Archive for the ‘伊勢物語’ Category

愛と性の悦び

2017年10月13日

 

愛と性の悦び

 


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デンマンさん。。。、愛と性の悦びに年甲斐もなく 狂いまくったのですかァ~?


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。。。ん? レンゲさんは、僕が愛と性の悦びに年甲斐もなく 狂いまくったと思うのですか?

だってぇ~、そういう経験をしたからこそ、タイトルを愛と性の悦びとしたのでしょう!?

あのねぇ~、僕が愛と性の悦びに年甲斐もなく 狂いまくったら、この記事を読むネット市民の皆様がウンザリして 他のブログへ飛んでしまいますよ。。。

じゃあ、どなたが愛と性の悦びにひたったのですか?

ちょっと次のリストを見てください。。。


(liv70815a.png)


『拡大する』

『愛と性の悦びと苦悩』

これは ライブドアの僕の『徒然ブログ』の8月14日の午後9時2分から15日の午前2時34分までの約5時間半の「生ログ」です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。

あらっ。。。 8月14日の午後9時13分にGOOGLEで検索して『愛と性の悦びと苦悩』を読んだネット市民がいたのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 

デンマンさんが10年も前に投稿した記事ではありませんか!

そうなのですよ。。。 レンゲさんと対談した記事ですよ。。。 覚えてますか?

忘れてましたわァ。。。 で、どなたが読んだのですか?

茨城県の笠間市に住んでいる 笠原 美由紀(かさはら みゆき)さんが読んだのですよ。。。


(ip2145b.png)

『拡大する』

あらっ。。。 上の写真の女性が笠原 美由紀さんですか?

そうです。。。

。。。で、どのようにして検索したのですか?

美由紀さんは、つぎのように検索したのですよ。。。


(gog70815a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

『愛と性の悦びと苦悩』

あらっ。。。 「愛と性 悦びと苦悩」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そうです。。。 41,500件ヒットする内のトップに『愛と性の悦びと苦悩』が出てくるのですよ。。。

でも。。、でも。。。、どういうわけで美由紀さんは「愛と性 悦びと苦悩」と入れて検索したのですかァ~?

やだなあああァ~、そのような分かりきったことを訊かないでくださいよう。。。 美由紀さん自身が「愛と性 悦びと苦悩」に悩んだわけですよ。。。

なぜ、デンマンさんは、そのように見てきたようなことを言うのですか?

だってぇ~、美由紀さんが僕にメールを寄越したのです。。。

信じられませんわァ~。。。

レンゲさんは疑り深いのですねぇ~。。。 実は、美由紀さんはレンゲさんのファンなのですよ。。。

それなのに、どういうわけで あたしではなく デンマンさんにメールを出したのですか?

レンゲさんのメールアドレスが分からなかったと書いてありました。

それで、美由紀さんはなんと書いていたのですか?

まず、次の古典のエピソードを読んで考えさせられました、と書いてありました。


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後朝(きぬぎぬ)の文

 


(bond010.gif)

 

斎宮(いつきのみや)は親元から、
くれぐれも丁重に
おもてなしをしなさい、
と言われていたものだから、
在原業平(ありわらのなりひら)を
心を込めてもてなしました。

朝には狩の支度を手伝って
業平を送り出し、
夕方戻ってくると、
斎宮はひとつ屋根の下の
“離れ”に彼を迎え入れたのです。

業平は初めて彼女の姿を
目にした時から逢いたいと
思っていたので
二日目の夜、
斎宮に密かに言ったのです。
「お逢いしたい」と。。。

斎宮も逢いたくない
と言えば嘘になる。
でも、とにかく人目が多く
思うに任せない。

業平は正使なので、
“離れ”と言っても、
斎宮の寝所の近くに
床をとっていました。

神に仕える女の身の上を思えば
逢うことなど絶望的でした。
業平はあきらめかけていました。
でも、なかなか寝付かれない。

ふと外に目をやると、
真夜中の朧(おぼろ)な
月明かりのなか、
童女を先に立てて人が立っている。
皆が寝静まるのを待って
やってきた斎宮でした。
業平は信じられないと思いつつも、
丁重に自分の寝所に
女を導いたのです。

それは、長いようで短い、
短いようで長い密会でした。
でも、じっと二人の様子を
見ていた者が居たなら、
およそ2時間ほど二人は
一緒に居たかもしれません。

斎宮は後ろ髪を引かれる
思いがありましたが、
それ以上一緒に居ることは
出来ないと思い帰ってゆきました。
業平にしてみれば、
もっと女を引き止めておきたかった。
まだ満足に語り合ってもいない。
業平は切なさに
一睡もできませんでした。

翌朝、業平の女に対する思いは
募るばかりです。
でも業平の方から
後朝(きぬぎぬ)の文を送るのは
常識はずれというもの。
向こうから何か言ってこないかと
業平が待ち焦がれていると、
空も明るくなってから
歌が届けられました。

君やこし

我や行きけむ

おもほえず

夢か現(うつつ)か

寝てかさめてか

 

【現代語訳】

あなたが来たのか
私が行ったのか、
夢か現実か寝ていたのか
覚めてたのか
私には何も分からないのです。

業平は女の心の迷いを
感じながらも、
互いに衣を重ねて
共寝した密やかな睦事を
女が夢心地で
受け止めているのを感じて
涙が出るほど
ジーンときたのでした。

業平はさっそく
自分の思いを歌に詠んで
女の元に送り届けたのでした。

かきくらす

心の闇に

まどひにき

夢うつつとは

こよひ定めよ

 

【現代語訳】

心乱れて私も
よくわからなかった。
夢か現実かは
今夜ご確認なさっては
いかがでしょうか。

業平は、このように
「今夜も逢いたい」と詠み送って、
狩りに出たのでした。
野に出てからも
業平は上の空です。
「今夜こそは
早く皆をやすませて逢おう」
などと思っているのでした。

そこへ、狩の使(業平)が
来ていることを
聞きつけた伊勢守が、
饗応を申し出たのです。

翌朝になれば業平は
伊勢を発たねばなりません。
今夜は何が何でも
斎宮と逢いたい。
でも、伊勢守は
斎宮寮頭という役職も
兼ねているので断りきれない。
結局、業平は斎宮に逢えぬ
辛さを隠したまま、
伊勢守らと酒を酌み
交わすのでした。

夜もしらじら明けそめた頃、
斎宮方から業平のもとへ
盃が差し出されました。
見れば、上の句のみの歌が
書き添えてありました。

かち人の

渡れど濡れぬ

えにしあれば

 

【現代語訳】

渡っても濡れもしない
浅い江のようなご縁でしたわね。

男は、続き(下の句)を
松明の燃え残りの炭で
書き付けました。

また逢坂の

関は越えなん

 

【現代語訳】

でも、いつか必ずや
お逢いできましょう。

そのような思いを伝え、
その朝、業平は尾張国へ
旅立っていったのでした。


参考書: 『伊勢物語』(講談社文庫)

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美由紀さんは何を考えさせられたのですか?

平安時代の女性はずいぶん若い頃に 大人の恋をしたものだということを美由紀さんは上のエピソードを読みながらしみじみと考えさせられたわけです。。。

それで。。。?

その後を読んでいったら、レンゲさんが高校生の頃に、すでに結婚していた坂田さんと恋愛問題を起こして退校させられた、という事を知ったわけですよ。。。 つまり、現代でも少女時代に大人の恋にハマってしまう人がいるのだという事を改めて知ったというわけです。。。

つまり、あたしが大胆な女だということをデンマンさんは言いたいのですか?

