でも説得力を持つ。

日本は、そののち「朝から晩まで国家国家」といわねばならない、「出来ない事」をできるといいはる国になり、「徳義」もないくせに「徳義」ヅラして(この点は欧米だって同じだが)、そして手ひどく(太平洋戦争で)負けた。
漱石の文明論的な視点は、そのあたりまで届いていた。


131-134ページ 『漱石の孫』 著者・夏目房之介
2003年4月22日 初版第一刷発行
発行所・株式会社 実業之日本社

『夏目漱石と成りすまし馬鹿 (2009年8月11日)』に掲載。

つまり、僕は『漱石の孫』の上の部分を読んで、夏目漱石は当時の自己肥大しつつある日本帝国という国に居て、本当の自分を持つために苦悩していた。その事を赤裸々に小説化したのが「坊っちゃん」だと思えたのですよう。

要するに、苦悩する自分の姿を坊ちゃんになぞらえて書いたとデンマンさんはおっしゃるのでござ~♪~ますか?

そうですよ。 漱石は1900(明治33)年の9月に横浜からイギリス留学に向けて出発した。完璧を望む漱石は文学者として苦悩しノイローゼになってしまった。でも、その経験があったからこそ、漱石は日本帝国を、そして自分自身を客観的に見ることができた。そして、よくよくイギリスと比較してみたら、日本帝国は夢中で自己肥大しようとしていた。

狂っているのは漱石ではなく、当時の日本帝国の方が病的に自己肥大しようとしていたとデンマンさんはおっしゃるのでござ~♪~ますか?

そうですよう。日本帝国は「朝から晩まで国家国家」と言うようになっていった。「出来ない事」をできると言いはるような国になりつつあった。そういう中で漱石は『坊っちゃん』を書き上げて1906(明治39)年に「ホトトギス」に発表した。

つまり、「真に目覚める日本」とはどう言う事か?を考えながら、漱石自身が「本当の自分を持つ」ために書き上げたのが『坊っちゃん』だとデンマンさんはおっしゃるのでござ~♪~ますか?

その通りです。 そう思っているところで、『ウィキペディア』の母校「熊谷高校」を覗いてみたら次のようなことが書いてあった。

弘中又一: 夏目漱石の小説「坊っちゃん」の

主人公のモデルとなった

第二中学(現・熊谷高校)の教員

意外だったのでござ~♪~ますか?

実に意外だった。

どうして。。。?

夏目漱石は自分自身を俎板(まないた)の上に乗せて、これから自分をどのように料理しようか? そう考えながら書いたのが『坊っちゃん』だと思えたのですよう。

ところが、「坊っちゃん」の主人公のモデルが外に居たと『ウィキペディア』に書いてあったのでござ~♪~ますわね?!

そうです。 まるでバケツの冷水を頭からぶっ掛けられたような気分でしたよう。

マジで、それ程意外だったのでござ~♪~ますか?

もし、それが事実であるならば、弘中又一先生は、夏目漱石が真に理想としていたような人物ではなかったのか?。。。僕は、ふと、そう思ったのですよう。

。。。んで、調べ始めたのでござ~♪~ますか?

そうです。まず弘中先生の略歴を読んでください。

弘中又一 略歴


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21才頃の弘中先生

・明治6年(1873)12月10日、山口県都濃郡湯野村第287番屋敷(現、山口県徳山市大字湯野4152番地)で、父弘中伊亮、母タメの長男として生まれる。

・明治12年(1879)7月 現湯野小学校入学。 明治18年8月18日卒業。

・明治23年(1890)1月 同志社普通学校入学。明治27年6月29日卒業。
その間、明治26年12月 山口県の柳井小学校高等科英語の代用教員を務める。
又、12月28日に戸澤タカと結婚。明治28年5月22日長男(進)出生。

・明治28年(1895)5月27日 愛媛県尋常中学校へ単身赴任。
なお、夏目漱石が同校へ赴任したのは、同年4月10日である。

・明治29年(1896)4月1日4月1日 愛媛県尋常中学校東予分校へ転任。
この時、漱石も尋常中学校を去った。

・明治29年(1896)11月24日徳島県尋常中学校第二分校(現 富岡西高等学校)へ着任。

・明治33年(1900)4月4日 埼玉県第二中学校(現 埼玉県立熊谷高等学校)着任。

・大正8年(1919)5月8日同校離任。大正8年5月同志社中学校へ赴任。

・昭和7年(1932)3月31日同校退職。

・昭和13年(1938)8月6日永眠。墓は菩提寺湯野常照院にある。


『湯野温泉郷ガイド 弘中又一先生』より

漱石先生の生まれは1867年の2月だから、弘中先生の方が6才若いのですよう。

松山の中学校で一緒に居たのはわずかに1年程なのですわねぇ~。。。

そうなのです。 漱石先生は当時28才で、弘中先生が赴任した時は21才ですよう。

弘中先生は若かったのでござ~♪~ますわねぇ。

あのねぇ~、僕が弘中先生のことを調べ始めて驚かされたのは、旧制熊谷中学の卒業生の間で弘中先生の事は結構知られていたのですよう。

どうして分かったのでござ~♪~ますか?

1975年に熊谷高校は創立80周年を迎えたのですよう。 その記念行事として「熊谷高校八十周年誌」を出版したのです。

その八十周年誌に卒業生が寄せた弘中先生のエピソードがたくさん書いてあったのでござ~♪~ますか?

そうなのです。 そう言えば僕も買わされて、親父が懐かしそうに手にとって読んでいたのを今でも思い出しますよう。

でも、デンマンさんのお父様は小学校だけしか出ていなかったのでしょう?

卑弥子さんは、そのようなどうでもよい事はよく覚えているのですねぇ~。。。確かにそうなのですよう。でも、親父だって家が貧乏でなければ、当時の熊谷中学へ入りたかったのですよう。

。。。んで、お父様はどうしていたのですか?

昔の忍尋常小学校で給仕をしながら独学で教員検定試験を受けてパスしたそうです。 18才で小学校で教え始めたと言うのだから驚きます。 でも、中学校に行けなかったので、小学校の頃の同級生の名前を探しながら、懐かしそうに読んでいましたよう。

デンマンさんは、読まなかったのでござ~♪~ますか?

親父が独占してしまったので、僕は初めにざっと目を通したぐらいで、とりわけ面白いとも思わなかったから、それ以後読まなかったのです。

そうしたら、「熊谷高校八十周年誌」に弘中先生の面白いエピソードがたくさん書かれていたのでござ~♪~ますか?

そうです。 ネットで、同窓生のページを調べていて知ったのです。

。。。んで、どのようなエピソードがあったのでござ~♪~ますか?

教科は『坊っちゃん』の中に書かれているように、熊谷中学でも数学を教えていたのです。 博学で、英語の原書を授業で用いることもあったそうです。 しかも、「坊っちゃん」のような破天荒ぶりも見せたそうです。

どのような。。。?

弘中先生は“泥鰌(どじょう)”が好物だったらしいのです。 ある時、安いのでどじょうを買ったのだけれど、あいにく入れ物がないので、かぶっていた山高帽の中に入れて持ち帰ったというのですよう。

その他には。。。?

またある時は、荷車を引いて歩くのに山高帽にフロックコートをはおって引いていたというのですよう。 面白いでしょう?!

まだあるのでござ~♪~ますか?

修学旅行で京都に行ったとき、先生方は皆モーニングにネクタイを締めて引率していたが、弘中先生はネクタイを忘れたらしく、モーニングにネクタイ無しで引率していたというのです。

他には。。。?

中学の先生にしては周囲の視線を気にしないで、ひょうひょうとして、あまり身なりには構わなかったそうです。

あだ名はあったのでござ~♪~ますか?

「エグス」というのですよう。

卵の英訳でござ~♪~ますか?

違うのです。 出席簿の教師名欄に弘中の「弘」を書く代わりに数学記号「x」を書き、「エグス」と発音していたと言うのです。 それで「エグス」と呼ばれるようになったとか。。。 面白いのは、先生の名前をエグスだと思い込んでしまって、卒業しても本名を知らない生徒が居たとか。。。

マジで。。。?

「熊谷高校八十周年誌」に、そう書いてあるらしい。 住んでいたのは、学校から南東へ約1キロ、さいたま地裁熊谷支部の南側にある「明石医院」の隣の貸家だった。

今でもあるのでござ~♪~ますか?

その貸家は取り壊されて、今では駐車場になっているそうです。市街地の中心部にありながら、熊谷空襲でも焼けずに残った地区だったそうで、そのあたりは、今でも古い民家が立ち並ぶ狭い通りだそうです。

何か面白いお話でも伝わっているのですか?

あのねぇ、大家だった明石千代子さん(92)は、「弘中先生が酔って道ばたで寝ていた」と、お母さんから聞かされたそうです。

中学校の先生が酔って道端で寝ていたなんてマジでござ~♪~ますか?

