Archive for the ‘バンクーバー’ Category

行田物語 ちゃぶ台

2017年9月4日

 

行田物語 ちゃぶ台

 


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デンマンさん。。。 どういうわけで“ちゃぶ台”を取り上げるのですか?


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あのねぇ~、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

ちゃぶ台という食卓


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先生は、無口で人見知りをするKを一家と馴染ませるため、丸い折りたたみの食台を考案し、お茶の水の家具屋で作らせた。

明治30年代の初めのころである、

当時の家庭の食事は、一間(ひとま)に集合することは同じでも、各自の銘々膳で(蓋付きのものは箱膳と呼ばれた)、食べ終わったらお茶(お湯)で茶碗をすすいで箱に収めておくのである。

 

晩年の漱石は一人で夕食を取ることも多かったが、互いの顔を見ながら、食べるちゃぶ台では、当然、会話もはずむはずだった。

先生が発明したというのはもちろん仮構である。

 

小泉和子『家具と室内意匠の文化史』(法政大学出版局)によれば、その出現年代は確定できないが、明治30年代初めから徐々に庶民に普及したらしい。

折りたためるので場所をとらず、盛りつけにも手数を省けて清潔だからである。

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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


242-243 ページ 『夏目漱石』
著者: 十川信介
2016年11月18日 第1刷発行
発行所: 株式会社 岩波書店

真由美ちゃんが子供の頃、家族と一緒にご飯を食べるとき“ちゃぶ台”を使っていましたか?

テーブルでしたわァ~。。。


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私は末っ子だったので両親と姉と兄と5人でテーブルを囲んで ご飯をいただきましたわ。。。 もうそれぞれが離れ離れに暮らしているので、子供の頃が懐かしいですわァ~。。。

僕が子供の頃はほとんどの家で、まだ畳に座って“ちゃぶ台”でご飯を食べていましたよ。。。 


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おそらく行田市で昭和30年代にテーブルでご飯を食べていた家は、よほどの金持ちの家だったと思いますよ。。。

あの話題になった昭和30年代の頃を描いた映画「ALWAYS 三丁目の夕日」の頃のお話ですか?

そうです。。。


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昭和30年代の日本の農家は、圧倒的に藁ぶき屋根の家が多かったのですよ。。。 


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真由美ちゃんのお母さんは僕の従妹だけれど、彼女が子供の頃住んでいた実家のある南河原村では、当時、まだ箱膳を前にして食事している家も多かったのですよ。。。

南河原村という村は行田市に統合されたのでしょう?

そうです。。。 2006年1月1日に行田市に編入されたのですよ。。。

 


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『拡大する』

 

デンマンさんも 旧南河原村にあった私の母の実家で箱善で ご飯を食べたことがあったのですか?

そうです。。。 僕は4歳か5歳だったけれど、母親が田植えの手伝いかなんかで僕を連れて実家に行ったのです。。。 その時 一緒に箱膳の銘々膳(めいめいぜん)で朝ごはんを食べたことをはっきりと覚えてますよ。。。

銘々膳からちゃぶ台へ

日本女子大学・北陸大学非常勤講師 東四柳祥子

 

「一家団欒」の象徴とされるちゃぶ台は近世までの銘々膳(めいめいぜん)による配膳形式とは異なり、空間を共有するもの同士が囲む四本脚の共同膳である。
日本における共同膳の歴史は、奈良・平安時代の貴族たちに享受されていた「大饗料理」になかのぼることができる。

その後、武家社会における師従関係の成立により、身分に基づき整列することで、銘々膳によって食事をする形式が定着を見せた。
そして江戸時代を迎え、鎖国化でも交流が許された中国から一つのテーブルを囲み、大皿に盛られた料理を分かち合う「卓袱(しっぽく)料理」が出島に伝来する。
まさにこの形式こそが、ちゃぶ台のルーツともされ、やがては都市部での酒宴形式として人気を誇るようになる。

しかし、根強い儒教的観念に縛られた日常生活の中では、家長を中心に、銘々膳での食事形式が従来どおり踏襲され、しつけの場の重要な空間としての意味も持ち合わせていた。


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しかし、幕末の開国以後、流入した西洋文化の影響は、家族の食事風景を大きく変えることになる。
新たに導入された西洋料理は、中国料理同様、テーブルを囲むといった食事形式を呈しており、共同膳で食事をする習慣が上流階級の間から徐々に定着をみせた。 (略)

やがて昭和期になると、『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』などといった国民的な漫画のなかで、ちゃぶ台は家族をつなぐ大切な装置として描かれ、その空間で共有される話題や珍事が、微笑ましい家族関係の理想形を印象づける効果を発揮し始めるようになる。

しかし、昨今の食の課題には、個食や孤食、外食や中食(なかしょく)にたよるといった食の外部化・簡略化への依存などがあり、家族仲良くちゃぶ台を囲むという機会の形骸化も拭えない事実である。
いま私たちは、昭和期を通して形成された家族で共有する時間のあたたかさを、再認識する時代に来ているといえるのではなかろうか。
ちゃぶ台が、人間関係の構築・再生の場であった昭和の風景に学び、守るべき遺産であるという意識も高めていきたいものである。


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赤字はデンマンが強調のため。
読み易いように改行を加えています。
イラストはデンマン・ライブラリーより)


139ページ 『暮らしの年表 流行語100年』
講談社編 2011年5月19日 第1刷発行
発行所: 株式会社 講談社

『カウチポテト』にも掲載
(2013年1月9日)

あらっ。。。 銘々膳というのは、ずいぶん古くから、デンマンさんの子供時代まであったのですわねぇ~。。。 でも、私が覚えている母の実家は、藁屋根の家ではなくて、新しく立て替えた新しい瓦屋根の家でしたわァ~。。。 それに、テーブルを囲んで椅子に座ってご飯をいただいてました。。。

僕と真由美ちゃんとは子供時代を送った時代が違うんだよねぇ~。。。

そうらしいですわ。。。 “ちゃぶ台”とか“箱膳”と言われてもイメージが湧いてきません。。。 うふふふふふふ。。。

じゃあ、真由美ちゃんは信じられないだろうけれど、僕の母親の実家には、かつて馬がいたのですよ。。。

マジで。。。?

僕ははっきりと覚えてますよ。。。 4歳か5歳の頃だったけれど。。。


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Subj:小百合さん、おはよう!

秋晴れのバンクーバーは

爽やかで清々(すがすが)しい

ですよう!

きゃはははは。。。

Date: 24/08/2010 11:57:46 AM
Pacific Daylight Saving Time
日本時間:8月25日(水)午前3時57分
From: denman@coolmail.jp
To: sayuri@hotmail.com
CC: barclay1720@aol.com


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雲一つない、どこまでも青い空が広がっていますよう。

“天高く馬肥ゆる秋”

昔の人は上のように言ったけれど、
どうして天が高くなると馬が肥えるのか?

馬を使って畑仕事をしたことのない僕には分からないけれど、
そう言えば、僕のお袋の実家が南河原村にあったのですよう。

今では行田市に合併されて無くなってしまった村だけれど、
僕がまだ小さな小さな頃
幼稚園に上がる前ですよう。
おそらく4つか5つだったのでしょうね。

その農家には馬小屋があって
その中で飼われていました。
お袋の話だと、その馬を借りていたそうです。

小さな子供の目には、とてつもなく大きな馬の姿は、まるで恐竜が目の前に現れたような驚きでした。
とても怖いと思った記憶がありますよ。


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それでも興味があるから僕は馬をしみじみと眺めている。
馬だってぇ、小さな子供が興味深そうに眺めているから、僕の様子をじっと見詰めていましたよう。

その大きな目が、とっても優しそうに感じたものです。
今から思えば、その馬は牝馬で母性本能の優しさが目に表れていたのではないだろうか?

その馬が生んだ子馬を見るような優しいまなざしで僕を見つめていたような、そんな感じをその優しい大きな目から感じたものでした。

母親の実家で馬を一番可愛がっていたのは祖父だったそうです。
お袋はどうだったの?と尋ねたら、
長女だったお袋は小学校にあがる頃から、農作業や家事の手伝いをさせられて、
馬の面倒を見るのは、ただただつらいことだったらしくて、
馬が居るから自分の仕事が増えると思って、可愛いどころではなかったそうですよう。


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やがて耕耘機(こううんき)が使われるようになって、
馬は、元の飼い主に返したそうです。

それから何年経った時の話なのか?
僕は忘れてしまったけれど、
ある日、祖父が自転車に乗って農道を走っていたら、
馬がいなないたと言うのですよう。

おやっと思って馬をよく見ると、祖父が可愛がっていた馬だったそうです。
懐かしくなって、馬に近寄って鼻をなでてやりながら、その時の飼い主に、その馬を使っていた頃のことを話してやったそうです。

馬も可愛がってくれた人のことを覚えているのですよね。
その馬は、元々優しい馬だったと僕には思えるのですよう。
今でも、その馬の優しくて大きな目が僕の記憶の片隅に残っているのです。


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バンクーバーの雲一つ無い空を見ていたら、なぜか急に、その馬の優しい目が思い出されてきました。
不思議なことです。

小百合さんも、子供の頃の懐かしい思い出を懐かしみながら軽井沢タリアセン夫人になりきって元気に楽しくルンルン気分で過ごしてね。

ん。。。? 何か面白い話が読みたいの?
じゃあねぇ、次の記事を読んでみてね。


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『愚かな愚か者』

(2010年8月24日)

笑って元気を出してね。  
じゃあ、またねぇ。


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『天高く馬肥ゆる秋』より
(2010年8月29日)

今でも、その馬の優しくて大きな目がデンマンさんの記憶の片隅に残っているのですかァ~?

そうです。。。


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なんだか無性に懐かしいですよ。。。

実は、私も馬に乗ったことがあるのですわァ~。。。

マジで。。。? まさか僕が子供の頃 実家で見た馬ではないでしょうねぇ~!?

もちろん、違いますわァ。。。 乗馬の試乗会が那須高原の近くの牧場であって、子供の頃に乗ったのですわァ。


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最初は怖かったけれど、とっても楽しかったですわァ~。。。

なるほどォ~。。。、そういうわけで真由美ちゃんは動物が好きなんだァ~。。。


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たぶん、そうかもしれませんわァ~。。。


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【デンマンの独り言】


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真由美ちゃんは、ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

去年(2016年)の9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


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上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


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『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 

If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』

『日本で再会』


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』


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『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


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『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』

『那須高原の紅葉』

『希望とロマン』

『錯視 錯覚』

『マンボ@バンクーバー』

『オリーブオイル』

『スコーンとプディング』

『5月のロブソン』

『病院食の間違い』

『プレミアム・ジャパン』

『自然の摂理を無視すると…』

『夢のデニッシュ・悪夢のマーガリン』


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『パリ風カフェ』

『どこか狂ってるわ』

『行田遠野物語』

『行田物語 ピアノ』

『行田物語 猫』

『行田物語 母の懐』

『行田物語 ケネディ暗殺』

『行田物語 病院食』

『行田物語 お股の花々』

『晩香坡物語 ジャズ』

『行田物語 悪夢』

『行田物語 社長』

『行田物語 棺桶に入るまで』

『宝田百合子@インド』


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ラーメン@リガ

2017年9月1日

 

ラーメン@リガ

 


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ケイトー。。。 ラトビアの首都・リガに行って日本のラーメンを食べてきたのォ~?


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あのねぇ~、ラトビアまで行って日本のラーメンを食べる必要はないのですよ。。。 バンクーバーには最近、日本のラーメン店が進出してきたのです。。。

マジで。。。?

たとえば、ロブソン・ストリートにできた「陣(Jinya)」ですよ。。。


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541 Robson Street, Vancouver

 

あらっ。。。 バンクーバー市立図書館のすぐ近くじゃないのォ~!

そうです。。。 シルヴィーは知らなかったのォ~?

ケイトーが連れて行ってくるとばかり思っていたわァ~。。。

シルヴィーが日本のラーメンを食べるなんて想像できなかったので声をかけなかったのですよ。。。

それで、いったい誰がラトビアのリガまで日本のラーメンを食べに行ったわけぇ~?

ちょと次のリストを見てください。。。


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『Sex, Violence, Love』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で8月28日の午前0時53分から午前3時56分までの約3時間の「生ログ」の一部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。

あらっ。。。 8月28日の午前1時7分にラトビアのGOOGLEで検索して『Sex, Violence, Love』というヤ~らしい記事を読んだネット市民が居たのねぇ~。。。

シルヴィーはヤ~らしいという印象を持つかもしれないけれど、実は、この記事の中にラーメンが出てくるのですよ。。。

。。。で、上のリストに出てくる写真の男性が『Sex, Violence, Love』というヤ~らしい記事を読んだのォ~?

そうです。。。 ラトビアの首都、リガ市に住んでいるユリス・バーリン(Juris Berlin)君が僕の『徒然ブログ』にやって来たのですよ。。。

ところで、どういうわけで上のリストに私の写真が出てくるわけぇ~。。。?

シルヴィーはインドネシアで動乱が起こったのでオランダに逃げて、それからいろいろあって、バンクーバーに移住してきたのだけれど、お姉さんは結婚してラトビアのリガ市に住み始めた。。。 それで、リガに滞在したこともあった。。。 だから、シルヴィーが懐かしいと思うだろうと思って写真を貼り出したのですよ。。。

でも。。。、でも。。。、ケイトーは私がリガに滞在したことを よく知っていたわねぇ~。。。

だってぇ、次の記事に中でシルヴィーの半生を振り返ったみたでしょう!?


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『波乱の半生』

 

シルヴィーは忘れてしまったのォ~?

