Archive for the ‘中国料理’ Category

行田物語 饅頭

2017年9月12日

 

行田物語 饅頭

 


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デンマンさん。。。 きょうは“まんじゅう”の行田物語ですか?


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そうです。。。 いけませんか?

かまいませんけれど、“まんじゅう”は特に行田に限ったことではないでしょう?

もちろん、“まんじゅう”は行田に起源があると言うつもりはありません。。。 犬も歩けば“まんじゅう”に当たる、というくらいに、まんじゅうは日本のどこの町や村でも食べられますからねぇ~。。。 日本だけじゃなく、最近は世界のどこに行っても、似たようなモノを見かけますよ。。。

饅頭

 

饅頭(まんじゅう)は、小麦粉などを練って作った皮(生地:きじ)で小豆餡などの具を包み、蒸した菓子。

中国の饅頭(マントウ)が変化してできた和菓子の一種。


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漢字は「万十」「万頭」「曼頭」などと書くこともある。

 

起源説等

日本の饅頭の起源には2つの系統がある。

ひとつは1349年(南朝:正平4年、北朝:貞和5年)に禅宗の僧と一緒に中国から渡来した林浄因と共に入ってきたと言われている。
その際、禅宗のお茶と一緒に食べる菓子として饅頭を用いる事を考えた。

しかし従来の饅頭は肉を使ってしまう(本来の仏教では肉食は禁じられていないが、日本では肉食を禁じた)ので、代わりに小豆を使った饅頭が考案されたと言われている。
その後、林は奈良の漢國神社の近くに住居して塩瀬という店を立てたことから、漢國神社内の林神社と呼ばれる饅頭の神社で、菓祖神として祀られている。

もうひとつの系統は、林が伝えたとされる年より100年ほど遡る1241年(仁治2年)に南宋に渡り学を修めた円爾が福岡の博多でその製法を伝えたと言われる。
円爾は辻堂(つじのどう=現・博多駅前一丁目)に臨済宗・承天寺を創建し博多の西、荒津山一帯を托鉢に回っていた際、いつも親切にしてくれていた茶屋の主人に饅頭の作り方を伝授したと言われる。
このときに茶屋の主人に書いて与えた「御饅頭所」という看板が、今では東京・赤坂の虎屋黒川にある。

奈良に伝わった饅頭はふくらし粉を使う「薬饅頭」で、博多の方は甘酒を使う「酒饅頭」とされる。

伝来当時は現在の饅頭につながる甘い饅頭と、主として野菜を餡とした菜饅頭の二種類が存在していた。
後者は現在の肉まんに近い物と考えられているが、仏教の影響もあって、近在以前の日本ではもっぱら野菜が餡として用いられた。

仏教寺院ではいわゆる点心(ここでは軽食や夜食)の一種類とみなされ、軽食として用いられていた。
しかし、米飯や麺類が主食として存在し、とくに麺類(うどん、そば、素麺など)が早くから軽食として存在した一般社会では、製法の煩雑さなどからほとんど定着せず、甘い饅頭や麺類のように菜饅頭を専門の業者が製造する事もなかった。
ただ、寺院における食事の記録には記載されている事が多く、江戸時代に入っても『豆腐百珍』に「菜饅頭」として製法が記載されている事から、寺院等では軽食として長い間食べられていたようである。

また、直接的な饅頭の由来ではないものの、江戸時代以降に南蛮菓子や中国菓子の製法として焼き菓子の製造技術が日本に伝播した。
この技術が饅頭にも応用され、焼き饅頭と呼ばれる日本独特のジャンルが生まれた。


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日本に定着した後、餡や皮の製法にさまざまな工夫が凝らされ種々の饅頭が作られるようになった。

しかし、肉まんや餡まんなど、従来の饅頭(マントウ)を起源とした厚めでふわっとした皮の中華風の饅頭(包子、パオズ)は、甘いものであっても一般的に中華まんとして区別されている(特殊な事例として愛媛県の労研饅頭があり、これもマントウを起源とするが(同項参照)、こちらは和菓子の分類に入れられる事が多い)。
中にはカレーまん、ピザまん、バナナまんなど、中国には存在しない中華まんもある。
日本風の焼いて作る饅頭は台湾でも「日式饅頭」、「日本饅頭」と称して製造されている。


出典: 「饅頭」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

“まんじゅう”がとりわけ珍しいものじゃないのに、どういうわけで行田の“まんじゅう”を取り上げたのですか?

それに答えるには、ちょっと次のリストを見てください。


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『拡大する』

『足袋とまんじゅう』(PART 1)

『足袋とまんじゅう』(PART 2)

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で9月4日の午後7時5分から午後11時22分までの約4時間の「生ログ」の一部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。

あらっ。。。 9月3日の午後7時8分にマイクロソフトの BING で検索して『足袋とまんじゅう』(PART 2)を読んだネット市民が居たのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 実は、新宿に住んでいる万寿 春香(まんじゅ はるか)さんが読んだのです。。。

また、IPアドレスを調べて突き止めたのですか?

そうです。。。


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『拡大する』

。。。で、万寿 春香さんは、どのようにして検索したのですか?

次のようにして検索したのですよ。。。


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「足袋 まんじゅう」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

でも。。。、でも。。。、どういうわけで「足袋 まんじゅう」と入れて検索したのですか? “足袋”と“まんじゅう”は全く関係ないと思いますわァ。。。

あのねぇ~、確かに、一般の日本人にとって“足袋”と“まんじゅう”はほとんど関係ないように見えるでしょう。。。 でもねぇ~、“十万石のまんじゅう”を知っている人にとっては“足袋”と“まんじゅう”は関係があるのです。。。

それはどういうわけで。。。?

ちょっと次の小文を読んでみてください。。。

十万石ふくさや行田本店店舗 

国の登録文化財。

明治16年 呉服商山田清兵衛商店の店舗として棟上される

昭和27年 青柳合資会社の足袋蔵となる

昭和44年 十万石ふくさや行田本店店舗となる

黒漆喰塗りの重厚な店蔵は行田では珍しい江戸様式の店蔵で、十万石の店舗となった後、昭和53年に改修が行なわれ、外壁にナマコ壁が設けられた。

「青柳合資会社」は、僕が行田市立行田中学校3年生の時のクラスメートだった青柳君のおじいさんが立ち上げたのですよ。 昭和22年から昭和47年まで“足袋”の倉庫として使っていたのです。

青柳さんの家では足袋を作っていたのですか?

そうです。 でも、昭和30年代には足袋をはく人が居なくなったから、学生服とか作業衣を作ってましたよう。

もう青柳さんの家はないのですか?

今でも通りを挟んだ向かい側に青柳君の実家があります。 青柳君のお兄さんが家を継いでいるようです。

。。。で、万寿 春香(まんじゅ はるか)さんは、どういうわけで「足袋 まんじゅう」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

小百合さんは“まんじゅう”って漢字でどう書くか知ってますか?

ええ。。。知ってますわァ。 「饅頭」と書くのでしょう。。。

確かに辞書を引くと、そう書いてあります。 でもねぇ、“十万石のまんじゅう”は違う字を使っているのですよう。 もう一度写真を見てください。


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あらっ。。。“饅” ではなく “幔” を使っているのですわね。

そうなのですよ。 僕も言われるまで分からなかった。

なぜ “幔” の字を使うのですか?

だから、万寿 春香(まんじゅ はるか)さんも、それが知りたくて「足袋 まんじゅう」と入れて検索したのですよ。。。

。。。で、どうして“饅” ではなく “幔” を使っているのですかァ~?

小百合さんは忘れてしまったのですねァ~。。。 これには興味深いエピソードがあるのです。 太平洋戦争後、砂糖の統制が解かれてまもない頃、「十万石ふくさや」の主人の先代が、何か行田の名物となるものを作ろうと考えたのですよう。

つまり、それが「十万石まんじゅう」となったわけですか?

そうです。。。 ところで、小百合さんは、次の絵が何だか分かりますか?


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棟方志功さんの版画でしょう…

あれっ。。。小百合さんは知っているのですねぇ~。。。?

だってぇ~。。。“十万石のまんじゅう”が気に入って、棟方志功さんは旨い旨いと言いながらたくさん食べたのでしょう? “十万石のまんじゅう”の写真に使われている絵も棟方志功さんの版画だと聞いていますわァ。

小百合さんは知っていたのですかァ~。。。 だったら、僕が話そうとするエピソードも知っているのですねぇ~?

いえ。。。漢字の事は忘れましたわァ~。。。

あのねぇ~、今では世界的な板画家として棟方志功さんの名前をたいていの日本人は知っているけれど、戦後まもない頃、つまり、昭和28年当時、棟方志功さんは、日本人の間でもあまり知られていなかった。

棟方 志功

(むなかた しこう)


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1903年(明治36年)9月5日 – 1975年(昭和50年)9月13日
日本人の板画家。
青森県出身。
20世紀の美術を代表する世界的巨匠の一人。
1942年(昭和17年)以降、彼は版画を「板画」と称し、木版の特徴を生かした作品を一貫して作り続けた。

来歴

1903年(明治36年)、刀鍛冶職人である棟方幸吉とさだの三男として生まれる。豪雪地帯出身のため、囲炉裏の煤で眼を病み、以来極度の近視となる。

少年時代にゴッホの絵画に出会い感動し、「ゴッホになる」と芸術家を目指した。青森市内の善知鳥神社でのスケッチを好んだ。

1924年(大正13年)、東京へ上京する。帝展や白日会展などに油絵を出品するが、落選が続いた。

1928年(昭和3年)、第9回帝展に『雑園』(油絵)を出品し、入選する。

1930年(昭和5年)から文化学院で美術教師を務める。

1932年(昭和7年)日本版画協会会員となる。

1934年(昭和9年)佐藤一英の“大和し美し”を読んで感動、制作のきっかけとなる。

1936年(昭和11年) 国画展に出品の「大和し美し」が出世作となり、これを機に柳宗悦、河井寛次郎ら民芸運動の人々と交流する様になり、以降の棟方芸術に多大な影響を及ぼすことになる。

1945年(昭和20年) 戦時疎開のため富山県西礪波郡福光町(現南砺市)に移住。1954年(昭和29年)まで在住した。志功はこの地の自然をこよなく愛した。

1946年(昭和21年) 富山県福光町栄町に住居を建て、自宅を「鯉雨画斎(りうがさい)」と名付け、また谷崎潤一郎の命名にて「愛染苑(あいぜんえん)」ともよぶ。

1956年(昭和31年)、ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展に『湧然する女者達々』などを出品し、日本人として版画部門で初の国際版画大賞を受賞。

1969年(昭和44年)2月17日、青森市から名誉市民賞を授与され、翌年には文化勲章を受章する。従三位。

1975年(昭和50年)9月13日、東京にて永眠。青森市の三内霊園にゴッホの墓を模して作られた“静眠碑”と名付けられた墓がある。

 

作風・人物

棟方の肉筆画作品は「倭画」と言われ、国内外で板画と同様に評価を受けている。
大変な近視の為に眼鏡が板に付く程に顔を近づけ、軍艦マーチを口ずさみながら板画を彫った。
第二次世界大戦中、富山県に疎開して浄土真宗にふれ、『阿弥陀如来像』『蓮如上人の柵』『御二河白道之柵』『我建超世願』『必至無上道』など仏を題材にした作品が特に有名である。

「いままでの自分が持っている一ツの自力の世界、自分というものは自分の力で仕事をするとうようなことからいや、自分というものは小さいことだ。
自分というものは、なんという無力なものか。
何でもないほどの小さいものだという在り方自分から物が生まれたほど小さいものはない。
そういうようなことをこの真宗の教義から教わったような気がします」 と言っている。

 

エピソード

ゴッホのファンになって以来、頻繁にゴッホの名を語る棟方に対し周囲の知人は「風邪でも引いたのか」とからかったという。

志功は「アイシテモ愛しきれない オドロイテモ驚ききれない ヨロコンデモ喜びきれない カナシンデモ悲しみきれない それが板画です」と言った。

版画の「はん」を版ではなく板と書いてハンと読ませる。それは板の性質をちゃんと使うためであり、版だとそれを半分にしていることになるからだそうである。

埼玉県行田市にある「十万石ふくさや」が販売する「十万石幔頭」のパッケージデザインを手がけている。


出典: 「棟方 志功」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

昭和31年に、ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展に『湧然する女者達々』などを出品し、日本人として版画部門で初の国際版画大賞を受賞してから注目を集めるようになったのですよう。

「十万石ふくさや」の先代は、それ以前から棟方志功さんと知り合いだったのですか?

あのねぇ~、行田市に渥美大童さんという書道家が居たのです。 この渥美さんが棟方志功さんと友達だったらしい。 その紹介で「十万石ふくさや」の先代は棟方志功さんと知り合った。

それで。。。?

若き日の先代は、棟方志功さんの作品を見て感激した。

「これだ! これからの菓子屋には棟方志功さんの人間味あふれた暖かさ、そしてバイタリティが必要だ」

それで、ある日、「十万石まんじゅう」を小脇に抱えて棟方志功さんを訪ねた。 そして「是非、このまんじゅうを食べてみてください」と差出した。

棟方志功さんは、無類の甘党だったらしいですわねぇ~。。。

そうなのです。 甘い物にハマッていた。 「あんたが作ったのかい」と一口食べ、一気に5個も食べてしまったらしい。

。。。で、棟方志功さんは、食べてから何とおっしゃったのですか?

「う~~ん。。。うまい! 行田名物にしておくには旨すぎる」 こう言うと筆を取って絵を描いた。 その絵に、上の写真にも書いてある通り、“十万石幔頭”と書いた。 先代は、すかさず、「先生、幔は食偏の饅です」と指摘した。

棟方志功さんは、何とお答えしたのですか?

「このまんじゅうが全国に広く知れわたる事を願ってこの字にしたんだよう。うししししし。。。私は私でなければ描けない絵をかくから、あんたはあんたにしかつくれない美味しい菓子を作ってね」

マジで。。。?

そう言う事になっているようです。 それ以来、先代は、そのまま “幔頭” の字を使っているそうですよう。

。。。で、万寿 春香(まんじゅ はるか)さんは、このエピソードを読んで納得したのですか?

そうです。。。 それで、春香さんは、どれほど旨いものか!?…と ぜひ食べて見なければならないと、すぐに「十万石のまんじゅう」を買いに出かけたのですよ。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたもお腹が空いてきたでしょう?

