Archive for the ‘卑弥子さんが登場’ Category

淫らな恋を探して

2017年5月25日

 

淫らな恋を探して

 

禁忌の愛
(kini01.jpg)

 


(merange12.jpg)

デンマンさん。。。 あんさんは“淫らな恋”を探してはるのォ~?


(kato3.gif)

。。。ん? めれちゃんは わてが“淫らな恋”を探している、と思うたのかァ~?

そやかてぇ~、タイトルにそう書いてありますやん!

あのなァ~、わてが探しているのとちゃんねん。。。 実は、北京市に住んでいる周杰伦(ジョウ・ジエルン)君が“淫らな恋”を探してるねん。。。

北京市に住んでいる周杰伦(ジョウ・ジエルン)君
(deba01.jpg)

あらっ。。。 なんとなく“出歯亀”に似てますやん。。。

出歯亀

 

出歯亀(でばかめ)とは、明治時代に発生した殺人事件の犯人として捕らえられた男性のあだ名、もしくはこのあだ名から転じて窃視(のぞき行為)やこれを趣味とするもの、窃視症のように病的な状態にあるものを指す。
英語では「ピーピング・トム(Peeping Tom)」という言葉がおおむねこれにあたる。

単に好色な男性を指してもこのように呼ぶが、事件当時は流行語となって様々な意味を含んだ関連語も生まれた。

語源・派生語

出歯亀という言葉の語源は、1908年(明治41年)に遡る。
この年の3月22日、豊多摩郡西大久保村54(現在の東京都新宿区大久保)の藤の湯近くで銭湯帰りの27歳の女性が殺害され、手ぬぐいを口に押し込まれた状態で発見された。

出歯亀
(deba04.jpg)

被害者の幸田ゑん子が妊娠中であったこと、大蔵官吏・野口米次郎(同名の詩人とは別人)の元妻であり、下谷電話交換局長・幸田恭の新妻であったことから注目され、事件発生当初より大々的に紙誌で報道される中、以前にも女湯ののぞき行為を行っていた「出歯の亀吉」こと植木職人の池田亀太郎(当時35歳)が強姦殺人の犯人として逮捕された。

なお、彼は当初は犯行を認めていたが、公判では否認に転じた。
判決は無期徒刑だったが、控訴した。

衆目を集める事件であったために、新聞は捜査の当初から詳細に報道しており、逮捕時には大見出しが紙面を飾った。
また、池田が出っ歯という身体的特徴を持っていたことから彼は周囲から出歯亀と呼ばれていたこともあって、当時の新聞が逮捕2日後の報道でもこのあだ名を見出しや記事に用いたため、その語は彼を指す言葉として定着したという。

また、事件の弁護人が法廷でそのように呼んだことが契機であるとの説もある。
なお、明治当時から出歯亀の語源ははっきりとは確定していない。

このセンセーショナルな事件は「出歯亀事件」として同時代人の心に焼き付き、池田のあだ名である「出歯亀」は転じて好色な男性を指す蔑称として扱われ、あるいはのぞき常習者や強姦などに及ぶ変質者・色情狂などの意味で使われるようになっていった。

さらにこの当時「出歯亀」の語は流行し、様々に転用されている。
森鴎外も小説『ヰタ・セクスアリス』の中で当時真実暴露と称してしばしば性的描写を行った自然主義(自然主義文学など)の別称として揶揄する意図で「出歯亀主義」なる表現が用いられたり、「出歯る」という動詞がうまれ流行したことに言及している。

この「出歯る」という動詞に転じた語も変態的な行為や婦女に暴行するという意味にも用いられ、怪しい挙動を指して出歯ると洒落て呼ぶこともあった。
この当時の流行語を乱用する学生の間では必ずしも性欲の遂行を条件とせずに「まごまごすると出歯るぞ」などという冗談にも用いられもしている。
こういった時流の中で前述の「出歯亀主義」も既成道徳を否定した社会主義や無政府主義にまで用いられるようになった。

ただ2010年代の現代において出歯亀という語は国語辞典のうえで窃視趣味やその窃視行動を指す語として残り、強姦や婦女子への暴行といった意味は薄れ、出歯亀主義や出歯るなどの関連する語は姿を消している。
いずれにせよ池田亀太郎のあだ名は不名誉な蔑称として現代にまで残される結果となった。


出典: 「出歯亀」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

めれちゃんは ずいぶん古い言葉を知ってるのやなァ~?

あんさんも好色な“出歯亀”に似てるさかいに、わたしは覚えましてん。。。 (モナリザの微笑)

しょうもない事を言わんで欲しいねん。

。。。で、北京市に住んでいる周杰伦(ジョウ・ジエルン)君が“淫らな恋”を探してるという証拠でもありますのォ~?

もちろんやァ~、次のリストを見て欲しい。。。


(wp70520a.png)

『拡大する』

これは わてのDenman Blogの5月20日の「リファラ (リンク元URL)」のリストやねん。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。。。

あらっ。。。 よう分からへんURLが書いてあるますやん。。。 いったい、このURLをクリックすると、どないなページが出てきよるのォ~?

次のような検索結果が表示されるねん。。。


(so70521a.png)


『拡大する』

『大奥女中の淫らな恋』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 これは中国語の検索エンジンやんかァ~!。。。 「新撰東錦絵」と入れて検索しやはったのねぇ~。。。

そういうことやがなァ~。。。 そいで、周杰伦(ジョウ・ジエルン)君は赤枠で囲んであるタイトルをクリックして『大奥女中の淫らな恋』を読みはったわけやァ~。。。


(wp70520d.png)

『拡大する』

相変わらず『床上手な女の7つの見分け方』を読むネット市民が ようけいおるのやねぇ~。。。 5月20日にもダントツですやん。。。


(kiss007.gif)

『床上手な女の7つの見分け方』

要するに、あんさんのDenman Blogには“出歯亀さん”がようけい来よるのやねぇ~。。。 で、周杰伦(ジョウ・ジエルン)君が北京市に住んでいると、どないして突き止めはったん?

次のようにIPアドレスを調べたのやがなァ~。。。


(ip216116b.png)

『拡大する』

IPアドレスを調べれば北京市からアクセスしたことは判りますけど、個人情報を保護するために周杰伦(ジョウ・ジエルン)君がアクセスしたことまでは判らへん。。。

あのなァ~、周杰伦(ジョウ・ジエルン)君は わての記事を読んで感銘を受けたよってに、メールを寄越したたのやがなァ~。。。 そないなわけで、わては周杰伦(ジョウ・ジエルン)君がアクセスしたことを知ったわけやァ~。。。

ホンマかいなァ~。。。? そいで、どないなところに感銘を受けはったん?

そもそも周杰伦(ジョウ・ジエルン)君は「新撰東錦絵」と入れて検索したのやがなァ~。。。 そやから、次の画像をしみじみと見たわけやァ~。。。

大奥女中の淫らな信仰


(tsukioka1.jpg)

新撰東錦絵 延命院日当話 [明治18年 (1885)]

大奥の信仰厚い延命院の僧・日当(史実では日道)は

多くの女中と関係していた。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


126-127ページ 『衝撃の絵師 月岡芳年』
執筆者: 平松洋
2011年8月16日 第2刷発行
発行所: 株式会社 新人物往来社

そやけど、周杰伦(ジョウ・ジエルン)君は日本語をしゃべりはるのォ~?

しゃべれるねん。。。 周杰伦(ジョウ・ジエルン)君は北京市にある日本語学校に2年ほど通って勉強したそうやァ~。。。

マジで。。。?

そないにメールに書いてあったわァ。。。 そいで、周杰伦(ジョウ・ジエルン)君は改めて上の絵をじっくりと眺めたというのやァ~。。。

つまり、上の絵に“淫らな恋”を感じはったん?

ちゃうねん。。。 江戸時代の艶(なまめ)かしい女を 実によく描いているなあァ~、と周杰伦(ジョウ・ジエルン)君は感心したのやがなァ~。。。

つまり、周杰伦(ジョウ・ジエルン)君は江戸時代にタイムスリップして、上の絵のような薄っぺらな女と寝床を共にしたいと思いはったん?


(tsukioka1b.jpg)

めれちゃんには、上の女が薄っぺらな女に映るのかァ~。。。?

そやかてぇ、あんさんがコラージュしてデッチあげたのですやろう?

いや。。。 決してわてがコラージュしたのとちゃうでぇ~。。。 上の絵は実物の絵の写しの女性の部分を拡大したものやァ~。。。

とにかく、あんさんがコラージュした わたしのピンアップ写真と比べたら、どのように見ても薄っぺらに見えますやん。。。


(renge00e.gif)

う~♪~ん。。。 確かに、上の写真と比べれば、江戸時代の女は薄紙にべったりと書いたように見えるわなァ~。。。 そやけど、江戸時代の女の しどけない格好が、セクシーやと思うねん。。。

わたしには、なんとのう だらしなさそうな尻軽女に見えますわァ~。。。

それは、男の見方と女の見方の違いやと思うねん。

つまり、周杰伦(ジョウ・ジエルン)君は あんさんのように この江戸時代の女に惹かれなはったん?

そうやがなァ~。。。、実は、それよりも大奥の信仰厚い延命院の僧・日当(史実では日道)は多くの女中と関係していたという事実に興味を持ったのやがなァ~。。。

要するに、あんさんは江戸時代にタイムスリップしやはったら、坊さんに成りすまして 大奥の女中をナンパしやはるつもりやのォ~?

めれちゃんは、何も知らないような表情を浮かべながら 男の心の奥底まで グサッと突っ込んでくるのやなァ~。。。

あんさん!。。。 そないな やわな気持ちでおったら、ナンパなどできしまへんでぇ~。。。

さよかァ~。。。 とにかく、わては その色恋事件を調べてみたのやがなァ~。。。

延命院


(enmei01.jpg)

延命院(えんめいいん)は、東京都荒川区にある日蓮宗の寺院。
山号は宝珠山。
本尊は大曼荼羅。
旧本山は大本山妙顕寺。

慶安元年(1648年)日長の開山により創建され、江戸幕府旗本小堀政貞の生母で江戸幕府4代将軍徳川家綱の乳母三沢局の帰依を得て堂宇が改修された。
この寺にある七面大明神(七面天女)は、慶安3年(1650年)に造られた。

文化財として東京都指定天然記念物の「延命院の大シイ」がある。

 

延命院事件

 


(enmei02.jpg)

徳川家斉の時代、西の丸大奥の御中臈・梅村の部屋方であった「ころ」という奥女中が、大奥に入る以前から延命院の元歌舞伎役者の僧侶日道と交際し、日道が奥女中と密接な関係を作る手助けをした。

享和年間この寺に来山した日道は美貌の持ち主で幕府の奥女中らと関係を持ったことから寺社奉行脇坂安董に摘発され、享和3年(1803年)死罪に処せられた。

日道は「日月享和政談」(河竹黙阿弥)での延命院「日当」のモデルとなった。

「ころ」と日道の関係も、のちに発覚して捕えられ、「ころ」は大奥を追われた。

(注: 赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより
読み易くするために改行を加えています)


出典: 「延命院 (荒川区)」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまり、“大奥”という所は 男心をくすぐるというかァ~、男の妄想をたくましゅうさらすのですやん。。。

めれちゃんは、何も知らないような表情を浮かべながら 男の心の奥底まで グサッと突っ込んでくるのやなァ~。。。 もしかして細木数子の弟子やったんとちゃうかァ~。。。?

そないな事よりも 元歌舞伎役者がどないなわけで延命院の僧侶になりはったん?

坊主と乞食は三日やったらやめられへん”と昔の人は言うったやないかいなァ~。。。

つまり、喰えない歌舞伎役者やったさかいに、坊主になることに夢を抱いていた、とあんさんは言わはるのォ~?

この元歌舞伎役者の僧侶・日道は、決して喰えないほどの大根役者やなかった。。。 なにしろ、初代尾上菊五郎の忘れ形見だと言われるほどの美男子やったらしい。

つまり、役者稼業よりも坊さんになることを選んだわけやねぇ~。。。

そういうことやなァ~。。。 もともと役者が肌に合わんかったのやろなァ~。。。

それが、どないなわけで、奥女中と関係するようになりはったん?

あのなァ~、江戸時代には、異性と交わるのが許されていない職業がふたつあったのやァ~。。。 ひとつは江戸城や大名屋敷の奥勤めの女中。 もうひとつは坊さんやァ。。。 奥女中は江戸城だけでおよそ3000人。 江戸に屋敷を置く約270藩の大小名の奥女中の人数は 平均30人としても、およそ8000人。 合計すれば1万人を越えているねん。。。 この女性たちは異性と交わることを禁じられておったのやがなァ~。。。

可哀想やねぇ~。。。

めれちゃんには、とても奥女中はつとまらんやろなァ~。。。 うしししししし。。。

なして、あんさんは そないな事を言わはるのォ~。。。?

そやかて めれちゃんは つぎのような熱い思いを短歌に詠んでいたのやでぇ~。。。

くちづけ

 


(kiss003.gif)

 

罪深き

ことと知りつつ

この夜も

きみのくちづけ

もとめて止まぬ

 


(merange52.jpg)

 

by めれんげ

2009.01.14 Wednesday 14:21


『即興の詩 冬枯れ』より

(旧『即興の詩』サイトは閉鎖されました)

『めれんげさんと六条の御息所』に掲載
(2010年2月12日)

何も知らへんネット市民が上の短歌を読んだら奥女中の女が詠んだものと思うてしまうでぇ~。。。

つまり、あんさんは わたしが奥女中の女のように日頃から熱い恋の血潮に悩まされている、と思うていやはるのォ~?

そやかて、めれちゃんは“平成の与謝野晶子”なんやでぇ~。。。

それは、あんさんが勝手に言うてるだけですやん。。。

いや。。。 今やネットでは めれちゃんが“平成の与謝野晶子”である事が知れ渡っているねんでぇ~。。。

ホンマかいなァ~。。。?

信じられへんのやったら次の検索結果を見てみィ~なァ~。。。


(gog60826a.png)

『現時点での検索結果』

「平成の与謝野晶子」と入れてGOOGLEで検索したのやがなァ~。。。 赤枠で囲んだタイトルをクリックすると めれちゃんがちゃんと記事の中に出て来よるのやでぇ~。。。


(yosa22.jpg)

『平成の与謝野晶子』

緑の枠で囲んだ写真をクリックすると次にページが出てくるのやがなァ~。。。


(gog60826b.png)

『実際のページ』

上のページの赤丸で囲んだ Visit page をクリックすると、やっぱり わての『徒然ブログ』の『平成の与謝野晶子』が出てきよるねん。。。


(yosa10.jpg)

『平成の与謝野晶子』

さらに 青枠で囲んだタイトルをクリックすると次のページが出てきよるのやでぇ~。。。


(twi60826a.png)

『実際のページ』

要するに、あんさんが勝手に わたしを“平成の与謝野晶子”としてネットで広めてるのですやん。。。

あきまへんかァ~。。。?

アッカ~♪~ン!。。。 そんな事よりも、奥女中の話は、どうなりましたん?

そやから、奥女中のほとんどは、めれちゃんのように熱い恋の血潮に、夜毎に ムンムン、ムレムレしてるねん。。。 うしししししし。。。

そのような下卑た笑いを浮かべんで欲しいねん。。。 あんさんかてぇ、女性と交わることのできない坊さんなどには、絶対になりませんやろう?