あのねぇ~、学校にゆくと言って家を出て、授業をすっぽかして坂田さんの家で愛し合っている。。。 そんな事をしていれば、すぐに分かってしまいますよ。

だから、若気(わかげ)の至りだったと、今では反省していますわァ。。。

でもねぇ~、いくら16才の乙女でも、そんな事をしていれば、不良娘のレッテルを貼られて退学になる事ぐらい分かっていたでしょう?

デンマンさんには分からないと思いますけれど。。。 あたしは教育という名の虐待を受けて、無理やり勉強させられていたのですわ。。。 自由が保障されている世界に居て、あたしにはその自由がなかった。。。 息詰まるような毎日でしたわ。。。 しかも、母からは愛情を感じる事も無く、父は居ても不在のような家庭でした。。。 そのような中であたしは坂田さんに抱かれて初めて愛を知ったのですわァ~。。。

だから劇的だというのですよ。。。 ロマンチックを通り過ぎて。。。 ドラマチックも通り過ぎて。。。 なんというか、常識破りの恋愛事件ですよ。

禁断の園でレンゲさんが

坂田さんと秘め事をして知った悦び


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レンゲさんにも16才の頃は、こうして可憐な乙女だったんですよね。

まだ高校1年生の女学生だった頃、レンゲさんは、初めて秘め事を経験した。

愛のない家庭で育ったレンゲさんは、心のよりどころがなくて、当時近所に住んでいた坂田さん夫婦の家に時々遊びに行っていた。

坂田さんも、レンゲさんの家庭の事情を良く知っていて、何かとレンゲさんのことを思いやり可愛がっていた。レンゲさんは、いつしか坂田さんに淡い恋を感じるようになっていた。

坂田さんは良い人だけれど、競馬競輪にハマッていて、そのことで妻の幸子さんと別居するようになった。レンゲさんは、そんなある晩、幼な妻のように坂田さんのために夕ご飯を作ってあげた。坂田さんにも何か感じるものがあったのかも知れませんよね。その晩、レンゲさんは坂田さんの腕に抱かれてハラハラ。。。、ワクワク。。。ドキドキしながら桜の花びらを散らした。。。


『性と愛の渇き』より

あたしが坂田さんに抱かれた事が常識破りだとおっしゃるのですか?

違いますよゥ。。。 レンゲさんの家庭の事情を良く知っている僕は、レンゲさんが坂田さんに感じた恋心を充分理解しているつもりです。。。 そのような状況の中で、坂田さんから可愛がられたわけだから、幼な妻のように坂田さんに対して真心で晩御飯を作ってあげたくなる気持ちも良く分かります。。。 上の伊勢物語に出てくる斎宮(いつきのみや)も、この時まだ10代ですよ。。。 業平は30代の後半です。。。 だから、ちょうどレンゲさんと坂田さんの年恰好に似ているわけですよね。

それで、デンマンさんは上の古典のエピソードのお話を持ち出してきたのですか?

そうです。。。 レンゲさんが自分の経験と照らし合わせて、このエピソードの意味するところが良く分かると思ったからね。。。

でも、あたしが常識破りだとデンマンさんはおっしゃいましたわねぇ~。。。 一体、あたしのどこが常識破りなのですかァ?

あのねぇ~、斎宮(いつきのみや)は神に仕える女ですよ。。。 それが彼女の仕事ですよね。。。 レンゲさんにも分かるでしょう?

分かりますわ。。。 でも、あたしと比較する事などできませんわ。

もちろん、比較するつもりではありません。。。 しかしねぇ~、比較する事が出来ないわけじゃない。。。 確かに時代が違っている。。。 でもねぇ~、時代を越えた真実は今も昔も変わりがありませんよ。

その時代を越えた真実って。。。?

だから、男と女の愛情ですよ。

それで、デンマンさんはどのように比較しようとなさるのですか?

レンゲさんは働いていたわけじゃない。。。 女学生でしたから。。。 でもねぇ~、学校に行く事がレンゲさんの、云わばお勤めだったわけですよねぇ~。。。

それで。。。?

業平が斎宮と密通した事は、当時の貴族社会でも非常に重大な衝撃を与えたらしい。

どうしてですの?

どうしてって。。。レンゲさんだって分かっているでしょう? 当時、伊勢の斎宮と性関係を結ぶことはご法度(はっと)だった。。。 見つかったら、その職を解かれてしまう。。。 古典のエピソードでは、そこまでの事は書かれていません。。。でもねぇ~、後の世になって、この話が実際に持ち出されている。

禁忌の愛


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このふたり(在原業平と斎宮であった恬子【やすこ】内親王)の間に禁忌を犯した契りがあり、それによって男の子が生まれたという伝承があった。

それが事実であったのかどうか確証はないが、
この伝承は秘されて生まれた子・高階師尚(たかしなのもろなお)を祖先に持つと言われている高階家に語り継がれていた。

そしてこの時代よりもずっと後、藤原道長の時代に公けの場で語られるのである。
一条天皇が三条天皇に譲位する際に、
その皇太子を一条の皇子の誰にするかという問題が起こった時のことである。

故皇后・定子腹の第1皇子・敦康親王(あつやすしんのう)を退け、
中宮(ちゅうぐう)・彰子(時の権力者・藤原道長の娘)の皇子・敦成親王(あつひらしんのう)を推す理由を、藤原行成(ふじわらのゆきなり)が帝に奏した言葉の中に現れているのである。

立太子の儀は人間の意志ではなく伊勢の皇大神の意によって決められるのであるが、敦康親王の母・定子は藤原道長の実兄・道隆と高階貴子の間の娘である。

高階家はかつて斎宮のことがあり、伊勢の皇大神の不興を買っており、故に皇太子にはふさわしくない。

このように藤原行成は奏上した。


『年上の女の情念』より

この事を見ても、この物語が当時の貴族社会に与えた衝撃がよく分かりますよね。。。 レンゲさんにも分かるでしょう?

それが。。。 それが。。。 あたしと、一体どのように関係しているとおっしゃるのですか?

だからぁ~、レンゲさんの場合には、上のエピソードを借りるならば、斎宮というお勤めをほっぽりだして伊勢から脱け出してしまった。。。 在原業平の後を追って尾張国へ行き、そこで業平と一緒に暮らし始めたようなものですよ。。。 伊勢で業平と抱き合っただけでも重大な罪を犯したことになるのに、まるで駆け落ちするかのように、お勤めをほっぽりだして業平の後を追って尾張の国まで行き同棲を始める。。。 これは、もう重大事件ですよ。

あたしが。。。あたしが。。。坂田さんと同じような事をしでかした、とデンマンさんはおっしゃるのですか?

そうですよ。。。 女学生として学校に行くのが16才のレンゲさんのお勤めでした。。。 そうでしょう? それなのに、学校へ行くと言って家を出て、坂田さんの家へ行き愛し合っている。。。 これでは問題にならない方が可笑しいでしょう?

デンマンさんは、また世界のネット市民の皆様の前で、あたしをコケにしようとなさるのですか?

ちがいますよゥ。。。 誤解しないで下さい。。。 僕は“ロマンチックを通り過ぎて。。。ドラマチックも通り過ぎて。。。なんというか、常識破りの恋愛事件ですよ”と言った。。。 でも、レンゲさんは、そうじゃないと言う。。。 だから、僕はこうして説明しているわけですよ。。。 何も、レンゲさんを馬鹿にしているわけじゃありません。

でも。。。でも。。。あたしは、またエロい女にされようとしていますわ。

違いますよゥ。。。 それはレンゲさんの考えすぎです。。。 僕はレンゲさんの恋愛事件が型破りだったと言う事を分かって欲しいだけです。

でも、その説明の過程で、デンマンさんはあたしがエロい女だと言う事を印象付けていますわ。。。 学校に行くと言って家を出たあたしが学校をサボって坂田さんの家に行き何度も何度も愛し合った。。。 デンマンさんはそうおっしゃいましたわ。

僕は、何度も何度も。。。とは言ってませんよ。。。なんですかぁ~。。。レンゲさんは、やっぱり。。。坂田さんの家に行くと、1日中ベッドの中で愛し合ったのですか?