「十万石のまんじゅう」もよろしいですけれど、

あたくしは、ちょっと食べあきましたわァ。。。


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…ですので、変わったところで バクーの民族料理をご紹介しますわァ~。。。


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どうですか?

あなたも アルゼバイジャンに出かけたら、ぜひバクーで民族料理を召し上がってくださいね。

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。

だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。

じゃあねぇ~~。


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


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九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

チーズ@シルクロード

2017年8月15日

 

チーズ@シルクロード

 


(tonko21c.jpg)


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(sayuri55.gif)

デンマンさん。。。 トップのシルクロードの写真にチーズの中からねずみが覗いていますけれど、今日はデンマンさんがシルクロードでチーズを食べたお話をするのですか?


(kato3.gif)

。。。ん? シルクロードでチーズを食べた話。。。?

だってぇ~、シルクロードのオアシスでラクダと きれいな可愛い女の子が気持ちよさそうに水と戯(たわむ)れているではありませんかァ~! シルクロードとチーズの話題でしょう!?

うん、うん、うん。。。 確かに小百合さんの言うとおりですよ。。。 でもねぇ~、僕がシルクロードでチーズを食べた話ではありません。。。 実は、東京の杉並区にあるホワイトフォックスという会社に勤めている 白鳥 千津絵(しらとり ちずえ)さんがシルクロードのチーズについて調べたのですよ。。。


(ip136108b.png)

『拡大する』

上の写真の女性が白鳥 千津絵(しらとり ちずえ)さんなのですか?

そうです。。。

でも。。。、でも。。。、白鳥 千津絵(しらとり ちずえ)さんがシルクロードのチーズについて調べたということが、どうしてデンマンさんに判ったのですか?

次のリストを見たからですよ。。。


(liv70813a.png)


『拡大する』

『シルクロードのチーズ』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で8月12日の午後4時37分から午後10時2分までの約5時間半の「生ログ」の一部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。

あらっ。。。 8月12日の午後7時9分にGOOGLEで検索して『シルクロードのチーズ』を読んだのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

でも。。。、でも。。。、デンマンさんは、いつもIPアドレスを調べますけれど、アクセスした人が所属する会社は突き止めることができますけれど、個人のプライバシーを守るためにアクセス者の名前まではゲットできないようになっているのですわ。。。

小百合さんも かなりきついツッコミを入れるのですねぇ~。。。 実は、白鳥 千津絵(しらとり ちずえ)さんは『徒然ブログ』の常連さんなのですよ。。。 ちょっと次の検索結果を見てください。


(gog70617a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「シルクロード チーズ 徒然」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。 白鳥 千津絵(しらとり ちずえ)さんは『徒然ブログ』の常連さんなので、検索キーワードに「徒然」を加えて検索したわけです。。。

。。。で、上のリストの赤枠で囲んだリンクをクリックして『シルクロードのチーズ』を読んだのですか?

その通りです。。。

。。。で、白鳥 千津絵(しらとり ちずえ)さんは上の記事を読んで何を発見したのですか?

豆腐が「シルクロードのチーズ」だということを発見したのですよ。。。 小百合さんにも思い当たるでしょう?

どうしてデンマンさんは、そう思うのですか?

実は、上の記事で僕と小百合さんが対談しているのですよ。。。

あらっ。。。 そうですか? 覚えてませんわァ。。。

それも無理のないことですよ。。。 2012年3月1日に投稿した記事ですからねぇ~。。。 今から5年以上も前です。。。 

。。。で、その記事の中で、どのようなことを話したのですか?

ここに書き出しますから、ちょっと読んでみてください。


(tofu001.jpg)

中国食物史の世界的な大家であった故・篠田統(おさむ)博士の研究によると、豆腐ということばの初出は10世紀中ごろの文献に見られるとのこと。
豆腐は乳腐に対応したことばである。

豆腐や乳腐の「腐」は腐ったという意味ではなく、やわらかくプルンプルンしたものをさす。
乳腐は乳を酸や酵素の作用でかためたヨーグルトやチーズ状の乳製品である。

北方遊牧民との交渉が多かった唐の時代には、中国でも乳製品を食べることが流行する。

遊牧民から伝わった乳腐を、乳の代わりに大豆の「豆乳」を原料としてつくるようになったのが豆腐である。
たぶん、8,9世紀の唐代中ごろに中国で豆腐が発明されたのだろう、というのが篠田説だ。

乳の成分の中のタンパク質を凝固させたものがチーズである。
豆腐は豆乳のタンパク質を凝固させた食品である。

健康食品として欧米でも豆腐が食べられるようになり、日本起源のトウフということばが通用するようになった。
その以前は、英語でソヤビーン・カード(大豆のカード)といった。
水分を抜くまえの固めたばかりのチーズをカードという。
白い色で、やわらかく豆腐そっくりである。

平安時代にあたる1183(寿永2)年、奈良の春日神社の供物に「唐符」とあるのが、わが国における豆腐の記録の最初だそうだ。

赤字はデンマンが強調のため。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


30-31ページ 『ニッポンの食卓』
著者: 石毛直道
2006年3月20日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 平凡社

 


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デンマンさん。。。どうしてお豆腐を取り上げるのですか?


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上の本を読んだら豆腐が出てきたのですよう。 読み終わって。。。そう言えば豆腐について書いたことがあるなァ~、と思って調べたら元旦に書いたお袋に出した手紙の中で豆腐について語っていた。。。


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2012年1月1日 (日曜日)

母上様、明けましておめでとうございます。
バンクーバーは午後3時半で気温が5度です。
どんよりとした曇り空です。

午後2時半に恒例の「ポーラーベア・スウィム」がありました。
「ポーラーベア・スウィム」というのは日本語では「寒中水泳」のことです。
「白熊のように元旦の寒い海でも泳ごう!」という1月1日の行事です。


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小生がバンクーバーに住み始めた頃には、すでに行われていた行事だから、少なくとも20年以上も続いています。
カフェオレとクロワッサンで昼食を済ませてから数年ぶりにイングリッシュ・ベイ(海岸通り)を越えた砂浜に見に行きました。
歩いて10分ほどの距離です。

2時半に始まるのに午後2時には、すでに100人ぐらいの若者が水着になって海に飛び込んでいました。
水温は8度でしたから気温よりも暖かいのですよ。

小生も20代であれば水泳パンツをはいて駆け出すところですが、
さすがにその気力はありません。


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見ているだけで体が震えだしました。 (微笑)
見物人が2000人近く浜辺に出て眺めていました。

12月は雪が降らずに雨ばかりで、日本から戻って、まだ初雪を見ていません。
クリスマスも小雨が降っていました。
地球温暖化の影響でバンクーバーも年々暖かくなっているようです。

カナダではバンクーバーだけが「寒中水泳」をやっているのかと思ったら、
ラジオのニュースで、小生がかつて住んでいたトロント市でも、またその他のカナダの都市でも元旦に「寒中水泳」をやっていると報じていました。

その後のニュースで「東京から南西に600キロのところで大きな地震があったけれど津波の心配はない」とアナウンサーが伝えていました。
元旦に近畿地方か四国あたりで地震があったのだろうと小生は思いましたが、アナウンサーは地名を言わなかったので、どの場所だかは正確に判りませんでした。
それでも、関東地方ではないと判ったのでホッとしましたよ。

それにしても、日本には自然災害が多すぎます。
それに付随して原子力発電所の事故なども起こるし、放射線の心配までしなければならない。


(fuku001.jpg)

しかも更に悪いことには日本の政治家は自分のことばかり考えて、国民のための政治をしていない。
年金問題は年毎に悪くなっている。
日本の将来は暗すぎますよ。

20代で日本を脱出して海外に目を向けたことは、むしろ正解だったと自分で自分を褒めているしだいです。(微笑)

ところで、カナダでは元旦よりもクリスマスが大行事です。
クリスマスにはほとんどの店が休みますが、
元旦は日曜日にもかかわらず10軒のうち6店が店を開けていたのには驚かされました。

「寒中水泳」を見た帰りに、すぐそばのスーパーマーケットによって豆腐を2丁ばかり買ってきました。


(sunrise2.jpg)

中国人が作っている豆腐です。子供の頃に行田で食べた豆腐と味も形もそっくりですよ。
考えてみれば豆腐は中国から伝わった食べ物だから中国が本場ということになるでしょう!

それにしても、行田の下町の「角屋」の豆腐とすっかり同じ物をバンクーバーで食べていることが不思議です。
世界は狭いものだとつくづく思いますよ。

最近では、カナダ人が経営するスーパーマーケットへ行っても醤油や豆腐、即席ラーメンなどを売っているので便利になりました。
しかし、味噌や納豆は日本人の店か韓国人の店へ行かないとありません。


(natto03.gif)

納豆はカナダ人の目には「腐った豆」としか見えないようです。
とても食べられるモノとは思えないそうです。

初めて納豆を食べたに日本人は、多分、餓死寸前だったのでしょうね。
食べられるものはすべて食べつくしてしまった。
たまたま「ネバネバした腐った豆」があったので、どうせ死ぬなら腐った豆でもいいから食べて、胃袋を満たして死のうと思ったのでしょう!?
でも、死なずに生き残ったので、それから「納豆」が普通の食べ物になったのでしょう!?

カナダ人は、納豆を食べる気になりません。
見た目が「腐った豆」だから仕方がないでしょう。

松茸(マツタケ)も、あれほど取れるのに食べません。
日本人ならば、マツタケの香りは上品で食欲をそそるいい匂いがしますが、
カナダ人の鼻には、マツタケの香りは1週間洗わない靴下の匂いだと言って、あんなものを食べるオマエの気が知れないと言います。 (爆笑) 


(matsuta02.jpg)


(socks02.jpg)

世界は狭くなっても食べ物の好き嫌いは、その人がどこの国で生まれ育ったか?
その事によってずいぶんと左右されるようです。

これから2月に向かって、日本はまだまだ寒くなることでしょう。
風を引かないように気をつけてください。
母上様は、特に階段の上り下りに気をつけてくださいね。
「長生きするのも芸のうち」と申します。
「階段の上り下りも芸のうち」です。

東行田駅の近くの「かどや」のおばあさんは2011年の7月に103歳になりました。
「看板娘」で有名でしたから小生も知っていました。
焼きそばを食べていたら「わたし、いくつだと思いますゥ?」と声をかけてきたことがありました。
「85歳ぐらいでしょう」といったら、マジで喜んでいましたよ。 (爆笑)
元気な人でテレビにも出ました。
母上様もテレビに出られるように長生きしてください。

日本から戻ってきたばかりだと思っていたのに、
思えば、すでに2012年の1月1日です。
光陰矢のごとし!
今年も10月に帰省する予定です。
また、「とんでん」と「おおぎや」で美味い物を食べましょう。


(ohgiya2.jpg)

あの世に逝くのは、いつでも逝けます。
この世で美味い物を家族と共に楽しく食べることを夢見ながら長生きした方が得です。

なぜ?

あの世から帰ってきて、あの世の方が良かったと言った人は、まだ居ないのですから。。。(爆笑)

では、また連休の頃にでも手紙を書きます。
お元気で。。。

 

バンクーバーのデンマンより


『牛たんとずんだ』より
(2012年1月7日)

デンマンさんらしいお手紙ですわね。 それにしても「母上様」なんて、まるで江戸時代の武家の当主が年老いた母親に向かって書いたようですわね。 今時、「母上様」なんて書く人は日本には居ないと思いますわ。

だから、僕は浦島太郎なのですよ。 バンクーバーの竜宮城には古い日本の言葉が残っているのですよ。 うしししし。。。

それで、豆腐の何が気になったのですか?

僕は中国が豆腐の本場だと思ったのだけれど、上の本を読んだら豆腐はシルクロードを伝わってやって来た西域の遊牧民の人たちが食べる羊やヤギの乳で作られたチーズをヒントに作られたのだと納得できましたよ。

でも、そのような事は書いてありませんわ。

ちゃんと次のように書いてありますよ。


(tofu001.jpg)

北方遊牧民との交渉が多かった唐の時代には、中国でも乳製品を食べることが流行する。

遊牧民から伝わった乳腐を、乳の代わりに大豆の「豆乳」を原料としてつくるようになったのが豆腐である。

唐の時代に、中国でも乳製品を食べることが流行したのですよ。 それで、頭のいい人が乳の代わりに「豆乳」を原料としてチーズのようなものを作った。 それが豆腐ですよ。 そう考えれば、豆腐は「シルクロードのチーズ」ですよ。


『シルクロードのチーズ』より
(2012年3月1日)

5年前にデンマンさんと、このようなことを話したのですわねぇ~。。。

そうなのですよ。。。 小百合さんも懐かしいでしょう?

そうですあねぇ~。。。

。。。で、「シルクロードのチーズ」が豆腐だという話をデンマンさんも久しぶりに思い出したので私を呼びだしたのですか?

もちろん、それだけじゃないのですよ。。。

まだ他にも白鳥 千津絵(しらとり ちずえ)さんが発見したことがあるのですか?

いや。。。 僕が発見したことがあるのですよ。。。 ちょっと続きを読んでみてください。。。

日本では非常に一般的な食品であり、そのまま調味料をかけて食べられるほか、様々な料理に用いられている。

冷奴や湯豆腐、味噌田楽などのように主要食材になるほか、汁物や鍋料理の具材、料理のベースになる食材として使われるなど、用途は多彩である。

中国では、日本のようにそのまま食べることはしない(少なくとも伝統的ではない)ものの、様々な種類の豆腐と利用の仕方があり、多種多様の料理に使われている。

 

日本で天明2年(1782年)に刊行された『豆腐百珍』には、100種類の豆腐料理が記述されており、また様々な文学でも親しまれてきた。

日本では、かつて豆腐は行商販売もされており、一般的であった。

行商の豆腐屋はラッパや鐘を鳴らしながら売り歩いていた。

関東地方では、明治時代初期に乗合馬車や鉄道馬車の御者が危険防止のために鳴らしていたものを、ある豆腐屋が「音が『トーフ』と聞こえる」ことに気づき、ラッパを吹きながら売り歩くことを始めたものである。


(tofu003.jpg)

その由来のようにラッパの音は一回に2段階「トーフー」と聞こえるように吹くことが多いが、地域や販売店によっても異なり、1段階のみの場合もある。

関西地方では、豆腐屋はラッパではなく鐘(関東ではアイスクリーム屋が用いていた)を鳴らしていた。


出典: 「豆腐」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

僕は知らなかったのだけれど、味噌田楽というのはコンニャクに味噌をつけて食べるものだとばかり思い込んでいましたよ。

あらっ。。。お豆腐を串に刺して焼いて、その上からお味噌をかけて食べますわよ。

そうらしいねぇ。 中国から豆腐が伝来し、拍子木型に切った豆腐を串刺しにして焼いた料理が生まれた。 その料理の、棒の上に白い豆腐が乗っている様子が高足を行っている田楽法師の姿と似ているので「田楽」の名が付いたと書いてありましたよ。 

デンマンさんはお豆腐の田楽を食べたことがないのですか?