覚えている女性の名前と年齢までがはっきりしているのだからマジですよう。 しかも驚いたことに、「漱石の『坊っちゃん』先生旧居跡」という看板が、ブロック塀に今でも掲げられているのですよう。 次のサイトへ行くと、その写真を見ることができます。

 


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『小説「坊ちゃん」の主人公が居た熊谷市』


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弘中先生は色白で背が高くて、学校近くへ写生に出かけると、青縞織(あおじまおり)の女子工員たちが一斉に工場の窓から首を出すほど「ハンサム」だったそうですよう。でも、『坊っちゃん』の主人公のモデルだ、と語ることはほとんどなかったらしい。

弘中先生が教えていた頃の校舎は今でも残っているのですか?

旧制熊谷中の校舎は改築されて、今では見ることができません。 でも、当時からあったくぬぎ林は今でも残っていますよう。 林の奥にある同窓会館「くぬぎ会館」で、弘中先生写っている集合写真を見ることができます。

それ程ハンサムなら、あたくしも一度弘中先生が写っているお写真をぜひ見たいものでござ~♪~ますわ。

あのねぇ~、僕が更に驚いたのは、田山花袋の小説『田舎教師』の主人公のモデルになった小林秀三(1884―1904; 熊谷中2期生)も、弘中先生に教わった生徒の一人だと言うのです。

しかし、これだけ有名なのに、どうしてデンマンさんは弘中先生のお話を覚えていなかったのでござ~♪~ますか?

いま、振り返ってみても、僕自身が不思議でならない。。。 やっぱり、どのように思い出そうとしても記憶に無い。 どう言う訳か僕にとって『田舎教師』の主人公のモデルになった小林秀三の印象が強烈で、弘中先生の話は、多分聞いたと思うのだけれど、全く記憶に無いのです。

そのような事があるのでござ~♪~ましょうか?

あるのですよう。 何が強烈に印象に残るのかは、人によってさまざまですからね。

「弘中先生 熊谷」と入れてYahoo!で検索したネット市民は、デンマンさんのように熊谷高校の卒業生かもしれませんわねぇ~。。。

たぶん、そうでしょう。。。 卒業してから数十年経って 『坊っちゃん』のモデルが旧制熊谷中学で教えていたことを確認するためにネットで調べ始めたのですよ。。。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたは『坊っちゃん』のモデルが弘中先生だと知っていましたか?

あたくしは知りませんでしたわ。

では、ここで あなたのために NHK新春ドラマ1994年に放映された『坊っちゃん』をお見せしますわね。


(soseki007.jpg)

ところで、話は変わりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますわよう。

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 信じられないってぇ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。


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『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。

つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。

この際 高望みはいたしません。

“寅さん”のような人でもいいですわ。

旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。

ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。

“袖触れ合うも他生の縁”と申します。

あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。


(tora019.jpg)

ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいね。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

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定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

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藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(hama10.jpg)

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


(zurose2.jpg)

『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『布袋さんに惹かれて』

『悪女 レオタード』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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舞踏会 明子

2017年2月13日

 

舞踏会 明子

 


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(nobelbanq3.jpg)


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旧ソビエト連邦時代のグルジア出身の

アルメニア人音楽家アラム・ハチャトゥリアンの作曲した

仮面舞踏会はミハイル・レールモントフの戯曲

『仮面舞踏会』を題材にした音楽作品で、

当初は劇音楽として作曲されたが、

後に作者本人によって管弦楽のための

組曲に編成された。

この組曲の最初の“ワルツ”に合わせて

ヒロインのナターシャ・ロストワが

初めての舞踏会でアンドレイ・ボルコンスキー公爵と

踊るのだけれど、このシーンが

デンマンの心を最も捉(とら)えたのでした。


ケイトーは明子さんじゃなくて真由美ちゃんと舞踏会で踊ったのォ~?


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ん。。。? 僕が明子さんじゃなくて真由美ちゃんと舞踏会で踊ったのですかァ~。。。

私が質問しているのよ。。。 真由美ちゃんとケイトーが踊っている写真が上の中にあるじゃない!

あのねぇ~、それらしい写真がないと面白くないので、真由美ちゃんと僕の写真を貼り付けたのですよ。。。

じゃあ、明子さんというのは、いったい誰なのよゥ?

ちょっと次のリストを見て欲しいのです。。。


(liv70123a3.png)

『拡大する』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の1月22日の日本時間で午後2時9分から午後2時39分までの30分間の「生ログ」です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しいのですよ。。。

あらっ。。。 1月22日の午後2時31分に Yahoo!で画像検索して『美しい日本語』を読みにやって来たのねぇ~。。。

そういうことです。。。

“美しい日本語”と舞踏会が どのように関係しているのォ~?

あのねぇ~、「リファラ」のリンクをクリックすると次の検索結果が出てくるのですよ。。。


(yah70123c.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「舞踏会 明子」と入れてYahoo!で画像検索したのねぇ~。。。

そうなのですよ。。。  78,500件ヒットするのだけれど、画像検索したネット市民は赤枠で囲んだ写真をクリックしたのです。。。 すると次のページが出てきます。


(yah70123d.png)


『拡大する』

『美しい日本語』

あらっ。。。 この写真の女性が“明子”さんなのォ~?

いや。。。 この女性は明治時代に実在した皇族の女性ですよ。。。 たまたま“舞踏会”という雰囲気にふさわしいと思って記事に載せたのだけれど、明子さんではありません。。。 検索したネット市民は、明らかに芥川龍之介が書いた「舞踏会」という作品に出てくる“明子”さんを探していたようです。。。

芥川龍之介 「舞踏会」


(rokumei02.jpg)

(略) …が、鹿鳴館の中へはいると、間もなく彼女はその不安を忘れるような事件に遭遇した。
と云うは階段のちょうど中ほどまで来かかった時、二人は一足先に上って行く支那の大官に追いついた。
すると大官は肥満した体を開いて、二人を先へ通らせながら、呆れたような視線を明子へ投げた。

初々しい薔薇色の舞踏服、品好く頸へかけた水色のリボン、それから濃い髪に匂っているたった一輪の薔薇の花—実際その夜の明子の姿は、この長い辮髪(べんぱつ)を垂れた支那の大官を驚かすべく、開化の日本の少女の美を遺憾なく具えていたのであった。 (中略)


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二人が階段を上り切ると、二階の舞踏室の入口には、半白の頬髯(ほおひげ)を蓄えた主人役の伯爵が、胸間に幾つかの勲章を帯びて、路易(ルイ)15世式の装いを凝らした年上の伯爵夫人と一緒に、大様(おおよう)に客を迎えていた。
明子はこの伯爵でさえ、彼女の姿を見た時には、その老獪(ろうかい)らしい顔のどこかに、一瞬間無邪気な驚嘆の色が去来したのを見のがさなかった。

人の好(い)い明子の父親は、嬉しそうな微笑を浮かべながら、伯爵とその夫人とへ手短に娘を紹介した。
彼女は羞恥と得意とを交(かわ)る交(がわ)る味わった。
が、その暇にも権高(けんだか)な伯爵夫人の顔立ちに、一点下品な気があるのを感づくだけの余裕があった。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


72-74ページ
『日本人が忘れてしまった美しい日本語』
著者: 佐藤 勝 
2002年8月19日 第1版発行
発行所: 株式会社 主婦と生活社

「舞踏会」は大正9年1月に発表された芥川が書いた短編なのですよ。 鹿鳴館での舞踏会の一夜を描いた前半と、32年後の秋の日を描いた後半とから成り立っているのです。 前半は、明治19年11月3日、今で言えば天皇誕生日に、鹿鳴館での舞踏会にデビューした数え年17歳の明子が経験した忘れえぬ一夜の物語なのです。 上の部分は、その前半の一部です。 明子さんがマジで美しいので彼女を見た「主人公の伯爵」の「老獪らしい顔」にさえ「無邪気な驚嘆の色」が表れてしまうというのですよ。

。。。で、後半は?

後半では、上の場面から32年後の秋の日の事が書かれているのです。 つまり、大正7年の秋なのです。 汽車の中で青年小説家が明子さんと一緒になる。 その時、32年前の舞踏会の思い出を小説家に語るのです。

その思い出というのが上のエピソードの中の老獪(ろうかい)な顔をした伯爵のことですか?

違うのですよ。 実は、伯爵に出会った後で明子さんはフランス海軍将校と踊るのです。 そのフランス人が明子さんの美しさを「ワットオの画の中の御姫様のよう」だと言うのです。

ワットオというのはフランス人の画家なのォ~?

実は、ワットオという呼び方は大正時代の呼び方だったらしい。 ウィキペディアで調べたらアントワーヌ・ヴァトー(Antoine Watteau: 1684年10月10日 – 1721年7月18日)のことですよ。 


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300年前に活躍していた画家です。 Watteau は次のような女性の絵を描いたのです。


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ケイトーも、こういうタイプの女性が美しいと思うの?

