Archive for the ‘小百合さんのメール’ Category

古代米カレー

2017年3月18日

 

古代米カレー

 


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日付: 2017年3月5日 (日) 午前10時53分
(バンクーバー時間:Sat, Mar 4, 2017 at 5:53 PM)
差出人: “sayuri@hotmail.com”
宛先: “denman@coolmail.jp”


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件名:飛行機の中では一睡もしないで

また映画を見続けたのですか?

\(*^_^*)/

バンクーバーに着いたのは午前中だったようですが
そのまますぐにマンションに帰らずに、
中央図書館に寄ってブログを書くなんてちょっと信じがたいですね。
帰りの飛行機の中では一睡もしないでまた映画を見続けたのでしょう!?

行田ではお母さんのお葬式を取り仕切ったりで
大変でしたね。
お疲れ様でした。
お母さんは天国で安らかな眠りについているでしょう。


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今回、デンマンさんが行田に帰省したのは
予想外のことでしたけれど、
しばらくぶりに会えて楽しい思い出がたくさんできました。

デンマンさんには“古代米カレー”につき合わせてしまったようで、ちょっぴり反省しています。
でも、インドカレーにハマッた私にとって 行田の“古代米カレー”は歴史を感じさせるような味わいがありました。

「行田古代米カレー地図」を片手に できるだけ多くの店を回ってみましたが、
デンマンさんと一緒に出かけたのは2軒にとどまりました。

最後に「カフェ音時計」を探しましたが、残念ながら発見できませんでしたよね。
あとで私一人で探してみたら、川のそばにあるお店を見つけました。
どちらかと言えば、珈琲・紅茶と手作りケーキがメインのようです。
古代米カレーは土曜日だけだそうです。

古墳の形の古代米ごはんと行田の食材を使うことだけが一緒で、
あとは各店舗が自慢のカレー味で競いあっているようです。

お店ごとに飾りつけも、付け合わせも、トッピングも、もちろん味もみんな違います。
どのお店も、それらしい味を創作していて、
どのお店の古代米カレーも世界に一つのオリジナルであることは間違いないようです。


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今度お会いするときには、「カフェ音時計」でカレーを味わいたいですね。
それまで、お元気でお過ごしください。
では。。。

 

さゆりより


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デンマンさん。。。 バンクーバーに戻って落ち着きを取り戻しましたか?


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もちろんですよ。。。 またバンクーバー図書館で映画を見始めました。



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『実際のリスト』

あらっ。。。 3月15日までに 1568本の映画を見たのですわねぇ~。。。

そうです。。。 実は、1、555番の “Forrest Gump” は3月3日の帰りの飛行機の中で見たのですよ。。。


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『拡大する』

『実際のページ』

上のページの赤枠で囲んだのが “Forrest Gump” です。。。

つまり、上のページの色の付いた枠で囲んである4本の映画を帰りの飛行機の中で観たのですか?

そうです。。。 食事しながら4本の映画を観ている間にバンクーバーに着きました。

やっぱり、一睡もしないで映画を観たのですわねぇ~!

いけませんかァ~?

それでバンクーバーに着いたら、そのまま図書館に寄ってブログの記事を書いたのですか?

そうです。。。 いけませんか?

かまいませんけれど、寝不足でぶったおれませんでしたァ~?

36時間ぐらい眠らずにいてもぶっ倒れることはありませんよ。。。 それにしても、小百合さんは相変わらず“古代米カレー”に拘(こだわ)っているのですねぇ~。。。

いけませんかしら。。。

かまいませんけれど、飽きませんかァ~?

飽きたら、またインドカレーに戻りますわァ~。 (モナリザの微笑)

デンマンさんは、イヤイヤ私に付き合って“古代米カレー”巡りをしたのではありませんか?

いや。。。 けっして、そんなことはありませんよ。。。 僕が行田で暮らしていた頃は“古代米カレー”はありませんでしたからねぇ~。。。 ご飯の形を見たら前方後円墳の形になっているのですねぇ~。。。


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『拡大する』


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『拡大する』

小百合さんと“古代米カレー”巡りをして楽しかったですよ。。。

そうでしたか? 上の地図は わかり難くて、ずいぶんと道に迷って 結局デンマンさんと訪ねたのは2軒だけでしたわねぇ~。。。


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この店で食べながら旦那と奥さんと話をしていたら 5番の“カフェギャラリー高澤記念館”の話が出た。。。


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デンマンさんが中学時代の同級生の家なんですってねぇ~。。。

そうなのですよ。。。 まさか、カフェになって“古代米カレー”を出す店になっているとは想像もしていませんでした。。。 僕が中学生の頃は、周りは田んぼでしたよ。。。 近くの東小学校も古い木造の校舎だった。。。 僕の親父はこの小学校で教師をしていたことがあったのです。。。

同級生の高澤君のお爺さんが 昔の長野村の村長さんだったのですか?

そうなのです。。。 太平洋戦争前は長野村では一番の大地主だったのですよ。。。 今では行田市の一部になっているけれど。。。

せっかく車で行ってみたのに、当日は休業日みたいで閉まっていましたわねぇ~。。。

残念でしたよ。。。 オープンしていても、かつての同級生がネジリ鉢巻で“古代米カレー”を作っているとは思えなかったけれど。。。


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Cafe Cozy はシャレた店だったですねぇ~。。。

このお店もずいぶんと探して やっと見つけたのでしたわァ~。。。

とにかく、あの地図はわかり難い。。。 もっと分かり易いように書けばいいのに。。。 ゼリーフライの地図も分かり難い。。。 どうして行田の観光課は分かり難い地図ばかりを書くのだろうか!? ところで、小百合さんは「カフェ音時計」を見つけたのですか?

見つけましたわ。。。


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デンマンさんとご一緒に お花見しながら“古代米カレー”を食べたいと思いますわァ~。。。。

ところで、どういうわけで地図に“スープカレー”のNecoが載っているのですか?

Necoも“古代米カレー”をだすのですわよう。。。

しかし。。。、しかし。。。、これまでに何度も行ったけれど、小百合さんは一度も“古代米カレー”を注文しませんでしたよね。。。

だってぇ、あそこはボサノバの“黒いオルフェ”のお店ですもの。。。 “古代米カレー”はお店の雰囲気に合いませんわァ~。。。

2014年11月4日、小百合さんは 行田市にあるスープカレーの店で ハンバーガー スープカレーを思う存分食べたではありませんかア!


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『実際のページ』

あらっ。。。見てたのですか?

やだなあああァ~。。。小百合さんは僕の目の前で ハンバーガー スープカレーを思う存分食べたのですよう。 見たくなくとも見えてしまうでしょう!


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デンマンさんは、ご自分のスープカレーを食べないで 私の食べる様子をしみじみと眺めていたのですかァ~?

あのねぇ~。。。 僕は小百合さんのリクエストに圧倒されてしまったのですよ。

ええっ。。。私のリクエストですか?

そうですよう。。。

私が何をリクエストしたとデンマンさんはおっしゃるのですかァ~?

あれっ。。。 やだなあああァ~。。。忘れてしまったのですか?

だってぇ~。。。私は自分のスープカレーをいただくのに夢中でしたもの。。。うふふふふふふ・・・

うふふふじゃありませんよう! 小百合さんは、「このカレーのお店はデートスポットとしても有名なのですわァ・・・うふふふふ。。。」と言ったのですよう。

私がですかァ~?

そうですよう! それで、小百合さんは僕に次のウェブページを見せたじゃありませんか!


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『実際のページ』

小百合さんは上の赤枠で囲んだ箇所を指差して「ほらねぇ、ここに“デートにもぴったり”と書いてあるでしょう!? うふふふふ。。。」と言ったのですよう。

あらっ。。。 そのような事を私が言ったのですか?

そうですよう!。。。昨日のことですよう! もう忘れてしまったのですか?

だってぇ~、私は自分のスープカレーに夢中になっていたのですもの。。。うふふふふふ。。。

やだなあああァ~、惚(とぼ)けないでくださいよう!。。。しかも。。。、しかも。。。、驚いたことに 小百合さんは「デンマンさんのためにロマンチックなボサノバを演奏していただきますわ」と言ったのですよう。

あらっ。。。 私が、そのような事をマジで言ってしまったのですかァ~?

そうですよう。。。「デンマンさんとも、また来年までお会いできないので、この瞬間を思い出深いものにしたいのですわァ~。 うふふふふふ。。。」と微笑みながら言ったのですよう。

マジで。。。?

やだなあああァ~。。。このような時に冗談や嘘を僕は言いません!。。。忘れようとしても忘れることができません。

それで。。。、それで。。。、私はどのようなボサノバの曲を演奏するようにリクエストしたのですか?

小百合さんは「リオの浜辺を眺めながら。。。スープカレーを食べているような夢心地に浸りたいのですわァ。。。うふふふふふ。。。」と言ったのですよう。


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どうですか?。。。「リオの浜辺を眺めながら。。。スープカレーを食べているような夢心地に浸りたい」と言ったのですよう。 上の写真を見たら思い出したでしょう?

思い出せませんわ。

やだなあああァ~。。。 僕をさんざ、その気にさせておきながら、小百合さんは覚えてないのですかァ~?

覚えてませんわ。。。それで、どのボサノバが流れたのですか?

次の曲ですよう。


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『スープカレー@行田』より
(2014年11月5日)

あれっ。。。 小百合さんは、マジで「デンマンさんのためにロマンチックなボサノバを演奏していただきますわ」と言ってリクエストしたのですか?

デンマンさんは忘れてしまったのォ~。。。

忘れてませんよ。。。 あの店には生でボサノバを演奏するようなステージはありませんよゥ。

今回は、私が白日夢を見たようですわ。。。 うふふふふふ。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~~

そうですわよねぇ~。。。 思えば、もうお花見の季節でござ~ますわァ~。。。

月日の流れは、本当に“光陰矢のごとし”でざ~ますゥ。

デンマンさんと、つい最近、ご一緒に那須高原へ出かけたと思っていましたのに。。。


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紅葉のきれいな那須高原で、「自在荘」に泊まって温泉にも浸かってまいりましたわァ~。。。

うふふふふふ。。。


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でも、ちょっとばかり はしゃぎすぎてしまったようでござ~ますう。


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『衝撃の角度』

デンマンさんに、また得意のアクロバットを見せてしまったのでござ~ますわよう。。。

うふふふふふふふ。。。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


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デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


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九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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桃の節句@天国

2017年3月4日

 

桃の節句@天国

 


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行田の桜土手で一緒に

桜が見られなかったのが残念でした。

きゃははははは。。。


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日付: Fri., March 3, 2017 1:38 PM
(日本時間:3月4日 土曜日 午前6時38分)
差出人: “denman@coolmail.jp”
宛先: “sayuri@hotmail.com”

母親が天国へ逝ったおかげで 2月に小百合さんと会うことができました。
お葬式は、立派なものでしたよ。

最後に参列した人たちが 白い菊の花を顔の周りに敷き詰めるのですよ。
その後で、遺体の表面にたくさんの花を枝ごと敷き詰めて、花でお棺をいっぱいにするのです。

母親が天国から、その様子を見ていたら、
「ああァ~! とってもきれい! 天国への素敵な旅立ちになったわァ~!」と言って喜んだでしょう!

「私が亡くなっても悲しまないでねぇ~。。。 寿命を全(まっと)うしたのだから、
お通夜でも、お葬式でも、みんなで楽しく 思い出話に花を咲かせてねぇ~」と言っていたものでした。

そのように、通夜でも お葬式の後でも 思い出話に花を咲かせたものです。

奇(く)しくも、桃の節句の3月3日の午後7時に成田を発って、
バンクーバーに着いたのは、日付変更線の関係で3月3日の午前10時40分でした。

3月3日の関東は素晴らしい快晴の天気でしたが
バンクーバーに着いたら どんよりとして小雨が降っていました。
もしかすると、母親のうれし涙かもしれません。。。 (微笑)
気温は7度です。

バンクーバー空港からマンションに帰る途中で、
運転手がいない無人地下鉄電車から降りてバンクーバー中央図書館に立ち寄り、
こうしてメールを書いています。

行田で桜か咲き始めるのは3月25日頃ということです。
天気の良い日に大長寺のそばの忍川の桜を見れば 小百合さんの気持ちもルンルン気分になるでしょう!


