Archive for the ‘卑弥子さんの面白い話’ Category

済子女王@萌える

2017年10月17日

 

済子女王@萌える

 


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デンマンさん。。。 “萌える済子女王”なんてぇ~、読む前から ワクワクしてきますけれど、“済子女王”は“せいこじょうおう”と読むのでござ~♪~ますか?


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卑弥子さんはマジで読み方が解らないのですかァ~。。。

なんとなく解るようですけれど、はっきりとは解りませんわァ~。。。

実は、僕もタイトルだけを見た時には、自信がありませんでしたよ。。。 ウィキペディアにはつぎのような説明がありますよ。。。

済子女王


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済子女王(なりこ/せいしじょおう、生没年不詳)は、平安時代中期の皇族。
伊勢斎宮。
章明親王の王女(醍醐天皇の皇孫)。
母は藤原敦敏の女。
斎宮隆子女王の妹。

略歴

永観2年(984年)11月4日、花山天皇の即位に伴い斎宮に卜定される。
翌年の寛和元年(985年)9月2日初斎院(左兵衛府)に入り、同月26日に野宮に入ったがまだ建物も未完成で、禊所の前方に葬送の火が見え不吉と囁かれた。
9月28日には野宮に盗賊が入り、侍女の衣装が奪われるという前代未聞の出来事があった。

潔斎中の寛和2年(986年)6月19日、野宮から退下。
花山天皇の突然の譲位によるとされるが日本紀略、本朝世紀、十訓抄によれば野宮で滝口武者平致光に犯され、それが露見したためと記されている。
後に神祇官を召し、祭文を奉じたという。

この事件は後に絵巻『小柴垣草紙』の題材となった。
それ以後の消息は不明。


出典: 「済子女王」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。 “なりこじょおう” または “せいしじょおう”と読むのですわねぇ~。。。

そのようです。。。

。。。で、野宮で滝口武者平致光に犯されたので、デンマンさんは記事で取り上げたのでござ~ますか?

いや。。。 滝口の武者・平致光に犯されたから僕が取り上げたわけではないのですよ。。。

じゃあ、なぜ“萌える済子女王”というタイトルにしたのですか?

ちょっと次のリストを見てください。


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『拡大する』

『小柴垣草子』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の 日本時間で4月17日の午後6時49分から午後10時4分までの約3時間の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。

あらっ。。。 4月17日の午後8時6分に見慣れない検索エンジンで検索して デンマンさんが投稿した『小柴垣草子』を読んだのでござ~ますわねぇ~。。。

そういうことです。。。

。。。で、赤いアンダーラインが引いてある「リファラ」をクリックするとどのような検索結果が表示されるのでござ~ますか?

次のような検索結果が出てくるのですよゥ。。。


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 54件ヒットする内の 2ページ目のトップにデンマンさんが「徒然ブログ」に投稿した『小柴垣草子』が出てくるのですわねぇ~。。。

そうなのです。。。 横浜市神奈川区にある「株式会社ディスクシティエンタテインメント」という会社に勤めている舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんが『小柴垣草子』をクリックして読んでのですよ。。。

どうして、そこまで詳しくデンマンさんには判るのですかァ~?

IPアドレスを調べたのです。。。


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『拡大する』

確かに会社名までは判りますわァ。。。 でも、個人情報を保護するためにアクセス者の名前までは判らないのでござ~ますわァ。。。

卑弥子さんは、かなり きつい突っ込みを入れるのですねぇ~。。。 僕だってプライバシーを保護することぐらいは知っていますよ。。。 だから、アクセス者の名前は仮名にしてあるのです。。。

分かりましたわァ。。。 で、舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんは仕事の関係で“済子女王”を調べたのでござ~ますかァ?

あのねぇ~、「株式会社ディスクシティエンタテインメント」という会社は、宿泊業と飲食サービス業に関わっている会社なのです。。。

要するに、 舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんは、お仕事とは全く関係ない事を就業時間中に会社のパソコンで調べていたのでござ~ますかァ?

いや。。。 僕は そう思わないのですよ。。。

だってぇ~、宿泊業と飲食サービス業に従事している会社員の舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんが滝口の武者・平致光に犯された“済子女王”を調べるのってぇ、可笑しいではござ~ませんかァ!

卑弥子さんは、ここでも かなり きつい突込みを入れるのですねぇ~。。。

だってぇ~、舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんは私用に会社のパソコンを使ってネットで検索してサボっていたのですわよう! あたくしが会社の社長ならば見つけ次第 即刻クビにしますわァ~。。。

あのねぇ~、観三郎さんはサボっていたわけではないのですよ。。。 宿泊客の内の一人が ほろ酔い気分でフラフラとエロ本を持てきてフロントにいた舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんに、ページの中の一枚の春画を見せたのです。。。


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あらっ。。。 このような昔のムンムン、ムレムレするようなヤ~らしい春画を見せたのでござ~ますかァ~!? ボカシが入ってますわねぇ~。。。

あのねぇ~、僕のブログはアダルトブログではありませんからねぇ~。。。、そのままの春画を載せるわけにはゆかないのですよう。。。 だから、ボカシを入れたけれど、ほろ酔い気分の宿泊客が見せた春画にはボカシはありません。。。

ボカシが入っているのってぇ~、つまりませんわァ~。。。

卑弥子さん。。。 そのようにガッカリしないでくださいよう! あとで、卑弥子さんにはボカシがない春画をメールで送りますから。。。

分かりましたわァ~。。。 それで、どういうわけで舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんは検索したのですか?

だから、お客が舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんにからんだんですよ。。。

なんてぇ~?

「あのなァ~、あんちゃん。。。 このエロい絵の中の女は“済子女王”と書いてあるのだけど、この女は実在の人物なのかい?」 とほろ酔い気分の客がエロい絵を見せながら尋ねたのですよ。。。

それで。。。?

でも、舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんだってぇ、そんな昔のエロい絵の中の女が どのような人物なのか? 分かる訳ない。。。 でも、お客はしつこい。。。 「おい、あんちゃん。。。 あんたは一応大学を出てるんだろう?」 「はい。。。 一応大学は出てますけれど、3流大学なもんでぇ~、平安時代のエロい絵には詳しくありません。。。」 「でも、平安時代のエロい絵だということが分かるだけでも てぇ~したもんだよ。。。」

つまり、そうやって 煽(おだ)てられたので、舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんはフロントにある会社のパソコンで検索してみたのですか?

その通りですよ。。。 それで次の箇所を読んだわけです。。。

小柴垣草紙


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小柴垣草紙(こしばがきぞうし)は、春画の絵巻物である。
「小柴垣草子」「野宮草紙」とも称され、また後述する長文系統の話末に独自の宗教観に基づく評釈があることから、宗教的な極意伝授を意味する『灌頂巻』と呼ばれることもある。

原本は平安時代末期に描かられたと推測されるが、現在残っているのは江戸時代の模本や写本である。
他にも古春画絵巻は、後世の模写によって何点か残っているが、その中でも『小柴垣草紙』は、官能的な物語を流麗な筆致の詞書と濃密な愛欲描写の挿絵によって描き、日本の古春画最高傑作とみなされている。

寛和2年(986年)花山朝の斎宮済子女王が、天皇の名代として伊勢神宮に奉仕するため洛西嵯峨野の野々宮で潔斎していた折、美男の滝口武者平致光を誘惑し密通したとの噂が流れ、ついには済子の伊勢行きが取りやめになったという、『十訓抄』第五にある物語に基づく秘戯図である。

伝写本は数多いといわれ、さまざまな異本があるが、原本はおそらく12段前後の詞書と挿絵から成っていたと推測される。
画は藤原信実筆、詞は藤原為家筆とも、奥書より画は住吉慶恩(13世紀初頭の絵師。住吉派の祖とされる)筆、詞は後白河天皇または久我通具筆ともいい、ほかに豊後法橋画というもの、土佐光則画というものなどがある。
しかし、あからさまに性愛を扱う内容のため、公開される機会は極めて少ない。

伝承としてこの絵巻物は、承安元年(1171年)高倉天皇に嫁いだ平清盛の娘平徳子に対して、彼女の叔母にあたり後白河天皇の女御だった平滋子が贈ったとする説がある。
後白河天皇は、絵巻物好きで好色な人物だったことを考えると、小柴垣草紙も後白河の意向で制作された可能性が高い。

『小柴垣草紙』は詞書の長短で二種類に分類できる。
一つは斎宮と平致光の一夜の逢瀬を濃密な性表現によって描写した後、この密通が発覚して斎宮群行が取りやめられた結末で終わる短い内容の伝本群。

もう一つは前者の内容に加えて、逢瀬の後に再会し、噂を耳にした女房も加わり、最後は性行為の有り難さについて宗教的言説を用いて解説した、やや長い内容を持った伝本類である。
順序としては、まず短文系統が成立し、次いでこれを増補する形で長文系統が現れたと見られる。


出典: 「小柴垣草紙」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

でも、この上の部分はデンマンさんが『ウィキペディア(Wikipedia)』を丸写しにしたのではありませんかァ!

いけませんか?

舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんが検索して デンマンさんが投稿した記事が出てきたということは、ウィキペディアには書いてないことも出ていたのでござ~ますでしょう?

もちろんですよ。。。 だから、観三郎さんは次の箇所も読んだのです。。。


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平安時代の末期である院政期には「日本で一番前衛的な天皇様」である後白河上皇が大活躍をして、絵巻物の黄金時代を現出させた。

(中略)

日本の国宝級の絵巻物を続々と生み出した日本最大の文化プロデューサーである後白河上皇は、ポルノというものが嫌いだったのだろうか?—ということになると、そんなことはない。
彼はちゃんと、ポルノグラフィーの制作に関与している(らしい)のだ。
男女—あるいは人間同士の性交渉を描写した(たぶん)日本で最初の絵巻物《小柴垣草子絵巻》の詞書(ことばがき)は、後白河上皇が直接書いたのだといわれている。
彼はちゃんと、やっている(らしい)のだ。

 (中略)

平安時代には、賀茂神社と伊勢神宮という二つの大きな神社の神に仕える、“斎院”“斎宮”と呼ばれる特別な未婚の女性がいた。
“特別”というのは、この女性たちが内親王をはじめとする皇族の娘たちだったからだ。
“神の花嫁”となって、斎院は京都の賀茂神社へ、斎宮は伊勢神宮へと出向いていった。
彼女たちは当然“未婚の処女”でなければならないし、神に仕える間に男との交渉を持ってはならない。
がしかし、その神聖な処女である伊勢の斎宮が、ある時警護の男性と密通をしてしまった。
大スキャンダルになって、彼女は斎宮の地位を下ろされて出家させられてしまうのだが、《小柴垣草子絵巻》は、その“歴史上の大事件”を題材にした絵巻物なのである。

 (中略)

986年の夏、やがては伊勢に下ってゆくことになる斎宮・済子(さいし)は、京都の野の宮で、身を清めるための潔斎に時を過ごしていた。
決して男を近づけてはならない斎宮を守るために身辺警護の男達がいて、その中に平致光(むねみつ)という武士がいた。
《小柴垣草子絵巻》の詞書によれば、「この男を御簾の間からご覧になった斎宮はポーッとなってしまった」のである。

ポーッとなってしまった斎宮は、夜になって、その致光が庭の小柴垣のそばで横になっているのを発見した。
身辺警護の武士たちが夜勤の時にいつもそうするように、致光も庭の垣根のそばで寝ていたのである。
ポーッとなった斎宮は、御簾から出て、その男を誘惑してしまった。


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赤字はデンマンが協調のため。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより。)


168ページ 『ひらがな日本美術氏2』
著者: 橋本治
1997年8月25日 第1刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

でも、この上の部分は『ひらがな日本美術氏2』の丸写しではござ~ませんかァ!

そうです。。。 いけませんかァ~?

