Archive for the ‘安子さん’ Category

行田物語 棺桶に入るまで

2017年8月6日

 

行田物語 棺桶に入るまで

 


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デンマンさん。。。 今日はなんだか、あまり縁起のいい話ではありませんわねぇ~。。。


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やっぱり、“棺桶”という響きは食欲を減退させますかァ~? (モナリザの微笑)

食欲よりも、高齢者が読んだら生きる力が萎(な)えてしまうのではありませんかァ~。。。

いや。。。 僕は、むしろ高齢者を励(はげ)ますつもりで今日の話をするつもりなのです。。。

でも、どういうわけで“棺桶”を持ち出したのですか?

あのねぇ~、誰でも必ず一度は死にますからねぇ~。。。 だから、別に “棺桶”が話題に出たからって、何も嫌がったり、悲観したり、食欲を減退させる必要はないのですよ。。。

つまり、死ぬことをそれほど忌み嫌う必要もないということですか?

その通りですよ。。。 真由美ちゃんもよく知っている現在 シアトルに住んでいる“カヨちゃん”。。。 彼女のお母さん。。。 僕にとっては叔母。。。 真由美ちゃんにとっては大叔母だけれど、その九条多佳子・叔母が書いた手紙をちょっと読んでみてください。

デンマンさんへ


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お元気でしょうか?
通夜・葬送の儀 無事に済みました。

ところで、アナログデジタル どちらも伝達手段として使うのでしょうが、私は真の意味を論理的に知りません。
時計に例えるならば、私はアナログ派。
なんでも物質的なものは体で確かめたいタイプ。

多分、後々 その先々も PCに恋することはありません。
実際、PCの前に座るとき、決してときめきはありません。 恐怖でドキドキします。

本日 4月30日 (日曜日) 午前11時にデンマンさんのメールを拝読しました。
デンマンさんに また「宝の持ちぐされ」と揶揄されるかも知れませんが、メールのやり取りは 2015年の秋、デンマンさんが帰省時 私の家にフラッシュ・メモリーを忘れたときに「自遊空間」に居るデンマンさんへ、その件でメールして以来久しく使っていません。

なので、自分のアカウント名やパスワードを入力する時にはドキドキはさらに上昇。
どうぞ笑ってください。
そもそも私のPC使用の目的は、作文用原稿の升目を埋めるだけで十分なのです。

人は人にどれほどの真実を伝えられるかという事を考えたとき、メールを作動させるときは絶対、必要以外は使用しないと決めていました。
理由は二つ。

①下手である。

②追い立てられているような強迫観念に付きまとわれる(神経疾患だと思う)。

今日はメールで返事をと考えていたのですが、なにやら入力する箇所がいくつかあって、またとんでもなくグチャグチャになる可能性が見えるので郵便に変更しました。

 


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まず喜代司君のご冥福を祈ります。
私はデンマンさんと全く同じ事を考えていた事柄があります。

いろいろな説があるようですが、死没して77日経過すると死者は神の世界に入る。
これは夫の実家である東京の洗足の菩提寺の住職の説法だった記憶があります。
それまでは東雲(しののめ)の光に照らされた朝霧のように、家や家人の周りを廻り、安穏であるように導いている。

私は正造さんから訃報を受けて、すぐに芳江さん(デンマン注:僕のお袋であり、多佳子の一番上の姉)の命日から指を折ったら80日。
まさに霊から仏へと渡り行く時で、芳江さんが神様となり、デンマンさんと正造さんの苦労するであろうことを慮(おもんばか)り、また喜代司君の病苦から救い、母親の懐に呼び寄せたと感じ取りました。
この事を正造さんに話したら、デンマンさんも同じよなことを言っていたそうですね。

棺の中の喜代司君は佐吉・お父さんにそっくりでした。
考えるに加藤家の脳力(能力)の高さは父方のゲノム(genom)だと確信しました。
母方、つまり、犬塚の私の実家の脳力は並です。

精進落としの会食の際に、喜代司君の小学校の担任の先生(広田先生)と隣の席になりました。
彼の逸話、特に体育への比類ない努力と、その成果を力説していました。
どちらの家庭でもそうですが、長男・長女は特別で、喜代司君も長男のデンマンさんの影に隠れてしまっていて、私などは初耳でした。

私の健康を心配してくださりありがとう。
年齢の域だからと一言で片付けてしまえばそれまでですが、知らせがあった後、私は無理は禁物と葬儀のみに出席と正造さんに伝えました。
「ところでデンマンさんは?」
「来ないそうです」

いったん電話を置いたものの、正造さん一人で喜代司君を葬送するこの状況は考えられず、一番近い私は行くきりないと悲しさに胸の詰まるのを押さえて通夜と葬儀に伺うことを伝えました。
この時、思わず言ってしまいました。
デンマンさんて しょうがないわねぇ~……!

通夜は三男の修と臨席。
長男は仕事の都合で出られませんでした。
翌日の葬儀には厚子さんが車で送ってくれました。

美智子は母親のつねちゃんの代わりに出席しました。
喜代司さんの従弟の敏文君(通夜は夫婦で)と恵次君も見えました。

私はお葬式の最後のお別れで棺にお花を埋飾する際、喜代司君の知らなかった一生懸命さを想い不覚にも涙を落としました。

芳江さんの場合、日本人の平均寿命を越えた大往生。

 


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悲しみよりはむしろ祝典の儀と勝手にとらえ、
私自身を重ねてみて、とても真似ることができない長寿にむしろ羨ましさを感じたくらいでした。

このことを正造さんに話したら、母子である正造さんと姉妹である私とでは立場上感受性の違いがあるのでしょう。
正造さんが一瞬顔を曇らせたので失言だったなと思った次第です。
でも、これは私の本当の気持ちでした。

行田の家に戻ったとき、正造さんにお願いしました。
「立派な仏壇があるのだから、宗教に関係なく3人の位牌を一緒に安置して貰いたい」
正造さんも同じ気持ちでした。

我が家の2階にある自称書斎から、前方の勝願寺の森を見ると、緑が日毎に色濃く変化しています。

 


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若者たちは“この素晴らしき世界”と歌のような心地でしょうが、気温20度から25度に慣れない気だるさも手伝って、芽吹きの季節をうっとうしく感じます。

デンマンさんの言う儚さ。
私も同じく儚む方向に磁石の針が強く動いています。

今、短編・中編と2本平行しています。
いつも同じ事を言っていますが、私の死没までに家族に伝わるような編み方が完了すればと深く念じている毎日です。

正造さんが最後のお別れに棺に向かって言っていました。
秋になったらデンマンさんと納骨しますから……

合掌。

 


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それではデンマンさん、体に気をつけて……。

健康は自己責任でいきましょう。

お互いにね……。

追伸: 最後の方は疲れたので支離滅裂のようです。 意味不明な箇所もあるようですが宜しく読解のほどを……。

 

かしこ

 


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2017年4月30日 九条多佳子

 


『行田物語 母の懐』より
(2017年6月14日)

多佳子・叔母は次のように言ってるのですよ。。。

芳江さんの場合、日本人の平均寿命を越えた大往生。

 


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悲しみよりはむしろ祝典の儀と勝手にとらえ、

私自身を重ねてみて、とても真似ることができない

長寿にむしろ羨ましさを感じたくらいでした。

僕も、この点に関しては、叔母と同じ気持ちですよ。。。

つまり、デンマンさんのお母さんは人生を充分に生きて、誰からも祝福されるような人生を全(まっと)うしたので、悲しむよりは、むしろ祝ってあげることの方がふさわしいということですか?

その通りです。。。 真由美ちゃんも、僕の母親の生き様(いきざま)を知って感激していたではありませんか!


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 (前略)

たまたま母と話しをしていたら、“行田の伯母さん”、つまり、デンマンさんのお母さんが入院したという事を聞いたのです。
私が、「どのような人なの?」と尋ねたら、
母には、とても優しくしてくれた人だということで、とても感激して話していました。

デンマンさんに初めて電話した時に、偶然にも「お葬式まで準備していたのに、母親が奇跡的に助かって。。。」というお話を聞いて、なんだか私の心まで暖かくなるようなお話だと思いました。
デンマンさんのお母さんは 人に優しくしているので “神様”が奇跡を起こしたのではないだろうか?
私は、そんな風に考えることができました。

もともと子供の頃から、私は海外に行くことと語学に憧れを抱いていました。
それでも本当にやりたいことを自分から行動に移せず、甘えた環境でずっと生きてきた自分を、今になって改めて考えるようになりました。
やりたいことをやらないと、一生、この思いは引きずるんだろうな?

このような思いに捉(とら)われていた時に 母が“行田の伯母さん”の長男に デンマンさんという人がいて、20代でカナダに移住し、今でもカナダで暮らしているという話を初めて聞いたのです。
その時、私の中で一気に込み上げてくる思いがありました。

実際こうして、親戚の方と、海を越えて、何十年越しにコンタクトをとれるというのは、私にとって信じられないほど嬉しい事です。
デンマンさんの“海外飛躍遺伝子”の記事を読んで、なんとなく素直に信じることができました。

 (後略)

by 真由美

2014年3月25日 午後10時20分

 


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真由美ちゃん、おはよう!
さわやかにお目覚めですか?

バンクーバーの今朝は素晴らしい!。。。の一言に尽きる朝です。
気温は13度!
さわやか! すがすがしい!
しかも、快晴に近い空でした!
雲がほとんどない青空が広がっていましたよ!

ルンルン気分でスキップしたくなりましたよ!
きゃはははははは。。。


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私は毎朝4時に起きて5時に自宅を出て
車で40分くらい運転をしながら
朝日を浴びて出勤しています(*^_^*)

出勤まで結構な時間と距離があるので、大変ね。。という方もいますが、
私はこの時間が嫌いではなく、
むしろ気持ちの良い時間です(*^。^*)

 

事故に遭わないように安全にはくれぐれも気をつけてね。
僕は、もう ほとんど車を運転しません。
健康のために歩いています。
歩いて すべての用が済ませることができるマンションに住んでいるのでラッキーですよ!

毎日、図書館の往復の1時間が 楽しいです。
今朝のように、快晴の日には、マジでスキップしたくなります。 (微笑)

夕べ、図書館から帰って、夕食を食べ終えたら、お袋から電話がかかってきましたよ。
10時近かったでしょうか?

今は、介護施設「ハートフル行田」から退所して、実家でのんびりと暮らしているようです。
元気な声で話していたので、僕も安心しました。
ただ、耳が遠くなったので、僕の話は半分ぐらいしか聞き取れていないようですよ。
補聴器をつけなければと いつも言うのですが、まだ補聴器を買ってないようです。

40代の頃から腎臓が悪くて 体に“むくみ”が出ていましたからね。
子供心に、長くは生きられないようだと、悲しい気持ちで見ていたこともありました。
とにかく、よく働き、ぼくら 子供を心からよく面倒見ていましたね。

実は、お袋は小学校だけしか出てないのですよ。
旧・南河原村(現在は行田市に編入)の実家は、お袋が子供の頃にはお金に困っていた。
その当時は、どこの農家も貧しかったのです。

それで、母親の実家の遠い親戚が池袋で寿司屋さんをしていたので、
10代の頃は、僕の母親は その寿司屋さんで女中奉公をしていたのですよ。

店が忙しいときには、店の手伝いもさせられたそうです。
小学生の頃から畑仕事をさせられ、
娘時代は女中奉公。
自分の好きな事は何もできなかったそうです。

実家のために、ずっと働き通しだったそうです。
稼いだお金は、ほとんどすべて実家に入れたそうですよ。
僕の祖父(真由美ちゃんには曽祖父)が、寿司屋までお金を取りにいったそうです。

そういうわけですから、“子供には自由に人生を歩んでもらいたい。”
お袋は僕が小学校の頃から よくそう言ってましたね。
僕が、とにかく自分の好きな人生を歩んでこれたのは、そういう経緯(いきさつ)もあるのです。

要するに、「自分の自由な人生を歩む」ということは、母親がやろうとしてできなかったことです。
母親は実家のために女学校にも行けず、娘時代には女中奉公して働かねばならなかった。

たまに実家に帰って田んぼで田植えなどしていると、
お袋よりも成績が悪かった同級生の女の子が自転車に乗って行田の女学校に通う姿を見ることがある。

“どうして? どうしてなの? どうして自分は、こんな惨めな境遇に生まれなければならなかったの?”
そう思ったことも、あったと言います。
でも、そんなことを思っても、どうにもならないので、とにかく、毎日毎日、”お天道様(てんとうさま)”が見ているので、しっかり働いたと言います。

だから、僕も、母親の分まで自由に生きたいと。。。 (勝手な言い分ですが。。。)

お袋は 苦労しながら働くことに慣れていたのでしょうね。
僕が大学生当時、お袋は東邦生命の保険の外交員をやっていたのですが、
成績が全国で3番になるほどで
社長賞をもらいに、東京の本社まで出かけていったことがありました。


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旧東邦生命ビル


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3人のうちで、他の二人はファッション雑誌から抜け出てきたようなドレスを着ていたけれど、
“私が一番みすぼらしかったよ!” と苦笑していました。

贅沢する気になれば、ドレスも買えたのですが、そのような事は する気になれない人でした。
家のため。。。子供のため。。。そういう気持ちが身についてしまったのでしょうね。

“お天道様(てんとうさま)”は見ていたのですよ。
あれだけ体が弱かったお袋が これまで長生きできたのですからね。。。

そして、夕べ 僕に電話をかけてよこしたのです。
涙が出てくるほどうれしいことです。 ホント。。。

お袋が 真由美ちゃんのお母さんに優しい気持ちになれるのも、いろいろと苦労した過去があればこそです。
そういうわけですから、真由美ちゃんも“お天道様(てんとうさま)”が見ていることを忘れずに、
マイペースで、しっかりと人生を送ってね。

じゃあね。
バイバ~♪~イ。。。


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05月31日 04:16 AM

(Vancouver Time: Friday, May 30, 2014 12:16 PM)

デンマンさんが書いてくれた上のメールを読んで 私はなんだか感動して泣いてしまいましたわ。。。 もちろん、泣いた後で気持ちがすっきりしたような、すがすがしい気持ちになれる涙でしたわァ。。。

僕も真由美ちゃんの返事を読んで、“血のつながり”を感じましたよ。。。 赤の他人だったら、僕の母親の話を聞いても涙は出てこないと思いますよ。。。

。。。で、タイトルの棺桶に入るまでというのは、どういうことですか?