6年以上も前の記事じゃない! 忘れたわァ~。。。 でも、リガの街はマジで懐かしいわァ~。。。

リガ


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リガ、またはリーガ(ラトビア語: Rīga英語、ドイツ語: Riga)は、ラトビア共和国の首都で、同国最大の人口を擁する都市。
人口は69万9,203人(2012年時点)。

「バルト海の真珠」と讃えられる美しい港町で、その旧市街はユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。
世界遺産に登録されている旧市街「リガ歴史地区」は約300棟のアールヌーボー調の建築物の宝庫として著名である。
新市街は官庁やオフィスが集まる。

郊外には、ラトビア民俗博物館があり、野外博物館も兼ねている。
また、保養地として知られる海岸、ユールマーラも西方にある。
人口約70万人のリガ市はラトビア国内はもとより、バルト三国最大の都市でもある。
市内で最も高い建築物はリガラジオ&テレビタワーである。

歴史

リガの記録は2世紀の時点で見られる。
長らくヴァリャーグによる東ローマ帝国への交易ルートとして、ダウガヴァ川は古来より利用されており、河口から15キロに広がるリガは、天然の良港であった。
リガという名称もリヴォニア語の「円」という意味から由来する、とされる(港の形状が円形だった)。

12世紀までには交易だけでなく漁業や畜産の拠点となり、ドイツ人商人の入植も12世紀半ばから盛んになる。
教皇インノケンティウス3世の命を受けたシトー会のアルベルトが、1200年に北方十字軍を組織してリヴォニアに侵攻し、23隻の軍艦と1500人の十字軍兵でリガを制圧してリーヴ人の服属と改宗を行った。
1202年にアルベルトがリヴォニア帯剣騎士団を創立して以降、リガはバルト海とロシアの中継貿易拠点として重きをなす。

1282年にはハンザ同盟に加盟し、経済発展の地歩を固めるが、同時にリガの繁栄は侵略者を招くこととなる。
1522年には、プロテスタントを受容。
1561年のドイツ騎士団の解散で、それ以後の20年間は帝国自由都市となる。

1581年からはポーランド・リトアニア共和国の支配を、1621年からはグスタフ2世アドルフのスウェーデン王国の支配を受ける。
リガはスウェーデン王国最大の都市であった。
18世紀に大北方戦争が起こると、ロシアのピョートル1世がリガに侵攻し、スウェーデン時代は終焉を迎える。

ニスタット条約でリガはロシアに割譲され、第一次世界大戦までロシア領としてその重要な交易拠点とされた。
20世紀まで、ロシアでモスクワやサンクトペテルブルクに次ぐ第3の都市はリガであったが、支配者の変遷にかかわらずリガの住民の多くはバルト・ドイツ人であった。

そうした中で、19世紀後半にはラトビアの民族主義が覚醒する。
1918年にはラトビアはブレスト=リトフスク条約でドイツに割譲されるも、第一次世界大戦の終結でラトビアは独立を宣言した。
第二次世界大戦までの数年間は、リガが外交・文化的に英国に接近した時代だった。

第二次世界大戦が始まると、リガはまずソ連に、そしてナチス・ドイツの軍事占領を経験する。
大戦中、バルト・ドイツ人はドイツ本国に脱出し、リガ・ゲットーにいたユダヤ人は銃殺されるかカイザーヴァルト強制収容所送りとなった。

1945年にソ連の赤軍が再度リガに軍事侵攻し、ラトビア人を大量に処刑したりシベリア送りにしたことから、市の人口は3分の1にまで激減することになった。
その代わりにソ連政府はロシア人をリガに集団移住させ、リガ市の民族構成は一変してしまうが、1991年にはラトビアは独立を回復し、リガも首都に返り咲いた。

民族構成(リガ市)


ラトビア人  46.33%

ロシア人   40.21%

ベラルーシ人 3.88%

ウクライナ人 3.45%

ポーランド人 1.85%

リトアニア人 0.83%

その他    3.46%

リガの人口は696,618人(2013年)であり、バルト三国で最大である。
しかし、独立を回復した1991年以降は減少に転じている。
これは低い出生率とロシア系住民の流出やEU加盟後の他のEU諸国への移住が原因で、このままだと2050年には現在の半分にまで減少するという調査結果もある。

住民の民族構成はラトビア全体と比べるとラトビア人の割合が少なく、ロシア人の割合が高い。
独立回復時には、ソ連時代にラトビアに移住してきた者、及びその子孫で独立回復以前に出生したもの(つまり主にロシア人)にはラトビアの市民権は自動的に付与されなかった。
そのため、2013年の調査によるとリガ市民の21.9%が無国籍者となっている。

これはリガの人口低下の一因でもある。
2008年の調査では、リガのロシア人の比率は、1989年には47.3%であったが、2010年には40.7%に減少し、2006年にリガ市においては、ラトビア人の数がロシア人を上回った。

このように、ロシア人が多いために、ロシア語が広範囲に使われているが公用語はラトビア語のみであり、街中でのロシア語の広告や看板は規制されており、あまり見ることができないことから、ロシア語圏の都市という印象は小さい。


出典: 「リガ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

私がリガに滞在していたときにはチャイニーズの店はたくさんあったけれど、日本人のラーメン店なんてなかったわァ~。。。

最近では、日本食が世界的にブームだから、リガにも日本食のレストランが結構あるらしいよ。。。

ところで、IPアドレスを調べてユリス・バーリン君がケイトーの記事を読んだと突き止めたのォ~?

そうです。。。


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。。。で、ユリス・バーリン君は、どのようにして検索したのォ~?

次のようにして検索したのですよ。。。


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「Sex, Violence, Love ramen」と入れて検索したのねぇ~。。。

そういうことです。。。

でも。。。、でも。。。、ラーメンの記事を探すのに、どういうわけで「Sex, Violence, Love」を付け足して検索しなけらばならないのォ~?

それは、検索した本人に聞いてみないと はっきりしたことは分からないけれど、僕が思うに、バイオレンス(violence)な映画を見た後で 愛(love)している女性と 激しくセックス(sex)すると、当然 腹がへるので、そのあとで ラーメンを食べようと思ったわけですよ。。。 それで、リガに旨いラーメンを食べさせてくれるラーメン店がないかなァ~?。。。 そう思ってユリス・バーリン君は検索したわけです。。。

信じられないわァ~。。。

だから、本人に尋ねてみないことには 僕にもはっきりしたことは分かりません。。。

それで、ケイトーの記事に中には リガにあるラーメン店が紹介されてるのォ~?

もちろん、僕はリガにあるラーメン店なんてぇ想像してみたこともないから、リガのラーメン店は出てきません。。。

。。。で、どこのラーメン店が出てくるわけぇ~?

バンクーバーのロブソンストリートにできた「陣(Jinya)」とは別のラーメン店が出てくるのですよ。。。


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Subj:Now I know what I’ll encounter

at the Japanese ramen house.


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From: diane@vancouver.ca
To: barclay1720@aol.com
Date: Thu, Jun 21, 2012 7:18 pm
Pacific Daylight Saving Time

Hi Kato,

Great to see you again this afternoon.
… looks like you’ve lots of good stuff to amuse yourself with today.
Hope you’re having fun.
And you’re right, I just came back from the seawall when I saw you.


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I’ve still not made it to Hokkaido Ramen shop.
I did notice a line-up when I passed at lunch-time today, though.
It sure must be good!
One day soon, hopefully.
Maybe you should try it first and let ME know.
Now there’s a good plan, kiddo.
Thanks for this.

By the way, I’ve read the following article.


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“Enjoy Ramen!”

(June 21, 2012)

Wow, Kato … this story was fascinating.
First of all, I was intrigued by the visit to the Japanese ramen house.

what one should expect to encounter.
This is very valuable information.

But as well, I was so very impressed with the 16-yr old (now 19, you say) co-joined twins.
how wonderfully they’ve adapted to their lives, what good attitudes.


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I liked what they said that the best part of being co-joined is you always have someone to talk to.
and you’re never alone.
How true.

But then again, that may be the worst part as well; you’re never alone and there’s always someone talking.
Mixed bag as they say.
But it was so very inspiring, really.
Thanks again.

By the way, Kato, a friend of mine forward me the following URL:

http://www.onlinephd.org/phd-in-googling/

This is a good little slideshow, which shows you different ways to search on Google.
I guarantee you’ll learn at least one new way to search.

Anyway, so good to hear from you,


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Love, Diane ~


『Sex, Violence, Love』より
(2012年6月29日)

つまり、せっかくケイトーの記事を探して読んだにもかかわらず、リガのラーメン店が出てこないのでユリス・バーリン君はガッカリしたわけねぇ~。。。

そういうことです。。。

でも、ユリス・バーリン君は、映画を観たあとで、愛する女性と激しく愛し合い、そのあとで、なぜラーメンを食べようと思ったわけぇ~?

もちろん、本人に聞いてみないと はっきりした理由は分からないけれど、最近 ユリス・バーリン君は友達からリガに旨い日本のラーメンを食べさせてくれる店ができたと聞いたのですよ。。。

それで、愛する女性と愛し合った後で、ぜひ本物の日本のラーメンを食べてみようと検索したわけぇ~?

そういうわけです。。。

でも、見つからなかったのでしょう?。。。 それで、どうしたのォ~?

ユリス・バーリン君は、何が何でも日本のラーメンが無性に食べたくなったので 更に検索したのですよ。。。 そしてついに次のページに出くわした。


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『拡大する』

『実際のページ』

。。。で、Kotai Gardenという日本食レストランはどこにあるのォ~?

アクメンズ橋(Akmens Tilts)の東岸から歩いてすぐのところにあるのです。。。


(kotai02.png)

『拡大する』

この橋は私が滞在していたころは「10月橋」と呼ばれていたのよ。。。

1992年に現在の名前になったらしいよ。。。

ケイトーはよく知ってるわねぇ~。。。

ネットで調べればすぐに解りますよ。。。 シルヴィーは、最近、リガに住んでいるお姉さんの家には遊びに行ってないんだァ~。。。

ご無沙汰しているのよ。。。 私も何かと忙しいから。。。

じゃあ、次のクリップを見てリガに行った気分に浸(ひた)ってねぇ~。。。


(riga03.jpg)



(laugh16.gif)

【ジューンの独り言】


(bare02b.gif)

ですってぇ~。。。

リガは「バルト海の真珠」と讃えられる美しい港町です。

その旧市街はユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。

わたしも、ぜひ訪ねてみたい街ですわ。。。

では、あなたのために、ラトビアの家庭料理を紹介しますねぇ~。。。

「コンビーフ入りフュージョンサラダ」です。

 


(riga11.jpg)


(riga10.jpg)

 

上のサラダも美味しそうですけれど、

わたしは、やっぱり好物のレンコンのはさみ揚げをいただきますわ。


(lotus712.jpg)

あなたも おなかが空いてきたでしょう?

上のクリップを参考に、あなたも今夜の夕食のおかずに「レンコンのはさみ揚げ」を作ってみてくださいねぇ~。。。

ところで、話は変わりますけれど、シルヴィーさんのことをもっと知りたかったら次の記事を読んでください。


(sylvie500.jpg)


『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』

『真紀子落選(2013年1月14日)』

『野火(2013年1月18日)』

『タイタニックと国際化(2013年2月1日)』

『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』


(sunwind2.gif)

『チョコレートと軍産複合体』

『チョコレートと甘い権力』

『CIAの黒い糸』

『美しい日本語再び』

『宮沢りえブーム?』

『また、宮沢りえ?』

『浅間山噴火とフランス革命』

『なぜアクセスが急増したの?』

『気になる検索ワード』

『なぜ塩野七生批判』

『その検査、ムカつく!』

『宮沢りえと床上手な女』


(mh370a.jpg)

『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

『ジャルパックと国際化』

『古代ローマのセックス』

『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

『エロいけれどためになる話』

『えろあくにめ温泉』


(jump009.jpg)

『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』

『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

『幻の暴走機関車』

『CIA@NOパンツ』

『やっぱり、セックス』

『セックス風呂具村』

『CIAの黒い手再び』


(banana82e.jpg)

『アダムとイブは何を食べたの』

『舞踏会 明子』

『波乱の人生』

『国際化だよね』

『イングナさんを探して』

『美しい日本語 チェーホフ』

『横の道@ニコライ堂』

『また塩野七生批判』

『日航スチュワーデス』


(cleopara2.jpg)

『クレオパトラ@塩野批判』

『テルモピュライの戦い』

『思い出の蓮』

『角さんと天罰』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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(himiko92.jpg)

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(linger65.gif)

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■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

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■ 『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』


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ラーメン@バクー

2017年8月24日

 

ラーメン@バクー

 


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デンマンさん。。。 バクーでも日本のラーメンに人気が出てきたのですか?


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いや。。。、実は、僕は全く知らなかったのですよ。。。 第一、アゼルバイジャンという国に関心がなかったし、バクーという町は石油の町だというぐらいしか知識がなかった。

それなのに、どういうわけでバクーのラーメンを取り上げたのですか?

ちょっと次のリストを見てください。。。


(liv70819a.png)


『拡大する』

『Sex, Violence, Love』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で8月18日の午後9時41分から19日の午前3時12分までの約5時間半の「生ログ」の一部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。

あらっ。。。 8月18日の午後10時17分にアルゼバイジャンのGOOGLEで検索して『Sex, Violence, Love』というヤ~らしい記事を読んだネット市民が居たのですわねぇ~。。。

小百合さんはヤ~らしいという印象を持つかもしれないけれど、実は、この記事の中にラーメンが出てくるのですよ。。。

。。。で、上のリストに出てくる写真の男性が『Sex, Violence, Love』というヤ~らしい記事を読んだのですかァ~?

そうです。。。 アルゼバイジャンの首都、バクー市に住んでいるロトフィ・ガシモフ (Lotfi Gasimov)君が僕の『徒然ブログ』にやって来たのですよ。。。

また、IPアドレスを調べてロトフィ君が読んだと突き止めたのですか?

そうです。。。


(ip19217bw.png)

『拡大する』

。。。で、ロトフィ・ガシモフ君は、どのようにして検索したのですか?

次のようにして検索したのですよ。。。


(gog70819a.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「Sex, Violence, Love ramen」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

でも。。。、でも。。。、ラーメンの記事を探すのに、どういうわけで「Sex, Violence, Love」を付け足して検索しなけらばならないのですか?

それは、検索した本人に聞いてみないと はっきりしたことは分からないけれど、僕が思うに、バイオレンス(violence)な映画を見た後で 愛(love)している女性と 激しくセックス(sex)すると、当然 腹がへるので、そのあとで ラーメンを食べようと思ったわけですよ。。。 それで、バクーに旨いラーメンを食べさせてくれるラーメン店がないかな?。。。 そう思ってロトフィ・ガシモフ君は検索したわけです。。。

信じられませんわァ。。。

だから、本人に尋ねてみないことには 僕にもはっきりしたことは分かりません。。。

それで、デンマンさんの記事に中には バクーにあるラーメン店が紹介されてるのですか?