ありません。。。今まで一度も豆腐の田楽を食べたことがない。

じゃあ、今度、帰省したときに栃木市の「油伝商店」でご馳走しますわよ。


(tochigi80.jpg)


(tochigi82.gif)

ガイドブックによると、栃木市はなかなか風情のある町のようである。
よし行ってみよう。
上野駅から普通電車に乗車し、途中、小山で乗り換え、栃木駅に向かう。


(tochigi81.jpg)

電車の隣の席では、ふたりの女子高生が大きな声でしゃべっていた。

女子A 「ハウルの動く城ってさぁ、お婆さんになるけど、最終的には女の子になんのね。 でも髪の色は変わらないんだよね、グレー」
女子B 「えービミョー
という会話。
女子Bの「ビミョー」がなんか可笑しくて、わたしも「ビミョー」って使ってみたくなってしまった。

 (中略)

塚田歴史伝説館には、人間そっくりの動きをするハイテクロボットが設置されているが、展示の構成は学園祭みたいでキッチュである。
三味線を弾くおばあさんのロボットがリアルでちょっと怖かった。
売店の人が、
「田楽おいしい店がありますよ」
と教えてくれたので、行ってみることにする。


(dengaku4.jpg)

油伝商店


(dengaku5.jpg)

油伝(あぶでん)味噌という、コクと甘味のある黒い味噌を使った田楽が食べられるというお店は、なんだか歴史がありそう。


(dengaku3.jpg)

店内は観光客らしき人たちで混んでいた。
おばあさんと、その娘さん(60歳くらい)という客と同じテーブルになり、おばあさんに「学生さん?」などと聞かれる。

ふたりは群馬県に住んでいるらしいのだが、ここの田楽が大好きでわざわざ食べにきたのだそう。
わたしはというと、改めてわかったけど、田楽というものがあまり好きではないかも。
甘い味噌がビミョーというか。
だけど、頼んだこんにゃく田楽は全部食べたし、田楽の中では、ここのはかなり美味しいんだと思う。


(dengaku2.jpg)

店を出て、ふたたび自転車で街をぶらぶらしていると、さきほどのおばあさんたちが車でわたしを追いこしながら「お元気でー!」と手を振ってくれた。
お元気で。
きっと、もう会うことはない。 少し切ない気持ちになる。

赤字はデンマンが強調のため。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


130-132ページ
『47都道府県女ひとりで行ってみよう』
著者: 益田ミリ
2008年6月25日第1刷発行
発行所: 幻冬舎

『味噌がビミョーな田楽』に掲載
(2012年1月19日)

まじっすかァ~。。。小百合さんと一緒に食べる豆腐の田楽なんてぇ、なんだか夢のようだなァ~。。。

デンマンさん! 少し大げさですわよ。


『シルクロードのチーズ』より
(2012年3月1日)

。。。で、上の続きを読んで、デンマンさんは何を発見したのですか?

あのねぇ~、 僕はまだ小百合さんと一緒に栃木市の「油伝商店」で田楽を食べてないのですよ。。。

あらっ。。。 デンマンさんは、かな~り“喰い意地”がはっているのですわねぇ~。。。 つまり、この事を言うために、わざわざチーズ@シルクロードを持ち出してきたのですかァ~?

そうです。。。 いけませんか?


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。

あたくしも、お豆腐の田楽が食べたくなってきましたわ。


(dengaku9.jpg)

どは、お豆腐の酢味噌田楽の作り方をお見せしますわねぇ~。。。

いかがでしたか?

あなたも、お豆腐の田楽を作って食べたくなったでしょう!

それにしても、関東でラッパを吹きながらお豆腐を売り歩くなんてぇ、全く知りませんでしたわァ~。。。

鐘を鳴らして売るものだとばっかり思っていたのでござ~♪~ますう。

 

“所変われば品変わる”

 

ホントにねぇ~。

マジで、そうでござ~♪~ますわよう。

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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■ 『おしまいでございます』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』

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■ 『菊ちゃん、知恵伊豆、忠秋』

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(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

Pork or Friend?

2013年3月31日

  
 
Pork or Friend?
 

(piglet02.jpg)


(pork02.jpg)


(puppy02.jpg)


Kato, do you like pork steak?

No, I don’t.

Then how come you’ve pasted a picture of pork steak?

Diane, did you read the Metro news on March 27?

Yes, I think I did.  Was there an article about pork steak in the papers?

Yes, there was.  Diane, you probably noticed the following picture on Page 3.


(why02.jpg)

I think I overlooked the above picture.

So you haven’t read the following article, haven’t you?


(metro327b.gif)

The Vancouver Humane Society wants you to think about puppies before you put pork on your fork.

New advertisements gracing the back of city buses place a picture of Fido labeled “friend” beside Wilbur labeled “food” to point out the inconsistencies in peoples’ attitudes toward animals, spokesman Peter Fricker said Tuesday.


“The Actual Article on the Net”

Ummm… Quite interesting!  Yes, piglets and puppies are both adorable.  Yet, we treat puppies as friend and label piglets “food,” don’t we?

Yes, you’re telling me.  We’re definitely inconsistent in attitudes toward animals, but I don’t eat pork.

Why not?

…’Cause the Vancouver Humane Society wants me to think about puppies before I put pork on my fork.

Oh my! … Kato, do you really mean it?

I’m just joking.

Kato, get serious!  Just tell me why you don’t eat pork.

… ‘Cause I’m a vegetarian.

Are you really serious?

I’m just jesting.

Kato, don’t fool around and waste my time.

Alright, then… I’m serious now.  You see, Diane, the traditional Japanese food is based on rice with miso soup and other dishes, each in its own utensil, with an emphasis on seasonal ingredients.

rice with miso soup

The side dishes often consist of fish, pickled vegetables, and vegetables cooked in broth. Fish is quite common in the traditional cuisine. As you know, fish may be served raw as sashimi or in sushi.

Seafood and vegetables are also deep-fried in a light batter as tempura, but the Japanese don’t eat a great deal of red meat.

I know, I know … That’s the reason the Japanese tend to live longer.  The other day, I watched the 115-year-old Japanese man—the oldest man in recorded history.


(kimura116.jpg)


(kimura115.jpg)

So, Kato, are you saying that red meat is really bad for health?

I think so.

You don’t eat red meat simply because you want to live up to 100 years, do you?

Well … if possible, I wanna live that long, but the reason I don’t eat read meat is simply because my DNA makes me dislike red meat.

So you don’t eat pork and beef, do you?

No, I seldom eat pork and beef.

But, a Japanese friend of mine like beef in “sukiyaki” and “nikujaga.”


(sukiyaki03.jpg)


(sukiyaki02.jpg)

“sukiyaki”

I know.  Once in a while, I myself eat it. Indeed, some Japanese like pork and beef because they are Westernized, and they tend to die young.

Don’t you like pork and beef, Kato?

Well … Whenever I see pork and beef, the red meat reminds me of the following pictures:


(butchery1.jpg)


(butchery3.jpg)


(goat02.jpg)

These images scare the hell out of me.  Besides, my imagination goes wild and lets me stand in front of the following butchers:

The above butchers certainly scare the shit out of me, and my appitite dies down with those animals.

I think your imagination goes too wild.  Don’t even think about butchery.  Kato, are you saying that Americans, Canadians and Europeans are cruel?

Yes, to a certain extent.  I would safely say that most Canadians are inconsistent in attitudes toward animals as the newspaper article points out.

Are you saying that the Orientals are animal-lovers?

Yes, I’d say so.

Since you’ve said that, let me tell you this.  The other night, I watched the following video clip.

Yes, yes, yes, … I know, but these incidents are happening in China, not in Japan.

Are you saing that the Japanese are nice and kind to dogs and cats?

Yes, of course, we are.  Traditionally speaking, if you had killed a dog during the days of Shogun Tsunayoshi, you would have been sentenced to death without a question.

No kidding!

Tokugawa Tsunayoshi

 (徳川 綱吉)

(February 23, 1646 – February 19, 1709)

He was the fifth shogun of the Tokugawa dynasty of Japan.
He is known for instituting animal protection laws, particularly for dogs.
This earned him the nickname of “Dog shogun.”

Owing to religious fundamentalism, Tsunayoshi sought protection for living beings in the later parts of his rule.
In the 1690s and first decade of the 18th century, Tsunayoshi, who was born in the Year of the Dog, thought he should take several measures concerning dogs.
A collection of edicts released daily, known as the Edicts on Compassion for Living Things (生類憐みの令) told the populace, inter alia, to protect dogs, since in Edo there were many stray and diseased dogs walking around the city.
Therefore, he earned the pejorative title “Inu-Kubō (犬公方).”


(tosa99.jpg)

In 1695, there were so many dogs that Edo began to smell horribly.
An apprentice was even executed because he wounded a dog.
Finally, the trouble was taken to a distance, as over 50,000 dogs were deported to kennels in the suburbs of the city where they would be housed.
They were apparently fed rice and fish which were at the expense of the taxpaying citizens of Edo.


SOURCE:”Tokugawa Tsunayoshi”
From Wikipedia, the free encyclopedia

An apprentice was even executed because he wounded a dog.  Unbelievable!  So, in those days, life of a dog was valued more than that of a human in Japan, wasn’t it?

Yes, you’re darn right.

Then the Japanese have been dramatically changed since those days, haven’t they?

How do you mean?

Kato, do you like dolphins?

Yes, of course, I do.  Dolphins are quite intelligent.  Personally, I like dolphins more than dogs.


(dolphin99.jpg)

SeaWorld’s Old “Dolphin Discovery” Show (in HD)

I really adore those intelligent creatures. As a matter of fact, dolphins have long played a role in human culture.  For example, dolphins are common in Greek mythology and there are many coins from ancient Greece which feature a man or boy or deity riding on the back of a dolphin. The Ancient Greeks welcomed dolphins; spotting dolphins riding in a ship’s wake was considered a good omen.

But, Kato, do you know that the Japanese are slaughteing those dolphins in Japan?

Are you sure about that?

Look at the following video clip.

Story of Dolphin Slaughter in Japan

Yes, yes, yes, … now I recall those incidents.  This place called Taiji (太地町、和歌山県) is quite famous as a whaling town for hundreds of years.  The people in Taiji have been hunting whales and dolphins for several centuries.  In fact, they spearheaded the development of more sophisticated traditional whaling techniques in the 17th century.

But killing dolphins is extraordinary and inhumane.  Don’t you think so, Kato?

Yes, yes, yes, … I agree with you, Diane.  So, in 1988, a ruling by the International Whaling Commission (IWC) caused Taiji to suspend commercial whaling. However, the town continues to hunt small whales and dolphins. Taiji’s annual dolphin hunt is a subject of controversy and the town faces continued pressure from protest groups.  The above clip is obviously made by one of those groups, I suppose.

So, Kato, you know those killing incidents, don’t you?

Yes, I do.  Whales and dolphins are traditionally considered as food in Japan, and are killed in harpoon or drive hunts.  But, generally speaking, the Japanese seldom eat whale or dolphin meat becuse both meats are not so tasty.  In fact, I’ve never eaten dolphin meat in my life.

Why not?

… Simply because you can’t find dolphin meat in fish shop nor in sushi restaurant.

So, Kato, you’re saying that whale or dolphin meat is eaten mostly in fishing towns like Taiji.

I’d say so.  Once or twice I’ve eaten some whale meat, but I didn’t like it.  As far as I’m concerned, I’ve never seen dolphin meat in my life.

So, Kato, you’re saying that most Japanese are dolphin-friendly and don’t eat dolphin meat at all.

Yes, I’d say so.  As I said, I’ve never eaten dolphin meat at all in my life.  The Japanese definitely prefer fish meat like tuna and bonito to mammal meat such as whale and dolphin.


(tuna2.jpg)

  Tuna

So, Kato, you’re againt eating mammal meat, aren’t you?

Personally, I don’t like mammal meat.  I prefer fish meat, but I wouldn’t despise you even if you ate dolphin meat.

Why is that?

Well … In some cultures, even cannibalism is going on.  For example, the Korowai in the western part of New Guinea are one of very few tribes still believed to eat human flesh as a cultural practice. It is also still known to be practiced as a ritual and in war in various Melanesian tribes.

So, Kato, are you saying that such a practice is considered normal in some cultures?

Yes, I am.  Even in our civilization, cannibalism has been occasionally practiced as a last resort by people suffering from famine.  A famous example is the ill-fated Westward expedition of the Donner Party, and more recently the crash of Uruguayan Air Force Flight 571, after which some survivors ate the bodies of dead passengers.

But, I heard that some people on the plane refused to eat human flesh and chose to die instead.

I don’t blame the survivors.  Nobody can force others to obey his or her rule.

I see.  So, Kato, you’re saying that nobody should be celf-centered, aren’t you?

Yes, I am.  As you always say, Diane, everybody should be open-minded.  I hate self-righteous people.

By the way, Kato, when do you take me to your favorite ramen shop?


(ramen96.jpg)


(ramen99.jpg)

So, Diane, you wanna eat a famous Japanese ramen, instead of pork meat chop, eh?

Yes, I’d love to.

Okay … I’ll take you to the famous ramen shop on Robson Street in Vancouver.

山頭火 Main Shop in Japan

This shop is in Sapporo City, Hokkaido—the northern island of Japan, isn’t it?

Yes, it is.  At least, you can feel the atmosphere of the genuine ramen shop.


【Himiko’s Monologue】

Well … It looks tasty, doesn’t it?
Which do you like better?
Pork meat chop or ramen?

Personally, I like a bowl of miso ramen.


(ramen97.jpg)

Why is that?— you may ask.