いや。。。、わては“仏のデンマン”と言われているさかいに、別に坊さんになっても ええねんでぇ~。。。

あんさんには無理やわァ~。。。

とにかく、異性と交わることを禁じられた女性たちが江戸には1万人近く居たのやがなァ~。。。 いっぽう、僧侶の数は文化12(1815)年の江戸の人口調査では2万6090人という記録が残ってるねん。。。 宗旨で妻帯を認めている浄土真宗を例外として、約2万人の坊さんは、女性と交わることが戒律によって禁止されていたのやァ。

つまり、1万人を越える奥女中がいる。。。 そして片方には女性と交わるのを禁じられている、2万人を越える坊さんがいるということやねぇ~。。。

そういうこっちゃがなァ~。。。 

。。。で、奥女中と、その坊さんが出会う機会があったわけやねぇ~。。。

そうやァ~。。。、幕府は奥女中と坊さんにセックスを禁じておきながら、奥女中の寺参りを公認していたのやがなァ~。。。。 奥女中が「奥」と呼ばれる御殿から外の世界に出られるのは、親兄弟の病気見舞いや葬式と、信心のための寺参りだけやった。。。


(ooku002.jpg)

それで大奥女中の淫らな信仰が広まるわけやねぇ~。。。

そうやァ~。。。 親兄弟の病気や葬式は、そう何度もあるわけじゃない。。。 となれば、先祖の墓参りだの、信心のためだのという名目をつけて、寺参りにゆくわけやなァ~。。。 性に飢えている奥女中が、これも飢えている坊さんの許に出かける。 一度ならず、再々出かければ、歌の文句じゃないけれど、「こうして、ああすりゃ、こうなるよ……」というわけになるねん。。。 うへへへへへ。。。

下卑た笑いなど浮かべんで、その先を話しなはれぇ。。。

奥女中と、坊さんが隠れて ふんずほぐれず シコシコと濡れていたのやがなァ~。。。 そやけど、悪い事は長くは続かん。。。 


(genji903.jpg)

享和3(1803)年、「延命院で何か可笑しい事が行われている」という噂が流れるようになったのやがなァ~。。。 延命院に多数の奥女中が出入りしていて、御乱交らしいという評判がついに寺社奉行の耳に達してしまったのやァ~。。。 さあたいへん。。。

。。。で、どうなりはったん?

寺社奉行の耳にはいれば、無視するわけにもゆかん。。。 寺社奉行の脇坂淡路守安董(やすただ)は真面目な人やったァ。。。 判決文によると、日道は延命院の住職だったにもかかわらず 60人ほどの女性と肉体関係を結んでいたと言うねん。。。 

同時並行やったん。。。?

そういうこっちゃァ。。。 そやけど、日道を目当てに延命院に来る女性は60人ではきかなかったのやがなァ~。。。 自分だけでは世話しきれへん。。。 それで寺僧や知り合いの歌舞伎役者にまで相手をさせていたと言うねん。

そらそうやねぇ~。。。 60人の女性をお相手すると、毎日、2人の女性を相手にすることになりますやん。。。 あんさんでなくても、日道さんにとっては、しんどかったと思いますわァ~。。。

そうやろなァ~。。。 わてかて よう続かんと思うわァ~。。。 (微笑)

。。。で、裁判の結果どうなりはったん?

1803年6月24日に延命院に捜査の手が入り、日道さんの身柄は拘束され、取り調べをうけて、起訴され、有罪となり、日本橋の橋詰で晒されたのがなァ~。。。、そのあとで首をちょん切られた。。。 2ヶ月半ほどのスピード審理やったらしい。。。 次のような狂歌が出回ったそうやァ~。。。

 


(jbeauty7.gif)

 

延命院
 

ならば命は
 

延びように
 

短命院で
 

首はころころ

 


(dokuro3.gif)


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。

そうですわよねぇ~。。。

とにかく、大奥には性的に不満な女中がたくさん居て

その“はけ口”に 新入りのお女中たちをイジメまくったそうですわァ。

では、あなたのために ここに2時間近い大奥の映画をお目にかけますわねぇ~。。。

じっくりと観てくださいまし。。。


(oku98.jpg)

どうでございましたかァ~?

殿方ならば、大奥の殿様になりたいと思うでしょうねぇ~。。。

でも。。。、女性ならば絶対に大奥などにお勤めしたくないと思うことでしょう!

ところで、話は変わりますけれど、

めれんげさんの熱烈なファンは たくさんいたのでした。

でも、うっかり めれんげさんが会費を滞納したために、

サイトを削除されてしまったのです。

けれども、2013年の6月にライブドアで『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよねぇ~。。。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。

でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


(gog30928a.png)

また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


(hand.gif)


(surfing9.gif)

メチャ面白い、

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(linger49.gif)


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こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


(beach02.jpg)


(byebye.gif)

ペルシャ人の楊貴妃

2017年5月24日

 

ペルシャ人の楊貴妃

 


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(himiko22b.gif)

デンマンさんはマジで楊貴妃がペルシャ人だったと信じているのでござ~♪~ますかァ?


(kato3.gif)

。。。ん? 楊貴妃がペルシャ人だった?

だってぇ~、タイトルにそのように書いているではござ~ませんかァ?

うん、うん、うん。。。 確かに、そのように思うネット市民もたくさんいるのですよ。。。

あらっ。。。 その証拠でもあるのでござ~ますかァ?

ちょっと次のリストを見てください。。。


(liv70511a.png)


『拡大する』

『楊貴妃もペルシャ人?』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で5月10日の午後7時53分から11日の午前3時までの約7時間の「生ログ」の一部だよ。。。 赤枠で囲んだ箇所を見て欲しい。。。

あらっ。。。 5月10日の午後9時6分に2009年10月6日にデンマンさんが投稿した『楊貴妃もペルシャ人?』を読んだネット市民が居たのですねぇ~。。。

そうです。。。 和歌山県の田辺市に住んでいる若山 辰子(わかやま たつこ)さんが読んだのです。。。

どのよにして若山 辰子が読んだということを突き止めたのでござ~ますか?

次のようにIPアドレスを調べたのです。。。

IPアドレス: 119.10.163.129 和歌山県の田辺市に住んでいる若山 辰子(わかやま たつこ)さん
(ip163129b.png)

『拡大する』

あらっ。。。、また写真まで貼り出して若山 辰子(わかやま たつこ)さんを紹介していますけれど、アクセスポイントは確定できても プライバシーを守るためにアクセス者の名前までは絶対にゲットできないのですわァ~。。。

あのねぇ~。。。 卑弥子さんは厳しいツッコミを入れるけれど、話が前へ進まないから、ツッコミを撤回してサラリと僕の話を聞いてくれませんか?

デンマンさんが そのように言うのであれば、仕方がありませんわ。。。 でも。。。、でも。。。、上の写真の人物はなんとなくジュンコさんに似ていますわねぇ~。


(junko25.jpg)

実は、和歌山県の田辺市に住んでいる辰子さんはジュンコさんの従妹ですよ。。。

でも。。。、でも。。。、ちょっと似すぎていませんかァ~?

卑弥子さん!。。。 んもおおおォ~。。。! どうして、そうたびたびツッコミを入れるのですか?。。。 話が前へ進まないから、ツッコミを撤回してサラリと僕の話を聞いてくれませんか?

分かりましたわァ。。。 デンマンさんが そのように言うのであれば、仕方がありませんわ。。。 でも。。。、でも。。。、若山辰子さんが「楊貴妃はペルシャ人かもしれない?」と疑問を持ちながら『楊貴妃もペルシャ人?』を読んだとしても、それは単なる偶然の出来事かもしれませんわァ~。。。

それが単なる偶然ではないのですよ。。。 次のリストも見てください。。。


(liv70520a5.png)


『拡大する』

『楊貴妃もペルシャ人?』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で5月19日の午後4時57分から午後8時までの約3時間の「生ログ」の一部だよ。。。 赤枠で囲んだ箇所を見て欲しい。。。

あらっ。。。 5月19日の午後5時36分にGOOGLEで検索して デンマンさんが投稿した『楊貴妃もペルシャ人?』を読んだネット市民が ここにも居たのですわねぇ~。。。

そうです。。。 神奈川県横浜市に住んでいる洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さんが読んだのです。。。

またIPアドレスを調べて洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さんが読んだことを突き止めたのでござ~ますかァ?

そうです。。。

IPアドレス: 126.188.70.230 神奈川県横浜市に住んでいる洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さん
(ip70230b.png)

『拡大する』

あらっ。。。、また写真まで貼り出して洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さんを紹介していますけれど、このイラストはベティ~さんじゃござ~ませんかァ!?


(bettywk2.gif)

卑弥子さんは、どうして そのようにツッコミを入れないと気がすまないのですかァ~?

だってぇ~、マジで似ていますわァ~。。。

あのねぇ~、ここで本人の写真を出すわけにはゆかないのですよ。。。 プライバシーを保護する必要がありますからねぇ~。。。

分かりましたわァ。。。 洋木 妃瑠子(ようき ひるこ)さんの写真がゲットできないのでベティ~さんのイラストで代用したのですわねぇ~。。。

まあァ~、そういうことですよ。。。 (モナリザの微笑)

。。。で、お二人は『楊貴妃もペルシャ人?』を読んで楊貴妃がペルシャ人だということを納得したのでござ~ますかァ?

そうです。。。 そういうこともあり得るということを納得したのですよ。。。 僕は聖徳太子にペルシャ人の血が流れている、ということを記事で書いたことがある。。。 それに対して軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが励ましのメールを寄越したことがあるのです。。。


(sayuri80.jpg)

 

Subj:ブログも歴史編になり

ますます 力 が入ってますね

\(^_^)/


(foolw.gif)

 

Subj:虫の知らせと言うのでしょうか?

小百合さんからメールがあるような

気がしました。

\(^o^)/キャハハハ。。。

Date: 02/03/2008 7:02:55 PM
Pacific Standard Time
日本時間: 3月3日午後0時2分
From: barclay1720@aol.com
To: fuji@adagio.ocn.ne.jp

 

ブログも歴史編になり
ますます 力 が入ってますね

そうですよう。
今日の『小百合物語』は、かなり頑張って書いたのでライブドアでは1ページにまとまりきらずに
2ページになってしまいました。
確かに、最近、歴史の事や文学の事が多くなりました。
今日も万葉集の事と大化の改新が出てきますよ。
題して『ん?社会派?』


(strike5.jpg)

■ 『ん?社会派?(2008年3月3日)』

すでにライブドアに投稿して推敲も済ませましたよ。
時間があったらぜひ読んでみてくださいね。

小百合さんの、あの“思い出し笑い”のメールを使わせてもらいましたよ。
ありがとう!

あのメールは、メチャ使い道がありますよう!
\(@_@)/ キャハハハ。。。

今日はたまっていた、返信と検索が多い日です。

虫の知らせと言うのでしょうか?
小百合さんからのメールが、クリックするとあるなあああぁ~
僕はそう思いながらメールボックスをクリックしたのですよ。
あったア~!\(@_@)/うしししし。。。
こんな気持ちでしたよ!

やはり“以心伝心”ってあるものですよねぇ~。
小百合さんからのメールがありそうな気がしたものです。

デンマンでした。

じゃあね。


(byebye.gif)


『楊貴妃もペルシャ人?』より
 (2009年10月6日)

ええ、あたくしも上のメールを読んで思い出しましたわ。。。 聖徳太子にペルシャ人の血が流れている、と言うお話は興味深くお伺いしたのでござ~♪~ますわ。 でも、楊貴妃にまでペルシャ人の血が流れている、と書くと多くの人が馬鹿バカしいと思って、デンマンさんの書いたものを全く信用しなくなると思うのでござ~♪~ますう。

つまり、京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している卑弥子・准教授にとっても、楊貴妃の体内にペルシャ人の血が流れていた、と言う事は馬鹿バカしい事なのですかァ~?

あたくしは、デンマンさんに向かって馬鹿バカしいなどと。。。 おほほほほ。。。 そのような大それた事は、とっても申し上げられないのでござ~♪~ますわァ。

でも、言ってしまったでしょう!

おほほほほ。。。 言えないと言っているのでござ~♪~ますわ。。。 うふふふふ。。。

でも、言ってしまったのですよう。 卑弥子さんも、やっぱり僕の話が荒唐無稽(こうとうむけい)だと思っているのですねぇ~?

だってぇ~。。。 楊貴妃は、誰が考えたって中国人でござ~♪~ますわァ。

しかしねぇ~、「楊貴妃は中国人だった?」と言うタイトルにしたら、それこそ、もっと滑稽になってしまうでしょう?

もちろんですわ。 当然のことを質問するようなものでござ~♪~ますものォ。。。

だから、“ペルシャ人の楊貴妃”とした方が、タイトルとして読者をひきつけるでしょう?

でも、タイトルを見ただけで、ほとんどの人が馬鹿バカしいと思って無視すると思うのでござ~♪~ますわ。

やっぱり、卑弥子さんも馬鹿バカしいと思うのですねぇ~?

いいえ。。。 あたくしは、アホらしいなどと思いませんけれど、そのような事を書けば、多くのネット市民の皆様がデンマンさんはオツムがイカレテしまったのではないか? そう思う人が居る、と申し上げているのでござ~♪~ますわァ。 おほほほほ。。。

やっぱり、卑弥子さんは信じようとしないのですねぇ~?

だってぇ~。。。あまりにも奇抜でござ~♪~ますわア。。。 せめて、「楊貴妃は日本人だった?」とか「楊貴妃は韓国人だった?」とか。。。その程度にとどめておくべきですわァ~。。。 うふふふふふ。。。

楊貴妃が日本人であったはずがないでしょう?

だったら、「楊貴妃はペルシア人だった」、と言う事は、もっと可能性のないことでござ~♪~ますわ。

それは、卑弥子さんが楊貴妃が純粋な中国人だと思い込んでしまっているからですよう。

だってぇ、どの本を読んでも楊貴妃は中国人だと書いてありますわよう。

あのねぇ、人類学の本を読めば、人類はアフリカで誕生した事が書いてあるのですよう。 つまり、その当時、中国には人類は居なかった。

つまり、アフリカ原人が中国に歩いていって中国人になった。。。デンマンさんは、そうおっしゃるのでござ~♪~ますか?

もちろん、アフリカ原人が中国人になるまでには何十万年と言う年月がかかっているのですよう。 アフリカと中国の間にペルシャがある。 それで、ペルシャで足踏みしていた時にペルシャ人になった。 それから何万年かの後に中国にたどり着いた。 それで中国人になったのですよう。

だから、その中国人から生まれたのが楊貴妃でござ~♪~ますわ。。。だから、中国人なのですわ。

確かに、その通りなのです。

それなのに、どうしてまた時間をタイムスリップさせて、楊貴妃がペルシャ人だったなんて、こじ付けをなさるのでござ~♪~ますかァ?

あのねぇ~、僕だって、「楊貴妃もペルシャ人だった」と言うのを初めて目にした時には、馬鹿バカしいと思ったものです。

そうでござ~♪~ますでしょう? 誰だって、そう思いますわよう。。。 んで、どこでそう言うタイトルを見たのでござ~♪~ますか?

卑弥子さんだって、僕の記事を読んだのだから、目にしているはずですよう。

そのような事がデンマンさんが書いた記事の中に出てきたのでござ~♪~ますか?