もちろん、僕はバクーにあるラーメン店なんてぇ想像してみたこともないから、バクーのラーメン店は出てきません。。。

。。。で、どこのラーメン店が出てくるのですか?

バンクーバーのロブソンストリートにできたラーメン店が出てくるのですよ。。。


(dianef02.jpg)

Subj:Now I know what I’ll encounter

at the Japanese ramen house.


(ramen900.jpg)


(ramen901.jpg)

From: diane@vancouver.ca
To: barclay1720@aol.com
Date: Thu, Jun 21, 2012 7:18 pm
Pacific Daylight Saving Time

Hi Kato,

Great to see you again this afternoon.
… looks like you’ve lots of good stuff to amuse yourself with today.
Hope you’re having fun.
And you’re right, I just came back from the seawall when I saw you.


(seawall3.jpg)


(seawall2.jpg)

I’ve still not made it to Hokkaido Ramen shop.
I did notice a line-up when I passed at lunch-time today, though.
It sure must be good!
One day soon, hopefully.
Maybe you should try it first and let ME know.
Now there’s a good plan, kiddo.
Thanks for this.

By the way, I’ve read the following article.


(ramen05.gif)

“Enjoy Ramen!”

(June 21, 2012)

Wow, Kato … this story was fascinating.
First of all, I was intrigued by the visit to the Japanese ramen house.

what one should expect to encounter.
This is very valuable information.

But as well, I was so very impressed with the 16-yr old (now 19, you say) co-joined twins.
how wonderfully they’ve adapted to their lives, what good attitudes.


(twin002.jpg)

I liked what they said that the best part of being co-joined is you always have someone to talk to.
and you’re never alone.
How true.

But then again, that may be the worst part as well; you’re never alone and there’s always someone talking.
Mixed bag as they say.
But it was so very inspiring, really.
Thanks again.

By the way, Kato, a friend of mine forward me the following URL:

http://www.onlinephd.org/phd-in-googling/

This is a good little slideshow, which shows you different ways to search on Google.
I guarantee you’ll learn at least one new way to search.

Anyway, so good to hear from you,


(dianelin3.jpg)

Love, Diane ~


『Sex, Violence, Love』より
(2012年6月29日)

つまり、せっかくデンマンさんの記事を探して読んだにもかかわらず、バクーのラーメン店が出てこないのでロトフィ・ガシモフ君はガッカリしたわけですねぇ~。。。

そういうことです。。。

でも、ロトフィ・ガシモフ君は、映画を観たあとで、愛する女性と激しく愛し合い、そのあとで、なぜラーメンを食べようと思ったのですか?

もちろん、本人に聞いてみないと はっきりした理由は分からないけれど、最近 ロトフィ・ガシモフ君は友達から次のようなインスタント・ラーメンをもらったのです。。。


(baku04.jpg)

インスタント・ラーメンと言うよりもインスタント・ヌードルなのですよ。。。 でも、友達は日本のラーメンをインスタントにしたものだと言ったらしい。。。 思ったより旨かったので、愛する女性と愛し合った後で、ぜひ本物の日本のラーメンを食べてみようと検索したわけです。。。

でも、見つからなかったのでしょう。。。 それで、どうしたのですか?

仕方ないから ロトフィ・ガシモフ君は何度か行ったことのある『窓』という日本食レストランへ行ったというのです。


(mado01.png)

『拡大する』

。。。で、その日本食レストランでラーメンを食べたのですか?

ところが、バクーはけっこう都会なのだけれど、バンクーバーと違って、まだ日本のラーメンまでは人気が出ていないらしくて、「うちでは、ラーメンをやってません」と断られてしまったのだそうです。。。

バクー


(baku01.jpg)

 

バクー(Baku)は、アゼルバイジャン共和国の首都。
カスピ海西岸に突き出したアブシェロン半島南岸に位置し、市街はバクー湾に面するように広がった港町である。

行政的には11の行政区、48の町区に分割されており、2005年時点の総人口は2,045,815人。
アゼルバイジャン最大の都市であると同時に、南カフカース地域でも有数の大都市である。
大規模な油田(バクー油田)をもち、帝政ロシア時代から石油の生産地として発展してきた。

日本語名のバクーはキリル文字綴りによるロシア語綴り・アゼルバイジャン語(アゼリー語)旧綴り Баку (Baku) に基づくが、アゼルバイジャン語の発音では母音の前で子音 k が軟音化するためカタカナ表記するならば「バキュ」に近く、現在アゼルバイジャンで使われているアゼルバイジャン語のラテン文字正書法では Bakı と綴る。
バクーという名前の由来には諸説あるが、最も一般的なものは、ペルシャ語で「風が吹きつけた」という意味の “bād-kūbe”(バード・クーベ)から来ているとする説が一般的である。

気候は晴天が多く、乾燥している。
寒気と暖気がぶつかることで起きる強風が時折吹き付け、先述した語源の根拠となっている。
海岸は美しく、市街近郊には温泉や鉱泉がある。

市街の中心はその南西部にあり、イチェリ・シェヘル (İçəri Şəhər) すなわち「内城」と呼ばれる城壁に囲まれた旧市街と、帝政ロシア時代にその周囲に築かれた新市街とに分かれる。
その周囲、北から東にかけての平地から丘陵の斜面一帯にソビエト連邦時代につくられた市街が広がっている。


(baku07.jpg)


出典: 「バクー」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。 こんな大きな街なのに、日本のラーメン店が一軒もないのですかァ~?

そうらしいのですよ。。。 バンクーバーには『陣屋』というラーメン店が最近できて はやっているのです。。。


(jinya01.jpg)


(jinya02.jpg)


(ramenjin2.jpg)

541 Robson Street, Vancouver

 

だから、僕は“『陣屋(Jinya)』というラーメン店を探したらいいよ”、とメールに書いたのだけれど、“そんな店ないよ”、と返事が来ました。。。

。。。で、結局、ロトフィ・ガシモフ君は本物のラーメンを食べることができなかったのですか?

そうなのですよ。。。 仕方がないから、寿司を食べたんだってぇ~。。。

つまり。。。、つまり。。。、この事を言うために わざわざ私を呼び出したのですか?

もちろん、そうじゃありません! 。。。 上のバクーの説明の中にあるクリップを見てください。。。 フレイムタワーがライトアップされて、国旗が浮かんだりして、なかなか見ごたえがあるショーを見せているのですよ! アルゼバイジャンという国は田舎が大きくなったような国だと思っていたけれど、意外にフランスとかイタリアにも負けないような立派な国ですよ。。。 すくなくとも、上のクリップで見る限り。。。

それで、急にデンマンさんはアルゼバイジャンのバクーに行きたくなったのですかァ~?

そうです。。。 だから、今年の秋、小百合さんもバンクーバーにやって来てください。。。 『陣屋』でラーメンを食べてから、ヨーロッパに飛んで、まずパリのパキンスタン地区で、本格的なカレーを食べた後で、アルゼバイジャンのバクーに寄って、フレイムタワーのライトアップのショーを見るのです。。。

 


(baku06.jpg)

 

          

 


(baku08.jpg)

 

そして上のショーを見ながら、屋台でアルゼバイジャン料理の“ドネルケバブ”を食べるのですよ。。。

ドネルケバブ


(doner03.jpg)

 

ドネルケバブ(Doner kebab)は垂直の串に味付けした肉を上から刺していって積層し、水平に回転させながらそれを囲んだ縦型グリルの熱で外側から焼き、焼けた部分から順次肉を削ぎ落としたもので、ギリシア料理のギロ、イロ gyro、アラブ料理のシャワールマ شوارمة(イラクではグス Guss)とほぼ同じ料理である。

トルコでは羊肉、鶏肉が主に使われ、レストランでは皿に盛って供されるが、屋台ではパンにサラダと一緒に挟む食べ方でテイクアウトメニューになっている。

欧米や日本では、トルコでのドネルケバブの食べ方の一例である、パンに野菜サラダと一緒に挟む食べ方が広まっており、ギリシャ風にギロと呼ばれることも多い。

トルコではフランスパンのような棒状のパンを使うが、海外では丸いパンをふたつに割ったものにサンドするのが一般的で、ドネルサンドなどと呼ばれている。

肉も、羊肉の代わりに牛肉が使われることが多い。

台湾ではシャワールマを音訳した「沙威瑪」(シャーウェイマー、shāwēimǎ)の名で鶏肉のドネルケバブとキャベツなどを細長いパンに挟んだものを販売する屋台が増えつつある。

中国では「トルゴ焼肉」の名でのドネルケバブとキャベツなどを中国式焼きパンに挟んだものを販売する屋台がある。

また、中国南部では、豚肉を使用するにも「トルゴ焼肉」の名で販売するの独特の料理がある。

また、ドネルケバブのサンドイッチに使われるパンが、円形で内部が空洞のピタを半分に切って袋状にしたものであることもあり、その場合、袋状の内部にケバブとサラダが入っている。

また、ケバブとサラダをパンに挟んだあとに、チリソースやハリッサなどのソースをかけることがある。

ドネルケバブの肉には、香辛料やヨーグルトを用いてあらかじめ十分味付けをしてあるため、トルコでは調理後の味付けは塩を振る程度である。


出典: 「ケバブ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

満腹になったら、飛行機に乗って、グッスリと眠りながら小百合さんと一緒に成田に向かうという旅行プランを考えたのです。。。 どうですか?

つまり。。。、つまり。。。、この事が言いたかったのですか?

そうです。。。 いけませんかァ~。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あたくしも、アルゼバイジャンのバクーに連れて行って欲しいのですわァ~。。。

バクーで民族料理を飽きるほどいただいてみたいのでござ~ますう。


(baku09.jpg)


(baku10.jpg)

どれも おいしそうですわァ~。。。

あなたも おなかがすいてきたでしょう?

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。

だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。

じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

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(house22.jpg)

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別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

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(30june.jpg)

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(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

宝田百合子@インド

2017年8月21日

 

宝田百合子@インド

 


(gurugram3.jpg)


(yoko010.jpg)


(gurugram7b.jpg)


(mayumi55.jpg)

デンマンさん。。。 インドに滞在している宝田百合子さんは、デンマンさんの知り合いなのですか?


(kato3.gif)

真由美ちゃんも知っている女性ですよ。。。

マジで。。。?

あれっ。。。 忘れてしまったのォ~?

思い出せませんわァ~。。。 私がバンクーバーで出会った女性ですかァ?

いや。。。 出会ってはいないけれど、真由美ちゃんも知っている女性です。。。 ちょっと次のリストを見てください。


(liv70818a3.png)


『拡大する』

『英語と真由美ちゃん』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で8月16日の午後11時13分から17日の午前3時59分までの約5時間の「生ログ」です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しいのですよ。。。

あらっ。。。 8月16日の午後11時20分に インドのGOOGLE で検索して『英語と真由美ちゃん』を読んだのですねぇ~。。。

その通りです。。。

写真の女性が宝田百合子さんですか?

そうです。。。 次のようにして検索したのですよ。。。


(gog70818b.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「英語 真由美 徒然」と入れて検索したのですわねぇ~。。。

そうです。。。

。。。で、どのようにして宝田百合子さんが読んだと突き止めたのですか?

次のようにIPアドレスを調べたのですよ。。。


(ip8368.png)

『拡大する』

あらっ。。。 宝田百合子さんはインドの首都・ニューデリーの近郊のグルグラム市に住んでいるのですか?

そういうことです。。。

でも。。。、でも。。。、私はこれまでにインドに住んでいる宝田百合子さんという女性と知り合ったことはありませんわァ~。。。

実は、真由美ちゃんは忘れているだけで、宝田百合子さんのことで かつて語り合ったことがあるのですよ。。。

いつのことですか?

真由美ちゃんが忘れてしまうのも無理ありません。。。 実は次の記事の中で、真由美ちゃんと語り合ったのです。。。

 

パリ風カフェ

 


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デンマンさん。。。 どういうわけで“パリ風カフェ”を取りあげたのですか?

真由美ちゃんはパリのカフェでのんびりとロマンス小説でも読みたいと思いませんか?

そうですわねぇ~。。。 お金と時間ができたら ぜひ私もパリに行ってみたいですわァ~。。。 デンマンさんはレンゲさんとジューンさんとご一緒にパリに出かけたことがあるのですか?

ジューンさんとは何度か一緒にパリのカフェを巡ったことがあります。。。 でも、レンゲさんとは夢のなかでセーヌ川の畔(ほとり)を散歩しただけですよ。。。

じゃあ、”Le Depart Saint Michael“の前でレンゲさんが立っている上の写真は デンマンさんがコラージュしてデッチ上げたものですか?


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そうです。。。 僕の夢の中に出てきたレンゲさんです。。。

つまり、今日は夢のお話ですか?

いや。。。、もちろん夢の話じゃありません。。。 岐阜市に住んでいる宝田 百合子(たからだ ゆりこ)さんがパリのカフェでのんびりと過ごすことに憧れを抱いているのですよ。。。


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あらっ。。。 きれいな。。。、どことなくパリに遊びに行くようなタイプの女性ですわねぇ~。。。 デンマンさんは岐阜にまで足を伸ばしてナンパしているのですかァ~? うふふふふふふ。。。

真由美ちゃんはきつい冗談を言うのですねぇ~。。。 最近の僕はナンパには興味がないのですよ。。。

。。。で、どこで百合子さんと知り合いになったのですか?

ちょっと次のリストを見てください。


(liv70409a.png)


『拡大する』

『ピラミス@美術館』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で4月8日の午後11時52分から9日の午前2時54分までの約3時間の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。

4月8日の午後11時55分に『ピラミス@美術館』を読んだのですわねぇ~。。。

そうです。。。

。。。で、赤いアンダーラインが引いてある「リファラ」のリンク をクリックすると どのようなページが出てくるのですか?