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小百合さんはお袋とも何度か会ったので、
今頃、母親は天国で小百合さんのことを懐かしく思い出しているでしょう!

今回の帰省では、お袋が天国に逝ったのを見届けて本当に安心しました。
今後も僕の胸の中で僕が死ぬまで生き続けるでしょう! (モナリザの微笑)

とにかく、たくさんの楽しい思い出をありがとう。。。

アイリッシュ・クリーム・コーヒーを飲みながら 休憩するときには
次のテーマ曲を聴きながらバンクーバーの空を思い浮かべてねぇ~。。。


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■「おもいでの夏」のテーマ曲



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■「ひまわり」のテーマ曲



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■「シャレード」のテーマ曲



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■「別れの朝」のテーマ曲

では、また会う時まで。。。

じゃあねぇ~。。。


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デンマンさんのお母さんのお棺に白い菊のお花を捧げることができなかったのが心残りですわァ~。。。


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でもねぇ~、生前 小百合さんと会って、いろいろと話ができたことを とても喜んでいましたよ。。。 小百合さんも覚えているでしょう!?

もちろん、覚えてますわァ。。。 去年の12月に次のメールをデンマンさんに出したのですわァ。。。 デンマンさんこそ覚えているでしょう!?


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日付: Thu, Dec 8, 2016 at 8:09 PM
(バンクーバー時間:12月9日 金曜日 午後0時9分)
差出人: “sayuri@hotmail.com”
宛先: “denman@coolmail.jp”


(sayuri2.gif)

件名:お久しぶりです。

お元気ですか?

\(*^_^*)/

ご無沙汰です。
日本ではデンマンさんが忙しく 
あちらこちらへ出向いていたので
なかなか会えませんでした。

それでも本場のインドカレーを食べたり、
大正時代からやっている「古沢商店」の
行田名物フライや焼きそばを食べたりして
楽しい時間を過ごす事ができました。

久しぶりの「さきたま古墳公園」でも、
素晴らしい秋晴れの空の下で
アイリッシュ・クリーム・コーヒーを1年ぶりに
じっくりと味わうことができました。


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さきたま古墳公園


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新レストハウス


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その後バンクーバーに戻って元気にやってますか?
お母さんの具合はいかがですか?心配してます。

1年前に「ハートフル行田」でお会いしたときには、
車椅子でしたが、元気な笑顔を振りまいて
楽しそうに語らっていたのが印象深く思い出として残っています。


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ところで、バンクーバー時間の午後8時頃に、電話しました。
3日ほど続けて かけたのですが
いつもお留守のようなので、もしかして
悲報でも受け取って、急遽 行田にもどったのかな~?
かなり心配になりました。

12月7日に新しいパスポートができ、取りに行きました。
懐かしいバンクーバーにも年が明けたら行けるかもしれません。

バンクーバーも最近、様変わりして、私が知っている街の風景とはだいぶ変わってしまったようです。
いづれ、時間の都合がついたら、ゆっくりと物見遊山に出かけたいと思います。
それでは、お元気で。。。

さゆりより


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うん、うん、うん。。。 確かに上のメールを受け取りました。。。 母親の様態が悪くなり始めた時期だったのですよ。。。

Subj:小百合さん、おはよう!

元気でやってますか?


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Date: Fri., Dec. 9, 2016 4:56 PM
Pacific Standard Time
日本時間: 12月10日 (土)午前9時56分
From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
CC: barclay1720@aol.com

昨日は図書館 閉館5分前に メールボックスを開けたのでゆっくり返信ができませんでした。(苦笑)

今朝はバンクーバーはマイナス3度で、雪が降っていました。
天気予報によると10センチから15センチぐらい積もるとか。。。
でも、ダウンタウンでは、すぐに解けてしまうでしょう!


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母親の様態は良くありません。
僕は10月19日に行田に着いたのだけれど、
前日の18日に、行田総合病院へ入院したのでした。

20日に母親の見舞いに行ったら、
意識は はっきりしており、言葉もしゃべれたのですよ。。。
「お荷物になってしまったねぇ~」と、はっきりと言いました。

やはり、家族に迷惑をかけて申し訳ないという気持ちだったのでしょう。
病院から出される食事も食べていたのです。

ところが、3,4日したら脳梗塞になって右半身が麻痺してしまったのです。
入院中に脳梗塞になったので、当然のことながら、僕は担当の吉田医師に文句を言ったのですよ。

この辺の事については記事を書いたのです。

(「また、デンマンさんの悪い癖ねぇ~」、という小百合さんの声が聞こえてきそうです。。。【モナリザの微笑】)

詳しい事は次の記事を読んでみてください。


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『行田総合病院と事なかれ主義』

介護施設のハートフル行田で、10月初旬に
母が入浴中に転んで仙骨を骨折したのが、そもそもの始まりで、
当時 僕は行田にいなかったので
担当看護師の瀧澤さんに文句を言わなかったけれど、
上の記事には書きました。

時間があれば、ハートフル行田の所長に会って 
「業務上過失致傷」で裁判所に訴えるというような
強い姿勢で苦情を言うつもりだったのだけれど、
時間がありませんでした。

行田総合病院でも、
脳外科の専門医・波多野医師と病院長に直接会って、
裁判に訴えるつもりで 苦情を言おうと思ったのだけれども、
アポイントをとってもらったら 11月17日だというので、
残念ながら、会うことができませんでした。
僕は11月16日に成田を飛び立ったのです。

そういうわけで、記事を書いたわけです。。。

驚いたことに、僕以外にも 行田総合病院と行田中央総合病院に不満を持っている人が、結構たくさんいるのですよ。。。
だから、僕が書いた記事が、結構読まれているのです。
次のリストを見てください。


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『拡大する』


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『病院の悪い評判』

上のリストの中に出てくる『病院の悪い評判』が読まれている!

上の記事の下の方に『行田総合病院と事なかれ主義』が書き加えられています。

2つの病院の院長も、そのうちネットで悪い評判が立っていると、誰からか耳にすることがあるでしょう!

とにかく、僕が最後に母を見舞いに行った時には、
目を瞑って、話すことはできずに、おそらく、僕が見舞いにやって来たことも認識できていなかったと思います。

担当の吉田医師に最後に会ったときに、三男の健造と僕と3人で、今後の処置について話し合ったのでした。

僕の意見は、自分が母親のような状態になったら、すぐにでも青酸カリをもらって死にたいのですよ。。。
あのような状態(ほぼ植物人間)で生きていても、僕にとってはまるで生きている意味がない!
だから、なるべく早く苦痛がなく、安らかにあの世で眠ってほしい!

でもねぇ~、三男の健造の意見は違うのですよ。。。
植物人間になったとしても、できるだけ長く生きてほしいのですよ。。。
だから、「高カロリーの点滴をして欲しい」と医者に頼んでいるのです。

僕も医者も“低カロリー”の点滴でいいじゃないか!という意見なのです。
(低カロリーだと 死期が近くなる)

僕は決して無常でも非情でもない!
自分が母親のような状態になったら、早く死にたいというのが僕の本音なのですよ。
だから、できるだけ苦痛がないように、早くあの世に逝って欲しい。

でもねぇ~、考えてみると、3人兄弟で、一番母と長く暮らしてきたのは三男の健造です。
次男の靖史は池澤病院に現在も入院中です。
10年ほど前に3年間入院していた松原病院を退院しました。

母に言わせると、次男の靖史は3人のうちでは一番素直で、心が優しいと言うのです。
高校生の時に先生のイジメに遭って 電車に飛び込み自殺を考えたけれど、
「母ちゃんを悲しませたくないから、飛び込む前に、やめたんだよ」と言っていました。

三男の健造は、20年以上、母親と一緒に暮らしています。
病院にも毎日見舞いに行っていました。
僕は、実家に滞在中 1日おきに見舞いに行ってました。

つまり、三男の健造は毎日一緒に暮らしていたから、
母がこの世から居なくなるという事は、非常に耐え難いのでしょうね。
その点、僕は もう20年以上、母と離れて暮らしているから、
「母の存在」は、すでに心の中にあるのですよ。
だから、母があの世に逝っても、特にさびしいとは思わない!

むしろ、現在のように 母が苦痛の中で、ほぼ植物人間と生きていることは、
僕には(自分に置き換えて)考えただけでも耐えられない!
だから、安らかに眠って欲しいと思う!

でも、三男は 母に できるだけ長く、この世にとどまっていて欲しいのです!
やはり、長いこと 一緒に暮らしていると、
母の存在が身近にないということは 精神的に耐えられないのでしょうね。。。

なぜ、こうして書いてきたのか?

それは、小百合さんと 小百合さんの三男・トモユキ君の事が ダブって思い出されたからです。

たぶん、小百合さんと三男は 長いこと一緒に暮らしてきて、
更に、今後も長いこと一緒に暮らすことになるでしょう!?
小百合さんの老後も、たぶん、三男・トモユキ君と一緒に暮らすことが続くのではないか?
 (神様だけが知っている!)

小百合さんは、まだこの先40年ぐらいは、元気で健康だと思います。
そういう心配は、今、する必要はないけれど、(微笑)
母と三男の健造を見ていると、なんだか小百合さんの老後と
成人した小百合さんの三男・トモユキ君がダブって見えてくるのでした。 (モナリザの微笑)

。。。ということで、小百合さんも、現在の幸せをかみ締めながら、
いつまでも健康で元気にいてください。
そして、1日 1日 ルンルン気分で
後悔のないように ポジティブに暮らしてください。
人間の一生なんて、考えてみれば、とても短いものです!

お互いに、元気で、楽しく、愉快な面を見つめながら、
この人生を大いに、充実したものにしましょうねぇ~
きゃははははは。。。

それでは、冬の寒さにもめげずに、楽しいクリスマスを迎えてください。
じゃあねぇ~。。。


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そうですわねぇ~。。。人間の一生なんて、考えてみれば、とても短いものですわァ。。。 1日 1日 後悔のないように ポジティブに考えて暮らしてゆきたいものですわァ。

そうです。。。 健康が一番ですよ。。。 だから、お互いに元気で、楽しく、愉快な面を見つめながら、この人生を大いに充実したものにしましょうねぇ~。。。


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【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~~

確かに、元気が一番ですわァ。。。

でも、やがて、誰もが年取って体が弱ってゆくものです。

だからこそ、元気な今を大切にして、

悔いのない1日1日を だいじにして暮らしてゆきたいものですござ~ますわァ。

あたくしも、悔いのないように毎日を過ごしております。

実は、去年の秋 デンマンさんが行田に帰省した時に、ご一緒に那須高原へ出かけたのですわァ~。。。


(nasu102b.jpg)

紅葉のきれいな那須高原で、「自在荘」に泊まって温泉にも浸かってまいりましたわァ~。。。

うふふふふふ。。。


(jizai08b.jpg)

でも、ちょっとばかり はしゃぎすぎてしまったようでござ~ますう。


(aerobics5.gif)

『衝撃の角度』

デンマンさんに、また得意のアクロバットを見せてしまったのでござ~ますわよう。。。

うふふふふふふふ。。。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(house22.jpg)

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『蕎麦屋と軽井沢タリアセン夫人』

■ 『おしまいでございます』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』

■ 『菊ちゃんと阿部忠秋』

■ 『菊ちゃん、知恵伊豆、忠秋』

■ 『丸墓山は誰の墓?』

■ 『外国人SEXデンマン再訪』

■ 『日本最高?』

■ 『短歌に込められた愛の真実』

■ 『3月のバレンタイン』


(fragran11.jpg)