あのねぇ~、この話をするには、もう一人の女性に登場してもらわねばならないのですよ。。。

その女性ってぇ、いったいどなたですか?

残念ながら真由美ちゃんは、まだ会ったことがないと思うのですよ。。。安子さんといって、僕の母親の上から2番目の弟の泰夫さんの妻です。。。 僕とは血のつながってない叔母です。。。 次の手紙は僕が実家に出した手紙です。。。 安子さんにも触れているので、読んでみてください。。。

2017年4月24日 月曜日

 

昨夜、正造さんから 突然の喜代司(きよし)さんの死亡の知らせを受け、
全く予期していなかったので驚きました。

体は以前と比べれば弱っているとは言うものの
少なくとも まだ2年か3年ほどは生きているだろうと予測していたので
死亡の知らせは青天の霹靂でした。

考えてみると、2月4日のお袋の死が喜代司さんに生きることの儚(はかな)さと
希望を失わせたのでしょうね。。。

 


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高校生の頃電車に飛び込み自殺をしようと試みたことがあったけれど、
「俺が死んだらかあちゃんが悲しむだろうなァ~。。。」
そう思って思いとどまったということを お袋から聞かされた覚えがあります。

そう言う訳で私も去年の11月に帰省した時に、
「お袋よりも先に死ぬことだけはしないように。。。」と喜代司さんに言おうと思ったのですが。。。
つい、言う機会を逃してしまいました。

しかし、喜代司さん自身にも、お袋よりも先に亡くなって悲しませたくないという気持ちがあったのでしょう!
だから、お袋が2月4日に亡くなって2ヶ月後に 喜代司さんが追うようにあの世に逝ったのです。

寂しく一人でお墓に入っているお袋の話し相手にでもなろうと思って
お袋のそばに逝ったのだと。。。 そんな風に思えてきました。

そのように思うと喜代司さんの死が不憫ではなく、
なんだか心温まるようにも思えます。

ところで、4月28日の午後5時にお通夜をやるそうですが、
夕べ、よくよく考えた挙句、日本へ戻ってお通夜に参加することはやめます。

親父(オヤジ)さんの葬式にも出なかった。
私は、もともとお通夜とか葬式という行事に意味を見出していないのです。。。

それで、親父さんが入院中には20日間ほぼ毎日見舞いに行田中央総合病院に通いました。
親父さんとは 生前あまり話をしませんでしたが、その20日間には、
20年分ぐらいの話をしたように思います。

「死んで花実が咲くものか」と昔の人は言いましたが、
死んでから、お通夜やお葬式をしても、意味がないと思うのは、そういうためです。
お袋が亡くなったときに、日本へ戻り 通夜と葬式に参加したのは例外中の例外でした。
30年以上お葬式に出たことがない!

喜代司さんとも、お袋が亡くなった時に食事を一緒にしたり、
会ってそれなりに語り合えたことはよい思い出ができたと思います。

そういうわけで、もう20年ほど前から遺書を書き換えていますが、
つねに、自分の葬式は要らない。。。
遺体はバンクーバーの大学の医学部に寄付。
そのようにか固く決めています。

正造さんに、すべてを任せきって、自分が何もしないということを
心苦しく、我侭だとは思いますが、
通夜と葬式だけが亡くなった者を“ともらう”、というものでもないでしょう!

心の内でお袋に対しても、喜代司さんに対しても、充分に“ともらう気持ち”を持っています。
通夜や葬式は私にとって、形式だけの 時間と金を無駄にする行為に見えて、時には滑稽にも思えてきます。

仏教が葬式仏教になって、お葬式に100万円以上がかかるというのは、滑稽としか言えず、
正式にすると400万円もかかるというのは馬鹿バカしく思えてなりません。

 


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坊さんに、合計で60万円も包むのは、さらに滑稽としか思えません。。。
「坊主まるもうけ!」とは、昔の人はよく言ったものです!

そういうわけで、今回の喜代司さんのお通夜と葬式には出ませんので、
親戚の人たちには、当たり障りのないように正造さんからよろしくお伝えください。

喜代司さんの葬式は、バンクーバーで私なりに心の内で“ともらいたい”と思います。

墓参りなども、私は全く信じておりません。
今年の秋には、これまでどおり行田に帰省して また食事を一緒にしながら語り合いましょう。。。

 


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喜代司さんのお骨も、親父とお袋のお骨と並んで 仲良くお墓の中に入っていることでしょうから、
その時には、例外中の例外で、お墓参りをしてあげようと思います。
心の内のお墓参りのつもりです。

ちなみに、お袋のお通夜と葬式に昨年亡くなった叔父・泰夫さんの奥さんの安子さんが
あれほど体が弱っているのに、参加してくれたのには、本当に驚きでした。
当時、お礼に伺おうと思っていたのに、ついつい行きそびれてしまいました。

今年の秋、もし健在であれば、蓮華寺にお墓参りした後で
安子さんを お見舞いしたいと思います。

 


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勝手ではありますが、そのようなわけで喜代司さんの通夜とお葬式には欠席します。
あしからず。。。

 

追伸:

たまたま、2016年10月6日の手紙を読みなおしたら
(フラッシュ・メモリーに下書きが保存されている)
次のように書いてありました。


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「もし、喜代司さんが2,3日間自宅に

戻れるような機会があるなら、

私と喜代司さんの二人で 那須高原へ旅行して

由香里ちゃんが働いている「自在荘ホテル」で

泊まろうと予定しています。

喜代司さんにとっても、いい思い出になるでしょう。。。」

残念ながら旅行ができるほどの体調ではありませんでした。

このことがマジで心残りです。

叔母の多佳子さんに電話で連絡するようなことがあれば、よろしく お伝えてください。

 

デンマンより


『行田遠野物語』より
(2017年5月27日)

僕のお袋も 多佳子・叔母も他人の前で 褒めたり、感謝の気持ちは言うけれど、人の悪口は絶対に言わない人なのですよ。。。 要するに“口は災いの元!”を守っている! でも、自分の子供や親戚でも 特に親しくしている僕などには、普段言えない事を。。。、特に、人の悪口だけれど、ベラベラとしゃべるのです。。。

つまり、デンマンさんには芳江さんも、多佳子さんも、人の悪口を素直に語るのですねぇ~。。。

そうなのです。。。 僕の母親と多佳子・叔母は、特に仲が良かったので、僕の前では遠慮なしに思っていることをベラベラしゃべる。。。 そういう時に槍玉(やりだま)にあがるのが安子さんなのですよ。。。

つまり、デンマンさんのお母さんにとって、安子さんは 実の弟のお嫁さんに当たるわけですねぇ~。。。

そういうことです。。。 多佳子・叔母には実の兄のお嫁さんに当たるのです。。。 何が気に障らないかというと、“安子さんはケチだ!”と言うのです。。。 僕の母親も、多佳子・叔母も性格は良く似ていて、交際相手に対しては、相手が得をするようなお土産や、お返しものをするのです。。。 もちろん、お金だけの問題ではなくて、気持ちの上でも、交際相手に対しては、いろいろと気を使い やさしく対応する。。。 だからこそ、保険の外交員になったときには、社長賞をもらえるほどの成績をあげた。。。

デンマンさんのお母さんが保険の外交員になったら、知り合いや友達や親類の人たちが たくさん保険に加入してくれたのですわねぇ~。。。

そうです。。。 当然、安子さんも保険に加入してくれたのだけれど、それでもお袋の安子さんに対する“本音”は変わらなかった。。。 依然として“ケチな女”なのですよ。。。 僕は、そういう話を聞かされていたから、安子さんに対しては“悪いイメージ”を持っていた。

デンマンさんは安子さんにお会いしたことはないのですか?

ない。。。 お袋によると、付き合いをすると金がかかるから、広く付き合うことをしない、と言うのですよ。。。 

。。。で、その後 デンマンさんは安子さんにお会いしたのですか?

一度だけ会ったのですよ。。。 でも、そのときの印象は、僕が思い描いていたイメージとはまったく正反対だった。。。 つまり、神経質でピリピリしていて、痩せてギスギスしている人相の悪い中年女をイメージしていたのだけれど、安子さんは まるで観音様のような、ふくよかでニコニコしていて、やさしそうで、おっとりとしているのですよ。。。

。。。で、実際に会ってみて、デンマンさんから見た安子さんの性格はどうだったのですか?

一度だけ会っただけで、特に長時間にわたって話をしたわけじゃないけれど、決して悪い印象を与えるような人ではなかった。。。 お金に絡(から)んだことは僕にはなんとも言えないけれど。。。 ただ、僕は、母親と多佳子・叔母の知らない事実を泰夫・叔父から聞かされていた。

どのような。。。?

僕がカナダ在住だから泰夫・叔父は話す気になったのでしょうねぇ~。。。 安子さんは直腸癌を患い手術したので、人工肛門をつけている、というのですよ。。。 その当時 人工肛門の手術がどの程度進んでいたのか、僕には判断がつかなかったけれど、人の話に、安子さんではないけれど、他の同じような患者の家族の話で、どうしても匂いが漏れるので、家族と一緒に食卓を囲んで一緒に食事ができないというのですよ。

つまり、安子さんの付き合いが広くなかったのは、ケチのためではなくて、人工肛門のせいだったという事ですかァ~?

たぶん。。。

そういう状態だったのにもかかわらず、安子さんはデンマンさんのお母さんのお通夜とお葬式に出席したのですか?

そうです。。。 車椅子に乗ってきましたよ。。。 実の息子のお嫁さんが手助けして、立ち上がって ちゃんとお焼香をして、精進落としの食事の会にも出席したのです。。。 だいぶ離れた席に座ったので、「もう少し近くにこられませんか?」と僕が勧めたら。。。 「いいえ、ここでも、充分にデンマンさんの楽しいお話を聞かせてもらっていますよ」とニコニコしながら答えたものです。。。

あらっ。。。 お葬式の後の精進落としの食事の会で、デンマンさんは面白いお話をしたのですか?

そうです。。。 お袋の遺言で、精進落としの食事の会では、悲しまないで、みんなで楽しく陽気にやって欲しいと言ったものだから、僕はその事を参列者の皆さんに伝えたし、自分でも努めて楽しく陽気に振舞ったのですよ。。。 でも、お袋の遺言がなくても、僕自身 お袋が長寿を全(まっと)うしたので、悲しむよりも祝ってあげたい気持ちでした。

じゃあ、デンマンさんのお母さんが生きていたら、安子さんがお通夜とお葬式に出席したことにビックリしたかもしれませんわねぇ~。。。

そうですよ。。。 お金がかかるから、当然、安子さんがお通夜とお葬式には出席しないと思っていたでしょうからねぇ~。。。 つまり、僕のお袋は、自分が棺桶に入るまで安子さんの本当の姿が分からなかったのですよ。。。

おそらく、天国で、その様子を見て次のように言ったと思います。

 


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安子さん、ありがとうございます。

心得違いをしていて

申し訳ありませんでした

 


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感謝の気持ちと反省の気持ちで一杯になって お袋は涙をためていたと思うのですよ。。。


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【デンマンの独り言】


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一人の人間を理解したつもりでも、完全に理解できるものではありません。。。

誤解しながら、棺桶に入ってしまうかもしれません。。。


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お袋が生前「ハートフル行田」の介護施設に入所している時に
軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが見舞いに訪れたときの写真です。。。

僕の母親は長寿を全(まっと)うして人から感謝されるような人生を過ごしてきましたが、安子さんの本当の姿は、棺桶に入るまで解りませんでした。
やはり、人間は完璧ではないという今日のお話でした。

ところで、真由美ちゃんは、ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

去年(2016年)の9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


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上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


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If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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『サンタ マユミちゃん』

『お汁粉@海外』

『お汁粉@カナダ』

『支払いでトラブル』

『風邪で甘えてる場合じゃねぇ~!』

『バレンタインのお菓子』

『結婚、仕事、人生』

『命の力だね』

『英語と真由美ちゃん』

『海外に目を向ける』

『カーネギーホールじゃないよ』

『やる気があれば道は開ける』

『ニャンニャンと人生』



(spacer.png+betty5de.gif)
(hiroy2.png+betty5d.gif)
『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 


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『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』

『日本で再会』


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

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『ロブソンの5月』


(biker302.jpg)

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『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

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『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


(juneswim.jpg)

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『行田物語 母の懐』

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『行田物語 悪夢』

『行田物語 社長』


(surfin2.gif)


(dogs17.gif)


(girlxx.gif)

イングナさんを探して

2017年4月24日

 

イングナさんを探して

 


(bikini26c.jpg)


(girl300b.jpg)


(sylvie500.jpg)

 


(sylviex.jpg)

ケイトーはイングナさんを探しているのォ~?