次のページです。。。


(tap70409a.png)


『拡大する』

『実際のページ』

あらっ。。。 これはパリのカルチェラタンにあるカフェ”Cafe de Flore“ですわねぇ~。。。

真由美ちゃんはパリに行ったこともないのによく判るねぇ~。。。

写真にそう書いてあるではありませんかァ! それに、この写真には見覚えがありますわ。

そうでしょう!。。。 上のページの赤丸の中の出典のリンク をクリックすると『ピラミス@美術館』の記事が出てくるのですよ。。。 この記事の中で次のように紹介されているのです。。。

真由美ちゃんは フルタイムの仕事を探しながら、
Carnegie Centre のボランティアの仕事や
Oppenheimer Park の集会場で女性サークルの料理の講習会の先生になったりして忙しく活動して疲れたでしょう!


(carnegie01.jpg)


(carnegie02.jpg)


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今週の土曜日か日曜日に 息抜きと癒しを兼ねて
Vancouver Art Gallary のカフェにでも行きましょう。

これまで真由美ちゃんが訪ねたバンクーバーの どのカフェとも 雰囲気が違ってますよ。
カフェテリア形式のカフェだけれど、
テラスの方が広くて、ロブソン・スクウェアを見下ろせます。
高台にありますよ。

フランスのカフェを想わせます。
パリのカルチェラタンにあるカフェじゃなくて


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南フランス、コートダジュール の海岸沿いにある テラスのカフェといった感じですよ。
真由美ちゃんならば きっと気に入るカフェだと思います。 


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では、今夜も、なるべく早めに寝て疲れを取ってくださいね。
何度も言うけれど、健康が第一ですよ!
病気で寝たきりになったら、何もできないからね。。。

じゃあ、おやすみ。。。


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『ピラミス@美術館』より
(2015年04月24日)

これはデンマンさんが私に書いたメールですねぇ。。。

そうです。。。

そう言えば、この当時 私は一生懸命に仕事を探していたのですわァ~。。。

そうですよ。。。 2014年の11月にバンクーバーにやって来て、この当時 一生懸命に仕事を探していたのですよ。。。

結局、仕事が見つからないで、しばらくボランティアでコミュニティ・センターのキッチンで働いて、それが縁で奨学金をいただきながらVancouver Community Collegeでパン職人・お菓子職人のコースを取ることになったのですわァ。

うん、うん、うん。。。 “人間万事塞翁が馬” と昔の人は言ったけれど、悪い事は必ずしも悪い事ばかりじゃないのですよ。。。 仕事が見つからなかったおかげで 遠回りしたけれどカレッジで勉強と修行ができた。。。 友達ができて、英会話もうまくなって、経験も積んで、卒業して、ようやく思い通りの仕事に就けた。。。 やる気があれば、道は開けるものですよ。。。

ところで、『ピラミス@美術館』を読んだネット市民が 宝田 百合子さんだと どうして判ったのですか?

IPアドレスを調べたのですよ。。。


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『拡大する』

IPアドレスを調べれば、確かにプロバイダーのアクセスポイントは特定できますけれど、アクセス者の名前までは判らないはずですわァ。。。

真由美ちゃんも、ネットには詳しいんだね。。。

その程度のことは常識ですわ。。。

あのねぇ~、あまりきつい突っ込みを入れないで、僕の話を聞いてくれますか?

デンマンさんが そう言うのであれば、堅い事は抜きにしてお話を伺いますわ。。。 でも、百合子さんが“パリ風カフェ”に興味があるとしたら、上の記事を読んだらガッカリするのではありませんか!?

どうして。。。?


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だってぇ~、パリのカルチェラタンにあるカフェの写真が出てきますけれど、その事については一切書いてないでしょう。。。 デンマンさんはバンクーバー美術館のカフェを紹介するために、パリのカフェを持ち出したまでですわァ~。。。

確かに、パリのカフェについて詳しい事は何一つ書いてないのですよ。。。 でもねぇ~、百合子さんは満足して『ピラミス@美術館』を読んだのです。。。

どうして、満足して読んだと判るのですかァ~?

あのねぇ~、百合子さんは見れば判るけれど、パリのような雰囲気の街が好きなのですよ。。。


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田舎から出てきたミーちゃん、ハーちゃんと違って 百合子さんがセーヌ川の畔(ほとり)を恋人と歩いている姿は サマになるのですよ。。。

その事と『ピラミス@美術館』がどのように関係しているのですか?

だから、百合子さんは 真由美ちゃんが南フランス、コートダジュール の海岸沿いにある テラスのカフェにいる様子をイメージしたのです。。。 


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つまり、パリのカフェもいいけれど、「南フランス、コートダジュール の海岸沿いにある テラスのカフェもいいわねぇ~。。。」と百合子さんは思ったのですよ。。。

私がデンマンさんと美術館のカフェに行った記事も百合子さんは読んだのですか?

そうです。。。


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この写真を見てバンクーバーも このような“コートダジュール の海岸沿いにある テラスのカフェ”があることを知って百合子さんは、断然 バンクーバーに行ってみようという気になったのです。。。

マジで。。。?

あのねぇ~、想像だけでこのような話を真由美ちゃんにしたら アホだと思われてしまいますよ。。。 信じてください。。。 百合子さんは次の記事も読んだのです。。。


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『マンボ@バンクーバー』

百合子さんが上の記事を読んだと どうして判るのですか?

真由美ちゃんが美術館のカフェにいる上の写真を見つけたのです。。。 更に、『ウェストサイド・ストーリー』のマンボを見たのですよ。。。


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百合子さんはマンボが好きなのですか?

そうです。。。 『ウェストサイド・ストーリー』はDVDで何度となく観ているのです。。。 しかも、サラサはマンボより好きなのですよ。。。 バンクーバーのロブソン・スクウェアで日曜日になると無料でサルサのパーティーに参加できると知って、もう絶対にバンクーバーに行ってみようと心に固く誓ったのです。。。


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もしかしてデンマンさんのメールアドレスを調べて、メールを書いて寄越したのですかァ~?

いや。。。、まだ届いてないけれど、そのうち届くと思うのですよ。。。


『パリ風カフェ』より
(2017年4月12日)

つまり、百合子さんから やっとメールが届いたのですか?

そうです。。。

でも。。。、でも。。。、私が美術館のカフェにいる上の写真を見つけ、『ウェストサイド・ストーリー』のマンボを見て、パリ、ニューヨーク、バンクーバーに魅せられたというのに、どういうわけで百合子さんはインドのグルグラム市に住んでいるのですか? 私はインドと聞くと すぐにムンバイのスラム街を思い浮かべてしまうのですわ。


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   ムンバイのスラム街

あのねぇ~、“インド”と聞くと 昔ながらの 上のような貧民窟を思い浮かべるかもしれないけれど、現代のインドには 東京とそれほど変わりがない街も出現しているのですよ。。。

マジで。。。?

グルグラム市というのも そういう近代的な街ですよ。。。


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宝田百合子さんは、こういう高級住宅地のマンションに住んでいるのです。。。

。。。で、いったい何をしているのですか?

グルグラム(グルガーオン)市にあるアンソール大学(Ansal University) でインドの伝統的なデザインとニュー・ファッションを勉強しているのですよ。。。


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。。。で、どういうわけで百合子さんは 「英語 真由美 徒然」と入れて検索して『英語と真由美ちゃん』を読んだのですか?

授業は英語だから、百合子さんは苦労しているのですよ。。。 それで、かつて真由美ちゃんの記事を読んだことを思い出して、語学の悩みをどのように乗り越えたのだろうか?。。。 そう思って検索したそうです。。。

。。。で、何か参考になったのですか?

好きなジャンルの英語の映画をたくさん見ようと決めたそうです。。。 とにかく、聞き取りで もたついていたら話にならないので、映画を見て耳を馴らそうと決心したのですよ。。。


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【デンマンの独り言】


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真由美ちゃんは、ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

去年(2016年)の9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


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上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


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『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 

If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』

『日本で再会』


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』


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『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


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『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』

『那須高原の紅葉』

『希望とロマン』

『錯視 錯覚』

『マンボ@バンクーバー』

『オリーブオイル』

『スコーンとプディング』

『5月のロブソン』

『病院食の間違い』

『プレミアム・ジャパン』

『自然の摂理を無視すると…』

『夢のデニッシュ・悪夢のマーガリン』


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『パリ風カフェ』

『どこか狂ってるわ』

『行田遠野物語』

『行田物語 ピアノ』

『行田物語 猫』

『行田物語 母の懐』

『行田物語 ケネディ暗殺』

『行田物語 病院食』

『行田物語 お股の花々』

『晩香坡物語 ジャズ』

『行田物語 悪夢』

『行田物語 社長』

『行田物語 棺桶に入るまで』


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行田物語 古代蓮

2017年8月10日

 

行田物語 古代蓮

 


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デンマンさん。。。 今日は古代蓮の行田物語ですかァ~。。。


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そうです。。。 いけませんか?

別にかまいませんけれど、もう古代蓮のお話しは出尽くしたのではありませんかァ~?

確かに、千年以上の眠りから覚めて芽を出し きれいな蓮の花を咲かせた古代蓮の話は、今更 特に珍しい話題じゃないけれど、人によっては「古代蓮」と聞いて さまざまな思い出があるものですよ。。。

それで、今日はその懐かしい思い出話というわけですか?

そういうことです。。。 実は、ごく最近 多佳子・叔母から手紙を受け取ったのですよ。。。 ちょっと読んでみてください。


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デンマンさん 元気にしてますか?
この前と言ってもいつ頃かはっきりしませんが「帰省」を“キショウ”と読んでいました。
ちょっと信じられないような誤読かもしれません。

今でも一呼吸して脳に指令を出さないと間違えます。
いろいろな意味で30~40代頃が私の脳内物質が活発化していて、こんな間違いはなく“キセイ”と正確に読んでいました。

近頃、認知力が問われる中、最初にインプットされた“キショウ”が優先して また一呼吸する始末。
これって認知症の走りなのでしょうか。

この7月17日、朝日新聞、朝刊に行田市の記事がありました。

天声人語

 

いつからかハスは神秘的な音を立てて咲くものと思い込んでいた。

石川啄木に

 


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しづけき朝に

 

音立てて

 

白き蓮の

 

花さきぬ

 

 


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…という断定調の詩がある。

博物学者 南方熊楠(みなみかた くまぐす)も、ハスの開く音を聞きに出る習俗について論考を残した。

「本当に音がしますか、何時ごろ鳴りますか、という問い合わせをいただく。 でも私ら職員は一度も聞いたことがありません」。

埼玉県行田市にある公園「古代蓮の里」で働く山子(やまね)学さん(47)は話す。
実際に聞くのは「花が散って葉に落ちたときのドサッという音」。
風情の乏しい音らしい。

山子さんの実感によれば、ハスの名所とレンコンの産地はあまり重ならない。
花で名高い地のレンコンは食感がいまひとつ。
レンコン産地で花の群舞を見る機会も多くないという。

天が二物を与えなかったのは人だけではないようだ。

行田市では1973年、ゴミ焼却場の建設地で桃色の大輪が見つかった。
埼玉大の研究者らが調べ、推定1400~3千年前の地層に眠っていた種子が掘削で目を覚ましたと推定した。

主産業の足袋作りが下り坂にあった市は1995年、ハスを核にした公園を開く。
「ふるさと創生」をうたって全国の市町村に交付された1億円をいかした。
街はにぎわいを取り戻す。

ふるさと創生と聞くと金塊や純金のこけしが浮かぶ。
盗まれたり売られたり、哀れな結末も見た。
ばらまき政治の見本のごとく語られることが多いけれど、
将来を見すえて種をまいた自治体も少なからずあったようである。

2017-07-17

いまの この辺りは、デンマンさんの知る行田市ではないかもしれませんが、長い国外生活の中で多少なりとも望郷の思いがあるのではと推察し、あるいは逆にかき立ててしまうかも知れませんが 書き出してみました。

私の家は、ここ鴻巣から目と鼻の先、望郷なんて響きのよい思い入れはありませんが、それでもあの旧南河原村(現在行田市に編入)犬塚地区の夢を時々見ます。

デンマンさんの場合、いくらテクノ時代といっても、行田は万里の彼方。
感傷的にならずとも夢は見るのでは?

フロイトのような夢哲学は私には難しすぎますが、1年ほど前NHKラジオで草柳大蔵氏の著書の紹介がありました。
夢は無意識の中の意識であるというようなことを聴いたことがあります。
そのうち読んでみよう…がまだ実現していません。

この夏は世界中あちこちで異常気象らしいですが、カナダはいかがですか?
熊谷気象管区の表示によると、ここ2週間 35℃のラインを行ったりきたり。
よほどの気力がないと負けそうです。

それにしてもデンマンさんの母親の芳江さんは偉い!
犬塚の両親も今から振り返ってみれば、良くぞ長寿を全(まっと)うしたと思います。
私にはとても長寿の自信がありません。

ところで、冒頭に戻って「帰省」を改めて辞書で引いてみました。
「父母の安否をたずねて故郷に帰ること」
それならば帰郷という言葉もありますよね。

今、日本では政界がおもしろい。
山崎豊子さんが生存していたならば、すごいドキュメンタリードラマが編纂されていたかもしれません。

新聞の記事に触発されて まとまりのないことを書きましたが あしからず。

また視力が弱くなり書く文字に かすみがかかり乱字で申し訳ありません。
時間があったら、メールで返事を書いてください。
待ってます。

 

かしこ。

2017年7月24日


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九条多佳子

多佳子・叔母さんは デンマンさんにとっては“お姉さん”のような人なのですわねぇ~。。。

そうなのです。。。 僕の母親の一番下の妹で。。。 20歳も年が離れていたので、まるで母親と娘のように親しくしていました。。。 僕と叔母とは6歳しか年が離れていないのですよ。。。 僕が生まれて間もない頃、お袋が実家の田植えの手伝いに行ったら、7歳の叔母が小さな僕を見て どうしても僕をおぶるんだと言ったらしのですよ。。。

それで、デンマンさんを背中に おぶったのですか?

ちょっと危なげだったけれど、どうしてもと言って聞かないので、仕方なく お袋が おんぶさせたというのです。。。


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それ以来、デンマンさんは実のお姉さんのように親しく付き合っているのですか?