いや。。。 僕が思っている「美しい女性」のタイプとはかなり違いますよ。

ケイトーが想っている「美しい女性」のタイプってぇ、どういうタイプなのォ~?

例えば、イタリア映画 “I girasoli (Sunflower)” に出てきたロシア人 (Masha) を演じた Ludmila Savelyeva (リュドミラ・サベーリエワ) のような女性ですよ。


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I girasoli – TRAILER

Henry Mancini

Love theme from SUNFLOWER

Ludmila Savelyeva (リュドミラ・サベーリエワ) のような女性が「美しい女性」なのォ~? つまり、ケイトーは白人女性志向なのねぇ~?

違いますよ。 たまたま Watteau の描いた絵にフランス女性が出てきたから白人の女性を取り上げたまでですよ。

日本人だったら。。。?

そうですねぇ~。。。 日本人だったら次のような可愛らしい舞妓さんですよ。

あらっ。。。 ケイトーってぇ、どちらかと言えば幼い感じの女性が好みなのねぇ~。。。? もしかしてロリコンじゃないのォ~?

やだなあああァ~。。。 ロリコンじゃありませんよう! シルヴィーはダイアンも幼い感じを与える女性だと思うわけぇ~?


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どちらかと言えばダイアンも熟女と言うよりは幼い感じを与える女性だと思うわ。

でも、いくらなんでもオッパイの感じといい、ヒップのムキムキした感じといい。。。 ロリコンとは違うでしょう!?

とにかく、ケイトーの美人観はフランス人将校とはだいぶ違ってるわよねぇ~。。。

その通りですよ。 僕もかなり違っていると意識しましたよ。

それで、明子さんはその将校と忘れられない思い出があるのォ~?

いや。。。 その夜、鹿鳴館で会っただけですよ。 ただ、二人でバルコニーに出て「ほとんど悲しい気を起こさせるほどそれほど美し」い花火を見ながら言葉を交わすのです。

どのような。。。?

「私は花火のことを考えていたのです。 我々の生(ヴィ)のような花火の事を」とフランス人の将校は言うのです。 花火は一瞬美しく輝いて永遠に真暗な闇の中に沈んでゆくので、そこにフランス人将校は「我々の生(ヴィ)」の象徴を見ていたと言いたかったのですよ。 つまり、人形のように美しい明子も、一瞬輝いて闇に消えてゆく。。。 美しさとはそのようなものと芥川は捉(とら)えていたのですよ、多分。。。 おそらく芥川がフランス人の口を借りて、そのように言わせたのですよ。

ただ、それだけのことですか?

そうです。 フランス人将校と明子さんとの間にそれ以上の発展はない。 ただ、物語を読んでゆくと僕はハッとしてある驚きを感じたのですよ。

どのような。。。?

明子さんの話を聞きながら、小説家は話の中の海軍将校がピーエル・ロティである事を知るのです。

あの『Madame Chrysanthème (お菊夫人)』を書いた作家ですか?

そうです。 芥川は短編の中で49歳の明子さんに次のように言わせているのですよ。


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存じて居りますとも。 Julien Viaud (ジュリアン・ヴィオ)と仰有る方でございました。


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あなたも御承知でいらっしゃいましょう。 これはあの『お菊夫人』を御書きになった、ピエール・ロティと仰有る方の御本名でございますから。。。


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「お菊」さんのモデルになった「オカネ」さん


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ケイトーにとってぇ、明子さんが鹿鳴館でピエール・ロティに出会ったということがそれほどの驚きなのォ~?

あのねぇ~、ピエール・ロティは1885年と1900~1901年の二度、日本へやって来ているのですよ。 鹿鳴館のパーティに出たのは1885年に日本へやって来た時なのです。 でもねぇ~、『お菊夫人』の中では芥川が『舞踏会』で書いているようなことは言ってないのですよ。

どのよなことを言ってるのですか?

鹿鳴館でダンスを踊る日本人を「しとやかに伏せた睫毛の下で左右に動かしている、巴旦杏(アーモンド)のようにつり上がった眼をした、大そうまるくて平べったい、小っぽけな顔」「個性的な独創がなく、ただ自動人形のように踊るだけ」「何と醜く、卑しく、また何とグロテスクなことだろう!」と書いている。

あらっ。。。 ピエール・ロティは日本人に対して蔑視に近い念を抱いていたということじゃない!?

だから、そのように言う評論家も多いのですよ。 でもねぇ、もしピエール・ロティが『Madame Chrysanthème (お菊夫人)』を書かなかったら、ヨーロッパやアメリカでの日本女性の人気はなかったのですよ。

でも、「(鹿鳴館でダンスを踊る日本人は)何と醜く、卑しく、また何とグロテスクなことだろう!」と書いているのでしょう?

でもねぇ~、そういう悪い事ばかりを書いているわけじゃない。 ヨーロッパ人やアメリカ人が読んだら、「日本へ行って、ぜひとも日本のきれいな女性とロマンスを味わいたい」というような夢を膨らませるようなことも書いている。

マジで。。。?

もちろんですよ。 あの有名なプッチーニのオペラ『蝶々夫人 (Madame Butterfly)』も。。。、また最近では、1989年9月20日にロンドンのウエストエンドで初演されたミュージカル『ミス・サイゴン (Miss Saigon)』も、ピエール・ロティの『お菊夫人(Madame Chrysanthème)』をストーリーのベースにしているのですよ。

Madame Butterfly

Miss Saigon

でも、ピエール・ロティがそれほどの影響をマジで与えたのかしら?

じゃあねぇ~、駄目押しのエピソードをシルヴィーのために、ここに載せますよ。 読んでみてください。


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チェーホフは2月に日露戦争がはじまったあとの明治37(1904)年7月15日(グレゴリ暦)に亡くなった。
その3日前の友人あての手紙で、日本が戦争に敗北するのを予想して、「悲しい思いにかられている」と記した。
そして死の床についたとき、ぽつんと「日本人」(単数形)と呟いたという。
夫人のクニッペルがちょっとシャンパンを口に含ませた。
するとチェーホフはドイツ語ではっきりと医師に「Ich sterbe」(死にます)といい、それから夫人の顔を見て微笑んで「長いことシャンパンを飲んでいなかったね」と語りかけ、静かに横になり、眼をつむり、そのまま永遠の眠りについた。
午前3時であった。

まるで一場の芝居をみるようであるが、日本に来たこともないチェーホフが、死の床で日本と日本人にたいして何やらの想いを吐露しているようで、すこぶる不思議ではないか。

ところが、そのナゾが中本信幸氏の『チェーホフのなかの日本』(大和書房)を読むことでスパッと解けた(ような気がする)。

明治23(1890)年の春、彼はサハリン(樺太)への長途の旅にでた、その帰り道の途中のこと。
ときは6月26日、ところは中国と国境が接しているアムール河ぞいのブラゴヴェシチェンスクである。
ここで何事かが起こった。

翌27日、チェーホフは友人の作家スヴォーリンに手紙を書いているそうな。
「……羞恥心を、日本女は独特に理解しているようなのです。
彼女はあのとき明かりを消さないし、あれやこれやを日本語でどういうのかという問いに、彼女は率直に答え……ロシア女のようにもったいぶらないし、気どらない。
たえず笑みを浮かべ、言葉少なだ。
だが、あの事にかけては絶妙な手並みを見せ、そのため女を買っているのではなくて、最高に調教された馬に乗っているような気になるのです。
事がすむと、日本女は袖から懐紙をとりだし『坊や』をつかみ、意外なことに拭いてくれます。
紙が腹にこそばゆく当たるのです。
そして、こうしたことすべてをコケティッシュに、笑いながら……」
と書き綴ってきて、最後に記すのである。

「ぼくはアムールに惚れこんでいます。
2年ほどここで暮らせたらもっけの幸いと思うのです。
美しく、広々として、自由で、暖かい。
スイスやフランスでも、このような自由を1回も味わったことはありません」
アムール河畔でのたった一夜の契り。
だが「ぼくはアムールに惚れこんでいる」とまでいう。

当時、シベリア沿海州には、日本人の“からゆきさん”が多くいたことは記録にも見えている。
その中の一人が、チェーホフに優しさと暖かさというイメージ(夢)を抱かせ、その想いがふくらみ、ついに名作『桜の園』を生ましめた。
「庭は一面真っ白だ。 …… 月光に白く光るんだ」(ガーエフ)、
「すばらしいお庭、白い花が沢山」(ラネーフスカヤ)、
こうした日本の桜の純白の美しさを教えたのは、実に、その言葉少なな日本女であった。


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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


237-239ページ
『ぶらり日本史散策』
著者: 半藤一利 
2010年4月15日 第1版発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

つまり、チェーホフがアムール河ぞいのブラゴヴェシチェンスクで日本人の「からゆきさん」に会ったのはピエール・ロティの『Madame Chrysanthème (お菊夫人)』の影響だと言いたいのォ~?