(kato3.gif)

イングナさんに会えるのであれば会いたいです。。。

だから、探しているのでしょう?

いや。。。 実は、僕が探していたわけではないのですよ。。。

じゃあ、誰が探しているのォ~?

アムステルダムに住んでいる編巣 照子(あむす てるこ)さんが探しているのですよ。。。


(girl300.jpg)

あらっ。。。 とってもきれいで可愛い人なのねぇ~。。。 ケイトーがアムステルダムでナンパした女性なのォ~?

どうして僕がアムステルダムで編巣 照子(あむす てるこ)さんをナンパしなければならないのですか?

私がその理由を訊いているのよ。。。

だいたいアムステルダムまで行って編巣 照子(あむす てるこ)さんをナンパする必要がないでしょう!

考えてみれば そうよねぇ~。。。 あそこには世界的に有名な“飾り窓の女たち”がたくさんいるものねぇ~。。。


(hollmap5.jpg)


(amster6.jpg)


(amster3.jpg)


(amster5.jpg)

あのねぇ~、今日はアムステルダムの“飾り窓の女”の話ではないのですよ。。。

だってぇ~、ケイトーがわざわざアムステヅダムに住んでいる編巣 照子(あむす てるこ)さんを持ち出してくるから、“ナンパ”か“飾り窓の女”に行き着いてしまうのよ。。。 そもそもイングナさんというのは“飾り窓”と関係があるのォ~?

もちろんイングナさんは“飾り窓の女”ではありません。。。

だから、どういう人なのよォ~?

シルヴィーは忘れてしまったようだねぇ~。。。

忘れてしまったってぇケイトーは言うけれど、私にイングナという知り合いはいないわよう。。。

あのねぇ~、かつてイングナさんのことを記事で取り上げてシルヴィーと語り合ったことがあるのですよ。。。

マジで。。。?

とにかく、次のリストを見て欲しい。。。


(liv70417a.png)


『拡大する』

『実際のタグのページ』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の 日本時間で4月16日の午前7時38分から午後4時52分までの約9時間半の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しいのですよ。。。

あらっ。。。 GOOGLEで検索して“人間の鎖”のタグが付いて記事を読んだのねぇ~。。。 でも、このGOOGLEはどこの国のものなのォ~?

赤いアンダーラインが引いてある「リファラ」をクリックすると次のページが出てきます。


(gog70417a.png)


『拡大する』

『実際のページ』

あらっ。。。 オランダのGOOGLEじゃないのォ~。。。

“飾り窓”が話題に飛び出したのだから、オランダ以外に考えられないでしょう!

。。。で、どのようなキーワードを入れて検索したのォ~?

編巣 照子(あむす てるこ)さんは次のようにして検索して“人間の鎖”のタグのページを見つけたのですよ。。。


(gog70417b.png)


『拡大する』

『実際のページ』

あらっ。。。 「人間の鎖 イングナ」と入れて検索したのねぇ~。。。

そうです。。。 すると、トップから8番目に“人間の鎖”のタグのページが表示されるのです。

ところで、編巣 照子(あむす てるこ)さんがアムステルダムに生んでいると、どのようにして情報をつかんだのォ~?

IPアドレスを調べたのですよ。。。


(ip14885b.png)

『拡大する』

確かに IPアドレスを調べれば、アムステルダムからアクセスしていることは判るわァ~。。。 でも、アクセスした人物が編巣 照子(あむす てるこ)さんだということはプライバシーを守るために確定できないことになってるのよゥ。。。

だから、僕も個人情報を保護するために仮名にしたのですよ。。。

でも、写真まで貼り付けたということは、どういうことなのよォ~。。。

写真があった方がシルヴィーだって、僕と語り合うのに気分が乗ってくるでしょう!?

別に、写真があろうがなかろうが、そんなことは関係ないわァ~。。。

あのねぇ~、この記事を読み始めたネット市民の男性のイマジネーションとインスピレーションを妨害するようなことを言わないでねぇ~。。。

つまり、写真に写っている編巣 照子(あむす てるこ)さんの美しさと可愛さに惹かれて 男性読者が この記事を読み続けている、とケイトーは独断と偏見で思い込もうとしているのォ~。。。?

いけませんかァ~?

いけないわよう! この記事を読んでいる男性のすべてが アムステルダムへ行くとケイトーのように“飾り窓の女”に会いに行くというような考え方は、独断と偏見以外の何モノでもないわァ!

シルヴィーこそ、独断と偏見で“飾り窓の女”と僕を結び付けているじゃありませんかァ!

とにかく、ここでプライベートな話をこれ以上続けると、ここまで読んできたネット市民の皆様が他のブログへ飛んでいってしまうのよゥ。。。 だから、いい加減に本題に戻ったらどうなのォ~?

シルヴィーが“飾り窓の女”を持ち出してきたからこういうことになるのですよ。。。 んもおおおォ~。。。!

それよりも、アムステルダムに住んでいる編巣 照子(あむす てるこ)さんが なぜイングナさんを探しているのか?。。。 その理由を話しなさいなァ~。。。

分かりました。。。 あのねぇ~、検索結果の赤枠で囲んだ“人間の鎖”のタグのタイトルをクリックすると次のページが表示されるのですよ。。。


(livtag96.png)


『拡大する』

『実際のタグのページ』

つまり、このタグのページには2011年4月29日に投稿した『波乱の人生』という記事が出てくるのですよ。。。 そして上の画面にも書いてある通り、シルヴィーが登場する。。。 要するに、この記事はシルヴィーの波乱に富んだ人生についての記事なのですよ。

おくればせながら思い出したわよう。。。 でも、私はイングナさんとは会ったことがないのよ。。。

うん、うん、うん。。。 確かに、シルヴィーはイングナさんとは会ったことがない。。。 でもねぇ~、編巣 照子(あむす てるこ)さんはイングナさんと会ったことがある。。。

どこで。。。?

『波乱の人生』という記事の中の次の小文を まず読んで欲しい。。。

ラトビアからやって来た

イングナさん


(bikini26c.jpg)


(himiko22b.gif)

イングナさんは、安子さんが経営していた英語学校の生徒の一人だったのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。僕は英語学校の仕事を手伝っていた関係から、イングナさんとも知り合いになったのですよう。

イングナさんがきれいだったのでデンマンさんは、ちょっかいを出したのでござ~♪~ますわね?

やだなあああァ~。。。人聞きの悪い事を言わないでくださいよう。イングナさんのお母さんがブティックを始めたのだけれど、税務が分からないからと言うので安子さんが僕を紹介したのですよう。

それで、イングナさんとは特に親しくしたのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。ソ連崩壊のことには興味があったから、僕は当時の事をずいぶんとイングナさんに尋ねたものですよう。

それで。。。?

一つだけ不思議な事をイングナさんが言ったのですよう。

どのような事を。。。?

手をつなぎあってエストニアから、ラトビア、リトアニアのバルト三国を結んだと言うのですよう。


(baltic10.jpg)

手をつなぎあって三国を結ぶなんて冗談ならともかく、マジで考えるような事ではないのですよう。不可能ですよう。イングナさんは、まだ英語が充分に話せないので言い間違えたと僕は思ったのですよう。

それで。。。?

「手をつないでデモ行進したと言うのでしょう?」。。。僕は、そ~聞き返したのですよう。でも、手をつないでデモ行進したのではない!3つの国を手をつないで結んだんだと言い張るのですよう。

。。。んで、デンマンさんは納得したのですか?

もちろん、納得できませんよう。「あのねぇ~、3つの国を結ぶって、距離にしてどれくらいあるのォ~?」

イングナさんは、なんと答えたのでござ~♪~ますか?

約600キロメートルあるわ。。。と言うのですよう。。。600キロと言ったら、東京から大阪を越えて神戸を越えて明石の方までですよう。人間が手をつないで東京から明石まで並べるはずがないじゃないかア~!何を寝ぼけた事を言ってるのォ~!

そうしたら。。。?

イングナさんが学校のインターネット・コーナーのところまで僕を連れて行って英語版のウィキペディアを開いて見せたのですよう。

人間の鎖 (Baltic Way)


(baltic99.jpg)

人間の鎖は別名「バルトの道」といわれ、1989年8月23日当時ソビエト連邦支配下にあったバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)の独立運動の一環として行われたデモンストレーション。

およそ200万人が参加して手をつなぎ、3カ国を結び、600キロ以上の人間の鎖を形成した。
このデモンストレーションは、バルト三国のソ連併合を認めたモロトフ・リッベントロップ(独ソ不可侵条約)秘密議定書締結50周年を期して行われ、三国が共通の歴史的運命を共有していることを、国際社会に訴えるために行われた。

背景

旧ソ連ではゴルバチョフ政権のもとでペレストロイカ、グラスノスチが進められ、街頭デモが急増し、市民の支持も集めていた。

1986年、3国のそれぞれの首都で、一握りの人々が集まり抗議行動を行ったが、直ちに警察により解散させられた。
1987年には大規模集会が3国の首都で行われたが、当局者に非難され、逮捕者が出て終わった。

一年後、大規模抗議行動が初めて当局の認可を得て、平和裏に行われた。
この「人間の鎖」の一週間前にはソ連政府も秘密議定書の存在を認めたが、バルト3国が自主的にソビエト連邦に加盟したという点については譲らなかった。

集会の数日前、リトアニアの独立運動組織サユディスの委員会の170人のメンバーが、「ソビエト連邦の政治的、文化的、行政的支配を受けない」独立のリトアニア国家をめざすことを議決した。

抗議

「人間の鎖」は地元の共産党当局によって認可され、鎖が切れないよう、周到に計画された。
例えば、各都市や町には担当の場所が割り当てられ、他の交通手段を持たない参加者には無料バスを提供するよう指示された。
参加者は、現地時間午後7時から15分間手をつないだ。
この集会を調整するため、特別のラジオ放送も行われた。

人間の鎖にどれだけの人が参加したかは報道によって異なる。
翌日のロイター通信によれば、エストニア人70万人、ラトビア人50万人、リトアニア人100万人が参加したと報じている。


(riga10.jpg)

ラトビアの首都・リガの旧市街

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

いやァ~~。。。驚きましたよう。僕はマジで知らなかった。

あたくしも知りませんでしたわ。

僕は、これを読んでソ連の崩壊がバルト三国から始まったと言うのも分かるような気がしましたよう。やっぱり、民衆の力ってすごいよう。日本人も見習うべきだよね。


『波乱の半生』より
(2011年4月29日)

イングナさんが この“人間の鎖”に参加した時に、アムステルダムに住んでいる編巣 照子(あむす てるこ)さんは たまたまリガ市の日本人の友達の家に滞在していたのです。。。


(girl300b.jpg)

    編巣 照子さん


(girl313b.jpg)

  雅子さんと照子さん

それで、1989年8月23日に行われた“人間の鎖”に編巣 照子(あむす てるこ)さんも参加したわけなのォ~?

そうですよ。。。 照子さんの友人の川口雅子さんがイングナさんの親友だったのです。。。

ちょっと話ができすぎてるのじゃない?

シルヴィーは僕の言うことが信じられないのですか?

だってぇ~、そこまでケイトーがつじつまを合わせると、私としては疑わざるをえないのよう。。。

あのねぇ~、シルヴィーが僕を疑おうとする気持ちを僕は理解できます。。。 でもねぇ~、昔の人は“信じる者は救われる!”と言ったのですよ。。。 だから、僕の言うことを信じて シルヴィーも救われませんかァ~?


(laugh16.gif)

【ジューンの独り言】


(bare02b.gif)

ですってぇ~。。。

あなたは デンマンさんのお話を信じることができますか?