Well, to tell you the truth, I keep myself in this good shape with a ramen-diet.

Am I in a good shape?

You bet on that!

In any case, I hope Kato will write another interesting article soon.
So please come back to see me.

Have a nice day!
Bye bye …

If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


“Midnight in Vancouver”

“Madame Lindbergh”

“Dead Poets Society”

“Letters to Diane”

“Taliesin Studio”

“Wright and Japan”

“Taliesin Banzai”

“Memrory Lane to Sendai”

“Aunt Sleepie”

“Titanic @ Sendai”

“Birdcage”


(sylvie121.jpg)

“Roly-poly in the wild”

“Silence is dull”

“Zen and Chi Gong”

“Piano Lesson”

“Dangerous Relation”

“Electra Complex”


(juneswim.jpg)

“Covent Garden”

“Fatal Relation”

“Notre Dame”

“Anne Frank”

“Biker Babe”

“Diane Girdles the Globe”

“Diane in Casablanca”

“Infidelity Neighbourhood”

“Forest Bathing”

“Enjoy Ramen!”

“Sex, Violence, Love”

“Halifax to Vancouver”

“A Thread of Destiny”

“Fujiyama Geisha”

“Beaver Lake”

“God is Near!”

“Holy Cow@Rose Garden”

“Vancouver Earthquake”

“Birthplace”

“KIFF”

“You Love Japan, eh?”

“Eight Bridges”

“First Love”

“Fright on Flight”

“Boy’s Movie”

“From Summer to Eternity”

“Sōseki & Glenn Gould”

“Dream Dream Dream”

“In Search of Your Footprint”

“Little Night Music”

“Merry X’mas”

“Happy New Year!”

“Long live Diane!”

“Mona Lisa”

“Flu Shot”

“Selfish TD Bank”

“Talk with Mozart”

“Bliss for Diane!”

“Romantic Bohemian”

“TD Bank or Mozart?”

“Diane@TD Bank”

“Tear Jerker”

“Diane in Chorus Line”

Hi, I’m June Adams.

In 1691, Engelbert Kaempfer visited Edo as part of the annual Dutch embassy from Dejima in Nagasaki.

He journeyed from Nagasaki to Osaka, to Kyoto, and eventually to Edo (today’s Tokyo).

Kaempfer gives us information on Japan during the early reign of Tokugawa Tsunayoshi (“Dog Shogun”).

As the Dutch embassy entered Edo in 1692, they asked to have an audience with Shogun Tsunayoshi.

While they were waiting for approval, a fire destroyed six hundred houses in Edo, and the audience was postponed.

Tsunayoshi and several of the ladies of the court sat behind reed screens, while the Dutch embassy sat in front of them.

Tsunayoshi took an interest in Western matters, and apparently asked them to talk and sing with one another for him to see how Westerners behaved.

Tsunayoshi later put on a No drama for them.


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ところで、愛とロマンに満ちた

レンゲさんのお話をまとめて

『レンゲ物語』を作りました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

『愛とロマンのレンゲ物語』

『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

シルクロードのチーズ

2012年3月1日

 
 
シルクロードのチーズ


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中国食物史の世界的な大家であった故・篠田統(おさむ)博士の研究によると、豆腐ということばの初出は10世紀中ごろの文献に見られるとのこと。
豆腐は乳腐に対応したことばである。
豆腐や乳腐の「腐」は腐ったという意味ではなく、やわらかくプルンプルンしたものをさす。
乳腐は乳を酸や酵素の作用でかためたヨーグルトやチーズ状の乳製品である。

北方遊牧民との交渉が多かった唐の時代には、中国でも乳製品を食べることが流行する。
遊牧民から伝わった乳腐を、乳の代わりに大豆の「豆乳」を原料としてつくるようになったのが豆腐である。
たぶん、8,9世紀の唐代中ごろに中国で豆腐が発明されたのだろう、というのが篠田説だ。

乳の成分の中のタンパク質を凝固させたものがチーズである。
豆腐は豆乳のタンパク質を凝固させた食品である。

健康食品として欧米でも豆腐が食べられるようになり、日本起源のトウフということばが通用するようになった。
その以前は、英語でソヤビーン・カード(大豆のカード)といった。
水分を抜くまえの固めたばかりのチーズをカードという。
白い色で、やわらかく豆腐そっくりである。

平安時代にあたる1183(寿永2)年、奈良の春日神社の供物に「唐符」とあるのが、わが国における豆腐の記録の最初だそうだ。

赤字はデンマンが強調のため。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


30-31ページ 『ニッポンの食卓』
著者: 石毛直道
2006年3月20日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 平凡社

デンマンさん。。。どうしてお豆腐を取り上げるのですか?

上の本を読んだら豆腐が出てきたのですよう。 読み終わって。。。そう言えば豆腐について書いたことがあるなァ~、と思って調べたら元旦に書いたお袋に出した手紙の中で豆腐について語っていた。。。

2012年1月1日 (日曜日)

母上様、明けましておめでとうございます。
バンクーバーは午後3時半で気温が5度です。
どんよりとした曇り空です。

午後2時半に恒例の「ポーラーベア・スウィム」がありました。
「ポーラーベア・スウィム」というのは日本語では「寒中水泳」のことです。
「白熊のように元旦の寒い海でも泳ごう!」という1月1日の行事です。

小生がバンクーバーに住み始めた頃には、すでに行われていた行事だから、少なくとも20年以上も続いています。
カフェオレとクロワッサンで昼食を済ませてから数年ぶりにイングリッシュ・ベイ(海岸通り)を越えた砂浜に見に行きました。
歩いて10分ほどの距離です。
2時半に始まるのに午後2時には、すでに100人ぐらいの若者が水着になって海に飛び込んでいました。
水温は8度でしたから気温よりも暖かいのですよ。

小生も20代であれば水泳パンツをはいて駆け出すところですが、
さすがにその気力はありません。

見ているだけで体が震えだしました。 (微笑)
見物人が2000人近く浜辺に出て眺めていました。

12月は雪が降らずに雨ばかりで、日本から戻って、まだ初雪を見ていません。
クリスマスも小雨が降っていました。
地球温暖化の影響でバンクーバーも年々暖かくなっているようです。

カナダではバンクーバーだけが「寒中水泳」をやっているのかと思ったら、
ラジオのニュースで、小生がかつて住んでいたトロント市でも、またその他のカナダの都市でも元旦に「寒中水泳」をやっていると報じていました。

その後のニュースで「東京から南西に600キロのところで大きな地震があったけれど津波の心配はない」とアナウンサーが伝えていました。
元旦に近畿地方か四国あたりで地震があったのだろうと小生は思いましたが、アナウンサーは地名を言わなかったので、どの場所だかは正確に判りませんでした。
それでも、関東地方ではないと判ったのでホッとしましたよ。

それにしても、日本には自然災害が多すぎます。
それに付随して原子力発電所の事故なども起こるし、放射線の心配までしなければならない。

しかも更に悪いことには日本の政治家は自分のことばかり考えて、国民のための政治をしていない。
年金問題は年毎に悪くなっている。
日本の将来は暗すぎますよ。

20代で日本を脱出して海外に目を向けたことは、むしろ正解だったと自分で自分を褒めているしだいです。(微笑)

ところで、カナダでは元旦よりもクリスマスが大行事です。
クリスマスにはほとんどの店が休みますが、
元旦は日曜日にもかかわらず10軒のうち6店が店を開けていたのには驚かされました。

「寒中水泳」を見た帰りに、すぐそばのスーパーマーケットによって豆腐を2丁ばかり買ってきました。

中国人が作っている豆腐です。子供の頃に行田で食べた豆腐と味も形もそっくりですよ。
考えてみれば豆腐は中国から伝わった食べ物だから中国が本場ということになるでしょう!
それにしても、行田の下町の「角屋」の豆腐とすっかり同じ物をバンクーバーで食べていることが不思議です。
世界は狭いものだとつくづく思いますよ。

最近では、カナダ人が経営するスーパーマーケットへ行っても醤油や豆腐、即席ラーメンなどを売っているので便利になりました。
しかし、味噌や納豆は日本人の店か韓国人の店へ行かないとありません。

納豆はカナダ人の目には「腐った豆」としか見えないようです。
とても食べられるモノとは思えないそうです。

初めて納豆を食べたに日本人は、多分、餓死寸前だったのでしょうね。
食べられるものはすべて食べつくしてしまった。
たまたま「ネバネバした腐った豆」があったので、どうせ死ぬなら腐った豆でもいいから食べて、胃袋を満たして死のうと思ったのでしょう!?
でも、死なずに生き残ったので、それから「納豆」が普通の食べ物になったのでしょう!?

カナダ人は、納豆を食べる気になりません。
見た目が「腐った豆」だから仕方がないでしょう。

松茸(マツタケ)も、あれほど取れるのに食べません。
日本人ならば、マツタケの香りは上品で食欲をそそるいい匂いがしますが、
カナダ人の鼻には、マツタケの香りは1週間洗わない靴下の匂いだと言って、あんなものを食べるオマエの気が知れないと言います。 (爆笑) 

世界は狭くなっても食べ物の好き嫌いは、その人がどこの国で生まれ育ったか?
その事によってずいぶんと左右されるようです。

これから2月に向かって、日本はまだまだ寒くなることでしょう。
風を引かないように気をつけてください。
母上様は、特に階段の上り下りに気をつけてくださいね。
「長生きするのも芸のうち」と申します。
「階段の上り下りも芸のうち」です。

東行田駅の近くの「かどや」のおばあさんは2011年の7月に103歳になりました。
「看板娘」で有名でしたから小生も知っていました。
焼きそばを食べていたら「わたし、いくつだと思いますゥ?」と声をかけてきたことがありました。
「85歳ぐらいでしょう」といったら、マジで喜んでいましたよ。 (爆笑)
元気な人でテレビにも出ました。
母上様もテレビに出られるように長生きしてください。

日本から戻ってきたばかりだと思っていたのに、
思えば、すでに2012年の1月1日です。
光陰矢のごとし!
今年も10月に帰省する予定です。
また、「とんでん」と「おおぎや」で美味い物を食べましょう。

あの世に逝くのは、いつでも逝けます。
この世で美味い物を家族と共に楽しく食べることを夢見ながら長生きした方が得です。

なぜ?

あの世から帰ってきて、あの世の方が良かったと言った人は、まだ居ないのですから。。。(爆笑)

では、また連休の頃にでも手紙を書きます。
お元気で。。。

バンクーバーのデンマンより


『牛たんとずんだ』より
(2012年1月7日)

デンマンさんらしいお手紙ですわね。 それにしても「母上様」なんて、まるで江戸時代の武家の当主が年老いた母親に向かって書いたようですわね。 今時、「母上様」なんて書く人は日本には居ないと思いますわ。

だから、僕は浦島太郎なのですよ。 バンクーバーの竜宮城には古い日本の言葉が残っているのですよ。 うしししし。。。

それで、豆腐の何が気になったのですか?

僕は中国が豆腐の本場だと思ったのだけれど、上の本を読んだら豆腐はシルクロードを伝わってやって来た西域の遊牧民の人たちが食べる羊やヤギの乳で作られたチーズをヒントに作られたのだと納得できましたよ。

でも、そのような事は書いてありませんわ。

ちゃんと次のように書いてありますよ。


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北方遊牧民との交渉が多かった唐の時代には、中国でも乳製品を食べることが流行する。
遊牧民から伝わった乳腐を、乳の代わりに大豆の「豆乳」を原料としてつくるようになったのが豆腐である。

唐の時代に、中国でも乳製品を食べることが流行したのですよ。 それで、頭のいい人が乳の代わりに「豆乳」を原料としてチーズのようなものを作った。 それが豆腐ですよ。 そう考えれば、豆腐は「シルクロードのチーズ」ですよ。 だから、まず間違いなく日本の遣唐使が唐から「豆腐」を持ち帰ったにちがいない。

でも、上の本では「平安時代にあたる1183(寿永2)年、奈良の春日神社の供物に“唐符”とあるのが、わが国における豆腐の記録の最初だ」と書いてありますわ。

あのねぇ~、神社の供物だから「豆腐」とは書けない。

どうしてですか?

「腐」は「くさった」という意味ですよ。 神様が召し上がる食べ物が「豆の腐ったもの」では、あまりにも恐れ多いので「豆腐」と書かずに「唐から伝わった白い符」のような物という意味で、同じ読みの「唐符」と書いたのだと僕は思うのですよ。

「符」って何ですの?

奈良時代。。。つまり、律令制の時代に上級官庁の役人が下級官庁の役人に命令を書き送る時に使うお札(ふだ)、要するに、紙ですよ。 おそらく、「豆腐」は遣唐使が持ち帰った奈良時代の頃から食べていた人が居たと思いますよ。

でも、どうして「くさった」という意味の「腐」を使ったのでしょうか?

あのねぇ~、「腐」の字は本来「納屋の中で肉を熟成させる」という意味だったらしい。 熟成させると肉がプルンプルンになるので、転じて、柔らかく弾力性があるものを意味するようになったようですよ。

デンマンさんは詳しいのですわね?

ネットで調べればすぐに分かりますよ。 だから、「腐る」という字を嫌う昔の人は、「豆富」と書いたり「豆冨」と書いたそうです。

でも、腐ってないのだから、初めから「豆富」にすればよかったではありませんか?

あのねぇ~、実は、日本の豆腐は発酵していないものが普通だけれど、中国には豆腐を発酵させた「臭豆腐」というものがあるのですよ。 バンクーバーのチャイナタウンや、手紙の中で僕が買ったSunriseブランドの「豆腐」を作って売っている店—昔の日本人街(パウウェル・ストリート Powell Street)にある中国人の店では、瓶詰(ビンづ)めにした「臭豆腐」を売っている。 食べ慣れれば平気なんだろうけれど、日本人の鼻には異様な臭いがするのですよ。 だから、僕は一度も買ったことがない。 そのうち話の種に買って食べてみようと思います。 (微笑) 

つまり、発酵させ豆腐の方が主流だったので、それで「腐」を使ったのですか?

そうだと思いますよ。 チーズだって発酵させたものでしょう? 豆腐はもともとチーズからアイデアをもらって作ったものだから、中国人は「腐」を使ったのですよ。 たぶん。。。

。。。で、デンマンさんは近くのスーパーマーケットでお豆腐を買ってよく食べるのですか?