デンマンさんが ご自分で足で歩いて調べたことを書いてくださいなァ~。。。

あのねぇ~、“済子女王”の事は、これ以上調べようがないのですよ。。。 『ウィキペディア(Wikipedia)』にもそれ以後の消息は不明と書いてあるのですよ。。。

だから、デンマンさんが ご自分の足で歩いて まだ誰も発見しなかった事実を掘り出すのですわよう!

でもねぇ~、僕はバンクーバーに住んでいるのですよう。。。 そう簡単に京都まで行くわけにはゆきません。。。

あ~らァ~。。。 京都に住んでいるあたくしに会いにやって来れば、その帰りに、ちょこっと伊勢神宮によって調べることができるではござ~ませんかァ~。。。!

分かりました。。。 じゃあ、今年の秋にでも足を伸ばして京都にも行きますよゥ。。。

あ~らァ~。。。、うれしいわあああァ~。。。 じゃあ、あたくし、デンマンさんを有馬温泉へお連れして またおヌードのアクロバットをお見せしますわねぇ~。。。 うふふふふふふ。。。


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『衝撃の角度』

卑弥子さん! 今日は露天風呂の話ではないのですよ。。。

あらっ。。。 あたくしとしたことがァ~。。。 ついつい調子に乗って、あられもない事を口にしてしまいましたわァ~。。。 エロい春画のことでしたわよねぇ~。。。 で、舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんは、どうなさったのでござ~ますかァ?

上の記事に書いてあることを ほろ酔い気分の客に話してやったのですよ。。。

そしたら。。。?

その客は舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんを見直したわけですよ。。。 「あんちゃん!。。。 3流大学とは言え、パソコンをいじって即座に答えてくれるなんてぇ、さすがに大学では違うねぇ~」 

エロい お客さんはマジで舜賀 観三郎(しゅんが かんさぶろう)さんを見直したわけでござ~ますかァ~!?

そうなのですよ。。。 観三郎さんのお礼のメールにそう書いてありました。


(初出: 『萌える済子女王』 2017年4月23日)


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

デンマンさんが露天風呂に触れたので、

あなたのために興味深い露天風呂のクリップをお見せしますわ。。。


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ところで日本の古代にも、あるいは平安時代にも あなたの知らないミステリアスな面白いお話があるのですわよう。。。

あなたのために平安史、古代史の興味深い記事を用意しましたわァ。

ぜひ お読みくださいねぇ~。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


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『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


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『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』


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『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

『ペルシャ人の楊貴妃』

『ん?佐伯今毛人』

『文学と歴史とウソ』

『百人一首ミステリー』

『芭蕉と遊女再び』

『映画とロマン@仙台』

『源氏物语中的性描写』

『忘れられた歴史ロマン』


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『おばさんパンツ@サンホセ』

『聖徳太子のチューター』

『オナラの曲芸』

『死海』

『漱石とオナラ』

『絵里香さん』

『美女とオナラ』

『アンバパーリー』

『ゆっくりと愛し合う』

『見ちゃだめ!』

『二重マチ付きズロース』


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『麻生元総理』

『ネットのバカ女を捜して』

『額田王の歌』

『聖女と娼婦』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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聖女と娼婦

2017年10月16日

 

聖女と娼婦

 


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デンマンさん。。。 どうして急に宗教のお話なのでござ~ますかァ~?


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いけませんか?

しかも、宗教とは対立するような“娼婦”まで持ち出しているのは、なぜでござ~ますか?

“宗教”と“娼婦”は対立するのですかァ~?

だってぇ~、お寺に娼婦がたむろしているなんてぇ、聞いたことがござ~ませんわァ~。。。

そんなことはありませんよ。。。 昔、昔、。。。お寺と娼婦は切っても切れない関係にあったのですよ。。。 その証拠に『ウィキペディア』にもちゃんと次のように書いてありますよ。

神聖娼婦


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神聖娼婦は宗教上の儀式として神聖な売春を行った者である。その儀式を神聖売春または神殿売春という。

古代近東地域における神聖娼婦

イナンナもしくはイシュタルは女神官の儀式用髪飾りを付けて表される
チグリス川とユーフラテス川に沿った古代近東にはバビロンのイシュタルの神殿をはじめとした多くの聖地や神殿、「神の家」が存在しており、ヘロドトスは『歴史』の中で神殿売春の慣習を伝えているが、多分に誤解を含んでいるという主張もある。

サミュエル・ノア・クレーマーの聖婚:古代シュメールの信仰・神話・儀礼によると、後期シュメールおよびアッカドの王サルゴンは、アキトゥと呼ばれる新年祭の10日目に神殿で行われる王と女神の結合の儀式に神聖娼婦を参加させることで、その正当性を確立させたとされる。
西暦4世紀にキリスト教を奉じるローマ帝国皇帝コンスタンティヌス1世が女神の神殿を破壊し、キリスト教化したことによって、神聖娼婦の習慣は終了した。

メソポタミア

古代メソポタミアの巫女は、寄進を受けた者に神の活力を授けるために性交渉を行う風習があった。

『ギルガメッシュ叙事詩』でもギルガメッシュの友エンキドゥの獣性を鎮めるために、娼婦を派遣して性交渉を行ったとの記録があり、当時は売春行為は、現在とはかなり違い神聖な儀礼であった事をうかがい知る事ができる。


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また、古代メソポタミアのイシュタルや古代ギリシアのアフロディーテ、北欧神話のフレイヤなど、多くの神話では愛と美を司る女神は性に奔放な姿で描かれているのも、こうした神殿娼婦の影響によるものと考えられている。

古代ギリシャの歴史家ヘロドトスは古代メソポタミアにおいて神殿売春が行われていたと初めて言及した人物である。

アジア

デウキ(英語版)とは、古にされた契約を果たして宗教的な利益を得るために少女が地元のヒンズー教の寺院に捧げられる、ネパール西部の古い習慣である。

少女は売春婦として寺院に奉仕し、それはインドのデーヴァダーシーの習慣と類似している。


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この習慣は無くなりつつあるが、少女はまだ捧げられている。

日本

日本における金精様などの生殖器崇拝の起源も、農作物の豊穣祈願である。
交接を伴う祭祀も多く見られ、各地の闇祭のほとんどが性交の儀礼を伴なっていた。
筑波山にはカガイと称する性の解放祭があり、宇治には闇祭(別名:種もらい祭)という露骨な性の取引があったという。

また白拍子や加賀女等の遊女が主役の祭りも多く、中山太郎は「巫女が日本における遊女、遊郭の起源である」と書いている。
祇園八坂神社の「神輿迎え」、沖縄の尾類馬、遊女供養の下関の赤間宮の先帝祭などでは遊女が舞いを奏し、播磨の鎮守賀茂神の祭りや摂津の住吉大社では遊女が祭りの主役であり「この地こそ神功皇后の勅許以来日本最初の遊郭であった」と唱えられているという。

ゆえに各地方の遊郭は神社を中心に発達した。
伊勢の古市に遊郭が整備されたのは決して近年の話ではなく、「大昔から全国に渡り『夫婦連れての伊勢参宮したのでは御利益がない』という諺が行われている裏面には、道者は必ず古市で遊ばなければならぬように仕向けられていたのである」と述べている。


出典: 「神聖娼婦」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。 昔は、マジですご~いことになっていたのですわねぇ~。。。

当時は売春行為は、現在とはかなり違い神聖な儀礼であったのですよ。。。

現在は、どうして神聖な儀礼ではないのでしょうか?

野放しにすると性病が蔓延して人類が滅亡してしまうからですよ。。。 それで、野放しに性行為をすることは野蛮で非道徳的な行為だと言われるようになたのです。

。。。で、どうして、デンマンさんは このような話題を取り上げる気になったのでござ~ますか?

実は夕べ、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。

釈迦の入滅

釈迦はマガダ国の首都ラージャガハ郊外の鷲の峰を下りて北に向かい、ガンジス河の南岸パータリ村に行った。

そこでマガタ国が新しい都を建設しているのを見学してから河を渡り、ベーサーリに着く。

ここで釈迦は財産のある娼婦アンバパーリーの招待を受けてからベールヴァ村に行き、そこで雨季を過ごす。


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そのとき肉体の苦痛を感じ、入滅の近いことを覚悟する。

釈迦は自分の亡きあとの教団のあり方を弟子のアーナンダ(阿難)に告げた。

「自分の亡きあと、よく自らを灯りとなし、自らをよりどころとなし、他人をよりどころとせず、法を灯りとなし、法をよりどころとなして、他をよりどころとすることなかれ」

雨季が終わって北上し、パーヴァー村でチュンダという鍛冶屋から食事の招待を受け、それが原因で釈迦は食中毒を起こす。

その後クシナーラーに着き、郊外のサーラ樹のもとで弟子たちに寝床を用意させて横たわる。

そして老年の修行者スバッダを教化して最後の弟子とし、付き添いの弟子たちに見守られながら、「もろもろの現象は移り行く、汝ら怠らず努力せよ」ということばを残して入滅する。


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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


75-76 ページ
『お経の基本がわかる小事典』
著者: 松濤弘道
2004年11月1日 第1刷発行
発行所: PHP研究所

あらっ。。。 「お釈迦様の入滅」を取り上げるなんて、どうして急に抹香臭(まっこうくさ)い事にデンマンさんは興味をもたれたのでござ~ますか?

あのねぇ~、上の箇所を読んで、お釈迦様の考え方が 死後500年たって生まれたキリストに影響を与えたのではないか?。。。 そう思えたのですよ。

まさかァ~。。。!? 500年も経ってからお釈迦様がキリスト様に影響を与えたなんて考えられませんわァ~。。。 でも、なぜ、そう思われたのでござ~ますか?

だから、娼婦ですよ。。。 お釈迦様は財産のある娼婦アンバパーリーの招待を受けたのですよ。


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娼婦アンバパーリーの招待を受けた事とキリスト様と関係があるのでござ~ますか?

卑弥子さんはキリストと娼婦のマグダラのマリアの話を知っているでしょう!?

マグダラのマリア


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マグダラのマリアは、新約聖書中の福音書に登場する、イエスに従った女性である。

マリヤ・マグダレナとも転写される。

正教会・カトリック教会・聖公会で聖人。

伝説中のマグダラのマリア、たとえばヤコブス・デ・ウォラギネの『黄金伝説』 (Golden_Legend)などによれば、マグダラのマリアは金持ちの出自であって、その美貌と富ゆえに快楽に溺れ、後にイエスに出会い悔悛したという。

娼婦をも意味する「罪の女」(the Sinner)との異名を与えられたり、ルネサンス以降「マグダラのマリアの悔悛」(The Penitent Mary Magdalene)を主題とする絵画、彫刻が多く制作される。


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このイメージはカトリック教会の作為が関与していると指摘されている。

イエス昇天後、兄弟ラザロ、マルタ (マリアの姉) らとともに南仏マルセイユ(あるいはサント=マリー=ド=ラ=メール)に着き、晩年はサント=ボームの洞窟で隠士生活を送ったのちにその一生を終え、遺骸はいったんエクス=アン=プロヴァンス郊外のサン=マクシマン=ラ=サント=ボームに葬られたと信じられた。

ヴェズレーのサント=マドレーヌ大聖堂はその遺骸(頭蓋骨)を移葬したものと主張している。

しかし、サン=マクシマン側はいまも遺骸を保持していると主張しており、一部はパリのマドレーヌ寺院にも分骨されている。


出典: 「マグダラのマリア」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

でも。。。、でも。。。、マグダラのマリアが娼婦だったという証拠はないのではありませんか!?。。。 それは、あくまでも伝説の域(いき)を出ていないのでござ~ますわァ。

確かに、それは単なる伝説かもしれないけれど、昔の人は言ったものですよ。。。 “火の無い所に煙は立たぬ”と。。。 マグダラのマリアが娼婦だったと信じている人は 意外に多いのですよ。

つまり、そういう話が生まれたのも、お釈迦様が財産のある娼婦アンバパーリーの招待を受けた事実と関係あると、デンマンさんは主張するのですか?