ほらぁ~。。。デンマンさんは、また、そのようなヤ~らしい質問をして、あたしをエロい女に仕立て上げようとしているのですわあああ~♪~

分かりました。。。 その質問は撤回します。。。 じゃあねぇ~、その代わりに、レンゲさん自身が書いた手記をここに書き出しますよ。。。 これならば文句ないでしょう? レンゲさん自身が書いたんだから。。。

仲直りしたい。でも、。。。

不良娘は、それが

なかなかできないんです。

2004-09-08 13:03


(manila92.gif)

 

ほんとうにありがとうございます。
わたしが、グレていた間も
ビーバーランド XOOPS
行きたかったんです。
でも、わかっていただけたらうれしいのですが、
不良娘は、それができないんです。

できないから、
どんどん距離が大きくなる。
わたしの家庭はそんな所でした。
「話し合い」なんて、タブーでしたから。

トラブルが起きるたびに、
家族の溝は深まっていきました。

わたしは、その家庭崩壊を、
追体験したような、
そんな気持ちがします。

でも、デンマンさんは、
玄関の鍵をあけてくださるんですね。
感謝します。

できそこないの身に、
痛いほどしみてきます。
ありがとうございます。

 

by レンゲ


『次元の違いとは端的に言うと』より

デンマン注釈:

この手記に出てくる『ビーバーランド XOOPS』は初代です。
これまでに2度削除され、現在、稼動しているのは3代目です。

『ビーバーランド XOOPS 3世』

この上の3代目もプロバイダーと共に消滅しました。

レンゲさんが追体験した家庭の溝とは、まさにこの恋愛事件を含めたゴタゴタだったわけですよね。そうでしょう?

デンマンさんは。。。デンマンさんは。。。 また、あたしの古傷に塩を擦(なす)り込もうとするのですか?

違いますよォ。。。 やだなあああ。。。 誤解しないで下さい。。。 僕は坂田さん以上にレンゲさんを愛しているつもりなんですよ。。。 その僕がレンゲさんに悲しい思いをさせようとするわけが無いじゃないですかァ~。

デンマンさんは、口先だけではいつも、あたしを愛しているとおっしゃいますが、実際には、こうして古傷を持ち出してきて、あたしを悲しませているのですわ。

違いますよ。。。 僕はレンゲさんに幸せになってもらいたいから、こうして、いろいろと回りくどい事を言いながらも、レンゲさんに愛の真実を冷静になって考えて欲しいと思っているのですよ。

その愛の真実とは。。。?

だから、業平と斎宮の禁忌の愛は、当時の貴族社会に衝撃を走らせたのです。

あたしと坂田さんの愛も禁忌だった、とおっしゃるのですか?

違います。。。 僕はレンゲさんの家庭環境やレンゲさんの恋愛観を理解しているつもりだから、それが禁忌の愛とは思っていません。

だったら、別に問題ないでしょう?

僕にとってレンゲさんと坂田さんの愛はまさに業平と斎宮のエピソードのように文学的に昇華されています。。。 僕にとって、それは一つのロマンです。。。 美しくもはかない恋物語ですよ。。。 でもねぇ~、現実には、そうではなかった。

どういうことですか?

坂田さんとレンゲさんの恋愛事件は、レンゲさんが通っていた高等学校の職員室の中に衝撃を走らせたのですよ。。。 ちょうど業平と斎宮の禁忌の愛が貴族社会に波紋を投げかけ、天皇の後継者争いにまで発展したように。。。レンゲさんの場合には、職員室の先生方に前代未聞の“女学生幼な妻事件”として取り上げられ、蜂の巣をつつくような騒ぎになってしまった。。。 レンゲさんのお母さんにとって一生に一度の大事件だった。。。 娘の不始末として職員室に詫びを入れる。。。 でも、結局、学校は問題を抱えたまま、それがマスコミに漏れるのを恐れた。。。 教育委員会に知れたら大変なことになる。。。 “臭いものには蓋”で、レンゲさんを退学処分にして問題を処理してしまった。。。 レンゲさんは、上の手記の中で“トラブルが起きるたびに、家族の溝は深まっていきました”と書いているけれど、この事件が最初の大きなトラブルだった。。。 ですよねぇ~?

デンマンさんは、そうやってあたしと坂田さんの愛を非難しているのですわ。

違います。。。 レンゲさんのオツムの中では純粋な愛であっても、職員室の先生方も、レンゲさんのお母さんも、そうは受け止めなかった、と言う事を僕は言っているのですよ。。。 そして、その問題は、高校の職員室では片付いたことになっているけれど、レンゲさんとお母さんの間では、未だに持ち越されている。。。 それ以外のトラブルも含めて、レンゲさんとお母さんの関係はこじれにこじれて、もう10年以上も会ってもいないし、電話で話したことも無い。。。 ですよねぇ~?

そうやって。。。 そうやって。。。 また、デンマンさんは、あたしの古傷に塩を擦り込むのですわぁ~。

違いますよ。。。 すでに坂田さんとの恋愛は、これ程の深い傷跡をレンゲさんとお母さんの心に残している。。。 その坂田さんとレンゲさんは再会して、また新たな問題を起こした。

あたしは、問題だったとは思っていませんわ。

業平と斎宮の禁忌の愛は、一つの恋物語として完結している。。。 上のエピソードを読んでも、文学的に薫り高い恋物語ですよ。

あたしの場合は完結してないとおっしゃるのですか?

そうです。。。 完結すべきだったのに、坂田さんの関係をまた再開してしまった。。。 しかも、悪い事に、坂田さんとの関係が、まだ片付いてもいないのに、レンゲさんは清水君との関係をまた再開してしまった。。。 分かりますか、レンゲさん。。。? 『レンゲ物語』は、ますます複雑になってゆく。。。 今のところ終わりが見えませんよ。

デンマンさんは、あたしが坂田さんと愛し合うのもイケナイ。。。 洋ちゃんと愛し合うのもイケナイ、と。。。そうおっしゃるのですか?

違いますよ。。。 一つの問題が片付いてないのに、また新たな問題を蒸し返してゆく。。。 僕にはそのように見えるんですよ。。。 坂田さんと会えないから寂しい。。。 それで清水君に接近して行く。。。そうやって清水君との同棲生活が再開した。。。 でも、坂田さんが戻ってきたらどうなるんですか?

それは。。。

どうするのですか?

坂田さんは戻ってこないと思いますわ。

でも。。。、でも。。。 レンゲさんは心のどこかで、戻ってきて欲しいと願っているでしょう?

あたしのことは、どうでもいいですわ。。。 で、笠原 美由紀(かさはら みゆき)さんは、『愛と性の悦びと苦悩』を読んで、結局どうだとデンマンさんに言ったのですか?

あのねぇ~、昔の人は“人の振り見て我が振り直せ”と言ったけれど、笠原 美由紀さんもレンゲさんと同じような経験をしているのですよ。。。 違いは、美由紀さんは10代ではなく 20代なのです。。。 でも、古典のエピソードとレンゲさんのエピソードを読んで、自分の姿が客観的に見えてきたそうですよ。。。

つまり、あたしを反面教師にして、美由紀さんは清く正しく生きてゆこうと決めたのですか?