■ 『かぎろいミステリー』

■ 『40代女性の魅惑』

■ 『私のバレンタイン』

■ 『バレンタイン@4月』

■ 『豆まき@バレンタイン』

■ 『夢のココナッツ』

■ 『日本の失敗』

■ 『しじみ@愛のロマン』

■ 『とろけるカレー@バレンタイン』

■ 『バレンタイン夫人』

■ 『昭和の表象空間』

■ 『ズロースなの?』

■ 『焼きそばサンド』

■ 『平成の表象空間』


(sayuri201.jpg)

■ 『かぎろい夫人』

■ 『人気の40代女性ヌード』

■ 『宗長の奥の細道』

■ 『ネットの接続が遅い』

■ 『元気に再会しましょう』

■ 『スルーパスと芦雪』

■ 『鬼怒川の洪水』

■ 『最後の焼きそばソース@パリ』

■ 『初めてのヌード』

■ 『感じていても分かってない』

■ 『おかえりなさい』

■ 『スープカレー@再会』

■ 『またカレー?』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)

■ 『手作り弁当@船着き場』

■ 『盛り上がる@馬車道』

■ 『ゼリーフライ@鐘つき堂』

■ 『愛と憎しみの丸墓山』

■ 『忘れられない!』

■ 『大名行列@行田』

■ 『別れの朝も…』

■ 『婚外恋愛』

■ 『婚外恋愛と人間失格』


(noten15.jpg)

■ 『月夜の美人』

■ 『ふるさと 行田』

■ 『愛の偶然と必然』

■ 『田中角栄と軽井沢』

■ 『うさぎ追いしかの山』

■ 『アブラッソ不在の美』

■ 『ロマンの昔話』

■ 『海を渡ったバレンタイン』

■ 『バレンタインが老人を狂わせた』

■ 『マルちゃん海を渡る』

■ 『銀座からバレンタイン』

■ 『仙台からバレンタイン』

■ 『パリからバレンタイン』

■ 『ジャズ@バンクーバー』

■ 『タイからバレンタイン』

■ 『たまご麺@バレンタイン』

■ 『愛犬とゴッド』

■ 『ザ・バレンタイン女』

■ 『週刊誌deヌード』

■ 『愛と天の夕顔』

■ 『ジェミマおばさんのシロップ』

■ 『夏日に、お帰りなさい』

■ 『コイ、鯉、恋がいっぱい!』

■ 『スープカレーなのね』

■ 『忍城時代まつり』

■ 『夜道のルート66』

■ 『上を向いて歌おう』

■ 『霧積温泉のロマン』

■ 『元気が一番!』

■ 『行田のスープカレー』

■ 『パンツとブラジャーと餃子』

■ 『軽井沢を文学散歩する』

■ 『ばァ~の面影』

■ 『バレンタイン@行田』

■ 『軽井沢タリアセン夫人@遠藤家』


(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

軽井沢タリアセン夫人@遠藤家

2017年2月28日

 

 


(endo02b.jpg)


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(sayuri201.jpg)


(sayuri55.gif)

デンマンさん。。。「さきたま古墳公園」に藁ぶき屋根の民家が保存されているとは思いませんでしたわァ~。。。


(kato3.gif)

それほど珍しいものでもないでしょう!

最近では、藁ぶき屋根なんて まず見当たりませんわァ。。。

そうですかァ~。。。

デンマンさんは30年以上も前の日本を知っているかもしれませんけれど、私が物心ついた頃には、藁ぶき屋根の家なんて、見当たりませんでしたわァ。。。

僕が子どもの頃、母親と一緒に母の実家を訪ねると、当時は藁ぶき屋根の家でしたよ。。。 旧遠藤家の台所にも箱膳がしまってあったけれど。。。、


(hakozen2.jpg)


(hakozen3.gif)

僕もこの箱膳でご飯を食べたことを覚えてますよ。。。

まるで江戸時代ですわねぇ~・・・

小百合さんは箱膳で食べたことはないのですか?

ありませんわよう。。。 時代劇の映画で見たことがあるだけですわァ~。。。 まさか、デンマンさんは明治・大正の生まれではないのでしょう!?

僕は戦後生まれですよ。。。

日清戦争ですかァ~? うふふふふふ。。。

太平洋戦争ですよ。。。 「ALWAYS 三丁目の夕日」という映画が日本でヒットしたけれど。。。


(always02.jpg)

昭和30年代の日本の農家は、圧倒的に藁ぶき屋根の家が多かったのですよ。。。 当然、まだ箱膳を前にして食事している家も多かった。。。

デンマンさんのお母さんの実家はどこにあったのですか?

現在は行田市に統合されたけれど、日本が経済大国になる前の昭和30年代には 利根川の近くの南河原村という地区にあったのですよ。。。 この頃から、農家でも次第に箱膳の銘々膳(めいめいぜん)から“ちゃぶ台”になっていったのです。。。

銘々膳からちゃぶ台へ

日本女子大学・北陸大学非常勤講師 東四柳祥子

 

「一家団欒」の象徴とされるちゃぶ台は近世までの銘々膳(めいめいぜん)による配膳形式とは異なり、空間を共有するもの同士が囲む四本脚の共同膳である。
日本における共同膳の歴史は、奈良・平安時代の貴族たちに享受されていた「大饗料理」になかのぼることができる。

その後、武家社会における師従関係の成立により、身分に基づき整列することで、銘々膳によって食事をする形式が定着を見せた。
そして江戸時代を迎え、鎖国化でも交流が許された中国から一つのテーブルを囲み、大皿に盛られた料理を分かち合う「卓袱(しっぽく)料理」が出島に伝来する。
まさにこの形式こそが、ちゃぶ台のルーツともされ、やがては都市部での酒宴形式として人気を誇るようになる。

しかし、根強い儒教的観念に縛られた日常生活の中では、家長を中心に、銘々膳での食事形式が従来どおり踏襲され、しつけの場の重要な空間としての意味も持ち合わせていた。


(table93.jpg)

しかし、幕末の開国以後、流入した西洋文化の影響は、家族の食事風景を大きく変えることになる。
新たに導入された西洋料理は、中国料理同様、テーブルを囲むといった食事形式を呈しており、共同膳で食事をする習慣が上流階級の間から徐々に定着をみせた。 (略)

やがて昭和期になると、『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』などといった国民的な漫画のなかで、ちゃぶ台は家族をつなぐ大切な装置として描かれ、その空間で共有される話題や珍事が、微笑ましい家族関係の理想形を印象づける効果を発揮し始めるようになる。

しかし、昨今の食の課題には、個食や孤食、外食や中食(なかしょく)にたよるといった食の外部化・簡略化への依存などがあり、家族仲良くちゃぶ台を囲むという機会の形骸化も拭えない事実である。
いま私たちは、昭和期を通して形成された家族で共有する時間のあたたかさを、再認識する時代に来ているといえるのではなかろうか。
ちゃぶ台が、人間関係の構築・再生の場であった昭和の風景に学び、守るべき遺産であるという意識も高めていきたいものである。


(table90.jpg)

赤字はデンマンが強調のため。
読み易いように改行を加えています。
イラストはデンマン・ライブラリーより)


139ページ 『暮らしの年表 流行語100年』
講談社編 2011年5月19日 第1刷発行
発行所: 株式会社 講談社

『カウチポテト』にも掲載
(2013年1月9日)

小百合さんにとってぇ遠藤家の民家がそれほど印象に残ったのですか?

そうですわ。。。 普通、文化保存財の展示では、立ち入り禁止が多いでしょう! それなのに次のような「この縁側は休憩場所としてお使いください」という表示があったのには驚かされましたわァ。。。


(endo10.jpg)


(endo06.jpg)


(endo09c.jpg)

近くに池がありましたわァ。。。、ポカポカと日の照る縁側に座りながら しばらく縁側に座って池を眺めながら癒されましたわァ。。。


(endo03.jpg)

なるほどねぇ~・・・

デンマンさんは、何の感慨もなかったのですか?

もちろん、ありましたよ。。。僕は、藁ぶき屋根の民家には とりわけ関心がなかったのだけれど、小百合さんと“新レストハウス”の近くでピクニックした時のことを懐かしく思い出しました。


(endo13b.jpg)

『拡大する』

あらっ。。。 藁ぶき屋根の民家の近くで ピクニックをしたことがありましたァ~?

やだなあああァ~。。。 小百合さんは忘れてしまったのですかァ~?


(sakitama99.jpg)


(valent6.gif)


(tuna08.jpg)


(sayuri55.gif)

デンマンさんはツナ缶が好きなのですか?


(kato3.gif)

特にツナ缶が好きなわけじゃないけれど。。。

でも、タイトルに「ツナ缶@LOVE」と書いてあるではありませんか?

あのねぇ~、それは小百合さんがメールに次のように書いたからですよ。


(yamagoy3.jpg)

用件:

ツナ缶のLemon味も忘れずに!

差出人: sayuri@yahoo.co.jp
送信日時: 2013年10月2日 (水) 20:41:54
宛先: (green@infoseek.jp)

 

買い物リスト

1) アイリッシュコーヒーの豆(挽いてきてください)500グラム

2) LAWRY’S  225グラム以上のボトル入り

3) CLUB HOUSEのアルフレッド 30グラム入り 10パック

4) レモンソルト 量り売りで売ってます 100グラム

5) Super Storeで売っている、黄色い袋に入ってる
サワークリーム&オニオンのポテトチップス  2袋
(Dipper切り) 表面がトタンのように
波波に切れて油であげてある

いろいろとお願いしてしまいましたけれど、
大丈夫ですか?

もうすぐ、行田のお母さんにも会えますね。
暫くぶりに ご家族の皆さんと会えるので たくさん連絡事項もあるでしょう。
時間的に大変だと思いますけれど、
お近くのスーパーにでも行って 上の品をチェックしてみてください。

もうすっかり忘れてると思うけど、ツナ缶のLemon味も忘れずに。
何かあったら、メールしてください

バンクーバー、それにバーナビーで 夏休みを過ごした頃が懐かしく思い出されてきます。


(deerlak3.jpg)


(house22.jpg)


(house23.jpg)

上のリストの品々は ディ-ア・レイク(Deer Lake)の湖畔の別荘に滞在していた頃 愛用していた品々です。
あれから かれこれ10年の月日が経とうとしています。
今でも その頃の味や風味が懐かしく思い出されてきます。

では、宜しくお願いします。


(sayuri15.gif)


『軽井沢タリアセン夫人とツナ缶』より
(2013年10月3日)

小百合さんは もう忘れてしまったのですか?

もちろん、まだよく覚えていますわ。。。 で、今日はしつこく、またツナ缶の話題ですか?

やだなあああァ~。。。 小百合さんは、僕が持って行ったツナ缶が気に入ったではありませんかァ~。。。

でも、くどくどとツナ缶の事を書くのは、いつも読んでくださるネット市民の皆様には退屈だと思いますわ。

あのねぇ~、食べ物ならば、どのような話題よりも多くの人が興味を示すものですよ。

つまり、記事のネタが尽きてきたので、またツナ缶を取り上げるのですか?

やだなあああァ~。。。 決してそう言う訳じゃありませんよう。 小百合さんが「ツナ缶のLemon味も忘れずに!」とメールに書いたのですよ。 だから僕は、真心を込めてバンクーバーからlemon-pepper味のツナ缶を日本へ持ち帰り、わざわざ「さきたま古墳公園」で小百合さんと一緒にピクニックをしたのですよ。


(sakitama95.jpg)


(sakitama98.jpg)


(sakitama97b.jpg)

10月16日の水曜日は、とっても天気がよくて、まさに秋晴れの行楽日和でした。 それで僕もルンルン気分で lemon-pepper 味のツナをのせた“カナペ”を作ったのです。


(canape05b.jpg)


(sakitama99.jpg)

小百合さんもウキウキして白ワインなどを持ち出して“とっても美味しいわァ! 素敵だわァ~!”なんちゃってぇ~、メチャ喜んでいたではありませんかァ!

