Archive for the ‘動物・ペット’ Category

ハムスターの寅さん

2017年12月13日

 

ハムスターの寅さん

 


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デンマンさん。。。 今日は私が飼っていたハムスターの“寅さん”のお話ですか?


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そうです。。。 いけませんかァ~?

別にかまいませんけれど、ハムスターに興味のないネット市民の皆さんも たくさんいるのではありませんか?

あのねぇ~、僕は とりわけハムスターが好きなわけじゃないけれど、小百合さんの話をちょっと聞いたら 俄然 興味が湧いてきたのですよ。。。 だから、ネット市民の皆さんも、たぶん タイトルに釣られて読みにやって来たと思うのです。

そうでしょうか?

ところで、どういうわけで小百合さんが飼っているハムスターに“寅さん”という名前を付けたのですかァ~?

たまたまペットショップでハムスターを買ってきて どのような名前を付けようか?。。。 と考えていた時に 小学6年生の三男がDVDで『男はつらいよ』シリーズの第4作目『新・男はつらいよ』を観ていたのですわ。


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僕も 最近 バンクーバー市立図書館でDVDを借りて観たばかりですよ。。。 マジで面白かった。。。 それで、ハムスターに“寅さん”という名前を付けたのですか?

そうですわァ。。。 だから、もし三男が夏目漱石の『坊っちゃん』を観ていたらハムスターの名前は“坊っちゃん”だったかもしれませんわァ。。。 うふふふふふふ。。。


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それにしても かなり衝動的に名前を付けたのですねぇ~。。。

いけませんでしたかしら?

いや。。。 ペットに名前を付けるのに、それほど深刻になる必要もないでしょう!。。。 それに“寅さん”という名前を付けたのは正解ですよ。。。

“坊っちゃん”よりも“寅さん”の方が ハムスターの名前にはふさわしいとデンマンさんは思うのですか?

そうです。。。 僕のイメージにあるハムスターは次の写真ですよ。。。


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このイメージからは、どうしたって“寅さん”の方が似合いますよ。。。 で、どうしてウサギじゃなく ハムスターにしたのですか?

ワンちゃんやニャンニャンは、ありふれていますし。。。 それに、すでに飼ったことがあるので、これまでに飼ったことがないものをと思って ペットショップに行ったら、ハムスターが目に付いたのですわ。

つまり、小百合さんがハムスターをペットを欲しかったのですか?

いいえ。。。 もともと三男のために買ったのですわ。。。 でも、結局 三男は面倒を見切れなくなって、私が飼うことになったのですわ。

どういうわけでハムスターが小百合さんの目に留まったのですか?

トウモロコシの粒を ちっちゃな両手で持って食べているのが可愛らしくて なんだか とっても珍しかったのですわァ。


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なるほどォ~。。。 ハツカネズミみたいに小さいのですねぇ~。。。 で、小百合さんになついたのですか?

ハツカネズミは人には あまり なつかないですけれど、“寅さん”は わりとすぐに私になついてくれましたわ。。。 私がハイと渡したものを 嬉しそうに受け取るようになりましたァ。。。

マジで。。。?

私が指の腹に乗せて差し出した絹ごし豆腐のカケラも簡単に持ったので驚きましたわァ。

絹ごし豆腐を。。。?

そうなのですわ。。。 どこまで柔らかなものを持てるのかと思って ヨーグルトをつまんで試してみたら、平然と持ったので マジでビックリしましたわァ。

ヨーグルトってどろどろしてませんか?

もちろん、ヨーグルトのやや固まった部分ですわァ。

。。。で、何が好物なのですか?

試しにカマンベールチーズをあげたのです。

喜んで食べたのですか?

ねずみはチーズをかじると言うでしょう? ハムスターも同類だから、きっと好物に違いないと思ったのです。。。 それで、普通のプロセスチーズもあげたのです。。。 そしたら、普通のチーズには見向きもしないのですわァ。。。

チーズならば何でもいいというわけじゃないのですか?

やっぱり、人と同じようにハムスターにも好みがあるみたいですわァ。。。

他に好物は。。。?

ヒマワリの種が一番好きなようです。。。 一粒づつカラを剥いてから、頬袋(ほおぶくろ)にしまうのです。。。


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“寅さんは”几帳面なのですねぇ~。。。

ただし、しまい方は雑ですわァ~。。。 ちっちゃな口にヒマワリの種を豪快にねじ込んでいくのです。。。 両方の頬袋がいっぱいになったら、ちょっとタンマね、と言うように巣箱へ急いで戻ります。。。


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食料備蓄所でもある巣箱に頬袋にしまっておいたヒマワリの種を吐き出し終えると、“寅さんは”私の前に戻ってきて ちょこんと座るのですわァ~。。。


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両手をやや上げ、振って見せ、教えもしないのに、チョーダイ、チョーダイをやり始めるです。

マジで。。。? かなりの役者ですねぇ~。。。

私を見上げる“寅さん”の目は、それこそ渥美清の目のように あるかないかのように細くなって、とても憎めませんわァ~。。。

それほど小百合さんになつくなんて ちょっと信じられませんよ。。。

でも、私と“寅さん”とのコミュニケーションは、エサを与えるときだけですわァ~。。。 “寅さん”が私によって来たり、愛想よくしたりするのは、美味しいものを欲しい時だけなんです。。。

それ以外のときは。。。?

“寅さん”が散歩したいのじゃないか? そう思って部屋の中で放すことがあるのですけれど、“寅さん”は壁伝いに暴走したり、カーテンをよじ登ったりするのが忙しく、その眼中に私の姿はないようですわ。。。 そういう時には、呼んでも、ヒマワリの種を振って見せても、完全に無視されます。

意外にわがままなんですねぇ~。。。 で、スキンシップを試みたことは。。。?

そうっと手に包んで、頬ずりしたことはあります。。。


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すぐに逃げられましたが、毛触りはよく覚えてますわァ~。。。 しいて言えば、ビロウドに近い感じです。。。 あれよりも もっと毛足が長く、ふっくらと柔らかで、なおかつ繊細です。。。 でも、こうして“寅さん”のことを思い出すと、恥ずかしながら泣きたくなりますわァ~。。。

あれっ。。。 “寅さん”は渥美清さんのように亡くなってしまったのですか?

そうなのです。。。

やっぱり本物の寅さんのように癌で亡くなったのですか?

それが違うのですよ。。。 腸が出てしまったのです。。。

あれっ。。。 まるで人間のようじゃありませんか?

あらっ。。。 人間でも腸が出て亡くなることってあるのですかァ~?

ありますよ。。。 ちょっと次の小文を読んでみてください。。。


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山梨のど田舎の学校で引揚者である私が誰よりもハイカラな服装をしていた。 (略)

どこから出てくるのか、アメリカからのララ物資か、日本政府からの援助か、時々学校で雨ガッパ一着とかゴムの黒い靴一足とかが、天下ってきた。
先生は、「引揚者の洋子さんに」とそれは私に恵まれるのであったが、子供心に先生のヒイキだと思えた。

山の中の川のそばの掘っ立て小屋に住んでいる女の子も居たのだ。
そこは便所も電気もなく、押せば倒れるような家とも云えないもので、時々そこのお母さんが、川でおしりまる出しにウンコをしていた。

始めウンコかと思っていたのは10センチもおしりの穴からぶらさがっている脱腸なのだった。

それは恐ろしいものだった。

女の子はノートも鉛筆もなく、丸めたおがくずのような髪の毛はしらみの卵としらみで真っ白になっていた。
そしてくさい洋服に向かってシラミはぞろぞろと歩き回っていた。
あの子はいつも素足だったのかも知れない。

学校中で雨ガッパなど持っている子供は一人も居ないのだ。
すべての子供はわらぞうりか下駄をはいていて、靴などはいている子供は居なかったのだから……

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


71-72ページ 『シズコさん』
著者: 佐野洋子
2008年7月20日 第8刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

。。。で、上のお母さんは脱腸で亡くなったのですか?

いや。。。 脱腸で亡くなったか?どうか?については上の本には書いてないけれど。。。

じゃあ、脱腸で亡くなるとは決まってないのですわねぇ~。。。

ところで、“ハムスターの寅さん”は脱腸で亡くなったのですかァ~?

驚いたことに 出てきた腸をかじってしまったのですわァ~。。。

あれっ。。。 “寅さん”は自分の腸も 食べ物だと思ってしまったのですか? 食い意地が張ったハムスターだったのですねぇ~。。。

でも。。。、でも。。。、今になって想うと 可哀想になって。。。 哀れというか。。。悲しくなって涙が出てきてしまいますわァ~。。。 あのちっぽけな生き物は、私にとって最強のツンデレでしたから。。。

。。。ん? ツンデレ。。。?

あらっ。。。 デンマンさんは浦島太郎ですから、ご存じないのですわねぇ~。。。!

ツンデレ


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ツンデレは、特定の人間関係において敵対的な態度(ツンツン)と過度に好意的な態度(デレデレ)の二つの性質を持つ様子、又はそうした人物を指す。

「初めはツンツンしている(敵対的)が、何かのきっかけでデレデレ(過度に好意的)状態に変化する」、「普段はツンと澄ました態度を取るが、ある条件下では特定の人物に対しデレデレといちゃつく」、「好意を持った人物に対し、デレッとした態度を取らないように自らを律し、ツンとした態度で天邪鬼として接する」ような態度である。

元々はギャルゲーの登場キャラクターの形容に用いられる用語であったが、2005年頃からは一般の人々の間でも使われるようになった。

現在ではインターネットスラングを起源とするとされ、そのため定義も多様で、確定していない。
解釈は流動的かつ感覚的であり、用法の拡散・細分化も著しい。
よって明確なツンデレ像があるわけではなく、用例も性別、人間・非人間(人外)の別に左右されず、関係や出来事に至るまで幅広い。
ファンが好む「萌え要素」は猫耳・アホ毛のように視覚的な記号であることが多いが、ツンデレは状況によって女性キャラクターの態度が変化するという「関係性」に根ざしたものであるという点で大きな違いがある。

「ツンツンしている面」と「デレデレしている面」の二面性をあわせもつ人物がいて、その二面性のギャップが当人の魅力を効果的に引き立てている場合にツンデレと呼ぶと説明されることが多い。
しかし、もともとのスラングとしてのツンデレは「もともと好意を持っているが照れ隠しとして冷たく接している女の子が、あるときを境にそれ以降は素直に甘えてくる」という設定をさすものであって、一般的に用いられている性格のギャップによる魅力を示す表現ではなかったと指摘される場合がある。
例えば、アニメ『らき☆すた』の第10話では、ツンデレの用法が巷で適切に使われていない(時間経過による心境の変化ではなく性格の二面性を表す様に誤用されている)と登場キャラクターがぼやくシーンが存在する。
もしくは、もともとおたく用語のツンデレとして、上の二つのような例ではなく、「もともとは(本当に)好意を持っていなかったが、時間経過により(何らかの理由で)対象の人物に惹かれていき、好きになる。
しかしそれまで冷たくしていた手前、素直になれない自分と嫌われたくない自分を天秤にかけて葛藤しつつもその後だんだんと素直になっていく」という、所謂シチュエーション萌えであると主張する指摘する者も存在する(詳しくは後述の歴史を参照)。

ただし、「ツンデレ」なる用語が使われるようになる以前から、特に漫画やアニメにおいて本当は好意を持っているのに、それを素直に表現できないというキャラクター設定は定番であって、ツンデレという用語の出現によってそれが再認識された面もある。


出典: 「ツンデレ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

こういう言葉が日本語になったのですか!? 全く知りませんでした。。。 初耳です。。。

“寅さん”は私にとって最強のツンデレでした。

なるほど“寅さん”のためにあるような言葉ですねぇ~。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

ハムスターってマジで可愛いですわねぇ~。。。


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ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれています。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。

だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。

じゃあねぇ~~。


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


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デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


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九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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Eight the Dog

2017年9月28日

 

Eight the Dog

 


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Kato, what do you mean by “Eight the Dod”?