いや。。。 別に、「清く正しく」とは書いてなかったけれど、とても参考になりましたと書いてありました。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたは、どう思いますかァ~?

「清く正しい」人生もいいかも知れませんけれど、昔の人は次のようにも言ったのでござ~ます。

Art is long, life is short.

ラテン語ですと、 Ars longa, vita brevis. となります。

古代ギリシアのヒポクラテスの格言の英語訳、ラテン語訳ですわ。

日本語では「学芸は長し、生涯は短し」という意味でござ~ます。

ラテン語に訳した文章全文は”Ars longa, vita brevis, occasio praeceps, experimentum periculosum, judicium difficile.” と言うのだそうですわ。

“学芸は長し、生涯は短し、時機は速し、経験は危うし、判断は難し”となり、この先頭部分が成句となったのだそうです。

あたくしは、未だに独身でござ~ますけれど、一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

つまり、学芸にこのささやかな一生を捧げようとしているのでござ~ます。

腐女子の間では、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますゥ。

あなたは信じられないのでござ~ますかァ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ~。。。


(genjiero4.jpg)

『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

そうでしょうねぇ~。。。 

でも、最近 あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”がネットで人気が出ている、ということは信じられるでしょう?

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 それも信じられないというのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


(gog60409a.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。


(buttdimp5.jpg)

どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、

最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

ところで、話は変わりますけれど、

かつて、レンゲさんの親友の めれんげさんは 一生懸命にブログを更新していたのでした。

でも、時には、他のことに夢中になって、会費を滞納したことがあったのでござ~ますわァ。。。

そのために、サイトを削除されてしまったのです。

それでも、2013年の6月にライブドアで『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよねぇ~。。。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。

でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


(gog30928a.png)

また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


(hand.gif)


(surfing9.gif)

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こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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禁忌の愛を探して

2017年5月11日

 

禁忌の愛を探して

 

禁忌の愛
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デンマンさん。。。 “禁忌の愛”を探しているのですかァ~?


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。。。ん? レンゲさんは僕が“禁忌の愛”を探している、と思ったのですか?

だってぇ~、タイトルにそう書いてあるではありませんか!

あのねぇ~、僕が探しているのではないのですよ。。。 実は、香港に住んでいる劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんが探していたのですよ。。。

香港に住んでいる劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さん
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あらっ。。。 デンマンさんは香港まで手を伸ばして劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんをナンパしたのですかァ~?

どうして僕が香港まで出張して劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんをナンパしなければならないのですか?

だってぇ~、タイトルに そう書いてあるではありませんか!

あのねぇ~、僕は まだ劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんに会ってないのですよ。。。

マジで。。。?

ちょっと次のリストを見てください。。


(liv70509a.png)


『拡大する』

『禁忌の愛』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で5月8日の午後10時59分から5月9日の午前2時22分までの約3時間半の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所を見て欲しい。。。

あらっ。。。 5月8日の午後11時に香港のGOOGLEで検索して『禁忌の愛』を読んだのですわねぇ~。。。

そうですよ。。。 レンゲさんが登場する記事ですよ。。。

それで あたしをお呼びになったのですかァ~?

そういうことです。。。

。。。で、劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんは どのようなキーワードを入れて検索したのですか?

次のようにして検索して『禁忌の愛』を探し出したのです。。。


(gog70509c.png)


『拡大する』

『禁忌の愛』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「禁忌の愛 徒然」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そうなのですよ。。。 劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんは『徒然ブログ』の常連さんなのです。。。 (モナリザの微笑)

ラウさんは日本語が読めるのですか?

もちろんです。。。 香港の日本語学校に通って首席で卒業したほどですからねぇ~。。。 日本人と変わらないくらいにペラペラにしゃべれますよ。。。

デンマンさんは、どうしてそんなことまで判るのですかァ~?

僕はまだラウさんに会ってないけれどSkype(スカイプ)で何度か話したことがあるのです。。。

マジで。。。?

レンゲさんは僕の言う事を信用しないのですかァ~?

でも。。。、でも。。。、どうしてラウさんが『禁忌の愛』を読んだと判ったのですかァ~?

IPアドレスを調べたのです。。。


(ip7220b.png)

『拡大する』

IPアドレスを調べれば香港からアクセスしたことは判りますけれど、個人情報を保護するために劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんがアクセスしたことまでは判らないのですわ。。。

だから、Skype(スカイプ)で話した時に確かめたのですよ。。。

それを最初に言えばいいではありませんかァ!

レンゲさんは、いちいちツッコミを入れるのですねぇ~。。。

それで ラウさんは、どういうわけで“禁忌の愛”を探したのですか?

あのねぇ~、ラウさんは『伊勢物語』を読んだのです。。。 それで“斎宮(いつきのみや)”に興味を持った。

どうして斎宮に興味を抱いたのですか?

だから、ときたま“斎宮(いつきのみや)”が“禁忌の愛”にハマッてしまうからですよ。。。 (モナリザの苦笑)

たとえば。。。?

かつて、僕はレンゲさんと次のように語り合ったことがあるのですよ。。。 それをラウさんが興味を持って読んだわけです。。。

恬子(やすいこ)内親王の事は書いてある!


(lotus68b.jpg)

 

『伊勢物語』の第69段の最後には、「斎宮は水の尾の御時、文徳天皇の御むすめ、惟喬の親王の妹」と記されているのですよ。この斎宮になった妹は恬子内親王以外には居ないのです。

あらっ!ちゃんと書いてあるのですわね?

レンゲさん、とぼけないでくださいよ。この資料はレンゲさんが持ち出してきたのですよ。

そうだったかしら?

やだなあああぁ~。。。次の記事の中でレンゲさんと対話している時にレンゲさんが持ち出したのですよ。

■ 『年上の女の情念 (2007年1月21日)』

もう1年以上も前の事ですわ。言われて思い出しましたけれど、すっかり忘れていましたわ。

とにかく、上の説明の中で最も重要な事は「藤原道長の時代に公けの場で語られ」たと言う事ですよ。

つまり、今風に言えば、国会、あるいは予算委員会の場で議論されたという事になるのですね?

その通りですよ。公の場で語られるほどに、恬子(やすいこ)内親王が斎宮であった時に子供を身ごもった事実が公然の秘密になっていたと言う事ですよ。単なる御伽噺(おとぎばなし)やうわさを国会や予算委員会で取り上げたら、その国会議員は笑いものになってしまうでしょうね。その事を考えれば、「斎宮懐妊事件」は当時でも知る人ぞ知る「某重大事件」になっていた事が、このような資料から充分に理解できるのですよ。

つまり、デンマンさんは斎宮寮の記録は意図的に抹消された可能性があるとおっしゃるのですか?

そうですよ。だから当時の記録には、在原業平(ありわらのなりひら)が狩の使で伊勢に派遣された事が記載されてないのですよ。

そうでしょうか?

記録が抹消されたにもかかわらず、なぜ恬子(やすいこ)内親王と在原業平の関係が伊勢物語の中で語られているのか?

なぜですの?

語って世に伝えなければならないと考えた人が居たからですよ。

その人とは。。。?