わたし。。。 そのようなことを言いましたかしら?

あれっ。。。 忘れてしまったのですかァ~? 言ったじゃありませんかァ! 翌日のメールにも次のように書いてましたよう!


(sayuri5.gif)

用件:

ツナ缶も思った以上でした!

差出人: sayuri@yahoo.co.jp
送信日時: 2013年10月17日 (木) 20:02:51
宛先: (green@infoseek.jp)

どうも、たくさんのお土産ありがとうございました。


(vienna2.jpg)

コーヒーもそのまま、想い出の味でした。
TUNAも思った以上にLemonで
Chipsも私の好きなタイプでしたよ。
メール届いていたらイイね
ただ、すぐにブログに出したら怖いね。
 
自転車気をつけて。

さゆり


(sayuri15.gif)

デンマンさん!。。。 このような事をブログに書いても 読んでくださるネット市民の皆様は 面白くも何ともないのですわ。 白けてしまうだけですう。 書いているデンマンさんだけが ルンルン気分になってウキウキしているだけですわ。

あれっ。。。 小百合さんは嬉しくないのですか?

嬉しくありませんわ。

どうして。。。?

だから、メールにも書きました。 すぐにブログに出すと、オツムのおかしな人が読んで デンマンさんや私を狙って 「さきたま古墳公園」で待ち伏せして ドスや匕首(アイクチ)でデンマンさんの どてっぱらに風穴を開けるのですわ。

やだなあああァ~。。。 それは小百合さんの考えすぎですよう。

考えすぎではありませんわ。 ネットで嫌がらせのコメントを書いてイジメるようなことがはやっているのですわ。 アメリカでもカナダでもイギリスでも そのようなネットのイジメを苦にして自殺している人が最近ニュースになってますわ。

イギリスでのネットイジメ-自殺

確かに、アメリカやカナダではニュースになっているけれど、まだ日本ではネットのイジメを苦にして自殺した人は居ないでしょう! しかも、オツムのおかしな人が 小百合さんや僕を狙って どてっぱらに風穴を開けるなんて考えられませんよう。

日本でも学校のイジメで自殺に追い込むような人が居るのですわ。 デンマンさんを狙って どてっぱらに風穴を開ける人が出てきてもおかしくないのですわ。

そのような事はまず起きません。

その確証でもあるのですか?

ありますよう。 僕はかつて次のようなことをブログに書いているのです。


(foolw.gif)

元気で再会しましょうね。

差出人: デンマン (green@infoseek.jp)
送信日時: 2013年10月7日 (日)7:23:21
(Vancouver Time: Sun., October 6 3:23 PM)
宛先: 小百合 (sayuri@yahoo.co.jp)

ルンルン気分で毎日を過ごしてますか?
再会が楽しみですよ。

さきたま古墳公園のパビリオンでピクニックでもしましょう!
Lemon-pepper のツナ缶を持ってゆきます。


(tuna08.jpg)


(tuna10.jpg)


(pavilion90.jpg)

大長寺から さきたま古墳公園へ行く途中でベルクに寄って
厚切りのトースト用のフカフカした食パンと「青海苔ふりかけ」を買って、
パビリオンでピクニック。
きゃはははは。。。

食パンを4つ切りにして、
その上にLemon-pepper のツナ缶から
フレーク・ツナを取り出して載せ
「青海苔ふりかけ」をかけて食べるのですよ。


(vienna2.jpg)

アイリッシュクリームコーヒーを飲みながら食べる
「青海苔ふりかけ」Lemon-pepper のツナのカナペ(canapé )は
小百合さんと一緒に食べれば
ホッペタが落ちそうになるくらいに旨いはずですよ!
きゃははははは。。。

再会が待ち遠しいです!
じゃあね。


(denman01.gif)


『軽井沢タリアセン夫人とカナペ』より
(2013年10月10日)

もしですよォ~、小百合さんや僕を狙って どてっぱらに風穴を開けようと計画しているオツムの可笑しな人が居たとしたら 10月16日に「さきたま古墳公園」で待ち伏せしていましたよ。

だから、たまたまその日、その人は古くなったツナ・サンドイッチを食べて下痢を起こして 外へ出られなかったのですわ。

でも、どうして その人は古くなったツナ・サンドイッチを食べたのですか?

例えですわ。。。 例えですう。。。 もし、下痢を起こしたのでなければ、自転車に乗っていて ひっくり返って足の骨を折って歩けなくなって、それで「さきたま古墳公園」に来られなかったのですわ。

あのねぇ~、それも小百合さんの考えすぎですよう。

でも、用心することに越したことはありませんわ。 デンマンさんは、わざわざ どうでもいいような事をブログに書いて危険を招いているようなものですわ。 デンマンさんが脳卒中を起こして ヨイヨイになって衰弱して亡くなるか。。。 あるいは前立腺癌になってあの世に逝くか。。。 そのような事であれば納得がゆきますけれど、オツムの可笑しな人に どてっぱらに風穴を開けられて あの世に逝くことにでもなったら、死ぬにも死にきれないでしょう!?

確かに どてっぱらに風穴を開けられたくないですよ。 でもねぇ~、僕は小百合さんと「さきたま古墳公園」でツナ缶のカナペをラブラブで食べて、ルンルン気分になったのですよう。 その幸せな気分でブログを書いたつもりなのですよ。

だから、そのような事をわざわざ書くのは、危険を招くだけなのですわ。

でも、ラブラブでピクニックをしてルンルン気分になれたのですよう。 ブログに書きたくなるじゃありませんかァ!

だから、そういうことは あとで一人で読むように日記に書けばいいのですわ。 なにもネットで書いて公開する必要はないでしょう!?

でもねぇ~、僕は日本語が解る 100ヵ国のネット市民の皆様に読んでもらおうと思いながらこうして記事を書いているのですよ。

 

海外からのアクセス

 


(wp31201map.gif)


(wp31201.gif)

“Denman Blog”

現在、91ヵ国からアクセスがあるのです。 あと9ヵ国で100ヵ国になるのですよう。

つまり、自己満足のために こうして「ツナ缶@LOVE」を書いているのですか?

いや。。。 違いますよう。 地球上で殺し合いをしたり、戦争をしたり、ネットでイジメをするよりも 青空の下でツナ缶の“カナペ”でも作ってラブラブのピクニックをした方が世界平和のためになると思いながら記事を書いているのですよう。 いけませんか?

ダメだと言っても、どうせデンマンさんは どうでもいい事をブログに書き続けるのでしょう?

いや。。。 どうでもいいことじゃなくて世界平和につながるようなことを書きますよう。 これでいいでしょう!?


『ツナ缶@LOVE』より
(2013年12月3日)

こうして長々と以前の記事を引用しても、多くのネット市民の皆様はうんざりしているのですわァ~。。。

そのようなことは決してありません。。。

どうして、デンマンさんは、そのように断定するのですか?

あのねぇ~、2013年の12月に上の記事を書いた時には、日本語の解るネット市民の皆様は 91ヵ国からDenman Blogにアクセスしたのですよ。。。 ところが、2017年1月23日現在では 次のように126ヵ国のネット市民の皆様がDenman Blogにアクセスしているのです。。。

 

海外からのアクセス

 


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(wp70123a.png+wp70123a2.png)

“Denman Blog”

 

4年間に 35ヵ国増えたのですわねぇ~・・・

そういうことです。。。 だから、こうして小百合さんのことを書いていてもネット市民の皆様は決してうんざりしながら読んでいるわけではないのです。。。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~~

最近、あなたも思い出を食べますかァ~。。。?

ええっ。。。 あたくしでござ~ますか?

もちろん、思い出を食べましてござ~ますわァ~。。。

あなたにも、おすそわけをいたしますわねぇ~。。。

実は、去年の秋 デンマンさんが行田に帰省した時に、ご一緒に那須高原へ出かけたのですわァ~。。。


(nasu102b.jpg)

紅葉のきれいな那須高原で、「自在荘」に泊まって温泉にも浸かってまいりましたわァ~。。。

うふふふふふ。。。


(jizai08b.jpg)

でも、ちょっとばかり はしゃぎすぎてしまったようでござ~ますう。


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『衝撃の角度』

デンマンさんに、また得意のアクロバットを見せてしまったのでござ~ますわよう。。。

うふふふふふふふ。。。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(house22.jpg)

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『蕎麦屋と軽井沢タリアセン夫人』

■ 『おしまいでございます』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』

■ 『菊ちゃんと阿部忠秋』

■ 『菊ちゃん、知恵伊豆、忠秋』

■ 『丸墓山は誰の墓?』

■ 『外国人SEXデンマン再訪』

■ 『日本最高?』

■ 『短歌に込められた愛の真実』

■ 『3月のバレンタイン』


(fragran11.jpg)

■ 『かぎろいミステリー』

■ 『40代女性の魅惑』

■ 『私のバレンタイン』

■ 『バレンタイン@4月』

■ 『豆まき@バレンタイン』

■ 『夢のココナッツ』

■ 『日本の失敗』

■ 『しじみ@愛のロマン』

■ 『とろけるカレー@バレンタイン』

■ 『バレンタイン夫人』

■ 『昭和の表象空間』

■ 『ズロースなの?』

■ 『焼きそばサンド』

■ 『平成の表象空間』


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■ 『かぎろい夫人』

■ 『人気の40代女性ヌード』

■ 『宗長の奥の細道』

■ 『ネットの接続が遅い』

■ 『元気に再会しましょう』

■ 『スルーパスと芦雪』

■ 『鬼怒川の洪水』

■ 『最後の焼きそばソース@パリ』

■ 『初めてのヌード』

■ 『感じていても分かってない』

■ 『おかえりなさい』

■ 『スープカレー@再会』

■ 『またカレー?』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)

■ 『手作り弁当@船着き場』

■ 『盛り上がる@馬車道』

■ 『ゼリーフライ@鐘つき堂』

■ 『愛と憎しみの丸墓山』

■ 『忘れられない!』

■ 『大名行列@行田』

■ 『別れの朝も…』

■ 『婚外恋愛』

■ 『婚外恋愛と人間失格』


(noten15.jpg)

■ 『月夜の美人』

■ 『ふるさと 行田』

■ 『愛の偶然と必然』

■ 『田中角栄と軽井沢』

■ 『うさぎ追いしかの山』

■ 『アブラッソ不在の美』

■ 『ロマンの昔話』

■ 『海を渡ったバレンタイン』

■ 『バレンタインが老人を狂わせた』

■ 『マルちゃん海を渡る』

■ 『銀座からバレンタイン』

■ 『仙台からバレンタイン』

■ 『パリからバレンタイン』

■ 『ジャズ@バンクーバー』

■ 『タイからバレンタイン』

■ 『たまご麺@バレンタイン』

■ 『愛犬とゴッド』

■ 『ザ・バレンタイン女』

■ 『週刊誌deヌード』

■ 『愛と天の夕顔』

■ 『ジェミマおばさんのシロップ』

■ 『夏日に、お帰りなさい』

■ 『コイ、鯉、恋がいっぱい!』

■ 『スープカレーなのね』

■ 『忍城時代まつり』

■ 『夜道のルート66』

■ 『上を向いて歌おう』

■ 『霧積温泉のロマン』

■ 『元気が一番!』

■ 『行田のスープカレー』

■ 『パンツとブラジャーと餃子』

■ 『軽井沢を文学散歩する』

■ 『ばァ~の面影』

■ 『バレンタイン@行田』


(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

元気が一番!

2016年12月14日

 

元気が一番!

 


(banzai03.jpg)

日付: Thu, Dec 8, 2016 at 8:09 PM
(バンクーバー時間:12月9日 金曜日 午後0時9分)
差出人: “sayuri@hotmail.com”
宛先: “denman@coolmail.jp”


(sayuri2.gif)

件名:お久しぶりです。

お元気ですか?