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あのねぇ~、僕は別に娼婦に拘(こだわ)っているわけじゃないのですよ。。。 お釈迦様が娼婦だろうが、乞食だろうが、貧乏人だろうが、お金持ちだろうが。。。 とにかく、財産だとか地位だとか、性別に拘らずに、人間を平等に扱ったという、その精神ですよ。。。

つまり、“平等の精神”がキリスト様に受け継がれたとデンマンさんは考えているのですか?

だってぇ、そうでしょう! キリストはユダヤ人なのですよ。。。 ユダヤ人は選民思想に凝り固まっている人々だと言われている。。。 

選民としてのユダヤ人


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ユダヤ教において、選民性(chosenness)は、ユダヤ人が選民である: 神との契約のなかにあるという信仰である。

この思想はトーラー(モーセ五書)の中に最初に見出され、後のタナハ(旧約聖書)で詳述される。

このことに関する多くの事柄がラビの文学で見出される。

タナフ(ヘブライ聖書)によれば、選民としてのイスラエルの性格は、神のミツワー(commandments, 「命令」と訳すべきところだが、「戒め、おきて」などとも訳された)へのobedience服従、従順によって特徴づけられる。

“今、もしあなたがたが、本当に私の声に聞き従い、私の契約を守るなら、あなたがたは全ての国々の民の中にあって、私の宝となる。

全世界は私のものだから。

あなたは私にとって祭司の王国、聖なる国民となる”

(出エジプト記 19章5, 6節)。

 

主があなたがたを恋い慕って、あなたがたを選ばれたのは、あなたがたがどの民よりも多かったからではない。

事実、あなたがたは、全ての国の民のうちで最も数が少なかった。

しかし、主はあなたがたを愛されたから、また、あなたがたの先祖達に誓われた誓いを守られたから。

(申命記 7章7, 8節)


出典: 「選民としてのユダヤ人」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

“ユダヤ教”と言うのは、いわばユダヤ人のための宗教なのですよ。。。 だから、ユダヤ教徒はユダヤ人以外の人に、まず宣教することは無い。。。 キリストは、ユダヤ人でありながら、ユダヤ教の外に出たのですよ。。。 なぜなら、人種に関係なく人間は平等だというお釈迦様の考え方に感動したからですよ。。。

でも。。。、でも。。。、お釈迦様の生きた時代とキリスト様の生きた時代は約500年近くも隔たっているのですわァ~。。。 これをどのようにデンマンさんは説明するのでござ~ますかァ~?

簡単なことですよ。。。 お釈迦様の前世の話が書かれている“ジャータカ”の説話は500年以上も経ってから『千夜一夜物語』の中にも脚色されて出てくるのです。


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『ブッダと千夜一夜物語』


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『絹の道と千夜一夜物語』

お釈迦様が亡くなったあと、“シルクロード”を通じて お釈迦様の“人間平等の精神”がユダヤの地に住んでいたキリストの耳に達するのも充分に考えられることなのですよ。


(初出: 『仏陀とキリストと娼婦』 2016年4月3日)


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたはデンマンさんのお話信じることができますかァ?

実は、キリスト様が10数年間をインドで過ごしたということが

最近話題になっているのですわァ~。。。

もちろん、あなたは信じないでしょう?

でもねぇ~、あの有名なイギリスの公共放送の BBC がドキュメンタリを作りました。

あなたも、ぜひ観てくださいまし。。。


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ところで日本の古代にも、あるいは平安時代にも あなたの知らないミステリアスな面白いお話があるのですわよう。。。

あなたのために平安史、古代史の興味深い記事を用意しましたわァ。

ぜひ お読みくださいねぇ~。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


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『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


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『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』


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『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

『ペルシャ人の楊貴妃』

『ん?佐伯今毛人』

『文学と歴史とウソ』

『百人一首ミステリー』

『芭蕉と遊女再び』

『映画とロマン@仙台』

『源氏物语中的性描写』

『忘れられた歴史ロマン』


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『おばさんパンツ@サンホセ』

『聖徳太子のチューター』

『オナラの曲芸』

『死海』

『漱石とオナラ』

『絵里香さん』

『美女とオナラ』

『アンバパーリー』

『ゆっくりと愛し合う』

『見ちゃだめ!』

『二重マチ付きズロース』


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『麻生元総理』

『ネットのバカ女を捜して』

『額田王の歌』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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愛と性の悦び

2017年10月13日

 

愛と性の悦び

 


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デンマンさん。。。、愛と性の悦びに年甲斐もなく 狂いまくったのですかァ~?


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。。。ん? レンゲさんは、僕が愛と性の悦びに年甲斐もなく 狂いまくったと思うのですか?

だってぇ~、そういう経験をしたからこそ、タイトルを愛と性の悦びとしたのでしょう!?

あのねぇ~、僕が愛と性の悦びに年甲斐もなく 狂いまくったら、この記事を読むネット市民の皆様がウンザリして 他のブログへ飛んでしまいますよ。。。

じゃあ、どなたが愛と性の悦びにひたったのですか?

ちょっと次のリストを見てください。。。


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『拡大する』

『愛と性の悦びと苦悩』

これは ライブドアの僕の『徒然ブログ』の8月14日の午後9時2分から15日の午前2時34分までの約5時間半の「生ログ」です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。

あらっ。。。 8月14日の午後9時13分にGOOGLEで検索して『愛と性の悦びと苦悩』を読んだネット市民がいたのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 

デンマンさんが10年も前に投稿した記事ではありませんか!

そうなのですよ。。。 レンゲさんと対談した記事ですよ。。。 覚えてますか?

忘れてましたわァ。。。 で、どなたが読んだのですか?

茨城県の笠間市に住んでいる 笠原 美由紀(かさはら みゆき)さんが読んだのですよ。。。


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『拡大する』

あらっ。。。 上の写真の女性が笠原 美由紀さんですか?

そうです。。。

。。。で、どのようにして検索したのですか?

美由紀さんは、つぎのように検索したのですよ。。。


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

『愛と性の悦びと苦悩』

あらっ。。。 「愛と性 悦びと苦悩」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そうです。。。 41,500件ヒットする内のトップに『愛と性の悦びと苦悩』が出てくるのですよ。。。

でも。。、でも。。。、どういうわけで美由紀さんは「愛と性 悦びと苦悩」と入れて検索したのですかァ~?

やだなあああァ~、そのような分かりきったことを訊かないでくださいよう。。。 美由紀さん自身が「愛と性 悦びと苦悩」に悩んだわけですよ。。。

なぜ、デンマンさんは、そのように見てきたようなことを言うのですか?

だってぇ~、美由紀さんが僕にメールを寄越したのです。。。

信じられませんわァ~。。。

レンゲさんは疑り深いのですねぇ~。。。 実は、美由紀さんはレンゲさんのファンなのですよ。。。

それなのに、どういうわけで あたしではなく デンマンさんにメールを出したのですか?

レンゲさんのメールアドレスが分からなかったと書いてありました。

それで、美由紀さんはなんと書いていたのですか?

まず、次の古典のエピソードを読んで考えさせられました、と書いてありました。


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後朝(きぬぎぬ)の文

 


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斎宮(いつきのみや)は親元から、
くれぐれも丁重に
おもてなしをしなさい、
と言われていたものだから、
在原業平(ありわらのなりひら)を
心を込めてもてなしました。

朝には狩の支度を手伝って
業平を送り出し、
夕方戻ってくると、
斎宮はひとつ屋根の下の
“離れ”に彼を迎え入れたのです。

業平は初めて彼女の姿を
目にした時から逢いたいと
思っていたので
二日目の夜、
斎宮に密かに言ったのです。
「お逢いしたい」と。。。

斎宮も逢いたくない
と言えば嘘になる。
でも、とにかく人目が多く
思うに任せない。

業平は正使なので、
“離れ”と言っても、
斎宮の寝所の近くに
床をとっていました。

神に仕える女の身の上を思えば
逢うことなど絶望的でした。
業平はあきらめかけていました。
でも、なかなか寝付かれない。

ふと外に目をやると、
真夜中の朧(おぼろ)な
月明かりのなか、
童女を先に立てて人が立っている。
皆が寝静まるのを待って
やってきた斎宮でした。
業平は信じられないと思いつつも、
丁重に自分の寝所に
女を導いたのです。

それは、長いようで短い、
短いようで長い密会でした。
でも、じっと二人の様子を
見ていた者が居たなら、
およそ2時間ほど二人は
一緒に居たかもしれません。

斎宮は後ろ髪を引かれる
思いがありましたが、
それ以上一緒に居ることは
出来ないと思い帰ってゆきました。
業平にしてみれば、
もっと女を引き止めておきたかった。
まだ満足に語り合ってもいない。
業平は切なさに
一睡もできませんでした。

翌朝、業平の女に対する思いは
募るばかりです。
でも業平の方から
後朝(きぬぎぬ)の文を送るのは
常識はずれというもの。
向こうから何か言ってこないかと
業平が待ち焦がれていると、
空も明るくなってから
歌が届けられました。

君やこし

我や行きけむ

おもほえず

夢か現(うつつ)か

寝てかさめてか

 

【現代語訳】

あなたが来たのか
私が行ったのか、
夢か現実か寝ていたのか
覚めてたのか
私には何も分からないのです。

業平は女の心の迷いを
感じながらも、
互いに衣を重ねて
共寝した密やかな睦事を
女が夢心地で
受け止めているのを感じて
涙が出るほど
ジーンときたのでした。

業平はさっそく
自分の思いを歌に詠んで
女の元に送り届けたのでした。

かきくらす

心の闇に

まどひにき

夢うつつとは

こよひ定めよ

 

【現代語訳】

心乱れて私も
よくわからなかった。
夢か現実かは
今夜ご確認なさっては
いかがでしょうか。

業平は、このように
「今夜も逢いたい」と詠み送って、
狩りに出たのでした。
野に出てからも
業平は上の空です。
「今夜こそは
早く皆をやすませて逢おう」
などと思っているのでした。

そこへ、狩の使(業平)が
来ていることを
聞きつけた伊勢守が、
饗応を申し出たのです。

翌朝になれば業平は
伊勢を発たねばなりません。
今夜は何が何でも
斎宮と逢いたい。
でも、伊勢守は
斎宮寮頭という役職も
兼ねているので断りきれない。
結局、業平は斎宮に逢えぬ
辛さを隠したまま、
伊勢守らと酒を酌み
交わすのでした。

夜もしらじら明けそめた頃、
斎宮方から業平のもとへ
盃が差し出されました。
見れば、上の句のみの歌が
書き添えてありました。

かち人の

渡れど濡れぬ

えにしあれば

 

【現代語訳】

渡っても濡れもしない
浅い江のようなご縁でしたわね。

男は、続き(下の句)を
松明の燃え残りの炭で
書き付けました。

また逢坂の

関は越えなん

 

【現代語訳】

でも、いつか必ずや
お逢いできましょう。

そのような思いを伝え、
その朝、業平は尾張国へ
旅立っていったのでした。


参考書: 『伊勢物語』(講談社文庫)

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美由紀さんは何を考えさせられたのですか?

平安時代の女性はずいぶん若い頃に 大人の恋をしたものだということを美由紀さんは上のエピソードを読みながらしみじみと考えさせられたわけです。。。

それで。。。?

その後を読んでいったら、レンゲさんが高校生の頃に、すでに結婚していた坂田さんと恋愛問題を起こして退校させられた、という事を知ったわけですよ。。。 つまり、現代でも少女時代に大人の恋にハマってしまう人がいるのだという事を改めて知ったというわけです。。。

つまり、あたしが大胆な女だということをデンマンさんは言いたいのですか?

あのねぇ~、学校にゆくと言って家を出て、授業をすっぽかして坂田さんの家で愛し合っている。。。 そんな事をしていれば、すぐに分かってしまいますよ。

だから、若気(わかげ)の至りだったと、今では反省していますわァ。。。

でもねぇ~、いくら16才の乙女でも、そんな事をしていれば、不良娘のレッテルを貼られて退学になる事ぐらい分かっていたでしょう?