その通りですよ。 チェーホフは1890年の4月から12月にかけて当時流刑地として使用されていたサハリン島へ「突然」でかけたのですよ。

どうして。。。?

あのねぇ~、ピエール・ロティの『Madame Chrysanthème (お菊夫人)』が出版されたのは1887年なのですよ。

つまり、チェーホフは『Madame Chrysanthème (お菊夫人)』を読んで、それでサハリン(樺太)への長途の旅の帰り道にアムール河ぞいのブラゴヴェシチェンスクに立ち寄り日本人の「からゆきさん」に会ったと。。。?

その通りですよ。 『Madame Chrysanthème (お菊夫人)』には、それほどの影響力があったということです。


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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたはオペラ『蝶々夫人』を観たことがありますか?

もし、興味があったらここに2時間のオペラを貼り出しますので、

時間があったら観てください。。。


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ところで、シルヴィーさんのことをもっと知りたかったら次の記事を読んでください。


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『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』

『真紀子落選(2013年1月14日)』

『野火(2013年1月18日)』

『タイタニックと国際化(2013年2月1日)』

『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』


(sunwind2.gif)

『チョコレートと軍産複合体』

『チョコレートと甘い権力』

『CIAの黒い糸』

『美しい日本語再び』

『宮沢りえブーム?』

『また、宮沢りえ?』

『浅間山噴火とフランス革命』

『なぜアクセスが急増したの?』

『気になる検索ワード』

『なぜ塩野七生批判』

『その検査、ムカつく!』

『宮沢りえと床上手な女』

『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

『ジャルパックと国際化』

『古代ローマのセックス』

『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

『エロいけれどためになる話』

『えろあくにめ温泉』

『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』

『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

『幻の暴走機関車』

『CIA@NOパンツ』

『やっぱり、セックス』

『セックス風呂具村』

『CIAの黒い手再び』

『アダムとイブは何を食べたの』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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あれっ、松本清張

2017年1月14日

 

あれっ、松本清張

 


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デンマンさんは松本清張さんのファンなのですか?


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そうです。。。 清張さんの歴史小説、時代小説、それに“昭和発掘”、“日本の黒い霧”などは、むさぼるように読みました。。。

それで、今日は“あれっ、松本清張”というタイトルにしたのでござ~ますか?

そうです。。。 いけませんか?

何を書こうとデンマンさんが投稿するのですから、あたくしは別段 異論はござ~ませんけれど、なんだか、ぱっとしないタイトルでござ~ますことォ~。。。

そうですかァ~。。。 あのねぇ~、実は 夕べバンクーバー市立図書館で借りていた清張さんの本を読んでいたら次の箇所にぶち当たったのですよ。。。 

解題 香山二三郎

 

1950年代後半、すなわち短篇「張込み」でミステリーの世界に進出、『点と線』、『眼の壁』をきっかけに社会派推理のパイオニアとして人気作家にのしあがる頃から、1960年代初頭、『日本の黒い霧』で歴史ノンフィクションに新境地をひらくあたりまでの頃に発表されたものが収められていることがわかる。


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数々の話題作の舞台裏を知る上でも清張ファンには読み逃せない一冊といえよう。

中でも、ミステリー、推理小説に新たな地位を築こうとする意欲的な論考、作品の着想、ヒントにまつわるメモを日記形式で記した「創作ノート」等は興味深い。
前者の論考については、何よりも社会派推理のパイオニアとしての意気込みが伝わってこよう。 (略)

『日本の黒い霧』についても、

「もとより、私は『固有な意味での文学』などを書こうとは思わなかった。
そういう既成の枠からはずれてもかまわない、自分の思い通りの自由な文章で発表したかった。
作者が考えていることをもっとも効果的に読者に伝達するには、これまでの形式などはどうでもよいのである」(「現代の犯罪」/『黒い手帳』)

…と、これまた前衛的な姿勢を貫いたことを明言している。

いっぽう後者の「創作ノート」については、清張が書斎にこもり切りになるタイプの作家ではなかったことがよくわかる。
取材に歩き、先輩作家を訪問し、パーティにも出席。

ときには「終日街を彷徨す」(「推理小説の発想」/『黒い手帳』)ということもあった。
その折々の日常の場面から、様々なヒントやアイデアを得ていたのである。

清張の場合、

「電車の中や散歩に、なんとなく面白そうな考えがうかぶことが多い。
電車といってもいつも見馴れているような沿線でないと目移りがしていけないし、多少、退屈な状態でないと思索が働かない。

こういう意味では、満員電車の中に挟まれて身動き出来ない状態のほうがいいようだ。
散歩でも、いつも通っている道のほうが思考を凝集させやすいようである」(同前)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


283-284ページ 『松本清張傑作選』
編者: 佐藤 優
発行所: 株式会社 新潮社

上の小文を読んでも判るように、清張さんは書斎に閉じこもって毎日作品を書くことに没頭する作家ではないのですよ。。。

つまり、ときには「終日街を彷徨す」こともあったということですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 だから、例えば、次の文章を読むと、更にその事がよく解るのですよ。。。

たづたづし


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夕闇は 
 

路(みち)たづたづし
 

月待ちて
 

行かせわが背子
 

その間にも見む

 

(709)

この歌は奇妙にわたしの頭に印象を刻んでいる。
別に万葉集や和歌に趣味があるのではない。
たまたま本屋に寄って万葉集の本を開いたとき、偶然、この歌が眼にふれて頭に残ったのだ。

そのときも、どのような心理で本棚に並べてある万葉集を手に取ったかよく分からない。
それも東京ではなく、信州諏訪の本屋だった。
妙な土地で見たものだ。

この歌の意は、「月が出るまでの暗がりの路は、たどたどしくて分かりにくいものです。 あなた、どうか月が出るまで待って、その上でお出かけ下さい。 その間にもあなたのお側にいとうございます」というのであろう。

なぜ、こんな歌がそのとき、わたしの頭に沁みこんだのだろうか。
万葉の頃は、婿が女房の家に行く通婚(かよいこん)だったから、こういう情景もあったのだ。

夫は昼ごろから来ていたのか、宵から通って来たか、とにかく女房と一刻を過ごした夫はいざわが家に帰ろうとする。
歌には夕闇とあるが、もっと遅い時刻と考えてもさしつかえなかろう。
月の出が遅い晩もあるからだ。

女房は何のかんのと云って引き留める。
夫の肩を抱き、月が出るまではここに居て下さいね、途中が危ないわ、などといって口説いている。
夫は、そうだな、とか、まあ、とか云いながら、女の情にひかされてぐずぐずしている。
……そんな場面がうかぶのだ。

実は、このままの感情が、ついその前まで、わたしの身に降りかかっていたのである。
そして、この歌を読んだ時と場所がいっそうわたしに感銘を与えたのであった。

 (270-271ページ)


 

解題 香山二三郎

 

「たづたづし」(「小説新潮」1963年5月号)の表題もまた万葉集から取られたものだが、こちらは考古学とは関係ない。
官庁の課長(小官僚だ!)が不倫相手に刑務所に入っている夫が居るのを知って殺そうと決意、女を中央線の富士見に誘い出すが……。

「書いたときは少しイヤ味な題だと思ったが、いまはそれなりに落ちついている。
この小説に使った場所は、わたしが以前に住んでいた練馬区の上石神井のあたりである。

いまから17,8年前は、上石神井も武蔵野の名残りがあって、雑木林の小径がいたるところで見られたものだ。

暗い木立の下を抜けると月光の路に出、また闇の林の中に入るといった風情であった。
今は雑木林がとり払われ、団地や建売住宅地になっている。

「諏訪の本屋」というのは、上諏訪にいて、先年物故した考古学者の藤森栄一氏が経営した本屋のことである。」(あとがき/『松本清張全集 38』文藝春秋)


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東京郊外の“新開地”を舞台にした万葉の恋歌さながらの情事が、身勝手な犯罪劇へと転じていくサスペンスの妙。
八ヶ岳や木曽等、信州の自然、風景との対照も読みどころ。

 (344ページ)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


『松本清張傑作選』
編者: 原 武史
発行所: 株式会社 新潮社

要するに、松本清張さんは足で歩いてモノを書く作家なのですわねぇ~。。。

そうなのですよ。。。

。。。で、デンマンさんも足で歩いてブログを書くのでござ~ますか?

もちろん、僕も毎日往復1時間かけて自宅のマンションとバンクーバー市立図書館を往復して記事を書いているのですよ。。。

つまり、この事が言いたかったのですか?

いや。。。、それだけじゃなく、僕は本屋で清張さんに会ったことがある。。。

まさかあああァ~。。。 マジでござ~♪~ますかァ~。。。?

このような重要な瞬間に、僕はウソやデマカセを言いませんよ。。。

。。。で、どこの本屋で松本清張さんに出会ったのでござ~ますかァ~? まさかァ~。。。、まさかァ~。。。、バンクーバーの本屋さんではないでしょうねぇ~。。。!?