最近、毎日のように食べてますよ。

しゃぶしゃぶとかスキヤキにして食べるのですか?

そのような手のかかることはしません。 もっぱら冷奴ですよ。 たまねぎやピーマンを刻んでその上に豆腐をのせて チリ・ガーリック・ソース(hot chili garlic sauce)と醤油をかけて食べるのですよ。 炊き立てのご飯の上にのせて食べるとメチャ旨いのですよ。

辛そうですわね?

確かに、メチャ辛い。 だから、あまりソースはかけません。 醤油の方が大目ですよ。 ところで、『ウィキペディア』を見たら次のように書いてあった。

日本では非常に一般的な食品であり、そのまま調味料をかけて食べられるほか、様々な料理に用いられている。
冷奴や湯豆腐、味噌田楽などのように主要食材になるほか、汁物や鍋料理の具材、料理のベースになる食材として使われるなど、用途は多彩である。
中国では、日本のようにそのまま食べることはしない(少なくとも伝統的ではない)ものの、様々な種類の豆腐と利用の仕方があり、多種多様の料理に使われている。

日本で天明2年(1782年)に刊行された『豆腐百珍』には、100種類の豆腐料理が記述されており、また様々な文学でも親しまれてきた。
日本では、かつて豆腐は行商販売もされており、一般的であった。
行商の豆腐屋はラッパや鐘を鳴らしながら売り歩いていた。
関東地方では、明治時代初期に乗合馬車や鉄道馬車の御者が危険防止のために鳴らしていたものを、ある豆腐屋が「音が『トーフ』と聞こえる」ことに気づき、ラッパを吹きながら売り歩くことを始めたものである。


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その由来のようにラッパの音は一回に2段階「トーフー」と聞こえるように吹くことが多いが、地域や販売店によっても異なり、1段階のみの場合もある。
関西地方では、豆腐屋はラッパではなく鐘(関東ではアイスクリーム屋が用いていた)を鳴らしていた。


出典: 「豆腐」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

僕は知らなかったのだけれど、味噌田楽というのはコンニャクに味噌をつけて食べるものだとばかり思い込んでいましたよ。

あらっ。。。お豆腐を串に刺して焼いて、その上からお味噌をかけて食べますわよ。

そうらしいねぇ。 中国から豆腐が伝来し、拍子木型に切った豆腐を串刺しにして焼いた料理が生まれた。 その料理の、棒の上に白い豆腐が乗っている様子が高足を行っている田楽法師の姿と似ているので「田楽」の名が付いたと書いてありましたよ。 

デンマンさんはお豆腐の田楽を食べたことがないのですか?

ありません。。。今まで一度も豆腐の田楽を食べたことがない。

じゃあ、今度、帰省したときに栃木市の「油伝商店」でご馳走しますわよ。


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ガイドブックによると、栃木市はなかなか風情のある町のようである。
よし行ってみよう。
上野駅から普通電車に乗車し、途中、小山で乗り換え、栃木駅に向かう。


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電車の隣の席では、ふたりの女子高生が大きな声でしゃべっていた。

女子A 「ハウルの動く城ってさぁ、お婆さんになるけど、最終的には女の子になんのね。 でも髪の色は変わらないんだよね、グレー」
女子B 「えービミョー
という会話。
女子Bの「ビミョー」がなんか可笑しくて、わたしも「ビミョー」って使ってみたくなってしまった。

 (中略)

塚田歴史伝説館には、人間そっくりの動きをするハイテクロボットが設置されているが、展示の構成は学園祭みたいでキッチュである。
三味線を弾くおばあさんのロボットがリアルでちょっと怖かった。
売店の人が、
「田楽おいしい店がありますよ」
と教えてくれたので、行ってみることにする。


(dengaku4.jpg)
油伝商店


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油伝(あぶでん)味噌という、コクと甘味のある黒い味噌を使った田楽が食べられるというお店は、なんだか歴史がありそう。


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店内は観光客らしき人たちで混んでいた。
おばあさんと、その娘さん(60歳くらい)という客と同じテーブルになり、おばあさんに「学生さん?」などと聞かれる。

ふたりは群馬県に住んでいるらしいのだが、ここの田楽が大好きでわざわざ食べにきたのだそう。
わたしはというと、改めてわかったけど、田楽というものがあまり好きではないかも。
甘い味噌がビミョーというか。
だけど、頼んだこんにゃく田楽は全部食べたし、田楽の中では、ここのはかなり美味しいんだと思う。


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店を出て、ふたたび自転車で街をぶらぶらしていると、さきほどのおばあさんたちが車でわたしを追いこしながら「お元気でー!」と手を振ってくれた。
お元気で。
きっと、もう会うことはない。 少し切ない気持ちになる。

赤字はデンマンが強調のため。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


130-132ページ
『47都道府県女ひとりで行ってみよう』
著者: 益田ミリ
2008年6月25日第1刷発行
発行所: 幻冬舎

『味噌がビミョーな田楽』に掲載
(2012年1月19日)

まじっすかァ~。。。小百合さんと一緒に食べる豆腐の田楽なんてぇ、なんだか夢のようだなァ~。。。

デンマンさん! 少し大げさですわよ。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~
あたくしも、お豆腐の田楽が食べたくなってきましたわ。


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それにしても、関東でラッパを吹きながらお豆腐を売り歩くなんてぇ、全く知りませんでした。
鐘を鳴らして売るものだとばっかり思っていたのでござ~♪~ますう。
 
 
“所変われば品変わる”
 
 
ホントにねぇ~。
マジで、そうでござ~♪~ますわよ。

とにかく、次回も、面白い話題が続きそうでござァ~ますう。
どうか、また読みに戻ってきてくださいましね。
では。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

棒の上に白い豆腐が乗っている様子が

高足を行っている田楽法師の姿と似ているので

「田楽」の名が付いたそうです。

面白いですわね。

その田楽から江戸時代になると

「煮込み田楽」が登場します。

上方では具を昆布だしの中で温め、

甘味噌をつけて食べるようになります。

関東では、銚子や野田で醤油の醸造が盛んになりました。

江戸では、かつおだしに醤油や砂糖、みりんを入れた

甘辛い汁で煮込むようになります。

これが「おでん」の登場です。

面白いですわね。

ところで、英語の面白い話を集めました。

時間があったら覗いてみてください。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。

冷し中華と思い出堂

2011年7月9日

 
冷し中華と思い出堂

梅雨のころになると、いよいよ違和感たっぷりの一行が登場する。
「冷し中華はじめました」
純喫茶にまるで似合わない貼り紙が、店のまえのガラスケースに一枚、店内の壁にも一枚。 季節の到来だ。
(夏がやってくる!)
けれども、一度も食べたことはない。 隣のテーブルでおじさんやおばさんや近所のこどもが食べているのを何度となく目にしてきたから、すっかり食べたことがある気になっているのだ。 それは冷し中華の基本のような端然としたたたずまいである。
きゅうり。 ハム。 錦糸卵。 トマト。 紅しょうが。 練り辛子。

 (中略)

いっぽう、季節を待たずに1年中食べられる冷し中華もある。 季節感が薄いとか冬に食べておいしいのかとか、そういう問題ではすでにない。 なにしろ昭和8年に誕生した元祖の名も誉れ高い冷し中華は、店の大名物である。 わざわざ目当てにいらっしゃるお客さまにもぜひ召し上がっていただきたいからという、もてなしのひと品なのだ。

神田神保町「三省堂」の脇を入って進むと、すずらん通り沿いに一軒の上海料理店がある。

間口は狭いが、縦に細長く5階建て。 創業明治39年、「揚子江菜館」である。 自他共に「元祖」を謳う冷し中華は、正式名を「五色冷拌麺」 1470円。 たじろぐお値段だ。

   「五色冷拌麺」

となり町の純喫茶の冷し中華なら例年650円からいっこうに動かないが、それと較べれば倍以上の堂々たる超高級価格である。 けれども、この味がときおりなつかしい。 「揚子江菜館」の冷し中華は、時代が変わってもいつまでも健在であってほしいと願わずにいられない、そんなけなげな味なのだ。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)


64 – 65ページ
『焼き餃子と名画座』
著者: 平松洋子
2009年10月13日
発行所: 株式会社アスペクト

デンマンさんは冷し中華が好物なのですか?

好きですねぇ~。。。やっぱり夏には、なくてはならない食べ物ですよ!

「揚子江菜館」の「五色冷拌麺」がデンマンさんの大好物なのですか?

いや。。。残念ながら僕はまだ「揚子江菜館」で「五色冷拌麺」を食べたことがない。

それなのに、どうして1470円もする冷し中華を取り上げたのですか?

自他共に認める「冷し中華」の「元祖」というのを読んで興味が湧いたのですよ。 昭和8年に「冷し中華」が誕生したというけれど、僕は明治の頃からあるものとばっかり思っていましたよ。 文明開化で牛鍋(ぎゅうなべ)や牛肉が入ったスキヤキを食べるようになったのだから「冷し中華」が中国から入っていたとしても当然だと思っていたのですよ。 小百合さんはどうですか?

そうですわね。。。私も明治時代には「冷し中華」があったと思っていましたわ。。。で、デンマンさんはバンクーバーでも冷し中華を作って食べるのですか?

いや。。。カナダでは今までに自分で作って冷し中華を食べたことはないのですよ。

どうして。。。?

冷し中華を食べたいほど暑くならないし。。。なんとなく場違いな気がして、これまで特にバンクーバーで食べたいと思ったことがないのですよ。

チャイナタウンに行けば食べられるのでしょう?

もちろん、日本の「冷し中華」のようなものがあるでしょうね。 でも、カナダで「冷し中華」のようなものを食べたことがない。

どうして。。。?

日本のように蒸し暑くならないからだと思いますよ。 なぜか「冷し中華」が食べたいという気持ちにならない。

そういうものですか?

僕が子供の頃、真夏になるとお袋が冷し中華を作ってくれたのですよ。 レストランで冷し中華を食べた記憶がない。 僕の冷し中華の味はお袋の味なのですよ。

きゅうり。 ハム。 錦糸卵。

トマト。 紅しょうが。 練り辛子。

こういう写真を見ると無性に食べたくなってきますよ。

自分で作るのが面倒であればチャイナタウンへ行って食べればいいではありませんか?

あのねぇ~、でも、バンクーバーの夏は日本の夏と較べると、ちょっと涼しい。 僕はもともと冷たい食べ物は遠慮するほうなのですよ。

だったらお寿司も冷たいではありませんか!

だから、僕は一人で食べる時にはお寿司を食べることはないのですよ。 当然一人で寿司屋に行ったこともない。

つまり、真夏の汗がダラダラたれるときじゃないと、デンマンさんは「冷し中華」を食べる気にならないのですか?

その通りですよ。 生暖かい日に冷し中華を食べても旨くない。 冷し中華を食べる時にはミンミンゼミがギャーギャー、ジージー、ミーン、ミーン鳴いていないとイマイチ食べる気がしない。。。汗がダラダラたれている時が一番旨いのですよ。

デンマンさんは先入観にとらわれすぎているようですわね。

でも、僕にとって「冷し中華」って、そういう食べ物だったのですよ。 冷房が効いたレストランで食べるものではなかった。

。。。で、タイトルの「思い出堂」って何ですの?

「三省堂」のことですよ。

「三省堂」がデンマンさんにとって特別な意味があるのですか?

そうなのですよ。 僕が初めて三省堂本店を訪れたのは忘れもしません高校1年生になった夏ですよ。

また、どうして、そのような事をはっきりと覚えているのですか?

あのねぇ、僕にとって「三省堂」というのは「文化の香り」や「高尚な気分」を感じさせるところだったのですよ。

どういうわけで。。。?

埼玉県行田市にある行田中学校の2年生の時のクラスメートに島澤さんという女の子がいたのですよ。 その子がしばしば単行本を読んでいた。 彼女はその単行本をきまって三省堂の包み紙でカバーをして読んでいた。

その三省堂の包み紙がデンマンさんに「文化の香り」や「高尚な気分」を感じさせたのですか?

そうなのですよ。

でも、どうして包み紙が。。。?

あのねぇ、話せば長いのだけれど、彼女のお父さんは行田市の市会議員などをしていて、昔は足袋工場などを経営していたようで、かなり金持ちで文化の高い生活をしていたのですよ。

つまり、デンマンさんが小学生の頃垣間見たハイカラな上流社会に育った女の子だったのですわね?

そうなのですよ。 このことで、かつて卑弥子さんと話したことがあるのですよ。 小百合さんのことも出てくるので、ちょっと読んでみてくださいね。

 
上流社会

今日は上流社会についてお話なさるのでござ~♪~ますか?

そうですよう。でもねぇ、僕は上流社会だとか下層社会だとか。。。そう言うようにレッテルを貼る事は嫌いなのですよう。

どうしてでござ~♪~ますか?デンマンさんは下層社会に生まれて育ったので、上流社会に対して嫉(そね)みとか、妬(ねた)みを感じているのでござ~♪~ますか?

ほらねぇ~。。。十二単を着ていると、そのような事を言うのですよねぇ~。。。僕はそのように言われるのが一番イヤなのですよう。

つまり、あたくしが本当の事を申し上げたので、デンマンさんは頭に来て、ムカついているのでござ~♪~ますわね?

ますます僕の気に障る事を卑弥子さんは、わざと言うのですか?

わざとではござ~♪~ませんわ。あたくしは思ったとおりの事を言っているのでござ~♪~ますう。常日頃からデンマンさんが本音で生きなさいと言っているので、あたくしはデンマンさんの助言どおりに、心に浮かんだ事をズバズバと申し上げているのでござ~♪~ますわ。

心に浮かんだとしても、言わなくていい事まで言う必要は無いのですよう。

でも、上流社会についてデンマンさんがお話になるのですから、あたくしの申し上げている事は決して脇道にそれているとは思いませんわ。

でも、卑弥子さんは、まるで日頃の鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように、わざと僕の気持ちを不愉快にさせていますよう。

いいえ、それはデンマンさんの誤解でござ~♪~ますわ。あたくしは『小百合物語』のホステス役としてデンマンさんのお手伝いをしているだけでござ~♪~ますわ。おほほほほ。。。

だったら僕を不愉快にさせるような事を言わずに、今日の話題に沿った事を言ってくださいよう。

分かりましたわ。。。んで、デンマンさんにとって上流社会とは、どのようなものなのでござ~♪~ますか?