そういうことです。。。

私も、一度だけ多佳子・叔母さんを遠くから見たことがありましたけれど。。。

そういうことがありました。。。 小百合さんが運転する車で鴻巣市の叔母の家まで行ったのですよ。。。 でも、小百合さんは、どういうわけか 「ちょっと今日は遠慮しておきますわ」と言って、会わなかった。。。

デンマンさんが、急に行こうと言い出したので、私には心の準備ができてませんでしたから。。。

そういうものですか?

それで、叔母さんに返信のメールを出したのですか?

メールを書いて送信しました。。。 読んでみてください。。。 

健康だけは充分に気をつけながら

ルンルン気分で過ごしてます。。。:-)


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From: denman654@gmail.com
To: takako987@yahoo.co.jp
Date: Sat., Aug. 5, 2017 5:17 PM

 

8月3日にメールボックスを開けたら多佳子さんからの手紙が届いてました。
毎日、毎日メールボックスを開けているわけでないので、
消印を見ると7月24日なので
バンクーバーの郵便屋さんが配達したのは7月31日頃だったかもしれません。

異常気象のことが書いてありましたが、確かに最近、バンクーバーも異常気象の影響を受けてます。
8月4日の無料タウン情報紙を見たら、
1958年以来の最悪の山火事件数を記録したそうです。。。

自然発火もありますが、たいていタバコの火の不始末が多いのですよ。
でも、260箇所で山火事が起こっているのだから、
異常気象で 乾燥によるものが多いのでしょう。。。

BC州だけで 4,910平方キロメートル焼けたそうです。。。
70キロの正方形の山林が焼けたということだから、すごいですよ。。。


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その影響で、煙がバンクーバーの上空にやって来て、太陽がうっすらと赤紫色をしているのですよ。。。
日中の最高気温は26度から28度だけれど、ムッとするような熱気が感じられます。。。
それでも、日本の夏よりはまだマシです。。。

埼玉県北部の熊谷市あたりでは35度前後の気温ですか!?
学生服を着て夏休み前の7月中旬に熊高(県立熊谷高等学校)に通っていた当時の あの暑苦しさを思い出します。

鴻巣市でも熊谷市とほとんど変わらない気温でしょう!
熱射病などにならずに健康に暮らしてください。。。

5,6年前でしたか、パリの気温がべらぼうに上昇して、
熱射病により老人がバタバタ死んだニュースがありました。

高齢者になると、体温調節機能も衰えるのでしょうか?
多佳子さんには、そのようなことがないように祈ってます!

「天声人語」を読みました。
「古代蓮の里」へは軽井沢タリアセン夫人の小百合さんと一緒に3度ほど訪ねたことがあります。

いつも訪れるのは10月から11月にかけてですから、
蓮の花は咲いてません。
時期が外れているので参観者も少なく、
地元野菜や工芸品の直売店も閑散としていました。

まだ展望台には登ったことがありません。
無料じゃないのですよ。。。
時期外れに行ったら、面白いところじゃありません!

それでも「古代蓮の里」のことでは、いくつかブログの記事を書いてます。



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『古代蓮と軽井沢タリアセン夫人』

ところで、4月29日にメールの最後に次のように書きました。

人生は、マジで儚いものだと つくづく思うこのごろです。。。
だからこそ、自分の思い、気持ちというものをしっかりと持って生きてゆく、と言う事しかないでしょう!

多佳子さんも悔いが残らないように 自分の心に忠実に暮らしてください。。。
お互いに、30年、40年も生きられる人生ではありません。

今年の秋は、そういう意味からも多佳子さんのために うれしい“プレゼント”を用意したいと思います。
体調が悪いと この“プレゼント”は楽しめないと思いますので
くれぐれも体調を整えながら 元気で過ごしてください。。。

葬式の疲れを できるだけ早く取りさってください。
では、今年の秋に またお目にかかるのを楽しみにしています。


『行田物語 母の懐』より
(2017年6月14日)

このプレゼントはモノではありません。
サービスです。。。

初めに考えたのは、フランスのレイモン・ルフェーブル楽団の東京公演で 生の映画音楽を多佳子さんと一緒に聴こうと計画しました。
しかし、レイモン・ルフェーブルは2008年6月27日に亡くなってるのですよ。
楽団が解散してなくて2017の秋に東京公演があるとしても、無理だということが分かりました。


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かつて多佳子さんにも話しましたけれど、小用が近くなっているのですよ。。。
1時間半で膀胱が一杯になるようです。。。
2時間は持ちません。
演奏途中で席を立つのはエチケット違反ですから、演奏会は無理ですよねぇ~。。。

では、他に何が。。。?
かつて加代ちゃんと「とらや」の娘と3人で港を遠望する丘の上に立っていた品川プリンスホテルでフランス料理のフルコースを食べたことがあります。。。

どういわけか、あの広いレストランに客が3人だけで、ウェーターとウェイトレスが入れ替わり立ち代り給仕をするので、
まるでイギリス王室のプリンスが、ガールフレンド二人を接待しているような気分になりました。 (微笑)
7万円でした。
今なら少なくとも2倍はするでしょう!
しかし、旨かったという印象はありません。。。

そういうわけで、多佳子さんの憧れのホテルのレストランでフランス料理のフルコースというのはどうでしょうか?
たとえば、帝国ホテルとか?


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あるいはスカイツリーのタワーのてっぺんのホテルで

夜景を見ながらフレンチ料理か?

あるいはイタリアン料理を食べるとか?


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はたまた、室内四重奏楽団が

イタリアの作曲家・アントニオ・ヴィヴァルディ

によって作曲された、ヴァイオリン協奏曲「四季」の演奏を

聴きながらフルコースを食べるとか。。。(モナリザの微笑)


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とにかく、多佳子さんが主客なので、僕が考え企画しても、多佳子さんにとって当てが外れてしまったら意味がないので、
今年の秋までに、多佳子さん自身が自分のために、最高の企画を考えてください。。。

では、よる年波にもめげずに、健康管理に万全を期して元気に過ごしてください。。。
秋には、お互いに元気で再会しましょう。

 

デンマンより


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あらっ。。。 私のことまで書き込んだのですわねぇ~。。。

いけませんか?

『古代蓮と軽井沢タリアセン夫人』には、どのようなことを書いたのですか?

読んでみてください。。。


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Subj:ハッピー、バレンタイン!


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日本時間: 2014年2月14日(金)午前9時9分
Date: Thurs. 13/02/2014 16:09
(バンクーバー時間)
Pacific Standard Time
From: sayuri@hotmail.com
To: denman@coolmail.jp
CC: barclay1720@aol.com

デンマンさん、お元気ですか?
早いものですね。
去年の10月にお会いしたと思っていたら、もうバレンタインですね!

“ルート66の奇跡”でデンマンさんは死ぬほど驚いたようですが
ちょっとオーバーですよ。


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『ルート66の奇跡』

でも、デンマンさんのおかげで
日本では手に入らないアイリッシュ・クリーム・フレーバーの待望のコーヒーがいただけて
懐かしいバンクーバーを思い出しながら
香りと味を充分に楽しみましたわァ。


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デンマンさんが滞在した1ヶ月は
“光陰矢のごとし”
なんだか アッという間に過ぎてしまったような気がします。

「さきたま古墳公園」でのピクニックが昨日のように
思い出されます。

私が「ツナ缶のLemon味も忘れずに!」とメールに書いたので
デンマンさんが わざわざlemon-pepper味のツナ缶を
日本へ持ち帰ってくれました。
ありがとう!


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10月16日の水曜日は、とっても天気がよくて
まさに秋晴れの行楽日和でした。
デンマンさんが lemon-pepper 味のツナをのせた“カナペ”を作ったのには驚かされましたよ。


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私も ウキウキして白ワインなどを持ち出して
“とっても美味しいわァ! 素敵だわァ~!”なんちゃってぇ~。。。 
うふふふふふ。。。

。。。というわけで、お返しと言っては何ですけれど、
デンマンさんのためにバレンタインの小包を
船便で送りました。

ちょっと遅れるかもしれませんけど
近いうちにお手元に届くと思います。

\(*^_^*)/

では。。。


『失われたバレンタイン』より
(2014年3月23日)

でも、これは「古代蓮の里」ではなく「さきたま古墳公園」のことではありませんかァ!

このあとで すぐに「古代蓮の里」が出てきます。 

件名:おはよう!昨日はお袋を見舞った後で、

叔母と「つるや」で手打ち蕎麦を食べました。

きゃはははは。。。♪┌(・。・)┘♪


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日付: Sun, 01 Nov 2009 12:32:49 +0900
差出人: “denman@coolmail.jp”
宛先: “sayuri@hotmail.com”
CC: “barclay1720@aol.com”

10月30日の金曜日は盛りだくさんの一日になりました。
僕の実家の近くにある「とんでん」で食べた“茶蕎麦”はメチャうまかった。
10年ほど前に親父がまだ生きていた頃、両親と一緒に食べた茶蕎麦の味でした。


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本当に懐かしかった。
小百合さんは伝統的な昔ながらの蕎麦を食べたけれど、今度は、ぜひ僕の好物の茶蕎麦を食べて行田の思い出を懐かしんでね。

蕎麦を食べてから「古代蓮の里公園」へ行って直売店で行田市で取れるいろいろな野菜やお土産物を見たけれど、改めて行田の豊かさを感じましたよう。

“ふるさとは遠くにありて思うもの”

うん、うん、うん。。。室生犀星の言葉だけれど、
こうして故郷にやって来ると改めて故郷の豊かさに気づきます。
小百合さんと一緒に古代蓮の神秘的な花を見ながら語り合えたら、さらに幸せな気分に浸ることができたかもしれません。
残念ながら古代蓮の花は咲いてなかった。
8月だけでなく、秋にも咲く古代蓮を作れないものか?


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もし、秋に古代蓮が咲いているなら、
今度は古代蓮を見ながら“Hよりも感じるハグ”をして
再会を喜び合いたいものです。

\(^ヮ^)/ ギャハハハハ。。。

「古代蓮の里公園」でのんびりと散策した後で「水城公園」へ行きました。
まさか小百合さんがまた“とうもろこし”を焼いてくれるとは思いませんでした。
簡易コンロを持ってきて、刷毛(はけ)でタレを塗りながら旨そうに焼けた“とうもろこし”は小百合さんの真心の味がしました。
マジで。。。!

\(*^_^*)/ キャハハハ。。。


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公民館の前の池の端(はた)で、何も知らない人が見たらホームレスのカップルが貧しい夕食を取っているように見えたかもしれません。
ちょうで池に住む一匹のガチョウのために近所で暮らす30代の女性が餌をやりにやって来ていました。
パンの耳とレタスをガチョウにあげていたけれど、とうもろこしの焼ける旨い匂いがガチョウの食欲をそそるのか?小百合さんがコンロでとうもろこしを焼いている池の端(はた)に寄ってくるのでした。


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“チョウ助”も、とうもろこしが食べたいの?”

その女性はそんなことを冗談で笑いながら言っていたけれど、小百合さんが答えて言いました。

“このガチョウは、とうもろこしを食べませんよね(笑)”


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そうなんだよね。10月16日に小百合さんが初めて水城公園にやって来た時、Pure Whiteのとうもろこしを僕に焼いてくれたけれど、その前に、生のとうもろこしを COB からとって僕は“チョウ助”に食べさせようとしたのでした。
でも、食べなかった。
たぶん、量が少なかったのでガチョウには良く見えなかったのかも?

水城公園で黄色い“とうもろこし”を食べてから小百合さんと一緒にイオン(eaon)モールへ行きました。
“シナモンメルツが食べたいわ。”
小百合さんは、かなりこだわっているようでした。
僕は、別に食べたいとは思わなかったけれど。。。

でも、モールの中にあるマクドナルドの店でのんびりと語り合うことができました。
カナダで食べるシナモンメルツとは形や感じがちょっと違うんだよね。
ほんの少しだけシナモンメルツを小百合さんが食べさせてくれたけれど、
味はシナモンロールとあまり変わらなかった。

小百合さんによると、サワークリームに砂糖を混ぜてあるらしい。
そう言われて味わってみると、確かにサワークリームのすっぱさが舌に感じられたような。。。
でも、言われなければ分からないすっぱさでした。

マクドナルドでコーヒーを飲んだ後で小百合さんと一緒にお袋を見舞いに行田中央総合病院へ行きました。
小百合さんと再会してお袋も喜んでいましたよう。
小百合さん、ありがとう!
お袋は、小百合さんと再会して元気をもらったようでした。

昨日(10月31日)は、叔母と一緒にお袋を見舞いました。
その後で「つるや」で手打ち蕎麦を食べました。
小百合さんも手打ち蕎麦にこだわっているけれど、叔母も蕎麦にはかなりのこだわりを持っています。


(soba10.jpg)

それで、10月30日に小百合さんと一緒に見つけた手打ち蕎麦の「つるや」に行ったのですよう。
蕎麦屋らしい昔ながらのインテリアに、日本に居る事を実感させられました。

「つるや」のあとで行田中央総合病院の近くのBelc の敷地内にある Mos Burger でコーヒーとコロッケを食べながら2時間ほど粘(ねば)って積もる話をしたのでした。

ところで、昨日、行田観光協会のフライマップには出ていないゼリーフライの店を見つけました。
お袋を見舞いに小百合さんと行田中央総合病院へ行ったけれど、まだ小百合さんの記憶にあると思います。
国道125号線からそれて病院の駐車場へ行く、その道の角。
つまり、駐車場の前の道に進入する角のすぐ近くの肉屋さんでゼリーフライを作っていますよ。
一枚60円です。
買って食べなかったけれど、多分、衣(ころも)にはパン粉が入っているかも?
今度、行田へ行く機会があったら食べてみたらいいよ。

大体書き終わったので、これから「ネットカフェ・ミルミル」で牡蠣フライカレーを食べ、その後でウィンナコーヒーを飲みながらブログの記事を書きます。
記事のタイトルは「心のぬくもりを感じさせる医療」
小百合さんと再会した幸せを噛み締めながら。。。


(daibuts85.jpg)

ヽ(´ー`)ノ きゃはははは。。。

ありがとう。

じゃあね。

(V__/)
(+’.’+)
(“)_(“)


『タリアセン夫人と再会』より
(2011年10月13日)

でも、古代蓮のことについては、特に詳しく書いてないではありませんかァ~!