いや。。。 バンクーバーの本屋ではありません。。。 まだ、僕が日本で松下に勤めていた頃の話です。。。

だから、どこの本屋さんですか?

それが、こともあろうに、新宿の東口の紀伊国屋書店。。。 それも本店の2階です。。。


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あらっ。。。 デンマンさんはマジで こうして清張さんにお会いになったのでござ~ますかァ~?

間違いなく会いました。。。 でもねぇ~、このような微笑ましい出会いではなかったのですよ。。。

つまり、清張さんに完全にシカトされたのでござ~ますかァ~!?

いや。。。、シカトされたというのとも ちょっと違うのですよ。。。 とにかく、清張さんの吐く息が感じられるくらい近かった。

あらっ。。。出版のパーティとか講演会で会ったのでござ~ますかァ?

いや。。。、パーティとか講演会ではないのですよ。。。 さっきも言った通り本店の2階の新刊書のあたりですよ。。。

それ以前にデンマンさんは清張さんと話したことがあるのですか?

いや。。。僕は全く清張さんの一読者に過ぎません。 それまでに会ったことも見たこともない。

つまり、新宿の本屋さんで見かけた程度だったのですか?

そうなのですよ。 

デンマンさんのことですから清張さんのサインを求めたのでしょう?

いや。。。そういう雰囲気ではありませんでしたよ。 あの風貌ですからねぇ~。。。 ブスッとした表情を浮かべているように見えるでしょう? 話しかけたいような気にならない。 清張さんには人を寄せ付けない雰囲気があるのですよ。。。

もしかして他人の空似ではありませんか?

あのねぇ~、清張さんの顔は、写真で見ても一度見たら忘れられないような個性的な人相ですよ。 あの人相は、そうやたらにあるもんじゃない。 だからこそ、すぐに清張さんだと判ったのですよ。

それで清張さんは紀伊国屋の本店で本のサイン会を開いたのですか?

いや。。。僕と同じように本屋に立ち寄ったという感じでしたよ。 入り口から5メートルぐらい入った所の新刊書の書棚の前で僕は本を手にとってパラパラめくっていた。 そしたら隣に背の低い 冴(さ)えない着古したコートを着た男がやって来た。 本を手に取るでもなく背表紙を見ているといった感じでした。

その人が清張さんだったのですか?

そうなのです。 150センチぐらいしかない小男ですよ。 どのように見ても155センチ以上はなかった。 松本清張ってぇこんな小男なのだろうか!? 顔が大きく大柄な人だと僕は思い込んでいた。 それが意外にもブスッとした小男だった。 それが僕の第一印象でしたよ。

それで、その場に居た他の人はどのような反応を示したのですか?

その日はたぶん土曜日か日曜日だと思うのですよ。 でも、それほど店内は混んでいたわけじゃなかった。 5メートルほどの本棚の並びには僕と清張さんの他に2人か3人程度だった。 誰も気づいていないようだった。 気づいていたとしても、僕と同様に「人を寄せ付けない雰囲気」を感じていたに違いない。 だから、誰も話しかけようとはしなかった。

いつ頃の話ですか?

まだ僕が海外に出る前、日本に居た頃ですよ。 当時、僕は松下産業の正社員で横浜港北区にある松下通信工業(株)に出向していた。 その日の事はよく覚えていますよ。

どうして。。。?

あのねぇ~、会社のダンスパーティーで仲良くなった技術管理課の女の子とデートをする予定だったのですよ。

あらっ。。。会社のダンスパーティーでナンパしたのでござ~ますかァ~? うふふふふふ。。。

やだなあああァ~。。。そのように茶化さないでくださいよう。

つまり、真面目に付き合おうとしていた女性なのですか?

当然ですよ。 かなり前に記事に書いたことがありますよ。 ちょっと読んでみてください。

床上手な女


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上の記事の中でも7番目に「ダンスのうまい女性は床上手」と書いてあるでしょう。。。僕も、実際、そう思いましたよう。


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デンマンさんには体験談があるのですか?

あるのですよう。 僕は松下産業に入社して横浜の綱島にある松下通信工業に出向したんですよう。それで、毎年ダンスパーティーに顔を出すようになった。

社内ダンスパーティーですか?

そうです。どう言う訳か、綱島の大食堂ではやらずに、佐江戸にある工場の集会場でやったのですよう。3000人ぐらい入れる会場なのですよう。

綱島から、かなり離れているのですか?

同じ横浜市にあるのだけれど、僕は車を持っていなかったので電車を乗り換えてゆくから、1時間ぐらいかかりましたよう。


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左の方に「松下電器産業」と書いてあるけれど、ここが僕が松下通信工業で働いた時には、通信工業の佐江戸工場があった所ですよう。現在では都築(つづく)区にあるけれど、この区は港北区と緑区の一部が分区して、新しくできたとか。。。僕が居た頃は港北区だったように思うのですよう。当時は工場の周りは畑で、家などほとんど無かった。おそらく、新しい区ができるほどだから、今では、工場の周りには家が建ち並んでいるのでしょうね。東横線の綱島駅から菊名駅で乗り換えて、横浜線で鴨居駅で降り、そこから田んぼの中を工場まで20分ぐらい歩いたものですよ。

それで、たくさんの人が集まったのですか?

そうですよう。まるでお祭りさわぎでしたよう。少なく見積もっても1500人ぐらいがやって来ていました。“芋の子を洗う”ようだと言う形容があるけれど、まるでイモを洗うように人がゴロゴロとダンスしていると言う感じだったですよう。うしししし。。。

大勢の人たちが所狭しと踊っていた訳ですか?

そうなのですよう。僕はデータ制御事業部の技術部で働いていたのだけれど、技術部技術課はすべて男だけです。技術部には250人ぐらい居ました。 女性が居るのは技術管理課という課だけで、そこには課長1名と係長1名、それに7人の女性が居たのですよう。

。。。で、デンマンさんのことだから、すぐにその7人の女性たちと仲良くなったのでしょう?

そうです。 やっぱり技術管理課の女性たちと仲良くしないと仕事がやりにくいですからね。

どうしてですか?

打ち合わせがあったりすると、技術管理課の女の子に頼んでコーヒーを入れてもらうのですよう。 そう言う時でしか会社の只のコーヒーが飲めない。うしししし。。。

つまり、会社の只のコーヒーを飲むために女の子のご機嫌をとって仲良くしていたのですか?

うん。。。、確かにそういう下心が半分ありましたよね。うへへへへへ。。。お金を払って飲むコーヒーショップが会社の食堂の一角にあったけれど、そういう所で打ち合わせをしたことが無い。うしししし。。。

それで、その女の子たちと踊った訳ですか?

そうですよう。同じ社員でも見ず知らずの女性と踊るよりは、普段、顔を合わせている女性の方が、やっぱり踊りやすいですよね。

それで、どう言う事があったのですか?

あのねぇ~、僕は学生時代から数えれば、少なくとも200人を越す女性と踊ったと思うのですよう。

それで。。。?

その7人の中に山本恵子さんと言う女性が居たのですよう。この人と踊った時だけ、僕の背後に他のカップルが近づいてくると、僕の肩に置いた手の人差し指だったか?あるいは中指だったか?“すぐ後ろに他のカップルが近づいてきて、ぶつかりそうになっていますよう”。。。まるで僕にそう言うように指先に力を込めて知らせるのですよう。“あっ。。。うしろ。。。うしろ。。。”なんて、言葉で言う女の子も居たけれど、やっぱり、指先で知らせる方が洗練されているような感じで、僕は改めてこの恵子さんを見直したのですよう。

そのような事をするのはデンマンさんのお相手では恵子さんだけだったのですか?

そうなのです。後で話を聞いたら、女子高時代にそうするように先生に教わったと言うのですよう。それがマナーなのかもしれないけれど、僕は教わった事が無いし、それまでに、そのような事をする女性と踊った事が無い。

。。。で、実際に恵子さんは床上手だったのですか?

残念ながら、ベッドの中でお相手をしてもらうような関係にはならなかったのですよ。 本当に残念でした。 でも、上の記事を読み返しながら、恵子さんならば、まず間違いなく床上手だろうと、しみじみと懐かしみながら思い出したと言う訳なのです。


『床上手な女』より
(2008年9月16日)

つまり、この恵子さんと新宿でデートしたのですか?

そのつもりだったのだけれど、当日になって急用ができたので行けないと言ってきたのですよ。

デンマンさんの下心を見透かして遠回りに断ったのですわ。 うふふふふふ。。。

あのねぇ~、そのような下心はありませんでしたよ。

それで一人でブラブラと新宿まで出かけて行ったのですか?

そうです。 新宿でデートするつもりだったので、他にすることが思い浮かばなかったから新宿まで行った。 これからどうしようかと考えながら時間つぶしに本屋に入ったのですよ。

そしたら松本清張さんを見かけたというわけですか?