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It is a dog’s name… It literally means the dog called “Eight.”  If it is transaleted into Japanese, every Japanese knows the dog.

How could it be possible?

There is a dog statue placed in front of Shibuya Station in Tokyo.


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So there used to be a real dog called “Hachi” and this statue was made after that dog, wasn’t it?

Yes, that’s right.

what kind of a dog was it?

Born on November 10, 1923, this dog was called “Hachikō” in Japanese. He died on March 8, 1935. He is remembered for his remarkable loyalty to his owner, for whom he continued to wait for over nine years following his death.

Really?

Oh, yes. During his lifetime, the dog was held up in Japanese culture as an example of loyalty and fidelity. Well after his death, he continues to be remembered in worldwide popular culture, with statues, movies, books, and appearances in various media.

Amazing! I didn’t know that.

Eight the Dog


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In 1924, Hidesaburō Ueno, a professor in the agriculture department at the University of Tokyo, took Hachikō, a golden brown Akita, as a pet.

Ueno would commute daily to work, and Hachikō would leave the house to greet him at the end of each day at the nearby Shibuya Station.

The pair continued the daily routine until May 1925, when Ueno did not return.


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The professor had suffered a cerebral hemorrhage, while he was giving a lecture, and died without ever returning to the train station in which Hachikō would wait.

Each day, for the next nine years, nine months and fifteen days, Hachikō awaited Ueno’s return, appearing precisely when the train was due at the station.

Hachikō attracted the attention of other commuters.

Many of the people who frequented the Shibuya train station had seen Hachikō and Professor Ueno together each day.

Initial reactions from the people, especially from those working at the station, were not necessarily friendly.

However, after the first appearance of the article about him on October 4, 1932 in Asahi Shimbun (one of the national newspapers), people started to bring Hachikō treats and food to nourish him during his wait.

 

Publication

One of Ueno’s students, Hirokichi Saito, who developed expertise on the Akita breed, saw the dog at the station and followed him to the Kobayashi home, the home of Ueno’s former gardener, Kuzaboro Kobayashi, where he learned the history of Hachikō’s life.

Shortly after the meeting, the former student published a documented census of Akitas in Japan.

His research found only 30 purebred Akitas remaining, including Hachikō from Shibuya Station.

He returned frequently to visit Hachikō, and over the years he published several articles about the dog’s remarkable loyalty.

In 1932, one of his articles, published in Asahi Shimbun, placed the dog in the national spotlight.

Hachikō became a national sensation.

His faithfulness to his master’s memory impressed the people of Japan as a spirit of family loyalty to which all should strive to achieve.

Teachers and parents used Hachikō’s vigil as an example for children to follow.

A well-known Japanese artist rendered a sculpture of the dog, and throughout the country, a new awareness of the Akita breed grew.

Eventually, Hachikō’s legendary faithfulness became a national symbol of loyalty, particularly to the person and institution of Emperors.

 

Death

Hachikō died on March 8, 1935 at the age of 11 based on his date of birth.

He was found on a street in Shibuya.


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In March 2011, scientists finally settled the cause of death of Hachikō: the dog had both terminal cancer and a filaria infection.

There were also four yakitori skewers in Hachikō’s stomach, but the skewers did not damage his stomach or cause his death.

 

Legacy

After his death, Hachikō’s remains were cremated and his ashes were buried in Aoyama Cemetery, Minato, Tokyo where they rest beside those of Hachikō’s beloved master, Professor Ueno.

Hachikō’s fur, which was preserved after his death, was stuffed and mounted and is now on permanent display at the National Science Museum of Japan in Ueno, Tokyo.


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Bronze statues

In April 1934, a bronze statue in his likeness was erected at Shibuya Station, and Hachikō himself was present at its unveiling.

The statue was recycled for the war effort during World War II.

In 1948, the Society for Recreating the Hachikō Statue commissioned Takeshi Ando, son of the original artist, to make a second statue.

When the new statue appeared, a dedication ceremony occurred.

The new statue, which was erected in August 1948, still stands and is a popular meeting spot.

The station entrance near this statue is named “Hachikō-guchi”, meaning “The Hachikō Entrance/Exit”, and is one of Shibuya Station’s five exits.

The Japan Times played an April Fools’ joke on readers by reporting that the bronze statue was stolen a little before 2:00 AM on April 1, 2007, by “suspected metal thieves”.

The false story told a very detailed account of an elaborate theft by men wearing khaki workers’ uniforms who secured the area with orange safety cones and obscured the theft with blue vinyl tarps.

The “crime” was allegedly recorded on security cameras.

A similar statue stands in Hachikō’s hometown, in front of Ōdate Station.

In 2004, a new statue of Hachikō was erected on the original stone pedestal from Shibuya in front of the Akita Dog Museum in Odate.

After the release of the American movie Hachi: A Dog’s Tale (2009) filmed in Woonsocket, Rhode Island, the Japanese Consulate in US helped the Blackstone Valley Tourism Council and the city of Woonsocket to unveil an identical statue of Hachiko at the Woonsocket Depot Square, which was the location of the “Bedridge” train station featured in the movie.


SOURCE: “Hachikō”
From Wikipedia, the free encyclopedia


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I see… So he’s become a symbol of loyalty for the Japanese, huh?

You’re telling me… Actually, the Japanese still remember Hachiko and love him… As a matter of fact, some people recently placed another statue of both Hachiko and Professor Ueno at the campus of Tokyo University.


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But, how come you pick up the dog out of the blue.

Well…, I watched the last movie in the folowing list.

 



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“Actual List”

 

This is the list of movies I’ve recently viewed at the Vancouver Public library… Look at the red-rectangled title in the bottom of the list!

I see… So you watched “Hachi” on August 22, huh?

That’s right.

 


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“Actual Page”


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After you watched, you jotted down the following comment, huh?


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Directed by Lasse Hallström in 2009, this 93-minute docudrama delves into a sad yet heartwarming real story of the famous Japanese loyal dog in an American setting.

The subject is a remake of the 1987 Japanese film, Hachikō Monogatari (ハチ公物語), literally “The Tale of Hachiko”.

Hachi(November 10, 1923 – March 8, 1935) was an Akita dog born on a farm near the city of Ōdate, Akita Prefecture, Japan.

He is remembered for his remarkable loyalty to his owner, whom he waited for more than nine years after his owner’s death.

Hachi is known in Japanese as chūken Hachikō (忠犬ハチ公) “faithful dog Hachikō”, hachi meaning “eight” and kō meaning “affection.”

During his lifetime, the dog was held up in Japanese culture as an example of loyalty and fidelity.

Well after his death, he continues to be remembered in worldwide popular culture, with statues, movies, books, and appearances in various media.

I’ve seen its movies so many times and heard its stories so many times, yet still it touches my heart each time I see the movie.

Kato, have you really seen so many movies about the dog?

Oh, yes, actually I watched the Japanese version.

How did you like it?

I love it! … It seems to me much beter than “Hachi (American version)” simply because it reminds me of my hometown… The most heartbreaking scene is as follows:


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Wow!… I feel like crying…

Seriously?

Oh, yes… very much so… Did you also watch the American version?

Yes, of course, I did.

Kato, tell me about it.

Here it is.

Hachi

Spoiler Alert!


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Hachi is a story of love and devotion between a dog and a man.

The story is told by Ronnie, the grandson of the man.

He has to give a presentation about a personal hero.

Ronnie’s subject is his grandfather’s dog, Hachikō.

Despite his classmates laughing he tells how his grandfather, Professor Parker Wilson, finds a lost puppy sent from Japan at the train station and ends up taking it home with the intention of returning the animal to its owner.

He names the Akita puppy Hachikō, after Ken, a Japanese professor, translates a symbol on his collar as ‘Hachi’—Japanese for the number 8—signifying good fortune.

Even though they didn’t find his owner and his wife, Cate, doesn’t think they should keep him, they do.

Over the next year or so, Parker and Hachi become very close.

Parker tries, but Hachi refuses to do dog-like activities like chase and fetch.

One morning, Parker leaves for work and Hachi follows him to the train station and refuses to leave until Parker walks him home.

Later that afternoon, Hachi walks to the station to wait patiently for Parker to return.

Parker is surprised to find Hachi waiting for him, but it becomes a daily routine.


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One day, Hachi waits patiently as the train arrives, but there is no sign of Parker.

He waits, lying in the snow for hours until Parker’s son-in-law Michael comes to get him.

Although everyone tries to tell Hachi that Parker has died (of a cerebral hemorrhage during a lecture in class), Hachi doesn’t understand.

Hachi continues to return to the station and wait every day.

As time passes, Cate sells the house and Hachi is sent to live with her daughter Andy, Michael, and their baby Ronnie.

However, Hachi escapes and finds his way back to the station, where he sits at his usual spot.

Andy arrives and takes him home, but after seeing how depressed the dog is she lets him out to return to the station.

Hachi waits every day at the train station and sleeps in the rail yard at night.


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He is fed daily by the train station workers that knew the professor.

After seeing a newspaper article about Hachi, Ken visits Hachi.

Cate comes back to visit Parker’s grave on the tenth anniversary of his death and meets Ken.

She is stunned to see a now elderly Hachi still waiting.

Overcome with grief, Cate sits and waits for the next train with him.

At home, Cate tells the now ten-year-old Ronnie about Hachi.

Meanwhile, the dog continues waiting until his body can wait no longer, and is last seen lying in the snow, alone and still, although he is comforted by a final vision of Parker finally appearing and picking him up to go, presumably to the afterlife.

Ronnie concludes on why Hachi will forever be his hero and his story has clearly moved the class, with some students holding back tears, including those who had laughed at the beginning.

After school, Ronnie, coming off the school bus, is met by his dad and his own puppy, also named Hachi.

Ronnie and Hachi walk down the same tracks where Parker and Hachi had spent so much time together.