出てきたのですよう。 次の記事の中にちゃんと出てきたのですよう。

■ 『聖徳太子の家庭教師 (2008年7月15日)』

あたくしは覚えていませんわ。

GOOGLEの検索結果の中に出てきたのですよう。卑弥子さんのために、もう一度書き出しますよう。 読んでくださいね。

「聖徳太子 ペルシャ人」 の検索結果

約 2,860 件


(persepo2.jpg)

1) 聖徳太子はペルシャ人

チョコバットで2000本安打 – Yahoo!ブログ2008年7月1日 … 子供の頃から大好きな「チョコバット」で2000本安打を達成し名球会 入りを目指す男のブログ。 (猫 写真 古着)
http://blogs.yahoo.co.jp/y_0291/53915263.html – 34k

2) 聖徳太子は実在したのか

神護景雲と花鳥風月な日々~007の …2008年7月8日 … 最近昔習った歴史が覆されることが多いですね。 必死に覚えた年号等なんだったやねんー!と叫びたい(^m^) TVか雑誌の記事だったかな。聖徳太子はペルシャ人?!というのを見かけました。もう全然わかりません(≧▽≦;) …
http://blogs.yahoo.co.jp/japanbaseball007/55045713.html – 104k

3) 聖徳太子はペルシャ人だった

異端会議ソロ/ウェブリブログ 日本史ミステリーの予告編を視ていたら「聖徳太子はペルシャ人だった。」という内容の予告編が(笑)。 サブテロップを見ると「楊貴妃も遣隋使も・・・」とあったように思えたのだけど、要は太子の都「斑鳩の里」においてペルシャ文化の影響を受けてこの …
http://conie.at.webry.info/200807/article_1.html – 21k

4) 聖徳太子の母親はペルシャ人だった?

宇宙の摂理ブログ聖徳太子の母親はペルシャ人だった? 聖徳太子の母親は ペルシャ人だった? 渡来人 聖徳太子とその時代を考えるとき、私たちは日本古代史の中で考えようとします。昔の日本で起こったことを考えるのだから、それも当然のことのように思えます。 …
http://barclay.wablog.com/4.html – 95k

5) 聖徳太子の個人教授には

  ペルシャ人がいた

宇宙の摂理ブログ確証があるわけではありませんが、これが事実とするならば、聖徳太子には、16分の1のペルシャ人の血が流れていたことになり … ここで、聖徳太子の母親にペルシャ人の血が混じっていたこと、また彼女の回りにペルシャ人を含めて、多くの渡来人が居た …
http://barclay.wablog.com/3.html – 98k



(2008年7月10日午後4時現在)

『「聖徳太子 ペルシャ人」 現時点での検索結果』

つまり、「楊貴妃も遣隋使も・・・」という部分は「楊貴妃も遣隋使も(ペルシャ人だった)・・・」という事でござ~♪~ますか?

文脈に従って読めば、そのようになるのですよう。 卑弥子さんだって、そう思ったのでしょう?

ええ。。。 確かに、そうなるのではないか?そう思ったのでござ~♪~ますわ。。。でも。。。、でも。。。、まさか、デンマンさんはマジで信じているわけではないのでしょう?

僕も、初めて目にした時には馬鹿バカしいと思ったのですよう。 でも、すぐに僕は思い返したのですよう。

どうしてでござ~♪~ますか?

僕はかつて楊貴妃の記事を書いたのだけれど、その中で、もしかすると楊貴妃の体にはペルシャ人の血が流れているのではないか?。。。僕自身が、そのような事を書いた覚えがあるのですよう。

マジで。。。?

もちろんですよ。

それで、デンマンさんが書いた、その楊貴妃の記事って、どの記事でござ~♪~ますのォ~?

GOOGLEで検索したらすぐに分かりました。

「楊貴妃 ペルシャ人 デンマン」の検索結果


(youkihi3.jpg)

Results 1 – 15 of 15

for 楊貴妃 ペルシャ人 デンマン.

1) むっちり楊貴妃 PART 2

デマンのブログ-上の楊貴妃の像を造った彫刻家も、明らかに欧米の美人観の影響を受けていますよ。欧米と言って語弊がある
聖徳太子の個人教授にはペルシャ人がいた by デンマン …
http://blog.goo.ne.jp/denman/e/b4a4ae36f35d3368a8f79a94b5e19e6c – 67k

2) むっちり楊貴妃 PART 3

デンマンのブログ デンマンが徒然につづったブログ
そういう時にペルシャ人の血が入っているハーフの楊貴妃を目にした。うわさ通りの、透き通るような色白の肌をして、純粋な中国娘 …
http://blog.goo.ne.jp/denman/e/04481f217df028e4d8d605012ec26b8e – 66k

3) 徒然ブログ:むっちり楊貴妃

27 Mar 2008 … それが今日のタイトルの“むっちり楊貴妃”と関係あるのですか? ….. 聖徳太子の個人教授にはペルシャ人がいた by デンマン …
http://blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/51234510.html – 35k

4) 徒然ブログ:聖徳太子はペルシャ人

13 Jul 2008 … つまり、マンネリ化してつまらなくなったから、デンマンさんは聖徳太子の事を持ち出したのですわよね。 はっきり言って、聖徳太子がペルシャ人だ …
http://blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/51316828.html – 36k

5) むっちり楊貴妃 宇宙の摂理ブログ

それが今日のタイトルの“むっちり楊貴妃”と関係あるのですか?
ところで、デンマンさんが 飛鳥時代に日本に居たであろうペルシャ人について …
http://barclay.wablog.com/1897.html – 119k

6) 美容と入浴とアラビアン・ナイト

宇宙の摂理ブログ Google.com 楊貴妃 ペルシャ人
トラックバックURL. コメント
この中ではデンマンと呼ばれていますが、デンマンというハンドル名はGOOに居るときに使っていたもの …
http://barclay.wablog.com/1531.html – 97k


(2008年7月15日午前7時現在)

「現時点での検索結果」より

この上の検索結果に表示されているけれど、僕は次の記事の中で楊貴妃がペルシャ人の血を受け継いでいるのではないかと書いたのですよう。

『むっちり楊貴妃 (2008年3月27日)』

どう言う訳で楊貴妃にペルシャ人の血が流れているのでござ~♪~ますか?

すでに書いたことだから、その箇所をここに書き出しますよう。 卑弥子さんと話しながら書いたのですよう。 でも、卑弥子さんはすっかり忘れてしまったのですねぇ?

だってぇ~、デンマンさんとの話題はいろいろなんですものォ~。。。 いちいち覚えていられませんわぁ~。

とにかく、読んでみてください。

楊貴妃はペルシャ人だったの?


(youkihi2.jpg)


(himiko22b.gif)

中国人の中にもグラマーな女性が美人だと思う人が居るのでござ~♪~ましょうか?


(kato3.gif)

もちろん居ますよ。 上の楊貴妃の像を造った彫刻家も、明らかに欧米の美人観の影響を受けていますよ。 欧米と言って語弊があるならば古代ギリシャの影響と言い換えることもできますよ。


(venusmiro5.jpg)

このミロのビーナスを見るとき、楊貴妃の像を制作した彫刻家がこのビーナスの像を参考にしたような気がするほどですよ。

楊貴妃が生存していた唐の時代にも、ミロのビーナスのような女性が美しいと考えていた中国人が居たのでござ~♪~ましょうか?

居たのですよ。

証拠でもあるのでござ~♪~ますか?

ありますよ。 次の像を見てくださいよ。


(bosatsu3.jpg)

これは、あの有名な敦煌の莫高窟(ばっこうくつ)、第45窟の菩薩像です。唐の時代に造られたと言われているものです。

この像がミロのビーナスの影響を受けているのでござ~♪~ますか?


(silkmap2.jpg)

 

古代ギリシャ時代に作られたミロのビーナスとは、地理的に見て全く関係なさそうに見えるけれど、実は関係があるのですよ。

どのようにでござ~♪~ますか?

次のガンダーラの仏像を見てください。


(gandhara2.jpg)

如来坐像 ガンダーラ クシャン王朝 紀元2~3世紀

ガンダーラ (Gandhara)

ガンダーラ地方は、現在のパキスタンの西北部にあり、中心はペシャワールやその北部のスワット地方。
たくさんの遺跡が残っている。
「ガンダーラ」は、「ガンダ・ハル=いい匂い」の意味から来ている。

紀元前380年頃までにペルシャの支配は弱まり、多くの小王国がガンダーラを分割支配した。
紀元前327年にはアレクサンドロス大王がガンダーラに侵攻したが、大王はこの地に1年も留まらなかった。

同じ頃、マウリヤ朝のチャンドラグプタ王はタクシラにあったが、紀元前305年にはセレウコス朝を破り、アフガニスタン南部を支配下に収めた。
その後、1世紀半にわたりマウリヤ朝がこの地を支配した。

チャンドラグプタの孫アショーカ王は熱心な仏教徒となり、ガンダーラに多くの仏塔を建立した。
紀元前1世紀頃から仏教の大中心地となった。

その後、マウリヤ朝が衰退してインド亜大陸に退くと、ギリシャ系のバクトリアがこの地に勢力を拡張した。

実は古代ギリシャ世界のあの有名なアレクサンドロス大王がガンダーラにもやってきたのですよ。この影響が上のガンダーラの仏像にもはっきりと影響を残しているのです。

ガンダーラがギリシアの植民地だった

アレクサンダー大王の遠征(前327~前325)によって、ガンダーラがギリシアの植民地となります。
アショーカ王(前3世紀)以後マウリヤ王朝とともに仏教および仏教文化が入ることによって、ギリシア文化と仏教文化が次第に混ざり合ってゆきます。

これにインド中央部の伝統美術の影響も加わっていきます。
この複合文化は紀元後2~3世紀を頂点として、かなり長い間ガンダーラ仏教美術は栄えました。

特にカニシカ王は仏教を信奉し、仏教と仏教美術、学問を保護し、首都プルシャプラに仏教寺院・塔を建立して、ギリシア人の芸術家を呼びよせています。
ギリシアの写実的様式および技法で、仏教のテーマやモチーフを表現しているのが上のガンダーラの仏像には、ありありと見て取れます。

ガンダーラの彫刻は、もともと建造物を荘厳に見せるために造られました。
また仏教建築の装飾にコリント式列柱やギリシア風の文様が使われています。

仏像をよく見ると鼻や額が高く、唇が薄く、髪は波打ち、西洋風の顔立ちが一目見ただけでもよく分かります。
仏教は、もともと偶像は作りませんでしたが、仏教を分かりやすく伝えるために次第に控えめに表現された仏像が出現します。

ガンダーラ仏像の特徴は、自然な人間らしい姿を現しています。
法衣の襞にギリシア風の影響がみられます。

実際、上のようなガンダーラ仏が日本へもかなり伝わっています。
その一つを次のリンクをクリックすると見ることができます。

■ 『嶽林寺のガンダーラ仏』

大峰山 嶽林寺 (群馬県利根郡月夜野町1697)

仏像が伝わっていたという事実は、それを製作した石工たちも日本へ来ていたという可能性が十分にあります。
ギリシャ人がやってきていた、とは言いませんが、彼らの血を引いたペルシャ人は、かなりの数日本へやってきていたようです。

つまり、彼らは、ギリシャの様式や、技法をも身に付けていたのです。
ですから、法隆寺にエンタシスがあることも決して不思議ではないのです。

日本へやって来たペルシャ人やペルシャの文物、またギリシャ文化の影響については次に示すページで説明しています。

■ 飛鳥とペルシャ(波斯) 石人男女像の謎

■ ペルシャ人の石工が飛鳥にやって来た

■ 飛鳥坐(あすかざ)神社の神事と古代ギリシャのディオニソス神話

■ 聖徳太子の母親はペルシャ人だった?

■ 聖徳太子の個人教授にはペルシャ人がいた

by デンマン


『エンタシス史観 (2003年10月12日)』より

上の莫高窟(ばっこうくつ)の菩薩像は、このガンダーラ仏像の影響を受けているとデンマンさんは考えているのでござ~♪~ますか?

当然ですよ。 すぐ上の囲み記事を読んでも、ペルシャ人の石工が日本まで行った可能性が充分に考えられるのですよ。 日本までの距離を考えれば、ガンダーラと敦煌は目と鼻の先ですよ。

古代ギリシャの文化がペルシャ人に伝わったと言うのは理解できましたが、その古代ギリシャ文化が唐の時代にペルシャ人を通じて中国人に伝わったのでござ~♪~ましょうか?

伝わっていたのですよ。

証拠でもあるのでござ~♪~ますか?

あります。 詩人・李白(701ー762)が作った「少年行」という詩があるのですよ。

少年行

五陵の年少、金市の東

銀鞍白馬、春風を渡(わた)る

落花(らっか)踏み尽くして、

何(いず)れの処(ところ)にか遊ぶ

笑って入る、胡姫酒肆(こきしゅし)の中

盛り場を貴公子が春風の中、馬に乗って走っていく。

白馬に銀の飾りのついた豪華な鞍をつけている。

見るからに金持ちの貴公子です。

花びらを踏み散らしながらどこへ行くのかと李白が見ていたら、

やがて胡姫酒肆の中へ入っていった。

酒肆というのは酒場のことです。 この詩の中に現れる胡姫という言葉に注目してください。 胡という字はもともとは異民族という意味で使っていたのですが、唐の時代になるとペルシャ人をさすようになります。 中国語では別に「波斯」と書いてペルシャのことをそう呼びます。 これはペルシャ語によるペルシャの発音「ファルシー」の音訳です。

つまり、「胡姫」というのは胡の姫、ペルシャ人の女の子でござ~♪~ますか?

その通りですよ。 だから胡姫酒肆とくれば、もう決まっていますよね。 エキゾチックな可愛いペルシャ娘がお酌をしてくれるキャバレーですよ。 うしししし。。。


(himiko12.jpg)

こんな感じのペルシャ人のお姉さんがお酌をしていたのかもしれませんよ。

でも、ペルシャ人は極めて少なかったのでござ~♪~ますでしょう?

いや、それが意外に多かったようですよ。 この当時の長安(現在の西安)は国際都市だったのですよ。

どうして、そのような事が分かるのでござ~♪~ますか?

「安史の乱」がなかったら、そもそも白楽天は『長恨歌』を作ることはなかったでしょう。 その「安史の乱」を起こした安禄山(あんろくざん)はペルシャ人だったのですよ。

マジで。。。?

もちろんですよ。 正確にはソグド人(ペルシア系のオアシス農耕民族)と突厥人(トルコ系の遊牧民族)の混血だと言われています。 とにかく、容貌も体型も中国人とはかけ離れていた。 なにしろ、体重が200キロを越す巨漢だった。

つまり、中国に帰化した外国人だったのでござ~♪~ますか?

その通りですよ。 この人の生まれはサマルカンドだった。

サマルカンド (Samarkand)


(silkmap2.jpg)

 

紀元前10世紀ころからイラン系民族のオアシス都市として発展した。
ギリシャ史料で紀元前4世紀のアレクサンドロス3世率いるマケドニア王国遠征軍に最後まで抵抗したソグド人の都市「マラカンダ」の名で知られる。

『後漢書』などの漢文資料では康国として知られている。
玄奘三蔵や後世のアラビア語、ペルシア語の地理書によればソグディアナ、マーワラーアンナフルの中心と呼ばれている。

都市国家の連合体であったソグディアナではサマルカンドの支配者が、時には都市国家連合全体を盟主として采配を振るった。
8世紀初頭にはサマルカンド王デーワーシュティーチュが「ソグドの王」を名乗っている。

当時の中国の首都・長安も国際都市だったけれど、このサマルカンドは、まさに国際都市の中の国際都市だった。 そう言う訳で、安禄山は6ヶ国語に堪能であったため、初め互市郎(貿易官)に任じられたのですよ。 その後、軍功を立て出世してゆき、742年には節度使になり、その後は玄宗と楊貴妃に取り入り、二つの州の節度使を拝命し、まもなく三つの州の節度使を兼任する事になった。

つまり、この当時外国人に対する偏見は中国人は持っていなかったのでござ~♪~ますわね?