\(*^_^*)/

ご無沙汰です。
日本ではデンマンさんが忙しく 
あちらこちらへ出向いていたので
なかなか会えませんでした。

それでも本場のインドカレーを食べたり、
大正時代からやっている「古沢商店」の
行田名物フライや焼きそばを食べたりして
楽しい時間を過ごす事ができました。

久しぶりの「さきたま古墳公園」でも、
素晴らしい秋晴れの空の下で
アイリッシュ・クリーム・コーヒーを1年ぶりに
じっくりと味わうことができました。


(sakitama97b.jpg)

さきたま古墳公園


(sakitama98.jpg)

新レストハウス


(sakitama99.jpg)

その後バンクーバーに戻って元気にやってますか?
お母さんの具合はいかがですか?心配してます。

1年前に「ハートフル行田」でお会いしたときには、
車椅子でしたが、元気な笑顔を振りまいて
楽しそうに語らっていたのが印象深く思い出として残っています。


(grandma6.jpg)

ところで、バンクーバー時間の午後8時頃に、電話しました。
3日ほど続けて かけたのですが
いつもお留守のようなので、もしかして
悲報でも受け取って、急遽 行田にもどったのかな~?
かなり心配になりました。

12月7日に新しいパスポートができ、取りに行きました。
懐かしいバンクーバーにも年が明けたら行けるかもしれません。

バンクーバーも最近、様変わりして、私が知っている街の風景とはだいぶ変わってしまったようです。
いづれ、時間の都合がついたら、ゆっくりと物見遊山に出かけたいと思います。
それでは、お元気で。。。

さゆりより


(sayuri15.gif)

 

Subj:小百合さん、おはよう!

元気でやってますか?


(foolw.gif)

Date: Fri., Dec. 9, 2016 4:56 PM
Pacific Standard Time
日本時間: 12月10日 (土)午前9時56分
From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
CC: barclay1720@aol.com

昨日は図書館 閉館5分前に メールボックスを開けたのでゆっくり返信ができませんでした。(苦笑)

今朝はバンクーバーはマイナス3度で、雪が降っていました。
天気予報によると10センチから15センチぐらい積もるとか。。。
でも、ダウンタウンでは、すぐに解けてしまうでしょう!


(vansnow8.jpg)

母親の様態は良くありません。
僕は10月19日に行田に着いたのだけれど、
前日の18日に、行田総合病院へ入院したのでした。

20日に母親の見舞いに行ったら、
意識は はっきりしており、言葉もしゃべれたのですよ。。。
「お荷物になってしまったねぇ~」と、はっきりと言いました。

やはり、家族に迷惑をかけて申し訳ないという気持ちだったのでしょう。
病院から出される食事も食べていたのです。

ところが、3,4日したら脳梗塞になって右半身が麻痺してしまったのです。
入院中に脳梗塞になったので、当然のことながら、僕は担当の吉田医師に文句を言ったのですよ。

この辺の事については記事を書いたのです。

(「また、デンマンさんの悪い癖ねぇ~」、という小百合さんの声が聞こえてきそうです。。。【モナリザの微笑】)

詳しい事は次の記事を読んでみてください。


(baddocs2.jpg)

『行田総合病院と事なかれ主義』

介護施設のハートフル行田で、10月初旬に
母が入浴中に転んで仙骨を骨折したのが、そもそもの始まりで、
当時 僕は行田にいなかったので
担当看護師の瀧澤さんに文句を言わなかったけれど、
上の記事には書きました。

時間があれば、ハートフル行田の所長に会って 
「業務上過失致傷」で裁判所に訴えるというような
強い姿勢で苦情を言うつもりだったのだけれど、
時間がありませんでした。

行田総合病院でも、
脳外科の専門医・波多野医師と病院長に直接会って、
裁判に訴えるつもりで 苦情を言おうと思ったのだけれども、
アポイントをとってもらったら 11月17日だというので、
残念ながら、会うことができませんでした。
僕は11月16日に成田を飛び立ったのです。

そういうわけで、記事を書いたわけです。。。

驚いたことに、僕以外にも 行田総合病院と行田中央総合病院に不満を持っている人が、結構たくさんいるのですよ。。。
だから、僕が書いた記事が、結構読まれているのです。
次のリストを見てください。


(liv61210b.png)

『拡大する』


(nurse3.jpg)

『病院の悪い評判』

上のリストの中に出てくる『病院の悪い評判』が読まれている!

上の記事の下の方に『行田総合病院と事なかれ主義』が書き加えられています。

2つの病院の院長も、そのうちネットで悪い評判が立っていると、誰からか耳にすることがあるでしょう!

とにかく、僕が最後に母を見舞いに行った時には、
目を瞑って、話すことはできずに、おそらく、僕が見舞いにやって来たことも認識できていなかったと思います。

担当の吉田医師に最後に会ったときに、三男の健造と僕と3人で、今後の処置について話し合ったのでした。

僕の意見は、自分が母親のような状態になったら、すぐにでも青酸カリをもらって死にたいのですよ。。。
あのような状態(ほぼ植物人間)で生きていても、僕にとってはまるで生きている意味がない!
だから、なるべく早く苦痛がなく、安らかにあの世で眠ってほしい!

でもねぇ~、三男の健造の意見は違うのですよ。。。
植物人間になったとしても、できるだけ長く生きてほしいのですよ。。。
だから、「高カロリーの点滴をして欲しい」と医者に頼んでいるのです。

僕も医者も“低カロリー”の点滴でいいじゃないか!という意見なのです。
(低カロリーだと 死期が近くなる)

僕は決して無常でも非情でもない!
自分が母親のような状態になったら、早く死にたいというのが僕の本音なのですよ。
だから、できるだけ苦痛がないように、早くあの世に逝って欲しい。

でもねぇ~、考えてみると、3人兄弟で、一番母と長く暮らしてきたのは三男の健造です。
次男の靖史は池澤病院に現在も入院中です。
10年ほど前に3年間入院していた松原病院を退院しました。

母に言わせると、次男の靖史は3人のうちでは一番素直で、心が優しいと言うのです。
高校生の時に先生のイジメに遭って 電車に飛び込み自殺を考えたけれど、
「母ちゃんを悲しませたくないから、飛び込む前に、やめたんだよ」と言っていました。

三男の健造は、20年以上、母親と一緒に暮らしています。
病院にも毎日見舞いに行っていました。
僕は、実家に滞在中 1日おきに見舞いに行ってました。

つまり、三男の健造は毎日一緒に暮らしていたから、
母がこの世から居なくなるという事は、非常に耐え難いのでしょうね。
その点、僕は もう20年以上、母と離れて暮らしているから、
「母の存在」は、すでに心の中にあるのですよ。
だから、母があの世に逝っても、特にさびしいとは思わない!

むしろ、現在のように 母が苦痛の中で、ほぼ植物人間と生きていることは、
僕には(自分に置き換えて)考えただけでも耐えられない!
だから、安らかに眠って欲しいと思う!

でも、三男は 母に できるだけ長く、この世にとどまっていて欲しいのです!
やはり、長いこと 一緒に暮らしていると、
母の存在が身近にないということは 精神的に耐えられないのでしょうね。。。

なぜ、こうして書いてきたのか?

それは、小百合さんと 小百合さんの三男・トモユキ君の事が ダブって思い出されたからです。

たぶん、小百合さんと三男は 長いこと一緒に暮らしてきて、
更に、今後も長いこと一緒に暮らすことになるでしょう!?
小百合さんの老後も、たぶん、三男・トモユキ君と一緒に暮らすことが続くのではないか?
 (神様だけが知っている!)

小百合さんは、まだこの先40年ぐらいは、元気で健康だと思います。
そういう心配は、今、する必要はないけれど、(微笑)
母と三男の健造を見ていると、なんだか小百合さんの老後と
成人した小百合さんの三男・トモユキ君がダブって見えてくるのでした。 (モナリザの微笑)

。。。ということで、小百合さんも、現在の幸せをかみ締めながら、
いつまでも健康で元気にいてください。
そして、1日 1日 ルンルン気分で
後悔のないように ポジティブに暮らしてください。
人間の一生なんて、考えてみれば、とても短いものです!

お互いに、元気で、楽しく、愉快な面を見つめながら、
この人生を大いに、充実したものにしましょうねぇ~
きゃははははは。。。

それでは、冬の寒さにもめげずに、楽しいクリスマスを迎えてください。
じゃあねぇ~。。。


(xmastree2.gif)


(denman01.gif)

デンマンさん。。。、お母さんの具合はマジでよくないのですか?

2012年には奇跡的に命拾いしたのだけれど、今度は神様だけが知っているようです。

でも、また奇跡的に助かるかもしれませんわァ~。。。

あのねぇ~、奇跡は、起こるべくして起こるものですよ。。。 今度のように、良くない事が重なると起こる奇跡も起こらなくなってしまうのですよ。。。

どういうことですか?

まず、ハートフル行田の担当者が、僕の母親から注意をそらしていたので、風呂場で転んで仙骨を骨折してしまった。。。 明らかに業務上過失ですよ。。。 不注意です。。。 それに、行田総合病院の担当の吉田医師が最新の医療に疎(うと)いばかりに、入院中に母は脳梗塞を引き起こした。

でも、それはお医者さんの責任でしょうか?

あのねぇ~、母は入院中なのですよ。。。 患者の様態を注意深く診ていれば、予防できたはずですよ。。。 しかも、その対応がまずかった。

どういうことですか?

吉田医師が最新の医療に通じていれば、次のような処置をして僕の母も奇跡的に再び元気になったかもしれないのですよ。。。

“おばあさんがよくなった!”


(banzai03.jpg)

2006年のある夜、10時頃のことでした。
その日の仕事がやっと終わった私は、SCU(脳卒中集中治療室)に向かいました。

緊急入院した90歳代のおばあさんが、重症患者用ベッドで治療を受けていました。

目は閉じたままで、名前を呼んでも返事がなく、右手足は全く動きません。
「ご高齢で、これだけ重症だと命を救えるかどうか……。うまくいっても寝たきりだろう」と思いました。

おばあさんは、ある薬の注射中でした。
新薬のt-PAです。
「ご高齢でしたが、発症から病院到着まで1時間と早く、『適正治療指針』(後で説明します)にも適合していたので……」と当直医が説明してくれました。

この患者さんのことが気になった私は、翌朝いつもより早くSCUに出勤しました。
大変驚いたことに、患者さんはベッドに座り、自力で朝食中でした。

担当看護師が「先生が帰られた後で、意識が急速に回復し、手足のまひもなくなりました」と笑顔で報告してくれました。

新薬t-PAの効果を心から実感した瞬間でした。
数日後に患者さんは退院、歩いて自宅へ帰られました。


『脳梗塞の新しい治療法』より

つまり、奇跡はやって来るものではなくて、呼び込むものだとデンマンさんは言うのですか?

そうですよ。。。 担当の医師に、それだけの心構えと常日頃から自己啓発していたならば、奇跡を呼び込むことができたかもしれない。。。

吉田医師は、それを怠っていたとデンマンさんは言うのですか?

そうです。。。 マンネリ化して“事なかれ主義”で これまでの通りの、昔ながらの医療行為を続けていたのです。

でも。。。、でも。。。、お医者さんも人間ですから、“事なかれ主義”に捕(と)らわれる気持ちもわかりますわァ。

あのねぇ~、医者は人の命を預かるのですよ。。。 “事なかれ主義”で安穏(あんのん)に暮らしたいのなら、他の職業を選ぶべきだったのですよ。。。 医者になるならば、あの有名な天野外科医のように、人の命を本当に助けたいと思うような人が医者になるべきなのです。。。

それで、デンマンさんは、こうして医者に対する不満を記事に書いているのですか?

そうです。。。 いけませんか?

でも。。。、でも。。。、不満をタラタラ書いて それが、世の中のためになるのですか?