SOURCE:”Hachi: A Dog’s Tale”
From Wikipedia, the free encyclopedia

It appears quite different from the Japanese versin, doesn’t it?

Yes, it does… It can’t be the same simply because “Hachi” is now an Americanized pooch… Anyway, the movie turns out to be still good in its own right… And Richard Geer loves the movie himself.


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Kato, do you think I should watch the film?

Yes, of course, you should because it’s free as long as you borrow the DVD from the library.


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In any case, there are some people waiting to see this movie.  So you should reserve the DVD as soon as possible.

Yes, I’ll do it right away.


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【Himiko’s Monologue】


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Kato has watched 1,737 movies at the Vancouver Public Library so far.

When I take a look at the following movie list, I notice a film called “Marley & Me.”


(lib70924a2)

“Actual List”

It must be another dog story.

I checked the catalogue page.


(lib70924c.png)

“Actual Page”

Kato jotted down the following comment:


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Originally produced as a motion picture in 2008 and based on the book by John Grogan, this 115-minute comedy-drama depicts an amazing, amusing and incorrigible dog called Marley.

The film portrays John Grogan and his family’s life during the thirteen years that they lived with their dog Marley, and the relationships and lessons from this period.

Marley, a yellow Labrador Retriever, appears as a high-strung, boisterous, and somewhat uncontrolled dog.

He is strong, powerful, endlessly hungry, eager to be active, and often destructive.


(marley07.jpg)

It is definitely a good movie for dog-lovers.

Although I enjoyed it, the first two-thirds of the film are somewhat repetitious and boring.

“Hachi” is certainly much better as a docudrama.

Kato says, “‘Hachi’ is much better.”

Anyway, I past the trailer here.


(marley02.jpg)

It looks amusing and amazing, doesn’t it?

I think I’ll borrow the DVD.

How about you?

In any case, I expect Kato will write another interesting article soon.

So please come back to see me.

Have a nice day!

Bye bye …


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(renge400.jpg)

If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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“Glorious Summer”

“Biker Babe & Granny”

“Genetically Modified”

“Tyrannosaur”

“Love@Magic”

“Yellow Ball”

“Welcome Back”

“Forbidden Love”

“Merry X’Mas”

“Heaven with Mochi”

“Travel Expense Scandal”

“Love@Redemption”


(cook002.jpg)

“JAGEL”

“JAGEL Again”

“Say NO!”

Happy Gal in Canada

Roof of Vancouver

Aftershock

Whiplash

Sex Appeal

Better Off Without Senate

Fire Festival

Sweets@Paris

Scary Quake

MH370 Mystery

Putin’s Way

Trump @ Vancouver

Otter & Trump


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Changeling

Fiddler on the Roof

Flesh and Bone

Maiden’s Prayer

Romeo & Juliet

Trump @ Joke

Halloween in Shibuya

Trump Shock

Happy New Year!


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Life or Death

Way to Millionaire

Adele Hugo

Middle Sexes

Romance@Madison

Hacksaw Ridge


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Hi, I’m June Adams.

Kato is a real movie lover, who tries to watch 1001 movies.

As a matter of fact, he has already accomplished his goal.


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『Actual List』


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Kato watched “The Arabian Nights” or “One Thousand and One Nights” as his 1001th movie.

You might just as well want to view it.


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The stories in “the Arabian Nights” were collected over many centuries by various authors, translators, and scholars across West, Central, and South Asia and North Africa.

The tales themselves trace their roots back to ancient and medieval Arabic, Persian, Indian, Egyptian and Mesopotamian folklore and literature.

In particular, many tales were originally folk stories from the Caliphate era, while others, especially the frame story, are most probably drawn from the Pahlavi Persian work Hazār Afsān which in turn relied partly on Indian elements.

What is common throughout all the editions of the Nights is the initial frame story of the ruler Shahryār and his wife Scheherazade and the framing device incorporated throughout the tales themselves.

The stories proceed from this original tale.

Some are framed within other tales, while others begin and end of their own accord.

Some editions contain only a few hundred nights, while others include 1,001 or more.


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ところで、愛とロマンに満ちた

レンゲさんのお話をまとめて

『レンゲ物語』を作りました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

『愛とロマンのレンゲ物語』


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『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。



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(hiroy2.png+betty5d.gif)
『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 


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行田物語 ちゃぶ台

2017年9月4日

 

行田物語 ちゃぶ台

 


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デンマンさん。。。 どういうわけで“ちゃぶ台”を取り上げるのですか?


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あのねぇ~、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

ちゃぶ台という食卓


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先生は、無口で人見知りをするKを一家と馴染ませるため、丸い折りたたみの食台を考案し、お茶の水の家具屋で作らせた。

明治30年代の初めのころである、

当時の家庭の食事は、一間(ひとま)に集合することは同じでも、各自の銘々膳で(蓋付きのものは箱膳と呼ばれた)、食べ終わったらお茶(お湯)で茶碗をすすいで箱に収めておくのである。

 

晩年の漱石は一人で夕食を取ることも多かったが、互いの顔を見ながら、食べるちゃぶ台では、当然、会話もはずむはずだった。

先生が発明したというのはもちろん仮構である。

 

小泉和子『家具と室内意匠の文化史』(法政大学出版局)によれば、その出現年代は確定できないが、明治30年代初めから徐々に庶民に普及したらしい。

折りたためるので場所をとらず、盛りつけにも手数を省けて清潔だからである。

&nbap;


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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


242-243 ページ 『夏目漱石』
著者: 十川信介
2016年11月18日 第1刷発行
発行所: 株式会社 岩波書店

真由美ちゃんが子供の頃、家族と一緒にご飯を食べるとき“ちゃぶ台”を使っていましたか?

テーブルでしたわァ~。。。


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私は末っ子だったので両親と姉と兄と5人でテーブルを囲んで ご飯をいただきましたわ。。。 もうそれぞれが離れ離れに暮らしているので、子供の頃が懐かしいですわァ~。。。

僕が子供の頃はほとんどの家で、まだ畳に座って“ちゃぶ台”でご飯を食べていましたよ。。。 


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おそらく行田市で昭和30年代にテーブルでご飯を食べていた家は、よほどの金持ちの家だったと思いますよ。。。

あの話題になった昭和30年代の頃を描いた映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の頃のお話ですか?

そうです。。。


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昭和30年代の日本の農家は、圧倒的に藁ぶき屋根の家が多かったのですよ。。。 


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真由美ちゃんのお母さんは僕の従妹だけれど、彼女が子供の頃住んでいた実家のある南河原村では、当時、まだ箱膳を前にして食事している家も多かったのですよ。。。

南河原村という村は行田市に統合されたのでしょう?

そうです。。。 2006年1月1日に行田市に編入されたのですよ。。。

 


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『拡大する』

 

デンマンさんも 旧南河原村にあった私の母の実家で箱善で ご飯を食べたことがあったのですか?

そうです。。。 僕は4歳か5歳だったけれど、母親が田植えの手伝いかなんかで僕を連れて実家に行ったのです。。。 その時 一緒に箱膳の銘々膳(めいめいぜん)で朝ごはんを食べたことをはっきりと覚えてますよ。。。

銘々膳からちゃぶ台へ

日本女子大学・北陸大学非常勤講師 東四柳祥子

 

「一家団欒」の象徴とされるちゃぶ台は近世までの銘々膳(めいめいぜん)による配膳形式とは異なり、空間を共有するもの同士が囲む四本脚の共同膳である。
日本における共同膳の歴史は、奈良・平安時代の貴族たちに享受されていた「大饗料理」になかのぼることができる。

その後、武家社会における師従関係の成立により、身分に基づき整列することで、銘々膳によって食事をする形式が定着を見せた。
そして江戸時代を迎え、鎖国化でも交流が許された中国から一つのテーブルを囲み、大皿に盛られた料理を分かち合う「卓袱(しっぽく)料理」が出島に伝来する。
まさにこの形式こそが、ちゃぶ台のルーツともされ、やがては都市部での酒宴形式として人気を誇るようになる。

しかし、根強い儒教的観念に縛られた日常生活の中では、家長を中心に、銘々膳での食事形式が従来どおり踏襲され、しつけの場の重要な空間としての意味も持ち合わせていた。


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しかし、幕末の開国以後、流入した西洋文化の影響は、家族の食事風景を大きく変えることになる。
新たに導入された西洋料理は、中国料理同様、テーブルを囲むといった食事形式を呈しており、共同膳で食事をする習慣が上流階級の間から徐々に定着をみせた。 (略)

やがて昭和期になると、『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』などといった国民的な漫画のなかで、ちゃぶ台は家族をつなぐ大切な装置として描かれ、その空間で共有される話題や珍事が、微笑ましい家族関係の理想形を印象づける効果を発揮し始めるようになる。

しかし、昨今の食の課題には、個食や孤食、外食や中食(なかしょく)にたよるといった食の外部化・簡略化への依存などがあり、家族仲良くちゃぶ台を囲むという機会の形骸化も拭えない事実である。
いま私たちは、昭和期を通して形成された家族で共有する時間のあたたかさを、再認識する時代に来ているといえるのではなかろうか。
ちゃぶ台が、人間関係の構築・再生の場であった昭和の風景に学び、守るべき遺産であるという意識も高めていきたいものである。


(table90.jpg)

赤字はデンマンが強調のため。
読み易いように改行を加えています。
イラストはデンマン・ライブラリーより)


139ページ 『暮らしの年表 流行語100年』
講談社編 2011年5月19日 第1刷発行
発行所: 株式会社 講談社

『カウチポテト』にも掲載
(2013年1月9日)

あらっ。。。 銘々膳というのは、ずいぶん古くから、デンマンさんの子供時代まであったのですわねぇ~。。。 でも、私が覚えている母の実家は、藁屋根の家ではなくて、新しく立て替えた新しい瓦屋根の家でしたわァ~。。。 それに、テーブルを囲んで椅子に座ってご飯をいただいてました。。。

僕と真由美ちゃんとは子供時代を送った時代が違うんだよねぇ~。。。

そうらしいですわ。。。 “ちゃぶ台”とか“箱膳”と言われてもイメージが湧いてきません。。。 うふふふふふふ。。。

じゃあ、真由美ちゃんは信じられないだろうけれど、僕の母親の実家には、かつて馬がいたのですよ。。。

マジで。。。?

僕ははっきりと覚えてますよ。。。 4歳か5歳の頃だったけれど。。。


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Subj:小百合さん、おはよう!

秋晴れのバンクーバーは

爽やかで清々(すがすが)しい

ですよう!

きゃはははは。。。

Date: 24/08/2010 11:57:46 AM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間:8月25日(水)午前3時57分
From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
CC: barclay1720@aol.com


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雲一つない、どこまでも青い空が広がっていますよう。

“天高く馬肥ゆる秋”

昔の人は上のように言ったけれど、
どうして天が高くなると馬が肥えるのか?