僕は思うのだけれど、長安が国際都市だったことを考えると、楊貴妃がハーフだったのではないか?僕はそう思っているのですよ。

どうして、そのように思ったのでござ~♪~ますか?

長恨歌(ちょうごんか)

漢の王は長年美女を求めてきたが、どの女性にも満ち足りないものを感じていた。
ところが、ついに探し求めていた美女に出会った。楊家の娘だった。

 (中略)

楊貴妃は、そもそもは玄宗皇帝の子息の一人の妃であった。
さすがに息子から妻を奪うのをはばかり、いったん道士となった後で玄宗の後宮に迎え入れられている。
太真は楊貴妃の道士時代の名。

 (中略)

温泉の湯水がなめらかに凝脂を洗う、と表現されるように、むっちりとした白い肌の持ち主だった。


『あっちかち (2008年3月25日)』より

このあらすじを読んだ時に、玄宗皇帝のこだわりようが常軌を逸している、と僕には思えたのですよ。

それ程常軌を逸しているでしょうか?

自分の息子の嫁を取り上げてしまったのも同然ですよ。 ちょっと、平凡な人には考えも及びませんよ。

そうでしょうか?

つまり、玄宗皇帝は、普通の中国人の女性ではどうしても飽き足らなかったのですよ。 楊貴妃は、かなり変わった女性だったのではないか? 要するに日本人の男が金髪の白人の女性に魅力を感じるようなものですよ。

デンマンさんも、金髪の白人女性にそのような魅力を感じた事がござ~♪~ましたか?

ありましたよ。 おそらく、宮殿の庭園でも歩いていたハーフの楊貴妃を玄宗皇帝は目にしたのでしょうね。 李白が「少年行」を詠んだように、当時の長安ではペルシャ人の娘が人気を呼んでいたのですよ。 玄宗皇帝も、うわさを耳にしていた。 そういう時にペルシャ人の血が入っているハーフの楊貴妃を目にした。 うわさ通りの、透き通るような色白の肌をして、純粋な中国娘にはない異国情緒が表情に表れている。 それがメチャ魅惑的に見えた。 一目見て玄宗皇帝は楊貴妃の異国風な魅力の虜になってしまったのですよ。

そうでしょうか?

そのような特徴的な女性を想定しない限り、いろいろと手の込んだ事をして自分の息子の嫁を取り上げるなんてしないと思うのですよ。

う~♪~ん。。。 でも、楊貴妃がハーフだったなんて聞いた事がござ~♪~ませんわ。

でもねぇ、状況証拠ならばたくさんありますよ。 安禄山が玄宗と楊貴妃に取り入って、二つの州の節度使を拝命し、まもなく三つの州の節度使を兼任する事になった、と言う事だって、楊貴妃自身がハーフであれば抵抗なく受け入れられる話ですよ。

そうでしょうか?

つまり、この当時の長安は国際化がかなり進んでいて、美人観も古代ギリシャの影響が強くでていたのですよ。 ハーフの楊貴妃は当然のことながらミロのビーナスのような体型に近かったでしょう。 もちろん肌も白人に近い白い肌だったでしょう。 そのような魅力が玄宗皇帝を虜にしてしまったのですよ。 どうですか。。。? 卑弥子さんも、そう思いませんか?

でも、大理石の楊貴妃のムッチリした像を作った彫刻家は、そのような事を知っていたのでござ~♪~ましょうか?

もちろん、知らなかったでしょう? 多くの中国人と日本人のように、楊貴妃は柳腰で細面の表情をしていた、と信じていたはずですよ。 それは、中国に現在残っている楊貴妃の絵を見れば分かります。

それなのに、どうして華清池の像を制作した彫刻家はムッチリとした楊貴妃の像を造ったのでござ~♪~ますか?

それが我々の遺伝子の中に組み込まれている美人観だと僕には思えるのですよ。 つまり、ムッチリとした腰と言うのは、骨盤が広い安産に適した体型ですよ。 楊貴妃の像を作った彫刻家もミロのビーナスの自然な美しさに感銘を受けて、それを参考にして華清池の楊貴妃の像を造ったのだと思いますよ。

。。。んで、柳腰の細面は。。。?

それは、纏足(てんそく)美人観ですよ。 つまり、人為的に女性の自由を制限して考え出された美人観だから、我々の遺伝子に組み込まれている美人観とは違っているのですよ。

古代ギリシャの美人観は、より自然な発想から生み出されたものだ、とデンマンさんはおっしゃるのですか?

そうですよ。 より自然で、より人類の幸せと発展にかなった美人観ですよ。 つまり、安産型の美人観です。 僕には、そう思えるのですよ。


『むっちり楊貴妃 (2008年3月27日)』より

どうですか、卑弥子さん?。。。面白いでしょう?

いつものようにデンマンさんの理屈に引き込まれそうでござ~♪~ますわ。

僕は理屈を捏(こ)ね回しているわけではないのですよう。

根拠に基づいているとおっしゃるのでござ~♪~ますか?

もちろんですよう。上の記事の中に貼ってあるすべてのリンクをたどって僕が書いた記事を読めば、納得できるように書いてあるのですよう。

デンマンさん。。。、あのですねぇ~。。。よほど暇がある人でない限り、デンマンさんが書いた記事をすべて読むなんて無理でござ~♪~ますわ。

でもねぇ、僕も驚いたのだけれど、上の中で引用されている記事は結構読まれているのですよう。

どうして分かるのですか?

アクセス解析で訪問者の数が分かるのですよう。 僕と同じように唐の時代に、壮大な歴史ロマンを感じている人が結構、たくさん居るのですよう。 上の記事を読むだけでも、国際的な広がりを感じませんか? 僕は源氏物語より面白いと思いますね。

デンマンさん!。。。あたくしは、これでも京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している者でござ~♪~ますわ。

知ってますよう。

そのあたくしに向かって、“源氏物語よりも楊貴妃物語の方が面白い!”。。。デンマンさんは、そう宣(のたま)うのでござ~♪~ますか?

宣(のたま)うなんて、すごい事を言いますねぇ~。。。 うへへへへ。。。

デンマンさん!。。。笑いで誤魔化さないでくださいな。 あたくしは真面目に腹を立てているのでござ~♪~ますわ。

分かりました。。。 僕は源氏物語がつまらない、と言っているのではないのですよう。 もちろん、源氏物語は世界的にも認められている素晴しい小説ですよう。 でも、「楊貴妃物語」は、それ以上に歴史ロマンを感じさせる壮大な絵巻だと思っているのですよう。

でも、そう言う絵巻はござ~♪~ませんわ。

だから、僕がネットで立ち上げようかと。。。『壮大なる歴史ロマン・楊貴妃物語』。。。『レンゲ物語』と『小百合物語』に引き続いて、この歴史的大ロマンをスタートさせてみようかと。。。うへへへへ。。。

デンマンさん。。。 マジですか?

夕べ、そう言う夢を見たのですよう。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif) 

ですってぇ~。。。

どうですか? あなたは楊貴妃がペルシャ人だったということを信じることができますかァ?

信じられなくても、ペルシャ人の血が少しは流れているという可能性はあるでしょうねぇ~。。。

ところで、あたくしには紫式部の血が流れているのでござ~ますわァ。。。

信じられないでしょう?

では、あたくしの次のお話を読んでくださいませぇ。。。


(genjiero4.jpg)

『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが“平成の紫式部”だと納得がゆきましたかァ~?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

でもねぇ~、あたくしは 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますゥ。

だけど、どういうわけか結婚相手が 現れないのですわよゥ。

あたくしは別に高望みはしていないのでござ~ますう。

“寅さん”のような人でもいいのです。。。

ついでだから、寅さんの映画でも見てください。


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ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代の話も心にしみます。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいねぇ~。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


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『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』

『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

『絵里香@ペルー』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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薄命な女と映画

2017年5月21日

 

薄命な女と映画

 


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デンマンさん。。。 わたしも“薄命な女”たちのお仲間なのですかァ~?


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いや。。。 ジューンさんは映画を愛しているけれど、薄命な女ではありません。

だったら、どうしてわたしの写真を貼り付けたのですか?

ジューンさんはネットで人気が出ているので、この記事を読むネット市民の皆様のためにジューンさんを登場させたのです。

マジで。。。? 。。。で、わたしが人気があるのですかァ~?

そうです。。。 あのねぇ~、“信じる者は救われる!”と昔の人は言ったのですよ。。。 だから、ジューンさんも信じねぇ~。。。

。。。で、どなたか“薄命な女”を探していたのですかァ~?

そうです。。。 ちょっと次のリストを見てください。


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『拡大する』

『映画を愛する薄命の女』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で5月18日の午後6時30分から19日の午前3時3分までの約8時間半の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所を見て欲しい。。。

あらっ。。。 5月18日の午後7時27分に2016年4月27日にデンマンさんが投稿した『映画を愛する薄命の女』という記事を読んだのですわねぇ~。。。

そうです。。。 横浜市にある富士通で働いている波久奈 英子(はくな えいこ)さんが読んだのです。


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『拡大する』

デンマンさんは、すぐにIPアドレスを調べますけれど、プライバシーを保護するためにアクセスしたネット市民の名前までは確定できないことになっているのですわァ~。。。

分かってます。。。 分かってます。。。 僕もその程度のことは理解しているつもりです。。。 でもねぇ~、ナポレオンじゃないけれど、「成せば成る、成さねばならぬ何事も。。。」という格言があるように。。。

それは、ナポレオンではなく、米沢藩の第9代藩主、上杉 鷹山(ようざん)の言葉ですわ。。。

ジューンさん。。。! たびたびツッコミを入れないでください。。。 あのねぇ~、波久奈 英子さんが、あとで僕にメールをくれたので確かめたのですよ。。。

。。。で、英子さんは、どういうわけで『映画を愛する薄命の女』に感銘を受けて デンマンさんにメールを出したのですかァ?

そうです。。。 あのねぇ~、英子さんは次の箇所を読んだのですよ。。。

本当に映画の心がわかる人


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松下電器とMCAの関係がまだ蜜月の頃、ひとりの女性がこの世を去っていた。
松下電器の国際契約部から、当時の平田副社長率いる特命チームに参画していた斎藤純子である。

映画作品への造詣が深かった斎藤は、MCAの保有する映像ライブラリーに関する克明な資料を作成し、特命チームの判断を助けた。
そしてMCAの買収契約が成立したのち、平田からワッサーマンに送る手紙の作成を依頼されると、その最後を「お楽しみはこれからだ」という台詞で締めくくった。

昭和2(1927)年に公開された映画『ジャズ・シンガー』で、主人公が語ったこの台詞は、無声映画からトーキー映画に切り替わった最初のスクリーンで観客に向けて発せられたものである。
映画史上に残る記念碑的な台詞を盛り込んだ手紙に、ワッサーマンはいたく感動し、「松下には、本当に映画の心がわかる人がいる」と語ったほどだった。

その斎藤が、ガンに侵され、死期が近づいていることを知ると、ワッサーマンは一通の招待状を送っている。

 

   次年、1992年3月の

   アカデミー賞授賞式には、

   是非、斎藤純子さんを招待したい。

   もし、体調がすぐれないようなら、

   医師の許可をもらってくれれば、

   ベッドのままアメリカに来られるように

   チャーター機で迎えに行きます。

 

   ルー・ワッサーマン

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だか、アカデミー賞の授賞式の約1ヵ月前、斎藤は31歳という若さで逝去した。

ハリウッドからは、「人が死んで残すものは、物質的なものではない。 心である」との哀悼のメッセージが届けられた。

斎藤純子の死は、あらたなビジネスモデルを成就させるべく奮闘してきた松下電器とMCAの関係者に忘れがたい記憶を残したが、その夢のビジネスモデルは、ついに花開くことはなかった。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


140-141ページ 『パナソニック人事抗争史』
著者: 岩瀬達哉
2015年4月15日 初版第3刷発行
発行所: 株式会社講談社

あらっ。。。 斎藤純子さんは31歳という若さで癌で亡くなったのですわねぇ~。。。 それにしても あまりにも若すぎる死ですわァ~。。。 人生はこれからだというのにィ~。。。

あのねぇ~、実は、僕も松下電器に勤めたことがある。。。 だから、斎藤さんは僕の後輩に当たるわけですよ。。。

信じられませんわ。。。

信じてください。。。 “信じる者は救われる!” と昔の人は言いましたからねぇ~。。。 でも、僕は3年で松下を辞めて世界放浪の旅に出たのですよ。。。 だから、残念ながら斎藤純子さんに会ったことはありません。

じゃあ、上の写真はデンマンさんが白日夢で見た斎藤純子さんなのですか?

そうです。。。 いけませんか?

。。。で、ワッサーマンさんというのは、どういう人物なのですか?

アメリカの映画界では有名な人物ですよ。

ルー・ワッサーマン

Lew Wasserman


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(1913年3月22日 – 2002年6月3日)

ルー・ワッサーマンはアメリカ合衆国オハイオ州出身のユニバーサル・スタジオの元社長、名誉会長。

スティーヴン・スピルバーグ監督らの才能を見いだした事で有名。

ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのニューヨーク・エリアに銅像がある。

ロナルド・レーガン元大統領の俳優時代の最初の代理人でもある。

脳卒中の合併症のため89歳でビバリーヒルズの自宅で死去。

ハリウッドの6925 Hollywood Blvd番地にワッサーマンのハリウッド・ウォーク・オブ・フェームがある。


出典: 「ルー・ワッサーマン」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。 この方も2002年に すでに亡くなっているのですわねぇ~。。。

そうです。。。 惜しい人は、どんどん亡くなってゆくのですよ。。。 憎まれっ子だけが しぶとく生き残っているわけです。。。

デンマンさんもその一人ですわね。。。 うふふふふふふ。。。

まあねぇ~。。。 確かに、僕もしぶとく行き続けていますからねぇ~。。。

それで、なぜ 斎藤純子さんを取り上げたのですか?

僕も映画にハマっていますから。。。



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『実際のリスト』

あらっ。。。 これはデンマンさんがバンクーバー市立図書館でDVDを借りて観た 映画のリストですか?

そうです。。。

これまでに 1、289本もの映画を図書館で タダで観たということですかァ~? うふふふふふふ。。。

そうです。。。 いけませんか?。。。 赤枠で囲んだ 1、288番目の映画に注目してください。

あらっ。。。 上の引用した文章の中に出てきた”The Jazz Singer”ですわねぇ~。。。 つまり、上の本を読んで“映画を愛する薄命の斎藤純子さん”を知り、可哀想な彼女の早逝を悼んで さっそく4月25日に”The Jazz Singer”のDVDを借りて映画を観てコメントを書き込んだのですか?

そうです。。。 いけませんか?


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『実際のカタログページ』

つまり、斎藤純子さんが手紙の最後を「お楽しみはこれからだ」という台詞で締めくくったので、その台詞を確かめるために映画を観たのですか?

そうです。。。 いけませんか?

デンマンさんも かなりの暇人なのですわねぇ~。。。

ジューンさん!。。。 そのように呆れた顔をしないでくださいよ。。。 僕は暇をもてあましていたわけじゃなくて、マジで その台詞が気になって さっそくDVDを借りて映画を観たわけですよ。

。。。で、確認できたのですか?