実は、僕は思いがけなく、子供の頃に上流社会を垣間見た事があるのですよう。

どのようにして、でござ~♪~ますか?

ちょっと次の写真を見てください。


 

実はねぇ、この写真は僕がコラージュして作ったものですよ。僕が小学校1年生か2年生の頃覗き見た別世界のイメージですよ。

行田ですか?

そうですよ。行田の町は戦前、足袋で知られた町だったのですよ。日本の足袋生産の7割から8割を占めていたと言われたほどです。行田の町を歩くと、どこからとも無く、次のような音が聞こえてくると言うのですよ。

フンジャトッテ、カッチャクッチャ

フンジャトッテ、カッチャクッチャ

フンジャトッテ、カッチャクッチャ

何ですか、これは。。。?

足袋を作る女工さんがミシンを踏む音ですよ。フンジャとは、ミシンを踏んで、トッテとは、給料を貰って、カッチャで、行田のフライを買って、クッチャでフライを食べるわけですよ。それで、ミシンを踏む音がフンジャトッテ、カッチャクッチャと聞こえると言うのですよ。

つまり、“行田のフライ”と言うのは、女工さんのための食べ物だったのでござ~♪~ますか?

調べてみると、どうも、そうらしいのですよう。

。。。んで、上のカッチャクッチャは、デンマンさんが語呂合わせで作ったのですか?

違いますよう。昔から行田で言い伝えられています。ところが太平洋戦争後、アメリカからナイロンの靴下が入ってきて、足袋産業はすっかり落ちぶれてしまった。僕が小学生の頃には足袋を履いて学校へ行く生徒なんて全く居ませんでしたよ。

それで、足袋と白いドレスを着た女性の写真は、一体どのような関係があるのでござ~♪~ますか?

行田の本町(ほんちょう)通りと言うのが町のメインストリートなんですよ。その通りには足袋で財を成した人の大邸宅と工場が建っていた。でも、僕が小学生の頃はほとんどの工場が足袋を作らず、学生服だとか作業衣を作るようになっていた。でも、つぶれてゆく工場が後を絶たなかった。その一つが上の写真ですよ。

つまり、足袋で財を成した人の大きな邸宅があったのですわね?

そうですよ。でも、僕が小学校へ行く道筋にあったその邸宅は、いつも大きな門が閉まっていた。門が開いているのを見たことが無かった。

それで。。。?

いつも大きな門が閉まっていて中が見えない。子供心に、この家の門の中はどのようになっているのだろうか?好奇心が湧いてきたのですよう。

それで、デンマンさんは覗いてみたのでござ~♪~ますか?

そうですよ。がっしりとした大きな門も風雪に晒されてガタが来て隙間ができていました。それで、その隙間から覗いたのですよ。

そうして見たのが上の写真のイメージだったのですか?

そうですよ。びっくりしましたよ。白いドレスを着ている人なんてアメリカ映画でしか見たことが無い。それに晴れているのに白いパラソルなんかさしている。“晴れているのに、なぜ傘をさしているのだろう?” それまで、パラソルをさしている女性を見たことが無かったのですよ。とにかく、幻想的というか、初めて見る夢のような光景に、別世界と言う感じがしたものですよ。白いドレスと、白いテーブルに椅子、日本人離れしたイデタチの女性。僕はフランスに行ったような錯覚に囚われたのですよ。フランスに行けば、おそらくこのような光景を見るに違いない。。。そう思ったものですよ。

それで、なぜ、デンマンさんが小学生の時に見た貴婦人は結婚式でもないのに、結婚式の時に着るような白いドレスを着ていたのですか?

確かに、普段、着るようなものじゃないですよね。

それで、貴婦人は一人っきりで居たのですか?

実は、少なくとも二人居たのですよ。相手は同じ年頃の男の人でしたよ。二人はテーブルに腰掛けてコーヒーか紅茶を飲んでいたのですよ。

他にも人が居たのですか?

テーブルに座っていたのは二人だけでした。でも、ちょっと離れたところに人が居たようにも記憶しているのですよ。

一体何をしていたのでござ~♪~ますか?

だから、僕と小百合さんが白いテーブルに座って大仏を見ながら、いろいろと取り留めの無い話をしていたように、そのカップルもお互いに気心が知れているように気兼ねなく楽しそうに話をしているように見えましたよ。

ただ無駄話をしていただけでしょうか?

なぜ、あのような白いドレスを着て周りの世界とはあまりにもちがった“外国”でお茶を飲みながら談話していたのか?僕にだって、なぜなのか断言できませんよ。想像を膨らませる以外には答えようが無いですね。

デンマンさんはどう思われるのですか?

僕は“最後の晩餐”ならぬ、“最後の茶会”だったのではないだろうか?今、考えてみると、そのように思えるのですよ。つまり、華麗で豊かな時代が終わったのですよ。行田の足袋産業は斜陽化していた。すでに繁栄の時代の終焉は見えていたのですよ。その女性は30代の半ばだったかもしれません。一緒に居た男性は夫だったかも知れません。二人はハネムーンにパリに行ったのかもしれません。

女性は、パリで着たドレスを出してきて身につけたのかもしれませんよ。工場も邸宅も人手に渡ってしまった。それで最後の茶会を夫と二人で楽しんでいたのかもしれません。

でも、その邸宅は、いわば風雨に晒されて朽ち果てるような佇(たたず)まいだったのでござ~♪~ましょう?

そうですよう。工場は操業していなくて、廃業に追い込まれていたようです。大きな門もペンキがはげて、かなり傷(いた)み始めていましたよ。でもねぇ、二人の思い出の中では、真新しい邸宅のままだったかもしれませんよ。

もしかして、その二人は幽霊なのでは。。。?

まさかぁ~。。。僕は学校が終えてから通りがかりに覗いたのだから午後3時半か4時ごろでしたよ。晴れ渡っていて、雲もほとんど無くイイ天気でした。芝生の色が鮮やかに記憶に残っていますよ。第一、幽霊だったら、足が無いでしょう?僕の見たその二人には足がちゃんとありましたよ。だいたい幽霊ならば、晴れ渡った昼下がりに出てきませんよう。

それで。。。男の人はどのような服装をしていたのでござ~♪~ますか?

それが。。。やっぱり普段着ではないのですよ。タキシードのようなパシッと決めた服装をしていましたよ。とにかく、アメリカ映画の中でしか見かけないようなカップルでしたよ。その前にも後にも、行田では見たこと無いような、とびっきりハイカラな格好をしていましたよ。

もしかして、デンマンさんが夢を見て。。。その夢を現実と混同していたのではないですか?

もし夢ならば、20年も30年も記憶に残りませんよ。あの鋳鉄(ちゅうてつ)でできた白いテーブルと白い椅子ね。。。これが、とにかく印象的に僕の脳裏に焼きついたのですよ。

そんなモノがですか?

卑弥子さんは、“そんなモノ”と言うけれど、当時小学生の僕はテレビの『名犬ラッシー』にハマっていたのですよ。庭にある洒落(しゃれ)た鋳鉄製(ちゅうてつせい)の白いテーブルと白い椅子は『名犬ラッシー』の中でしか見たことが無かったのですよ。言わばそれは僕にとってアメリカを象徴しているようなものだった。それが、大きな門の隙間から覗いた向こう側の庭にあった。そこにアメリカを覗き込んだような驚きでしたよ。ショックと言った方が的確かもしれませんよ。それほど衝撃的に小学生だった僕のオツムのスクリーンに焼きついてしまったのですよ。

それほど衝撃的だったのですか?

そうですよ。アメリカは僕にとってテレビの中の世界だった。言わば夢の世界だった。その夢の世界が大きな門の向こう側にあった。僕が知らずに毎日通っていた道の傍らに別世界があったのですよ。

どれぐらい覗いていたのですか?

どんなに長くても5分以上は覗いていませんでしたよ。

カップルが居たのは門からすぐ近くだったのですか?

門から20メートルほど離れていましたね。

デンマンさんが覗いていることは気づかれなかったのですか?

気づいている様子は全く無かったですね。楽しそうに夢中になって会話している様子でしたよ。

今でもその場所はあるのでござ~♪~ますか?

もう、20年近く前にその場所は取り壊されて新しい建物が建っていますよ。

行田のどの辺にあったのでござ~♪~ますか?

本町(ほんちょう)通りにあったのですよ。この上の地図だと125号が本町通りです。僕が小学校の頃の面影はほとんど無くなってしまいました。“徳樹庵(とくじゅあん)”という居酒屋がありますが、ここにあったと思うのですよ。

今は居酒屋になっていますが10年ぐらい前は、この店は洋食屋だった。まだ僕のオヤジが生きていた頃で、僕が帰省した時には家族でこの店に食べに行ったものですよ。タバスコが食卓にあって、オヤジが“こういう物は初めて見るなぁ~”と言って興味深そうにカレーに振りかけて食べていたことがあった。今、思い出しましたよう。

面白いお父さんでしたのね?ところで、小百合さんと一緒にパスタを食べたと言うお店は、上の地図ではどこにあるのでござ~♪~ますの?

大長寺の隣に赤い丸がつけてあるでしょう? ここがパスタの店ですよ。

大仏からすぐ近くでござ~♪~ますの?

すぐですよ。ほんの目と鼻の先ですよ。2007年の11月、この大仏の前に初めて白いテーブルと椅子を見たとき、小学生だった時のあの衝撃が再び僕のオツムに蘇(よみがえ)ったのですよ。


『ローズティーと生八ツ橋』より
 (2010年11月19日)

つまり、その島澤さんという女の子も、上のエピソードに出てくるような白いドレスに身を包んで、パリで生まれ育ったようなハイカラな雰囲気をかもし出していたのですか?

そうなのですよ。 僕は行田でも、どちらかといえば下町の庶民暮らしの中で育った。 大体、単行本を読むなんて柄(がら)じゃなかったのですよ。 それだけに、なぜか島澤さんの存在が気になった。 つまり、僕には小さい頃から海外志向があったのですよ。 パリとかロンドンとかニューヨークといった言葉に妙に惹かれたのです。

でも、「三省堂」はパリとかロンドンとかニューヨークと関係ないじゃありませんか?

だけど、パリで生まれ育ったような島澤さんが三省堂の包み紙でカバーをして単行本を読んでいるのですよ。 要するに連想ですよ。

つまり、島澤さんを介して、デンマンさんのオツムの中で「三省堂」がパリとかロンドンとかニューヨークといったハイカラな雰囲気と結びついたわけなのですわね?

その通りですよ。 それで僕も、そのハイカラな雰囲気を身に着けようとして高校1年生の夏に「三省堂」の本店へ行ってPenguin Booksの単行本、つまり、ペーパーバックのドフトエフスキー原作・英語版の『白痴(Idiot)』を買ってきた。

どうしてドフトエフスキーの『白痴』なのですか? ドフトエフスキーはパリ、ロンドン、ニューヨークとは全く関係ないロシアの作家ではありませんか!

とにかく、日本以外の有名な海外の作家であれば誰でもよかったのですよ。 ドフトエフスキーという有名な作家の名前は僕にとってハイカラな雰囲気と充分に結びついていた。 違和感がなかった。

それで英語で『白痴(Idiot)』を読んだのですか?

夏休みに読むつもりだったのですよ。

それで読みきったのですか?

それがねぇ~。。。とても僕の英語力で読めるような作品ではなかったのですよ。 とにかく、400ページ近くあったと思うのですよ。 普通の単行本を3冊ぐらい合わせたほどの分厚い本だったのです。

でも、高校1年生でそれにチャレンジするなんて、すごいではありませんか!

そうなのですよ。 意気込みだけはすごかったのですよ。 ところが読み始めたのはいいけれど、初めの1ページに知らない単語がズラズラと出てきて訳語をページに書き込んでいたら、やがて、もう足の踏み場もないというようにページが真っ黒になってしまったのですよ。 言葉を逐語訳するだけにエネルギーを使い果たして、段落の意味を理解するだけの気持ちのゆとりもなかった。 5ページか6ページ辞書と首っ引きで訳したら、もう、それ以上読む気がなくなってしまって、ウンザリしてしまったのですよ。

そのまま投げ出してしまったのですか?

高校2年生になれば英語力が格段についているだろうから、「来年の夏休みに読もう」というわけで、本箱の片隅にしまったのです。

それで翌年の夏に読みきったのですか?

それがねぇ~、ウンザリした気持ちがあまりにも強すぎて翌年の夏になってもPenguin Booksの単行本を手に取る気持ちが起こらない。

結局、2度と手に取らなかったのですか?

その通りですよ。 実家の物置小屋の中に埃をかぶったまま今でも眠っていると思うのですよ。

つまり、それ以来、英語版の『白痴(Idiot)』を読んでないのですか?

英語版であろうが日本語版であろうが僕のオツムは『白痴(Idiot)』に拒否反応を示すのですよう。

でも、Charlotte Brontë の ”Jane Eyre”を原語で読んでDiane さんと本の内容について英語で意見の交換をしているではありませんか?

“Complicated Love”

(Tues. July 5, 2011)

そうです。 今ならば『白痴(Idiot)』を3日あれば読めますよ。

でも、もう読まないのですか?

あのねぇ~、実はバンクーバーの図書館でDVDを借りて『白痴(Idiot)』を観てしまった。

英語版のDVDですか?

いや、黒澤明監督が作った『白痴(Idiot)』ですよ。

白痴 (The Idiot)

監督: 黒澤明
製作: 小出孝
脚本: 久板栄二郎
出演者: 森雅之、三船敏郎、原節子
配給: 松竹
公開: 1951年5月23日
上映時間: 166分

『白痴』(はくち)は、ドストエフスキーの小説 『白痴』を原作とした日本映画である。
監督は黒澤明で、1951年(昭和26年)に公開された。
原作はロシア文学であるが、本作では舞台が昭和20年代の札幌に置き換えられている。
当初4時間だった作品であるが、松竹の意向で大幅にカットされた。

あらすじ

亀田と赤間は北海道へ帰る青函連絡船の中で出会った。
亀田は沖縄で戦犯として処刑される直前に人違いと判明して釈放されたが、そのときの後遺症で癲癇性の白痴にかかってしまったのだった。
札幌へ帰ってきた亀田は狸小路の写真館のショーウィンドーに飾られていた那須妙子の写真に心奪われる。
しかし彼女は愛人として政治家に囲われていた。

逸話

キネマ旬報で、珍しくベストテンに入らなかった作品。
ドストエフスキーを敬愛する黒澤にとっては、念願の仕事であったと同時にプレッシャーも非常に大きかった。
撮影がなかなか思うように進まず、精神的重圧のあまり近くにあったナイフで手首を切ろうとしたところ、三船敏郎にナイフを取り上げられたという。

原節子(那須妙子役)

(デンマン注: 赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより)


出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

黒澤監督が作った『白痴(Idiot)』を観たといっても、映画と小説では違うでしょう?