とにかく、“人間の鎖”というのは、実際にあったイベントです。。。

あなたのために、YouTube のクリップを貼り付けますね。。。

じっくりとご覧になってください。


(baltic99.jpg)

話は変わりますけれど、シルヴィーさんのことをもっと知りたかったら次の記事を読んでください。


(sylvie500.jpg)


『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』

『真紀子落選(2013年1月14日)』

『野火(2013年1月18日)』

『タイタニックと国際化(2013年2月1日)』

『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』


(sunwind2.gif)

『チョコレートと軍産複合体』

『チョコレートと甘い権力』

『CIAの黒い糸』

『美しい日本語再び』

『宮沢りえブーム?』

『また、宮沢りえ?』

『浅間山噴火とフランス革命』

『なぜアクセスが急増したの?』

『気になる検索ワード』

『なぜ塩野七生批判』

『その検査、ムカつく!』

『宮沢りえと床上手な女』

『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

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『原発はダメだったのに』

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『CIA@NOパンツ』

『やっぱり、セックス』

『セックス風呂具村』

『CIAの黒い手再び』

『アダムとイブは何を食べたの』

『舞踏会 明子』

『波乱の人生』

『国際化だよね』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

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■ “JAGEL – Soft Japanese Bagel”


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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(beach02.jpg)

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』


(rengfire.jpg)


(byebye.gif)

波乱の人生

2017年3月13日

 

波乱の人生

 


(juana02.jpg)

今日はケイトーの“波乱の人生”についてしゃべるのォ~?


(kato3.gif)

。。。ん? 僕の波乱の人生?

だってぇ~、タイトルにそう書いてあるじゃない!

いや。。。 僕の波乱の人生じゃないのですよ。。。

じゃあ、誰の波乱の人生よ?

それに答えるには ちょっと次のリストを見て欲しいのです。


(liv70308a.png)


『拡大する』

『波乱の半生』

これはライブドアのの僕の『徒然ブログ』の日本時間で3月8日の午後9時3分から翌日の午前0時55分までの約4時間の生ログの一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。

あらっ。。。 3月8日の午後9時3分にGOOGLEで検索して『波乱の半生』を読んだネット市民がいたのねぇ~。

そうなのですよ。。。 次の記事を読んだのです。


(cute0026.jpg)

『波乱の半生』

あらっ。。。 ジューンさんの半生を書いた記事ねぇ~。。。

違いますよ。。。 実は上の記事はシルヴィーの半生が語られているのです。。。 シルヴィーは忘れてしまったのォ~!? 記事の中で僕がシルヴィーの半生について尋ねているのですよ。。。

上の記事は いつ投稿したものなのォ~?

2011年04月29日です。。。

6年も前の記事じゃないのォ~。。。 覚えてないわァ~。。。 いったい誰が6年も前の記事を読んだのォ~?

四国の徳島市に住んでいる波蘭 高貴(はらん こうき)さんですよ。


(ip239152b.png)

『拡大する』

ケイトーは IPアドレスを調べたのねぇ~。。。 でも、プライバシーを保護するためにアクセスしたネット市民の名前までは表示しないものなのよ。。。

あれっ。。。 シルヴィーは意外にネットに詳しいんだねぇ~。。。

その程度の事は誰でも知ってるわよう。。。

実は、波蘭 高貴(はらん こうき)さんという名前は仮名です。。。 シルヴィーがムキになって僕を非難することでもないのですよ。

いったい、どのような検索キーを入れて検索したのかしら?

次のように「ラトビア 人間の鎖 イングナ」と入れてGOOGLEで検索したのです。


(gog70312a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

波蘭 高貴さんは赤枠で囲んだリンクをクリックしたのですよ。。。

でも。。。、でも。。。、『波乱の半生』という記事が出てないじゃない。。。

実は、上の赤枠のリンクをクリックすると「人間の鎖 タグ」のページが出てくるのですよ。。。


(livtag01.png)

『人間の鎖 タグのページ』

あらっ。。。 「人間の鎖 タグ」のページのトップに『波乱の半生』という記事が出くるのねぇ~。。。

そういうことです。。。 波蘭 高貴さんは次の箇所を興味深く読んだのですよ。。。

ラトビアからやって来た

イングナさん


(bikini26c.jpg)


(himiko22b.gif)

イングナさんは、安子さんが経営していた英語学校の生徒の一人だったのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。僕は英語学校の仕事を手伝っていた関係から、イングナさんとも知り合いになったのですよう。

イングナさんがきれいだったのでデンマンさんは、ちょっかいを出したのでござ~♪~ますわね?

やだなあああァ~。。。人聞きの悪い事を言わないでくださいよう。イングナさんのお母さんがブティックを始めたのだけれど、税務が分からないからと言うので安子さんが僕を紹介したのですよう。

それで、イングナさんとは特に親しくしたのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。ソ連崩壊のことには興味があったから、僕は当時の事をずいぶんとイングナさんに尋ねたものですよう。

それで。。。?

一つだけ不思議な事をイングナさんが言ったのですよう。

どのような事を。。。?

手をつなぎあってエストニアから、ラトビア、リトアニアのバルト三国を結んだと言うのですよう。


(baltic10.jpg)

手をつなぎあって三国を結ぶなんて冗談ならともかく、マジで考えるような事ではないのですよう。不可能ですよう。イングナさんは、まだ英語が充分に話せないので言い間違えたと僕は思ったのですよう。

それで。。。?

「手をつないでデモ行進したと言うのでしょう?」。。。僕は、そ~聞き返したのですよう。でも、手をつないでデモ行進したのではない!3つの国を手をつないで結んだんだと言い張るのですよう。

。。。んで、デンマンさんは納得したのですか?

もちろん、納得できませんよう。「あのねぇ~、3つの国を結ぶって、距離にしてどれくらいあるのォ~?」

イングナさんは、なんと答えたのでござ~♪~ますか?

約600キロメートルあるわ。。。と言うのですよう。。。600キロと言ったら、東京から大阪を越えて神戸を越えて明石の方までですよう。人間が手をつないで東京から明石まで並べるはずがないじゃないかア~!何を寝ぼけた事を言ってるのォ~!

そうしたら。。。?

イングナさんが学校のインターネット・コーナーのところまで僕を連れて行って英語版のウィキペディアを開いて見せたのですよう。

人間の鎖 (Baltic Way)


(baltic99.jpg)

人間の鎖は別名「バルトの道」といわれ、1989年8月23日当時ソビエト連邦支配下にあったバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)の独立運動の一環として行われたデモンストレーション。

およそ200万人が参加して手をつなぎ、3カ国を結び、600キロ以上の人間の鎖を形成した。
このデモンストレーションは、バルト三国のソ連併合を認めたモロトフ・リッベントロップ(独ソ不可侵条約)秘密議定書締結50周年を期して行われ、三国が共通の歴史的運命を共有していることを、国際社会に訴えるために行われた。

背景

旧ソ連ではゴルバチョフ政権のもとでペレストロイカ、グラスノスチが進められ、街頭デモが急増し、市民の支持も集めていた。

1986年、3国のそれぞれの首都で、一握りの人々が集まり抗議行動を行ったが、直ちに警察により解散させられた。
1987年には大規模集会が3国の首都で行われたが、当局者に非難され、逮捕者が出て終わった。

一年後、大規模抗議行動が初めて当局の認可を得て、平和裏に行われた。
この「人間の鎖」の一週間前にはソ連政府も秘密議定書の存在を認めたが、バルト3国が自主的にソビエト連邦に加盟したという点については譲らなかった。

集会の数日前、リトアニアの独立運動組織サユディスの委員会の170人のメンバーが、「ソビエト連邦の政治的、文化的、行政的支配を受けない」独立のリトアニア国家をめざすことを議決した。

抗議

「人間の鎖」は地元の共産党当局によって認可され、鎖が切れないよう、周到に計画された。
例えば、各都市や町には担当の場所が割り当てられ、他の交通手段を持たない参加者には無料バスを提供するよう指示された。
参加者は、現地時間午後7時から15分間手をつないだ。
この集会を調整するため、特別のラジオ放送も行われた。

人間の鎖にどれだけの人が参加したかは報道によって異なる。
翌日のロイター通信によれば、エストニア人70万人、ラトビア人50万人、リトアニア人100万人が参加したと報じている。


(riga10.jpg)

ラトビアの首都・リガの旧市街

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

いやァ~~。。。驚きましたよう。僕はマジで知らなかった。

あたくしも知りませんでしたわ。

僕は、これを読んでソ連の崩壊がバルト三国から始まったと言うのも分かるような気がしましたよう。やっぱり、民衆の力ってすごいよう。日本人も見習うべきだよね。


『波乱の半生』より
(2011年4月29日)

つまり、私のことじゃなくてラトビアからやって来たイングナさんのことが知りたかったのじゃないのォ~?!

確かに、イングナさんのことが知りたかったのかもしれません。。。 でもねぇ~、上の記事を読むことによってシルヴィーの半生にも興味を持ったのですよ。。。

そうかしら。。。?

たぶん、波蘭 高貴さんも、安子さんが経営していた英語学校の生徒の一人だったのです。。。 それでイングナさんと友達になった。。。 でも、波蘭さんは徳島市に戻ってしまって、しばらくイングナさんと会ってない。。。 「今頃、どうしているだろうか?」そう思ってネットで検索したわけですよ。

そして波蘭さんは上の記事に出くわしたわけなのォ~?

そういうことですよ。。。 僕は安子さんの英語学校の仕事を手伝っていた。。。 それで、イングナさんとも知り合いになった。。。 その僕の友人がシルヴァーで、上の記事に登場する。。。 波蘭 高貴さんは記事を読みながら不思議な縁(えにし)を感じたに違いない。

それで私の半生も興味深く読んだとトケイトーは想像するのォ~?

そうですよ。。。 イングナさんの半生も波乱に飛んでいるけれども、シルヴィーの半生は、更に波乱にとんでいるからねぇ~。。。


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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。

波乱に富んでいる人生と言えば
国際的に有名な“蝶々夫人”も波乱に富んだ人生を歩んだのでした。

今ではプッチーニ作のオペラ『蝶々夫人』として日本人ならば誰もが知っています。

もともと“蝶々さん”の話はアメリカの作家のジョン・ルーサー・ロング(John Luther Long)さんが
姉のサラ・ジェーン・コレルさんが日本に滞在した際に聞いた話を基に書いた短編小説『マダム・バタフライ』(Madame Butterfly)がネタになっています。

同小説は1898年にユタ大学の学生雑誌『センチュリー・マガジン』1月号に発表され、
1900年に劇作家デーヴィッド・ベラスコが戯曲にしたのでした。

あなたはオペラ『蝶々夫人』を観たことがありますか?

もし、興味があったらここに2時間のオペラを貼り出しますので、

時間があったら観てください。。。


(chocho87.jpg)

ところで、シルヴィーさんのことをもっと知りたかったら次の記事を読んでください。


(sylvie500.jpg)


『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』

『真紀子落選(2013年1月14日)』

『野火(2013年1月18日)』

『タイタニックと国際化(2013年2月1日)』

『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』


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『チョコレートと軍産複合体』

『チョコレートと甘い権力』

『CIAの黒い糸』

『美しい日本語再び』

『宮沢りえブーム?』

『また、宮沢りえ?』

『浅間山噴火とフランス革命』

『なぜアクセスが急増したの?』

『気になる検索ワード』

『なぜ塩野七生批判』

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『お裁きを信じますから』

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『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

『エロいけれどためになる話』

『えろあくにめ温泉』

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『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』

『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

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『CIA@NOパンツ』

『やっぱり、セックス』

『セックス風呂具村』

『CIAの黒い手再び』

『アダムとイブは何を食べたの』

『舞踏会 明子』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

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■ 『きれいになったと感じさせる

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■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(beach02.jpg)

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』


(rengfire.jpg)


(byebye.gif)

モザンビークからこんにちは

2013年9月19日

  
モザンビークからこんにちは


(maputo04.jpg)


(maputomap.gif)


(maputo02.jpg)


(june001.gif)

デンマンさん。。。 モザンビークから上の二人の女の子がデンマンさんのブログにやって来たのですか?


(kato3.gif)

そう思ったのですよ。

要するに、上の女の子たちはやって来なかったのですわねぇ。

いや。。。 やって来なかったと断定はできません。 おそらく、モザンビークの首都、マプト市に滞在している商社マンの家族か、あるいは外交官の家族の誰かが僕のブログを読みにやって来たと思うのですよ。

その証拠でもあるのですか?

まず次のページを見てください。


(liv30915m.gif)

『実際のページ』

あらっ。。。 わたしが書いた英語の記事ですわね。

そうです。

でも、左サイドの足跡の記録にはカナダとアメリカとドイツの国旗しか見えませんよね。 モザンビークの旗はないではありませんか?