デンマンさんには分からないと思いますけれど。。。 あたしは教育という名の虐待を受けて、無理やり勉強させられていたのですわ。。。 自由が保障されている世界に居て、あたしにはその自由がなかった。。。 息詰まるような毎日でしたわ。。。 しかも、母からは愛情を感じる事も無く、父は居ても不在のような家庭でした。。。 そのような中であたしは坂田さんに抱かれて初めて愛を知ったのですわァ~。。。

だから劇的だというのですよ。。。 ロマンチックを通り過ぎて。。。 ドラマチックも通り過ぎて。。。 なんというか、常識破りの恋愛事件ですよ。

禁断の園でレンゲさんが

坂田さんと秘め事をして知った悦び


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レンゲさんにも16才の頃は、こうして可憐な乙女だったんですよね。

まだ高校1年生の女学生だった頃、レンゲさんは、初めて秘め事を経験した。

愛のない家庭で育ったレンゲさんは、心のよりどころがなくて、当時近所に住んでいた坂田さん夫婦の家に時々遊びに行っていた。

坂田さんも、レンゲさんの家庭の事情を良く知っていて、何かとレンゲさんのことを思いやり可愛がっていた。レンゲさんは、いつしか坂田さんに淡い恋を感じるようになっていた。

坂田さんは良い人だけれど、競馬競輪にハマッていて、そのことで妻の幸子さんと別居するようになった。レンゲさんは、そんなある晩、幼な妻のように坂田さんのために夕ご飯を作ってあげた。坂田さんにも何か感じるものがあったのかも知れませんよね。その晩、レンゲさんは坂田さんの腕に抱かれてハラハラ。。。、ワクワク。。。ドキドキしながら桜の花びらを散らした。。。


『性と愛の渇き』より

あたしが坂田さんに抱かれた事が常識破りだとおっしゃるのですか?

違いますよゥ。。。 レンゲさんの家庭の事情を良く知っている僕は、レンゲさんが坂田さんに感じた恋心を充分理解しているつもりです。。。 そのような状況の中で、坂田さんから可愛がられたわけだから、幼な妻のように坂田さんに対して真心で晩御飯を作ってあげたくなる気持ちも良く分かります。。。 上の伊勢物語に出てくる斎宮(いつきのみや)も、この時まだ10代ですよ。。。 業平は30代の後半です。。。 だから、ちょうどレンゲさんと坂田さんの年恰好に似ているわけですよね。

それで、デンマンさんは上の古典のエピソードのお話を持ち出してきたのですか?

そうです。。。 レンゲさんが自分の経験と照らし合わせて、このエピソードの意味するところが良く分かると思ったからね。。。

でも、あたしが常識破りだとデンマンさんはおっしゃいましたわねぇ~。。。 一体、あたしのどこが常識破りなのですかァ?

あのねぇ~、斎宮(いつきのみや)は神に仕える女ですよ。。。 それが彼女の仕事ですよね。。。 レンゲさんにも分かるでしょう?

分かりますわ。。。 でも、あたしと比較する事などできませんわ。

もちろん、比較するつもりではありません。。。 しかしねぇ~、比較する事が出来ないわけじゃない。。。 確かに時代が違っている。。。 でもねぇ~、時代を越えた真実は今も昔も変わりがありませんよ。

その時代を越えた真実って。。。?

だから、男と女の愛情ですよ。

それで、デンマンさんはどのように比較しようとなさるのですか?

レンゲさんは働いていたわけじゃない。。。 女学生でしたから。。。 でもねぇ~、学校に行く事がレンゲさんの、云わばお勤めだったわけですよねぇ~。。。

それで。。。?

業平が斎宮と密通した事は、当時の貴族社会でも非常に重大な衝撃を与えたらしい。

どうしてですの?

どうしてって。。。レンゲさんだって分かっているでしょう? 当時、伊勢の斎宮と性関係を結ぶことはご法度(はっと)だった。。。 見つかったら、その職を解かれてしまう。。。 古典のエピソードでは、そこまでの事は書かれていません。。。でもねぇ~、後の世になって、この話が実際に持ち出されている。

禁忌の愛


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このふたり(在原業平と斎宮であった恬子【やすこ】内親王)の間に禁忌を犯した契りがあり、それによって男の子が生まれたという伝承があった。

それが事実であったのかどうか確証はないが、
この伝承は秘されて生まれた子・高階師尚(たかしなのもろなお)を祖先に持つと言われている高階家に語り継がれていた。

そしてこの時代よりもずっと後、藤原道長の時代に公けの場で語られるのである。
一条天皇が三条天皇に譲位する際に、
その皇太子を一条の皇子の誰にするかという問題が起こった時のことである。

故皇后・定子腹の第1皇子・敦康親王(あつやすしんのう)を退け、
中宮(ちゅうぐう)・彰子(時の権力者・藤原道長の娘)の皇子・敦成親王(あつひらしんのう)を推す理由を、藤原行成(ふじわらのゆきなり)が帝に奏した言葉の中に現れているのである。

立太子の儀は人間の意志ではなく伊勢の皇大神の意によって決められるのであるが、敦康親王の母・定子は藤原道長の実兄・道隆と高階貴子の間の娘である。

高階家はかつて斎宮のことがあり、伊勢の皇大神の不興を買っており、故に皇太子にはふさわしくない。

このように藤原行成は奏上した。


『年上の女の情念』より

この事を見ても、この物語が当時の貴族社会に与えた衝撃がよく分かりますよね。。。 レンゲさんにも分かるでしょう?

それが。。。 それが。。。 あたしと、一体どのように関係しているとおっしゃるのですか?

だからぁ~、レンゲさんの場合には、上のエピソードを借りるならば、斎宮というお勤めをほっぽりだして伊勢から脱け出してしまった。。。 在原業平の後を追って尾張国へ行き、そこで業平と一緒に暮らし始めたようなものですよ。。。 伊勢で業平と抱き合っただけでも重大な罪を犯したことになるのに、まるで駆け落ちするかのように、お勤めをほっぽりだして業平の後を追って尾張の国まで行き同棲を始める。。。 これは、もう重大事件ですよ。

あたしが。。。あたしが。。。坂田さんと同じような事をしでかした、とデンマンさんはおっしゃるのですか?

そうですよ。。。 女学生として学校に行くのが16才のレンゲさんのお勤めでした。。。 そうでしょう? それなのに、学校へ行くと言って家を出て、坂田さんの家へ行き愛し合っている。。。 これでは問題にならない方が可笑しいでしょう?

デンマンさんは、また世界のネット市民の皆様の前で、あたしをコケにしようとなさるのですか?

ちがいますよゥ。。。 誤解しないで下さい。。。 僕は“ロマンチックを通り過ぎて。。。ドラマチックも通り過ぎて。。。なんというか、常識破りの恋愛事件ですよ”と言った。。。 でも、レンゲさんは、そうじゃないと言う。。。 だから、僕はこうして説明しているわけですよ。。。 何も、レンゲさんを馬鹿にしているわけじゃありません。

でも。。。でも。。。あたしは、またエロい女にされようとしていますわ。

違いますよゥ。。。 それはレンゲさんの考えすぎです。。。 僕はレンゲさんの恋愛事件が型破りだったと言う事を分かって欲しいだけです。

でも、その説明の過程で、デンマンさんはあたしがエロい女だと言う事を印象付けていますわ。。。 学校に行くと言って家を出たあたしが学校をサボって坂田さんの家に行き何度も何度も愛し合った。。。 デンマンさんはそうおっしゃいましたわ。

僕は、何度も何度も。。。とは言ってませんよ。。。なんですかぁ~。。。レンゲさんは、やっぱり。。。坂田さんの家に行くと、1日中ベッドの中で愛し合ったのですか?

ほらぁ~。。。デンマンさんは、また、そのようなヤ~らしい質問をして、あたしをエロい女に仕立て上げようとしているのですわあああ~♪~

分かりました。。。 その質問は撤回します。。。 じゃあねぇ~、その代わりに、レンゲさん自身が書いた手記をここに書き出しますよ。。。 これならば文句ないでしょう? レンゲさん自身が書いたんだから。。。

仲直りしたい。でも、。。。

不良娘は、それが

なかなかできないんです。

2004-09-08 13:03


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ほんとうにありがとうございます。
わたしが、グレていた間も
ビーバーランド XOOPS
行きたかったんです。
でも、わかっていただけたらうれしいのですが、
不良娘は、それができないんです。

できないから、
どんどん距離が大きくなる。
わたしの家庭はそんな所でした。
「話し合い」なんて、タブーでしたから。

トラブルが起きるたびに、
家族の溝は深まっていきました。

わたしは、その家庭崩壊を、
追体験したような、
そんな気持ちがします。

でも、デンマンさんは、
玄関の鍵をあけてくださるんですね。
感謝します。

できそこないの身に、
痛いほどしみてきます。
ありがとうございます。

 

by レンゲ


『次元の違いとは端的に言うと』より

デンマン注釈:

この手記に出てくる『ビーバーランド XOOPS』は初代です。
これまでに2度削除され、現在、稼動しているのは3代目です。

『ビーバーランド XOOPS 3世』

この上の3代目もプロバイダーと共に消滅しました。

レンゲさんが追体験した家庭の溝とは、まさにこの恋愛事件を含めたゴタゴタだったわけですよね。そうでしょう?

デンマンさんは。。。デンマンさんは。。。 また、あたしの古傷に塩を擦(なす)り込もうとするのですか?

違いますよォ。。。 やだなあああ。。。 誤解しないで下さい。。。 僕は坂田さん以上にレンゲさんを愛しているつもりなんですよ。。。 その僕がレンゲさんに悲しい思いをさせようとするわけが無いじゃないですかァ~。

デンマンさんは、口先だけではいつも、あたしを愛しているとおっしゃいますが、実際には、こうして古傷を持ち出してきて、あたしを悲しませているのですわ。

違いますよ。。。 僕はレンゲさんに幸せになってもらいたいから、こうして、いろいろと回りくどい事を言いながらも、レンゲさんに愛の真実を冷静になって考えて欲しいと思っているのですよ。

その愛の真実とは。。。?

だから、業平と斎宮の禁忌の愛は、当時の貴族社会に衝撃を走らせたのです。

あたしと坂田さんの愛も禁忌だった、とおっしゃるのですか?

違います。。。 僕はレンゲさんの家庭環境やレンゲさんの恋愛観を理解しているつもりだから、それが禁忌の愛とは思っていません。

だったら、別に問題ないでしょう?

僕にとってレンゲさんと坂田さんの愛はまさに業平と斎宮のエピソードのように文学的に昇華されています。。。 僕にとって、それは一つのロマンです。。。 美しくもはかない恋物語ですよ。。。 でもねぇ~、現実には、そうではなかった。

どういうことですか?

坂田さんとレンゲさんの恋愛事件は、レンゲさんが通っていた高等学校の職員室の中に衝撃を走らせたのですよ。。。 ちょうど業平と斎宮の禁忌の愛が貴族社会に波紋を投げかけ、天皇の後継者争いにまで発展したように。。。レンゲさんの場合には、職員室の先生方に前代未聞の“女学生幼な妻事件”として取り上げられ、蜂の巣をつつくような騒ぎになってしまった。。。 レンゲさんのお母さんにとって一生に一度の大事件だった。。。 娘の不始末として職員室に詫びを入れる。。。 でも、結局、学校は問題を抱えたまま、それがマスコミに漏れるのを恐れた。。。 教育委員会に知れたら大変なことになる。。。 “臭いものには蓋”で、レンゲさんを退学処分にして問題を処理してしまった。。。 レンゲさんは、上の手記の中で“トラブルが起きるたびに、家族の溝は深まっていきました”と書いているけれど、この事件が最初の大きなトラブルだった。。。 ですよねぇ~?