もちろん違うでしょう。 でもねぇ、大筋で大きな違いがあるはずがないし、大して面白い話ではなかったのですよ。

期待はずれだったのですか?

その通りですよ。 原節子さんが出ているのを知って、かなり期待して観たのだけれど期待はずれでした。

どうして。。。?

小津安二郎監督作品に出ている原さんのイメージがあったから、『白痴(Idiot)』の中の原さんがまるで別人のように感じられたのですよ。

なにも原さんという女優さんにこだわらなくてもよいではありませんか? 物語として楽しめばいいのですわ。

あのねぇ~、あの映画に原さんを起用したのは失敗だったと思いますよ。

どうしてですか?

小津安二郎監督が作った『東京物語』と『晩春』を観て原節子さんの性格女優の素晴らしさを観た後で、黒澤明監督の『白痴』を観るのは、まるで真冬に「冷し中華」を食べさせられたようなウンザリした気分になりましたよ。 消化不良を起こしたのです。 原さんに無理やり嫌な性格を出させたような演出ですよ。 あの役は原さんではなく、京マチコさんがふさわしと僕は思いましたね。

デンマンさんは原節子さんにハマッているのではありませんか?

そうかもしれません。 でもねぇ、黒澤明監督の作品はほとんど好きだけれど、僕にとって『白痴』だけはダメですね。 真冬の冷し中華です。 消化不良を起こすのですよ。 うししししし。。。

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
なにも『白痴』と「冷し中華」を結びつけることはないのでござ~♪~ますわァ。
「冷し中華」は冬場に食べても、おいしいのですわよ。
だから、「揚子江菜館」では1年中を通して「冷し中華」をメニューの中に入れているのでござ~♪~ますわ。

あなただってぇ、冬場に「冷し中華」を食べたいと思うでしょう?

ええっ。。。? 「冷し中華」は、やっぱり夏場に食べるものだとあなたはおっしゃるのですか?

まああァ~。。。考えてみるまでもなく、食べ物ってぇ、その人によって好き好きでござ~♪~ますからね。
でも、デンマンさんのように冬場に「冷し中華」を食べると消化不良を起こす人もいるのですわ。

とにかく次回も面白くなりそうですう。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちはジューンです。

“蓼食う虫も好き好き”

日本語にはこのような諺がありますよね。

他に草があるにもかかわらず

辛い蓼(タデ)を食べる虫も居るように、

人の好みは様々で、

一般的には理解しがたい場合もある。

このような意味ですわ。

確かに、そうですわよね。

「冷し中華」を1年中食べても飽きない人も

いると思いますわ。

わたしは「冷し中華」はイマイチです。

どちらかと言えばフランス料理や

イタリヤ料理の方が好みに合います。

映画もそうですわよね。

人によって好みはさまざまです。

さて、英語で上の諺は何と言うのでしょうか?

考えてみたことがありますか?

次のように言います。

There is no accounting for tastes.

分かりますよね。

味の好みについては

誰にでも理解できる

決まった説明などないのよ。

意訳すればこのような意味です。

その通りだと思うでしょう!?

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時間があったら次のリンクをクリックして

読んでみてくださいね。

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とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

グルメと思い出

2011年3月19日

 
グルメと思い出

Subj:小百合さんの風邪が全快するように

バンクーバーの空からマリア様に

お願いいたしますよ。

Date: 19/12/2007 12:39:12 AM
Pacific Standard Time
From: barclay1720@aol.com
To: fuji@adagio.ocn.ne.jp

少し 頭痛が残ってますが薬を飲むほどでなく
今日は母のところに行くつもりです。

健康第一ですよ。
無理しないようにね。
ヽ(´ー`)ノ

健全な心は
健全な体に宿る。

幸せを感じる心は
健全な体に宿る、ですからね。

日曜の納骨はとても遠いところでした。
朝はやく8時半に家をでて、実家の仏壇に父の遺骨を
迎えにいき、群馬の榛名山まで午後の供養に
間に合うよう連れて行きました。 

榛名山ですか。。。
懐かしいですよ。
僕の親父がまだ生きていた頃だから、
(亡くなったのが1999年の1月でした。)
確か1998年の11月か1997年の11月でしたよ。
僕が運転して家族で水上へ行き
その帰りに榛名山までドライブしました。

榛名湖が凍っていて公魚釣り(わかさぎつり)をしている人がたくさん居ましたよ。
なぜ水上(みなかみ)だったのか?
今思い出したら、親父が小学校の校長先生をしていたので、退職後も共済会で安く泊まれる旅館が水上にあったのです。
その旅館を利用するために水上にしたのでした。

親父がビデオ撮影に凝っていて、
カメラを始終動かしていましたよ。
その時のビデオもあるはずです。

家族旅行のビデオを得意げに見せる愚か者が多いのですが、あれを面白がるのは写っている家族だけですよ。(微笑)

でも、いつか機会があったら小百合さんにも見せますよ。(爆笑)
うへへへへ。。。
\(@_@)/

その日はとても風が冷たく
屋根に雪の積もった車がずいぶん走ってました。

うん、うん、うん。。。
分かりますよ。
“赤城おろし”は寒いですからねぇ~。
“榛名おろし”と言うのは、(なぜか?)聞いた事がないですが。。。

帰りの途中 前橋、伊勢崎は
ここ佐野市より大きな町で
子供の好きな本屋 おもちゃ屋 かわったレストラン(外見)があり、せっかく遠くまできたからあちこち寄り道して…

家につくと夜7時。
1日中私の運転でずーっと つかれて
帰り道 頭痛がはじまって風邪をぶり返しました。

そうですよ。
うちの家族も、ドライブインに寄って山菜そばやうどんを食べるのが何よりの楽しみでしたね。

あれは、前橋の近くだったか?
名物の“黒豚”のトンカツ屋を探しても見つからず、
前橋警察署まで聞きにいったのですよ。
(前橋だったか?はっきりと覚えていませんが。。。)

父はどんな風景を毎日をみていくのかな~?
と思い、墓石のうしろにまわり正面をみました。
何もさまたげる物もなく180度いっぱい
大地と空だけでした。
大地なんておおげさで 普段使わない言葉です。
榛名山の裾のように広がる だだっ広い高原です。
子供達も「ここに納骨するの?」と寂しそうでした。

うん、うん、うん。。。
榛名山のあたりは、なぜか、寂しそうですよね。
群馬の寒々とした空風(からっかぜ)のイメージですよね。

父の好きだった、ビールや どらやき りんご 赤飯 
手ずくりしたクッキー、すはま(ピンクのもち)を備えて
しばらく一緒に冷たい風の中にいたのです。

うん、うん、うん。。。
小百合さんは父親思いですねぇ~
父と娘のほのぼのとした家族ドラマが思い浮かぶようですよ。
(#´ー`) フッ

ん。。。? “すはま”? 初めて聞きました。
ピンクと白のもちは、お供えなどで、よく僕の母の実家でも目にしますが。。。

私の祖母、祖父も先にはいってます。
父はやっと病気に開放されて、親の元に戻っていきました。

うん、うん、うん。。。
そうでしょう。。。そうでしょう!
一緒に仲良く眠っている事でしょう!

来春、暖かい日にお弁当でも持っていきます。

そうですよ。
亡くなってからでも親孝行は大切ですよね。

そう言う僕は墓参りなど全くしない新人類ですよ。うしししし。。。
でも、カナダの空の下から、いつも亡くなった父親の冥福を祈願しています。

小百合さんのお父さんも、小百合さんの心温まる墓参を草葉の陰で、きっと喜んでいると思いますよ!
軽井沢の“山の家”をお父さんに見せる事ができないので残念でしょうが、でも、軽井沢の“幸福の谷”はお父さんの眠る榛名山の裾に続いていますからねぇ~。
バーナビーとは違いますよねぇ。
ヽ(´ー`)ノ

そう言う訳で、いつか、“幸福の谷”を小百合さんと歩きながら、亡くなった人の冥福を祈りたいですね。
そして、このメールの話もしたいものですよね。
(・_・;) 
これは、全く脇道にそれてしまいましたア。
(#´ー`) フッ

ところで、今日(日本時間の19日)は“レンゲ物語”の記事を書きました。
H系のすっご~♪~いレンゲさんの恋愛詩が載せてあります。
時間があったら小百合さんもぜひ読んでみてくださいね。
風邪がすっかり治りますよ!(^ー^*)

僕が保証いたします。 
(^_-)

■ 『恋心とロマンがムカつかせるのよ』
(2007年12月19日)

では、風邪を治すために上のリンクをクリックしてくださいね。
僕も小百合さんの風邪が全快するようにバンクーバーの空からマリア様にお願いいたしますよ。

では。。。 \(^-^)/


『榛名山の小百合さん』より
(2007年12月20日)

『実家の思い出』に掲載
(2011年3月16日)

また、デンマンさんは上のメールを引用したのですか?

いけませんか?

ちょっとしつこいのではありませんか?

でもねぇ、上のメールには食べ物がたくさん出てくるのですよ。 それに、食べることってぇ誰でも関心がありますからね。 食べ物のことを話す限り絶対に退屈することはありません。

だけどォ、とりわけ興味を引くような食べ物はありませんわ。

いや。。。ありますよ。 “すはま”(ピンクのもち)というのを僕は、それまで耳にしたことがなかった。 群馬県や栃木県ではありふれた呼び名なのですか?

私にとって、とっても身近な呼び名ですわ。

あのねぇ、群馬県と栃木県に隣り合わせている埼玉県の行田市で僕は18歳まで暮らしたのですよ。でも、“すはま”ってマジで聞いたことがなかったのです。 小百合さんからメールをもらって初めて知りました。

マジで。。。?

弁天様に誓って。。。、お稲荷様に誓って、これはウソではありません。

埼玉県では“すはま”って言わないのですか?

マジで聞いたことがありません。 僕の実家では誰も“すはま”って言ったことがなかった。 僕の母親に尋ねても、多分知らないと言いますよ。 今度電話した時に訊いてみます。

デンマンさんのお母さんはグルメなのですか?

あのねぇ、食べることが何よりも好きだけれど、僕の母親はグルメではないですよ。 安くて旨い物を見つけたり作ったりして食べるのが何よりの楽しみだけど。。。 そう言えば、小百合さんも似たような事を言ってましたよね。

私が舶来グルメだなんて
そんな! そんな…?

本当のグルメは飲茶は行きませんよ
ふかひれ や あわび
北京ダックを食べにいくのです。

バーガーキングなんていわず、
フォアグラを分厚く
切ったのを ソテーして 食べてるんですよ。

行田のゼリーフライが
まずくて食べられなかったとしても
きっと 時々 買いにいくでしょう。
ただ その時を忘れないよう、
思い出を買いにいくのです。

ゼリーフライが苦くて 口に合わなかったとしても
それは そうゆう物体として体に入れるでしょう。
食べるとか味わう とか でなくて。


『思い出を食べる』より
(2008年5月30日)

私も食べることは好きですけれど、それ程おいしくない物でも思い出と結びついているものは味わい深いですわ。

なるほどねぇ~ 思い出を食べるわけですね。

そうですわ。

それを聞いてGOOGLEで検索してみましたよ。 小百合さんと食べ物の事で、どのような記事を書いていただろうか?

どんな風に検索したのですか?

その検索結果を見てください。

小百合 デンマン 食べ

のGOOGLE検索結果

1250件中 12件 - 68件目

6) 金禄 堀米店 – 佐野/和菓子 [食べログ] – 金禄 堀米店/ (佐野/和菓子)の店舗情報は食べログでチェック! … んで、佐野でデンマンさんが小百合さんと再会した時には、どのような因縁を感じたのでござ~♪~
r.tabelog.com › … › 佐野・足利グルメ › 堀米駅グルメ

8) はてなブックマーク – barclay (デンマン)のブックマーク – taliesin – ところがデンマンさんはとても奇妙な体験をします。リスボンのサンジョルジェ城で小百合さん … この記事を読むと、あなたも蕎麦やラーメンがメチャ食べたくなってしまうという食通のため
b.hatena.ne.jp/barclay/tagmobile?tag=taliesin

12) 韓国伝統 とうもろこし茶 800g の商品情報 – Yahoo!商品検索 – 更新日時:2011/2/21 9:08 [ デンマンの書きたい放題 ]. 愛とロマンの小包(PART 2) … 小百合さんは伝統的な昔ながらの蕎麦を食べたけれど、今度は、ぜひ僕の好物の茶
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16) Kマート ブログ記事一覧 – にほんブログ村キーワード – 2011年3月12日 … デンマンさん · ライラックと小百合さん; ライラックと小百合 … 私達がご飯を食べ 終わるまでずっと、あやされていましたありがとうおばさま午後から
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19) 『軽井沢タリアセン夫人』について – 共通テーマ – ブログパーク – 小百合さんと一緒に仲良く食べたいよね。 チャイニーズベイカリーではいろいろ … 小百合さんが喜ぶと思ってねぇ。。。 私がバンクーバーへ行ったら、デンマンさんは
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keyword.blogmura.com › キーワード

24) 軽井沢タリアセン-軽井沢・中軽井沢- ブログ|Kiraku – こうして小百合さんの記事が「食べログ」の 「レストラン湖水」 の紹介ページに登場したのだから、 … デンマンさんとご一緒に出かけた時には閉まっていましたわ
http://www.kiraku.tv/category/57755/blog/3

27) 長崎のグルメ情報、レストランガイド[グルメラティ] – 久しぶりの帰郷 おいしいと噂で聞いていたので、食べに行ってきました。 … ライラックと小百合さん(PART 2) Subj: “山の家”で楽しんできましたか? … バンクーバーに行った時にはデンマンさんは一言もライラックのことをおっしゃいませんでしたわ。
gourmetrati.com/gourmetrati/nagasaki/A4205/A420503/42001109