『愛と真実 (2008年2月21日)』より

つまり、ラウさんは恬子内親王に興味を持ったのですわねぇ~。。。

そうです。。。

恬子内親王(やすいこないしんのう)


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生まれは848年頃
延喜13年6月18日(西暦913年7月24日)に亡くなる。
第31代伊勢斎宮。
父は文徳天皇、
母は更衣・紀静子。
同母兄に惟喬親王がいる。

貞観元年(859年)、清和天皇の即位にともなって斎宮に卜定
貞観3年(861年)に伊勢に下る。

『三代実録』によると、発遣の儀は天皇自身ではなく、
右大臣の藤原良相が代理であたったという

貞観8年(866年)2月、母親の静子更衣が亡くなるも退下の宣勅は下りず
貞観18年(876年)、清和天皇が陽成天皇に譲位したことにより、ようやく斎宮を退下。

翌元慶元年(877年)4月、妹・珍子内親王を亡くす
恬子内親王本人は比較的長命だったらしく、その後、陽成天皇以下三代の天皇が交代し、醍醐天皇の治世まで生きた。

古典『伊勢物語』において、一説には書名の由来ともされる人物。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

「卜定(ぼくじょう)」と言うのは、亀の甲羅(こうら)を火であぶって、ヒビ割れのしかたを見て占うものです。これによって誰を斎宮にするか選んだ。

この卜定に何か問題があるのですか?

全く無いとは言えないのですよう。

どう言うことですか?

右大臣の藤原良相(よしみ)は、早くから恬子内親王を“危険人物”だと見ていたようです。

“危険人物”って、どう言うことですかァ~?

この藤原良相の経歴を読むと分かりますよ。

藤原良相(よしみ)

弘仁4年(813年)に生まれる。
貞観9年10月10日(西暦867年11月9日)に亡くなる。
父は藤原冬嗣、母は藤原美都子。
兄弟に長良、良房らがある。
号は西三条大臣。

834年(承和元年)に蔵人になる。
承和の変に際して近衛兵を率いて兵仗を収める。
848年(嘉祥元年)に参議、右大弁などを経て、851年(仁寿元年)従三位中納言となり、857年(天安元年)右大臣となる。

清和天皇に娘の多美子を入内させ、また周囲からの人望も厚かったことから、政権の首座にあった兄良房からは常に警戒される存在であった
866年(貞観8年)の応天門の変に際し、伴善男(とものよしお)の告発を受け一旦は左大臣源信(みなもとのまこと)の逮捕命令を下すが、信の無実を訴えた良房によってこれを阻止され、以降は影響力を失った。
翌867年(貞観9年)に死去。贈正一位。

今昔物語集に収録された説話の中では、一旦病を得て死去し地獄で閻魔大王の目前に引き据えらるが、小野篁(おののたかむら)の執り成しによって赦され冥界から帰還した、と記されている。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

藤原良相は自分の娘を清和天皇に差し出したのですよ。つまり、娘が天皇の子供を身ごもって男の子が生まれれば、自分は外祖父として権力が握れる。そう言う考えを持っていた。だから、時の権力者だった兄の藤原良房からは常に警戒される存在だったのですよ。

でも、その事と恬子内親王と、どのような関係があるのですか?

やだなあああぁ~。。。惚(とぼ)けないでくださいよ。知能指数が140もあるレンゲさんに分からないはずが無いでしょう?藤原良相の目から見れば恬子内親王は自分の娘のライバルですよ。

つまり、藤原良相は自分の娘を天皇に嫁がせるために、できるだけ候補者を少なくしようとしたと。。。

そうですよ。そのためには美しくて聡明で将来娘のライバルとなるような娘は都から遠ざけるに限るのですよ。それで、藤原良相は恬子内親王を斎宮として伊勢へ閉じ込めてしまったのですよ。。。上の経歴を読むと、そう考えるのがごく自然ですよ。

それはデンマンさんの個人的な見解だと思いますわ。

分かりました。では、僕の個人的な見解ではない事を語りましょう。

どう言う事ですか?

上の経歴を読むと不自然な事が書いてあるのですよ。

不自然な事ですか?

そうですよ。

貞観8年(866年)2月、

母親の静子更衣が亡くなるも

退下の宣勅は下りず

慣例では、母親が亡くなった場合には斎宮は勤めを辞める事ができたのですよ。それが慣(なら)わしだった。実際の例を次に書きますよ。

徽子女王(よしこじょおう)

延長7年(929年)に誕生。
寛和元年(985年)に亡くなる。
歌人。醍醐天皇皇孫。

承平6年(936年)、時の斎宮斉子内親王(醍醐天皇皇女)の急逝により、8歳で伊勢斎宮に選ばれる。
天慶元年(938年)、10歳で伊勢へ下向。
この時の発遣の儀(出発前の儀式)は朱雀天皇が物忌中のため、外祖父の摂政忠平が執り行い、また群行には長奉送使(斎宮を伊勢まで送り届ける勅使)として伯父の中納言藤原師輔が同行した。
天慶8年(945年)、母の死により17歳で退下、帰京。

天暦2年(948年)、叔父村上天皇に請われて20歳で入内し、同3年(949年)女御の宣旨を受ける。
局を承香殿としたことから承香殿女御、また父重明親王の肩書から式部卿の女御などと称されたが、前斎宮であった故の「斎宮女御」の通称が最もよく知られている。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

天皇の娘ならば“内親王”と呼ばれるのだけれど、この女性は醍醐天皇の娘ではなく孫娘だった。それで女王と呼ばれているのです。この女性の経歴を見れば分かるように「母の死により17歳で退下」と書いてあります。これが慣(なら)わしだったのですよ。

なぜ、恬子内親王はお母さんが亡くなったのに斎宮を辞める事ができなかったのですか?

だから、藤原良相が辞めさせなかったのですよ。

なぜ。。。?

徽子女王の経歴を見てくださいよ。お母さんが亡くなったので17歳で斎宮を辞めて京に戻ったのですよ。すると、叔父の村上天皇に請われて20才で入内した、と書いてある。つまり、村上天皇の妻の一人になったのですよ。

お母さんが亡くなった時、恬子内親王は18才ですよね?。。。と言う事は、恬子内親王が斎宮を辞めた場合、天皇が内親王を妻の一人として招くかもしれない。藤原良相は、その事を心配して恬子内親王を斎宮のままにしておいたのですか?

その通りですよ。とにかく藤原氏以外の女性に天皇が子を産ませる事を藤原氏は極力避けていたのですよ。恬子内親王は紀氏出身ですからね。

つまり、紀氏は藤原氏のライバルだったのですか?

そうですよ。この当時、紀氏の中から優秀な人が出始めていたのですよ。

紀氏を退けようとする動きが実際にあったのですか?

あったのですよ。「応天門の変」と言う政治事件があったのですよ。

応天門の変


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応天門の変(おうてんもんのへん)は、平安時代前期の貞観8年(866年)に起こった政治事件である。

大納言・伴善男(とものよしお)は左大臣・源信(みなもとのまこと)と不仲であった。
源信を失脚させて空席になった左大臣に右大臣の藤原良相がなり、自らは右大臣になることを望んでいたともされる。

応天門が放火され、大納言・伴善男は左大臣源信の犯行であると告発したが、太政大臣・藤原良房の進言で無罪となった。
その後、密告があり伴善男父子に嫌疑がかけられ、有罪となり流刑に処された。
これにより、古代からの名族伴氏(大伴氏)は没落した。
藤原氏による他氏排斥事件のひとつとされている。

藤原良相は源信の逮捕を命じて兵を出し、邸を包囲する。放火の罪を着せられた左大臣・源信家の人々は絶望して大いに嘆き悲しんだ。

参議・藤原基経(もとつね)がこれを父の太政大臣・藤原良房に告げると、驚いた良房は清和天皇に奏上して源信を弁護した。
源信は無実となり、邸を包囲していた兵は引き上げた。

朝廷は伴善男らを応天門の放火の犯人であると断罪して死罪、罪一等を許されて流罪と決した。
伴善男は伊豆国、伴中庸は隠岐国、紀豊城は安房国、伴秋実は壱岐国、伴清縄は佐渡国に流され、連座した紀夏井らが処分された。
また、この処分から程無く源信・藤原良相の左右両大臣が急死したために藤原良房が朝廷の全権を把握する事になった。

この事件の処理に当たった藤原良房は、伴氏・紀氏の有力官人を排斥し、事件後には清和天皇の摂政となり藤原氏の勢力を拡大することに成功した。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

この事件は結局、藤原良房に“漁夫の利”をもたらす事になったのですよ。伴氏・紀氏ばかりか、ライバルの藤原良相を退(しりぞ)ける事もできた。また、そうなるように藤原基経(もとつね)が裏で動いていたのが見えてきますよ。結果として藤原良房は、伴氏・紀氏の有力官人を排斥し、事件後には清和天皇の摂政となり藤原氏の勢力を拡大することに成功したのですよ。

『伊勢物語』の中に登場する藤原高子(たかいこ)の兄がこの藤原基経ですか?