そうです。 どうせ有名人を見かけるなら松本清張さんよりも原節子さんに会いたかったですよ。 うへへへへへ。。。


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原節子さんが人通りの激しい新宿に行くはずないでしょう!?

どうして。。。?

だってぇ~、小津安二郎監督が亡くなってからは、まるで雲隠れしたように姿を公衆の面前に現さないというもっぱらの評判でしたわ。

確かにそうなんだけれど、いつだったか山手線の電車の中で吊り輪につかまって単行本を読んでいた原節子さんを見たという人の手記をネットで読んだことがありますよ。

きっと他人の空似ですわよ。

ところで、『ウィキペディア』で清張さんの面白いエピソードを見つけました。


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•酒も食事もあまり興味はなく、唯一の趣味はパチンコであった。行きつけの店は西荻窪の駅前にあり、周囲に気づかれないよう変装してパチンコ店に入ったこともあったが、すぐに清張とわかってしまい困ったという。

•人見知りをするところもあり、人との付き合いが下手であったとされる。文壇との関係も薄かった。ただ、無口ではあったが、暗い性格ではなく、身内や馴染みの者に適度に茶目っ気を見せることもあった。

•「ぼくのマドンナ」像を問う企画の際、以下のように述べている。「私のマドンナ像は、いくつかの条件がある。まず、その女性との交流はプラトニックなものでなくてはならない。肉欲を感じさせるものなどもってのほか、あくまでも清純で、処女性を備えている必要がある。次ぎに、その関係は私の側からの片思いでなくてはいけない。相思相愛では、神聖な域にまで高められたイメージも、たちまちにして卑近な現実の無禄と化す。この世では到底思いのかなわぬ高嶺の花 – この隔たりこそ、切ないまでのあこがれをかきたてる要因である。私にとってのマドンナはまた、絶世の美女ではなくてはならない。いやしくもマドンナというからには、普遍化された理想像であって、個性などというものの入り込む余地はないはずだ。美人ではないが気立てのいい女、というのでは、話にならないのである」。

•小説中の女性の描写に関して、瀬戸内寂聴は以下のエピソードを伝えている。清張の執筆量が激増した頃、ある女性と縁ができた。この女性は結婚願望が強かったが、清張は夫人を大切にしていて、離婚は思いも及ばないことであった。しかしその女性はどうしても清張夫人の座が欲しく、あらゆる難題を吹きかけ、手を尽くして自分の欲望を遂げようとした。のちに瀬戸内がその女性を取材した際、女性は悪しざまに清張を罵倒したため、瀬戸内は書く気が失せ、その仕事を降りた。そののち、清張は瀬戸内が書かなかったことへのお礼を述べ、「悪縁でしたね」と言った瀬戸内に、「そうとも言えないんだ。彼女のおかげで、ぼくは悪女というものを初めて識った。あれ以来小説に悪女が書けるようになった。心の中では恩人と思ってるんだ」と答えたという。

•『黒い画集 寒流』『風の視線』『霧の旗』など清張原作の映画に出演しているが、清張は新珠三千代が大のお気に入りであったと言われる。『婦人公論』1962年10月号紙面には清張と2人で登場し、演出家の和田勉によれば、1980年代になっても、良い「若手女優」を清張に尋ねると、清張はすでに50歳となっていた新珠を推してきたという。

•清張との厳しい思い出を語る関係者は多い。「(清張のあからさまな門前払いに遭い)涙を流した」(森村誠一)、「(清張に自分の取材結果を一蹴され)一瞬、殺意を感じましたよ」(郷原宏)。他方、「(清張)先生はジェントルマンなんですよ」(藤井康栄)、「逆境にあったり、虐げられた立場にあったり、コツコツ努力する人間に対しては殊の外暖かい」(林悦子)、「陰口をたたいた者は一人もいなかった」清張邸のお手伝いなど、優しく他人を思いやる人だったと回想する関係者も多い。

•本人が評価していた映画作品は『張込み』『黒い画集 あるサラリーマンの証言』『砂の器』だけであったという(三作とも脚本は橋本忍)。


出典: 「松本清張」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

変装してパチンコ店に入ったと書いてあるけれど、なまじ変装などして入るから見破られて話しかけられてしまうのですよ。 そのままで入れば、清張さんには近寄りがたいオーラのようなものがあるから、僕のように好奇心が強い男でも、なんとなく避けるものなのですよ。

そうでしょうか?

それにしても清張さんに夢中になってしまった女性が居るというのは意外ですねぇ~。。。 「蓼(たで)食う虫も好き好き」というけれど、マジでそう思いましたよ。

デンマンさん。。。! ご自分のことを考えたらどうですか?

それもそうですねぇ~。。。 顔で判断してはいけませんよね。 うししししし。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

そうですわァ。。。 お顔のことは言うべきではありまえんわァ~。。。

うわさでも、女性のことを“ブス”だとか言うのってぇ、絶対に許せませんわァ~。。。

あたくしのことが、そう言われると思うと、

考えただけでも ふんとにムカつきますわァ~。。。

ところで、話は変わりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますわァ。

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 信じられないってぇ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。


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『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。

つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。

この際 高望みはいたしません。

“寅さん”のような人でもいいですわ。

旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。

ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。

“袖触れ合うも他生の縁”と申します。

あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。


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ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいね。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



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『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』


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『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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千早振る

2017年1月5日

 

千早振る

 


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デンマンさん。。。 見かけによらず“青春マンガ”にハマッているのでござ~ますかァ?


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。。。ん? 青春マンガァ~?

だってぇ~、青春マンガを映画化した作品の予告編を冒頭に貼り出しているではありませんかァ!

いや。。。 僕は青春マンガには興味がありません。。。

でも。。。、でも。。。、映画は見たのでござ~ますかァ~?

いや。。。 バンクーバー市立図書館には、そのDVDがないので観てません。。。

じゃあ、どうして“千早振る”というタイトルを付けて映画の予告編まで貼り出したのですかァ~?

あのねぇ~、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

千早振る


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先生の異名を持つ岩田の隠居が茶を飲んでいると、なじみの八五郎が訪ねてくる。

娘に小倉百人一首の在原業平の歌の意味を聞かれて答えられなかったため、隠居のものを訪ねてきたという。

隠居も実はその「千早振る 神代(かみよ)もきかず 竜田川 からくれないに 水くくるとは」という歌の意味を知らなかった。

しかし、知らぬというは沽券(こけん)にかかわると考え、即興で苦し紛れの解説を始めた。

竜田川というのは一見、川の名前だと思うだろうが、実は昔人気を博した相撲取りだ。
何とか三役に上がりたいと女断ちをして稽古に励んだ竜田川は、ついに大関にまで昇進する。

ある日、吉原に遊びに行った際、“千早”という花魁(おいらん)に一目惚れしてしまう。
ところが、千早は相撲取りが嫌いで振られてしまう。

振られた竜田川は、妹の“神代”にいい寄るが、こちらも「姐(ねえ)さんが嫌なものは、わっちも嫌でありんす」と、いうことをきかない。

このことで、成績不振となった竜田川は力士を廃業し、故郷に帰って実家の家業である豆腐屋を継いだ。

それから数年後、ある秋の夕暮れ時、竜田川の店の前に一人の女物乞(ものご)いが現れる。
「2,3日、一飯も口にいたしておりません。 おからを分けてくれませんか」といわれ、喜んであげようと思い、大きな手いっぱいにおからを握って差し出した竜田川。

しかし、なんとその物乞いは、千早太夫の成れの果てだった。
「お前のせいで、俺は大関の地位を棒に振ったんだぞ」と激怒した竜田川は、おからを地面に叩きつけ、千早を思い切り突き飛ばした。
千早は井戸のそばに倒れ込み、こうなったのも自分が悪いと井戸に飛び込み入水自殺を遂げた。

八五郎は「大関ともあろうものが、失恋したくらいで廃業しますか? いくらなんでも花魁が物乞いにまで落ちぶれますか?」などと、隠居の解説に首をひねり通しだが、隠居は何とか強引に納得させた。

やれ安心と思ったところに八五郎が、「千早振る 神代もきかず 竜田川 からくれないに 水くくる、まではわかりましたが、最後の“とは”は何ですか?」と突っ込んだ。
「そんな半端なのは負けときなよ」
「いいえ、負かりません」

とっさの機転でご隠居はこう答えた。
「千早は源氏名で、“とは”っていうのは彼女の本名だ」


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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


52-53ページ 『落語を聞くおう!』
監修: 林家木久扇
2010年10月1日 初版発行
発行所: 株式会社三才ブックス

あらっ。。。 落語の本ではありませんかァ~?

そうです。。。 落語の本ではいけませんかァ。。。

せめて、“千早振る”が出てくる百人一首の本か。。。 あるいは在原業平の歌が出てくるのですから、『古今集』の本を読んで欲しいですわァ~。。。

僕は、そういう難しい本は性分に合わないのですよ。。。

でも。。。、でも。。。、あたくしを呼び出して源氏物語の記事をたくさん書いているではござ~ませんかア!