29) 《日本製》モール キャニスター(特小)【ガラス 小物入れ】 の商品情報 … – 2010年11月9日 … 僕はポテトクリスプのキャニスターをデンマンモールのショパーズドラッグで3筒買ったのでした。 1筒分を僕が食べ、残りの2筒を小百合さんへのお土産に
detail.psearch.yahoo.co.jp › … › 家具、インテリア › インテリア小物

31) はてなブックマーク – barclay (デンマン)のブックマーク – himiko – 2010年4月12日 … デンマンのブックマークです。面白い興味深い記事がたくさんあります。 …. 小百合 さんは思い出を食べるグルメです。面白いから読んでみてね。
b.hatena.ne.jp › barclay (デンマン)のブックマーク

33) 食べログごいすーでグルメサーチ – 関東 – ましたら例年に無くかなり割高な相場・・・らしいあと10年もしたら食べられ … だってぇ、デンマンさんは小百合さんのために、栃木県の熊鷹山(くまたかやま)のふもと
tabelog.i-cp.net/modules/key02/1023.html

35) ボンデール軽井沢店 / 軽井沢 レストランクチコミ情報 – 軽井沢 [長野 … – ボンデール というお店で食べました。 お庭deランチ♪. 1人、ワンドリンクを頼むと. ピザが半額という事で. … 多分、小百合さんはまだ行ったことがないかも。 … もっと見る): 投稿日:2010/12/19 ブログ名:デンマンの書きたい放題. 外部ブログ
4travel.jp › … › 軽井沢観光 › レストランのスポット情報/クチコミ

37) なりすまし犯罪・防犯対策 – デンマンのブログ – おいしいものが食べたいですわよねぇ。 あたくしはカツオのタタキが大好物なのよ。.. 【小百合の独り言】 ですってぇ~。。。 デンマンさんらしいですわ。
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39) ダイワベンチャーランド-ビジネス速報かわら版- – 2011年2月18日 … 従来より約30%軽くなったデンマンブラシ『デンマンD4ライト』が新発売 … ズワイガニ、せこガニ(松葉ガニのメス)、カニご飯の食べ放題(60分)
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41) そばせん – 駒形/うどん [食べログ] – そばせん/ (駒形/うどん)の店舗情報は食べログでチェック!口コミや評価、写真など、 ユーザー … デンマン注: フライマップが不正確に描かれていたので間違えた。
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44) 遊園地/テーマパーク 長野 ブログ|Kiraku – こうして小百合さんの記事が「食べログ」の 「レストラン湖水」 の紹介ページに登場したのだから、 … デンマンさんとご一緒に出かけた時には閉まっていましたわ
http://www.kiraku.tv/category/62064/blog/3

46) しし|天然パーマ・くせ毛のための情報サイト – 2011年3月8日 … 小百合さんは、めったに感動しないのですねぇ? あらっ、そうかしら。 うししししし。 。。 でも、デンマンさんは女心を理解していませんわ。 … 2011年03月08日のツイート飴なめながらしし汁を食べ、飴なめながらチョコを食べ…
10pa.daa.jp/しし/

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keyword.blogmura.com › キーワード –

51) オヤジブログランキング – オヤジ・おやじ生活ブログ村 – 夕べ小百合さんの夢を見ましたよう!きゃはははは…From: denman@coolmail.
oyaji.blogmura.com/oyaji_over40/arrivalsummary2.html

53) 新潟県 新潟市 お店の一覧 (6ページ) | ホットペッパー地域情報 – 軽井沢と小百合さん (2007年12月4日) – 小百合物語 – ビーバー … ちなみに母は牛肉が食べれないので、ランチの『おろしハンバーグ』を食べていました。
http://www.hotpepper.jp/omise/area/niigata/niigatashi/page6.html

58) バンクーバー についての Twitter 分析 : twitraq – 2010年7月15日 … denman705 デンマンのブログです。 参院選の天国と地獄 – 参院選の天国と地獄 件名: 小百合さん、おはよう!バンクーバーはグローリアスな天気ですよう
twitraq.userlocal.jp/k/7750

61) オヤジブログランキング – オヤジ・おやじ生活ブログ村 – 夕べ小百合さんの夢を見ましたよう!きゃはははは…From: denman@coolmail. ….. パンケーキを食事で食べたい: 私はパンが好きで、1日に1食は必ずパンを食べています
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65) Campanella – 【グルメ情報】 – NAVER スポット – 3.50| 食べログ 全国の口コミ – r.tabelog.com | 2010年10月22日 … La Campanella 『小百合物語』の原点デンマンさんは、私がレンゲさんのようなロマンチックな女だ
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68) 長崎 さゆり(ライトノベル イラストレーター) – ラノベ! – デンマンさんと一緒に食べた 長崎ちゃんぽん。 「柚子こしょう」も入れました。 行田の「とんでん」で 茶そばが旨いと言っ … 万歳! Name: さゆり Date: 2008/12/10
ラノベ.biz/illustrator/長崎+さゆり/

 (2011年3月15日現在)


『“小百合 デンマン 食べ” のGOOGLE検索結果』より

あらっ。。。1250件も記事が見つかったのですか?

そうです。。。でも、記事だけではないのですよ。 上のリストに表示されているページは、僕自身のブログやホームページを除外したページです。 つまり、僕とは全く関係ない人物がレストランやカフェや食堂などを紹介して、そのレストランの名前が含まれているブログの記事を表示しているページなのです。 例えば、24番ですよ。 「軽井沢タリアセン」を紹介しているページなんです。 ページの下の方を見ると、「軽井沢タリアセン」を含んでいる記事がリストアップされているのです。

軽井沢タリアセンの中にある「レストラン湖水」についてデンマンさんが書いた記事が、そのページのリストに表示されているのですか?

そうです。 小百合さんも覚えているでしょう?

ええ。。。でも、デンマンさんとご一緒に軽井沢タリアセンを訪ねた時には「レストラン湖水」は閉まっていたのですわ。

デンマンさんとご一緒に出かけた時には閉まっていましたわね。

 レストラン 湖水

小百合さんは、このレストランを知っていたのですか?

私は軽井沢タリアセンには子供をつれて何度か行ったことがありましたから知っていますわ。

 睡鳩荘(すいきゅうそう)

小百合さんと一緒に行った時には睡鳩荘(すいきゅうそう)を見て、それからレストラン・ソネットへ行ったのですよね。

 レストラン ソネット
(1階がレストランで2階は「深沢虹子・野の花美術館」)

そうでしたわ。 チーズケーキをいただきながらコーヒーを飲んだのでしたわね。

そうでした。 寒い日で、園内には数えるほどの人しか居なかった。 「レストラン湖水」 が閉まっていたのも納得がゆきましたよう。 確か11月の寒い日で、季節外れだったのですよね。

でも、またいつか行く機会があると思いますわ。

じゃあ、来年の秋に、小百合さんと一緒にブイヤベースを食べましょう。

ブイヤベースはないと思いますわ。 うふふふふ。。。

マジで。。。?

デンマンさんは、何かといえばブイヤベースですわね? 他に気のきいた料理の名前を覚えてないのですか?

もちろん、他にも料理の名前ぐらい覚えていますよう。。。でもねぇ、ブイヤベースの響きが、なんとなく格調高くありませんか?

そうでしょうか?


『しんみりした曲ですね』より
(2010年12月27日)

小百合さんは、それまでに睡鳩荘に入ったことはなかったのですか?

ありませんでしたわ。 デンマンさんとご一緒に見たのが初めてでした。

そうですか。。。そう言えば「軽井沢物語」を読んで小百合さんは朝吹登水子(あさぶきとみこ)さんの生い立ちや軽井沢での生活に興味を持ったのでしたよね。

デンマンさんは良く覚えていますわねぇ?

もちろんですよう。 僕はそのことで次の記事を書きましたからね。。。

『軽井沢物語(2008年8月26日)』

朝吹登水子さんが生前、夏を過ごしたという山荘“睡鳩荘”を一度見てみたい。。。確か、そんな事を小百合さんは言ってましたよね?

そうでしたわ。。。それにしても、デンマンさんはよく覚えていますねぇ。

僕にとっても、その時の事は懐かしい思い出になっているのですよ。

マジで。。。?

もちろんですよ。 このような時にデマカセを言うつもりはありません。 あの時、睡鳩荘の前で2羽の番(つがい)の白鳥が僕と小百合さんを出迎えてくれたのですよう。

そのような事があったかしら?

やだなあああァ~。。。小百合さんは忘れてしまったのですか?

覚えていませんわ。

小百合さんは高校時代に冷(さ)めた女になろうとした後遺症が今でも続いているのですね?

そのような事はありませんわ。

だったら、僕の感動を次の記事から読み取ってくださいよう!

朝吹登水子さんが生前、夏を過ごしたという山荘“睡鳩荘(すいきゅうそう)”を小百合さんと見に行った時のことですよう。 現在、その山荘は中軽井沢の塩沢湖の畔(ほとり)に移築されて建っているのだけれど、その睡鳩荘の前で2羽の番(つがい)の白鳥が僕と小百合さんを出迎えてくれたのですよう。 もう。。。何と言うか。。。できすぎているとしか言いようが無いですよう! 小百合さんも、そう思いませんか?

でも、それって。。。やっぱり偶然だと思いますわ。

偶然にしては、できすぎていませんか?

そうですね。

もちろん、睡鳩荘の前で出迎えてくれた2羽の白鳥が行田の実家の近くに居た2羽の白鳥だったと言うつもりは無いですよう。。。でも、妙にロマンチックと言うか。。。違う白鳥だとしても、なんだか小百合さんと僕の再会を祝福してくれているようで。。。

デンマンさんって、何でも美化してしまうのですね?

いや。。。美化しているつもりではないのですよう。。。でも、これまで小百合さんとどこへ行っても2羽の白鳥に縁があるのですよう。

だから。。。それって。。。私は偶然だと思いますわ。

小百合さんは、ロマンチストではないのですね?

だってぇ~、現実と向き合う時、夢のようなお話は消えてしまいますから。。。

しかし、これだけ白鳥との縁を思うと、なんとなく2羽の番(つがい)の白鳥が僕と小百合さんを象徴しているような。。。うしししし。。。そんな風に感じられるのですよう。。。小百合さんは、そう感じませんか?

別にィ~。。。とりわけロマンに結び付ける気持ちはありませんわ・・・

そうですか。。。小百合さんは僕と再会できた事をそれほどロマンチックだとは思っていないのですね?

ロマンチックだと言う意味がデンマンさんと私では少し意味合いが違っているのだと思いますわ。 でも、私はデンマンさんと再会して十分に楽しんでいますわ。

ほう。。。そうですか・・・でも、ロマンチックではないのですか?

デンマンさんはロマンにこだわっているのですね?

そうですよう。 もう何度となく書いているけれど、小百合さんは僕にとって夢とロマンの女神なんですからね。

夢とロマンの女神

小百合さん、バンザ~イ!

それって、絶対に私を美化していますわ。

小百合さんは僕の気持ちや考え方が分かっていますよね?

分かっているつもりですわ。 でも、ブログでこのように書いても、誰もこのような会話がデンマンさんと私の間でなされたと信じる人は居ませんわ。


『乙女の夢とロマン』より
(2008年11月22日)

デンマンさん!。。。このような事を書かないでくださいな!

どうして。。。?

だってぇ、読まされている私こそ恥ずかしいですわ。

やだなあああァ~。。。喜んでくださいよう!

【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
全く呆れてしまいますわ。
小百合さんが「イヤだわ。 書かないで!」と言っているのでござ~♪~ますわ。
人の嫌がることをしてはいけないのです。
あなたにも分かるでしょう?

だから、デンマンさんはあたくしとロマンチックな事を考えればよいのですわ。
うふふふふふ。。。。

でも、あたくしとは絶対にロマンチックにならないのですわ。
うんもお~~!

あたくしと一緒の時には全くロマンチックな素振りを見せないのでござ~♪~ます。
次の記事を読んでくださいませ。

『衝撃の角度』

上の記事でも分かるように、あたくしと一緒の時には醒めた男になろうとしているウザイ男を演じるのですわ。
一体これは、どう言う事なのでござ~♪~ましょうか?
いづれ、デンマンさんに突込みを入れたいと思いますう。

とにかく次回も面白くなりそうですわ。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

軽井沢って、こじんまりとしたよい町ですわ。

あなたも行ったことがありますか?

わたしは一度だけですが

デンマンさんと訪れたことがあります。

それで、久しぶりに堀辰雄の『美しい村』を読みました。

今度、軽井沢へ行く機会があったら

あたなたも、ぜひ「ささやきの小径」を歩いてね。

アカシアの花が印象的に残っています。

次の美しい描写が忘れられません。

あのサナトリウムの裏の生墻(いけがき)の前は何遍(なんべん)も行ったり来たりしたけれど、その方にばかり気を奪(と)られていた私は、其処から先きの、その生墻に代ってその川べりの道を縁(ふち)どりだしているアカシアの並木(なみき)には、ついぞ注意をしたことがなかった。ところが或る日のこと、サナトリウムの前まで来かかった時、私の行く手の小径(こみち)がひどく何時(いつ)もと変っているように見えた。私はちょっとの間、それから受けた異様な印象に戸惑(とまど)いした。私はそれまでアカシアの花をつけているところを見たことがなかったので、それが私の知らないうちにそんなにも沢山(たくさん)の花を一どに咲かしているからだとは容易に信じられなかったのであった。

あのかよわそうな枝(えだ)ぶりや、繊細(せんさい)な楕円形(だえんけい)の軟(やわら)かな葉などからして私の無意識の裡に想像していた花と、それらが似てもつかない花だったからであったかも知れない。そしてそれらの花を見たばかりの時は、誰かが悪戯(いらずら)をして、その枝々に夥(おびただ)しい小さな真っ白な提灯(ちょうちん)のようなものをぶらさげたのではないかと言うような、いかにも唐突(とうとつ)な印象を受けたのだった。やっとそれらがアカシアの花であることを知った私は、その日はその小径をずっと先きの方まで行ってみることにした。


『美しい村』 (青空文庫) より

あなたも、軽井沢へ行ったら

『美しい村』を思い出しながら、

散策すると、また格別な味わいがあると思いますわ。

ところで、卑弥子さんが面白い記事をまとめました。

楽しいですから、ぜひ読んでみてくださいね。

■ 『笑って幸せな気分になれるサイト』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。