馬を使って畑仕事をしたことのない僕には分からないけれど、
そう言えば、僕のお袋の実家が南河原村にあったのですよう。

今では行田市に合併されて無くなってしまった村だけれど、
僕がまだ小さな小さな頃
幼稚園に上がる前ですよう。
おそらく4つか5つだったのでしょうね。

その農家には馬小屋があって
その中で飼われていました。
お袋の話だと、その馬を借りていたそうです。

小さな子供の目には、とてつもなく大きな馬の姿は、まるで恐竜が目の前に現れたような驚きでした。
とても怖いと思った記憶がありますよ。


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それでも興味があるから僕は馬をしみじみと眺めている。
馬だってぇ、小さな子供が興味深そうに眺めているから、僕の様子をじっと見詰めていましたよう。

その大きな目が、とっても優しそうに感じたものです。
今から思えば、その馬は牝馬で母性本能の優しさが目に表れていたのではないだろうか?

その馬が生んだ子馬を見るような優しいまなざしで僕を見つめていたような、そんな感じをその優しい大きな目から感じたものでした。

母親の実家で馬を一番可愛がっていたのは祖父だったそうです。
お袋はどうだったの?と尋ねたら、
長女だったお袋は小学校にあがる頃から、農作業や家事の手伝いをさせられて、
馬の面倒を見るのは、ただただつらいことだったらしくて、
馬が居るから自分の仕事が増えると思って、可愛いどころではなかったそうですよう。


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やがて耕耘機(こううんき)が使われるようになって、
馬は、元の飼い主に返したそうです。

それから何年経った時の話なのか?
僕は忘れてしまったけれど、
ある日、祖父が自転車に乗って農道を走っていたら、
馬がいなないたと言うのですよう。

おやっと思って馬をよく見ると、祖父が可愛がっていた馬だったそうです。
懐かしくなって、馬に近寄って鼻をなでてやりながら、その時の飼い主に、その馬を使っていた頃のことを話してやったそうです。

馬も可愛がってくれた人のことを覚えているのですよね。
その馬は、元々優しい馬だったと僕には思えるのですよう。
今でも、その馬の優しくて大きな目が僕の記憶の片隅に残っているのです。


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バンクーバーの雲一つ無い空を見ていたら、なぜか急に、その馬の優しい目が思い出されてきました。
不思議なことです。

小百合さんも、子供の頃の懐かしい思い出を懐かしみながら軽井沢タリアセン夫人になりきって元気に楽しくルンルン気分で過ごしてね。

ん。。。? 何か面白い話が読みたいの?
じゃあねぇ、次の記事を読んでみてね。


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『愚かな愚か者』

(2010年8月24日)

笑って元気を出してね。  
じゃあ、またねぇ。


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『天高く馬肥ゆる秋』より
(2010年8月29日)

今でも、その馬の優しくて大きな目がデンマンさんの記憶の片隅に残っているのですかァ~?

そうです。。。


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(horse13.jpg)

なんだか無性に懐かしいですよ。。。

実は、私も馬に乗ったことがあるのですわァ~。。。

マジで。。。? まさか僕が子供の頃 実家で見た馬ではないでしょうねぇ~!?

もちろん、違いますわァ。。。 乗馬の試乗会が那須高原の近くの牧場であって、子供の頃に乗ったのですわァ。


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最初は怖かったけれど、とっても楽しかったですわァ~。。。

なるほどォ~。。。、そういうわけで真由美ちゃんは動物が好きなんだァ~。。。


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たぶん、そうかもしれませんわァ~。。。


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【デンマンの独り言】


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真由美ちゃんは、ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

去年(2016年)の9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


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上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


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(spacer.png+betty5de.gif)
(hiroy2.png+betty5d.gif)
『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 

If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』

『日本で再会』


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』


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『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


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『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』

『那須高原の紅葉』

『希望とロマン』

『錯視 錯覚』

『マンボ@バンクーバー』

『オリーブオイル』

『スコーンとプディング』

『5月のロブソン』

『病院食の間違い』

『プレミアム・ジャパン』

『自然の摂理を無視すると…』

『夢のデニッシュ・悪夢のマーガリン』


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『パリ風カフェ』

『どこか狂ってるわ』

『行田遠野物語』

『行田物語 ピアノ』

『行田物語 猫』

『行田物語 母の懐』

『行田物語 ケネディ暗殺』

『行田物語 病院食』

『行田物語 お股の花々』

『晩香坡物語 ジャズ』

『行田物語 悪夢』

『行田物語 社長』

『行田物語 棺桶に入るまで』

『宝田百合子@インド』


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晩香坡物語 生誕150年

2017年7月4日

 

晩香坡物語 生誕150年

 


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(june001.gif)

デンマンさん。。。 カナダの150歳の誕生パレードを見に行ったのですか?


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そうです。。。 バンクーバー市立図書館も休館していたので、いつものようにお昼のサンドイッチを作ってパレードを見に行ったのですよ。。。


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『拡大する』


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でも。。。、でも。。。、上のクリップは去年のものですわねぇ~。。。

毎年、似たようなモノですよゥ。。。 2017年のパレードが見当たらなかったので、2016年のパレードを貼り付けたのです。。。 で、ジューンさんはどこへ行ったのですか?

わたしはメインステージでジャッキー・チャン(JACKIE CHAN)のショーを見ましたわァ。


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面白かったですか?

デンマンさんも上のクリップをクリックして見たらいかがですか?

。。。で、ジューンさんは、それから どうしたのですか?

7月1日はカナダ・デーということもあって、3つの豪華なクルーズシップがカナダプレイスの埠頭に着岸していたのですわァ~。


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    Nieuw Amsterdam



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     Star Princess



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    Golden Princess

たまたま わたしのお友達がニュー・アムステルダム(Nieuw Amsterdam)に乗っていて、夕食に招待されたのです。。。


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どうして僕を呼んでくれなかったのですか?

デンマンさんはケータイを持ってないので、連絡がつかなかったのですわァ~。。。

残念だったなァ~。。。 僕はまだ豪華なクルーズシップに乗ったことがないのですよ。。。 ぜひ、ジューンさんと一緒に豪華なダイニングルームでご馳走に預かりたかったですよ。。。

また次の機会がありますわよう。。。

来年まで待つのはちょっとしんどいよねぇ~。。。 で、その後どうしたのですか?

お友達と一緒に花火を見物しましたわァ~。。。


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今年はデンマンさんと一緒にカナダ・デーを祝えなかったので、本当に残念でしたわァ~。。。。

意識的に僕を避けたのではありませんかァ~?

そんなことはありませんわよう。。。 わたしは太田将宏さんのように陰険ではありませんから。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

たぶん、ジューンさんは意識的にデンマンさんを避けたのだと思いますわァ。。。

いずれにしましても カナダは、まだ150歳ですから、新しい国なのですわよねぇ~。。。

ところで、7月1日を前にしてバンクーバーの国際空港の近くに

リッチモンドという かつて日本人がたくさん住んでいた町があるのです。

今でも、日本人の多い地区でござ~ますわァ。。。

そこの埠頭でアシカ(sea lion)が小学生の女の子を

海の中に引き込んでしまうという事故がありました。


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(sealion02.jpg)

ちょっと信じられないような事故ですよねぇ~。。。

女の子はすぐに助け出されて無事でしたけれど、

お口で引きずり込むなんて

アシカには意外な力があるのですわねぇ~。。。

クリップを見てたまげてしまいましたわァ~。。。

 

話は変わりますけれど、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ フィーバー”が起こっているのですわよう。。。

ええっ。。。 信じられないというのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


(gog60409a.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

アシカの事故よりも ビックリしたのではござ~ませんかァ?

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。


(buttdimp5.jpg)

どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。
信じてくださいましなァ~。。。

ところで、あなたは『万夜一夜物語』を読んだことがござ~ますかァ~?

“千夜一夜物語”ではなくてぇ、“万夜一夜物語”ですわ。


(manya02.jpg)

『万夜一夜物語』

デンマンさんが書いたのでござ~ますわよう。

ええっ。。。 10,001の話が書かれているのかってぇ~。。。?

とにかく、上のリンクをクリックして読んでみてくださいませぇ~。。。

あなたも、絶対にビックリするようなお話が出てきますわァ。

『万夜一夜物語』だけでは、物足りないのでしたら、
ジューンさんが登場する面白いお話もたくさんあります。

興味のある方は、どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましねぇ~。。。

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『9日間の女王』

『あなたは敬語?』

『原節子とジューンさん』

『モナリザの妹』

『ナイアガラとマリリンモンロー』

『おばさんパンツ@大晦日』

『ヴィーナスのえくぼ@ジューン』

『乳房振動とブラの研究』

『G線上のアリア』

ジューンさんの熟女下着
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『悲愴と白鳥』

『ブッダと千夜一夜物語』

『絹の道と千夜一夜物語』

『ヤノマミの乙女』

『ジャータカと今昔物語』

『白木屋お熊とセックス』

『パンツを売る乙女』

『床上手な女@マルタ島』

『宮沢りえとおばさんパンツ』

『マチュピチュとインディー・ジョーンズ』

『映画を愛する薄命の女』

『ベニスの騒動』

『アンネとハンナ』

『名器たこつぼ』

『レダの卵を探して…』


(miro0018.jpg)

『サモトラケのニケとミロのヴィーナス』

『薄命な女のパンツ』

『ロトの娘たち』

『もう一人のモナリザ』

『万夜一夜の謎』

『自由という誘惑』

『驚異の大洪水』

『おつまみミステリー』

『混浴風景を探して』

『ハレルヤ』


(sylvie122.jpg)

『マルタ島のロマンだ』

『宮沢りえ人気@海外』

『癒しを奏でるパンツ』

『マルタ島deロマン』

『生ログdeロマン散歩』

『宮沢りえ@クールジャパン』

『混浴風呂ガー』

『ウェルカムバック』

『コペンハーゲンからやって来た』

『ロシアからやって来た』

『海外美女ランキング』

『ブログを解剖する』

『スイスからトランプ見に来る』


(fan004.jpg)

『海外美女を探して』

『パンツde大晦日』

『Tバック@三賀日』

『とっちゃん坊や』

『また千夜一夜』

『初恋の思い出』

『乳房振動とブラ』

『白木屋お熊』

『肥後ズイキ@セルビア』

『紐パン熟女』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
(godiva05.jpg)

『美尻のビーナス』

『紐パン熟女に惹かれて』

『あの二人が気になって』

『肥後ズイキ@セルビア』

『私は下着女装です』

『ドリアンを探して』

『パリの日本人』

『ペンタゴン式己を疑う』

『薄命な女と映画』

『ラーメン@ベリーズ』

『うるさい夏』

『芭蕉と英語』

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。


(hand.gif)


(chiwawa5.gif)

こんにちは。ジューンです。

スパムメールが相変わらず多いですわよね。

あなたのメールボックスにも、

ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?

スパムメールを飛ばしているのは

いったい、どういう人たちなのでしょうか?

出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。

彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。

そのためにメールアドレスのリストを購入しています。

では、そのようなリストを販売している人は

どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?