なりますよ。。。 もう一度リストを見てください。


(liv61210b.png)


『拡大する』

『病院の悪い評判』

こうして『病院の悪い評判』が読まれているという事は 多くの人が病院の評判や医者の評判を気にしている表れですよ。。。 僕の記事を読んで参考にしているのですよ。。。

マジで読まれているのですか?

信用できないのならば、ちょっと次の「生ログ」を見てください。


(liv61213a.png)

『拡大する』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の12月13日の「生ログ」の一部ですよ。。。 赤枠で囲んだ2つは 同一人物が『病院の悪い評判』にアクセスして読んだわけです。。。 青枠で囲んだのは、また別の人物が読んだということです。。。

IPアドレスが違うので二人の人物が読んだということですか?

そういうことです。。。 赤枠の「リファラ」をクリックすると次のページが出てくるのですよ。


(yah61213a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

検索したネット市民は「行田総合病院 評判」を入れてYAHOO!で検索したのですよ。。。

101,000件ヒットする内の2番目にデンマンさんが書いた記事が出てくるのですわね。。。

そういうことです。。。

他にも同じような語句を入れて検索した人がいるのですか?

たくさんいますよ。。。 上のリストで見るとおりです。。。 小百合さんは疑い深いから、その証拠にもう一つ見せますよ。。。


(liv61213a2.png)

『拡大する』

上の「リファラ」をクリックすると、どのような検索結果が出てくるのですか?

次のページが出てきます。


(yah61213b.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 このネット市民は「行田総合病院 整形外科 評判」を入れて検索したのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 それで3番目に出てくる 赤枠で囲んだ『病院の悪い評判』を読んだわけです。。。

つまり、いづれ吉田医師や行田総合病院の院長先生も『病院の悪い評判』を読んで反省することをデンマンさんは期待しているのですか?

そうです。。。 いけませんか?。。。 そうすれば、やがてマジで人の命を大切にする医療が施(ほどこ)されると思うのですよ。。。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~~

とにかく、健康が何よりも大切です。。。

健康が損(そこ)なわれたら、何もできません。

デンマンさんとご一緒に那須高原へ行くことだってできないのでござ~ますわァ。

あたくしは、もちろん、とっても健康でござ~ますう。


(nasu102b.jpg)

そういうわけで、「自在荘」に泊まって温泉にも浸かってまいりましたわァ~。。。

うふふふふふ。。。


(jizai08b.jpg)

でも、ちょっとばかり はしゃぎすぎてしまったようでござ~ますう。


(aerobics5.gif)

『衝撃の角度』

デンマンさんに、また得意のアクロバットを見せてしまったのでござ~ますわァ~。

うふふふふふふふ。。。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。
小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。
小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。
分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

霧積温泉のロマン

2016年12月4日

 

霧積温泉のロマン

 


(sayuri33.jpg)


(kinto02.jpg)


(kinto03.jpg)

日付: Mon, 10 Aug 2009 08:24:47 +0900 (JST)
(バンクーバー時間:8月9日 日曜日 午後4時24分)
差出人: “sayuri@hotmail.com”
宛先: “denman@coolmail.jp”


(sayuri2.gif)

件名:霧積(きりづみ)温泉に

やっと行きました

\(*^_^*)/

ずいぶん メールもたっまって
だれかこのメール 開けたなー。
ほら 私がいないと誰か見るよ。

ただいまー 夕べ  戻りました。
自由に させてもらいました
元気です  
碓氷峠の近く 霧積(きりづみ)温泉にやっと行きました

一晩ねて翌朝、 急用で すぐ戻らなくては・・っと  
軽井沢から  帰らなくては いけない状況になり
あわてて 横川まで 降り 
PA (パーキング)からTelして
長男坊と話したら、
戻らなくてOK という事になった。

ホットして また 碓氷峠を登る。バカだねー私
(今度は旧道から、父と昔 とおった道を登った)
横川まで降りてしまったから
途中 霧積(きりづみ)へ向かってみよう。イイ チャンス!
ここから軽井沢は近いし夕方までにまた戻れば・・と


(ningen70.jpg)

人間の証明」で麦わら帽子を
渓谷で落して亡くした、あのフレーズを
ずーっと 気になっていて やっと 行けました。

たのしかったよ~、三男坊と温泉
お風呂5分  後 遊卓球場 で遊びたい 感じ。
次男坊いたら 卓球 で1時間 遊んでましたね

行水だから 温泉は無理、でも せっかくだから 入りました。
他に誰もいなくて 三男坊と貸しきり でした。
三男坊も熱いのは苦手らしく 洗い場を 走り回ってました。

霧積温泉は 万葉の歌(防人)の碑がある
サンセット ポイントという眺めの良い見晴らし台の
熊野神社から 中山道の道が今もあって、
山歩きが好きな人は歩いて
霧積まで 下っていきます。
3時間位かかると聞きました。
三男坊が小学生になったら
一緒に 下っていきたいと思うのです。

さゆりより


(sayuri15.gif)

2009年8月8日 記


『カラスの温泉』より
(2013年10月22日)

デンマンさん。。。、また、ずいぶん古いメールを持ち出してきましたわねぇ~。。。 どういうわけですか?

あのねぇ~、小百合さんと一緒に行田市立図書館へ行ったときのことですよ。。。 覚えてますか?

ええ、覚えてますわァ。。。 「さきたま古墳公園」の“新レストハウス”で デンマンさんがバンクーバーで買ってきてくださった“アイリッシュクリーム・コーヒー”をじっくりと味わってから おもむろに出かけたのですわよねぇ~。。。


(sakitama97b.jpg)

さきたま古墳公園


(sakitama98.jpg)

新レストハウス


(sakitama99.jpg)


(gyodalib1.png)

『拡大する』


(gyodalib2.jpg)

行田市立図書館


(gyodalib4.jpg)


(gyodalib5.jpg)

行田市立図書館と上のメールとどのような関係があるのですか?

僕が「パソコンでもやろうか?」と言ったら、小百合さんは「フィルターがかかっていてメールを読むことも出すこともできないので、面白くないから止めましょう」と言って 観光ガイドブックの棚に スタスタと歩いて行ってしまったのですよ。。。

あらっ。。。 デンマンさんは そんな事までよく覚えていますわねぇ~。。。

それで しばらくして小百合さんが棚からガイドブックを取り出してきて僕に見せたのです。。。


(onsen08.jpg)


(onsen09.jpg)


(onsen10.jpg)

上の写真を見ながら小百合さんは言ったものですよ。


(sayuri2.gif)

ねえ、ねえ、ねえェ~。。。

ちょっと、これ見てぇ~。。。

このレトロな温泉ってぇ~

イカスと思わないィ~。。。?

まるでタイムスリップしたみたい!

歴史を感じさせる

温泉旅館よねぇ~

うふふふふふ。。。

私が、そのようなことを言いましたァ~?

やだなあああァ~。。。 忘れてしまったのですかァ~? 僕の耳の奥には、未だに小百合さんの声がこだましていますよう。。。

。。。で、その事と上のメールが関係あるのですか?

もちろんですよ。。。 この事を言うために わざわざ、たくさんの写真や地図を貼り出して話してきたのだからァ~。。。 小百合さんが、わざわざガイドブックを持ち出してきてまで“レトロな温泉旅館”を僕に見せたのですよ。。。

それで。。。?

だから、これまでに小百合さんが“レトロな温泉旅館”について語ったことがあったかなあァ~? そう思ってネットで検索したのですよ。。。


(gog61231a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

「温泉 小百合 デンマン」を入れてGOOGLEで検索すると、なんと 14,200件もヒットする。。。 トップに出てくるのが『カラスの温泉』ですよ。


(raven62.jpg)

『カラスの温泉』

この上の記事の中に冒頭に出した小百合さんの“霧積温泉”のメールが出てくるのです。。。

それでタイトルを霧積温泉のロマンにしたのですか?

そうです。。。 いけませんか?

。。。で、なにが霧積温泉のロマンなのですか?

ちょっと次の『ウィキペディア』の記事を読んでみてください。

霧積温泉(きりづみおんせん)


(kinto02.jpg)

霧積温泉は、群馬県安中市松井田町坂本(旧国上野国)にある温泉。

泉質: カルシウム・硫酸塩泉 源泉温度39°C 無色透明の源泉

温泉街はない。温泉旅館一軒のみ営業。

発見は1200年代であるという。
犬が発見したとされ、古くは犬の湯と呼ばれた。

明治時代初期には温泉旅館が季節営業を始め、軽井沢が別荘地として開かれる以前から別荘が建てられるなど、避暑地として知られるようになった。

伊藤博文、勝海舟、尾崎行雄、西郷従道、岡倉天心、西條八十、与謝野鉄幹・与謝野晶子夫妻、幸田露伴・幸田成友兄弟、山口誓子ら多くの政治家や文化人らも訪れている。

1888年(明治21年)に軽井沢に初めての別荘を設け、避暑地としての軽井沢の歴史を切り開いたカナダ人宣教師のアレクサンダー・クロフト・ショーも温泉を訪れ、温泉紹介所を開設した。
英文の広告を発行し、外国人にこの地を紹介している。

ショーが軽井沢に初めての別荘を設けた1888年(明治21年)よりこの地でも本格的な開発が始まり、温泉地・避暑地として栄えた。

しかし1910年(明治43年)に山津波(土石流)が発生し、42軒あった温泉旅館が流され、温泉街・別荘は壊滅。
きりずみ館・金湯館の2軒の温泉旅館が被害を免れ、営業を続けた。
避暑地としても終焉を迎え、山奥の秘湯という風情の現在の姿になった。

2012年(平成24年)4月、きりずみ館が閉館し、以後は金湯館のみの営業となっている。


(kinto01.jpg)

作品とのかかわり

西條八十の「帽子」という詩の舞台である。
また、この詩をモチーフにした森村誠一の小説『人間の証明』の舞台でもある。


出典: 「霧積温泉」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


(manza01b.png)

『拡大する』

地図で調べてみると 霧積温泉の金湯館は軽井沢から目と鼻の先なのですよねぇ~。。。 僕はちょっと驚きましたよ。。。

そうなのですわ。。。 上の『ウィキペディア』にも書いてあるように「明治時代初期には温泉旅館が季節営業を始め、軽井沢が別荘地として開かれる以前から別荘が建てられるなど、避暑地として知られるようになった」のですわ。

僕は それで納得がいったのですよ。。。 どうして小百合さんが霧積温泉にこだわったのかが。。。

あらっ。。。 デンマンさんは、私が霧積温泉にこだわっていると思ったのですか?

そうですよ。。。 霧積温泉の金湯館は、まさにタイムスリップしたみたいに 歴史を感じさせるレトロな温泉旅館ではありませんか! 軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが こだわるのも無理ありませんよ。。。 なにしろ、軽井沢が別荘地として開かれる以前から別荘地として知られていたのですからね。。。 それに、伊藤博文、勝海舟、尾崎行雄、西郷従道、岡倉天心、西條八十、与謝野鉄幹・与謝野晶子夫妻、幸田露伴・幸田成友兄弟、山口誓子ら多くの政治家や文化人らも訪れたのですよ。。。 小百合さんが霧積温泉の金湯館の湯につかりたかった気持ちが僕にもやっとわかりました。

つまり、その事が言いたくて、こうして長い記事を書くことにしたのですか?

いや、それだけじゃありませんよ。。。 上の地図にも出ているように、軽井沢からそれほど遠くないところに万座温泉があるのです。

知っていますわ。

あれっ。。。 知っていて今まで温泉に入りに行かなかったのですか?

だってぇ~、1983年2月に、万座温泉ホテル旧館から出火して、建物が全焼したのですわ。。。 幸い死者はでなかったものの、スキー客数人が大怪我をしたのですわ。。。 そういうニュースがあったので、怖くて行く気がしなかったのですわ。

あのねぇ~、そういう火事があったので、それ以降、火災が起きないように安全面では最善の注意を払っているのですよ。。。 だから、安心していいのです。。。

何で、デンマンさんは万座温泉を薦めるのですか?。。。 いくらか宣伝代理料をもらっているのですか?