デンマンさんは、そうやってあたしと坂田さんの愛を非難しているのですわ。

違います。。。 レンゲさんのオツムの中では純粋な愛であっても、職員室の先生方も、レンゲさんのお母さんも、そうは受け止めなかった、と言う事を僕は言っているのですよ。。。 そして、その問題は、高校の職員室では片付いたことになっているけれど、レンゲさんとお母さんの間では、未だに持ち越されている。。。 それ以外のトラブルも含めて、レンゲさんとお母さんの関係はこじれにこじれて、もう10年以上も会ってもいないし、電話で話したことも無い。。。 ですよねぇ~?

そうやって。。。 そうやって。。。 また、デンマンさんは、あたしの古傷に塩を擦り込むのですわぁ~。

違いますよ。。。 すでに坂田さんとの恋愛は、これ程の深い傷跡をレンゲさんとお母さんの心に残している。。。 その坂田さんとレンゲさんは再会して、また新たな問題を起こした。

あたしは、問題だったとは思っていませんわ。

業平と斎宮の禁忌の愛は、一つの恋物語として完結している。。。 上のエピソードを読んでも、文学的に薫り高い恋物語ですよ。

あたしの場合は完結してないとおっしゃるのですか?

そうです。。。 完結すべきだったのに、坂田さんの関係をまた再開してしまった。。。 しかも、悪い事に、坂田さんとの関係が、まだ片付いてもいないのに、レンゲさんは清水君との関係をまた再開してしまった。。。 分かりますか、レンゲさん。。。? 『レンゲ物語』は、ますます複雑になってゆく。。。 今のところ終わりが見えませんよ。

デンマンさんは、あたしが坂田さんと愛し合うのもイケナイ。。。 洋ちゃんと愛し合うのもイケナイ、と。。。そうおっしゃるのですか?

違いますよ。。。 一つの問題が片付いてないのに、また新たな問題を蒸し返してゆく。。。 僕にはそのように見えるんですよ。。。 坂田さんと会えないから寂しい。。。 それで清水君に接近して行く。。。そうやって清水君との同棲生活が再開した。。。 でも、坂田さんが戻ってきたらどうなるんですか?

それは。。。

どうするのですか?

坂田さんは戻ってこないと思いますわ。

でも。。。、でも。。。 レンゲさんは心のどこかで、戻ってきて欲しいと願っているでしょう?

あたしのことは、どうでもいいですわ。。。 で、笠原 美由紀(かさはら みゆき)さんは、『愛と性の悦びと苦悩』を読んで、結局どうだとデンマンさんに言ったのですか?

あのねぇ~、昔の人は“人の振り見て我が振り直せ”と言ったけれど、笠原 美由紀さんもレンゲさんと同じような経験をしているのですよ。。。 違いは、美由紀さんは10代ではなく 20代なのです。。。 でも、古典のエピソードとレンゲさんのエピソードを読んで、自分の姿が客観的に見えてきたそうですよ。。。

つまり、あたしを反面教師にして、美由紀さんは清く正しく生きてゆこうと決めたのですか?

いや。。。 別に、「清く正しく」とは書いてなかったけれど、とても参考になりましたと書いてありました。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたは、どう思いますかァ~?

「清く正しい」人生もいいかも知れませんけれど、昔の人は次のようにも言ったのでござ~ます。

Art is long, life is short.

ラテン語ですと、 Ars longa, vita brevis. となります。

古代ギリシアのヒポクラテスの格言の英語訳、ラテン語訳ですわ。

日本語では「学芸は長し、生涯は短し」という意味でござ~ます。

ラテン語に訳した文章全文は”Ars longa, vita brevis, occasio praeceps, experimentum periculosum, judicium difficile.” と言うのだそうですわ。

“学芸は長し、生涯は短し、時機は速し、経験は危うし、判断は難し”となり、この先頭部分が成句となったのだそうです。

あたくしは、未だに独身でござ~ますけれど、一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

つまり、学芸にこのささやかな一生を捧げようとしているのでござ~ます。

腐女子の間では、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますゥ。

あなたは信じられないのでござ~ますかァ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。


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『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

そうでしょうねぇ~。。。 

でも、最近 あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”がネットで人気が出ている、ということは信じられるでしょう?

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 それも信じられないというのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。


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どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、

最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

ところで、話は変わりますけれど、

かつて、レンゲさんの親友の めれんげさんは 一生懸命にブログを更新していたのでした。

でも、時には、他のことに夢中になって、会費を滞納したことがあったのでござ~ますわァ。。。

そのために、サイトを削除されてしまったのです。

それでも、2013年の6月にライブドアで『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよねぇ~。。。


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『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。

でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


(gog30928a.png)

また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


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『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


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メチャ面白い、

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下着・ランジェリーを見つけませんか?』

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『細川ガラシャと病める日本』


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こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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パワースポット

2017年10月12日

 

パワースポット

 


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件名:

今回 行きたいところがあります

♪┌(・。・)┘♪


(hikawa02.jpg)

日付: Sat, Oct 7, 2017 at 10:18 PM
差出人: “dominis@yahoo.co.jp”
宛先: “green@infoseek.jp”
CC: “barclay1720@aol.com”


(curry81.jpg)


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『カレーdeパリ』

10月8日の上の記事の中のメールを懐かしく読ませていただきました。

利根川を渡った所にある千代田町の本場のインドカレーの店は、もうやってなさそうです。

お店の前を通ることがあるのですけれど、

たいてい閉まっています。


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(curry91.jpg)

ナナさんは、インド生まれインド育ちなのに、日本語がうまいのですよねぇ~。

インドにはヒンディー語をはじめ、アッサム語、ウルドゥー語、カシミール語、グジャラート語、タミル語、パンジャーブ語、ベンガル語。。。と、なんでも方言を含めると 800種類以上の言語が話されているそうです。

そういうわけで、小さな頃から両親が話す言葉以外にも、違った言葉を耳にする機会が多いので、外国語に対する違和感があまりないのだと思います。

私が初めてナナさんと話した時には、日本にやって来てからまだ3年ぐらいしかたってなかったのです。

でも、信じられないほど流暢に日本語を話してました。


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でも、ナナさんはパリに行ったことはないそうです。

デンマンさんの夢の中に出てきたナナさんは別人ですよ。

そういうわけで、パリには千代田町にあるお店の支店はないはずです。

いつもニコニコと笑顔を振りまいて、インドのモナリザじゃないかと思ったほどです。

デンマンさんが「辛いのが好きだ」と言ったので“激辛”を薦めていましたが

デンマンさんは「あまり辛くない」と言ってましたね。

たぶん、辛すぎたのでデンマンさんの舌が拒絶反応を示し、

辛さが感じられなくなったのだと思います。

ところで、話は変わりますけれど、

以前、お願いしたホットドッグ用のレリッシュは Bicks でなくてもいいですよ。


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ブランド品は高いでしょう。

NO Name でもかまいません。

ついでと言っては何ですけれど、追加注文があります。

お菓子を作る材料の所か、小麦を売ってる所にポピーシードがあるはずです。


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200グラム入りのモノをお願いします。

これは古いと しけていて まずいので(胡麻がしけた煎餅のように)

賞味期限の長いもので 新しい袋のモノを お願いします。

よくグロサリーやストアで マッフィンを買うと 細かいつぶつぶが入ってますよねぇ~。

それがポピーシードです。

それから、いつもデンマンさんが食べてる。。。、ちょっと ど忘れしました。

何だっけ? フランスの朝食でカフェオレと一緒に食べる… 

バターのきいたパンです。 それを2つ。

それとブルベリーマッフィン 2こ


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ついでに、チーズスコーンも 2こ


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いつも、いつも、お願いばかりで、すいません。

今回 行きたい所というのは 大宮の氷川神社です。


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電車で行きます。 

パワースポットとして有名です。

デンマンさん一緒にパワーをもらいたいと思います。

では、体調を整えて元気に帰省してください。

お待ちしています。

 

(V__/)
(+’.’+)
(“)_(“)


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小百合より

 


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小百合さん、どうしてクロワッサンを思い出せなかったのですか?


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だから、ど忘れしたのですわよう。

僕はクロワッサンを思い出せなかったことはありませんよ。

それは、デンマンさんが朝食によく食べているからですわァ~。

。。。で、今回、行きたいのは大宮の氷川神社ですか?

そうです。。。 パワースポットとして有名なのですわ。。。

氷川神社


(hikawa01.jpg)

 

氷川神社(ひかわじんじゃ)は、埼玉県さいたま市大宮区高鼻町にある神社。式内社(名神大社)、武蔵国一宮または三宮、勅祭社。
旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。
宮中の四方拝で遥拝される一社。

東京都・埼玉県近辺に約200社ある氷川神社の総本社である。
他の氷川神社と区別する際は「大宮氷川神社」とも呼ばれる。

神社の境内は見沼(江戸時代中期まで存在した広大な沼)の畔に立ち、もとは見沼の水神を祀っていたと考えられている。
現在の神池は、見沼の名残である。
埼玉県・東京都の荒川流域、特に旧武蔵国足立郡を中心にして氷川信仰に基づく氷川神社が多数分布する。

大宮の氷川神社・中川の中氷川神社(現 中山神社)・三室の氷川女体神社は一直線に並んでいる。
なお、この三氷川とかつて大宮の氷川神社境内にあった三社(男体社・女体社・簸王子社)がよく混同されるが別のものである。

さいたま市の「大宮」の地名は、当社を「大いなる宮居」と称えたことに由来する。
埼玉県周辺の広域から参拝者を集め、正月三が日の初詣の参拝者数(警察調べ)は全国10位以内に数えられる。
特に全国的に初詣客が増加した2008年(平成20年)以降は連年200万人以上が訪れている。

参道


(hikawa06.png)

『拡大する』

 

2キロに及ぶ参道は3つの区間に分かれている。

1) 旧中山道と分岐する一の鳥居から大宮中央通り(大宮駅東口の駅前通り)までの約1000mは道幅が狭く、参道を車道として開放している。
歩道と車道は分離されており、自動車は北向きの一方通行である。
将来構想として、自動車を完全に排除して、往事の参道に再生することが考えられている。
かつて、この区間は住宅街を貫き、自動車の違法駐車が後を絶たなかった。
また一の鳥居から南大通り(4車線の大通り)まで380mは狭いながら対面通行であり、歩行者、自転車、双方向の自動車、路上駐車で混乱していた。
さいたま新都心が街開きしたことから、参道南部を歩く人が飛躍的に増え、違法駐車の排除が検討される。
そこで、参道再生の一環として車道部分を通過できるだけの広さにし、残りを御影石風のブロックを敷き詰めた歩道にした。
2002年(平成14年)に第一期が完成(南大通りより北の450m)、2006年(平成18年)に第二期(上記の380m)が完成した。
特に第二期は自動車を一方通行に変更するため、数次に亘る社会実験を経て実現した。
2009年(平成21年)に第三期(中央通りより南の約200m)が着手され、全区間の歩車分離が完成した。

2) 大宮中央通りから県道2号さいたま春日部線(岩槻新道。旧国道16号)までの約300mは「平成ひろば」と名づけられた公園になっている。
中央が歩行者用の広い参道であり、その周囲が公園となっている。
自動車は「平成ひろば」の両側を南北方向とも一方通行で走ることができる。
「平成ひろば」は参道を利用していた住宅・店舗を移転させた跡地に造られた。

この住宅や店舗はもともと、第二次世界大戦敗戦後に大宮駅東口に集まっていた闇市やバラック街であったが、1947年(昭和22年)に駐留軍が排除命令を出し、警察と大宮市、氷川神社の間で、参道の一部に移転することが決められた。
その後40年にわたって参道の一部が生活の場となったが、そのために樹木は荒れ、往事の面影は失われた。
昭和の終りに大宮市によって街道の再生が行われ、住宅や店舗は下町の市営住宅へ移転し、跡地は1989年(平成元年)に「平成ひろば」となった。

3) 県道2号の北に二の鳥居があり、神社境内の入り口である三の鳥居までの約500mは往事の面影が残された広い参道が延びている。
中央に歩行者用の広い参道があり、東側に対面通行の自動車道がある。
参道では毎年12月10日に「十日市(とおかまち)」という祭が開催され賑わう。
正月三が日にも、多くの出店が立ち並ぶ。

参道は2kmに及ぶ南北直線だが、神社の拝殿、本殿は参道の直線から西にずれており、南北に対して約30度傾いている。
境内に入ると、参道は左手に弧を描き、池を橋で渡って拝殿に至る。

このほか、大宮区土手町の旧中山道から神社北側に至る「裏参道」があり、こちらにも大鳥居が立つ。


出典: 「氷川神社」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

僕が初めて「氷川神社」を訪れたのは小学校3年生のときの遠足でした。 大宮公園に行ったのですよ。。。 そのついでに、確か、「氷川神社」を訪れたのです。。。 当時とはずいぶんと面影が違っているようですよ。。。 昭和の終りに大宮市によって街道の再生が行われ、住宅や店舗は下町の市営住宅へ移転し、跡地は1989年(平成元年)に「平成ひろば」となったと書いてあるでしょう。。。 僕は平成になってから行ったことがない。。。 今回、小百合さんと行くと、あの長い沿道の様子が全く様変(さまが)わりしていると思いますよ。。。

デンマンさんは沿道の様子をはっきりと覚えているのですか?