この時点で、最近訪れたネット市民の10人のうちに入らなかったので、左サイドの10人の足跡には出ていないのですよ。 でもねぇ、リストの一番下の Real-time view をクリックすると次のような詳しいリストが表示されのです。


(fed30915.gif)

赤枠で囲んであるのがモザンビークからやって来た人の足跡ですか?

その通りです。

小さくてよく見えませんわね。

ジューンさんにもよく解るように拡大してみます。 じっくり見てください。


(fed30915b.gif)

モザンビーク時間で9月14日の午後6時57分に首都のマプト市(maputo)からアクセスしたのですわね。

そうです。 ライブドアの『☆☆The Sky’s the Linit☆☆』というブログの「ハワイ出身のシンガーソングライター、Bruno Mars」のページから直接(Direct)やって来たのですよ。


(liv30915n.gif)

つまり、検索エンジンを使わずにデンマンさんのブログを目指して上のページから直接飛んで来たということですか?

その通りです。

でも、デンマンさん。。。 上のリストをよく見ると、同じ順序で同じ人がデンマンさんのブログから読みにやって来ていますよ。 偶然にしてはできすぎているのではありませんか?

うん、うん、うん。。。 実は、ジューンさんにそう言われてねぇ、僕も しみじみと見比べて、なんだか狐に鼻をつままれたような気がするほどですよ。

これってぇ、一体どういうことですか?

そうだよねぇ~、 リストを見比べると同じ順序で同じ人がやって来たとしか思えないよねぇ~。。。

FEEDJIT の担当者が、めんどうなので同じリストを それぞれのブロガーのページに貼り出しているのではありませんかァ~?

う~~ん。。。 その可能性があるかもしれません。

そうだとすると、モザンビークからデンマンさんのブログに読みにやって来るというのも怪(あや)しいのではありませんか?

そうかなあああァ~。。。?

デンマンさん!。。。 Denman Blog の海外からのアクセスリストを見てくださいな。
 
 
海外からのアクセス
 
 

(wp30916map.gif)


(wp30916.gif)

『Denman Blog』

上の 88ヵ国の中にモザンビーク(Mozambique)は出てませんわよ。

確かに、その通りだけれど、ライブドアの『徒然ブログ』を読む人が、必ず『Denman Blog』を読むとは限らないでしょう?

でも、『徒然ブログ』のサイト提供者のライブドアと、『Denman Blog』のサイト提供者の WordPress.com を比べると世界的に知名度が高いのは ライブドアよりよりも WordPress.com の方ですわ。 それなのにモザンビークが 『Denman Blog』の海外からのアクセスリストに出てこないのは、どう考えても可笑しいと思いますわ。

確かに、ジューンさんの言うことは理(り)にかなっているけれど、でも、だからと言って、断定できないと思うのですよ。

じゃあ、モザンビークの人がデンマンさんの『徒然ブログ』を読みにやって来る理由は何ですか?

あのねぇ~、ちょっと次の検索結果を見てください。


(gog30919.gif)

もしかして、かつてモザンビークの事を記事で取り上げているかなァ~? そう思って「モザンビーク デンマン」と入れて検索してみたのですよ。

あらっ。。。 引っかかったではありませんか?

そうなのですよ。 かつて次の記事を書いていたのです。


(sayuri22.jpg)

『安子さんとエスカルゴ』

(2009年4月19日)

。。。で、上の記事にはモザンビークのことが書いてあるのですか?

もちろんですよう。 だから、検索するとヒットするのです。

でも、デンマンさんはさっき、モザンビークからやって来た人は検索してやって来たのではなく、直接やって来たと言いましたよね。

そうです。。。 だから、以前に「モザンビーク」を入れて検索した時に上の僕の記事を読んで、それ以来常連さんになったのですよ。

それで、たまたま9月15日にデンマンさんの『徒然ブログ』にやって来たと言うのですか?

その通りです。

。。。で、どうしてデンマンさんはモザンビークを取り上げたのですか?

アフリカの国からアクセスするなんて珍しいからですよ。

モザンビーク


(maputomap.gif)

モザンビーク共和国、通称モザンビークは、アフリカ大陸南東部に位置する共和制国家である。
南に南アフリカ共和国、南西にスワジランド、西にジンバブエ、北西にザンビア、マラウイ、北にタンザニアと国境を接し、モザンビーク海峡を隔てて東にマダガスカルとコモロが存在する。
首都はマプト。

旧ポルトガル植民地であり、1964年からモザンビーク独立戦争を戦い、1975年に独立を達成した。
独立後も1977年から1992年までモザンビーク内戦(英語版)が続いた。
内戦終結後は好調な経済成長を続ける反面、HIV/AIDSの蔓延が問題となっている。
ポルトガル語諸国共同体、ポルトガル語公用語アフリカ諸国の加盟国である。
隣接国が全て英語圏の国家であるため、1995年からイギリス連邦に加盟している。

歴史

1498年にポルトガル人のヴァスコ・ダ・ガマが喜望峰を越えてこの地に到達したのをきっかけに、16世紀初頭より、ポルトガルの植民が始まり、17世紀半ばにはポルトガルの植民地支配が確立し、ポルトガル領モザンビーク・東アフリカの首都はモザンビーク島に置かれた。
モザンビークからは遥か遠くのブラジルにまで黒人奴隷が連行された。
1782年にロウレンソ・マルケスが建設された。

19世紀に入り、1858年にポルトガル領では奴隷制度が廃止されたものの、劣悪な労働環境による契約労働制により事実上の奴隷労働制度が続いた。
19世紀末に進んだアフリカ分割の中でポルトガルはモザンビークとアンゴラを横断しようとする「バラ色地図(ポルトガル語版)」計画を発表したが、1890年にイギリスの圧力に屈したポルトガルはザンビアとジンバブエとマラウイの領有を諦め、1891年の条約で現在のモザンビークの領域が確立された。
また、同1891年にポルトガル領モザンビーク(英語版)総督はイギリス・フランス資本の勅許会社、モザンビーク会社(英語版)・ニアサ会社(英語版)・ザンベジア会社(ポルトガル語版)に開発の権利と司法権を除く自治権を与えた。
このためポルトガルが旧宗主国であるにも関わらず、独立後にイギリス連邦の加盟国となっている。

また、ポルトガルの圧政に対し、1894年のロウレンソ・マルケス襲撃など先住民による抵抗運動が頻発したが、それらは全てポルトガル軍により鎮圧された。
1898年にモザンビーク島からロウレンソ・マルケスに植民地の首都が遷都され、以降ロウレンソ・マルケスはポルトガル領東アフリカの首都となった。

形式上の本国との対等の地位と、事実上の植民地政策の矛盾は隠せるものではなく、モザンビークでも1964年9月に、エドゥアルド・モンドラーネを議長としたモザンビーク解放戦線(FRELIMO)がタンザニアを拠点に武装闘争を開始し、モザンビーク独立戦争が始まった。
マルクス主義を掲げ、ソ連の援助を受けていたFRELIMOは冷戦構造の中で西側諸国の脅威であり、そのためポルトガル軍も強権を以て解放軍に対処した。
1969年にモンドラーネは暗殺されたが、サモラ・マシェルらが後を継いで独立戦争を継続し、約10年を経てポルトガル本国でのカーネーション革命がきっかけとなり、1975年6月25日にモザンビークはモザンビーク人民共和国として完全独立を果たした。

独立後、出国したポルトガル系モザンビーク人に代わって権力を握ったFRELIMOは政党化し、一党制による社会主義路線を推進した。
社会主義を掲げるモザンビークは1976年の国連制裁決議に従って白人国家ローデシアの国境を封鎖したが、この措置はモザンビークとローデシア双方の経済に大打撃を与えた。
1977年にポルトガル領時代の元秘密警察PIDE(英語版)を母体としてローデシア諜報機関によって結成された反政府組織モザンビーク民族抵抗運動(MNR,RENAMO)は政府軍と衝突し、モザンビーク内戦(英語版)が勃発した。
イデオロギー的正当性を欠いていたRENAMOは、当初は成人男子や少年を強制徴収することによってしか兵力を集めることができず、暴力と恐怖を旨に学校や病院への襲撃作戦を遂行した。

1980年にローデシアが崩壊し、黒人国家ジンバブエが独立すると、アフリカにおける反共の砦を自認していた南アフリカ共和国はローデシアに代わってモザンビークとアンゴラの社会主義政権に対して不安定化工作を発動した。
南アフリカをはじめとする西側諸国の援助を受けたRENAMOは農村部で略奪、暴行を激化させたため、1984年にはモザンビークと南アフリカ両国の間にンコマチ協定(英語版)が締結され、南アフリカはRENAMOに対する支援を、モザンビークはANCに対する支援を相互に打ち切り、両国の間で不可侵条約が結ばれた。
しかし、その後も実質的にこの協定は反故にされ、以降も南アフリカによるRENAMO支援が続けられた。
さらに、1986年にはマシェル大統領が事故死し、後任としてジョアキン・アルベルト・シサノが新たな大統領に就任した。


出典: 「モザンビーク」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


(maputo01.jpg)


(maputo03.jpg)

Travel Guide to Maputo

The Beaches of Maputo

首都はずいぶんと立派になったけれど、近郊の村々は、まだまだ、ずいぶんと貧しいのですよ。 それに、子供たちがいろいろな問題を抱えている。

どうして、そのよなことがデンマンさんに解ったのですか?

ネットでモザンビークのことを調べればすぐに解りますよ。


(maputo05.jpg)

モザンビークのアデリアちゃん

モザンビークのロザリアちゃん

モザンビークのジョセくんとルシアちゃん

昔から比べれば良くはなっているのでしょうけれど、やっぱり、村の暮らしはずいぶんと貧しいようですわね。 それに内戦の影響でしょうか?。。。 両親を亡くした子供も多いようですね。

貧困の中を懸命に生き抜いている子どもたちを見ると、かえって僕の方こそ勇気付けられますよ。

デンマンさんも、モザンビークの未来を担って立つ子どもたちが夢をかなえ、希望ある人生を歩めるようにチャイルド・スポンサーシップに参加したらどうですか?

うん、うん、うん。。。 今夜寝ながらじっくりと考えてみますよ。


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【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
どうですか?
日本にもいろいろな問題がありますけれど、アフリカの貧しい国々から比べれば、まだまだ日本は平和で豊かな国なのでござ~♪~ますわよね。
あなたも、そう思いませんか?

貧しい子供たちを見ていたら、あたくしはお腹(なか)の虫が鳴きだしましたわ。
ちょっと次の写真を見てくださいなァ。


(shushi901.jpg)

上の写真を見ているだけで あなたのお腹の虫も鳴いてきますでしょう?

次の写真も見てくださいましなァ。


(shushi904.jpg)

なんと 上のお寿司は外人の方が作ったものなのですわ。
どのようにして作ったのか次のビデオクリップをクリックして見てくださいな。

あたくしも経費節約のために、お寿司屋さんに行くのは止めて さっそく作ってみますわ。

ところで、ジューンさんの面白いお話はたくさんあります。
興味のある方は、どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましね。


『エロスのバンクーバー』

『世界を駆け巡る日本人』

ジューンさんの熟女下着
(30june.jpg)

『あらっ、パンツが…』

『わたし的にはOKです』

『国際感覚ダントツ』


(june913.jpg)

『国際化と英語』

『肥後ずいきと国際化』

『おばさんパンツを旅する』

『カウチポテト』

『やらしくさわるの?』


(newyear13b.jpg)

『下つき肥後ずいき』

『おばさんの下着』

『海に佇むロトの妻』

『紅のおばさんパンツ』

『白人女性志向』

『肥後ずいきとおばさんパンツ』

『ジューンさんとトイさん』

『鼻血が出るぐらいのエロ漫画』

『処女とおばさんの下着』

『ツイッターと国際語』

『おばさんの下着姿に見るSEO』

『おばさんの下着とポスト資本主義』

『桜と絹とツイッター』

『おばさんバンザイ!』

『おばさんバンザイの第2波』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
(godiva05.jpg)

『国際化でおばさんバンザイ!』

『真夜中の乙女たち』

『おばさんの下着@リアルタイム』

『つぶやきブログとジューンさん』

『熟女下着』

『熟女下着に見るSEO』

『ドーハからの人』

『パラグアイからコンニチワ』

『ツイッターの誘惑』

『ノートルダムからジェーン・エア』

『ジューンさん、人気が出てますよ』

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。


(hand.gif)


(surfing9.jpg)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』


(house22.jpg)

『夢とロマンの横浜散歩』

『愛とロマンの小包』

『下つきだねって言われて…』

『銀幕の愛』

『パリの空の下で』

『愛の進化論』

『畳の上の水練(2011年3月15日)』

『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『天智天皇は暗殺された』
(2003年7月14日)

『アナクロニズム(2011年3月27日)』


(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

スパムメールが相変わらず多いですわよね。

あなたのメールボックスにも、

ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?

スパムメールを飛ばしているのは

いったい、どういう人たちなのでしょうか?

出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。

彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。

そのためにメールアドレスのリストを購入しています。

では、そのようなリストを販売している人は

どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?