そんなケチ臭い事をするはずがないじゃありませんか! 万座高原ホテルには小百合さんも気に入るような露天風呂があるのですよ。。。


(manza01.png)

『拡大する』


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(manza22.jpg)


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あらっ。。。 なんだか わくわくしてきそうな露天風呂ですわねぇ~。。。

。。。でしょう!? 小百合さんも、のんびりと浸かって癒されますよ。。。

でも。。。、でも。。。、私はレトロな温泉がいいのですわァ~。。。

あのねぇ~、たまには、こうして広々とした空を見ながら入るのも ルンルン気分になれて健康にいいのですよ。。。

でも。。。、

それに、小百合さんはスノボにハマッているでしょう!


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スノボにハマっていると万座温泉がいいのですか?

あれっ。。。 知らなかったのですか?。。。万座温泉は標高1,800mにある温泉なのですよ。。。 自家用車で辿り着ける日本で一番高いところにある温泉なのですよ。。。 だから、一番気分でスノボをして それから温泉に浸かって 最高気分に浸れるのですよ。。。

じゃあ、今夜一晩ぐっすりと眠りながら考えて見ますわァ~。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~~

あたくしはデンマンさんとご一緒に那須高原へ行ってまいりました。


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「自在荘」に泊まって温泉にも浸かってまいりましたわァ~。。。


(jizai08b.jpg)

でも、ちょっとばかり はしゃぎすぎてしまったようでござ~ますう。


(aerobics5.gif)

『衝撃の角度』

デンマンさんに、また得意のアクロバットを見せてしまったのでござ~ますわァ~。

うふふふふふふふ。。。

ところで、小百合さんがどうして「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれるのか?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。
小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。
小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。
分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


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(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


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■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『蕎麦屋と軽井沢タリアセン夫人』

■ 『おしまいでございます』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』

■ 『菊ちゃんと阿部忠秋』

■ 『菊ちゃん、知恵伊豆、忠秋』

■ 『丸墓山は誰の墓?』

■ 『外国人SEXデンマン再訪』

■ 『日本最高?』

■ 『短歌に込められた愛の真実』

■ 『3月のバレンタイン』


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■ 『かぎろいミステリー』

■ 『40代女性の魅惑』

■ 『私のバレンタイン』

■ 『バレンタイン@4月』

■ 『豆まき@バレンタイン』

■ 『夢のココナッツ』

■ 『日本の失敗』

■ 『しじみ@愛のロマン』

■ 『とろけるカレー@バレンタイン』

■ 『バレンタイン夫人』

■ 『昭和の表象空間』

■ 『ズロースなの?』

■ 『焼きそばサンド』

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■ 『かぎろい夫人』

■ 『人気の40代女性ヌード』

■ 『宗長の奥の細道』

■ 『ネットの接続が遅い』

■ 『元気に再会しましょう』

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■ 『初めてのヌード』

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■ 『夏日に、お帰りなさい』

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■ 『スープカレーなのね』

■ 『忍城時代まつり』

■ 『夜道のルート66』

■ 『上を向いて歌おう』


(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

上を向いて歌おう

2016年11月26日

 

上を向いて歌おう

 


(junevanc.jpg)


(kato3.gif)

Subj:無事に帰ってきた

小百合さんのために

僕のプレゼントがありますよ。

ヽ(´ー`)ノキャハハハ。。。

Date: 18/03/2008 2:16:33 AM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間: 3月18日 午後6時16分
From: barclay1720@aol.com
To: fuji@adagio.ocn.ne.jp

山の家はどうでしたか?
無事に帰ってきた小百合さんのために僕のプレゼントがあります。
そうです!僕の心の歌です!

僕の小百合さんへの賛歌ですよ!
心の奥から搾り出すようにして歌っています。
まさに、僕の萌えるような気持ちが込められているのですよう!
うしししし。。。

では、聴いてくださいね。


(charade3.jpg)

Charade by Matt Monro

Charade by Henry Mancini

『忘れられない、心にしみる歌』

フルートの前奏が小百合さんの心の琴線を
優しく震わせます。
メランコリックで、しかもロマンを感じさせるメロディー
“山の家”にもどって、一人でじっくりと聞きたくなるような。。。


(charade5.jpg)

小百合さんの心の中に眠る
夢見る乙女をそっと目覚めさせ、
厳しい現実の中の癒しを身近に感じさせてくれるのです。
夢とロマン!
そうです!
小百合さんのための曲なのですよ。
\(@_@)/ キャハハハ。。。

じゃあね。

by デンマン

 


(cute007.gif)

Subj:3月19日 あの曲を聴いたら

寂しくなりました。

Date: 18/03/2008 5:49:34 PM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間: 3月19日 午前9時49分
From: fuji@adagio.ocn.ne.jp
To: barclay1720@aol.com

映画音楽っていいですね。
本当にデンマンさんが歌ってくれてるようでした。

あの日本の景色が動画になってる曲は
日本人もカバーして 昔 歌ってましたね。

別れの朝 (ドイツ語原曲)

by Udo Jurgens

テレサ・テン – 別れの朝

私があまりにも子供の頃で良く覚えてない。
デンマンさんは大人で素敵な人と映画でもいってたでしょうね。

でもあの曲を聴いたら寂しくなりました。
今 朝なのに気持ちは夕方 

朝 コーヒーを飲み、
YAHOOファイナンス外国為替情報で
カナダ$ をチェックして
100円を割らないで欲しいと願って!

メールの返信を打って、
1日のスタートが始まるのだけど、

ところで、たらの芽 ふきのとう が出始めました。
クレソンは まだでした。

山には4本桜があります。
1本は 色の濃い 八重桜です。


(yae2.jpg)

ぜひ この次 山小屋に来てください。
時間があったら 軽井沢にも

今日は税金の事、実家の相続の事で出かけます。

ノー天気? 脳転記?
主人が私に良くいうけど何なの?
どうゆう字を書くのか 知らない全然

いい意味でないのは分かってますが・・・

小百合より


『別れの朝』より
(2008年3月21日)


デンマンさん。。。、また、ずいぶん古いメールを持ち出してきましたわねぇ~。。。 どういうわけですか?

あのねぇ~、久しぶりにバンクーバー市立図書館で『上を向いて歩こう』という2011年に出版された本を読んだのですよ。。。


(lib61125a.png)

『実際のカタログページ』


(lookingup.jpg)

上の本とメールが関係あるのですか?

実は 『上を向いて歩こう』を読んで記事を書いたことがあるのですよ。。。 次の記事です。。。 上のメールも記事の中で使ったのですよ。


(qchan02.jpg)

『人の輪が生み出した奇跡』

この記事の中で 上のメールも使ったのですよ。

それで、また「シャレード」と「別れの朝」を含んでいる上のメールを持ち出してきたのですか?

そうです。

。。。で、今日は「シャレード」と「別れの朝」について語るのですか?

いや。。。 今日は『上を向いて歌おう』というタイトルで坂本九ちゃんの歌「上を向いて歩こう」を取り上げて、上の記事を更新しようと思ったわけです。

でも、どうしてジューンさんがビキニを身に着けてスタンレー・パークで撮った写真を このページのトップに貼り出したのですか?

いけませんか?

つまり、ジューンさんが関わっているお話なのですか?

いや。。。 チャーミングなジューンさんの写真が手元にあったので貼り付けただけです。 うへへへへへ。。。

。。。で、どういうわけで坂本九ちゃんの歌を取り上げたのですか?

あのねぇ~、今でこそ日本の漫画とかアニメが世界に広まっているけれど、そもそも日本の文化が太平洋戦争後、世界に広まった最初のものが「上を向いて歩こう」だったのですよ。 大袈裟に言えば日本の文化が戦後初めて世界的に認められたのです。 アメリカで『上を向いて歩こう』が大ヒットしたのが1963年です。 ソニーやパナソニック、ホンダやトヨタよりも先だった。

でも、それは単なる偶然だったのでしょう?

うん、うん、うん。。。 そう考えている人が多いのですよ。 当時、文化人とか教養人と言われていた人までが次のような事を恥ずかしげもなく言っていたのだから。。。


(izawa2.jpg)

飯沢匡: これは強調しておきたいんだけれども、あれがアメリカで受けたのは、九ちゃんの力じゃないですよ。 作詞の永六輔でもないですよ。 中村八大の作曲がいいんです。 だから「上を向いて」が「スキヤキ」になったんです。 九ちゃんの声はどうでもいいんで、イヌが鳴いているのと同じことなんだから。 (笑い) すぐに坂本九だ、永六輔だって出てくるけれども、おかしいですよ。 中村八大の作曲ですよ、問題は。 歌に関する限り、メロディーなんです。 歌詞なんか、ほんとうはどうだってかまわないんです。 (笑い)


(yasuoka2.jpg)

安岡章太郎: しかし、歌詞がさきにできて、それに曲をつけたんだろうから。


(sono2.jpg)

曽野綾子: それがあの二人でつくるときは、ちがうらしいですね。 さきにメロディーがあって、それに歌詞をつけるんですって。

飯沢: 二人でいてね。 中村八大がボロロンとやると、永六輔がつけるんです。 だから、♪ウエオムーイテでしょう。 日本語ではムーと低くなることはない。 ムイテとイが上がるんですよ。

曽野: ムーイテは、ミカンの皮をむくみたい。 (笑い)

飯沢: そうなんです。 ラッキョウをむくみたいな、そんなのないですよ。 これをみても、メロディーがさきだということがわかるんです。

安岡: ♪ナミダガ、コボレ、ナイヨオオオニイなんていうのも、おかしいな。

飯沢: そういう点では、歌詞としては不備なところがあるんだ。 中村八大は損してますよ。 ヒット・メロディーの作曲者としてとりあげてやっていいな。

安岡: そんなことをいうと、われもわれもと作曲家志望が乗出すだろうな。

荒垣秀雄: 中村八大は国際水準からいうとどうですか。

飯沢: とにかく「スキヤキ」が売れたんだから、そうとうなんでしょう。

(写真はデンマン・ライブラリーより
赤字はデンマンが強調のため)


132-133 ページ 『上を向いて歩こう』
著者: 佐藤 剛
2011年7月13日 第1刷発行
発行所: 株式会社 岩波書店

この上の座談は1963年12月27日号の『週刊朝日』に載ったのですよ。 安岡章太郎さんと曽野綾子さんは小説家で、荒垣秀雄さんは朝日新聞の名物コラム「天声人語」を20年以上も書き続けていた論説委員です。 この4人は、誰も音楽の専門家じゃない。

安岡さんが「♪ナミダガ、コボレ、ナイヨオオオニイなんていうのも、おかしいな」と言っていますけれど、デンマンさんもおかしいと思いますか?

いや。。。僕は、あまり詞にはこだわらないから。。。でも、おかしいとは思いませんね。 これを読んでいる人に判断してもらいますよ。 まず、九ちゃんの歌を聴いてみてください。

坂本九~上を向いて歩こう


(kyu125.jpg)

飯沢さんも言っているように、「上を向いて歩こう」はアメリカでも記録的な人気が出たのだけれど、初めは九ちゃんが日本語で歌っている歌が受けた。 だから、確かに日本語の詞はアメリカ人にとってはどうでもよかったのでしょうね。 でも、イヌが鳴いているようだとは思わなかったはずですよ。

英語の歌詞では歌われなかったのですか?

いや。。。やがて英語の歌詞で歌われるようになった。 英語版を聴いてみてください。

Sukiyaki (Live)

English Version


(sukiyaki9.jpg)

英語版も、なかなかいいですわね。

確かにメロディーがいい。 僕も、どちらかと言えば飯沢さんのように歌はメロディーだけを聴いて、あまり歌詞には関心がない。 でもねぇ~、「上を向いて歩こう」は歌詞が先にできたのですよ。

でも、飯沢さんは「これをみても、メロディーがさきだということがわかるんです」と言ってますわよ。 曽野さんも「あの二人でつくるときは、ちがうらしいですね。 さきにメロディーがあって、それに歌詞をつけるんですって」と言ってますわ。

だから、この二人は完全に間違っているのですよ。

その証拠でもあるのですか?