どのような神社だったか、全く覚えてないけれど、沿道の様子ははっきりと覚えてますよ。。。 なぜなら、お土産屋とか食べ物屋が沿道にずらっと並んでいたのです。。。 


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小学生の子供の目には神社なんか面白くもなんともない。。。 お土産物屋と食べ物屋の風景だけが僕の記憶に残っているだけです。。。

パワースポットの事は覚えてないのですか?

だいたい、上の説明にも出てないでしょう!。。。 「氷川神社」にパワースポットがあるなんて初めて聞きましたよ。。。

名のある神社にはパワースポットがあるものなのですわ。。。

僕も一応調べてみましたよ。。。

パワースポット


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パワースポット(power spot)とは、地球に点在する特別な“場”のこと。
エネルギースポット、気場とも言う。

『世界のパワースポット: 癒しと自分回復の旅ガイド』という本では、パワースポットには人を癒すとされる水があったり、人に語りかけるとされる岩があったり、あるいは磁力を発する断層があったりすると解説されている。

欧米ではボルテックス、vortex、ヴォルテックス(渦巻き)の噴出する地、という概念が有る。
セドナ (アリゾナ州)などが有名である。

荒俣宏は、「パワースポットは大地の力(気)がみなぎる場所と考えればよい」と述べ、そもそもパワースポットという言葉こそは新しいが、昔から大地の力を得ようとする試みはあった、と指摘した。
荒俣は日本で言えば「熊野三山詣で」がとても古い事例であると説明した。
荒俣は、本来なら厳しい修験を行ってはじめて得られる力を、その場所に詣でるだけで得られる、身分性別を問わず得られる、という画期的なものであったとし、ただし何の宣伝もなしに人を集められるわけではなかったので言い伝えが用いられた、同様に伊勢神宮にお参りする「お伊勢参り」でも「修験者しか得られないパワーを性別身分を問わず得られる」と宣伝した、と説明した。

All Aboutでは、パワースポットやスピリチュアルスポットなどと呼ばれるようにもなった場所も、本来は信仰の場であって自然崇拝が行われていた場であったところが多い、とされている。
そういう場所は伝統的に霊場とか聖地sacred placeなどの呼称で呼ばれていた。

宗教学的な見地からは、ミルチア・エリアーデは、自然に対する信仰のうち、山、岩などは天上・地上・地下を結ぶ宇宙軸を、大地や水などは死と再生を象徴するもので世俗生活の根底にあり、それを支える世界観の重要な部分をなしていると分析した。

荒俣は「パワースポットでは自分なりに大地の気を感じることが大切だ」とした。
ただし、パワースポットを巡って何かと批判も多い。

パワースポットへ出かける目的

荒俣は、パワースポットで何を感じるかは人により様々だとする。
そこにある自然を通して癒しを求めるのも、やる気を得るのでも、感じ方は人それぞれである。

日本のパワースポット

高千穂、富士山、三輪山、御嶽山、箱根、伊勢神宮、

日前神宮・國懸神宮、伊太祁曽神社、竈山神社、

淡嶋神社、紀州東照宮、玉津島神社、熊野本宮大社、

熊野速玉大社、熊野那智大社、丹生都比売神社、

闘鶏神社、金剛峯寺、紀三井寺、根来寺、粉河寺、

霧島神宮、熱田神宮、三峯神社、諏訪神社、戸隠神社、

石上神宮、浅間神社、五稜郭、分杭峠、金比羅宮、

霊場恐山、高尾山、貴船神社、鞍馬寺、鞍馬山、

出雲大社、八重垣神社(松江市)、厳島神社、秋芳洞、

屋久島、久能山東照宮、比婆山久米神社、

琵琶湖、筑波山、瑞牆山

その他格式の保たれている神社仏閣

自然環境の破壊されていない地帯

読売新聞の記者は「富士山や伊勢神宮、京都府の鞍馬山などの人気が高い」とした。

小野は、(築地本願寺などを設計した)伊東忠太によって設計された建物群は新しいパワースポットとして注目を集めていると説明した。


出典: 「パワースポット」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

上の説明の中には「氷川神社」は出てないのですよ。。。

その他格式の保たれている神社仏閣の中に入っているのですわァ~。。。

。。。で、小百合さんは癒しを求めるためですか? それとも、やる気を得るためですか?

両方ですわァ~。。。 で、デンマンさんはパワースポットで何をゲットするのですか?

癒しを求めるのも、やる気を得るのでも、感じ方は人それぞれであると書いてありますよねぇ~。。。 僕は、小百合さんとロマンを求めるために行きますよゥ。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたはパワースポットに出かけましたか?

では、あなたのために世界的にあまりにも有名なセドナをご紹介しますわ。

ページ・ブライアントなる霊能者がパワーが渦のように吹き出ている「ボルテックス」なる場所があると言っており、スピリチュアリストの聖地の観を呈し、多くの観光客が訪れているのでござ~ます。。。


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どうですか?

あなたも、日本のどこかのパワースポットに出かけたくなりましたか?

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。

だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。

じゃあねぇ~~。


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ィ~ハァ~♪~!

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別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


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デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


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九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

額田王の歌

2017年10月9日

 

額田王の歌

 


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デンマンさん。。。 どういうわけで“額田王の歌”を取り上げるのでござ~♪~ますか?


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実は、僕は額田王の歌を取り上げようとは思ってなかったのですよ。。。

だから、どうして額田王の歌を話題にするのですか?

ちょっと次のリストを見てください。。。


(wp71007a.png)

『拡大する』

これはDenman Blog の日本時間で10月7日の午前2時8分現在の記録です。。。

バンクーバーでは何時だったのですか?

日本の方が16時間進んでいるので、10月6日の午前10時8分です。。。 この時間に上の記録を見て 額田王の歌を取り上げることにしたのですよ。。。 リファラ(リンク元URL) の赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しいのです。。。

これは中国の検索エンジンでしたよねぇ~。。。 そのリンクをクリックすると どのような検索結果が出てくるのでござ~ますか?

次のような結果が表示されます。


(so71007a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

『愛憎と三輪山』

あらっ。。。 「額田王、近江国に下る時に作る歌、井戸王(ゐのへのおほきみ)の即ち和(こた)ふる歌」と入れて検索したネット市民がいたのですわねぇ~。。。 もしかして、また香港に住んでいるガーリンさんが検索したのでござ~ますかァ?

そうです。。。 どうして、ガーリンさんだと判ったのですか?

だってぇ~、上の検索結果のリストに 何度も登場したガーリンさんの写真が出ているではありませんかァ!


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『拡大する』

卑弥子さんは記憶力が抜群ですねぇ~。。。 ガーリンさんは 上の検索結果の赤枠で囲んだ『愛憎と三輪山』を読んだのですよ。。。


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『愛憎と三輪山』

でも。。。、でも。。。、ガーリンさんは日本の古典が理解できるほど日本語に詳しいのですか?

あのねぇ~、以前にも書いたけれど、劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんは香港中文大学で英語と日本語を勉強したのですよ。。。 


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だから、英語も日本語もかなり話せます。。。 で、将来 女優を目指しているのです。。。

マジで。。。?

現在、香港演芸学院で本格的に演劇を勉強しているのです。。。 


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近い将来、香港ばかりでなく、日本とハリウッドでもデビューしようと頑張っているのです。。。


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つまり、ガーリンさんは いずれ日本にもやって来るのでござ~ますか?

そのつもりなのですよ。。。 だから、日本のことにもマジで関心を持っている。。。

。。。で、どういうわけで額田王の歌をネットで探したのでござ~ますか?

ガーリンさんの友達が「額田王、近江国に下る時に作る歌」には、秘密がこめられている、と言ったらしいのです。。。

それで、その秘密を探るためにネットで検索したのですか?

そういうことです。。。

検索した結果、デンマンさんの記事に出くわしたというのですかァ?

その通りです。。。 で、次の箇所を読んで、謎が解けたとメールを寄越したのです。。。

僕は中学校の歴史の時間に“大化の改新”について学んだことがありました。
僕はとりわけ歴史が好きなわけではなかった。数学とか物理の方が好きだった。
本当に歴史が面白くなったのは社会人になって、松本清張さんとか司馬遼太郎さんの歴史小説を読むようになってからのことです。

でも、中学校の歴史の時間は面白かった。先生が歴史が好きな事が良く分かった。その話し方も熱を帯びて、僕は引き込まれるように聞き入ってしまうことも多かった。
“大化の改新”の話しも面白く聞いたものでした。
今から思えば、その先生は後に天智天皇になる中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)の熱烈なファンだったようです。

大化の改新を日本史の上でも大変重要な出来事として評価していたし、この皇子に関しては、ベタ褒(ほ)めにしていたものです。
先生の話を聞いて、確かにすばらしい人物だと言う事が僕にも良く理解できたものでした。
だから、僕も、中大兄皇子は聖徳太子よりもすばらしい人物だと思っていたものでした。

ところが、高校の古文の時間に額田女王の歌を読んだ。
僕にしてみれば、あれほどすばらしい中大兄皇子を選ばずに、額田女王は、後に天武天皇になる大海人皇子(おおあまのおうじ)を選んだ。
僕にはこの点が理解できなかった。
古文の先生も、その辺のところは良く説明しなかった。

そういうわけで、この事は僕には謎めいた事としてずっと後まで不思議な事としてオツムの片隅に残っていた。
ところが、高校を卒業して20年ほどたった頃に、僕は次の歌に出くわしました。


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金木(かなき)つけ

わが飼ふ駒は

引き出せず

わが飼ふ駒を

人見つらむか

これは孝徳天皇が詠(よ)んだ歌です。分かりやすいように背景を説明します。
天智天皇と実の妹は恋愛関係にあったという歴史学者が居ます。

僕は、そのような事もありうるとは思っていますが、天智天皇と実の妹が“恋愛”していたとは思いません。
一口で言えば、天智天皇は女性にモテルようなタイプではなかったからです。

しかも、実の妹を本当に愛していたなら、孝徳天皇に監視役として嫁がせるようなことは、初めから決してしないと僕は信じているからです。
孝徳天皇は中大兄皇子(後の天智天皇)の叔父にあたります。
つまり、皇子の母親の弟です。