ロボット(自動巡回プログラム)によって

自動収集させているのです。

ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは

毎日世界中のサイトを訪問し、

その内容をデータベースに書き込んでいます。

同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、

HTMLソースを分析し、

メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。

でも、使っていないメールアドレスが

たくさんあるのですよね。

あなたの使っているメールアドレスのことを

考えてください。

あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?

一つだけではないでしょう?

10以上持っているのではありませんか?

多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?

そのために、現在実際に使っている

メールアドレスを集めるために、

怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを

集めているのですわよ。

だから、あなたもむやみに信用できない人に対して

返信しないようにしてくださいね。

詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。

『コメント魔』

(2012年4月3日)


(himiko92.jpg)

ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ


(juneswim.jpg)


(byebye.gif)

ヒシしようよ

2017年6月23日

 

ヒシしようよ

 


(hisashiburi.jpg)


(bearhug00.jpg)


(hug875.jpg)


(tango329.jpg)


(salon22.jpg)

 

わたしの中の悪いわたし

 


(mom811.jpg)

 

わたしの中には悪いわたしが棲んでいる。

こましゃくれた子どもはいまも苦手だし、かといって天真爛漫であれば、それはそれでどうもうんざりする。

 

このあいだひどいことがあった。

娘は保育園から帰って、ささやかなおやつを食べていた。

一日園ですごして甘えたかったのだろう。

 


(girl205.jpg)

 

ビスケットとヤクルトのほかに牛乳がほしい、牛乳をこぼしたから拭いてほしい、拭くのはそのタオルじゃなくてピンクのやつにして、などと次々に要求してくる。

ヤクルトを飲み終わったボトルをさしだして、「これ、かたづけて~」と言ってきた娘に、家事がはかどらずにイライラしていたわたしは、つい「わたしはあなたのメイドじゃないんだからね」と言ってしまった。 (略)

急にわけのわからない理屈をぶつけられた娘はぽかんとした後にしょんぼりし、沈黙が部屋を支配した。

わたしは口にしたとたん「しまった……」と思っているのに、バツがわるくて撤回できず、背を向けたまま夕飯のしたくをつづけた。

……シーン……

トントントントン(包丁の音)

ポリポリポリ(ビスケットをかじる音)

なんとかしなくてはと思いつつ舌がほぐれない。

しばらくすると、「ママ?」と娘が呼んできた。

「ヒシしようよ」

 


(hug101.gif)

 

ヒシというのは、彼女の用語で「ハグ」のこと。

「ひしと抱きあう」
という言い回しをどこかで聞いて気に入ったらしく、ぎゅっと抱擁しあうことを「ヒシ」と言う。

わが家では、2歳数か月の子どものほうが母よりずっとおとななのであった。

こういう時ばかりは、わたしの中の悪いわたしは跡形もなく消えてしまう。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


97-98ページ 『孕むことば』
著者: 鴻巣友季子
2008年5月22日 第1刷発行
発行所: 株式会社 マガジンハウス


(sayuri55.gif)

デンマンさん。。。 なんだか 私に対する当て付けのようなエピソードを持ち出してきましたわねぇ~。。。


(kato3.gif)

あれっ。。。 小百合さんも 鴻巣友季子さんのように子どもの前でヒステリーを起こしたことがあったのですかァ~?

台所で夕飯のしたくをしている時などに、子どもがうるさく まとわりついてくる時など ついついムカついて 言わなくてもいい言葉を口走ったりしたことがありましたわ。。。

。。。でしょうねぇ~。。。 僕にも子どもの頃、甘えたいのに母親につっけんどんにされたことがありましたよ。。。

小さな子どもの頃ってぇ、誰にでも同じような経験があるのではありませんかァ~。。。?

でもねぇ~、僕が子どもの頃にはハグをする習慣というのは、全くありませんでしたよ。。。 最近、日本に帰省してテレビを見ていると、アメリカの映画の影響か? あるいは欧米を旅行してハグをするのを見慣れるようになったせいか? 中学生か、あるいは女子高生か? 戸外で女の子同志でハグをしているのを見かけることが多くなったけれど、僕が小学生か中学生の頃には、そのような事は全くありませんでした。。。 小百合さんの子どもの頃はどうでしたか?

やっぱり、ありませんでしたわァ。。。 アメリカ文化の影響だと思いますわァ。。。

僕が小学生の頃だって、テレビでアメリカのホームドラマをやっていたけれど、ハグをするのって、あまりテレビに映ってなかったよな気がするのですよ。。。

私が子どもの頃は、アメリカのホームドラマで たまにはハグを見かけましたけれど。。。、でも、その真似をしてハグする人はいませんでしたわァ。。。

海外で暮らしている人にとっては、ハグはけっこう当たり前ですからね。。。 例えば、ブラジルですよ。。。

アブラッソ不在の美


(hug873.jpg)

 

日本に住み始めた頃、ここには、ブラジルのアブラッソ(ハグ)の習慣がないことぐらいはすぐに気づきました。
しかし、これを試みると嫌われるとまでは、分かりませんでした。

だから、アブラッソを試みて拒否されると、ずいぶんと傷つき、いやな思いをしたものです。
「心の温かさを伝えたいだけなのに、なぜこの人は逃げるの?」

それは夫との間でも同じでした。
彼との交際が始まり、後に結婚してからも、私はアブラッソをしたかったのだと思います。

でも日本では、人前でベタベタすると嫌われますよね。
ですから外を歩く時など、夫の腕に手を回すだけにしていました。

(略) 東京都町田市にあった夫の実家でしばらく過ごすことになりました。
ある日、夫と腕を組んで歩いていたら、道の向こうから、知人(夫の友人の母親)が私たちのほうに歩いてくるのが見えました。

すると彼は私の腕をぱっ!と振りほどき、通りの向こう側に行ってしまったのです。
なにも通りの向こうのほうにまで行くこともないのにねぇ。

腕を組んで歩くくらいなら東京(新宿など)でも自然にやっていたことですし、オーストラリアでは当たり前でした。
でもそこは、町田。
人出の多い新宿などとは違って、住宅地。
腕など組んでいるカップルは、当時はまだ珍しかったようです。

 


(hinata02.jpg)

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


47-48 ページ
『悪いけど日本人じゃないの』
著者: 日向ノエミア
2013年5月25日 第1刷発行
発行所: 柏書房株式会社

 

あらっ。。。 アブラッソというのは、ハグのことなのですわねぇ~。。。

そうなのです。。。 小百合さんもハグということが分かって懐かしいでしょう!

私が懐かしがらなければならにことでもあるのですか?

やだなあああァ~。。。 もう忘れてしまったのですかァ~。。。

私が何を忘れたとデンマンさんは言うのですかァ~?

かつて僕が小百合さんに出したメールを読んでみてください。

Subj:小百合さん、おはよう!

きのうは10月だというのに

油蝉が鳴いて

呆れましたよ!

きゃはははは。。。


(semi100.jpg)

From: denman@infoseek.jp
To: sayuri@hotmail.com
Cc: barclay1720@aol.com
Date: Thu, Oct 13, 2011 10:53 am

Infoseekのメールシステムがリニューアルしたので、うまく送信ができなくなってしまったのですよ。

それでAOLのメールシステムを使って送信したのだけれど、これも、うまく送ってくれなかったようです。

このメールはINFOSEEKの旧システムで送ってます。

昨日は小百合さんと会えて十分に楽しみましたよ。
9月30日、館林では時間的なゆとりがなかったのでガストでも、なんとなくせわしい気持ちでダベッたので、なかなか落ち着けなかったようですよね。

昨日は盛りだくさんな1日だったけれど、小百合さんが気分的に落ち着いていたようで、僕ものんびりとできました。


(daibuts85.jpg)


(azuma101.jpg)

大長寺の大仏様の前でHよりも感じるハグをしてから東屋(あずまや)でダベッていたら油蝉が飛んできて鳴いたのには驚きましたよ。
ロマンチックというよりも呆れましたよ!
10月12日なのに、夏の気分になって蝉が飛んできたようです。(爆笑)

確かに昨日は10月にしては暑かった。
実家に4時に戻った時には汗ばむほどの陽気でした。23度。
でも、油蝉が鳴くほど暑くはなかった。


(kane100.jpg)

「かねつき堂」のゼリーフライは久しぶりに食べてうまかったですよ。

水城公園で小百合さんがIrish Cream Coffee Beansで入れてくれたコーヒーを飲みながら食べたので一味うまかったのでしょうね。

それにしてもガチョウの“チョウ助”が居ませんでした。


(goose10.jpg)

僕がバンクーバーで暮らしている1年の間に、可哀想にも一人で寂しく亡くなってしまったのでしょう?!

 

小百合さんが久しぶりにマクドでシナモンロールが食べたいと言ったので行田イオン(eaon)モールに行ったのだけれどマクドナルドが無くなっていたんだよね。


(cinamon2.jpg)

行田市内は寂れる一方ですよ。

どうしてもお客さんが郊外のショッピングモールへ行ってしまうんだよね。たぶん。。。

そう言う訳で17号バイパスのケーヨーD2吹上店へ行きました。


(d2fukiage.gif)

敷地の南東の隅にマクドナルドがあった。
でも、シナモンロールは、もうやってないとのこと。。。

NHKの「おはよう日本」では、最近、キッシュが日本で流行っているというようなことを言っていたけれど、
ガストにもマクドでもキッシュは置いてない。

キッシュ(仏語 Quiche)


(quiche.jpg)

 

キッシュは、卵とクリームを使って作るフランス、アルザス・ロレーヌ地方の郷土料理。

パイ生地・タルト生地で作った器の中に、卵、生クリーム、ひき肉やアスパラガスなど野菜を加えて熟成したグリュイエールチーズなどをたっぷりのせオーブンで焼き上げる。
ロレーヌ風キッシュ(キッシュ・ロレーヌ)では、クリームとベーコンを加える。
ナッツ類を加える場合もある。

生地ごと三角形に切って皿に出す。
地中海沿岸の地域でも一般的な料理である。
語源はドイツ語のKuchen(クーヘン)である。


出典: フリー百科事典
ウィキペディア(Wikipedia)』


(nugget01.jpg)

仕方なく、マックナギットを頼んでコーヒーを飲みながら一緒につまみました。

“マクドでコーヒーのお代わりなんてできないわよ!”
と小百合さんはいつも言っていたけれど、D2のそばのマクドでもコーヒーのお代わりが無料でできました。
きゃはははは。。。


(inaka02.jpg)

明日も、また会えるといいね。
今度は「さきたま古墳公園」で“田舎っぺうどん”を食べましょう。
じゃあね。


(denman01.gif)


『タリアセン夫人と再会』より
(2011年10月13日)

どうですか?。。。 思い出しましたかァ?

ええ。。。 思い出しましたわァ。。。 つまり、大長寺の大仏様の前でHよりも感じるハグをしたことを私に思い出して欲しかったのですわねぇ~?

いけませんかァ~。。。

そのために、わざわざヒシしようよというタイトルにしたのですかァ?