このあと卑弥子さんが出てきて詳しく「古代蓮」のことを話すのですよ。。。

行田は古代ハスの

ふるさとです


(himiko22.gif)

おほほほほ。。。。

今日は、もう、始めから

現れてしまいましたわぁ~、

あなたにお会いしたかったので

ござ~♪~ますわよゥ。

懐かしい京都もよいですけれど、

デンマンさんが生まれ育った

行田にも行きたいのですわよ。

ええっ?どうしてかって?

それはね、デンマンさんは

もちろんですけれど、

あたくしにとって行田とは

切っても切れない縁が

あるのでござ~♪~ますのよ。

どうしてだか、お分かりになりますか?

行田は古代ハスの

ふるさとなのでござ~♪~ますのよ。


(lotus1.gif)

きれいでしょう?

あたくしの初恋の花でござ~♪~ますのよ。

ええっ?どういうわけかってぇ。。。?

実は、八ツ橋を売るお店に、

かわゆい男の子が居たのでござ~♪~ますのよ。

おほほほほほ。。。

その男の子にあたくしが

恋をしたのでござ~♪~ますわ。

ええっ?その話しはすでに聞いたって。。。?

だから、あたくしがその男の子に

きれいなハスのお花を手渡したのですわよ。

ええっ?なぜかって。。。?

あたくしの愛の告白のつもりでしたのよ!

うふふふふふふ。。。。

そういうわけで今日は古代ハスの

お話をしようと思ったのでござ~♪~ますのよ。

どうか、しばらくの間付き合ってくださいませませ。。。

うししししし。。。。


(lovelet5.gif)

行田市の“天然記念物”に指定されている行田蓮(古代蓮)は
原始的な形態を持つ1400年から3000年前の蓮なんですってよ。
この古代蓮が発見された行田市の小針と言う地区は、
なんとデンマンさんが生まれ育ったところから歩いて30分ぐらいの所にあるんですって。

今から約2000年前、この古代蓮の里一帯は、
たくさんの水生植物が茂る湿地帯だったそうです。
そのとき咲いていた蓮の実が地中深くもぐり、
ふたたびあたたかい陽射しをあびる日まで長い長い眠りについたのですね。

1971年(昭和46年)、行田市では小針地区に新しい焼却場施設を建設するために造成工事を始めたのです。
掘削によってできた場所に水がたまって池となり、
地中深く眠っていた蓮の実が静かに目覚めたのです。

1973年(昭和48年)、池の水面に
多くの丸い葉が浮いているのが発見されたのです。
その後、葉の数もふえつづけ、ついに7月13日、
長い眠りから覚めた古代蓮が可憐なピンクの花を咲かせたのです。

ハスの種子は殻が硬く発芽させにくいのですよね。
でも、そういうわけで、条件が良ければかなり長期間保存が効くのです。
だから、2000年前の地層から発見されたハスの種子が、
発芽することもあるのですわ。
ハスの種が、いかに長寿であるかが実に良く分かるエピソードですよね。

行田市ではその後、小針地区に“古代蓮の里”を立ち上げました。
“古代蓮”をシンボルとする公園です。
古代蓮の自生する付近に憩いの場として、
子どもからお年寄りまで楽しめる公園になっていますよ。
ホームページは次のリンクをクリックしてみてくださいね。

■ 『古代蓮の里 ホームページ』

では、ここで万葉集の中の蓮を詠んだ歌を紹介します。
ちょっと面白い歌ですよ。

 

原文: 勝間田之 池者我知 蓮無 然言君之 鬚無如之

作者: 女性だけれど名前は不明です。

よみ: 勝間田(かつまた)の、池は我れ知る、蓮(はちす)なし、
  しか言ふ君が、鬚(ひげ)なきごとし
 

意味: 勝間田の池は、私も知っていますよ。
  でも、蓮(はす)はありませんわ。
  そのようにおっしゃるあなた様に
  ひげがないのと同じように。うふふふふ。。。

新田部皇子(にいたべのみこ)が勝間田の池に咲く蓮の花を見て感動したのですね。
その事をこの歌の作者である女性に語ったわけです。
それを聞いて、その女性が戯(たわむ)れに詠んだ歌なのですわ。


(lotus5.jpg)

外出先で美しいハス(=美人)でも目にしてきたのでしょう、
。。。と皇子の話を聞いた女性がからかったわけなのですよね。
蓮の字は「恋」に通じることから、
この歌には他にもいろいろ恋情にかかわる諸説があるようですわ。

蓮は、スイレン科、熱帯産、多年草の水生植物で、
花托(花の中心部:実がなる)が蜂の巣の形に似ていることから、
「はちす」と呼ばれていたのです。

仏教との関わりもあり、その巨大な花は極楽浄土に咲くとされ、
そのイメージは仏像の台座に使われています。

ところで、現在各地で栽培されているハスは、
仏教の本家インドの原産なんですよ。
縄文末期に日本に渡来していたことがわかっています。

あなたも、懐かしいふるさとの花を探しに
久しぶりにふるさとに戻ってみては。。。?


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『卑弥子さんと古代ハス』より
(2009年7月22日)

どうですか? ここまで読んできて小百合さんも「古代蓮の里」が懐かしくなったでしょう?

そうですわねぇ~。。。 卑弥子さんの学識豊かな説明を読んで 改めて“古代蓮”の素晴らしさを認識しましたわァ~。。。 デンマンさんも たまには秋ではなく 古代蓮が咲き誇っている頃に帰省してはいかがですか?

そうですねぇ~。。。 考えておきます。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~~

小百合さんに褒められて あたくしも満足いたしましたわァ。。。

あなたもお暇と金銭的な余裕があったら、

「古代蓮の里」へ足を運んでくださいねぇ~。。。

そして千年以上の眠りから覚めた神秘的に美しい「古代蓮」をご覧になってくださいまし。。。


(lotus201.jpg)

いかがでしたかァ~。。。?

あなたも、なんだか急に出かけたくなったでしょう!?

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


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それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(house22.jpg)

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別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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■ 『おしまいでございます』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』

■ 『菊ちゃんと阿部忠秋』

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■ 『外国人SEXデンマン再訪』

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■ 『黒い行田市長』

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■ 『天の川de思い出』


(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


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九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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行田物語 社長

2017年7月27日

 

行田物語 社長

 


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姉 向田邦子の「遺書」


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お葬式の喪主は本来母がなるべきものを、長男の保雄が自分でさっさと決めてしまって、保雄になったんです。
私たち妹が何かを言うと収まらないので黙っていたんですが、まあ、そこまでは母も何も言わない。
ところが、今だから言えるんですが、姉と一緒に旅行に行った方々にお香典を出す、と兄が言い始めたんです。
それが、私が見てもケタはずれの金額だった。

一番の年長者で比較的名があったかもしれませんが、姉が主催した旅行ではないですし、そもそも趣旨が違いますね。
兄はそこを混同して少しいい気になっちゃったのかもしれません。
母は世間に出て勤めた経験もない人間ですが、「それは筋ではない」と頑として許さなかった。

今度は青山斎場でどなたかに弔辞を読んで頂くかを決める段になって、兄が黙って東邦生命の社長に頼んでしまったんです。
東邦生命は、もう亡くなっていた父の敏雄が勤めていた会社です。

そうしたら、紙巻に筆で書かれた、秘書が代筆したらしき弔辞が送られてきたんです。
その内容を読んだらもうびっくりしちゃった。


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ふんぞり返ったすさまじいいヘンなものなんです。
そんなのを読んだら、みんなあきれ返っちゃうだろうと思いました。

ところが母はそれを読みもしないのに、「これは邦子の葬儀であって、お父さんのじゃない。 ここに出て頂くべき方ではない」と言って、後は兄が何を言っても受け付けず、結局、いただいた弔辞は葬儀では読みませんでした。

 (中略)

保雄は、しっかりした長女で (略) あった邦子がいなくなって、家長のような振る舞いがしたかったんですね。
台湾へ行って地獄絵を見たわけで、少しおかしくなったか、そんな事私どもに思いやれる余裕もなく心ない事で。

兄は台湾のことは生涯、母や妹に一言も話しませんでした。
それは長男としてすごい事。
ありがたかったと思うんです。

 

(122-123ページ 向田和子)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


(sengo02.jpg)


『「文藝春秋」で読む戦後70年』
【第2巻】安定成長期から天皇崩御まで
編集人: 石橋 俊澄
2014(平成27)年8月4日 第1刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

デンマンさん。。。 今日は行田物語でしょう?


(kato3.gif)

そうです。。。

だけど、向田邦子さんと行田が関係あるのですか?

いや。。。 直接の関係はないのですよ。。。 真由美ちゃんは向田邦子さんを知ってますよねぇ~。。。

名前は聞いたことがありますわァ。。。 確か、飛行機事故で亡くなったのでしたよねぇ~。。。

そうです。。。 面白いエッセーを書く作家で、僕はファンでしたよ。。。 記事でも取り上げたことがあるのです。。。 51歳で亡くなってしまったのだから、惜しいです。。。 もっともっとたくさん面白い戯曲やエッセーを書いて欲しかったですよ。。。

向田邦子


(kuniko82.jpg)

 

向田 邦子(むこうだ くにこ、1929年(昭和4年)11月28日 – 1981年(昭和56年)8月22日)は、テレビドラマ脚本家、エッセイスト、小説家。
第83回直木賞受賞。
週刊誌のトップ屋時代は幸田 邦子名義で執筆していた。共同ペンネーム「葉村彰子」の一員でもある。

東京府荏原郡世田ヶ谷町若林(現・東京都世田谷区若林)生まれ。

父親は高等小学校を卒業したあと第一徴兵保険(東邦生命保険。現、ジブラルタ生命保険)に給仕として入社し、そこから幹部社員にまで登りつめた苦労人。

なお転勤族であったため一歳で宇都宮に転居したのを初めとして、幼少時から高等女学校時代まで日本全国を転々としながら育つ。
菊池寛を輩出した四国の香川県の高松市立四番丁小学校卒業、東京都立目黒高等女学校、実践女子専門学校(現・実践女子大学)国文科卒業。

新卒で財政文化社に入社し、社長秘書として勤める。
その後雄鶏社に転職し、「映画ストーリー」編集部に配属され、映画雑誌編集者として過ごす。
雄鶏社を退社した後は脚本家、エッセイスト、小説家として活躍する。

1981年(昭和56年)8月22日、旅行中の台湾苗栗県三義郷で遠東航空機墜落事故にて死去。享年51。

法名は、芳章院釋清邦。墓所は東京都府中市の多磨霊園。墓碑銘は森繁久彌による「花ひらき、はな香る、花こぼれ、なほ薫る」。
遺品はかごしま近代文学館に寄贈され、常設展示されている。
寄贈を決めた時の母・せいの言葉は「鹿児島に嫁入りさせよう」であった。

 

エピソード

小学生の頃には、父の赴任に伴い鹿児島県鹿児島市の鹿児島市立山下小学校で数年を過ごした。
この多感な時期に鹿児島の温暖な気候や地元の風習、文化、食べ物、家族や先生、同級生との間に様々な体験をし、忘れ得ない思い出として、代表作エッセイ『父の詫び状』に詳しく綴っている。

なお、この作品のモチーフは、鹿児島時代の家族団欒であると言われている。
飛行機事故の直前には、雑誌の企画で鹿児島を訪問し、「故郷の山や河を持たない東京生れの私にとって、鹿児島はなつかしい「故郷もどき」なのであろう」と締めくくっている。

戦後の混乱期には、一家は父の度重なる転勤により仙台に居を構えていた。
最初の社宅は、現在の住居表示で仙台市青葉区国分町二丁目(現在は仙台市都心部の歓楽街だが、当時はオフィス街の裏道)、後に同市同区大手町(旧・琵琶首丁。広瀬川沿いの住宅地)に引っ越した。

邦子は実践女子への通学のため、東京・麻布市兵衛町の母方の祖父母宅に下宿し、夏冬の休みだけ仙台に帰省していた。
「当時は東京が極度の食糧不足にあえいでいたが、仙台は別天地のように豊かであった」と語っている。
1950年に父親が東京本社勤務となり、杉並区久我山の社宅に住み、邦子もまた両親と一緒に暮らし、定年退職の後は杉並区天沼に転居する。

雄鶏社という出版社に就職したばかりの頃は、黒いニットのトップスに黒いロングスカートという服装が多かったため、同僚からは「黒ちゃん」と呼ばれていた。
後に妹の向田和子が自著の文中にて「その黒いロングスカート姿で仙台へ帰省してきた姉が、当時は黒い服を礼服以外の目的で着ていた人が少なかったこともあり、町へ出るととても目立った」と当時を回想している。

洋裁が得意であり、一時はコートまで仕立てていた。
戦中~戦後の物資の乏しい時期には弟妹達の手袋、マフラーも手編みで用意し、2人の妹にはセーラー服まで作った。
生地の入手自体が困難だったため、古着を仕立て直すなど工夫していた。

愛猫家としても知られ、実家暮らしの頃から亡くなるまで、常に複数の猫を飼っていた。
その中でもコラット種のオス「マミオ」はタイ旅行した際に一目惚れした種であり、エッセイにも度々登場させている。
邦子の逝去後は、母・せいと妹・和子が引き取り、16歳で癌によって亡くなるまで愛育していた。

精力的に海外旅行をしていたが、実は飛行機嫌いであった。1981年5月に「ヒコーキ」(『霊長類ヒト科動物図鑑』)というエッセイで、「私はいまでも離着陸のときは平静ではいられない」と書き、あまり片付けて出発すると「やっぱりムシが知らせたんだね」などと言われそうで、縁起を担いで汚いままで旅行に出ると述懐していた。
しかしながら、験担ぎも虚しくこの僅か3か月後には飛行機事故で命を落とすこととなった。