そうですよ。在原業平と藤原高子が駆け落ちするのですよ。その妹を連れ戻しに来るのが兄であるこの藤原基経ですよ。つまり、この基経は政略・陰謀に長(た)けていて裏で動き回るだけでなく、恋路(こいじ)の邪魔をする男としても伊勢物語の中に書かれてしまっているのですよ。

でも、この「応天門の変」と恬子内親王は関係があるのですか?

なさそうに見えるでしょう?。。。ところが、関係があるのですよ。この事件に連座して処分を受けた紀夏井(きのなつい)を調べると次のような事が分かるのですよ。

紀夏井(きのなつい)

生没年未詳。
天安2年(858年)に讃岐守、貞観7年(865年)には肥後守に任じ、いずれの任国においても善政を施し領民に慕われた。
その一方、能書家しても名高く、特に楷書の分野においては聖とまで言われるほどの才能を発揮した。
さらに囲碁の分野でも名人として名を馳せるなど、多様な才能を持つ能吏として、中央においても徐々にその名を浸透させていった。

862年(貞観4)、任期満了の処、讃岐国百姓等の懇望により讃岐守を2年延任。
865年(貞観7)1月27日、肥後守に任官。
866年(貞観8)9月22日、応天門の変の罪人との血縁から連座の適用を受け土佐国へ配流となる。
異母弟の紀豊城(きのとよき)が首謀者の一人として逮捕される。
夏井もこれに連座し、官職を解かれて土佐国に配流となった。
その後の詳細は分かっていないが、配所で没したと言われている。

土佐国へ護送中、肥後国百姓等は肥後国外への移送を拒もうとしたり、讃岐国百姓等は讃岐国内から土佐国の境まで付き随い別れを惜しんだという。

【逸話】

紀夏井が讃岐守の任期を終えて二十余年後に、菅原道真が讃岐守として赴任するが、讃岐国の百姓は紀夏井の善政を忘却していなかったため、道真は紀夏井と比較され国政運営で難渋したという。

中央・地方を問わず人望のあった彼の失脚は、武内宿禰(たけのうちのすくね)以来の名家である紀氏(きし)の政界における没落を決定的なものとした。
この事件の後、同氏は宗教界や歌壇において活躍する氏族となっていく。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

どのように読んでも、この紀夏井と言う人物は素晴しい人なんですよね。この人は事件とは全く関係ないのですよ。でも、異母弟の紀豊城(きのとよき)が首謀者の一人として逮捕されたために、血のつながりがあると言うだけで逮捕されてしまった。つまり、有能な人物を退けるための口実ですよ。紀夏井が凡人でアホだったら逮捕される事は無かったでしょう。

そうでしょうか?いくらなんでも、藤原氏がそれ程ひどい事はしないと思いますが。。。

現代人にはそう思えるかもしれないけれど、この当時は、そうすることがむしろ常識だったのですよ。

でも、人には良心があるでしょう?

その当時の良心とは、家系を守ると言うことに尽きたのですよ。なにしろ藤原氏にはバイブルが伝わっていますからね。

なんですの?。。。そのバイブルって。。。?

ここで書くと長くなるので次のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


(machiavelli.jpg)

■ 『あなたもビックリ、マキアベリもビックリの藤原氏のバイブルとは。。。?』

でも、これほど酷(ひど)いのでしょうか?

それが、この当時の藤原氏の常識ですよ。だからこそ、上のような事件が起きるのですよ。陰謀が渦を巻いている。その渦の中心に藤原基経がいた。。。。で、漁夫の利を得るのが父親の藤原良房ですよ。僕はこのように見ているのですよ。

紀夏井と言う人は、確かに素晴しい人だったようですよね。でも、同じ紀氏出身と言えども恬子内親王は皇族ですよね。内親王の身の回りでは、そのような理不尽な処分を受けた人は居ないのでしょう?

それが居るのですよ。

誰ですか?

恬子内親王の妹に、上の経歴の中にも書いてあるけれど、珍子(よしこ)内親王という女性が居るのですよ。この女性は恬子内親王が29才の時に無品で亡くなっているのですよ。

無品ってどう言う事ですか?

つまり、官位を与えてもらえなかったのですよ。

それって重要なものですか?

重要なものだったのですよ。今だって“あの人は品の無い人だ”という言い方があるでしょう? レンゲさんだって“品の無い女だ!”なんて言われたくないでしょう?

もちろんですわ。

この“品”と言うのは官位の“品”から派生したのですよ。あの聖徳太子が制定したと言う官位ですよ。平安時代になると臣下の場合には正一位とか従五位のように呼ばれたものなのですよ。でも、皇族の場合には一品(いっぽん)、二品(にほん)、三品(さんぽん)、四品(しほん)と呼ばれた。

それで、品が無いままで亡くなるのは異常な事ですの?

かなり異常ですよ。ちょっと、次の事件を読んでみてください。

神護景雲3(769)年5月の巫蠱(ふこ)事件


(dokuro3.gif)

 

この事件では、県犬養姉女(あがたいぬかいのあねめ)らが不破内親王(ふわないしんのう)のもとで氷上志計志麻呂(ひかみのしけしまろ)を皇位に就けようとする巫蠱厭魅(ふこえんみ)を行った。
称徳女帝(かつての阿部内親王)の髪を盗んできて、佐保川の髑髏(ドクロ)に入れて呪詛(じゅそ)するという、おぞましいものだった。

この事件のあと、不破内親王は「厨真人厨女(くりやのまひとくりやめ)」と名前を改めさせられて京外に追放された。
つまり、“台所で働く下女”という名前に変えさせられたと言うわけです。

姉妹喧嘩も、ここまでやると滑稽になってきますよね。
不破内親王に対する永年の冷遇は、このような事件が原因だと言われています。

実際、史実を見てみると、不破内親王が初めて官位を授かるのが、天平宝字7(763)年です。
実に41才の時で、親王位としては最低の四品です。

ちなみに、同腹の姉の井上内親王は天平19(747)年、31才の時に二品を授かっています。
待遇の違いが歴然としています。


『愛と憎しみの原点?(2006年6月9日)』より

不破内親王というのはあの有名な道鏡と肉体関係を持ったのではないか?と疑われている称徳女帝の腹違いの妹です。この妹が姉を逆恨みして起こした事件と言うのが真相のようです。しかし、この不破内親王は“台所で働く下女”と言う汚名まで着せられたのに、41才の時に親王位としては最低の四品をもらっているのです。

でも、恬子内親王の妹の珍子(よしこ)内親王はもらってないのですか?

何も悪い事をしていなかったのに、母親が紀氏出身だったのでもらえなかったのですよ。文字通り“品が無い女”として死んでいったのですよ。

でも、死後に追贈する事ができるでしょう?