そうです。。。 いけませんか? 上の本の著者の日向ノエミアさんの両親は日本人なのですよ。。。 でも、生まれがブラジルで24歳の時に日本へ留学するまでは ずっとブラジル育ちだったのです。。。 それで、ハグするのは 至極当たり前の習慣として 日本でも親しくなった人と会ったりすると ついついハグをしようとしたわけです。

すると、ハグする前に日本人から逃げられてしまって、いやな思いをしたというのですねぇ~。。。

そういうことですよ。。。

。。。で、デンマンさんもカナダ暮らしが人生の半分以上を占めるようになったので ハグするのが習慣になったと言いたいのですか?

そうですよ。

つまり、デンマンさんにも 日本へやって来た時に日向ノエミアさんと同じような経験があると言いたいのですわねぇ~。。。?

そうです。。。 そのことでも、かつて記事を書いたのですよ。。。 読んでみてください。


(sayuri55.gif)

デンマンさんは次のように書いてましたわね。

今度は古代蓮を見ながら

“Hよりも感じるハグ”をして

再会を喜び合いたいものです。


(kato3.gif)

確かに、このように書きました。

それでデンマンさんはハグにこだわるのですか?

いけませんか?

だってぇ、デンマンさんのハグは、まるでプロレスの胴締めのように肋骨をギュッと締め付けるのですわ。

まさか。。。?

私はいつも死ぬかと思うほど呼吸困難に陥ってしまうのですわ。

それは、ちょっとオーバーではありませんか?

とにかく、いつ会ってもハグをっするのは、いったいどういうつもりなのですか?

やだなあああァ~、小百合さんが「ハグは素敵ですね」と言ったからですよ!

私がですか?

そうですよ!。。。もう忘れてしまったのですか?

そのような事を言ったかしら?

言いましたよ。。。次の写真を見ながら小百合さんはしみじみと言ったのですよゥ。。。


(bearhug00.jpg)

つまり、白熊の真似をしてデンマンさんは私に会うとベアハグをするのですか?

いや。。。ちがいますよ!。。。白熊が人間のハグを真似したのですよ!

とにかく、デンマンさんのハグは肋骨が折れると思うほど締め付けが激しいのですわ。

まさか。。。?

だってぇ~、今年も肋骨の1本がボキッと音をたてましたわ。。。肋骨が折れたと私は思いましたわ。

あのねぇ~、僕はプロレスラーじゃありませんよ。 小百合さんの肋骨が折れるほど強烈なベアハグをしませんよゥ。。。 んもおおおォ~!

でも とにかく、肋骨がボキッと音を出すようなハグだけは止めていただけませんか!?

だから、それ程に僕は小百合さんとの再会を喜んだわけですよ。

でも、肋骨が折れるのが心配ですわ。

分かりました。 今度は白鳥を優しく抱きしめるようなハグをしますよ。 うししししし。。。


『タリアセン夫人と再会』より
(2011年10月13日)

あのねぇ~。。。 小百合さんは反応が大げさなのですよ。。。 いくらなんでも小百合さんの肋骨が折れるほど僕は強烈なベアハグなどしませんでしたよゥ。

だってぇ~、肋骨の1本がマジでボキッと音をたてましたわァ~。。。

だから、それが大げさだと言うのですよ。。。 僕には全く聞こえませんでした。。。 第一、僕はプロレスラーじゃないのですよ。。。 それほど強烈に小百合さんを抱きしめるわけがないじゃありませんかァ!

とにかく、私はベアハグされた本人だから、間違いなく脊椎を伝わってきた音が内耳に届きましたわァ。

つまり、それが理由で小百合さんは僕のハグから逃げるようになったのですかァ~?

いいえ、違いますわァ~。

じゃあ、どういうわけで、僕がハグしようとすると逃げるのですか?

デンマンさんは知らないのですか?

何を僕が知らないと小百合さんは言うのですか?

ちょっと次のページを見てくださいなァ。


(tousatsu2.png)

『実際のページ』

あれっ。。。 ハグを盗撮して サイトに貼り出したのですねぇ~。。。

そうですわァ。

つまり、小百合さんと僕がハグをしているのを盗撮されて ツイッターで公開されるかもしれないという不安から、僕がハグしようとすると小百合さんは逃げるのですか?

だってぇ~、デンマンさんのハグは5分から10分ぐらい続くのですものォ~。。。

いくらなんでも それはオーバーですよ。。。 そんなにハグしていたら、僕の腕はしびれてしまいます。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~~

あなたは どう思いますかァ~?

あなたも銀座で友達と出会った時などに、ハグしますかァ~?

海外では、同性であっても、ハグする人がいるようですわァ~。。。

あたくしは、大和撫子(やまとなでしこ)ですので、どちらかと言えば、おしとやかにお辞儀をして ご挨拶をするのがクセになっておるのでござ~ますわァ~。。。

でも、もしデンマンさんが あたくしの肋骨が折れるほど

ハグしようとなさったら、あたくしはジャイアント馬場の

コブラツイストでお返しをしようと思っていますゥ。。。 うふふふふふふ。。。


(baba01.jpg)

 

ええっ。。。 そんな事はどうでもいいから、何か面白い事を話せとおっしゃるのでござ~ますかァ~?

分かりましたわ。。。 あたくしが余計な事を言ったので

あなたは、いやな気分になったのでしょうから、

気分直しに、あなたの気分爽快になるように次の曲を聴いてくださいまし。。。


(whitecliff.jpg)

いかがでしたかァ~。。。?

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

行田物語 ケネディ暗殺

2017年6月17日

 

行田物語 ケネディ暗殺

 


(kennedy76.jpg)


(oshi1.jpg)


(mayumi40.jpg)

デンマンさん。。。、“ケネディ暗殺”が行田と関係あるのですか?


(kato3.gif)

もちろんですよ。。。 関係がないことを僕が持ち出すと真由美ちゃんは思っているのですかァ~?

でも。。。、でも。。。、ケネディ大統領はアメリカの大統領ですわァ。。。 それに一度も行田市にやって来てないと思います。

確かに、ケネディ大統領は、生涯に一度も行田市にやって来てません…。

それなのに、ケネディ大統領と行田が何か関係あるのですかァ~?

関係あるから、行田物語でケネディ暗殺を取り上げるのですよ。。。

でも。。。、でも。。。、私ばかりでなく、この記事のタイトルを見てやって来たネット市民の皆様も絶対に関係ないと思ってますわァ~。。。

あのねぇ~。。。 もし、絶対に関係ないと思っていたら、この記事を読みにやって来てませんよ。。。 何か関係あると思ったから興味が湧いて、読みにやって来たのです。

じゃあ、マジでデンマンさんのブログにやって来たネット市民の皆様の期待に沿うようなお話をするのですねぇ~。。。?

もちろんです。。。 期待に添えないような馬鹿らしい話をしたら、もう二度と僕のブログにやって来なくなりますからねぇ~。。。 (微笑)

分かりましたわァ。。。 私もなんだか、期待に胸が膨(ふく)らんできましたわァ。。。 でも、やっぱり、心の片隅でちょっと心配です。。。

あのねぇ~。。。、真由美ちゃんが何も心配することはないのですよ。。。 たとえ、僕の話にネット市民の皆様がガッカリしても、真由美ちゃんをとって喰おうとするような人は居ませんから。。。 (モナリザの微笑)

分かりました。。。 じゃあ、なるべく余計なことは言わないように、細木数子さんのようにズバリと核心を突くように話してくださいなァ~。。。

あのねぇ~、順序良く、なるべく根拠を交えながら解り易く話をしないと、誤解を招いて細木数子のようにテレビ局のお偉方に睨まれて、番組を降ろされてしまうのですよ。。。 だから、僕は誤解を招かないように、この話を聞いたネット市民の民様が、納得するような証拠を示しながら話してゆくつもりなのです。。。 それでいいですか?

分かりましたわァ。。。 では、前置きはそれぐらいにして本題に入ってくださいなァ。。。

じゃあ、まず次の“振袖火事”の記事を読んでみてください。


(furisode3b.jpg)

 

“振袖火事”というのは“明暦の大火”のことです。 でもねぇ~、学校の歴史の時間でも、“明暦の大火”と言われると、なんだかピンとこないのです。 だけど、“振袖火事”と言われれば、すぐに“ああァ~、あの振袖をお寺で供養する時に燃やした。。。 その時、強い風が吹いて、それが火元になった大火事だ”と、ピンとくるのですよ。 それほど、このエピソードは一人歩きするほど庶民の間に広まった。

でも、それは幕府のお偉方が江戸の庶民に広めたデマだったと言うのですねぇ~。

そうですよ。 もともと、火元は振袖を供養したという本妙寺じゃない。 菊ちゃんの“ひいおばあちゃん”の、そのまた“ひいおばあちゃん”にあたる、忠秋さんに拾われて育ち、女中をしていた“お菊さん”が忠秋さんの部屋の行灯(あんどん)に火をともしに行った時に、大嫌いなネズミが目の前を横切ったので、ろうそくの火を落としてしまったのです。。。 それがあの大火事の火元だった。


(kiku95.jpg)

お菊さんが畳に落としたロウソクの火が マジで あの“振袖火事”と呼ばれた“明暦の大火”の火元になったのですか?

そうです。。。 当時、阿部忠秋さんは老中。。。、松平信綱さんは老中首座だった。。。 今で言えば、さしずめ江戸政府の首相と副首相のような立場にあった。

忠秋さんも、ホトホト困ってしまったでしょうね。

そうです。。。 だから、二人の間には次のような会話が交わされたのですよ。


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拙者が全責任を負って腹を切り、土地・家屋、所領は幕府に返上いたします。 なにとぞ他の者には罪が及ばないようにしていただきたい。 この件については、左様に御承知していただけると、幸いに存じます。


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いや。。。それはならぬ。

。。。とおっしゃいますと、拙者の家族と縁者、すべての者が処罰されるということでございますか?

いや。。。幕府の老中の屋敷が火元とあっては、阿部殿の家族全員が死罪になったとて済む問題ではござらぬ。

。。。とおっしゃいますと。。。?

阿部殿も御承知のとおり、火事の火元に対しては幕府は厳罰主義で臨んでおります。 それゆえ幕府の老中が火元とあっては、幕府の権威は失墜してしまいます。 先年の“島原の乱”で、幕府の権威はいささか揺るいでしまいました。 今度の江戸の大火事の火元が老中の屋敷とあっては、更に反乱を誘うようなものでござる。

では、一体どうすればよろしいのでしょうか?

拙者に名案があります。。。 確か、阿部殿の屋敷の隣は本妙寺でしたな。。。

左様で。。。

それでは火元は本妙寺といたそう。

しかし、本妙寺の住職が承知いたしますまい。

ご案じなさるな。。。 幕府の方からもいろいろと手を尽くして説得に当たろう。。。 ついては、阿部殿からも、毎年供養料として相当額の寄付をしていただきたい。

金銭で済むものでしたら、住職の納得する額を毎年供養料として差し出す所存です。。。 しかし、どのような原因で火が出たとするのでございますか?