それがねぇ~、見るべき場所をすっかり間違えていたのです。

どういうことですか?

最後を「お楽しみはこれからだ」という台詞で締めくくったと書いてあったから、映画の最後で主人公のアル・ジョルソン(Al Jolson) がその台詞をしゃべるだろうと思っていたのですよ。

。。。で、しゃべったのですか?

ところが、それらしい台詞を全くしゃべらなかった。。。 もういちど本を見たら、次のように書いてあるじゃありませんか!

無声映画からトーキー映画に

切り替わった最初のスクリーンで

観客に向けて発せられたものである。

別に最後に言う台詞ではないのですよ。

。。。で、どのような台詞だったのですか?

『ウィキペディア』の説明を読んでみてください。

ジャズ・シンガー


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『ジャズ・シンガー』、1927年10月6日にアメリカ合衆国のワーナー・ブラザーズが公開し、ヴァイタフォン方式による音声付きの映画。
やや不正確な表現であるが、しばしば「世界初」のトーキーとして言及されることがある。

“Wait a minute, wait a minute. You ain’t heard nothin’ yet!”

「待ってくれ、お楽しみはこれからだ!」

直訳では「―君はまだ何も聴いてないんだぜ」というセリフが有名である。

2005年6月に発表された「アメリカ映画の名セリフベスト100」ではこのセリフが第71位にランクインしている。

映画全編を通してのトーキーではなく、部分的なトーキー(パートトーキー)だったが、驚異的な興行収入を記録し、トーキーの時代の幕開きとなった。
第1回アカデミー賞で脚色賞部門でノミネートされた。

1953年と1980年にリメイクされている。

あらすじ

ユダヤ人の少年ジョン・ラーヴィノヴィッツは或る酒場で俗的な歌を歌っていたのをユダヤ教司祭長で厳格な父に見つかり勘当されてしまう。

数年後、ジャック・ロビンと言うアメリカ人の名前を名乗ったラーヴィノヴィッツは長年の夢であったジャズシンガーになり人気を博していた。
舞台女優メアリーと恋仲になったラーヴィノヴィッツは彼女の手助けで大舞台で歌う事になったが、その前日、母が訪ねて来る。
ラーヴィノヴィッツが歌う日はちょうどユダヤ人にとって聖なる日(ヨム・キプル)であり、ユダヤ人達が父の経営する教会に集まり讃美歌を歌う日であった。

ところが父が病気で倒れてしまったのだった。
母がラーヴィノヴィッツを訪ねて来たのは彼に、父の代わりに讃美歌を歌ってもらう様頼む為だった。

メアリーは「ラーヴィノヴィッツはもう立派なジャズ歌手であり自立した大人。
そんな彼に親の都合を勝手に押し付け、大舞台をフイにして良いのか」と抗議する。
しかし彼は敢えて教会で讃美歌を歌う事を選ぶ。

メアリーの「ジャズシンガーが賛美歌を歌っている」と言う嘆きの声を傍らに、ラーヴィノヴィッツは立派に父の代役を果たすのだった。
病床の父はそんな息子の歌声を聴きながら息を引き取るのだった。

数か月後。
改めて大舞台で歌う事になったラーヴィノヴィッツは顔に墨を塗り、黒人に扮しながらメアリー、母の前で「マイ・マミー」を熱唱する。
母はそんな息子の姿を、涙を流しながら見守るのだった。


出典: 「ジャズ・シンガー」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。 会話の言い方としても これは、かなり砕けた英語ですわねぇ~。。。

いくらなんでも、この台詞をそのまま手紙には書けないよねぇ~? ジューンさんだって、そう思うでしょう!?

そうですわねぇ~。。。 おそらく、少し文語調に書き換えたのだと思いますわァ。

。。。で、横浜市にある富士通で働いている波久奈 英子(はくな えいこ)さんは記事を読んで、どこに感銘を受けたのですか?

もちろん、31歳という若さで逝去した斎藤純子さんが映画人のルー・ワッサーマンさんを感動させたというところです。。。 ジューンさんはどのように感じましたか?

生きると言うことは時間の長さではないと。。。 多くの人に感動を与えるような生き方をしたいと思いましたわァ~。

なるほど~。。。

何がなるほど~なのですかァ~?

ジューンさんのビキニ姿が多くのネット市民の皆様に感動を与えていますよ。。。


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『マルタ島のロマン』


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
確かに、次のような英語は学校では習いませんでござ~ましたわァ。

You ain’t heard nothin’ yet!

教科書に書くにはこれを次のように改めなければならないんですってぇ~。。。

You haven’t heard nothing yet!

これならば、あなたにも理解できるでしょう?


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ところで、ジューンさんのビキニ姿も人気がござ~ますけれど、

あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”も人気があるのでござ~ますわよう。


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。
うふふふふふふ。。。

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。


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どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。
信じてくださいましなァ~。。。

ところで、あなたは『万夜一夜物語』を読んだことがござ~ますかァ~?

“千夜一夜物語”ではなくてぇ、“万夜一夜物語”ですわ。


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『万夜一夜物語』

デンマンさんが書いたのでござ~ますわよう。

ええっ。。。 10,001の話が書かれているのかってぇ~。。。?

とにかく、上のリンクをクリックして読んでみてくださいませぇ~。。。

あなたも、絶対にビックリするようなお話が出てきますわァ。

『万夜一夜物語』だけでは、物足りないのでしたら、
ジューンさんが登場する面白いお話もたくさんあります。

興味のある方は、どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましねぇ~。。。

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
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『乙女と処女』

『戦場に行くことを教えた女教師』

『桜井の別れと母上様』

『ダイアモンドは女の親友』

『愛のコリーダを訳す』

『マルタ島のロマン再び』

『大前研一 奇妙な検索』

『ついに千夜一夜』

『いいね攻略と良妻賢母』

『批判が無いとヒトラーがのさばる』

『混浴入浴風景』

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『9日間の女王』

『あなたは敬語?』

『原節子とジューンさん』

『モナリザの妹』

『ナイアガラとマリリンモンロー』

『おばさんパンツ@大晦日』

『ヴィーナスのえくぼ@ジューン』

『乳房振動とブラの研究』

『G線上のアリア』

ジューンさんの熟女下着
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『悲愴と白鳥』

『ブッダと千夜一夜物語』

『絹の道と千夜一夜物語』

『ヤノマミの乙女』

『ジャータカと今昔物語』

『白木屋お熊とセックス』

『パンツを売る乙女』

『床上手な女@マルタ島』

『宮沢りえとおばさんパンツ』

『マチュピチュとインディー・ジョーンズ』

『映画を愛する薄命の女』

『ベニスの騒動』

『アンネとハンナ』

『名器たこつぼ』

『レダの卵を探して…』


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『サモトラケのニケとミロのヴィーナス』

『薄命な女のパンツ』

『ロトの娘たち』

『もう一人のモナリザ』

『万夜一夜の謎』

『自由という誘惑』

『驚異の大洪水』

『おつまみミステリー』

『混浴風景を探して』

『ハレルヤ』


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『マルタ島のロマンだ』

『宮沢りえ人気@海外』

『癒しを奏でるパンツ』

『マルタ島deロマン』

『生ログdeロマン散歩』

『宮沢りえ@クールジャパン』

『混浴風呂ガー』

『ウェルカムバック』

『コペンハーゲンからやって来た』

『ロシアからやって来た』

『海外美女ランキング』

『ブログを解剖する』

『スイスからトランプ見に来る』


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『海外美女を探して』

『パンツde大晦日』

『Tバック@三賀日』

『とっちゃん坊や』

『また千夜一夜』

『初恋の思い出』

『乳房振動とブラ』

『白木屋お熊』

『肥後ズイキ@セルビア』

『紐パン熟女』

『美尻のビーナス』

『紐パン熟女に惹かれて』

『あの二人が気になって』

『肥後ズイキ@セルビア』

『私は下着女装です』

『ドリアンを探して』

『パリの日本人』

『ペンタゴン式己を疑う』

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。


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こんにちは。ジューンです。

スパムメールが相変わらず多いですわよね。

あなたのメールボックスにも、

ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?

スパムメールを飛ばしているのは

いったい、どういう人たちなのでしょうか?

出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。

彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。

そのためにメールアドレスのリストを購入しています。

では、そのようなリストを販売している人は

どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?

ロボット(自動巡回プログラム)によって

自動収集させているのです。

ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは

毎日世界中のサイトを訪問し、

その内容をデータベースに書き込んでいます。

同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、

HTMLソースを分析し、

メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。

でも、使っていないメールアドレスが

たくさんあるのですよね。

あなたの使っているメールアドレスのことを

考えてください。

あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?

一つだけではないでしょう?

10以上持っているのではありませんか?

多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?

そのために、現在実際に使っている

メールアドレスを集めるために、

怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを

集めているのですわよ。

だから、あなたもむやみに信用できない人に対して

返信しないようにしてくださいね。

詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。

『コメント魔』

(2012年4月3日)


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ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ


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絵里香@ペルー

2017年5月20日

 

絵里香@ペルー

 


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デンマンさん。。。 ”絵里香@ペルー”というのはペルーに住んでいる絵里香(えりか)さんということでござ~♪~ますかァ?


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そうです。。。

デンマンさんが海外を放浪している時に知り合ったのでござ~♪~ますかァ?

いや。。。違います。。。 最近、ネットで知り合ったのですよ。。。

あらっ。。。ネットでナンパしたのでござ~♪~ますかァ?

卑弥子さんは どうしてナンパに拘(こだわ)るのですかァ~?

別に拘っているわけではござ~♪~ませんわァ。。。 デンマンさんに質問しているだけでござ~♪~ますわァ。

じゃあ、卑弥子さんの好奇心に答えるために、まず次のリストから説明します。。。


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『拡大する』

『徒然ブログ』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で5月11日の午後4時54分から12日の午前2時16分までの約9時間の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所を見て欲しい。。。

あらっ。。。 5月11日の午後5時9分に GOOGLE で検索してデンマンさんの『徒然ブログ』にやって来たのですわねぇ~。。。 https://www.google.com.pe/ というのはペルーのGOOGLEですか?

そうです。。。


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『ペルーのGOOGLE』

。。。で、絵里香さんがアクセスしたと、どのようにして判ったのでござ~ますかァ?

IPアドレスを調べたのですよ。。。


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あらっ。。。 絵里香さんはペルーの首都のリマに住んでいるのでござ~ますわねぇ~。。。


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リマ

リマ(Lima)は、ペルー共和国の首都並びに政治、文化、金融、商業、工業の中心地である。
人口約800万人で同共和国最大。南米有数の世界都市であり、2016年の近郊を含む都市圏人口は1,095万人であり、世界第29位である。
チャラと呼ばれる海岸砂漠地帯に位置する。

リマは植民地時代に建てられた建物が多く残るセントロ地区(1988年、ユネスコの世界遺産に登録)と海岸沿いの新市街に二分される。
リマは1535年にインカ帝国を征服したスペイン人のコンキスタドール、フランシスコ・ピサロによって築かれた。
リマの名前の由来は市内を流れるリマック川(río Rimacが訛ったもの)に由来すると言われているが、当初の名前は”La Ciudad de los Reyes”(諸王の街)であった。

気候

南緯12度と低緯度であるが沿岸を北流するペルー海流の影響によって気温は低く、最暖月の2月で22.5℃、最寒月の8月で15℃となる。
曇天の日が多いが、海岸砂漠地帯(コスタ)に属し年間降水量は30mm程度である。

平均温度は18℃で平均湿度は87.1%であるが、冬は毎日のように海霧がたちこめ湿度は常に100%近くになる。
エジプトのカイロより、降水量が少なく、ケッペンの気候区分では砂漠気候に属する。

住民

リマ市の民族構成は以下のようになっている。
混血(メスティーソ):40%
インディオ(先住民):29% ケチュア人:85%
アイマラ人:15%

ヨーロッパ系:25% スペイン系:65%
イタリア系・ドイツ系・その他:35%

アジア系(主に日系と中国系):3%
アフリカ系黒人:3%


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出典: 「リマ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

でも。。。、でも。。。、アドレスを調べても個人情報を保護するためにアクセスしたネット市民の名前までは判らないようになっているのですわァ。

あのね~ 絵里香さんは僕のブログの常連さんなのですよ。

その証拠でもあるのでござ~ますかァ?

ありますよ。。。 ちょっと次の検索結果を見てください。


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「デンマンさんの徒然ブログ」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そうですよ。。。 すると、35,200件もヒットするのです。。。

赤枠で囲んだトップのタイトルをクリックして絵里香さんはデンマンさんの『徒然ブログ』にやって来たのでござ~♪~ますかァ?

そうです。。。

。。。で、5月11日の午後5時9分にアクセスした絵里香さんは、どの記事を読んだのでござ~♪~ますかァ?

当然、5月11日にトップに掲載された次の記事を読んだのです。。。


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『禁忌の愛を探して』

『現時点でのトップ記事』

あらっ。。。 『禁忌の愛を探して』を読んだのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

つまり、絵里香さんも禁忌の愛を探していたのでござ~♪~ますかァ?

あのねぇ~ 絵里香さんは僕のブログを探して、たまたまホームページのトップに出ていた記事を読んだのですよ。。。 だから5月11日に“禁忌の愛”を探していたわけではないのです。

。。。で、絵里香さんはリマで何をしているのでござ~♪~ますかァ?

サンマルコス大学で文化人類学を勉強しているのですよ。。。


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サンマルコス国立大学


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『拡大する』


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国立サンマルコス大学

国立サン・マルコス大学(スペイン語: Universidad Nacional Mayor de San Marcos、UNMSM)は、ペルーの首都リマにある公立大学。
1551年5月12日に王立リマ大学(Real y Pontificia Universidad de Lima)として創立した。

チャールズ5世、神聖ローマ帝国皇帝によって署名された勅令によってチャーターされた。
アメリカ大陸で最も古い公式に設立された大学。

ペルーで最も重要で尊敬されている高等教育機関です。
国内のトップ2大学にランクされている。
そのメインキャンパスはリマにあります。

サンマルコスには60の学問専門学校があり、20の学部と6つの学術分野で組織されています。
すべての学部は学部と大学院があります。

学生団体は、全国の3万人以上の大学生と4,000人の大学院生だけでなく、いくつかの留学生から構成されている。
大学には、サンマルコス文化センターや自然史博物館など、政府の下にある数多くの公的機関がある。

ラテンアメリカでのサンマルコスの威信は、主にその有名な教員と同窓生から生まれました。
ペルーの唯一の大学で、同窓生の間でノーベル賞受賞者をたくさん抱える大学です。

サン・マルコスはカリキュラムの内容の質、競争の激しい入学手続きで知られています。
科学研究の中心的存在です。

ペルーとラテンアメリカの有力な思想家、研究者、科学者、政治家、作家がこの大学で学びました。
ペルーと世界の歴史の教育機関としてのサンマルコスの指導的役割を果たしています。


出典: 「国立サンマルコス大学」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。 絵里香さんは歴史のある有名な大学で学んでいるのですわねぇ~。。。 アメリカ大陸で最も古い大学の一つだなんてぇ~、知りませんでしたわァ~。。。んで、絵里香さんは どういうわけでデンマンさんのブログの常連さんになったのでござ~ますかァ?