大化の改新をやり遂げた中大兄皇子と中臣鎌足(後の藤原鎌足)が相談して、いろいろな事情から、中大兄皇子がすぐに天皇にならない方が良いという事になり、後ろから操りやすい叔父を天皇にしたのです。
その監視役として皇子は妹をこの叔父に嫁がせました。
ところが、だんだんとこの叔父が皇子の言うことを聞かなくなった。

大化の改新より8年後の653年、孝徳天皇は遷都の問題で中大兄皇子と対立します。
孝徳天皇は都は現在の難波のままでよいと言うのですが、中大兄皇子は強引に大和へ都を移してしまいます。

孝徳天皇は天皇とはいえ、実権は中大兄皇子が握っています。
つまり、孝徳天皇は実権を持たないお飾り天皇です。

しかし、いかに傀儡(かいらい)とはいえ、天皇です。
しかも皇子の母親の実の弟(叔父)です。
その天皇を皇太子に過ぎない中大兄皇子が置き去りにしたのです。

その時、皇子は実の妹の間人(はしひと)皇后を無理やり連れて行ってしまったのです。
もちろん、これは僕の解釈ですが。。。


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確かに事情はよく分かる。

しかし、結局お前は、夫であり、叔父である、私よりも、実の兄である、中大兄皇子の言うことに従って、私を見捨ててゆく。


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人の世は、決してそういうものではないと私は思う。

だが、今となっては、嘆いたところで仕方がなかろう。


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間人(はしひと)皇后は無理矢理連れて行かれたのだから、それも仕方がないのだろう。
孝徳天皇は、そのように諦めたのでしょうね。

僕がここで言いたい事は、政治と言うのは政治力、言い換えれば、権力だけで推し進めてもうまく行くものではないですよね。
結局、その政治家の人間性が問題になってきます。

ここで中大兄皇子の人間性を詳しく述べる事はしません。
関心のある人は次の記事を読んでください。

『定慧(じょうえ)出生の秘密』

要するに、中大兄皇子には実行力とやる気があるので、中臣鎌足がこの皇子と組んで実行したのが大化の改新だった。
しかし、もともと鎌足が目をつけたのは孝徳天皇になる軽皇子(かるのみこ)の方だったのです。

でも、実行力とやる気がイマイチだった。
それで、中大兄皇子の方と組むと言う経緯(いきさつ)があったのです。

何事かを起こすには、やはり実行力とやる気ですよね。
しかし、政治を行うと言うことになると人間性が問題になってきます。

この人間性を象徴する意味で僕は上の歌を引き合いに出したのです。
つまり、中大兄皇子(天智天皇)は、このようは非情な事をする人です。

この天智天皇の政治や生い立ちを調べてゆくうちに、いろいろな事が分かってきました。

『天武天皇と天智天皇は同腹の兄弟ではなかった』

『天智天皇は暗殺された』

『天智天皇暗殺の謎』

僕が、この人物を調べながら感じた事は、天智天皇の人間としての非情さが浮き彫りにされてゆくんですよ。
それで、ハタっ。。。と思い当たったのが額田女王の歌だったわけです。
20年ぶりで額田女王の歌を調べなおしてみました。

すると、ジグゾーパズルの抜けていた箇所が埋め合わされてゆくように、天智天皇の人間像が額田女王の歌からも、よりはっきりと浮かび出てくるのです。
額田女王が、なぜ中大兄皇子ではなく大海人皇子を選んだのか?
20年以上、僕のオツムの片隅で不思議であったこの謎が氷解してゆくような思いでした。

額田女王は建前で“性の平等”を詠(うた)っていたのです。
でも、本音では天智天皇の政治を嘆いていたんですよね。
つまり、批判していたのです。

額田女王は、やはり人間を見極める目を持っていた才媛だったのです。
僕はそう思ったものですよ。

額田女王の相手になる人物は、二人とも後に天皇になる人物です。
言ってみれば政治的人物です。

だから、政治的な背景を無視して人物を選んだとしたら、その女性は余程の愚か者としか言いようがありません。
しかし、額田女王は“美しく、才知にあふれ、強く情熱的な女性”だった。
どの解説書を読んでも、この女性が愚かだったとは書いていません。


『性と愛と批判』より
(2006年5月8日)

あらっ。。。 デンマンさんは11年前に、こんな事を書いていたのでござ~ますかァ?

いけませんか? うししししし。。。

笑っている場合じゃござ~ませんわァ~。。。 つまり、額田王が詠んだ長歌と反歌は、実は、天智天皇が詠んだものだったのでござ~ますかァ~?

そうですよ。。。 だから、『万葉集』の編纂者だった大友家持が わざわざ子供の頃の自分の家庭教師だった山上憶良が書いた『類聚歌林』を持ち出してきて、「近江国に遷都した時に、三輪山をご覧になって天智天皇がお作りになったお歌である」と引用したのですよ。。。 更に、『日本書紀』まで持ち出してきて、「天智天皇の6年3月19日」、つまり、653年に大和から近江に遷都したと確認している。

でも、デンマンさんが書いた上の記事では、大化の改新より8年後の653年、孝徳天皇は遷都の問題で中大兄皇子と対立し… 孝徳天皇は都は現在の難波のままでよいと言うのですが、中大兄皇子は強引に大和へ都を移してしまったのですわねぇ~。

そうです。。。 孝徳天皇は天皇とはいえ、実権は中大兄皇子(後の天智天皇)が握っていたのです。 つまり、孝徳天皇は実権を持たないお飾り天皇だったのですよ。 しかし、いかに傀儡(かいらい)とはいえ、天皇です。 しかも中大兄皇子の母親の実の弟、つまり皇子の叔父さんです。 それなのに、孝徳天皇を皇太子に過ぎない中大兄皇子が置き去りにしたのです。 しかも、皇子は実の妹の間人(はしひと)皇后を無理やり連れて行ってしまったのです。

あらっ。。。 天智天皇は、ずいぶんと酷(ひど)い事をなさったのでござ~ますわねぇ~。。。 でも、それは653年の出来事で 上の三輪山のお歌は 667年に天智天皇が詠んだお歌でござ~ますわァ。

だから、大和から近江に都を移すにあたって、14年前の653年に、無理やり叔父さんを難波に置き去りにして、叔父さんの妻になっていた実の妹を無理やり連れてきたことを思い出しながら、三輪山を、つまり、大和の都を振り返って詠んだのが 上の長歌と反歌ですよ。 意味は次のようになります。


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三輪山には いろいろな思い出がある。

だから、こうして大和を去るにあたって、見えなくなるまで

幾たびも幾たびも眺めてゆきたい山だ……

しかし、つれなくも その三輪山を雲が 隠してしまった。

想えば、14年前に、私もつれないことをしたものだ。


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無理やり叔父さんを難波に置き去りにして、

叔父さんの妻になっていた実の妹を無理やり連れだしてきたのだ。


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こうして、三輪山を 雲が隠しているのは、

その時の報(むく)いなのかもしれない。

でも、あの時は そうするより仕方がなかったのだ。

 


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ガーリンさんはここまで読んできて額田王の歌の秘密が理解できたとメールで書いて寄越したのですよ。。。

マジで。。。?

あれっ。。。 卑弥子さんは信じられないのですか?

だってぇ~、お話が余りにも とっぴでござ~ますわァ~。。。

あのねぇ~、昔の人は“信じる者は救われる!”と言ったのですよ。。。 だから、卑弥子さんも素直に信じて救われてねぇ~。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたは信じることができましたか?

とにかく、デンマンさんがずいぶんと調べてお話をこじつけたようですわァ~。。。

ところで日本の古代にも、あるいは平安時代にも あなたの知らないミステリアスな面白いお話があるのですわよう。。。

あなたのために平安史、古代史の興味深い記事を用意しましたわァ。

ぜひ お読みくださいねぇ~。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。

だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。

じゃあ、またねぇ~。。。


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『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


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『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』


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『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

『ペルシャ人の楊貴妃』

『ん?佐伯今毛人』

『文学と歴史とウソ』

『百人一首ミステリー』

『芭蕉と遊女再び』

『映画とロマン@仙台』

『源氏物语中的性描写』

『忘れられた歴史ロマン』


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『おばさんパンツ@サンホセ』

『聖徳太子のチューター』

『オナラの曲芸』

『死海』

『漱石とオナラ』

『絵里香さん』

『美女とオナラ』

『アンバパーリー』

『ゆっくりと愛し合う』

『見ちゃだめ!』

『二重マチ付きズロース』

『麻生元総理』

『ネットのバカ女を捜して』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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カレーdeパリ

2017年10月8日

 

カレーdeパリ

 


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デンマンさん。。。 パリのカレーを取り上げるのですか?


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そうです。。。 いけませんかァ~。。。

だってぇ~、デンマンさんはカレーに飽きてしまったのではありませんか?

いや。。。、小百合さんと一緒に食べるカレーは格別ですよ。。。 (モナリザの微笑)

そのような見え透いたことを言っても、誰も喜びませんわァ~。。。

実は、群馬県の前橋市に住んでいる 橋爪 沙世莉(はしづめ さより)さんがパリでカレーを食べたことを懐かしみながら僕のブログにやって来たのですよ。。。


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橋爪 沙世莉(はしづめ さより)さんはマジで パリのカレーを味わったのですか?

そうです。。。 このような真面目な時に 僕はウソや小百合さんの尻は突きません。。。

そのような下卑(げび)たギャグを飛ばさないで、その証拠でも見せたらどうなのですか?

じゃあ、まず次のリストを見てください。。。


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『拡大する』

『カレーライス@パリ』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で10月4日の午前1時6分から午前2時20分までの「生ログ」のリストです。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。

あらっ。。。 10月4日の午前1時43分にGOOGLEで検索して『カレーライス@パリ』を読んだのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

。。。で、IPアドレスを調べて橋爪 沙世莉(はしづめ さより)さんが読んだと突き止めたのですか?

その通りです。。。


(ip110172b.png)

『拡大する』

。。。で、橋爪 沙世莉(はしづめ さより)さんは どのように検索したのですか?

次のようにして検索したのですよ。。。


(gog71004a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

『カレーライス@パリ』

あらっ。。。 「カレーライス パリ 徒然」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 97,100件ヒットするのですよ。。。

赤枠で囲んであるタイトルをクリックしてデンマンさんの『徒然ブログ』で記事を読んだわけですか?

そうです。。。

でも、どういうわけで「カレーライス パリ」だけじゃなくて、「徒然」を付け足して検索したのですか?

沙世莉(さより)さんは、僕の『徒然ブログ』の常連さんだからですよ。。。

どうして常連さんだと判るのですか?

沙世莉(さより)さんが記事を読んで、懐かしくなったついでに僕にメールを書いて寄越したのです。。。

マジで。。。?

小百合さんは疑り深いのですねぇ~。。。 昔の人は“信じる者は救われる!”と言ったのですよ。。。 だから、小百合さんも素直に信じて救われてねぇ~。。。

。。。で 橋爪 沙世莉(はしづめ さより)さんは、何がそんなに懐かしくなったのですか?

次のメールを読んだからですよ。。。


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Subj:小百合さん、おはよう!

夕べ小百合さんの夢を見ましたよう!

きゃはははは…

From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: 28/11/2010 5:29:09 PM
Pacific Standard Time
日本時間:11月29日(月)午前10時29分

 


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パリのセーヌ川の右岸を小百合さんと一緒に歩いているのです。

空は抜けるように青くて

どこからともなくイヴ・モンタンの歌う「枯れ葉」が聞こえてくるのですよう。

もう、僕は感激ですよう!


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ロマンチックでもあり、またメランコリックでもあり、
何とも言えなく いいですよねぇ~。

僕は、当然、小百合さんの腰に手を回すのですよう。
うししししし。。。


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「デンマンさん!くすぐったいから、お尻に手を当てないでねぇ~」

小百合さんは、半分白けたように僕を見つめて、そう言うのですよう。

でも、僕は何と言われようと、もう、うれしくて、うれしくて仕方がないのですよう。

パリのセーヌ川のプロムナードを小百合さんと一緒に散歩しているのですからねぇ。


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これ以上のロマンはないのではないかと、僕はもうウキウキ、ドキドキ、ウハウハしているのです。
きゃはははは。。。

夢を見ているのに、僕自身はマジで現実のつもりなのですよう。

夢を見ているなんて、僕自身は少しも思っていない!