それについても名案があります。 次のような話を拙者の家臣に命じて江戸中に広めるつもりでござる。

江戸の町の一人の少女(17歳)が、偶然見かけた美少年に一目惚れ。
寝ても覚めてもその美少年のことが忘れられず、彼が着ていた服と同じ模様の振袖を作らせた。
その振袖を抱いては、彼のことを思う日々でしたが、恋の病からか、はかなく死んでしまった。

両親は憐れんで娘の棺にその振袖を着せてやった。
棺が持ち込まれた寺で働く男たちが その振袖をもらい受けた。

振袖は男たちによって売られ、別の17歳の娘の物になった。


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ところがこの娘も、しばらくの後に亡くなり、振袖はまた棺にかけられて寺に持ち込まれた。
寺の男たちもびっくりしました。
しかし、そんなこともあるだろうと、またそれを売り、振袖はこれまた17歳の娘の手に渡った。


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ところが、この娘もほどなく死んでしまい、振袖は またまた棺に掛けられて寺に運び込まれた。

ここに至って さすがに寺の男たちも気味悪がり、住職に相談。
死んだ娘たちの親も呼ばれて、この振袖を寺で供養することになった。
住職が読経しながら火中に振袖を投じる。

ところが、折しも強い風が吹き、振袖は火がついたまま空に舞い上がり、本堂の屋根に落ちた。
火は屋根に燃え移り、消し止める間もなく次々と延焼、翌日には、江戸城本丸天守閣まで類焼した。


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どうですかな、阿部殿。。。 庶民が飛びつくような話だとは思わぬか?

確かに。。。 さすがに“知恵伊豆”と呼ばれるだけあって、松平殿は戯作にも通じておるのですな。 (笑)

とにかく、これ以上幕府の権威を落としたくないのじゃ。。。 そう言う訳で、この一件は拙者に任してくだされ。

“知恵伊豆”の信綱さんは、何が何でも幕府の権威にこだわった。 それに対して忠秋さんは“お菊さん”を死罪にするには忍びなかったので、自分が腹を切って身代わりになろうとした。

そういうことですよ。。。 二人の性格が良く表れているとは思いませんか?

でも。。。、でも。。。、これが史実だとして、この“振袖火事”が“ケネディ暗殺”と どのように関係しているのですか?

だから、“振袖火事”にあたるものが“オズワルド単独犯行説”ですよ。。。 これを広めることによってアメリカ政府と、軍産複合体は“ケネディ暗殺事件”をうやむやに葬り去ろうとしたわけです。

。。。で、アメリカ政府の高官は、どのような会話をしたのですか?

次のような会話をしたのですよ。


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長官、ひどいことになりましたなァ~。。。 この事件をいったいどのように処理するつもりですか?


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あんたも、“タナボタ”でアメリカの大統領になれたわけだ。。。 これまでにもアメリカの大統領が暗殺されたと言うことはあったけれど、まさか第2次世界大戦のあとになってから、アメリカで大統領暗殺がおこなわれるとは、わしも思ってもみなかったよ。 とにかく、アメリカの権威が失墜するかどうかの瀬戸際だから、あんたも、心してかかる必要があるよ。

それで、真犯人は突き止めたのですか?

いや。。。 真犯人のことは、あんたも知らない方がいいだろう。。。

でも、大統領として、私も知る必要が。。。

いや。。。大統領だからこそ、あんたは知らない方がいい。。。 知っている人が増えれば増えるほど、アメリカの権威は失墜するのだから。。。

しかし、“オズワルド単独犯行説”で世間は収まりますか?

収まるか収まらないかは、今後の成り行きしだいさァ。。。 でも、オスワルドがソ連に居たということは、冷戦を絡(から)ませるいい口実になると思うよ。 ソ連の KGB の犯行を匂わせることができるからね。

しかし、長官、暗殺が起きた11月22日から27日までの6日間で行われたギャロップ(Gallup)の世論調査では52%がオズワルドの単独犯行ではなく、グループによる犯行だと。。。つまり、何らかの陰謀があったと主張する者も多いのですよ。

だから、今後、そういう考え方を改めさせるために、我々が努力しなければならないわけさァ。 “オズワルド単独犯行説”で押し通すのだよ。

どのようにして。。。?

実は、FBIの詳細な公式報告をアメリカ国民に公表することで事件の調査を終了するつもりだったのだよ。 ところが、11月25日に テキサス州の司法長官がケネディとオズワルドの死をめぐる事実関係を糾明する査問会議を行うことを発表した。 翌日には、合衆国上院が調査特別委員会を設置することを発表。 そして翌27日には 合衆国下院が独自に特別委員会の設置を発表した。

それだけ、大統領暗殺の衝撃が大きかったということですよ。

まあ、そういうことなのだが。。。 実にやりにくいよ。

しかし、長官、犯人とされたオスワルドが警察署内で殺されるという異常な展開。。。、そして動機も背後関係も一切謎のままですからね。。。、うやむやに済ませるわけにはゆかないでしょう。 だから、一応、長官の意見を入れて、私も11月29日に暗殺事件の調査を大統領直属の委員会を設置して早急に行い、国民の間に広がる疑惑や不安を払拭することに決めたのですよ。

そうすべきだよ。。。 そうすることによって上下両院の独自調査を延期させることができるからね。。。、テキサス州の調査も大統領直属の委員会に資料を提出させるべきだよ。。。

分かりました。。。で、委員長は誰に。。。

連邦最高裁判所長官アール・ウォーレンがいいだろう。。。 彼ならば、何かと操(あやつ)り易いからねぇ~。。。

つまり、FBI長官のフーバーさんは真犯人グループを知っていたのですね。

そうですよ。。。 ケネディ暗殺には2つの陰謀が絡んでいるのです。 ケネディ大統領を暗殺する陰謀。。。それに、ジョンソン大統領直属のウォーレン委員会で真実を隠す陰謀ですよ。

でも、その証拠があるのですか?

もちろん、僕には、証拠となるものには手が届かない。。。 でもねぇ~、状況証拠なら、たくさんありますよ。 まず、ウォーレン委員会で扱われたすべての資料は、1964年に ワシントンDCにある国立公文書館に保管されてしまった。 しかも、それまでに公開されてない資料は75年間、つまり、2039年まで封印されることになった。

どうして。。。?

だから、アメリカの権威を保つためですよ。 もしも、ソ連のKBGが陰謀をめぐらせてケネディ大統領を暗殺したとしたら、75年間も資料を封印する必要など全くないのですよ。

今でも、ウォーレン委員会で扱われたすべての資料は封印されたままなのですか?

いや。。。 “75年間封印される”という理不尽さを 1991年にオリバー・ストーン監督が”JFK”という映画を作って、訴えた。 


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この映画で、“ケネディ大統領暗殺の陰謀”が、再びマスコミで騒がれるようになったのですよ。

。。。で、政府の高官はどうしたのですか?

映画が公開された翌年(1992年)に、“陰謀説”を掲げてマスコミで騒ぐ民衆をなだめるために「JFK記録に関する法律(the JFK Records Act)」というのを作って、できるだけ多くの資料を公開するようにしたのですよ。

ほとんどすべての資料を公開したのですか?

いや。。。 伏せておくべき資料はやっぱり公開されなかったのです。 2017年までに、公開されることになっているのですよ。 でもねぇ、“ケネディ大統領暗殺研究家”が喉から手を出したいほど欲しい資料 1,171点は CIA によって、今でも封印されているのです。

じゃあ、やっぱり、真の犯行グループがいるのですわね。

いずれはっきりするでしょう。。。

。。。で、デンマンさんは、その犯行グループのメンバーは誰だと思っているのですかァ~?

もちろん、すべてのメンバーについて僕が解るはずがありません。。。 でもねぇ~、その黒幕が誰かは容易に想像できますよ。

その黒幕ってぇ、いったい誰ですのォ~?

ちょっと次の記事を読んでください。

ケネディ政権


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ケネディ政権には、国家の安全保障を委ねられるにふさわしい「最も聡明にして賢明な者たち」が結集しているとされた。
国家安全保障担当大統領補佐官には、ハーバード大学の学長を努めたマクジョージ・バンディが、また国防長官にはフォード社長からロバート・マクナマラが起用された。
「若いながらも、当代切っての」と謳われた逸材が綺羅星のように居並んでいた。

だが、大統領が核戦争の淵に立たされたとき、縋(すが)るようにして頼ったのは、ワシントン政界の奥深く棲むフクロウといわれた老政客(ロバート・ロベット翁)だった。

 (中略)

すでに空軍を中心に軍部は不穏な動きを見せていた。
ペンタゴンでは、キューバへの空爆の準備を着々と進めていたのだった。
大統領の最終的な命令が下れば、直ちに爆撃機を発進できるように空爆目標の選定もほぼ終わっていた。

……主戦論の中核にいたのが、空軍参謀長、カーティス・ルメイだった。
この主戦派は、かつてドイツと日本への戦略爆撃を指揮し、空の英雄と呼ばれていた。
戦後もアメリカ空軍に君臨して、膨大な軍事予算を握り、多数の国防族議員まで要して巨大な政治集団を形成していた。

そのため、ジョン・F・ケネディは、カーティス・ルメイを頂点とする空の制服組を抑えるため、ロベット翁の隠然たる政治的権威を必要としたのだった。

 (中略)

ジョン・F・ケネディは、軍部の空爆論を抑えて、海上封鎖に傾いていった。
キューバへの海上航路を遮断し、ソ連がこれ以上のミサイルを持ち込むことを断じて許さないという決意を示そうとしていた。
だが、空からの奇襲を強く主張する空軍を率いるカーティス・ルメイは、武力行使に同調しない大統領に詰め寄った。

「私は大統領とは違い、キューバを爆撃しても、ソ連がベルリンを攻撃することはないと考えております。
 空爆を断念することは、ミュンヘンの宥和主義とおなじくらい悪しき選択です」

ミュンヘン宥和主義。 ケネディ一族に対して毒を含んだ物言いだった。
1938年のミュンヘン会談で、イギリスはチェコスロバキアのズデーテン地方をヒトラーに分け与えることで一時の平和を保とうとし、それが第二次世界大戦に道を開いてしまったといわれた。
当時駐英大使だったケネディの父ジョセフは、このミュンヘンの宥和主義を支持したと批判されていたからだ。
だが、カーティス・ルメイの挑発をしりぞけて、大統領は海上封鎖に心を決めていた。

「諸君の見解は尊重する。 なぜ、海上封鎖を選択するのか。 それは全面核戦争へのエスカレーションを避けなければならないからだ

ジョン・F・ケネディがこういい残して退席したあと、将軍たちが若き大統領をあしざまに罵る様子が「ケネディ・テープ」に録音されている。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)


107 – 111ページ
『葡萄酒か、さもなくば銃弾を』
著者: 手嶋龍一
2008年6月4日 第3刷発行
発行所: 株式会社 講談社

『シルヴィーとケネディ夫人』に掲載
(2011年6月15日)

主戦論の中核にいたのが、空軍参謀長、カーティス・ルメイだった」と書いてあるけれど、この人物が黒幕ですよ。 「戦後もアメリカ空軍に君臨して、膨大な軍事予算を握り、多数の国防族議員まで要して巨大な政治集団を形成していた」ということですからね。。。

この将軍は自国の大統領まで暗殺するような精神を持った人なのですか?