担当の者が追贈すると、時の権力者に睨まれてしまうから、珍子(よしこ)内親王に四品を追贈したくてもできなかったのでしょうね。応天門の変では、何の罪も無い紀夏井までが、ただ紀氏の血縁だったと言うだけで官職を解かれて刑罰に服したのですからね。。。

つまり、紀氏に同情する者や組する者は徹底的に排除されたのですね?

そうですよ。紀氏の中には珍子(よしこ)内親王や紀夏井を含めて、恨みを呑んで死んでいった者がたくさん居るのですよ。

つまり、そのような人たちが怨霊になって祟(たた)りを引き起こすと思われたのですね?

怨霊信仰


(majo.gif)

 

非業の死を遂げたものの霊を畏怖し、
これを融和してその崇りを免れ安穏を確保しようとする信仰。

原始的な信仰では死霊はすべて畏怖の対象となったが、わけても怨みをのんで死んだものの霊、その子孫によって祀(まつ)られることのない霊は人々に崇りをなすと信じられ、疫病や飢饉その他の天災があると、その原因は多くそれら怨霊や祀られざる亡霊の崇りとされた。

『日本書紀』崇神天皇七年・・天皇が疫病流行の所由を卜して、神託により大物主神の児大田田根子を捜し求めて、かれをして大物主神を祀らしめたところ、よく天下大平を得たとあるのは厳密な意味ではただちに御霊信仰と同一視し難いとはいえ、その心意には共通するものがあり、御霊信仰の起源がきわめて古きにあったことを思わしめる。

しかし一般にその信仰の盛んになったのは平安時代以後のことで、特に御霊の主体として特定の個人、多くは政治的失脚者の名が挙げられてその霊が盛んに祭られるようになる。

その文献上の初見は『三代実録』貞観五年(863)「所謂御霊者 崇道天皇(早良親王)、伊予親王、藤原夫人(吉子)及観察使(藤原仲成か)、橘逸勢文室宮田麻呂等是也。・・・」ものと注せられているが、この六所の名については異説もあり、後世さらに吉備大臣(真備)ならびに火雷神(菅原道真)を加えてこれを八所御霊と呼ぶようになった。・・・」


SOURCE: 国史大辞典

その通りですよ。だから、怨みをのんで死んだ者の霊をその子孫が祀って御霊(みたま)を鎮(しず)めてあげなければならないのですよ。

つまり。。。つまり。。。そのようにして紀氏の怨霊の御霊(みたま)を鎮(しず)めた人が『伊勢物語』を編集したとデンマンさんはおっしゃるのですか?

そうですよ。『伊勢物語』には紀氏との関わりの多い人物が多く登場していますよ。在原業平(ありわらのなりひら)は紀有常(実名で登場)の娘を妻としています。その有常の父・紀名虎の娘(紀静子)が惟喬親王と恬子内親王と珍子(よしこ)内親王を産んでいます。作中での彼らは古記録から考えられる以上に零落した境遇が強調されているのですよ。

なぜですか?

つまり、藤原氏との政争に敗れた事を強調しているのですよ。それにもかかわらず、優美であったという紀氏の有り様を美しく描いているのです。それが『伊勢物語』ですよ。

つまり、編者は紀氏の一員なのですね?

そうです。 紀氏の子孫が怨みをのんで死んだ一族の霊を祀ったのが『伊勢物語』だと僕は考えているのですよ。 ここまで言えば、その編者が誰だかレンゲさんにも分かるでしょう?

もしかして。。。もしかして。。。紀氏の一員で有名な人と言えば。。。あのォ~。。。紀貫之(きのつらゆき)ですか?

さすが、レンゲさんですねぇ~。。。僕もそのつもりで話を進めてきたのです。

。。。で、香港の劉嘉玲(ラウ・ガーリン)さんも この話を読んで感銘を受けたのですか?

そうです。。。 恬子(やすいこ)内親王は時代を間違えて生まれてきてしまったのです。。。 でも、すでに没落貴族になりつつある紀氏の一員だというにもかかわらず、自分の考えに忠実に生きたのですよ。。。

つまり、愛に生きたのですわねぇ~。。。

そうです。。。 それでラウさんも、恬子(やすいこ)内親王について知れば知るほど涙なしには読めないと。。。

マジで。。。?

信じてください。。。 ラウさん本人がそう言っていたのだから。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたもデンマンさんのお話を信じることができますかァ~?

では、あなたのために『伊勢物語』の第23段「筒井筒」をここに貼り出します。


(ise900.jpg)

どうでござ~ましたか?

昔にも愛に生きた女性たちがいたのですわねぇ~。。。

ところで、あたくしもレンゲさんや めれんげさんの愛の詩や愛の短歌に影響されて 愛の短歌を詠むことがあるのでござ~ますわァ~。。。

ええっ。。。 信じられないのですかァ~?

では、あたくしが詠んだ熱烈な恋の歌を。。。


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朽ちてなお  

 

燃ゆるをやめぬ  

 

胸のうち  

 

激し夜あれ  

 

消せぬ焔よ

 


(fire910.gif)

ところで、話は変わりますけれど、

めれんげさんは レンゲさんの親友です。

めれんげさんもまた、レンゲさんのような知性的で、しかも情熱的な人ですわァ。

めれんげさんの熱烈なファンは たくさんいたのでした。

でも、うっかり めれんげさんが会費を滞納したために、

サイトを削除されてしまったのです。

けれども、2013年の6月にライブドアで『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよねぇ~。。。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。

でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


(gog30928a.png)

また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


(hand.gif)


(surfing9.gif)

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『凍りついた心の言葉』

『冠詞の悲劇再び』

『焼き滅ぼさむ再び』

『漱石のラブレターを読みたい』

『森田伸二と即興の詩』

『きみの夢』

『指きり』


(renge62e.jpg)

『あしたみる夢』

『ネット殺人事件』

『失楽園のモデル』

『スパムに追われて』

『心にしるす』

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『きみ待ちわびて』

『朝の来ぬ国』

『離れがたき』

『めれちゃんがいいね』


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『愛はスミレの花のように』

『思い出の夕顔』

『スミレの花咲く頃』

『クリスマスのコメント』

『消え行く愛など無く』

『ひとりかも寝む』

『レモンと性と愛』

『少女と下着の秘密』

『いとしき言葉』

『無我の愛と自我の愛』

『めれちゃんde人間失格』

『愛@文明開化』

『愛と共感とストレス』

『愛欲と空海』

『きみはやさしく』

『愛の擬人法』

『めれちゃんと南方熊楠』


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『めれちゃんの人気再び』

『愛はスミレの花よ』

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『平成悲話』

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こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

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とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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夜の鳥

2010年7月31日

 
夜の鳥

件名:小百合さん、おはよう!

伊豆の面白い話

聞かせてね。

きゃはははは。。。

Date: 26/07/2010 11:16:04 AM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間:7月27日(火曜日)午前3時16分
From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
CC: barclay1720@aol.com

小百合さん、おはよう!
まだ酷暑・猛暑は続いていますか?
バンクーバーは今日もブローリアスな天気ですよ。

雲ひとつない青空がどこまでも、どこまでも広がっている感じです。
カラスの巣は、ずっと空っぽだけれど、巣の周りの青葉が目にしみるほど青々と照り輝いています。
雛が巣立つ頃のイメージがアリアリとよみがえってきます。

そして、なぜか、軽井沢の室生犀星の文学碑を訪ねた時の小百合さんのイメージがダブルのですよ。
あの場所は真夏でもメチャ涼しいだろうね。
夏、日本へ行くことはないだろうけれど、もし真夏に日本へ行くとしたら、犀星の文学碑のあるある、あの場所へ小百合さんとぜひ、もう一度訪ねてみたいですよ。

なぜ、急に室生犀星の文学碑が出てきて、小百合さんが想い出されたのだろうか?