ロボット(自動巡回プログラム)によって

自動収集させているのです。

ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは

毎日世界中のサイトを訪問し、

その内容をデータベースに書き込んでいます。

同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、

HTMLソースを分析し、

メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。

でも、使っていないメールアドレスが

たくさんあるのですよね。

あなたの使っているメールアドレスのことを

考えてください。

あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?

一つだけではないでしょう?

10以上持っているのではありませんか?

多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?

そのために、現在実際に使っている

メールアドレスを集めるために、

怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを

集めているのですわよ。

だから、あなたもむやみに信用できない人に対して

返信しないようにしてくださいね。

詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。

『コメント魔』

(2012年4月3日)


(himiko92.jpg)
 
ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。


(sylvie122.jpg)

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


(juneswim.jpg)


(byebye.gif)

箱根の思い出

2011年1月4日

 

箱根の思い出


Subj:小百合さん、おはよう!

明けましておめでとう

From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date:Sun, Jan 2, 2011 12:24 pm
Pacific Standard Time
日本時間:1月3日(月)午前5時24分

 

バンクーバーの元旦は寒かったよ。
いつになく早めに、午前9時に目が覚めて、ラジオをかけたらCNNのニュースで気温マイナス1度と言っていた。
バンクーバーの元旦はたいてい快晴。
2011年の元旦も、きれいに晴れ渡って日本で言えば“日本晴れ”でした。
カナダだから“カナダ晴れ”。
でも、日本語では、やっぱりダサいよね。
Gorgeous New Year’s Day!
この方がいいよね。

恒例のイングリッシュ・ベイのポーラーベア・スィム(寒中水泳)は今年も行われました。
1991年が第一回だから、今年で21回目です。
よく続いているものです!
お昼の受付時間で外気はプラス1度。海水の温度の方が暖かい。
たぶんプラス4度ぐらいだと思う。
70歳の老人も参加したと言うけれど、
僕は、もちろん止めましたよ。
心臓麻痺を起こしそうだから。。。
きゃはははは。。。

ところで箱根はどうだった?
芦ノ湖では寒中水泳をやりましたか?
神域(しんいき)だから多分、泳ぐ人はいないだろうね。

セピア通りのアンティークの店で楽しいものが見つかった?
小百合さんの楽しい話を待ってるね。

じゃあ、新年も軽井沢タリアセン夫人になりきってルンルン気分で楽しい日々を過ごしてね。
バ~♪~イ!

バンクーバー市立図書館より

箱根で楽しい店を見つけたと言ってましたね。 どんな店でした?

デンマンさんにとっては面白くない店かもしれませんわ。

小百合さんがどんな店を面白いと思うのか?それを知るのが楽しみなのですよ。

アンティークの店というか。。。陶磁器などをたくさん並べているお店の中にある喫茶店ですわ。

やっぱりね。。。アンティークと関係ある店だと思っていましたよう。

どうして。。。?

僕は栃木の山の家を見ていますからね。。。

私は、それほどアンティークにハマっているわけではありませんわ。

いや。。。小百合さんはアンティークにかなりこだわっていますよ。。。あのねぇ、海外で暮らしたことがある女性って、結構アンティークにハマっている人が多いですよう。 安子さんもそうでしたよう。

今、沖縄でベッド・アンド・ブレックファーストをやっているデンマンさんの古いお友達ですか?

そうです。。。かつて1800番代のロブソン・ストリートのマンションに住んでいたのだけれど、初めて居間に入った時にアンティークの家具に圧倒されましたよ。

圧倒されたって、どのように。。。?

僕のようにアンティークに無関心な者でも、目に入る家具が、どことなく格調高いというか。。。、品格があるというか。。。、買えば高いに違いないというか。。。言ってみれば、軽井沢タリアセンにある睡鳩荘(すいきゅうそう)のリビングルームに足を踏み入れた時のようでしたよ。

私の「山の家」も睡鳩荘のような印象をデンマンさんに与えたのですか?

今から思い返せば栃木の「山の家」は、小百合さんが睡鳩荘を真似して建てたのではないか?!。。。僕は、今、そう思っているほどですよう。

デンマンさんは、なんでもそうやって関連付けてしまうのですわ。

だってねぇ、そもそも小百合さんが、どうして箱根に興味があるのか? その事を考えるとアンティークと箱根と軽井沢が結びつくのですよう。

どのように。。。?

言ってみれば軽井沢も箱根も“日本のアンティーク”だからですよう。 つまり、軽井沢も箱根にも、どこかに“上流”あるいは“舶来”を感じさせる歴史があるのですよう。 それで、小百合さんは軽井沢にも箱根にも惹きつけられるのですよう。

デンマンさんの考えすぎですわ。

それで、小百合さんの見つけた面白い店って何という名前ですか?

「茶房つぐみ」というのですわ。

ほおォ~。。。なんとなく純日本風な喫茶店という感じですね。

アンティークの椅子やテーブルがレトロな雰囲気で、洒落たカップでコーヒーや紅茶が飲めるのですわ。 それに、どちらにもお菓子が添えられているのです。

なるほど。。。小百合さんが気に入りそうな店ですね。 今度、箱根へ小百合さんと一緒に行く機会があったら、ぜひ、のんびりとコーヒーでも飲みながらダベりたいですよう。

バラの一輪挿しはテーブルにおいてありませんけれど。。。うふふふふ。。。

いや。。。僕は別にバラの一輪挿しにこだわっているわけではないのですよう。うしししし。。。ところで、軽井沢の万平ホテルはジョンレノンのお気に入りのホテルだったけれど、ジョンレノンと小野ヨーコさんが富士屋ホテルにも泊まったことがあるのですよう。

富士屋ホテル

神奈川県箱根町の宮ノ下温泉にある、富士屋ホテル株式会社が経営する。
1878年(明治11年)創業の老舗ホテルである。
現在は国際興業グループに属している。

国道1号に面しており、年始の箱根駅伝中継では選手の位置関係を表現する際に使われることもある箱根のランドマーク的な存在。

現存する本館は唐破風を取り入れた和洋折衷の木造建築であり、明治の建築様式を現代に伝えている。創業者である山口仙之助は「外国人の金を取るをもって目的とす」という言葉を残し、「外国人を対象とした本格的なリゾートホテル」をめざしたという。

古くは宿泊客に外国人が占める割合が高く、外国人専用であった時期も長かったこともあり、日本文化を伝える展示や工夫がされている。別館にはジョン・レノンとオノ・ヨーコが滞留していたこともあり、ホテル内ツアーで宿泊した部屋を見学することができる。
また、ヘレン・ケラーやチャップリンも宿泊している。

沿革

1878年(明治11年)7月15日:山口仙之助が藤屋旅館を買収・改装し、神奈川県足柄下郡底倉村に開業。
1887年(明治20年):塔ノ沢から宮ノ下間に、富士屋ホテルが私費で建設した有料の人力車道が開通。
1891年(明治24年):本館が竣工。
1893年(明治26年):ホテル奈良屋との協定により、外国人専用ホテルとなる(1912年(大正元年)まで)。
1929年(昭和4年):佐分利貞男、富士屋ホテルの一室でピストル自殺。
1930年(昭和5年):3代目山口正造により「富士屋ホテルトレイニングスクール」立ち上げ。
1931年(昭和6年):タイ王国国王・王妃が滞在。
1932年(昭和7年):チャールズ・チャップリン、兄のシドニーとともに来館。
1936年(昭和11年):花御殿が竣工。
1937年(昭和12年):ヘレン・ケラーが、花御殿に宿泊。
1945年(昭和20年)
5月:ホテル内に外務省箱根事務所が設置される。
9月:進駐軍のレストホテルとして接収される。
1946年(昭和21年):高松宮家別邸(旧宮ノ下御用邸)の払い下げを受け、菊華荘とする。
1950年(昭和25年)12月8日:政府登録国際観光旅館となる。
1954年(昭和29年):一般自由営業を再開。
7月14日 – 外国通貨両替業務が許可される。
1965年(昭和40年)4月20日:昭和天皇が宿泊。
1966年(昭和41年):国際興業グループに株を譲渡し、小佐野賢治が会長に就任。山口一族による経営が終わる。
1997年(平成9年)12月12日:本館、一号館、二号館、アイリー、花御殿、食堂および菊華荘が、登録有形文化財となる。
2007年(平成19年)11月30日:本館、西洋館、食堂棟、花御殿、カスケードルームおよび厨房が、近代化産業遺産群「富士屋ホテルと箱根観光関連遺産」に認定される。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。チャップリンとヘレンケラーも泊まったことがあるのですわね。

外国人専用ホテルになったり、やっぱり、富士屋ホテルはどことなく特別じゃありませんか。

ピストル自殺をした男性が居るのですわね。 いったい、どういう人なのですか?

ウィキペディアには次のように書いてあります。

佐分利貞男

1879年(明治12年)1月20日 – 1929年(昭和4年)11月29日
大正・昭和初期の外交官。広島県出身。妻は小村寿太郎の娘・文子。

佐分利家は備後福山藩士で佐分利流槍術を営む家柄であった。
貞男は、1879年(明治12年)1月20日、父好直、母八代の五男として出生した。
1905年(明治38年)7月、東京帝國大学仏法科を卒業、10月、外交官試験に合格した。
外交官補として清国、ロシア、フランス在勤などを経て、外務省参事官、大使館参事官、通商局長、条約局長等を歴任。

1929年(昭和4年)8月、浜口雄幸内閣の外相幣原喜重郎に乞われて、駐支那公使に就任。張作霖爆殺事件後に悪化した対支外交の打開を期待されていたが、一時帰国中の同年11月29日、箱根宮ノ下の富士屋ホテルにおいて変死体で発見され、自殺とされた。

佐分利公使怪死事件

1929年(昭和4年)11月29日の朝、佐分利は前日から宿泊していた常宿の箱根宮ノ下富士屋ホテルにおいて死体で発見された。死因はピストルで頭部を打ち抜いたことで、即死状態だった。

警察当局は、佐分利が右手にピストルを握っており、外部からの侵入者の形跡もないため、自殺と断定した。

佐分利は大変な愛妻家として知られていたが、1925年(大正14年)に妻を亡くしており子もおらず、亡妻を慕うあまりの後追い自殺であろうと推測された。
また、対支外交の将来を悲観しての自殺とも囁かれた。
しかし遺族からは自殺には疑問が呈されていた。

他殺疑惑

死体は右手にピストルを握っていたが、佐分利は左利きであった。
遺書もなかった。
また、佐分利は日頃から護身用に小型のピストルを所持していたが、使用された拳銃は銃身六インチもある出所不明の三十八口径大型コルト八連発拳銃であり、ホルスターも見つからなかった。

また、身綺麗な外交官に相応しくない寝間着姿での自殺は不自然であり、翌日の行動予定もあった。犯人は大陸浪人説、中国国民党工作員説などがあるが真相は不明である。

名誉毀損訴訟

佐分利は広田弘毅と帝大の同期であり、入省年次は一期先輩であった。
城山三郎の小説『落日燃ゆ』では広田のライバルとして描かれているが、佐分利の名誉を毀損する描写があったとして佐分利家側が城山を相手取り訴訟を起こし、死者に対する名誉毀損が不法行為として民法上の損害賠償の対象となりうるかどうかが注目された。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

歴史にハマッているデンマンさんらしいですわね。デンマンさんも自殺ではないと見ているのですか?

もちろんですよう。 自殺にしては不自然すぎます。 だいたい、佐分利氏の立場なら富士屋ホテルなどで自殺しませんよう。

どうしてですか?

富士屋ホテルには外国人がたくさん泊まっている。 海外からやって来た特派員などもかなりいたはずです。 そんなところで自殺すれば、世界の耳目を必要以上に集めてしまう。

でも、自殺する人は、そのような事まで考えるでしょうか?

“飛ぶ鳥跡を濁さず”

僕が佐分利氏の立場で自殺するならば、富士山の麓(ふもと)の原生林で人知れず、口の中に銃口を入れて玉をぶっ放して自殺しますよ。

でも、どうして自殺じゃないとデンマンさんは思うのですか?

まずねぇ、佐分利氏は日頃から護身用に小型のピストルを所持していたのですよ。 つまり、殺されるかもしれないことを覚悟していた。

。。。で、いったい誰が佐分利氏を殺したのですか?

もちろん、80年以上も前の事件です。 犯人を挙(あ)げるなんてとても無理だけれど、どういう人物が殺害したかは比較的すぐに分かりました。

マジで。。。? いったい、どういう人物が佐分利氏を殺害したのですか?