あのねぇ~、実はペルーに行ってから『源氏物語』のことをしばしば質問されたらしいのですよ。。。 

古典文学の最高峰


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2000年7月に発行された2000円札に『源氏物語』の絵柄が入るほど『源氏物語』は日本人に親しまれている古典です。
新聞報道によると、『源氏物語』を題材とした漫画『あさきゆめみし』が1600万部も売れたという。
また「千年の恋ーひかる源氏物語という映画も公開され話題を呼んだ。

平安時代のきらびやかな貴族生活を背景に、光源氏の恋と栄華を描いた大河小説『源氏物語』の成立は、西暦1004年頃ではないかといわれている。
したがって成立後すでに千年になろうとしている。

この11世紀初頭に書かれた54巻からなる『源氏物語』は我が国の古典文学の最高峰とされるばかりでなく、その芸術性の高さ故に諸外国にも広く翻訳、紹介されており、日本人はもとより外国人にも親しまれると同時に、また多くの文学者の研究対象にもなってきた。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


126ページ 『シェークスピアは誰ですか?』
著者:村上征勝
2004(平成16)年10月20日 第1刷発行
発行所:株式会社 文藝春秋

『源氏物語』は世界的に有名だから絵里香さんは大学のクラスメートからもたくさん質問を受けたというのですよ。

それで絵里香さんは『源氏物語』の話をネットで読み始めたというのでござ~ますかァ?

そうです。。。 それで卑弥子さんの『源氏物語』の話に出くわしたというわけです。 それが『徒然ブログ』にやって来るきっかけになったと言うのですよ。

あらっ。。。 マジでござ~ますかァ? うれしいわあああァ~。。。 あたくしの「日本文化と源氏物語」が認められたのですわねぇ~。。。

そうですよ。。。 卑弥子さんも、これから ますますネットで『源氏物語』を世界に広めてくださいねぇ~。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

では、あなたもどうか絵里香さんが読んだという次の記事を覗いてくださいませぇ~。。。


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『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが“平成の紫式部”だと納得がゆきましたかァ~?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのですかァ?

でもねぇ~、あたくしは 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ます。

だけど、どういうわけか結婚相手が 現れないのですわよゥ。

あたくしは別に高望みはしていないのでござ~ますう。

“寅さん”のような人でもいいのです。。。

ついでだから、寅さんの映画でも見てください。


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ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代の話も心にしみます。

たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。

ぜひ 覗いてみてくださいねぇ~。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてください。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


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『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』


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『オルフェと聖徳太子』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

『ゴヤと三島由紀夫』

『仏陀とキリストと娼婦』


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『ズロースと戦争』

『伊藤若冲ブーム?』

『ブッダと物理学』

『加藤清正ブーム?』

『愛憎と三輪山』

『松原智恵子 お尻ペンペン』

『坂本龍馬は流れ者か?』

『野ざらし』

『紫式部堕獄説』

『日本最古のポルノ?』

『源氏物語の性描写』

『寅さんの本棚と急行まつしま』

『ヒトラーは草食系?』

『ブッダとキリストと娼婦』

『顔文字とオナラ』


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『宝暦の恨みを明治維新で』

『デウキと紅葉@行田』

『薄い陰毛と紅のボートピープル』

『江戸の閨房術』

『ずるがしこい現代人』

『春画@源氏物語』

『千早振る』

『あれっ、松本清張』

『キスと源信』

『伎楽は呉から…?』

『紺瑠璃杯に魅せられて』

『神聖娼婦 マリア』

『安徳帝は生きていた』

『白石川の桜』

『ブログ村のマリア様』

『萌える済子女王』

『ピンク桃色@徒然』

『富沢金山の桜』

『ピンク桃色村』

『紫式部@徒然』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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行田物語 ピラミッド

2017年5月19日

 

行田物語 ピラミッド

 


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デンマンさん。。。行田市に まさかピラミッドができたのではないですよねぇ~!?


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もちろん行田にピラミッドなどありません。。。 観光名所にピラミッドを作る計画もないようです。

それなのにどういうわけでピラミッドを持ち出してきたのですか?

あのねぇ~ 小百合さんは忘れてしまったかもしれないけれど、かつて僕が迷子になった道を 小百合さんが三菱の軽トラを運転して僕が助手席に乗りながら通ったことがあったのです。 その時 小百合さんが次のように言ったのですよ。

「この辺で昔、ピラミッドのようなものを

見かけたことがあるのですわァ」

そのデンマンさんが迷子になった道と言うのはいったいどの道のことですかァ?

かつて記事を書いたので、ここに書き出します。 小百合さんも読んで思い出してください。


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Subj:今日の小百合物語は

題して『思い出を食べる』でした。

読んでみてね。

ヽ(´ー`)ノキャハハハ。。。

Date: 28/03/2008 10:32:22 PM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間 3月29日午後2時32分
From: barclay1720@aol.com
To: fuji@adagio.ocn.ne.jp

『思い出を食べる@麻布』

突然 ゼリーフライが食べたくて、
行田に行ってきました。

「かどや」 で食べると決めてたのに
行ったら 休みで、
どうしよう と思っても
お店の紹介してあったパンフをわすれました。


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地元の人はうまい店を知っているものですよ。
僕のお袋も知っているはずですよ。
電話して尋ねてみたらよかったですね。

僕の弟もうまいフライ屋で買ってくる事がありますよ。

おろおろ しながら 大長寺の橋をわたり、
人に尋ねて商工会センターの建物を見つけて 
パンフをもらい かねつき堂
という店を 探すのですが
これがまた 見つからず子供達もあきれ顔。
ちょっと 見つけずらかった

行田の町は、もともとが城下町ですからね、
道が分かりにくいように作られているのですよ。
つまり、攻め込まれて来た時に敵が道に迷うようにできていた。

明治の頃から市内の道路は、ほとんどが昔のままですよ。
舗装されたけれど、道筋(みちすじ)は昔のままのところが多いのです。

行田のフライ屋もゼリーフライ屋も、ほとんどが市内にありますからね、
本町や新町(あらまち)通りから一歩入ると、僕でも、どこだか分からなくなってしまう事がありますよ。

どうして碁盤の目のようにしないのか不思議でなりません。
2006年、帰省した時にもネットカフェの『みるみる』をつかったのですよ。

たいてい自転車で産業道路を通って『みるみる』へゆくのですが、
いつも同じ道では退屈するので、JRの行田駅から市内に向かう広い道路を使ってみたのですよ。


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初めてその道路を使った。
僕が子供の頃には無かった道です。

欧米の都市のように新しい道路を碁盤の目のように造ればいいのですよ。
ところが、そうなっていないのですよね。

4車線もある道路なのに、弓なりに曲がったりしている。
夜だった事もあって、すっかり道に迷ってしまいました。
道路が妙に曲がっているので、走っているうちに方向感覚が全くなくなってしまったのですよ。
30分も自転車をこげば帰れるのに2時間以上もかかって、やっと実家にたどり着いたのですよ。

アメリカでもカナダでも北か南か東か西か走っている方向はまず間違いなく分かる。
道路標識もちゃんとしているし、どのような道にもストリート名がある。
だから、道に迷っても、教えやすいし、言われても分かりやすい。
“何ブロック行って西に曲がれば、○○○ストリートに出られる”

ところが、行田はそうではないのですよね。新しい道路なのに、
全く計画性が無く造られていて、
“この道を○○店まで行って右に曲がって。。。”
こういう教え方をする。

しかし、夜だから、店は閉まっていて分からない。
意外に街灯が少ないのですよね。
ほぼ真っ暗です。

急に外国に来たような気分になってしまいましたよ。
うへへへへ。。。

生まれ育った町で迷子になろうとは夢にも思っていませんでした。
それほど、道路が無計画に作られている!


『思い出のフライ』
(2008年3月31日)

そうです。。。 そうです。。。 もう10年ほども前になるのですわねぇ~。。。 思い出しましたわァ。。。

僕は、その時 小百合さんに言ったものですよ。

「小百合さんがいつ行田にやって来たか

知らないけれど、この道は僕が子供の頃は

なかったのですよ。

JR行田駅ができたので

造られた道なのだから…

僕が迷子になったくらいだから

それは確かです。」

そうでしたわ。 デンマンさんは私の話を全て否定したのですわァ。 確かに私が見たのはずいぶん昔のことでしたわァ。 館林の女子校を卒業して初めて就いた仕事が広告代理店の営業で、出来上がったチラシを行田のお客様の所へ届けに行った途中で見たのですもの。。。

でも、小百合さんがピラミッドのようなモノと言ったので、僕にはすぐに思い当たるモノがあった。 清善寺の無縁塚ですよ。。。

新兵衛地蔵尊


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昭和7年5月8日、清善寺無縁塚の上に、新兵衛地蔵尊が開眼供養された。
早いもので48周年を迎える。

大正13年5月に、大澤龍次郎翁が亡父13年忌供養に丈余の無縁塔を建立し、成田家、阿部家家臣の天文年間より天保年間300年の香煙絶えて久しき無縁の精霊を慰め供養し、次いで無縁の墓石を集め無縁塚としたのは昭和6年である。

今でこそ無縁塚を建立するのは珍しくないが—今の無縁塚は、無縁の墓が多く邪魔なので片付ける為に塚にしたというのが多い—初め立派な供養塔を建て8年間供養してから、これらを集め塚としたという仏心による無縁塚建立という例は、全国でも例をみない本当の無縁塚であろう。

そして無縁を慰める菩薩は地蔵尊しかない。
幸いに、父新兵衛が念持していた地蔵を拡大鋳造して安置して、相州大雄山最乗寺山主大石観法老師によって新兵衛地蔵尊と名付け開眼されたことは仏道にのっとり、無縁の精霊の供養に範とする処で、新兵衛地蔵尊の真意はここにあることを強調したい。


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昭和7年頃の清善寺を想い出して貰いたい。
今の赤門は、大沢証券の前にあって、左側には大きな樹が昼なお暗く繁り今の城東会館の処は、田と沼で、朽ちた鐘楼が見え、今の道の上に愛染堂があり茶畑にかこまれていた。
夜は墓地に人魂が飛ぶといわれた程さびしいというよりこわい古刹だった。

名誉市民 大澤龍次郎翁は郷土発展の為に数え切れない程 たくさんな施策をしたが、その中で特記すべき一つに地味ではあるが、大事業であった、今の天満から内行田に抜ける道を拓いたことをあげることが出来よう。

昭和7年 新兵衛地蔵尊開眼、その東の延命苑の造園、新兵衛地蔵尊通りの開通の着手、そして西條八十詩 中山晋平作曲、勝太郎の吹込の『行田音頭』レコードと、東京より直通列車による地蔵講参拝団の来訪と、昭和初期の大不景気のさ中に、行田では華々しさを物語っている。
5月8日の新兵衛地蔵尊の祭日は、参拝後、水城公園に廻って行田音頭の記念碑でもみて、あなたの頭の中に40数年前のタイムカプセルを浮べて下さい。


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   『行田音頭』

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


239-241ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社

そうです。。。 そうです。。。 デンマンさんがわざわざこの場所へ連れて行って見せてくれたのですわァ。。。 でも私は、これと同じようなピラミッドを確かにデンマンさんが迷子になった道で見たのですわァ。。。

ここ以外に小百合さんが言うピラミッドのようなモノは絶対にない!と云う事を示すために僕は小百合さんを連れて行ったのですよ。

でも。。。、でも。。。、私は見たのですわァ。。。

だってぇ~、僕が迷子になった道は 小百合さんが通ったという時にはなかったのだから。。。 そう言っても小百合さんは同じことを繰り返して言うのですよねぇ~… 清善寺とは違う所でピラミッド型の無縁冢を確かに見たと。。。

だってぇ私は確かに見たのですわァ。 夢ではありませんでしたァ。

それで、去年の秋でした。 僕が行田に帰省した時に、小百合さんが行田の古代米カレーが食べたいということで行田駅のすぐ近くのCafe Cozyへ行ったのですよ。


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『古代米カレー』

Cafe Cozy はシャレた店だったですわねぇ~。。。

残念ながら古代米がきれていたので白いご飯だったけれど一応満足しました。。。 その帰りに市内に向かう途中で小百合さんが道端にある藁屋根の古い民家に気付いて、ちょっと見てみようということになって車から降りたのですよ。


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見かけよりもかなりボロだった。

そしたら、私は見覚えのある風景に出くわしたのですわァ。。。この辺に来たことがあることをはっきりと思い出したのです。。。 それで思い出を手繰り寄せながら歩いて行ったら お寺があって見覚えのあるピラミッド型の無縁塚が現れたのですわァ。。。


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『拡大する』

僕も、この時ばかりはエジプトのピラミッドが現れたのではないか!?。。。と思ったくらいに唖然としましたよ!

デンマンさんが、そんな道はない!。。。と自信を持っ言ったので私は思い違いだと考えたほどでした。。。 でも、心のどこかに確かに見たという思いがあったのですわ。。。

考えてみたら僕は無縁塚があるこのお寺を初めて見たのですよ。。。 そもそも、子供の頃、この辺に来たことがなかった。

成正寺


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成正寺(じょうじょうじ)は、埼玉県行田市にある

浄土真宗本願寺派の寺院である。

文政6年(1823年)、桑名(三重県)から

忍(現在の行田市)に移封した

松平忠堯の家老、加藤大炊が、

浄土真宗本願寺派の寺院が無いことに気づき、

築地本願寺(本願寺の別院)の出張道場として

開基に賢随を迎え建立したという。

 


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出典: 「成正寺 (行田市)」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまり、もともと細い道路があったのですわよ。。。 JR行田駅ができたので道路を広げて駅まで延ばしたのですわ。

僕も、こうして改めて成正寺の無縁塚を見ると、僕が子供の頃にも細い道路があったのだと納得することができました。

要するに、この事を言うために“行田物語 ピラミッド”というタイトルを付けて私を呼び出したのですか?

いや、そればかりじゃありません。。。 ちょっと次の小文を読んで見てください。。。

13歳の少女と「武士」の出会い


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旅の始まりで『更級日記』にふれます。
父の任地である東国で生まれた13歳の少女が、任期が満ちて京に帰る父に連れられて草深い武蔵野国を通ったのは寛仁四(1020)年のことでした。
たまたま望見した名も知らぬ人物について書き記します。

「馬に騎りて弓持(もち)たる」人物についてです。
広々とした空の下、馬に乗った武人はやがて草むらに消えて行きます。
点景のように草原に現れたこの人物のことを彼女が書きとどめたのは、よほどそのときの光景があざやかだったからに違いありません。
さりげなく書かれたこの一節が司馬さんの記憶に止まります。
そしてその時代から一挙に時間を360年ほど溯(さかのぼ)ります。

それより360年前の西暦663年。
朝鮮半島。
百済(くだら)が滅亡の危機に瀕(ひん)していました。
百済の救援に向かった約二万七千の日本軍は白村江(はくすきのえ)の海戦で大敗北。敗戦の混乱の中で多くの百済遺民を伴って帰国します。
百済人は長年、ツングース系の高句麗騎兵と戦っており、騎射に長じていました。
司馬さんの想像力は、少女が見た「馬に騎りて弓持たる」人物が、土着人と混血した360年後の百済人の子孫ではないかと見るのです。当時、武蔵野には二千余人の百済人が移住し、土着しました。
そして、中国的な国家の「かたち」である律令制を倒し、1192年に鎌倉幕府という日本的な政権を作った新興勢力である坂東(ばんどう)武士団とは、この人たちの後裔(こうえい)ではないかと考えるのです。

「この集団が、日本史上、われわれが誇る、最も典型的な日本人集団とされる坂東武者に変わってゆくことを思うと、東アジアの人間の交流や、文化の発生にかぎりないおもしろさを覚える。」(『街道をゆく』1)

日本人の原型体質とは、坂東武士団の中から結晶のように煮詰って現われ出た生き方であり、その広がりはアジア的スケールを持っていたかもしれないのです。
かれら坂東武士団のモラルこそ、「名こそ惜しけれ」でした。「坂東」とは箱根の東ということです。


(84-87ページ) 『司馬遼太郎の「武士道」』
著者・石原靖久 発行・平凡社
2004年8月25日 初版第一刷発行



『セレブと碓氷峠』より
 (2008年9月7日)

 

司馬さんが『街道をゆく 1』の中で言っているように、僕も「東アジアの人間の交流や、文化の発生にかぎりないおもしろさを覚える」のですよう。

でも、小百合さんがどのように関わってくるのでござ~♪~ますか?