そのくせ、夢の中で、「これは夢じゃないの!?」

そう思っているのだから、今から思い出すと、しまりのない夢でしたよう。

「小百合さん、せっかくパリにやって来たのだから、この辺で Hよりも感じるハグをしませんか?」

僕が、そう言うと、小百合さんはニッコリするのだけれど、僕が抱きしめようとすると、するりと僕の腕から抜け出てしまうのですよう。

「小百合さん。。。そのように恥ずかしがらなくてもいいではありませんか? 僕も小百合さんもパリに居るのですから。。。さあ、記念に心を込めてハグしましょうね」

僕がそう言うと、小百合さんは、ちょっとムカついて言うのですよう。

「デンマンさん! 日本人の団体の観光客の人たちがジロジロ見てるわ。 ほら、あそこ。。。だから、おやめになってぇ~」


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小百合さんの指差す方を見ると、旗を振っている添乗員の後を、山梨県の山奥の方からやって来た、団体のおじさん、おばさんたちが、僕と小百合さんを確かにジロジロ見てるのですよう。

やっぱり、パリも日本人の観光客の人たちで、ごった返しているのですよう。うもお~~。

「あらっ。。。デンマンさん。。。こんな所にインドカレーのお店がありますわ」

小百合さんが、そう言ったので指差す方を見ると、なんと、利根川を渡った所にある千代田町の本場のインドカレーの店があるではないですか!

小百合さんは、パリでも本場のインドカレーが食べられると、大喜びで店の中に入ってしまいました。


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パリに来てまでインドカレーはねえだろう!?

僕は、カレーを食べ飽きているので心の中で、そう叫びましたよう。
でも、小百合さんが店の中に入ってしまったので、僕が一人で外に居るのもバカバカしいので、仕方なく入りましたよう。

そしたら、なんと千代田町のあの店に居たナナさんが居るではありませんか!
ナナさんは、インド生まれインド育ちなのに、日本語がうまいのですよう。
小百合さんと楽しそうに再会を喜び合っているではありませんか!


(nana03.jpg)

「ナナさん、いつパリに支店を出したの?」

「あらっ。。。デンマンさんもパリにやって来たのですか? パリのこのお店が本店で、日本の千代田町にあるお店の方が支店なのですわよう」

相変わらず愛嬌があって、ニコニコと笑顔を振りまいている様子は、インドの「愛の女神」かと思うほど、彼女の愛の精神が伝わってきますよう。

「デンマンさん。。。あの時は“激辛”を食べたのに、あまり辛くはないと言ってましたよね。 だから、今日は“超激辛”を食べてみてくださいな」
もう、こうなったら、“超激辛”でも、“めちゃ超激辛”でも、ナナさんの薦める物を何でも食べようと思いました。

その時、近くのテーブルで食べている女性二人が楽しそうに笑いながら僕を見ているのに気づいたのですよう。
なんと、ブルックリンのマリアさんと、カナダのマルサの女・ナンシーさんですよう。
いくらなんでも、これはできすぎているよ!

パリに千代田町のインドカレーの店があり、
しかも、ナナさんが居るのは偶然としても、
こともあろうに、ブルックリンのマリアさんが居るのは偶然にしてはできすぎている。


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さらに、小百合さんがパリにやって来たのをかぎつけて、カナダのマルサの女・ナンシーさんまでがパリにやって来たなんて、絶対に信じられない。


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「小百合さん。。。これは絶対に夢だよう! 夢か現実か?見極めるために、ちょっと僕のほっぺたをつねってみてよ」

僕は小百合さんに向かって、そう言ったのです。

「分かりましたわ」 小百合さんは、そう言うと思いっきり僕のほっぺたをつねったのですよう。んもお~~。。。
その痛さで目が覚めたと言う訳です。
うしししし。。。

考えてみたら、小百合さんにメールを書いてまで話すような夢ではなかったですよね。(爆笑)

でも、夢の中で小百合さんに会えてうれしかったですよう。
小百合さんも、軽井沢タリアセン夫人になりきって、たまには僕の夢でも見てね。
きゃはははは。。。

じゃあねぇ。
 

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『パリの空の下で』より
(2010年12月1日)

ずいぶんと昔のメールを持ち出してきたのですわねぇ~。。。

いけませんか?

だいたい、夢の話などをメールで書いて、さらにネットで公開する心理が、私には理解できませんわ。。。 このメールを読んだネット市民の皆様は呆れるだけだと思いますわァ~。。。

それが、そうではないのですよ。。。 橋爪 沙世莉(はしづめ さより)さんはメールの中に出てきた『枯葉』を聴いて、鮮やかにパリの思い出が蘇(よみがえ)ったと言うのです。。。

どういうわけで。。。?

あのねぇ~、沙世莉さんは実は、イタリアの歌手、アンドレア・ボチェッリの熱烈なファンなのです。。。 彼女のかつてのボーイフレンドがイタリア人で、誘われてコンサートに行ったときに歌ったのが次の『枯葉』なのですよ。。。


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つまり、メールの中に出てきた『枯葉』を聴いたので懐かしくなってデンマンさにメールを書いたと言うのですか?

いや。。。 そればかりじゃない! 実は、「パッサージュ・ブラディ(Passage Brady)」のアーケード街で本場のカレーの味を初めて体験したというのですよ。。。 パリ メトロ(地下鉄)の4号線のシャトー・ドー(Château d’Eau)駅で降りるのです。


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駅の出口から ストラスブール・サン・ドニ(Strasbourg Saint-Denis)通りに出ると、まず目に付くのがアフリカ系美容院です。 それと 貸衣装屋さんや着ぐるみを売る店などが並んでいます。 目がチカチカするほど派手な店が多いので小百合さんもちょっとビックリしますよ。 パリじゃなくて、まるでインドかパキスタンにいるような錯覚に陥(おちい)ります。 行きかう人も フランス人よりもインド人やパキスタン人の方が多いくらいです。

この界隈に本場のカレーを食べさせてくれるお店があるのですか?

あるのです。 上の地図のストラスブール・サン・ドニ通りを歩いてゆくと 「パッサージュ・ブラディ(Passage Brady)」というアーケード街の入口が見えてくる。


(brady03.jpg)

このアーケードの中に入ってゆくのですか?

そうです。 ちょっと狭くてゴミゴミした感じですよ。


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このアーケードに本場のカレーを食べさせてくれるレストランがあるのですか?

あるのですよ。 狭い通りにテーブルと椅子が出ています。


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どんなカレーを食べさせてくれるのですか?

こんな感じです。


(curry32.jpg)


(curry33.jpg)

なんだか見ているだけで喉が渇いてきましたわ。

そういう時には、カレーに合ったインドの飲み物を注文するのです。


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これは何ですのォ~?

ミントのフレーバーを利かせたラッシー(Lassi) です。 ヨーグルトを使った飲み物です。

ミント以外のフレーバーもあるのですか?

あります。 マンゴー味なんかァどうですかァ~?

美味しそうですわねぇ~。。。 で、橋爪 沙世莉(はしづめ さより)さんもインドの本場のカレーを味わった後でラッシー(Lassi)を頂いたのですか?

そうですよ。。。

つまり、この事を言うためにわざわざ私をお呼びになったのですか?

もちろん、そればかりじゃありませんよ。。。 僕が10月中旬に行田に里帰りしたら、今年は行田の「音時計」で小百合さんと一緒に古代米カレーを食べようと思い立ったわけです。。。


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どうですか? 小百合さんも興味があるでしょう?

そうですわねぇ~。。。

なんだか、余り乗る気ではなさそうですねぇ~。。。

デンマンさんが帰省するまでに 考えておきますわァ~。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

たぶん、小百合さんはデンマンさんと一緒に古代米カレーを食べに行かないと思いますわ。。。

それよりも、小百合さんはピリ辛のレリッシュを たくさん載せたホットドッグを食べに行くような気がするのです。


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では、あなたのために ピリ辛のディル・ピクルス・レリッシュ(Tangy Dill Pickle Relish)の作り方をお見せしますわねぇ~。。。
 

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どうですか?

あなたにも作れそうでしょう?

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。

だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。

じゃあねぇ~~。


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(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


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■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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■ 『蕎麦屋と軽井沢タリアセン夫人』

■ 『おしまいでございます』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』

■ 『菊ちゃんと阿部忠秋』

■ 『菊ちゃん、知恵伊豆、忠秋』

■ 『丸墓山は誰の墓?』

■ 『外国人SEXデンマン再訪』

■ 『日本最高?』

■ 『短歌に込められた愛の真実』

■ 『3月のバレンタイン』


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■ 『かぎろいミステリー』

■ 『40代女性の魅惑』

■ 『私のバレンタイン』

■ 『バレンタイン@4月』

■ 『豆まき@バレンタイン』

■ 『夢のココナッツ』

■ 『日本の失敗』

■ 『しじみ@愛のロマン』

■ 『とろけるカレー@バレンタイン』

■ 『バレンタイン夫人』

■ 『昭和の表象空間』

■ 『ズロースなの?』

■ 『焼きそばサンド』

■ 『平成の表象空間』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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■ 『手作り弁当@船着き場』

■ 『盛り上がる@馬車道』

■ 『ゼリーフライ@鐘つき堂』

■ 『愛と憎しみの丸墓山』

■ 『忘れられない!』

■ 『大名行列@行田』

■ 『別れの朝も…』

■ 『婚外恋愛』

■ 『婚外恋愛と人間失格』


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■ 『月夜の美人』

■ 『ふるさと 行田』

■ 『愛の偶然と必然』

■ 『田中角栄と軽井沢』

■ 『うさぎ追いしかの山』

■ 『アブラッソ不在の美』

■ 『ロマンの昔話』

■ 『海を渡ったバレンタイン』

■ 『バレンタインが老人を狂わせた』

■ 『マルちゃん海を渡る』

■ 『銀座からバレンタイン』

■ 『仙台からバレンタイン』


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■ 『パリからバレンタイン』

■ 『ジャズ@バンクーバー』

■ 『タイからバレンタイン』

■ 『たまご麺@バレンタイン』

■ 『愛犬とゴッド』

■ 『ザ・バレンタイン女』

■ 『週刊誌deヌード』

■ 『愛と天の夕顔』

■ 『ジェミマおばさんのシロップ』

■ 『夏日に、お帰りなさい』

■ 『コイ、鯉、恋がいっぱい!』

■ 『スープカレーなのね』

■ 『忍城時代まつり』

■ 『夜道のルート66』

■ 『上を向いて歌おう』

■ 『霧積温泉のロマン』

■ 『元気が一番!』

■ 『行田のスープカレー』

■ 『パンツとブラジャーと餃子』

■ 『軽井沢を文学散歩する』

■ 『ばァ~の面影』

■ 『バレンタイン@行田』

■ 『軽井沢タリアセン夫人@遠藤家』

■ 『桃の節句@天国』

■ 『古代米カレー』

■ 『愛のジェローを探して』


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■ 『コーヒーと愛の香り』

■ 『愛の馬車道』

■ 『亀姫と香芽子さん』

■ 『愛の夕顔を探して』

■ 『ケネディ暗殺の謎』

■ 『行田物語 ピラミッド』

■ 『由梨さん@コルシカ』

■ 『黒い行田市長』

■ 『ヒシしようよ』

■ 『天の川de思い出』

■ 『天の川の思い出』

■ 『行田物語 古代蓮』

■ 『チーズ@シルクロード』

■ 『ラーメン@バクー』

■ 『行田物語 饅頭』

■ 『ぶんぶく茶釜だよ』

■ 『ぶんぶく阿波踊り』

■ 『食欲の秋です』


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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


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デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


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九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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