たまたま夕べ、日本史の本を読んでいたのですよう。 昭和のところで次のようなことが書いてあった。

軍縮と軍人の反発

日露戦争後、軍人の人気が高かった時代に職業軍人への道を志した少年たちが、やがて将校として一人前になるころ、軍縮の時代がやってきた。兵力の削減がすすむにつれ、軍人は出世の道をせばめられ、失業の不安にさらされるようになった。世間の目はきびしくなり、軍人の社会的地位は低下した。とりわけ都会では、軍人が軍服姿で街のなかを歩くことが、はばかられるような雰囲気がひろがったという。ある師団長は先輩への手紙のなかで、結婚がきまっていた部下の将校で、軍縮がはじまったため婚約者の女性から破談を申しわたされた例もあるとして、軍縮により若い将校たちが動揺し、師団内の士気が低下していることをなげいている。こうした世間の風潮に対する軍部側の反発が、やがて政府の手で推進された協調外交や軍縮政策に不満をいだき、テロやクーデタでそれを打破しようとする急進派軍人たちをうみだす背景になったと考えられる。

中国情勢の変化

1920年代の後半になると、中国の情勢に大きな変動があった。すなわち、1924年に孫文が国共合作の方針を打ち出し、そのあとをついだ中国国民党の蒋介石が、広東を勢力基盤に1926年から全国統一をめざし、国民革命軍をひきいて北伐を開始した。翌1927年、その勢力は長江流域におよんだ。

そのころから日本では、軍部の急進派、野党の立憲政友会、国家主義団体、中国に利権を持つ実業家などのあいだから、憲政会の若槻礼次郎内閣(幣原外相)の対中国不干渉政策は、日本の中国における権益をまもれない“軟弱外交”であるとして非難する声が高まった。

ロンドン条約問題

外交の面では、浜口内閣の下で幣原外交が復活したが、中国側の反日民族運動がはげしくなり、対外危機はしだいにふかまった。 1930(昭和5)年イギリスの提唱によって、ロンドン海軍軍縮会議がひらかれると、浜口内閣は元首相・若槻礼次郎らを全権としておくり、ロンドン海軍軍縮条約に調印して、日・米・英3国間で海軍の補助艦保有量の制限をとりきめた。しかし、海軍の強硬派は強い不満を示し、内閣が海軍軍令部の反対をおしきって条約をむすんだのは、天皇大権の一つである統帥権の干犯であると攻撃した。国家主義団体や野党の立憲政友会もこれに同調し、同年、浜口首相は右翼の青年に狙撃され、これがもとで翌年に死亡した。こうして協調外交路線はゆきづまっていった。


280、288-289、293-294ページ
『もういちど読む山川日本史』
2009年12月15日 1版6刷発行
発行所: 山川出版社

ウィキペディアに書かれている事実と上の歴史の流れを見ると、どのような人物が佐分利氏を暗殺したかが分かるのですよ。

デンマンさんは推理小説にもハマッっているのですか?

いや。。。僕は推理小説はめったに読みません。半年ほど前にアガサ・クリスティーの『オリエント急行殺人事件』を読んだけれど、最初の10ページも読まないうちに投げ出してしまいましたよう。

どうして。。。?

あの小説はテレビができる前に書かれたのです。最初の10ページまでに読者の興味を湧き起こすか。。。どうして。。。?というミステリアスな気持ちを起こさせない限り読者はテレビの方が面白いので本を投げ出してしまうのですよう。

でも、デンマンさんはテレビを持ってないでしょう?

だから、僕は『オリエント急行殺人事件』を読むのを止めてブログの記事を書き始めたのですよ。

つまり、佐分利氏が自殺したという事件を富士屋ホテルの「沿革」に見た時には、デンマンさんは『オリエント急行殺人事件』を読む以上の興味が湧き起こってきたのですか?

そうです。。。。実は、もう10年ほど前に、僕は男装の麗人・川島芳子のことでドキュドラマを書いたのですよう。


マジで。。。? 英語でですか?

そうです。うしししし。。。

ぜひ読みたいですわ。

あのねぇ、そのうち抜粋をアップロードしますよう。 そのとき、僕は大正から昭和にかけての歴史を川島女史をオツムに浮かべながら調べたことがあったのですよう。

じゃあ、以前からデンマンさんは佐分利氏の自殺には疑問を持っていたのですか?

そうなのですよ。。。ウィキペディアに書いてあるとおり自殺現場を検証すると不自然なことが多すぎるのです。

それで、デンマンさんは犯人を割り出そうと決めたのですか?

いや。。。もう80年以上が経過していますからね。 犯人を特定することは不可能ですよう。 でもねぇ、この記事を書き始めた時に『もういちど読む山川日本史』を読んでいた。 ちょうど昭和史を読み終えようとしていたのですよ。

つまり、いろいろと偶然が重なったわけですわね?

その通りですよう。 小百合さんが元旦に箱根へ行かなかったら、佐分利氏の謎の自殺は、僕のオツムには登場しなかったのですよ。『もういちど読む山川日本史』には佐分利氏の名前は出てこなかった。 小百合さんが富士屋ホテルに泊まったと聞いて、不意に佐分利氏の謎の自殺が記憶の底からよみがえったのですよ。

。。。で、どのような人物が佐分利氏を殺害したのですか?

急進派の軍人、スパイ、極右翼のファナティスト(fanatist)…そのような人物ですよ。 でもねぇ、もし、僕が佐分利氏の謎の自殺を基にして推理小説を書くならば、軍縮のために婚約が破談になってしまった将校を犯人にしますね。 読者の納得を促す充分な動機になりますからね。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
婚約が決まっていたのに軍縮の波が押し寄せてきたために破談になってしまった将校の恨みが佐分利・元中国公使を殺害に追い込んだというデンマンさんの筋書きは、あたくしには、なぜか切実な動機に感じられるのでござ~♪~ますわ。

あたくしも、その将校の気持ちが良く分かるのでござ~♪~ますう。
実を言えば、あたくしも、ほぼ婚約が決まっていたのですわ。
ところが、あたくしの教え子の一人がネットで次のお写真を見つけたのでござ~♪~ます。

この写真は、もちろん、デンマンさんがコラージュしてでっち上げたものですわ。
でも、この写真がキャンパスでばら撒かれて、数人の手を経て、あたくしの婚約者の手元に届いてしまったのでござ~♪~ますわ。
破談になった時、あたくしはムラムラとムカついて、デンマンさんを殺害しようと何度も出刃包丁を懐に隠して行動に移そうとしたのです。
でも、嗚呼。。。、京都とバンクーバーの間には、何千キロにも及ぶ太平洋が横たわっているのですわ。
出刃包丁を飛行機の中に持ち込むわけにもゆきません。
それで、あたくしは諦めてしまったのでござ~♪~ます。

現在は、デマなどに惑わされない、もっと素晴らしい殿方が現れるのを待っているのですわ。
おほほほほ。。。

とにかく、次回はもっと興味深い話題になるはずですわ。
だから、あなたもどうか読みに戻ってきてくださいませぇ。
じゃあねぇ~。。。

 
メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

“飛ぶ鳥跡を濁さず”

あなたも聞いたことがあるでしょう?

よく耳にする諺ですよね。

さて、英語で何と言うのでしょうか?

いくつか言い方があります。

It is simply common courtesy

to clean up after yourself.

そうですよね。

あなたが公園などで散らかした後では、

帰る前にゴミを拾ってクズカゴに入れますよね。

次のような言い方もあります。

A bird does not foul the nest

it is about to leave.

日本語の諺に最も近いと思います。

次のような言い方もありますよ。

On leaving a place

one should see

that all is in good order.

そうですよね。

あなたが公園を後にするときには、

あなたが居た所にゴミなどが

散らかっていないかどうかよく確かめてから

帰宅するということですよね。

ところで、英語の面白いお話を集めました。

時間があったら、ぜひ覗いてくださいね。

『あなたのための楽しい英語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

軽井沢タリアセン夫人と麺職人

2010年4月2日

 
   
軽井沢タリアセン夫人と麺職人


Subj:小百合さん、おはよう!

すがすがしい朝を迎えましたか?

きゃはははは。。。

Date: 09/03/2010 2:01:12 PM
Pacific Standard Time
日本時間:3月10日(水)午前7時1分
From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
CC: barclay1720@aol.com

夕べの夜食は「日清 麺職人」を食べましたよう。
うまかった。
このコシ!のどごし!まさに、生麺感覚!と書いてあったけど、実際、生麺の感覚がしましたよう!

ノンフライ・中細ストレート麺だってぇ~!
確かに、これまで見た即席ラーメンのうちでは、もっとも細かった。
熱湯に4分つけても麺がふやけませんでした。
だから、注いだお湯の温度が低かったのかな?と一瞬考えてしまいました。
でも、そんな事はない!
沸騰したお湯を間違いなく注いだのだから!

鶏ガラの醤油味がきいていてうまかった!
「もう、インスタントとはいわせない!」と書いてあったけれど、実際、思わず“生麺?”と思うような麺の感触でしたよう!

その中華ラーメンの残ったおつゆに冷ご飯を入れて食べました。
“中華雑炊”も冷ご飯がおつゆの温度を適度にしてくれて、ラー油の味がきいていて実にうまかった!

軽井沢の四川料理店で小百合さんと一緒に食べた、あの辛いラーメンを思い出しました。
小百合さん、ありがとう!
小百合さん、バンザ~♪~イ!
軽井沢タリアセン夫人バンザ~♪~イ!

そう言う訳で昨日の記事は「ん?タリアセン夫人?」でしたよう!
小百合さんと僕の対話編です。

『ん?タリアセン夫人?』

(2010年3月9日)

ホットコーヒーを入れて、ゆっくり、じっくりと読んでみてね。
小百合さんと会話している気持ちになって、楽しみながら書きましたよう!

きゃはははは。。。

小百合さん、ありがとう!
小百合さん、バンザ~♪~イ!
軽井沢タリアセン夫人バンザ~♪~イ!
じゃあねぇ~。

 

デンマンさんは、この記事を書いて「日清食品株式会社」から謝礼でもいただくのですか?

やだなあああァ~。。。、僕は、そのような見え透いた事をしませんよう。

でも、日清食品にこだわっていますわね?

やだなあああァ~。。。、日清食品を選んで送って寄こしたのは小百合さんなんですからね。

それにしても、おととい(3月31日)も、「日清」の「どん兵衛鴨だしそば」でしたよねぇ~。

『軽井沢タリアセン夫人と

どん兵衛鴨だしそば』

(2010年3月31日)

うしししし。。。この「どん兵衛鴨だしそば」も旨かったですよう。

デンマンさんは、麺類が好きなのですか?

好きですよう。でも、バンクーバーでは旨い麺類が食べられないのですよう。

そんなことはないでしょう。。。日本食レストランがたくさんできていると聞いていますわ。

あのねぇ~、安いレストランで食べると素人が作っていますからね。何のことはないインスタントラーメンを買って食べた方が、もっと安くて旨いのですよう。

デンマンさんは、それほど安いレストランで食べるのですか?

違いますよう。。。小百合さんだから言うけれど、安子さんが豚骨ラーメンをご馳走してくれたことがあったのですよう。

豚骨ラーメン

豚骨を使用し、白濁したスープが特徴。
白に茶色が掛かった物や黒ゴマ豚骨という黒いものもある。
発祥には諸説あり、戦前九州のラーメン屋において、豚骨の煮込みの時間と強さを間違えて、強火で長く煮込みすぎたのが発祥とされる事があるが、はっきりしていない。

豚骨醤油ラーメン

白濁した豚骨スープに醤油のタレを加えたもの。
通常の豚骨ラーメンでも醤油は使うが、隠し味的に使うことが多く(薄口醤油や白醤油を使う場合もある)、スープの色が白っぽいのに対して、スープの色が褐色なのが特徴。
同じように、豚骨スープを使い醤油のタレを加えたものでも、透明な豚骨スープを使った物(清湯スープ)は、通常、豚骨醤油ラーメンとは呼ばないことが多い。

豚骨

豚骨とは、豚の骨を長時間煮込むことにより、骨髄からでる旨味成分をスープのだしとして使用するもの。
多くはスープの名。「豚骨(とんこつ)スープ」のように用いられる。

豚の骨でも、特に膝関節の部分(脛骨・大腿骨)から上質の旨味成分がとれる。
この骨端の形状が人間の拳に似ていることから「げんこつ」と呼ばれることもある。

豚骨スープをラーメンに用いているのが「豚骨ラーメン」であり、ラーメンの種類としては大変人気が高く、九州地方で有名であるが現在は全国的に広まっている。
九州の豚骨ラーメンは久留米ラーメンを祖とし、博多ラーメン、熊本ラーメンと伝搬していった。

同じ豚骨スープを用いたラーメンであっても、九州では「さっぱり味」を売りにしているものが多いのに対し、関東地方では豚の背脂(せあぶら)を加えて濃厚な「こってり味」に仕上げているものが多い。
また九州の豚骨ラーメンのスープは白濁しているのが特徴で、これはスープをとる際、思いきり沸騰させることで油と水分が混ざり合い、骨髄から出るコラーゲンがゼラチン化し、それが乳化剤となり脂肪を包み込むことによる。
逆にスープを煮立たせないと、油分が混ざることが無いため、スープが濁らない。

豚骨独特の臭みを敬遠する人もおり、好みが分かれる。
そのため紅しょうがや「麻油(まーゆ)」と呼ばれる熱した油で刻みニンニクを揚げて香り付けした油を振りかけるものもある。

また、関東地方では単に「豚骨ラーメン」と称しているものの多くは関東地方特有のいわゆる醤油豚骨ラーメンであり、関東地方で九州式の豚骨ラーメンを扱う店舗では『九州豚骨』『博多豚骨』などと称しているものが多い。

出典: 『ウィキペディア』 「ラーメン」と「豚骨」の項目より

安子さんってぇ、デンマンさんの次の記事に出てくる沖縄出身の安子さんですか?