実は、小百合さんの祖先も僕の祖先と一緒に百済からやって来たのですよう。ちょっと読んでみてください。

デンマンの祖先は百済からやって来た


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僕の家は徳川時代には忍城下で“木のくりもの屋”をしていた。僕の祖父の代までこれが続いて、大正時代に作品の品評会があって、これに出品して埼玉県知事からもらった2等賞の賞状が家宝のようにして2階の床の間に飾ってありましたよう。つまり、僕の祖父は腕のいい木工職人だったのですよう。家にも祖父が作ったと言う置物がたくさんありました。僕のオヤジが行田市の博物館にすべて寄付したようです。

それで徳川以前はどうだったのでござ~♪~ますか?

後北条氏に仕えていた騎馬武者だった。つまり、『更級日記』の作者が見たと言う騎馬武者の末裔(まつえい)だったのですよう。

つうことわあぁ~。。。デンマンさんの遠い祖先は百済から逃げてきた難民だったのでござ~♪~ますわね?

難民と言うと響きは悪いけれど、唐と新羅の連合軍と戦った騎馬隊の一員だった訳ですよう。

それで、戦いに負けて百済の国が滅びてしまったので仕方なしに日本へ逃れて来たと言うことでござ~♪~ますか?

そう言う事ですよう。

。。。んで、デンマンさんのご実家には家系図が残っているのですか?

そんなモノは残っていませんよう。

。。。んで。。。、んで。。。、どうして上のような事を、さも史実のように言うことができるのでござ~♪~ますか?

僕の体の中にある DNA に僕の祖先から伝わっている遺伝子が刻み込まれているからですよう。

その。。。その遺伝子って。。。いったい、どういうモノでござ~♪~ますか?

“海外飛躍遺伝子”ですよう。うしししし。。。

つまり、デンマンさんの遠い祖先は戦い敗れて百済から“海外”である日本へ渡ってきた。それから、京都に下って行ったけれど、生活の糧を得るためには畑仕事でもして食料を得なければならない。でも、近畿地方には土地がないので開拓団に入って関東まで落ちていったのでござ~♪~ますか?

そうですよう。

でも、結局、後北条氏に仕えたけれど、秀吉の小田原征伐で後北条氏が滅びると、騎馬武者から“くりもの屋”になって忍城下でお店を開いたのでござ~♪~ますか?

その通りですよう。

。。。んで、その“くりもの屋”が大正時代まで続いて、デンマンさんの代になると、1400年近く眠っていた“海外飛躍遺伝子”が眠りから覚めて、デンマンさんは34カ国を放浪した末に、カナダに安住の地を求めて定住した、と言う訳でござ~♪~ますか?

全く、その通りですよう。。。うしししし。。。どうですか?。。。これが、僕のつむぎだした壮大な叙事詩ですよう。


『セレブと碓氷峠 (2008年9月7日)』より

。。。んで、小百合さんの祖先も百済からやって来て武蔵国に定住したのでござ~♪~ますか?

そうですよう。 おそらく、百済から当時の平城京(現在の奈良市)に行ったけれど、土地があまりなさそうなので開拓団に加わって一緒に武蔵国まで行ったのですよう。

どうして、そのような事が分かるのでござ~♪~ますか?

小百合さんの実家は館林にあるのですよう。 僕の実家から車で20分から30分ですよう。 目と鼻の先ですよう。

そのような近くに住んでいたのにデンマンさんは日本で小百合さんにお会いした事は無かったのでござ~♪~ますか?

不思議な事に小百合さんと僕が初めて出会ったのはカナダのバーナビー市で小百合さんが13年間借りていた“山の家”だったのですよう。


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バーナビー市というのはバンクーバー市の東隣にある町です。上の地図の赤い正方形で示した部分を拡大すると次のようになります。


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この地図の Deer Lake (鹿の湖)の畔(ほとり)に小百合さんが借りていた“山の家”があるのですよう。


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この家でデンマンさんは10数年前に小百合さんと初めてお会いになったのでござ~♪~ますか?

そうですよう。 次のように小百合さんの“山の家”の応接間で会ったのですよう。


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これって、またデンマンさんがコラージュしてでっち上げたのでござ~♪~ますわね?

確かに、上の写真は僕がでっち上げたのだけれど、現実でもねぇ、僕は、こうやって小百合さんと会ったのですよう。

でも、どうして小百合さんの祖先とデンマンさんの祖先が一緒に百済からやって来たと分かるのですか?

小百合さんの DNA にも“海外飛躍遺伝子”が焼きついているのですよう。僕と同じようにして、その DNAの飛躍遺伝子が1400年の眠りから覚めて、小百合さんは佐野からカナダのバーナビーに渡ったわけですよう。 そして僕と“山の家”で出会ったのですよう。

ただ、それだけの事でござ~♪~ますでしょう?

ただ、それだけじゃないですよう。ちょっとジューンさんの言ったことを思い出してくださいよう。


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こんにちは。ジューンです。

袖触れ合うも他生の縁

(そでふれあうもたしょうのえん)

聞いたことがあるでしょう?

なかなか味わいのある諺ですよね。

袖が触れ合うようなちょっとしたことも、

前世からの深い因縁によって

起こるものである、と言う事です。

わたしは、初め、“袖触れ合うも多少の縁”

だと思ったのですわ。うふふふふ。。。

つまり、袖が触れ合ったのは、

全く偶然ではなくて、少しは

そうなる運命にあったのよう。。。

私は、そのように思い込んでいたのです。

でも、「多少」じゃなく「他生」だと。。。

「他生」というのは「前世」の事だと、

デンマンさんに教わったのですわ。

調べてみたら、「他生」とは

「前世」と「来世」の事を言うのですって。

上の諺では、文脈から「前世」となる訳ですよね。

この世の事は「今生(こんじょう)」と言うのです。

そう言えば「今生の別れ」と言う語句を

何度か耳にしたことがありました。

仏教の輪廻(りんね)と関係のある諺なのでしょうね。

わたしは英語ではこの諺は無いと思っていたのですけれど、

調べてみたら、次のようなものがありましたわ。

A chance acquaintance is a divine ordinance.

Even a chance meeting is

due to the karma in previous life.

つまり、「偶然の出会いは神の定め」と言う事なのです。

多分、日本の諺を英訳したのでしょうね。

カナダでは耳にしたことがありませんわ。


(miroku3.jpg)

ところで、英語の面白いお話を集めました。

時間があったら、ぜひ覗いてくださいね。

■ 『あなたのための 楽しい英語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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『出会い系の悪魔』より
 (2008年9月10日)

僕と小百合さんの出会いは、偶然の出会いのように見えて偶然ではないのですよう。 つまり、小百合さんと僕に共通するモノが実にたくさんあるのですよう。

“海外飛躍遺伝子”でござ~♪~ますか?

それも一つですよう。 まず、車で30分も走れば会える距離に住んでいたのに、僕と小百合さんが初めて出会ったのは、何千キロも離れたバーナビーだった。 僕の祖先と小百合さんの祖先が1400年程前に百済から日本に一緒に渡ってきた事が分かるような気がしますよう。 小百合さんの祖先の娘は、やがて武蔵国から現在の栃木県の栗山村へ嫁にゆき、上の昔話を伝える事になったのですよう。 どうですか?

確かに、そのような可能性があったかもしれませんわ。 だってぇ~、デンマンさんの祖先の中には、きっとお話に出てくるような「ばか息子」が居たでしょうからねぇ~。。。 うしししし。。。

一人ぐらい変わり者が居たかもしれませんよう。。。 とにかく、このように見てゆくと、すべての話がここで丸く収まるのですよう。 卑弥子さんも、そう思いませんか?


『愛とロマンと昔話』より
(2008年9月11日)

車で30分も走れば会える距離に住んでいたのに、僕と小百合さんが初めて出会ったのは、何千キロも離れたバーナビーだったのですよ。。。 でもねぇ~考えてみたら小百合さんと行田は、僕とバーナビーで会う前から どこかでつながっていたのですよ。

要するに、デンマンさんと私は昔から見えない赤い糸で結ばれていたと言いたいのですわねぇ~。。。

いや。。。 僕は言ってませんよ。。。 小百合さんは、そう思うのですかァ?

デンマンさんがそう言うように仕向けているのですわァ~。。。

小百合さんが先に言ってくれたので僕は助かりましたよ。 (微笑)

デンマンさん。。。、こういう個人的なお話は読んでいるネット市民の皆様を白けしらけさせるのですわァ。。。 ホー厶・ムービを見せられたような気分になってウンザリするのです。。。 恐らく、もう他のブログへ飛んでいますわァ~。。。

そうでしょうかァ?

当たり前ですわァ。。。 んもおおおォ~。。。


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【卑弥子の独り言】


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そうですわよねぇ~~

あなたも半ば白けたでしょう?

では、ここであなたの気分を爽快にするために次の曲を聴いてくださいまし。。。


(whitecliff.jpg)

いかがでしたかァ~。。。?

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


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ィ~ハァ~♪~!

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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


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デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


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九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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ペンタゴン式己を疑う

2017年5月17日

 

ペンタゴン式己を疑う

 


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デンマンさんはペンタゴンに興味があるのですか?


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あります。。。 でもねぇ~、ペンタゴンに対する憧れのようなモノは全くないですよ。。。 むしろ、ペンタゴンは世界の平和を壊している元凶だと信じているほどです。。。

それなのに、どういうわけで“ペンタゴン式己を疑う”というタイトルにして わたしを呼び出したのですかァ~?

実は、バンクーバー図書館で借りていた本を読んでいた次の箇所に出くわしたのですよ。。。

主観を捨て、己を疑う

 

主観や自分の思考の癖が優位になって物事を見たのでは、目の前にある状況や情報を正しく認識できなくなります。
目の前にある事実を、「事実」としてしっかり「観察」することなくして、物事を正しく判断することはできませんが、とかく人は自分の中に一定の「真実」や「常識」などを「固定観念」として持っており、なかなか客観的にこの「観察」ができないものです。

 (中略)

そうならないために必要なこと、それがペンタゴンの考える「認知」の訓練です。

 (中略)

正しく物事を観察し、分析しながらも、一刻を争うような事態への対処では、決断するための「スピード」が重要になってきます。
考え得る可能性をすべて並べ、時間をかけて悩んでいる余裕など正直ないことのほうがほとんどですから、ペンタゴンではますます主観や自分の持つ固定観念等を排除し、正しく状況を認知していく力を鍛える訓練が重要視されるのです。

しかし、普段から認知力を鍛える訓練を徹底されている精鋭たちでも、それがうまくいかないことが起こり得る現実もあります。
私たちにも痛い経験があるのです。
その一例を語る一冊の本があります。
それはネイビーシールズの実話が元になった『アフガン、たった一人の生還』(亜紀書房)という作品です。

この本は、実際に2005年に起こった、「シールズ創設後最大の悲劇」とされるミッションを伝える内容となっています。
アメリカでは大ベストセラーとなり、2013年12月に『Lone Survivor (邦題:ローン・サバイバー)』というタイトルで映画化もされました。

 


(penta02b.jpg)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


77-79ページ 『ペンタゴン式 目標達成の技術』
著者: カイゾン・コーテ 訳者: 中津川茜
2015年2月5日 第1刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎

上の文章を呼んでデンマンさんは感銘を受けたのですか?

いや。。。 特に、感銘をを受けたわけではありませんん。。。

それなのに、どういうわけで引用したのですか?

あのねぇ~、上で紹介されている映画に興味を持ったのですよ。。。

。。。で、バンクーバー図書館でDVDを借りて観たのですか?

そうです。。。

ローン・サバイバー


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『ローン・サバイバー』(原題: Lone Survivor)は、2013年制作のアメリカ合衆国の映画。ピーター・バーグ監督。

アメリカが誇る精鋭特殊部隊ネイビー・シールズによるアフガニスタンにおけるタリバン指導者暗殺作戦中に起きた、ネイビー・シールズ史上最大の悲劇といわれるレッド・ウィング作戦を、実際に作戦に参加し、ただ一人奇跡の生還を果たした元隊員マーカス・ラトレルの手記『アフガン、たった一人の生還』を原作に映画化。

舞台はアフガニスタンだが、撮影はアメリカのニューメキシコ州で行なわれた。

あらすじ

2005年6月、アフガニスタン山岳地帯。
現地の武装集団を率いるタリバンの幹部の排除・殺害を目的としたアメリカ軍のレッド・ウィング作戦のため、アメリカ海軍特殊部隊ネイビー・シールズのマイケル・マーフィー大尉ら4名の兵士はヘリからロープで険しい山岳地帯に降り立つ。

彼ら偵察チームの目的は現地を偵察して無線連絡、味方の攻撃チームを誘導し、可能であれば目標を殺害すること。
しかし徒歩で目標地点に到達した彼らは、思いがけず山中で山羊飼いの3名の現地人と接触してしまう。
拘束した3名をどう処置するか、電波状態が悪く前線基地との連絡が取れない中、止むを得ず彼らは作戦を中止し、タリバンとの交戦を覚悟の上で3名の現地人を解放する。

それから1時間とたたないうちに彼らは山中で100名を超えるタリバン兵に囲まれ、交戦状態に陥る。

精鋭部隊であるシールズの4名はライフルを手に徹底的に戦う。
だが数に勝りライフルや機関銃、RPGで武装するタリバン側の猛烈な攻撃の前に次々に被弾、負傷し、時には仲間を背負って逃げ、時には崖から転がり落ちるように飛び降りて、後退に後退を重ねることを余儀なくされる。

この交戦でマイケル大尉ら偵察チームの3名が死亡。
衛星電話で決死の連絡を試みた大尉が救援を要請することに成功し、味方のシールの救援部隊がチヌークヘリで現地に到着するも、別地域で作戦を行っている部隊の救援に護衛のアパッチが出動してしまっており、護衛抜きでホバリングしていたチヌークヘリはタリバン側のRPGで撃墜されてしまう。

深手を負い、たった一人生き残ったマーカス・ラトレル一等兵曹は、現地人の親子に救われ、彼の村に匿われる。
村人らは数世紀に渡り守られてきた部族の掟である「パシュトゥーンワーリ」に従い、銃を手にタリバン側と戦う事を決め、そしてマーカスの地図を元にアメリカ軍基地に徒歩で救援を求める。
多数のタリバン兵士の猛烈な攻撃に晒される村。
そこへ味方の救援部隊が攻撃ヘリなどを伴い到着する。

たった一人の生き残り、マーカス一等兵曹はヘリで基地へ搬送され、緊急手術の結果ようやく一命を取り留めたのだった。

 


出典: 「ローン・サバイバー」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

。。。で、上の映画を観て 涙が止めらないほど感動したのですか?