あのねぇ、夕べは寝る前に『能楽史事件簿 (岩波書店)』を読んだのですよう。
7月23日の金曜日に 小百合さんの仕事の件でトロント・ドミニオン銀行に行った帰りにバンクーバー市立図書館に寄ったのです。
その時に借りてきた5冊の本の中の一冊なのですよう。

その本の中に『世阿弥のことばの謎』という章がある。
専門家が鵺(ぬえ)について語っている。
鵺というのは頭がトラで体が別の生き物。
三省堂の国語辞典では頭がサル、体はタヌキ、手足はトラ、尾はヘビ。
声が本物のヌエ(トラツグミのい古称)に似ていたところから「鵺(ぬえ)」と呼んだらしい。
つまり、想像上の化け物。

この鵺(ぬえ)に世阿弥は恋の歌を謡(うた)わせていると言うのです。
その歌の一つに『伊勢物語』から引用したものがある。

君や来し われや行きけむ思ほえず

夢かうつつか寝てかさめてか

この和歌の中に出てくる「女」は斎宮(さいぐう)なのです。
在原業平(ありわら なりひら)が狩の使いで伊勢に行った時に、遠い親戚にあたる「女」が斎宮になっていた。
斎宮は清い聖女です。
それなのに、その夜、斎宮が業平の寝所を訪れる。
それで一夜の契りを結ぶのです。
そして翌朝、別れてから斎宮が上の和歌を詠み業平に送るのです。

きのうのことは夢だったのか

現(うつつ)だったのか?

あれは何だったのでしょう?

そうすると業平が返歌をする。

かきくらす心の闇にまどひにき

夢うつつとはこよひ定めよ

私も、かきくらす心の闇に、

きのうの夜は

惑(まど)うてしまいました。

夢なのか現なのか。

今夜もういっぺんいかがでしょうか?

業平は、そう詠(うた)ったのです。

「今夜決めてね」と言う訳です。

こういう歌をなんで鵺(ぬえ)が詠(うた)うのか?

鵺という茫洋たるおどろおどろしい存在が、「心の闇」という時、エロチックな恋の歌を思い起こして、客席にいた知識人たちの心をときめかすわけです。

このように本の中には書いてある。

そうなのですよう。
僕も久しぶりに上の歌を読んで
夢の中で心をときめかしてしまったのですよう。
きゃははははは。。。

それで、軽井沢の室生犀星の文学碑で小百合さんと逢った日のことを思い起こしたのですよう。
うししししし。。。

では、小百合さんも今夜は、甘い恋の夢にひたってね。
では。。。

デンマンさん。。。最近、能にハマッているのですか?

いや。。。別に、能にハマッているわけではありません。

でも、最近、能のことで記事を書いているではありませんか。

小百合さんの愛の手が僕に能の本を取らせたのですよう。

件名:ねちねち ブログしてるんじゃ、

ないでしょうね?

もうやめな!

メレンゲさんだって次に行くんだから。

日付: Thu, 28 May 2009 21:27:10 +0900 (JST)
(バンクーバー時間: 5月28日 木曜日 午前5時27分)
差出人: “sayuri@hotmail.com”
宛先: “denman@coolmail.jp”

ただいまー
昨日戻りました。いろいろ やる事たまって。
今日は大変でした。
今、家にいるけど、
明日の夜おそく 軽井沢に帰る、予定。

子供の学校の模擬試験の振りこみ用紙、
進路指導費納入の振込、
父母の会で夜集まるとか、
学校も急な集金がしたくなると、
振込用紙だけ寄こして
それも まったく急ぎの日付で、
私の家の場合、
主人に頼む事は出かけてる私が怒られるので、
頼めないのです。

デンマンさん 元気?
いつまでも ソッポ向かれた事を
ねちねち ブログしてるんじゃ、ないでしょうね?
もうやめな!
メレンゲさんだって 次に行くんだから。

スタート。
後で 手紙書くね、いい絵葉書でも見つけて。

ねむッzzZZZZ

さゆりより


『愛の形 (2009年6月6日)』より

こんな事を書いていたのですわね。うふふふふふ。。。

小百合さんらしいですよう。

余計なお世話だったようですね。

いや。。。決して余計なお世話ではないですよう。。。小百合さんがめれんげさんの幸せを願っているのが感じられますよう。。。そして、僕も小百合さんの愛の手を感じましたからね。。。そして、その同じ愛の手が、僕に上の能の本を取らせたのですよう。うしししし。。。


『愛の手と狂気 (2010年7月29日)』より

分かるでしょう? 小百合さんの愛の手が僕に能の本を取らせたのですよう。 うへへへへへ。。。

デンマンさんは、そういうキザな言葉を何の恥ずかしさもなく言えるのですわね。

いけませんか?

私は、どうしても目の前の現実に直面して、とてもデンマンさんのようにロマンチックに物事を考えることができませんわ。

それは、僕が現実を直視しないで夢とロマンの中へ逃避していると小百合さんは言おうとしているのですか?

あらっ。。。デンマンさんは、そのように深読みなさるのですか?

僕の耳には、そのようにしか聞こえないのですよう。

だってぇ、日本人の多くは冷たい血の通わない現実に直面して夢やロマンどころではありませんわ。。。政治家は、日本国民を見放していますし。。。

ほおォ~。。。小百合さんはマジで日本国民を代表するような素直な言葉を吐き出していますね。

デンマンさん!。。。あまり飛躍した事を言わないでくださいな。

いや。。。決して飛躍していませんよう。。。なにも、冷や汗を流しながら、あくせく働くことだけが人生ではありませんからねぇ。。。今の日本の冷たい現実を見つめてださいよう。敗戦から立ち直った日本国民が汗水流して一生懸命に働いて経済大国を築いた。。。でも、その後日本はどうなったのか?

どうなったのですか?

幸せ大国になるどころか、自殺大国になってしまった。

デンマンさん!。。。あまり飛躍した事を言わないでくださいな。

いや。。。決して飛躍していませんよう。。。政府の統計を見れば、どの先進国よりも自殺大国になってますよう。。。でも、その政府で働いている役人も、政治家も、まるで他の国の事だと思っているのか、この10年間、まったく何もしていない。だから相変わらず自殺者が1年で3万人以上も居る。交通事故で亡くなる人の5倍近い人が自殺しているのですよう。

だから、どうだとデンマンさんはおっしゃるのですか?

だから、夢とロマンを持つことは大切ですよう。。。あのねぇ、僕のように夢とロマンを持てば、絶対に自殺しないのですよう、うしししし。。。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
小百合さんは呆れて、開いた口がふさがらないようでござ~♪~ますわ。
あなただってぇ、そうでしょう?
うふふふふふ。。。

とにかく、あさっては、もっと興味深い話題が続きますわ。
だから、あなたも明後日、読みに戻ってきてくださいましねぇ。
では。。。

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

ネットをサーフィンしていたら

次の名言に出くわしました。

Distance between two hearts is not an obstacle…

rather a beautiful reminder of

just how strong true love can be.

誰が言ったのかは書いてありませんでした。

日本語に訳せば次のようになると思います。

愛し合う二人がどれほど離れていても、

それは、決して愛の妨げにはならないものよ。

むしろ、本当の愛は、離れれば離れるほど

強い絆で結び合えるものなのよ。

かなり意訳しましたけれど、

もっとすばらしい訳があったらぜひ教えてください。

ところで、英語の面白い話を集めました。

時間があったら、次のリンクをクリックして

覗いてみてくださいね。

『面白くて楽しい

あなたのための英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。