ありますよ。 上の本の中でも次の対談を紹介して詞が先にあったことを中村八大さんが認めています。 その対談を読んでみてください。


(endo2.jpg)

遠藤周作: 作曲をなさるときは、いつどこでなさるんですか。


(hachidai2.jpg)

中村八大: 全く決まってないですね。

遠藤: 「上を向いて歩こう」のときは?

中村: あれは三田のアパートにいて、そこの自分の部屋でやったんです。

遠藤: そういうときは、どうするんですか。 ピアノを弾きながら?

中村: いや、ピアノは、作曲のときには使わないんです。 大体、頭の中で固めていきます。

遠藤: 頭の中にメロディーが浮かんでくる?

中村: 浮かんだり、消したり、浮かんだり、消したり。 いろんなやり方がありますけど、あのときは、坂本九が歌うことは、決まっていたわけです。

 <略>

遠藤: それは詞がさきに出来ていたわけですね。

中村: 詞があったわけです。

(写真はデンマン・ライブラリーより
赤字はデンマンが強調のため)


134 ページ 『上を向いて歩こう』
著者: 佐藤 剛
2011年7月13日 第1刷発行
発行所: 株式会社 岩波書店

確かに、中村八大さんは「詞がさきにあった」と言ってますわね。

でしょう!? 音楽が専門でもないのに、飯沢さんと曽野さんは解ったような事を言っている。 でも、それは全くの間違いだった。 『週刊朝日』は1963年当時、発行部数が100万部を越えていた。 しかも、飯沢さんを含めて座談会の4人は「文化人」、「知識人」と呼ばれていた。

つまり、その人たちの言ったことは当時の社会に大きな影響力を持ったわけですね。

そうですよ。。。だから、飯沢さんや曽野さんが間違った事を言ったのを鵜呑みにした人もかなり居たと思うのですよ。

門外漢が音楽のことについてコメントするのは、いけないとデンマンさんは言いたいのですか?

いや。。。言論の自由・表現の自由があるから何を言ってもいいですよ。。。でもねぇ。。。少なくとも根拠のある事を言って欲しいと思いますね。 そうじゃないと、このように、後で証拠を持ち出されて叩かれるのですよ。 飯沢さんも曽野さんも、いい加減な人間だと思われても仕方がない!

デンマンさんも、好き勝手な事をブログに書いているから、いい加減だと思われているかもしれませんわよ。

もちろん承知していますよ。 だから、できるだけ根拠のある事を書くように努力していますよ。

。。。で、『上を向いて歩こう』は単なる偶然でアメリカで人気が出たわけじゃなくて「人の輪が生み出した奇跡」だと、デンマンさんは言いたいのですか?

その通りですよ。 佐藤剛さんが書いた『上を向いて歩こう』という本を読んで僕が分かり易くチャートにしてみました。 じっくりと見てください。


(qchan90.gif)

あらっ。。。「上を向いて歩こう」が世界的に有名になるまでには、ずいぶんといろいろな人が関わっていたのですわね。

本当はもっと多くの人が関わっていたのだけれどチャートには書ききれないので主要な人物や会社、番組だけを書き入れたのですよ。

曲直瀬(まなせ)信子さんと言う名前は聞いたことがないのですけれど、有名な人ですか?

いや、最近の若い人はほとんど知らないでしょう。 でも、当時の芸能界では有名な人だった。 九ちゃん自身が曲直瀬信子さんを恩人だと言っているくらいだから、大きな影響を九ちゃんに与えた人なのですよ。 九ちゃんは一度は歌手になることを断念したのだけれど、曲直瀬信子さんに説得されて歌手に戻ったという経緯(いきさつ)があるのです。

「上を向いて歩こう」でも曲直瀬信子さんは大きな役割を果たしているのですか?

そうです。 当時、九ちゃんは楽譜が読めなかった。 だから曲直瀬信子さんが居なかったら、もしかすると「上を向いて歩こう」は世に出なかったかもしれない。 次のようなエピソードがあるのですよ。


(recital2.jpg)

「…坂本九の曲は、なかなか出来上がらずに、リサイタルの開催当日になって、ようやく取りに来てくれという連絡がありました。
それで当日、(中村)八大さんのお宅に行くと、『上を向いて歩こう』の譜面を渡されました。
そのまま八大さんはどこかへいなくなてしまって、とにかく忙しかったんですね。

でも渡された譜面を見るとすぐに特徴がわかりました。
『オゥオゥオゥオゥ』の部分の意味するところもわかりました。
九ちゃんは音域が狭いので、フォルセットを生かしてほしいと頼んでいたんです。
とても嬉しかったですね。
以前の打ち合わせで、私が思っている(エルヴィス・)プレスリーの特徴とかを、八大さんに一生懸命に説明していたことが、そこには生かされていましたから」

打ち合わせの段階からロカビリーのよさを説明して、参考レコードを一緒に聞いたときには自ら歌ってまで中村八大に理解してもらった成果が、一枚の譜面にはっきりと書かれていたのである。
何とかして坂本九の特徴を生かすための曲を作ってほしいという、プロデューサーの希望が結実していたのである。

「すごくいい曲をもらったと思いました」と喜んだ曲直瀬信子は、再び姿を現した中村八大と一緒に大急ぎでピアノに合わせてメロディーや歌い方の確認をした。
そう、中村八大のピアノをバックに、「上を向いて歩こう」を最初に歌ったのは、曲直瀬信子だったのだ。

リサイタル当日の朝のことだから、中村八大には全く時間がなかった。
お互いに相当に慌しい状況のもとで、とにもかくにも歌を覚えた曲直瀬信子は、それをすぐ坂本九に教えなければならなかった。
実際には、当日のリハーサル会場に出向く移動の車中で、ひとフレーズごとに、まさに口うつしで曲直瀬信子から坂本九へと、歌が伝えられたのだった。

 (中略)

エルヴィス・プレスリーのようにリズムにノッて歌う坂本九を想定した上で、中村八大はこの歌を作ったのである。
そういう曲を作ってほしいと思って参考になる曲を選んで聴いてもらい、中村八大と話し合って流れを作ったのが曲直瀬信子であった。
「上を向いて歩こう」には、まさにプロデューサー、曲直瀬信子の仕事が見事に実を結んだという側面もあったのである。

(写真はデンマン・ライブラリーより
読み易いように改行を加えてます。
赤字はデンマンが強調のため)


244-246 ページ 『上を向いて歩こう』
著者: 佐藤 剛
2011年7月13日 第1刷発行
発行所: 株式会社 岩波書店

「上を向いて歩こう」が出来上がるまでには九ちゃんや曲直瀬信子さんばかりでなく、作曲家の中村八大さん、それに作詞家の永六輔さん、関係した人それぞれに興味深いエピソードがあるのですよ。

チャートの中の石坂範一郎さんという人物はどのようなことをした人なのですか?

この石坂さんという人は東芝レコードの常務取締役でレコード制作現場の実質的な責任者だった人です。

名前を聞いたことがありませんわ。

華々しい音楽史の表舞台には出てこないけれど、日本の音楽を国際的に普及させる夢とロマンを持っていた人ですよ。

具体的にはどのような事をした人なのですか?

1958年に中村八大さんの要望を聞いて水原弘が歌った「黒い花びら」のシングルを発売したのは石坂さんなのですよ。 この「黒い花びら」は第1回レコード大賞になった曲です。 1960年に中村八大さんがアメリカとヨーロッパに遊学したことも、1961年に来日したナット・キング・コールに曲を書き下ろす話が具体化したのも、アメリカで人気が出る前に1962年の春、イギリスのEMIが「上を向いて歩こう」のヨーロッパ発売に動いたのも、いずれも石坂さんが手配したことなんですよ。

つまり、縁の下の力持ちなのですね。

その通りです。

その後どうして第2の「上を向いて歩こう」が出なかったのですか?

その時の人の輪が欠けたからですよ。 石坂さんは1980年4月に74歳で亡くなりました。

【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~~

海外に出てゆくとオリジナルの歌詞が全く違ってしまう場合が多いのでござ~♪~ますよね。
あの坂本九ちゃんが歌った“上を向いてあるこう”がアメリカでは“スキヤキ・ソング”になってしまいましたものね。

一体どのような英語の歌詞で歌われているのでしょうか?
上のライブの英語の歌を聴いて、あなたは聞き取れましたか?
ちょっと難しいですわよね。
GOOGLEかYahoo!で調べてみてくださいまし。
あたくしも調べてみようと思いますわ。

ところで、半世紀も前に坂本九ちゃんが出演していたNHKの『夢であいましょう』という番組がありました。
あなたのために、ここに貼り出しますわァ。

半世紀前のバラエティー番組がどのようなものだったか?
ぜひ 見てください。

坂本九が出演した『夢であいましょう』


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あの悲惨な飛行機事故で
坂本九ちゃんは帰らぬ人となってしまったことは
とても悲しい、残念なことでしたわァ。
本当にお気の毒なことでした。

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(house22.jpg)

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『蕎麦屋と軽井沢タリアセン夫人』

■ 『おしまいでございます』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』

■ 『菊ちゃんと阿部忠秋』

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■ 『日本最高?』

■ 『短歌に込められた愛の真実』

■ 『3月のバレンタイン』


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■ 『かぎろいミステリー』

■ 『40代女性の魅惑』

■ 『私のバレンタイン』

■ 『バレンタイン@4月』

■ 『豆まき@バレンタイン』

■ 『夢のココナッツ』

■ 『日本の失敗』

■ 『しじみ@愛のロマン』

■ 『とろけるカレー@バレンタイン』

■ 『バレンタイン夫人』

■ 『昭和の表象空間』

■ 『ズロースなの?』

■ 『焼きそばサンド』

■ 『平成の表象空間』


(sayuri201.jpg)

■ 『かぎろい夫人』

■ 『人気の40代女性ヌード』

■ 『宗長の奥の細道』

■ 『ネットの接続が遅い』

■ 『元気に再会しましょう』

■ 『スルーパスと芦雪』

■ 『鬼怒川の洪水』

■ 『最後の焼きそばソース@パリ』

■ 『初めてのヌード』

■ 『感じていても分かってない』

■ 『おかえりなさい』

■ 『スープカレー@再会』

■ 『またカレー?』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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■ 『手作り弁当@船着き場』

■ 『盛り上がる@馬車道』

■ 『ゼリーフライ@鐘つき堂』

■ 『愛と憎しみの丸墓山』

■ 『忘れられない!』

■ 『大名行列@行田』

■ 『別れの朝も…』

■ 『婚外恋愛』

■ 『婚外恋愛と人間失格』


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■ 『月夜の美人』

■ 『ふるさと 行田』

■ 『愛の偶然と必然』

■ 『田中角栄と軽井沢』

■ 『うさぎ追いしかの山』

■ 『アブラッソ不在の美』

■ 『ロマンの昔話』

■ 『海を渡ったバレンタイン』

■ 『バレンタインが老人を狂わせた』

■ 『マルちゃん海を渡る』

■ 『銀座からバレンタイン』

■ 『仙台からバレンタイン』

■ 『パリからバレンタイン』

■ 『ジャズ@バンクーバー』

■ 『タイからバレンタイン』

■ 『たまご麺@バレンタイン』

■ 『愛犬とゴッド』

■ 『ザ・バレンタイン女』

■ 『週刊誌deヌード』

■ 『愛と天の夕顔』

■ 『ジェミマおばさんのシロップ』

■ 『夏日に、お帰りなさい』

■ 『コイ、鯉、恋がいっぱい!』

■ 『スープカレーなのね』

■ 『忍城時代まつり』

■ 『夜道のルート66』


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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


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デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


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九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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