当時珍しかった留守番電話を早い時期に導入していた。
機械に慣れない人々が面白いメッセージを多く残したが、中でも秀逸は黒柳徹子で、一分/一通話のシステムでは足りなかったらしく、特有の早口で九通話連続で吹き込まれていたというものであった。
しかし用件には全く触れられておらず「後で直に会って話すわね。」という楽しいオチであったため、消去せずに保存して来客に聞かせて、もてなしの一つとしていた。


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幼少時より虫が大嫌いだった。
虫偏の漢字も嫌いだったが、唯一「虹」だけは好きだった(『クイズダービー』にてこのエピソードが出題された)。

グルメとしても有名であった。
料理も得意で自炊したが、著述活動の傍ら「女性が一人でも気軽に寄れるお店を作ろう」と、妹の和子と東京都港区赤坂で小料理屋「ままや」を開店した。

「ままや」は邦子の死後も妹の和子によって営業が続けられたが、1998年(平成10年)に閉店した。
その経緯は和子著の「かけがえのない贈り物」に詳しい。

1970年代には倉本聰・山田太一と並んで「シナリオライター御三家」と呼ばれた。


出典: 「向田邦子」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

僕は『父の詫び状』を読んだけれど、これは実に面白く読めましたよ。。。 邦子さんのお父さんは苦労人で、人の嫌がる転勤もしばしば遣ったらしい。。。 それで、邦子さんもずいぶん転校したことが書いてありました。

「父親は高等小学校を卒業したあと第一徴兵保険(東邦生命保険。現、ジブラルタ生命保険)に給仕として入社し」たと書いてありますけれど、デンマンさんのお父さんも小学校を卒業したあと忍町尋常高等小学校(現在の行田中央小学校)の給仕をしながら独学で教員検定試験を受けて18歳で先生になたのでしたよねぇ~。。。

忍町尋常高等小学校


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(このような校舎でした。 実物ではありません)

 

市庁舎、産業文化会館、体育館の北が、忍城東方の守りの内行田沼を埋め立てた地で、忍町尋常高等小学校が大正11年1月に竣工した。
だから昭和54年現在71歳の人が第1回卒業生で、20数歳の人が最後の入学生ということになるから、この忍町尋常高等小学校の大校舎を知っている人は市民に多いと思う。 (略)

教員数32名、児童数1,888名という小学校で、昭和12年星川村が合併を機に小学校が東西南北となり忍町南小学校になり、16年には忍町国民学校、22年また忍町南小学校となり、24年市制により行田市立南小学校、29年に南小学校が分離して行田市立中央小学校と名前も6回替り、現在に至っている。

玄関の前に軍艦の大砲があった。
郷土出身の小山与四郎大佐の口添えで、須加小学校と忍町小学校の2校が払い下げを受けたことを、知っている人は少なくない。

また昭和4年4月7日、今の体育館のところにロシア軍艦の11メートルの主砲で立派な表忠碑が立っていた事も、昔の語り草となってしまった。
児童数も昭和20年度には3,020人、新制中学で高等科がなくなっても、28年度は教員数67人、児童2,878人というマンモス小学校となった事も、当時の人には思い出深い事であろう。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


113-115ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社

『行田物語 ピアノ』に掲載。
(2017年6月8日)

戦前に生まれた人は、けっこう苦労人が多いのですよ。。。 苦労した甲斐があって僕のオヤジは最後は校長先生になって退職しました。

つまり、邦子さんの父親とデンマンさんのお父さんが同じ苦労人なので、この記事を書こうと思い立ったのですか?

いや。。。 そうじゃないのです。。。 たまたまバンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら妹の和子さんが書いた姉 向田邦子の「遺書」という箇所に出くわしたというわけです。。。 赤字にした箇所に注目してください。。。

東邦生命の社長と書いてありますわねぇ~。。。

そうです。。。 東邦生命と聞いて真由美ちゃんは何か思い出すことはありませんか?

確か、亡くなったデンマンさんのお母さんは、若い頃に東邦生命の外交員をしていたのではありませんかァ~。。。

そうです。。。 頑張って成績を上げ社長賞をもらいに本社に出向いたことがあったのですよ。。。 かつて、その事で真由美ちゃんとメールで語り合ったことがあるのです。。。 覚えてますか? 次のようなメールです。。。


(rainbow9.jpg)


(banzai03.jpg)

 (前略)

たまたま母と話しをしていたら、“行田の伯母さん”、つまり、デンマンさんのお母さんが入院したという事を聞いたのです。
私が、「どのような人なの?」と尋ねたら、
母には、とても優しくしてくれた人だということで、とても感激して話していました。

デンマンさんに初めて電話した時に、偶然にも「お葬式まで準備していたのに、母親が奇跡的に助かって。。。」というお話を聞いて、なんだか私の心まで暖かくなるようなお話だと思いました。
デンマンさんのお母さんは 人に優しくしているので “神様”が奇跡を起こしたのではないだろうか?
私は、そんな風に考えることができました。

もともと子供の頃から、私は海外に行くことと語学に憧れを抱いていました。
それでも本当にやりたいことを自分から行動に移せず、甘えた環境でずっと生きてきた自分を、今になって改めて考えるようになりました。
やりたいことをやらないと、一生、この思いは引きずるんだろうな?

このような思いに捉(とら)われていた時に 母が“行田の伯母さん”の長男に デンマンさんという人がいて、20代でカナダに移住し、今でもカナダで暮らしているという話を初めて聞いたのです。
その時、私の中で一気に込み上げてくる思いがありました。

実際こうして、親戚の方と、海を越えて、何十年越しにコンタクトをとれるというのは、私にとって信じられないほど嬉しい事です。
デンマンさんの“海外飛躍遺伝子”の記事を読んで、なんとなく素直に信じることができました。

 (後略)

by 真由美

2014年3月25日 午後10時20分

 


(kato3.gif)

 

真由美ちゃん、おはよう!
さわやかにお目覚めですか?

バンクーバーの今朝は素晴らしい!。。。の一言に尽きる朝です。
気温は13度!
さわやか! すがすがしい!
しかも、快晴に近い空でした!
雲がほとんどない青空が広がっていましたよ!

ルンルン気分でスキップしたくなりましたよ!
きゃはははははは。。。


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私は毎朝4時に起きて5時に自宅を出て
車で40分くらい運転をしながら
朝日を浴びて出勤しています(*^_^*)

出勤まで結構な時間と距離があるので、大変ね。。という方もいますが、
私はこの時間が嫌いではなく、
むしろ気持ちの良い時間です(*^。^*)

 

事故に遭わないように安全にはくれぐれも気をつけてね。
僕は、もう ほとんど車を運転しません。
健康のために歩いています。
歩いて すべての用が済ませることができるマンションに住んでいるのでラッキーですよ!

毎日、図書館の往復の1時間が 楽しいです。
今朝のように、快晴の日には、マジでスキップしたくなります。 (微笑)

夕べ、図書館から帰って、夕食を食べ終えたら、お袋から電話がかかってきましたよ。
10時近かったでしょうか?

今は、介護施設「ハートフル行田」から退所して、実家でのんびりと暮らしているようです。
元気な声で話していたので、僕も安心しました。
ただ、耳が遠くなったので、僕の話は半分ぐらいしか聞き取れていないようですよ。
補聴器をつけなければと いつも言うのですが、まだ補聴器を買ってないようです。

40代の頃から腎臓が悪くて 体に“むくみ”が出ていましたからね。
子供心に、長くは生きられないようだと、悲しい気持ちで見ていたこともありました。
とにかく、よく働き、ぼくら 子供を心からよく面倒見ていましたね。

実は、お袋は小学校だけしか出てないのですよ。
旧・南河原村(現在は行田市に編入)の実家は、お袋が子供の頃にはお金に困っていた。
その当時は、どこの農家も貧しかったのです。
それで、母親の実家の遠い親戚が池袋で寿司屋さんをしていたので、
10代の頃は、僕の母親は その寿司屋さんで女中奉公をしていたのですよ。

店が忙しいときには、店の手伝いもさせられたそうです。
小学生の頃から畑仕事をさせられ、
娘時代は女中奉公。
自分の好きな事は何もできなかったそうです。

実家のために、ずっと働き通しだったそうです。
稼いだお金は、ほとんどすべて実家に入れたそうですよ。
僕の祖父(真由美ちゃんには曽祖父)が、寿司屋までお金を取りにいったそうです。

そういうわけですから、“子供には自由に人生を歩んでもらいたい。”
お袋は僕が小学校の頃から よくそう言ってましたね。
僕が、とにかく自分の好きな人生を歩んでこれたのは、そういう経緯(いきさつ)もあるのです。

要するに、「自分の自由な人生を歩む」ということは、母親がやろうとしてできなかったことです。
母親は実家のために女学校にも行けず、娘時代には女中奉公して働かねばならなかった。

たまに実家に帰って田んぼで田植えなどしていると、
お袋よりも成績が悪かった同級生の女の子が自転車に乗って行田の女学校に通う姿を見ることがある。

“どうして? どうしてなの? どうして自分は、こんな惨めな境遇に生まれなければならなかったの?”
そう思ったことも、あったと言います。
でも、そんなことを思っても、どうにもならないので、とにかく、毎日毎日、”お天道様(てんとうさま)”が見ているので、しっかり働いたと言います。

だから、僕も、母親の分まで自由に生きたいと。。。 (勝手な言い分ですが。。。)

お袋は 苦労しながら働くことに慣れていたのでしょうね。
僕が大学生当時、お袋は東邦生命の保険の外交員をやっていたのですが、
成績が全国で3番になるほどで
社長賞をもらいに、東京の本社まで出かけていったことがありました。


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旧東邦生命ビル


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3人のうちで、他の二人はファッション雑誌から抜け出てきたようなドレスを着ていたけれど、
“私が一番みすぼらしかったよ!” と苦笑していました。

贅沢する気になれば、ドレスも買えたのですが、そのような事は する気になれない人でした。
家のため。。。子供のため。。。そういう気持ちが身についてしまったのでしょうね。

“お天道様(てんとうさま)”は見ていたのですよ。
あれだけ体が弱かったお袋が これまで長生きできたのですからね。。。

そして、夕べ 僕に電話をかけてよこしたのです。
涙が出てくるほどうれしいことです。 ホント。。。

お袋が 真由美ちゃんのお母さんに優しい気持ちになれるのも、いろいろと苦労した過去があればこそです。
そういうわけですから、真由美ちゃんも“お天道様(てんとうさま)”が見ていることを忘れずに、
マイペースで、しっかりと人生を送ってね。

じゃあね。
バイバ~♪~イ。。。


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05月31日 04:16 AM

(Vancouver Time: Friday, May 30, 2014 12:16 PM)

 

 

デンマンさん、こんにちは(*^_^*)
私は仕事を終えて今日はビデオ屋さんによってから今帰宅しました。

昨日デンマンさんが送ってくれたメールの返信をゆっくりしたいと思い、今日になってしまいました。
デンマンさんがくれたメール、昨日の朝読みました。
デンマンさんのお母さんの話を、沢山してくれて、とても嬉しかったです。

そして、なぜですかね。。。
デンマンさんのメールを読んでいたら、お母様の素晴らしい人間性と、デンマンさんの、人生感、本当に感動しました。

デンマンさんのお母様は、本当に素晴らしい方ですね。
人間皆、そんな心の持ち主だったら。。。
なんて思います。

お母様の話を聞いて、もっと会いたい気持ちが膨らみました。

40代の頃から腎臓が悪くて 体に“むくみ”が出ていましたからね。
子供心に、長くは生きられないようだと、悲しい気持ちで見ていたこともありました。
とにかく、よく働き、ぼくら 子供を心からよく面倒見ていましたね。

実は、お袋は小学校だけしか出てないのですよ。
犬塚の実家は、お袋が子供の頃にはお金に困っていた。
その当時は、どこの農家も貧しかったのです。

それで、犬塚の遠い親戚が池袋で寿司屋さんをしていたので、
10代の頃は、僕の母親は その寿司屋さんで女中奉公をしていたのですよ。
店が忙しいときには、店の手伝いもさせられたそうです。

小学生の頃から畑仕事をさせられ、
娘時代は女中奉公。
自分の好きな事は何もできなかったそうですよ。

実家のために、ずっと働き通しだったそうです。
稼いだお金は、ほとんどすべて実家に入れたそうですよ。
僕の祖父(真由美ちゃんには曽祖父)が、寿司屋までお金を取りにいったそうです。

そういうわけですから、“子供には自由に人生を歩んでもらいたい。”
お袋は僕が小学校の頃から よくそう言ってましたね。
僕が、とにかく自分の好きな人生を歩んでこれたのは、そういう経緯(いきさつ)もあるのです。

要するに、「自分の自由な人生を歩む」ということは、母親がやろうとしてできなかったことです。

 

本当に素晴らしいですね。。。
苦労を沢山分かっているからこその人間性なんでしょうか。
こればかりは真似しようと思ってもきっと真似できないでしょう。
けれどもこんな母親はお手本にしたいばかりです。

 

母親は実家のために女学校にも行けず、娘時代には女中奉公して働かねばならなかった。
たまに実家に帰って田んぼで田植えなどしていると、
お袋よりも成績が悪かった同級生の女の子が自転車に乗って行田の女学校に通う姿を見ることがある。

”どうして? どうしてなの? どうして自分は、こんな惨めな境遇に生まれなければならなかったの?”
そう思ったことも、あったと言います。
でも、そんなことを思っても、どうにもならないので、とにかく、毎日毎日、”お天道様(てんとうさま)”が見ているので、しっかり働いたと言います。

だから、僕も、母親の分まで自由に生きたいと。。。 (勝手な言い分ですが。。。)

お袋は 苦労しながら働くことに慣れていたのでしょうね。
僕が大学生当時、お袋は東邦生命の保険の外交員をやっていたのですが、
成績が全国で3番になるほどで
社長賞をもらいに、東京の本社まで出かけていったことがありました。

3人のうちで、他の二人はファッション雑誌から抜け出てきたようなドレスを着ていたけれど、
“私が一番みすぼらしかったよ!” と苦笑していました。
贅沢する気になれば、ドレスも買えたのですが、そのような事は する気になれない人でした。
家のため。。。子供のため。。。そういう気持ちが身についてしまったのでしょうね。

“お天道様(てんとうさま)”は見ていたのですよ。
あれだけ体が弱かったお袋が 長生きしているのですからね。。。

そして、夕べ 僕に電話をかけてよこしたのです。
涙が出てくるほどうれしいことです。 ホント。。。

 

デンマンさん…

私はこの記事を読んで朝から泣きました。


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でもその涙はとっても気持ちのよい涙で。。
心が晴れたように、とても澄んだ気持ちになりました。
お話して下さって、本当にありがとうございます。

 

お袋が 真由美ちゃんのお母さんに優しい気持ちになれるのも、いろいろと苦労した過去があればこそです。
そういうわけですから、真由美ちゃんも”お天道様(てんとうさま)”が見ていることを忘れずに。。。


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デンマンさんのこの言葉で、私は朝から頑張ろう!っと気持が漲ってこれました。
デンマンさんのお母様は、お天道様のような人ですね。

本当にお会い出来る事を楽しみに、というより、
逢えるということに感謝です。。。

では、デンマンさんも
お気をつけてウオーキングに読書、楽しんで下さいね(*^_^*)


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2014年06月01日 18:26

 

 

真由美ちゃん、おはよう!
今朝のバンクーバーはすがすがしい、素晴らしい天気です。

マジで、ルンルン気分でスキップしたくなりました。
お天道様が、ニコニコしながら見ていましたよ。
きゃははははは。。。

 

デンマンさんこんにちは(*^_^*)
私は仕事を終えて今日はビデオ屋さんによってから今帰宅しました。
昨日デンマンさんが送ってくれたメールの返信をゆっくりしたいと思い、今日になってしまいました。

デンマンさんがくれたメール、昨日の朝読みました。
デンマンさんのお母さんの話を、沢山してくれて、とても嬉しかったです。
そして、なぜですかね。。。

やっぱり、血のつながりでしょうねぇ。
この事については記事にも書いたのですよ。


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真由美ちゃんと電話で話したこと、メールの内容なども拝借して記事の中で使っています。
真由美ちゃんは、まだ読んでないかも。。。?