そうですよう。

『安子さんと海』

(2009年4月5日)

ロブソン・ストリートにある日本食レストランだったのですよう。東京ならば、おそらく銀座か?秋葉原か?とにかく、バンクーバーでは一番の目抜き通りですよう。安子さんの話では、旨いと評判の店だと言うのですよう。

ところが、まずかったのですか?

まずかったのですよう。おそらく、熟練の麺職人が辞めてしまったので、夏休みに日本からやって来たアルバイトの学生にでも作らせたのでしょうね。

マジで。。。?

とにかく、まずかった。「日清 麺職人」を自分でお湯を入れて作って食べた方がよっぽど旨かったですよう。

。。。で、どのようにまずかったのですか?

もしかすると、味の薄い関西風の豚骨ラーメンだったのかもしれません。僕は関東風の味の濃い豚骨醤油ラーメンを期待していたのですよう。ところが、僕が期待していたものとは似ても似つかないものが出てきた。

白濁したスープだったのですか?

そうなのですよう。白濁していたからまずいと言うのではないのですよう。その味が薄すぎた。僕は四川料理が好きだと言うくらいだから、薄味は全くダメなのですよう。

他の人にとっては、ちょうどよい味加減だったのではありませんか?

あのねぇ~、安子さんは沖縄育ちだから、豚骨料理には詳しい。でも、その安子さんでも、「これはちょっとォ~。。。」と顔をしかめていましたよう。だから、僕だけが、薄味でまずいと感じたわけではなかったのですよう。

。。。で、そのお店は今でもあるのですか?

もちろん、つぶれてしまいましたよう。僕のような素人に、アルバイト学生を使って作らせたのだろう、と思わせるような豚骨ラーメンを出したら、間違いなく、その店はつぶれますよう。うししししし。。。

つまり、この事を言うためにデンマンさんは「日清 麺職人」を持ち出してきたのですか?

やだなあああァ~。。。違いますよう。。。小百合さんが「デンマンさんは、麺類が好きなのですか?」と聞いたから、話の成り行きで僕は、まずい豚骨ラーメンの話しをしただけですよう。

。。。で、どうして「日清 麺職人」を取り上げたのですか?

やだなあああァ~。。。、小百合さんはマジで忘れてしまったのですか?

私が何か重要な事を忘れているとでもデンマンさんはおっしゃるのですか?

あのねぇ~、上で引用したメールの中で、僕はわざわざ書いているのですよう。

何てぇ。。。?

軽井沢の四川料理店で

小百合さんと一緒に食べた、

あの辛いラーメンを

思い出しました。

これだけ書き出せば、小百合さんも思い出すでしょう?

デンマンさんは四川料理店で食べた辛いラーメンがそれほど印象に残っているのですか?

あのねぇ~、卑弥子さんと一緒に食べていたら、もしかすると忘れていたかもしれません。うししししし。。。

つまり、私と一緒に食べたので懐かしい思い出になっていると、デンマンさんは見え透いたお世辞を言うつもりなのですか?

やだなあああァ~。。。そのように誰でも想像つくようなことは言わないでくださいよう。それでは、まるで三文小説になってしまうでしょう。うへへへへへ。。。

デンマンさん!。。。いい加減にしてくださいな。無駄な事は言わずに細木数子さんのように、ズバリ!とおっしゃってくださいなァ。

そのような事を言うようでは、小百合さんはまず90%忘れていますよう。すでに記事で書いたことだから、長くなるけれど、この際引用します。小百合さんもじっくりと読んでみてくださいね。


 
 

 
 
軽井沢タリアセンを見た後で、
四川料理店で辛いラーメンを
食べたのですよう。
 
 

 
 

 
 
横殴りの吹雪が20分ほど
吹き荒れていたけれど、
食べ終えた時には
ウソのように吹雪が止んで、
浅間山がくっきりと
見えたのですよう。
 
 

去年(2008年)の11月19日でした。2時頃でしたよう。

デンマンさんは、良~く覚えていますわねぇ~。

四川料理店のお昼の営業時間が2時までだったのですよう。それで、レストランの店主が「従業員がお昼ご飯を食べますけれど、ごゆっくり食べてくださってけっこうですよ」、と言いに来たのですよう。見れば店に居る客は小百合さんと僕と5歳の順ちゃんの3人だけでしたよう。うしししし。。。

それにしても、上の写真の吹雪はすごいですわねぇ~。まるで流星群の雨でござ~♪~ますわ。

とにかく、僕はびっくりしましたよう。急に吹雪いて、どうなるかと思っていたら、また急にやんでしまったのですからねぇ~。。。“山の天気と女心はコロコロ変わる”と言うけれど、あれほど劇的に変わるとは思ってもみませんでしたよう。軽井沢が山の中にある町だと言うことがしみじみと納得ゆきましたよう。

。。。んで、その事が劇的でロマンチックだったのでござ~♪~ますか?

いや、違うのですよう。吹雪は劇的だったけれど、ロマンチックではありませんでした。

。。。んで、何がロマンチックだったのでござ~♪~ますか?

それからプリンスホテルのスキー場に行ったのですよう。

そこで小百合さんがビキニになってスノボをしたのでござ~♪~ますか?

違うのですよう。すでに言ったでしょう!卑弥子さんはすぐに忘れてしまうのですね。小百合さんはビキニになったわけではないのですよう。

いつものようにデンマンさんが妄想をたくましくして、写真をでっち上げたのでござ~♪~ますわね。

分かっているなら、余計な事を言わないでね。

デンマンさんがもったいぶって、なかなかおっしゃらないからでござ~♪~ますわ。

あのねぇ、小百合さんがスキー場の休憩所へ案内してくれたのですよう。

この上の写真がそうでござ~♪~ますすか?けっこう混んでいますわねぇ~。

小百合さんと僕と5歳の順ちゃんで行ったときには、ガラガラでしたよう。スキー場が見えるテーブルに腰掛けると晴れたゲレンデが良く見えました。

それで、デンマンさんもスキーをなさったのでござ~♪~ますか?

この日はスキーする時間がなかったから、小百合さんも何も用意してなかったのですよう。

ただゲレンデを眺めただけですか?

そうなのですよう。でもねぇ、僕はロマンチックな気分に浸る事ができたのですよう。

小百合さんが休憩所でビキニ姿になったのでござ~♪~ますか?

あのねぇ~、海水浴をするわけではないのですよう。スキー場の休憩所で小百合さんがなぜビキニ姿にならねばならないのですか?

だってぇ~、デンマンさんがこれまでに、さんざビキニ姿の小百合さんを見せたからですわ。

小百合さんはねぇ、ビキニ姿などにはなりませんでしたよう。実はねぇ、僕は『シャレード』の出だしのシーンを思い出したのですよう。

■ 『YouTubeで見る映画「シャレード」の出だしのシーン』

スイスのスキー場の山小屋風休憩所でケ-リー・グラントの扮するピーター・ジョシュアと、富豪の妻の役を演じているオードリーヘップバーンが初めて出会うのですよう。

つまり、デンマンさんは。。。あのォ~、ケーリー・グラントになった気分で。。。、それで。。。それで。。。、小百合さんが、あのォ~。。。オードりー・ヘップバーンでござ~♪~ますか?

うへへへへ。。。いけませんか?

それは。。。それは。。。、絶対に妄想のし過ぎでござ~♪~ますわア。

うしししし。。。それは、半分以上冗談ですよう。実はねぇ~、かなり以前に小百合さんが書いた次のメールを思い出したのですよう。

Subj:3月19日

あの曲を聴いたら

寂しくなりました。

Date: 18/03/2008 5:49:34 PM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間: 3月19日 午前9時49分
From: fuji@adagio.ocn.ne.jp
To: barclay1720@aol.com

映画音楽っていいですね。
本当にデンマンさんが歌ってくれてるようでした。

あの日本の景色が動画になってる曲は
日本人もカバーして 昔 歌ってましたね。

私があまりにも子供の頃で良く覚えてない。
デンマンさんは大人で素敵な人と映画でもいってたでしょうね。

でもあの曲を聴いたら寂しくなりました。
今 朝なのに気持ちは夕方 

朝 コーヒーを飲み、YAHOOファイナンス外国為替情報で
カナダ$ をチェックして
100円を割らないで欲しいと願って!

メールの返信を打って、
1日のスタートが始まるのだけど、

ところで、たらの芽 ふきのとう が出始めました。
クレソンは まだでした。

山には4本桜があります。
1本は 色の濃い 八重桜です。

ぜひ この次 山小屋に来てください。

時間があったら 軽井沢にも…

今日は税金の事、実家の相続の事で出かけます。

ノー天気? 脳転記?
主人が私に良くいうけど何なの?
どうゆう字を書くのか 知らない全然

いい意味でないのは分かってますが・・・

小百合より


『別れの朝 (2008年3月21日)』より

小百合さんが『シャレード』のテーマを聴いて書いてくれたのがこのメールなのですよう。

“本当にデンマンさんが歌ってくれてるようでした”と、小百合さんは書いていますけれど、デンマンさんは歌もなさるのでござ~♪~ますか?

なさると言う程でもないですけれどねぇ~。。。うへへへへ。。。。

マジで、デンマンさんが歌っているような曲なのですか?

まさかァ~。。。小百合さんのベタ褒めですよう!実は、僕は歌が苦手でねぇ~。。。、カラオケにも、これまでに2度行っただけなのですよう。でもねぇ~、今から振り返ると、自分でも信じがたいのだけれど、中学生の頃には合唱部にはいらせられたりして、マジで歌っていた時があったのですよう。うしししし。。。

それで、ロマンというのは。。。?

だから、メールの中で小百合さんが書いているでしょう?

ぜひ この次 山小屋に来てください。

時間があったら 軽井沢にも…

小百合さんが、その頃から小さな計画を立てていたのだなあああァ~。。。そう思いながら、軽井沢のプリンスホテルのスキー場で、休憩所のテーブルに座りながら、小百合さんの横顔をチラッと見ては、ロマンチックな気分に浸ったのですよう。。。


『白銀とロマン (2009年2月4日)』より

どうですか、小百合さん。。。?思い出しましたか?

思い出しましたわ。。。そういう事もあったのですわね。

そうですよう。。。僕は「日清 麺職人」を食べながら、実は、しみじみと小百合さんと『シャレード』のテーマを思い出していたのですよう。

つまり、この事が言いたかったのですか?

いや。。。ちょと違うのですよう。

デンマンさん!。。。じらさないで細木数子さんのようにズバリ!とおっしゃってくださいな。

では、おもむろに。。。


 
 
白銀の

ロマン舞い散る

軽井沢

きみの面影

シャレードの中に


 
 
by デンマン
 
 
2010-03-31 14:41

  

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
またですわよう。んもお~~!
あたくしに見せびらかすようにして、キザにも、また愛の短歌などをデンマンさんは詠んでしまったのでござ~♪~ますわ。

小百合さんの心にロマンチックな気分を呼び起こそうとして、見え見えのキザな短歌をでっち上げてしまいましたわ。
あの有名な太田将宏老人が、デンマンさんの短歌をご覧になたら、必ず次のようにおっしゃるのでござ~♪~ますわよう。

いい気なもんだねぇ~

「シャレードの中に」だとよォ~。。。

全く、開いた口が塞がらんわァ。

んもお~~!

あたくしだってぇ~、同じような気持ちですわよう。
本当にムカつきますわ。

とにかく、呆れるような事ばかりが続いていますけれど、
あさっては興味深い話題が続くと思いますわ。
あなたも、これに懲りずに、また明後日、読みに戻ってきてくださいましねぇ。
では。。。

 
メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

わたしもDVDで『シャレード』を見ましたわ。

出だしがちょっとショッキングですよね。

電車から男の人が転がり落ちるのですわ。

しかも、その男の人の表情が

恐怖に満ちていると言うか?

見る人に“おぞましさ”を印象付けるような

イヤ~な感じなのですわよう。

その男の妻を演じるのが

オードリー・ヘップバーンなのです。

とにかく、スリルとサスペンスが一杯の映画です。

4分間の出だしだけ

YouTube で見ることができます。

関心があったら次のリンクを

クリックしてみてくださいね。

■ 『YouTubeで見る「シャレード」』

ところで、英語の面白い話を集めました。

時間があったら覗いてみてください。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。