あのねぇ~、実は、僕は古典は苦手なのですよ。。。 でもねぇ~、落語は子供の頃から好きなんです。。。 だから、上の落語は、おそらく少なくとも5回ぐらいは聞いているのですよ。。。 古今亭志ん生、柳家こさん、柳家小三治、桂歌丸、。。。 といった噺家の話を聴いたことがある。。。

デンマンさんは百人一首はやらないのですか?

やらない。。。 面白いと思わない。。。

。。。で、どういうわけで百人一首に出てくる和歌を取り上げる気になったのですか?

あのねぇ~、お恥ずかしいことなんだけれど、“千早振る”の歌は、落語に出てくる意味しか知らないのですよ。。。

あらっ。。。 マジで。。。? 百人一首に出てくる歌の意味を知らないのでござ~ますかァ~?

そのように、中学校しか出てない男を見るうよな さげすみの目つきで僕を見つめないでくださいよう! グラドルに夢中になる現代の青少年のミーちゃん、ハーちゃんの95%は百人一首に出てくる“千早振る”の歌の意味はもちろん、落語に出てくる“千早振る”の意味も知らないと思いますよ。。。 この記事を読んでいる95%のネット市民も本当の意味を知らないと思います。

でも。。。、でも。。。、デンマンさんともあろうお方が百人一首に出てくる“千早振る”の歌の意味が解らないなんてぇ~。。。

これでも、僕は日本の古典について少しは知識があると自負しているのです。。。 でもねぇ~、“千早振る”の歌には、これまで全く興味が起こらなかった。。。 うへへへへへへ。。。

笑っている場合ではござ~ませんありませんわァ~。。。 でも。。。、でも。。。、もしかして、この記事を書くために、わざと知らない振りをしているのではありませんかァ~?

いや。。。 僕はマジで知らないのですよ。。。 卑弥子さんは知っているのでしょうねぇ~?

こう見えても、あたくしは京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授でござ~ますわァ~。。。 『源氏物語』や『古今集』は、あたくしにとっては裏庭のようなものでござ~ますわァ~。

なるほど、だったらこの際、解り易く本当の意味を教えていただけますかァ~?

デンマンさんにそのように言われたら、嫌とは申せませんわァ~。。。 次のような意味でござ~ますう。

 

千早(ちはや)ふる

神代(かみよ)もきかず

竜田川

からくれなゐに

水くくるとは

 

在原業平朝臣(17番) 『古今集』秋・294

 

 

【現代語訳】

さまざまな不思議なことが

起こっていたという神代の昔でさえも、

こんなことは聞いたことがない。

竜田川が一面に紅葉を浮かべて

真っ赤な紅色に水をしぼり染めに

しているとは……

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なるほどォ~。。。 こういう意味だったのですかァ~。。。

デンマンさん。。。、少しでも古典に関心がある、と言うならば、この程度のことは常識として心得ておいてくださいなァ~。。。

分かりました。。。 でもねぇ~、どうしてこの歌が面白くないのか、その理由がわかりましたよ。。。

なぜ、この格調高い歌が面白くないのでござ~ますか?

あのねぇ~、例えば、“朝顔に つるべ取られて もらい水”という 加賀千代女の有名な俳句があるでしょう! この俳句は 多くの人が知っていると思うのですよ。。。 なぜか?

なぜでござ~ますか?

なぜならば、一度意味を聞いたら忘れがたい人間ドラマが句の中に秘められているからですよ。

 

朝顔に
 

つるべ取られて
 

もらい水

 

 

井戸で水を汲もうとしたら、

朝顔が釣瓶の所に

つるを巻きつけていた。

朝顔を千切って

水を汲んでも良いのだが、

それは可哀相なので、

隣の家の人に水を貰いにいった。

 

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僕ははっきり言って、“千早振る”の和歌つまらないと思いますよ。。。 なぜなら、そこには人間ドラマがないからですよ。。。 在原業平という人物はドラマが人間の皮をかぶったような人物ですよ。。。 その人が詠んだ歌にしては とてもつまらないと僕は思いますねぇ~。。。 だから、僕には、落語で知られている馬鹿バカしいけれど、とても人間的なドラマが感じられる意味しか記憶にないのだと思いますよ。。。 つまり、文学的に解釈されている意味よりも、落語の解釈の方がドラマチックで、小説か?映画?になるような 面白い解釈です。。。

でも、落語の解釈ならば、『古今集』には載らないのでござ~ますわァ。。。

確かに、時代が違いますからねぇ~。。。

つまり、この事をお話しするために わざわざ“千早振る”というタイトルにしたのでござ~ますか?

もちろん、それだけではありません。。。 実は、かなり以前にレンゲさんと在原業平と斎宮(いつきのみや)について語り合ったことがあるのですよ。。。 在原業平らしい とてもドラマチックな話なのですよ。。。

つまり、その二人のロマンスは、上の“千早振る”の歌よりも、かなり衝撃的なのでござ~ますか?

もちろんですよ。。。 だからこそ、僕はすぐに思い出したわけです。

マジで。。。?

このような時に思わせぶりなことを言って卑弥子さんを強引に僕の話に引きづり込むようなことはしませんよ。。。

マジで衝撃的なロマンスなのでござ~ますか?

僕はウソと卑弥子さんの尻は突きません。。。 (モナリザの微笑)

そのような下卑た事を言ってないで、その衝撃的なロマンスを話してくださいましなァ~。。。

じゃあ、まず次のエピソードを読んでみてください。


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後朝(きぬぎぬ)の文

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斎宮(いつきのみや)は親元から、
くれぐれも丁重に
おもてなしをしなさい、
と言われていたものだから、
在原業平(ありわらのなりひら)を
心を込めてもてなしました。

朝には狩の支度を手伝って
業平を送り出し、
夕方戻ってくると、
斎宮はひとつ屋根の下の
“離れ”に彼を迎え入れたのです。

業平は初めて彼女の姿を
目にした時から逢いたいと
思っていたので
二日目の夜、
斎宮に密かに言ったのです。
「お逢いしたい」と。。。

斎宮も逢いたくない
と言えば嘘になる。
でも、とにかく人目が多く
思うに任せない。

業平は正使なので、
“離れ”と言っても、
斎宮の寝所の近くに
床をとっていました。

神に仕える女の身の上を思えば
逢うことなど絶望的でした。
業平はあきらめかけていました。
でも、なかなか寝付かれない。

ふと外に目をやると、
真夜中の朧(おぼろ)な
月明かりのなか、
童女を先に立てて人が立っている。

皆が寝静まるのを待って
やってきた斎宮でした。

業平は信じられないと思いつつも、
丁重に自分の寝所に
女を導いたのです。

それは、長いようで短い、
短いようで長い密会でした。

でも、じっと二人の様子を
見ていた者が居たなら、
およそ2時間ほど二人は
一緒に居たかもしれません。

斎宮は後ろ髪を引かれる
思いがありましたが、
それ以上一緒に居ることは
出来ないと思い帰ってゆきました。

業平にしてみれば、
もっと女を引き止めておきたかった。
まだ満足に語り合ってもいない。
業平は切なさに
一睡もできませんでした。

翌朝、業平の女に対する思いは
募るばかりです。
でも業平の方から
後朝(きぬぎぬ)の文を送るのは
常識はずれというもの。

向こうから何か言ってこないかと
業平が待ち焦がれていると、
空も明るくなってから
歌が届けられました。

君やこし

我や行きけむ

おもほえず

夢か現(うつつ)か

寝てかさめてか

 

【現代語訳】

あなたが来たのか
私が行ったのか、
夢か現実か寝ていたのか
覚めてたのか
私には何も分からないのです。

業平は女の心の迷いを
感じながらも、
互いに衣を重ねて
共寝した密やかな睦事を
女が夢心地で
受け止めているのを感じて
涙が出るほど
ジーンときたのでした。

業平はさっそく
自分の思いを歌に詠んで
女の元に送り届けたのでした。

かきくらす

心の闇に

まどひにき

夢うつつとは

こよひ定めよ

 

【現代語訳】

心乱れて私も
よくわからなかった。
夢か現実かは
今夜ご確認なさっては
いかがでしょうか。

業平は、このように
「今夜も逢いたい」と詠み送って、
狩りに出たのでした。
野に出てからも
業平は上の空です。
「今夜こそは
早く皆をやすませて逢おう」
などと思っているのでした。

そこへ、狩の使(業平)が
来ていることを
聞きつけた伊勢守が、
饗応を申し出たのです。

翌朝になれば業平は
伊勢を発たねばなりません。
今夜は何が何でも
斎宮と逢いたい。
でも、伊勢守は
斎宮寮頭という役職も
兼ねているので断りきれない。
結局、業平は斎宮に逢えぬ
辛さを隠したまま、
伊勢守らと酒を酌み
交わすのでした。

夜もしらじら明けそめた頃、
斎宮方から業平のもとへ
盃が差し出されました。
見れば、上の句のみの歌が
書き添えてありました。

かち人の

渡れど濡れぬ

えにしあれば

 

【現代語訳】

渡っても濡れもしない
浅い江のようなご縁でしたわね。

男は、続き(下の句)を
松明の燃え残りの炭で
書き付けました。

また逢坂の

関は越えなん

 

【現代語訳】

でも、いつか必ずや
お逢いできましょう。

そのような思いを伝え、
その朝、業平は尾張国へ
旅立っていったのでした。


参考書: 『伊勢物語』(講談社文庫)

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あらっ。。。 マジでワクワク、ヒヤヒヤするようなロマンスでござ~ますわァ~。。。

卑弥子さん。。。 ヨダレがきれいなオベベにタラタラとたれてますよう。。。 みっともないからハンカチを出して拭いてください。。。

。。。で、レンゲさんとは、どのようなお話をなさったのでござ~ますかァ~?