やっぱり、真由美ちゃんがカナダに住んでいる僕に関心を持ったということは、
“血のつながり”と共に“生き方”を同じくする者という共感もあるのでしょうね。
それで、僕も 真由美ちゃんに対して“身内の話”もしたくなるのですよ。

 

デンマンさんのメールを読んでいたら、お母様の素晴らしい人間性と、デンマンさんの、人生感、本当に感動しました。
デンマンさんのお母様は、本当に素晴らしい方ですね。
お母様の話を聞いて、もっと会いたい気持ちが膨らみました。

デンマンさん、、
私はこの記事を読んで朝から泣きました。

でもその涙はとっても気持ちのよい涙で。。。
心が晴れたように、とても澄んだ気持ちになりました。

そうですか。。。そうですか。。。

実は僕自身も、メッセージを書きながら、お袋の30代や40代の頃の面影がオツムに浮かんできて、思わずホロリとする瞬間がありましたよ。
でも、電話では、母親は 昔の苦労話や、悲しかった事などはおくびにも出しませんでした。

初めから、お互いに元気であることを喜び、声が聞けたことに感謝して、笑い転げながら話しましたよ。
実に、愉快な人です。

真由美ちゃんも、僕のお袋と話せば、面白い楽しい人だということが すぐに解りますよ。
でも、内面には、ずいぶんと苦労して耐え抜いてきた悲しみを持っている人です。

 

デンマンさんのこの言葉で、私は朝から頑張ろう!っと気持が漲ってこれました。
デンマンさんのお母様は、お天道様のような人ですね。

本当にお会い出来る事を楽しみに、というより、
逢えるということに感謝です。。。

では、デンマンさんも
お気をつけてウオーキングに読書、楽しんで下さいね(*^_^*)

真由美ちゃんも、今日一日、素晴らしい日になるように、ルンルン気分で過ごしてください。
じゃあね。
バイバ~♪~イ。。。


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06月02日 03:48

(Vancouver Time: Sunday, June 1, 2014 11:48 AM)

 

 

デンマンさん!こんにちは(‐^▽^‐)!
今日、芳江さんに会ってきましたよー!!
もぅ、話したい事が沢山あります!o(〃^▽^〃)o

昨日から、私の母の実家に泊りに来たので、
今日、芳江さんのところにお邪魔しようと思って、午前中に、自宅の方に連絡を入れてみたところ、
正造さんが出まして、お伺いしますと伝えたら、
正造さん自身は出掛けてしまうけども、
「母と次兄がいます」と言って電話を切ったら、すぐに、芳江さんからまた電話をいただいて、
ご自分は「耳が遠いもんで。。。、でも、来てくれるのを楽しみにしていますよ」、と言ってくれました。

それから母とすぐに向かい30分くらいで芳江さんの家に着き、玄関の扉が開いて、その先には車椅子が置いてありました。
茶の間の椅子に腰掛けている芳江さんにお会いして、その元気さと若さにびっくりしました!

自分では「少しボケてしまってね〜(笑)」なんて言っていたけど、
全然そんなことなく、はっきりとお話されていました!

芳江さんに、デンマンさんとよく連絡をとっている事
カナダの事についてデンマンさんがいろいろと相談、
協力してくれている事、カキフライの話。(笑)
とても嬉しそうに聞いてくれました。(-^□^-)

私の母とも、昔のトモエおばさんの話をしたり、
親戚の人たちの話をしていましたよ(‐^▽^‐)

デンマンさんの話になった時には、
デンマンさんが病院を変えてくれて、「どうにか生かせてくれ!」と言ってくれたんで、今こうして生きてるんですよ。
そのように話してくれた時には母と涙をこらえましたよ(‘-^*)/。。

ベーグルも食べて貰いたくて持っていきました(*^▽^*)
喜んでくれました!


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母が介護の仕事をしていますが、芳江おばさんの歳であそこまで綺麗な健康な自分の歯なのは、本当に珍しいですよ!とびっくりしていました!
喜代司(きよし)さんは わたしたちが話しているのを、隣でずっと聞いていましたよ。

芳江さんがお昼の時間をすごく気にしてくれていて、
何も用意していなくてすまません。と(。>0<。)

「近くに美味しい親子丼があるから、そこのでも食べるかい」、などと気を使ってくれました。
わたしと母もそろそろお邪魔するとこだったので
「芳江おばさん、本当にお気遣いなく。。。」
と言って、1時間くらいお話をしてきました。

もっと沢山お話したかったくらい、本当に穏やかで
素敵な方でした。
そして素敵な時間でした。

デンマンさんは帰ってくると「いろいろ連れてくれて いろいろ食べさせてくれる」と嬉しそうに話していました。
また10月にでもデンマンさんが帰くる時には
また遊びに来ますと伝えてきました(=⌒▽⌒=)

帰りに芳江おばさんと写真をとりました^ – ^
母と、私と一枚ずつ。(‐^▽^‐)
わたしは何故だか涙が溢れてきちゃって。(ノ◇≦。)


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芳江さんは 「せっかく来てくれたのに、お構いできなくて、すみませんね」、と何度も何度も気にされていて、
帰ってしまう私達を玄関の奥で手を振って見送ってくれました。
また涙です(笑)

母と帰りの車の中で、芳江おばさんと会えて、よかった。
本当によかったねと。
話しながら帰ってきました。

ちょうど母と到着した頃、芳江おばさんからおばあちゃんの家に電話を頂きました。
今日はありがとうございましたとの事で、
わたしのおばあちゃんと少しお話をされていました。^ – ^!

本当に今日は素敵な素敵な日でした。
今も芳江おばさんの笑っている笑顔が頭に焼きついていますよ。

とっても優しくて、とっても可愛らしくて素敵な方でした✨
また会えるのが本当に楽しみです^ – ^!!

デンマンさんがこのメールを開く頃にはちょうど、わたしは夢の中ですが(笑)
今日はとてもよい夢を見れそうです。✨
ありがとうございました^ – ^!

わたしもカナダ就職に向けて、一歩一歩がんばりますね!
デンマンさん、よろしくお願いします☺️


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真由美より

2014年06月16日 17:35

 

真由美ちゃん、おはよう!
元気で会えて良かったね。

芳江母も 生きていて良かったと幸せを感じたことでしょう!
僕も涙が出てくるほどうれしいですよ。

 

自分では「少しボケてしまってね〜(笑)」なんて言っていたけど、
全然そんなことなく、はっきりとお話されていました!!

病気は気からと昔の人は言いましたが
気分がいいと、気持ちもしっかりするものですよ。

僕がお袋と話をすると、
たまに会うものだから話が尽きないのですよね。

それに昔話だとかお袋の若い頃の話をしますから、
お袋の気持ちが次第に若返って、二人で笑い転げるのですよ。

すると、お袋は言うものです。
「あれっ。。。起きた時には頭痛がして、気分が悪かったのに、
あんたと話していたら、ずいぶん笑ったせいか朝の気分の悪さも、頭痛もすっかり飛んでしまったよ。。。
やっぱり、病気は気からと言うけれど、笑って暮らさないと駄目なんだねぇ~。。。」

正に、そのとおりだと思いますよ。

 

芳江さんに、デンマンさんとよく連絡をとっている事
カナダの事についてデンマンさんがいろいろと相談、協力してくれている事、カキフライの話。(笑)
とても嬉しそうに聞いてくれました。(-^□^-)

私の母とも、昔のトモエおばさんの話をしたり、
親戚の人たちの話をしていましたよ(‐^▽^‐)

デンマンさんの話になった時には、
デンマンさんが病院を変えてくれて、「どうにか生かせてくれ!」と言ってくれたんで、
今こうして生きてるんですよ。

。。。と話してくれた時には母と涙をこらえましたよ(‘-^*)/。。

うん、うん、うん。。。
母が幸せを感じている姿が目に見えるようですよ。
真由美ちゃんと、とも子さん母娘に会えて、お袋も久しぶりに楽しいひと時を過ごしたことでしょう。

母親の病気が重くなっていると、親戚の皆さんが感じているので、尋ねて来る人も少なくなっているのですよ。。。
だから、たまに親戚の人が見えると、お袋も気分がいいのですよ。

 

ベーグルも食べて貰いたくて持っていきました(*^▽^*)
喜んでくれました!


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母が介護の仕事をしていますが、芳江おばさんの歳で
あそこまで綺麗な健康な自分の歯なのは、本当に珍しいですよ!とびっくりしていました!

確かに、あの年で“自分の歯”を持っている人は珍しいでしょうね。
30代、40代の頃には 母は体が弱かったけれど、もともと健康体で生まれてきたのですよ。

母親の上に、先に生まれた二人の男の子が 幼くして亡くなっているのです。
女の子は男の子よりも健康に生まれてくると言いますよね。
だから、一姫二太郎と言うのですよ。

つまり、初めに生まれてくる子は女の子の方がいいのですよ。
健康で育てやすいから。。。

子供の頃から無理して働いたので、母は、体を壊してしまったのです。
でも、もともと健康体だから、僕ら子供たちは、母親からは、健康に生まれたのですよ。

その証拠に、僕は 小学校3年生を最後に、医者にかかったことがない。
未だに、医者に診てもらったことがないほど健康なのですよ。

 

もっと沢山お話したかったくらい、本当に穏やかで
素敵な方でした。そして素敵な時間でした。

デンマンさんは帰ってくるといろいろ連れてくれていろいろ食べさせてくれると嬉しそうに話していました。
また10月にでもデンマンさんが帰くる時には
また遊びに来ますと伝えてきました(=⌒▽⌒=)

うん、うん、うん。。。
母も、きっとその事を楽しみにしていますよ。
また、寿命が延びるでしょう。 (笑)

 

帰りに芳江おばさんと写真をとりました^ – ^
母と、私と一枚ずつ。(‐^▽^‐)
わたしは何故だか涙が溢れてきちゃって。(ノ◇≦。)

母も、きっと幸せをかみ締めて喜んでいたことでしょう。
ほんとうに、ありがとう!

 

本当に今日は素敵な素敵な日でした。
今も芳江おばさんの笑っている笑顔が頭に焼きついていますよ。

とっても優しくて、とっても可愛らしくて素敵な方でした✨
また会えるのが本当に楽しみです^ – ^!!

デンマンさんがこのメールを開く頃にはちょうど、わたしは夢の中ですが(笑)
今日はとてもよい夢を見れそうです。✨
ありがとうございました^ – ^!

はい、はい、はい。。。
こちらこそ、ありがとうございました。

真由美ちゃんも、元気で また、ルンルン気分でベーグルを焼いてください。
10月に会えるのを楽しみにしています。
じゃあね。
バイバ~♪~イ。。。


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2014年06月17日 02:58

(Vancouver Time: Monday, June 16, 2014 10:58 AM)


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【デンマンの独り言】


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真由美ちゃんは、ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

去年(2016年)の9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

忙しい時間を割いて、真由美ちゃんも僕の母親の葬式には参列してくれました。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


(polar10.jpg)

上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


(hand.gif)

If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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『サンタ マユミちゃん』

『お汁粉@海外』

『お汁粉@カナダ』

『支払いでトラブル』

『風邪で甘えてる場合じゃねぇ~!』

『バレンタインのお菓子』

『結婚、仕事、人生』

『命の力だね』

『英語と真由美ちゃん』

『海外に目を向ける』

『カーネギーホールじゃないよ』

『やる気があれば道は開ける』

『ニャンニャンと人生』



(spacer.png+betty5de.gif)
(hiroy2.png+betty5d.gif)
『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 


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『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』

『日本で再会』


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』


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『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


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『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』

『那須高原の紅葉』

『希望とロマン』

『錯視 錯覚』

『マンボ@バンクーバー』

『オリーブオイル』

『スコーンとプディング』

『5月のロブソン』

『病院食の間違い』

『プレミアム・ジャパン』

『自然の摂理を無視すると…』

『夢のデニッシュ・悪夢のマーガリン』

『パリ風カフェ』

『どこか狂ってるわ』

『行田遠野物語』

『行田物語 ピアノ』

『行田物語 猫』

『行田物語 母の懐』

『行田物語 ケネディ暗殺』

『行田物語 病院食』

『行田物語 お股の花々』

『晩香坡物語 ジャズ』

『行田物語 悪夢』


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