自分の考えに固執して、例え大統領だろうが、国のためにならないと思えば暗殺も辞さないというタイプですよ。 ウィキペディアにも次のように書いてあります。

カーチス・ルメイ

キューバ危機勃発時には、キューバ空爆をジョン・F・ケネディ大統領に提案したが却下された。
ルメイら空軍首脳部は圧倒的な兵力でソ連を屈服させることが可能であると思っていた。
実際にはキューバ危機の時点ですでにキューバに核ミサイルが数十基配備済みであったことは、第三次世界大戦を招きかねない完全な見当違いであった。

ベトナム戦争では空軍参謀長の任にあり、「(北)ベトナムを石器時代に戻してやる」と豪語して北爆を推進した。
なお、北爆が開始された1965年に除隊した。

退役後

1965年2月に退役。1968年には、ベトナム戦争の推進を支持し、人種差別的な綱領を掲げた前アラバマ州知事、ジョージ・ウォレス大統領候補とともにアメリカ独立党 (American Independent Party)の副大統領候補として出馬するが落選。
1990年10月1日没。

評価

ルメイの行為は、多くの罪の無い民間人を殺戮したことに加え、貴重な文化財(寺院・仏閣・城郭など)を灰燼に帰す結果をもたらしたために、特に対日作戦について、前任者であるハンセル准将と違い、一部政治家、文化財研究家からは強く非難されている。
特に日本では、ルメイは残虐な無差別戦略爆撃の父として評価が定まっている。

右派においてもアメリカに批判的な者の場合、小林よしのりのように、著作で批判的に取り上げる例がある。
また、ルメイに近い戦勝国で計画を進める側の立場にあったマクナマラも『フォッグ・オブ・ウオー』で「勝ったから許されるのか?私もルメイも戦争犯罪を行ったんだ」とも述べている。

しかしルメイの立場から見れば、その戦略はあくまでも戦争において敵の損失を最大化させるという爆撃部隊における合理性と効率を追求したものであるという。


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ルメイ自身は「アメリカが敗戦するなら自分は戦争犯罪人として処せられる」と述べている。

また、ドイツ本土への爆撃に赴く搭乗員に対して次のようにも述べている。


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君が爆弾を投下し、そのことで何かの思いに責め苛まれたとしよう。
そんなときはきっと、何トンもの瓦礫がベッドに眠る子供のうえに崩れてきたとか、身体中を炎に包まれ『ママ、ママ』と泣き叫ぶ三歳の少女の悲しい視線を、一瞬思い浮かべてしまっているに違いない。
正気を保ち、国家が君に希望する任務を全うしたのなら、そんなものは忘れることだ。


ドイツ空襲の意見を聞かれて
『戦略・東京大空襲』
E・バートレット・カー著・大谷勲訳

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)

出典: 「カーチス・ルメイ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

どうですか、小百合さん。。。 

でも、黒幕がルメイ将軍だったというのは、あくまでもデンマンさんの推測ですよねぇ~。。。

これまでの状況証拠を見ても、黒幕はルメイ将軍以外には考えられないですよ。

CIAに封印されている 1,171点の資料が 2017年までに公開されれば、解ることですわねぇ~。。。?

いや。。。 解らないはずです。

どうして。。。?

あのねぇ~、前にも言ったように、ケネディ暗殺には2つの陰謀が絡(から)んでいるのですよ。 ケネディ大統領を暗殺する陰謀。。。それに、ジョンソン大統領直属のウォーレン委員会で真実を隠す陰謀ですよ。 だから、黒幕がルメイ将軍であるという証拠は、すでに抹殺されています。。。


『振袖火事とケネディ暗殺』より
(2015年1月29日)

なるほどォ~。。。 デンマンさんのおっしゃろうとすることはよく解りました。。。 でも、上の記事に中には行田が全く出てきてませんわァ!

真由美ちゃんが知らないだけで、実は、老中の阿部忠秋さんは行田とすごく関係がある人なのですよ。。。

阿部忠秋


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阿部 忠秋(あべ ただあき)は、江戸時代前期の下野壬生藩・武蔵忍藩主。
(デンマン注: 江戸時代の忍藩が、後に行田市になった。)
徳川家光・家綱の2代にわたって老中を務めた。
同じく老中の阿部重次は従兄にあたる。

 

人物

慶安の変後の処理では浪人の江戸追放策に反対して就業促進策を主導して社会の混乱を鎮めた。
その見識と手腕は明治時代の歴史家竹越与三郎より「(酒井忠勝・松平信綱などは)みな政治家の器にあらず、政治家の風あるは、独り忠秋のみありき」(『二千五百年史』)と高く評価された。

鋭敏で才知に富んだ松平信綱に対し、忠秋は剛毅木訥な人柄であり、信綱とは互いに欠点を指摘、補助しあって幕府の盤石化に尽力し、まだ戦国の遺風が残る中、幕政を安定させることに貢献した。
関ヶ原の戦いを扱った歴史書・『関原日記』(全5巻)の編者でもある。

忠秋は「細川頼之以来の執権」と評せられ、責任感が強く、また、捨て子を何人も拾って育て、優秀な奉公人に育て上げた。
子供の遊ぶ様子を見るのが、忠秋の楽しみであった。

 

略歴

阿部忠吉(阿部正勝の次男)の次男。 母は大須賀康高の娘。
長兄の夭折により家督を相続する。
名ははじめ正秋、寛永3年(1626年)に徳川秀忠の偏諱を拝領し、忠秋と名乗った。

正室は稲葉道通の娘、継室は戸田康長の娘。
息子があったが夭折し、その後も子に恵まれず、従兄の阿部政澄(重次の兄)の子の正令(後に正能と字を改める)を養子として迎えた。

寛永元年(1624年)、父の遺領6000石を継ぐ。
同3年(1626年)加増され、1万石の大名となる。
同6年(1629年)、5000石加増。
同10年(1633年)、小姓組番頭から六人衆(後の若年寄)に転じ、さらに5月5日より老中格に任じられる。
同12年(1635年)、下野壬生藩2万5000石に転封され老中。

同16年(1639年)忍藩5万石。
正保4年(1647年)6万石。
寛文3年(1663年)8万石。
同6年(1666年)老中退任。
同11年(1671年)隠居。
延宝3年(1676年)に死去した。


出典: 「阿部忠秋」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

でも。。。でも。。。、上のエピソードに出てきた“ネズミを怖がる女中のお菊さん”はマジでデンマンさんのお嫁さんになりたかった“菊ちゃん”のご先祖様なのですか?


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もちろんですよ。。。 あのねぇ~、『ウィキペディア』にも書いてある通り、阿部忠秋さんは捨て子を何人も拾って育て、優秀な奉公人に育て上げたのですよ。。。 お菊さんはそのうちの一人だった。

でも。。。、でも。。。、お菊さんは江戸の阿部忠秋さんのお屋敷で奉公していたはずですわァ。。。

あのねぇ~、“明暦の大火”の後で江戸に居るのはまずいだろうということになって、“お菊さん”を小さな時に面倒を見た“お寅さん”というおばちゃんがお勤めを終わった後に忍藩(後の行田市)で隠居していたのですよ。。。 そういうわけで、お菊さんは“お寅さん”の養女となって忍に下って行ったのです。。。

。。。で、その後ずっと忍藩に住み続け、“お菊さん”の子孫の一人が“菊ちゃん”だ、とデンマンさんは断定するのですか?

そうですよ。。。 昔の人は言った者ですよ。。。 “親の因果(いんが)が子に報(むく)い”。。。 真由美ちゃんも聞いたことがあるでしょう?

ありますわ。。。 それが菊ちゃんと、どういう関係があるのですか?

だから、“お菊さん”が“明暦の大火”を起こしてしまったのですよ。。。 老中の阿部忠秋さんと 老中首座の松平信綱さんが話をうまくまとめて、“お菊さん”は何の罰も受けなかったけれど、人の世はやっぱり、何事も無く幸せな事ばかりが続くわけではないのです。。。 昔の人は、気づいていたのです。。。 “お菊さんの因果が子孫に報い”、女性にのみ受け継がれるY染色体に、精神薄弱の因子がやどって、それが“菊ちゃん”に受け継がれたのですよ。。。


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『菊ちゃんとデンマンの心の絆』

(行田物語 猫)

それで、菊ちゃんは精神薄弱児として人生を終えたのですか?

そういうことです。。。 伝説として行田市民の中では、知る人ぞ知る公然の秘密として語り継がれてきたのです。。。

マジで。。。?

だから言ったでしょう。。。 ここまで話してくれば、真由美ちゃんも納得できると思うのですよ。。。 でしょう?

私は、なんとなく、デンマンさんのお話に釣り込まれてしまいましたけれど、このお話を聞いているネット市民の皆様は、私のように素直には信じないと思いますわァ。。。

あのねぇ~、僕の話を聞いて、ムカついた人はコメントを残してくれますよ。。。 だから、真由美ちゃんが心配するほどのことではありません。。。 (爆笑)


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【デンマンの独り言】


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真由美ちゃんの母親は 僕の従妹です。。。

つまり、僕の母親は真由美ちゃんにとって大伯母にあたります。


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僕の母親が亡くなる2年ほど前に真由美ちゃんと一緒に撮った写真です。

ところで、真由美ちゃんは、ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

去年(2016年)の9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

忙しい時間を割いて、真由美ちゃんも僕の母親の葬式には参列してくれました。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


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上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


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If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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『サンタ マユミちゃん』

『お汁粉@海外』

『お汁粉@カナダ』

『支払いでトラブル』

『風邪で甘えてる場合じゃねぇ~!』

『バレンタインのお菓子』

『結婚、仕事、人生』

『命の力だね』

『英語と真由美ちゃん』

『海外に目を向ける』

『カーネギーホールじゃないよ』

『やる気があれば道は開ける』

『ニャンニャンと人生』


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『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』

『日本で再会』


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』


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『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


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『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』

『那須高原の紅葉』

『希望とロマン』

『錯視 錯覚』

『マンボ@バンクーバー』

『オリーブオイル』

『スコーンとプディング』

『5月のロブソン』

『病院食の間違い』

『プレミアム・ジャパン』

『自然の摂理を無視すると…』

『夢のデニッシュ・悪夢のマーガリン』

『パリ風カフェ』

『どこか狂ってるわ』

『行田遠野物語』

『行田物語 ピアノ』

『行田物語 猫』

『行田物語 母の懐』


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