次のような対話を持ったのですよ。。。


(manila05b.jpg)

斎宮が書いた次の上の句からは、情熱的な女が心の内に秘めた熱いものがじんわりと滲み出て来るようですわ。。。

かち人の

渡れど濡れぬ

えにしあれば

【現代語訳】

渡っても濡れもしない

浅い江のようなご縁でしたわね。

そうですか。。。?この句のどこにレンゲさんは、それ程の感銘を受けるのですか?

だから、“渡れど濡れぬ”ですわぁ~。。。

ほおゥ。。。ここのどこに。。。?

デンマンさん。。。そのような事、あたしが説明しなくても、お分かりになるでしょう?

いや。。。なんと言うかぁ。。。はっきりと分からないからレンゲさんに尋ねているのですよ。

だから。。。、だから、斎宮は、もっと濡れたかったのですわぁ。。。でも。。。、でも、濡れたい、濡れたいと思っているのに、思うように濡れない。。。ああぁ~。。。切ない女の胸の内が手に取るように分かりますわあぁ~~

なんだか。。。実感がこもっていますねぇ~?

デンマンさんにも、このような切ない女の気持ちがお分かりになりますかぁ~?

うん、うん、。。。なんとなく分かりますよ。。。でも。。。でも。。。

でも、なんですのォ~。。。?はっきりとおっしゃってくださいなぁ。

レンゲさんは、あのォ~。。。ちょっとばかりね、あなたは濡れる事にこだわっているのではないですか?

だって。。。、だって、斎宮は“渡れど濡れぬ”と、はっきりと書いていますわ。

そうですよ。確かにそのように書いてありますよ。でもねぇ~、斎宮は“浅い江のようなご縁”を強調するために“渡れど濡れぬ”と書いたと思いますよ。つまり、瀬を渡った。でも、思ったより浅くて服が濡れなかったと。。。つまり、浅瀬だった。それで浅い縁と結びつけた。

でも。。。、でも、それでは片手落ちだと思いますわぁ。

そうですかねぇ~?

だって、そうでしょう?デンマンさんは“浅い縁”を強調するためだとおっしゃいますが、あたしはそうではないと思います。

どういうことですか?

斎宮は身も心も、もっと濡れたかったのですわ。もっともっと濡れて業平さんと深い絆を感じたかった。その強い思いがあるからこそ、愛し合った夜のことを“渡れど濡れぬ”と書いたのですわ。つまり、“あなたとお逢いしたけれども、身も心も充分に濡れたわけではありませんでしたわ”。。。このように言いたかったのですわ。

つまり。。。つまり。。。レンゲさんは、この“濡れる”を肉体的な意味で文字通りに“濡れる”と。。。?

そうですわぁ~。そのように解釈して初めて斎宮の切ない女の胸の内が伝わってくるのですわぁ~。。。つまり、斎宮は業平さんに抱かれてもっと濡れたかったのですわ。業平さんに抱かれて女の悦びを感じることができたというのに、まだ斎宮の心は満ち足りてはいなかった。長居はできないので斎宮は帰らねばならなかった。でも、本当はもっと濡れて深い官能の歓びに浸りたいと思っていた。その満ち足りない思いを業平さんに伝え、もう一度逢って思いを遂げたい、と上の句に願いを託したのですわ。

ほおォ~。。。なるほど。。。そのようにも解釈する事が出来ますよね。

あたしは、そのようにしか解釈できないと思いますわ。業平さんは女の気持ちが分かっていたのですわ。

分かっていたのですか?

そうですわ。斎宮の歌の中に込められた切ない女心を理解していたのですわ。だから、下の句で“いつかあなたの思いをかなえてあげますよ”と書いているのですわ。

しかし。。。

しかし、何ですの?

当時、斎宮は16才か17才ですよ。いろいろな書物に当たってみても、まだ20才にはなっていなかった。つまり、まだ初々しい乙女だった。恋愛経験が豊富だというわけではない。そういう女性が、レンゲさんの言うように深い官能の歓びを知っているとは思えない。

でも、業平さんは女性経験豊かな男性ですわ。斎宮のお兄さんと19才年が離れていると言う事は、斎宮とは20歳以上の年の開きがある。充分に女性の扱いを心得ている。しかも、お兄さんから業平さんの事は何度も聞かされている。上のエピソードを読んでも、斎宮が業平さんに対して好意を持っている事が実に良く分かりますわ。だから、心のこもったおもてなしをしたのですわ。ただ単に親元から言われただけではなしに、斎宮自身が業平さんに心を惹かれていたことが歌のやり取りを通しても実に良く分かりますわ。

つまり、女の扱いに慣れている在原業平に抱かれて、斎宮は女性として花開いたと言うのですか?

そうですわ。あたしが坂田さんに初めて抱かれたのは16才の時でしたわ。

禁断の園でレンゲさんが

坂田さんと秘め事をして知った悦び


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レンゲさんにも16才の頃は、こうして可憐な乙女だったんですよね。

まだ高校1年生の女学生だった頃、レンゲさんは、初めて秘め事を経験した。

愛のない家庭で育ったレンゲさんは、心のよりどころがなくて、当時近所に住んでいた坂田さん夫婦の家に時々遊びに行っていた。

坂田さんも、レンゲさんの家庭の事情を良く知っていて、何かとレンゲさんのことを思いやり可愛がっていた。レンゲさんは、いつしか坂田さんに淡い恋を感じるようになっていた。

坂田さんは良い人だけれど、競馬競輪にハマッていて、そのことで妻の幸子さんと別居するようになった。レンゲさんは、そんなある晩、幼な妻のように坂田さんのために夕ご飯を作ってあげた。坂田さんにも何か感じるものがあったのかも知れませんよね。その晩、レンゲさんは坂田さんの腕に抱かれてハラハラ。。。、ワクワク。。。ドキドキしながら桜の花びらを散らした。。。

『性と愛の渇き』より

この時レンゲさんも、自分が女として花開いたと思ったのですか?

ええ、そうですわ。あたしは、女として初めて愛されたという実感がありましたわ。。。というより、生まれ初めて愛してくれる人に出会ったという感動がありましたわ。あたしが生まれ育った家庭は愛の無い家庭でしたから。。。

でもねぇ~。。。それって、ちょっとオーバーじゃありませんか?。。。つまり、レンゲさんが、そのように思い込んでいるだけでは。。。?


『愛と性の密会』より
(2007年1月31日)

あらっ。。。 レンゲさんは16歳の時に 在原業平と斎宮(いつきのみや)のような濡れ濡れのロマンスを経験なさったのでござ~ますかァ~?

卑弥子さん。。。 またヨダレがたれてきましたよ。。。 きれいなオベベが濡れてますよう。。。 ハンカチを出して拭いてくださいよう。。。

デンマンさん。。。、デンマンさん。。。、そんなことよりも それから。。。、それから。。。、レンゲさんと坂田さんはどうなったのでござ~ますかァ~?

ちょっと。。。、ちょっと。。。、卑弥子さん!。。。 ウェブカムに近づきすぎてますよ。。。 卑弥子さんの鼻が。。。 鼻が。。。


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あたくしのお鼻など気になさらないでくださいなァ~。。。 レンゲさんと坂田さんの濡れ濡れのロマンスの続きをお聞かせくださいまし。。。

あのねぇ~、この記事が長くなりすぎるから、ヨダレを拭いてから 上のリンクをクリックして続きを読んでみてねぇ~。。。 


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【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif) 

ですってぇ~。。。

あたくしをじらせて ヨダレをたらすのを眺めてデンマンさんは楽しんでいるのですわァ~。。。

ふんとに、ムカつきますわァ~。。。

でも、あとで ゆっくりと読ませていただきますう。。。

話は変わりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますわァ。

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 信じられないってぇ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。


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『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。

つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。

この際 高望みはいたしません。

“寅さん”のような人でもいいですわ。

旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。

ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。

“袖触れ合うも他生の縁”と申します。

あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。


(tora019.jpg)

ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいね。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(hama10.jpg)

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


(zurose2.jpg)

『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』

『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)