いや。。。 別に涙を流すほど感動したわけではありません。。。 でもねぇ~、これまで観た戦争映画の中では、とりわけ激しい戦闘の様子が、まるで自分がその場にいたように感じられて、すごい迫力を感じましたよ。。。

それで、コメントを書き込んだのですか?

そうです。。。


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『拡大する』

『実際のページ』

デンマンのコメント

この映画は2013年にピーター・バーグ監督が制作したアフガニスタン戦争を題材にしたアメリカ映画です。

2007年に生還したマーカス・ラトレル氏が書いた同名のノンフィクションに基づいて作られたドキュドラマです。

アフガニスタン戦争時に設定されたこの映画では、アメリカ海軍のシールズ特殊部隊の“レッドウイングス”と呼ばれる不成功に終わった作戦をドラマとして描いています。

この作戦では4人の偵察監視チームの隊員がタリバンの指導者アフマド・シャーを追跡し殺害するよう任命されます。

本当に衝撃的で驚異的なのは、この作戦の再現に当たって、戦闘が極めて現実的に撮影されていることです。

恐らく、これまでに撮影された戦闘場面の最も現実的、衝撃敵な撮影でしょう!

奇跡的にマーカス・ラトレル隊員は村人たちによって救われました。

パシュトゥーン人の間には「敵から追われている者を、自らの命を懸けて助けよ」という2,000年以上続く掟があり、この掟によって助けられたのでした。

どのような素晴らしい名目で始められた戦争であれ、戦争というものは決して人類のためにはならないということを しみじみと感じさせる映画です。

。。。で、どういうわけでこの映画を取り上げる気になったのですか?

あのねぇ~、本の著者のカイゾン・コーテさんはアメリカ軍のレッド・ウィング作戦は失敗だったと言っているのですよ。。。

。。。で、どうすべきだったと言っているのですか?

具体的に作戦の正しいやり方を書いているわけではないけれど、次のようにやるべきだったと一般論を書いているのですよ。。。

正しく物事を観察し、分析しながらも、

一刻を争うような事態への対処では、

決断するための「スピード」が

重要になってきます。

考え得る可能性をすべて並べ、

時間をかけて悩んでいる余裕など

正直ないことのほうがほとんどですから、

ペンタゴンではますます主観や

自分の持つ固定観念等を排除し、

正しく状況を認知していく力を鍛える

訓練が重要視されるのです。

。。。で、デンマンさんが作戦の隊長であったら、どのように対処したのですか?

あのねぇ~、作戦実行中に、山中で山羊飼いの3名の現地人と接触してしまう。 問題は、この3名をどう処置するか?ということですよ。。。 3名は外見上明らかに非戦闘員です。。。 つまり、戦争には関わりのない市民ですよ。。。 でも、村に帰ったら、アメリカの隊員たちと出会ったことをタリバンの兵士に報告するかもしれない。。。

もし、住民がタリバンの兵士に報告すれば、彼らの作戦は失敗する恐れがあるわけですねぇ~。。。

そういうことです。。。 隊長が上官の指揮を仰ごうとしたけれど、電波状態が悪く前線基地との連絡が取れない。。。 それで、止むを得ず彼らは作戦を中止し、タリバンとの交戦を覚悟の上で3名の現地人を解放するのですよ。。。 要するに、人道的な扱いをして、住民を村に返すわけです。。。

それで、結果としてタリバンの兵士に報告され、隊員たちは全滅の危機に遭うわけですね。。。

そういうことです。。。 本来ならば、全滅していても当然だったのだけれど、負傷をおったマーカス・ラトレル隊員は、幸いにパシュトゥーン人のグループに出会う。 彼らの間には「敵から追われている者を、自らの命を懸けて助けよ」という2,000年以上続く掟があろ。。。 この掟によってマーカス・ラトレル隊員は助けられた。。。 しかし、隊長も含めて他の隊員は殺されてしまった。

。。。で、デンマンさんが隊長だったら、どうしたのですか?

僕が隊長ならば、半日は眠らせることができる睡眠注射をして、山羊飼いたちを木に縛り付けて起きますよ。。。

その間に無事に作戦を遂行するのですか?

そうです。。。

要するに、シールズの隊員が出発前に睡眠注射を持って行かなかった事が失敗の原因だった、とデンマンさんは考えたのですねぇ~?

その通りです。。。 そうすれば、住民たちに危害を与えず、彼らの所在をタリバンの兵士に報告されることもなかった。。。 つまり、人道的な対処をしたうえで作戦を実行することができたのですよ。。。

つまり、この事が言いたかったのですか?

もちろん、それだけではありません。。。

他に何が言いたいのですか?

アメリカの戦争責任ですよ。。。

どういうことですか?

広島と長崎への原爆投下ですよ。。。 どのような理由であれ、民間人を無差別で虐殺してよいという考え方は、国際法上認められてない! だからこそ、シールズ隊員たちは民間人の山羊飼いたちを村へ帰したのですよ。。。

つまり、シールズの隊長は人道的な対処をしたとデンマンさんは認めるわけですねぇ~。。。?

そうですよ。。。 

でも、広島と長崎に原爆を落としたのは、戦争を早く終わらせて、必要以上の戦死者をそれ以上出さないために必要だったのではありませんかァ~?

あのねぇ~、その考え方を上の作戦に当てはめれば、民間人を村へ帰せば、タリバン兵士に通報されて、アメリカ軍の作戦が失敗に終わり、最悪の場合、全滅するかも知れない。。。 そうなったら、ヤバイから民間人のすべてを殺してしまおうということですよ。。。 実際、マーカス・ラトレル隊員がパシュトゥーン人に出会わなければ、全滅していたのです。。。

要するに、原爆を広島と長崎に落としたのは、明らかにアメリカの人道上の罪、戦争犯罪行為だったとデンマンさんは言いたいのですか?

もちろんです。。。

でも、原爆投下によって戦争が早期に終了して、私たちは現在、平和な世界に生きているのではありませんかァ?

ちょっと次の記事を読んでみてください。。。

おかあちゃん、熱いよ~

 

次の文は、被爆した、あるお母さんの話です。

このようにして、大切な家族を失った人が数多くいます。


(atombomb.jpg)

 

大閃光とともに、ガラガラと家が崩れ始めた。
夢中で外に飛び出し、外で遊んでいた2人の子を抱きかかえ、その場にすくんでしまった。

「おかあちゃ~ん」という長女の悲鳴でわれにかえった。
崩れた家がもうもうと土ぼこりをあげている。

瓦をかきわけ、板をひっぱり、太い材木をどかし、声のするあたりを掘り続ける。
助けてくれる人も道具もない。

やがて、長女の声が
「いたいよ~」
「熱いよ~」
に変わり、だんだん弱くなっていく。
火の粉がふりそそぎ、長女を押さえつけている材木にも火がついてしまった。

黒い煙と火の熱の中、とうとう「○○ちゃん、堪忍してね」と言って駆け出した。
「おかあちゃん、熱いよ~」という声がいつまでも追いかけてきた。


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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


157ページ
『未来を開く歴史 東アジア3国の近現代史』
編著者: 日中韓3国共通歴史教材委員会
2005年6月28日 第5刷発行
発行所: 株式会社 高文研

家の下敷きになって火事で焼け死んだ上の女の子は何の罪もないのですよ。。。

でも。。、でも。。。、戦争というのは、そもそも そういうものなのではありませんかァ~?

あのねぇ~、我々の考えが、そのように、すっかりアメリカの国防総省(ペンタゴン)の洗脳の洗礼を受けて、戦争は仕方がない、と思い込まされてしまったのですよ。。。 上の女の子の身になって考えてもみてください。。。 

そうですわねぇ~。。。 わたしも 原爆に遭って家の下敷きになって死にたくはありませんわァ。。。

。。。でしょう!? だから、戦争は、どのような理由であれ、絶対に止めるべきなのですよ。。。 世界で原爆の最初の被害を受けた日本人こそ、戦後 声を大きくして戦争反対を叫ばなければならなかった責任があったのですよ!

つまり、この事が言いたかったのですか?

その通りですよ。。。 世界のネット市民の一人一人が、誰も戦争などしたくないのですよ。。。 でもねぇ~、権力を握っている一部の政治家が、国民を犠牲にして戦争を始めるのです。。。


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こんな馬鹿バカしいことはない! だから、世界のネット市民は国を越えて戦争反対を訴えなければならないのです。。。 その時は今なのですよ。。。 後10年後の世界を考えてみてください。。。

どうなっているのでしょうか?

第一次世界大戦も、第2次世界大戦も、ベトナム戦争も、アフガン戦争も、イラク戦争も、馬鹿な政治家に踊らされて愚かな国民がチンパンジーが群れを作ってお互いに喧嘩するように、人間のオツムがまだ未開で、愚かな事をしていたと教科書に書かれているはずですよ。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたは、どう思いますか?

確かに、一人一人の人間は、誰も戦争などしたくないですわよねぇ~。

でも、国単位となると、なぜか、権力を握った政治家が“自由だとか解放だとかを謳いあげて”愚かな戦争をやりだすのですわよねぇ~。。。

バカみたい。。。

昔は、日本でも県単位で戦争していた時期がありましたわァ~。。。

でも、明治維新になってから、県単位で戦争するようなことは、誰も考えません。。。

だから、地球の近くの どこかの星に、類人猿が見つかって、戦争でも始めれば、地球上の戦争はなくなるはずです。。。

でも、それまでに、賢いはずの人間は、戦争をなくすべきですよね。。。

あなただってぇ、そう思うでしょう?

戦争をやりたいのは、権力を握っている一部の政治家か軍人だけです。。。


(twomen02.jpg)


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では、真面目なお話はこれくらいにして、

次の面白い検索結果を見て笑ってくださいまし。。。


(gog51230a.png)

『現時点での検索結果』

あなただってぇ、上の検索結果を見てビックリするでしょう!?

戦争反対に興味を持たなくても“おばさんパンツ”に関心がある人は多いのでござ~♪~ますわァ。

実は、「おばさんパンツ」で検索してデンマンさんの『徒然ブログ』にやって来たネット市民の皆様は次の写真が気に入ったのですゥ!


(curtain5.jpg

どうでござ~ますかァ?

そうです。。。! あたくしのランジェリー姿なのですわよう!

うふふふふふ。。。

なかなか イカスでしょう!?

それに、最近、デンマンさんのブログにアクセスするネット市民の皆様は あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”に注目しているのですわよう。

ええっ。。。 信用できないのでござ~ますか?

それではここで、あなたに ご覧にいれますわねぇ~。。。


(gog60409a.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

最近 「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわよう。。。

うふふふふふふ。。。

あたくしは、ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわァ~。。。


(buttdimp5.jpg)

どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

ところで、あなたは『万夜一夜物語』を読んだことがござ~ますかァ~?

“千夜一夜物語”ではなくてぇ、“万夜一夜物語”ですわ。


(manya02.jpg)

『万夜一夜物語』

デンマンさんが書いたのでござ~ますわよう。

ええっ。。。 10,001の話が書かれているのかってぇ~。。。?

とにかく、上のリンクをクリックして読んでみてくださいませぇ~。。。

あなたも、絶対にビックリするようなお話が出てきますわァ。

『万夜一夜物語』だけでは、物足りないのでしたら、
ジューンさんが登場する面白いお話もたくさんあります。

興味のある方は、どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましねぇ~。。。


(sylvie122.jpg)

『万夜一夜物語』

『ゆかじょうず』

『日本語じょうず』

『モナリザがニーハオ』

『おばさんの下着がいいの?』

『なぜ、ヤノマミ?』

『マタハラ』

『マタハラとrundll32』

『お尻のえくぼ』

『なぜカウチポテト?』

『あなたの混浴』

『夢の出会いを求めて』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
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『乙女と処女』

『戦場に行くことを教えた女教師』

『桜井の別れと母上様』

『ダイアモンドは女の親友』

『愛のコリーダを訳す』

『マルタ島のロマン再び』

『大前研一 奇妙な検索』

『ついに千夜一夜』

『いいね攻略と良妻賢母』

『批判が無いとヒトラーがのさばる』

『混浴入浴風景』

(roten101.jpg+cleoani.gif)

『9日間の女王』

『あなたは敬語?』

『原節子とジューンさん』

『モナリザの妹』

『ナイアガラとマリリンモンロー』

『おばさんパンツ@大晦日』

『ヴィーナスのえくぼ@ジューン』

『乳房振動とブラの研究』

『G線上のアリア』

ジューンさんの熟女下着
(30june.jpg)

『悲愴と白鳥』

『ブッダと千夜一夜物語』

『絹の道と千夜一夜物語』

『ヤノマミの乙女』

『ジャータカと今昔物語』

『白木屋お熊とセックス』

『パンツを売る乙女』

『床上手な女@マルタ島』

『宮沢りえとおばさんパンツ』

『マチュピチュとインディー・ジョーンズ』

『映画を愛する薄命の女』

『ベニスの騒動』

『アンネとハンナ』

『名器たこつぼ』

『レダの卵を探して…』


(miro0018.jpg)

『サモトラケのニケとミロのヴィーナス』

『薄命な女のパンツ』

『ロトの娘たち』

『もう一人のモナリザ』

『万夜一夜の謎』

『自由という誘惑』

『驚異の大洪水』

『おつまみミステリー』

『混浴風景を探して』

『ハレルヤ』

『マルタ島のロマンだ』

『宮沢りえ人気@海外』

『癒しを奏でるパンツ』

『マルタ島deロマン』

『生ログdeロマン散歩』

『宮沢りえ@クールジャパン』

『混浴風呂ガー』

『ウェルカムバック』

『コペンハーゲンからやって来た』

『ロシアからやって来た』

『海外美女ランキング』

『ブログを解剖する』

『スイスからトランプ見に来る』


(fan004.jpg)

『海外美女を探して』

『パンツde大晦日』

『Tバック@三賀日』

『とっちゃん坊や』

『また千夜一夜』

『初恋の思い出』

『乳房振動とブラ』

『白木屋お熊』

『肥後ズイキ@セルビア』

『紐パン熟女』

『美尻のビーナス』

『紐パン熟女に惹かれて』

『あの二人が気になって』

『肥後ズイキ@セルビア』

『私は下着女装です』

『ドリアンを探して』

『パリの日本人』

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。


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(chiwawa5.gif)

こんにちは。ジューンです。

スパムメールが相変わらず多いですわよね。

あなたのメールボックスにも、

ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?

スパムメールを飛ばしているのは

いったい、どういう人たちなのでしょうか?

出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。

彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。

そのためにメールアドレスのリストを購入しています。

では、そのようなリストを販売している人は

どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?

ロボット(自動巡回プログラム)によって

自動収集させているのです。

ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは

毎日世界中のサイトを訪問し、

その内容をデータベースに書き込んでいます。

同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、

HTMLソースを分析し、

メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。

でも、使っていないメールアドレスが

たくさんあるのですよね。

あなたの使っているメールアドレスのことを

考えてください。

あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?

一つだけではないでしょう?

10以上持っているのではありませんか?

多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?

そのために、現在実際に使っている

メールアドレスを集めるために、

怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを

集めているのですわよ。

だから、あなたもむやみに信用できない人に対して

返信しないようにしてくださいね。

詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。

『コメント魔』

(2012年4月3日)


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ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ


(juneswim.jpg)


(byebye.gif)