Archive for the ‘スペインの歴史・文化・生活’ Category

初恋の思い出

2017年2月1日

 

初恋の思い出

 


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デンマンさん。。。 今日はデンマンさんの“初恋の思い出”をじっくりと聞かせてくれるのですかァ~?


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。。。ん? 僕の“初恋の思い出”をジューンさんは聞きたいのですか?

だってぇ~、タイトルに、そう書いてあるではありませんかァ!

いや。。。 今日は僕の“初恋の思い出”ではないのですよ。。。

じゃあ、どなたの“初恋の思い出”なのですかァ~?

あのねぇ~、スペインのセビリアに住むマリア・ゴンザレスさんが“初恋”に拘(こだわ)っているのです。。。


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セビリア


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セビリア(Sevilla)は、スペイン・アンダルシア州セビリア県のムニシピオ(基礎自治体)。
アンダルシア州の州都であり、セビリア県の県都である。
自治体人口は約70万人(スペイン第4位)であり、セビリア都市圏の人口は約130万人である。
スペイン南部の政治、経済、文化の中心地であり、観光都市である。

発音・表記

日本では、セビリア(またはセビリヤ)とする表記が一般に定着している(「セビリアの理髪師」、観光ガイドなど)が、スペイン語での発音とは異なっており、よりスペイン語の発音に近い記述への試みから、セビーヤ、セビージャ、セビリャ、セビーリャとも表記される。
この表記の揺れは、スペイン語圏各国・各地域におけるll(エリェ)音の発音の差異に、起因したものである。

英語ではSeville (「セヴィル」)、フランス語ではSéville(セヴィル)、イタリア語ではSiviglia(シヴィッリャ)と発音する。

スペイン語では b と v を区別せず語・文中では[β] で発音し、カタカナで表すときはバ行を使うことが普通である。
しかし、英語などの発音を混在させてセヴィージャ、セヴィリアなどと誤って表記する者もいる。

歴史

古代ローマ時代には「ヒスパリス」(ラテン語: Hispalis)と呼ばれた。
紀元前8世紀か紀元前9世紀にタルテソスにより支配され、のちにフェニキア人やカルタゴ人の植民都市となった。
カルタゴ人は紀元前216年に都市を破壊したが、紀元前206年にスキピオが近郊にイタリカを建設し、ヒスパリスの再建を始めた。

8世紀よりイスラム勢力の支配下に入り、「イスビリヤ」と呼ばれるようになった。
タイファ諸国の分立期には、セビーリャ王国が栄えた。
レコンキスタの進展により、1248年にカスティーリャ王国のフェルナンド3世に征服され、以降はカスティーリャ王国の主要都市として発展した。

イタリアのジェノヴァ商人がセビリアに拠点をおいて積極的な活動を行っており、中世より港湾都市として栄えた。
当初はキリスト教徒とユダヤ教徒の共存がみられたが、14世紀半ばのペスト(黒死病)大流行の原因がユダヤ人に帰されるなど反ユダヤ主義の風潮が強まり、14世紀末にはポグロム(ユダヤ人虐殺)が起こった。
この動きは他の都市にまで波及し、多くのユダヤ人が迫害を受けた。

15世紀後半、カスティーリャ王国とアラゴン王国の合併によって成立したスペイン王国は、同世紀末にレコンキスタを完了させるとともに新大陸へ船を進めた。
イベリア半島西岸と航路で結ばれているセビリアは、新大陸との貿易の独占港となって繁栄を誇った。
16世紀から17世紀には、セビリアはスペインでもっとも人口の多い都市となり、1649年には13万人を数えた。
その年にペストが大流行し、セビリアは重要性を失い始めたが、バロック美術の中心地として重要性を保った。

19世紀のスペイン立憲革命では、セビリアは自由主義者の拠点となった。
20世紀のスペイン内戦では、アフリカに近い位置にあることから早期にフランコ軍に占領された。

1992年にはセビリア万博が開催された。

観光


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闘牛やフラメンコの本場で、スペインを代表する観光都市。

セビリア大聖堂、アルカサル、インディアス古文書館は世界遺産に登録されている。

セビーリャ美術館には スルバラン、ムリージョの作品が所蔵されている。


出典: 「セビリア」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

どうして急にスペインのセビリアに住むマリア・ゴンザレスさんを取り上げるのですか?

ちょっと次のリストを見てください。。。


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『拡大する』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の1月26日の日本時間で午後9時52分から10時19分までの約30分の「生ログ」です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。

あらっ。。。 1月26日の午後10時5分にスペインのGOOGLEで検索して デンマンさんが『徒然ブログ』に投稿した”First Love (初恋)”を読みにやって来たのですわねぇ~。。。


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『First Love』

上の記事をマリアさんは読んだのですよ。。。 言ったでしょう。。。 マリア・ゴンザレスさんは初恋に拘っているのです。。。

でも。。。、でも。。。、マリア・ゴンザレスさんがアクセスしたとはどこにも書いてないではありませんかァ!

あのねぇ~、IPアドレスを調べると書いてあるのですよ。。。


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『拡大する』

上のページの一番下にアクセスしたネット市民の名前 (Maria Gonzalez) が書いてあるでしょう!

確かに書いてありますけれど、プライバシーの保護のためにアクセスした人の名前までは絶対に表示されないのですわァ~。。。

ジューンさんは意外にネットに詳しいのですねぇ~。。。

そんなことは常識ですわァ~。。。

実は、他に アクセス者の名前をゲットする方法があるのです。。。 この後すぐに説明しますから、まず マリアさんがフラメンコを踊るのを見てください。。。 上のウィキペディアの説明にも書いてある通りマリアさんが住んでいるアンダルシア地方はフラメンコの本場ですからねぇ~。。。 ジューンさんも じっくりと見てください。。。


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上のクリップでフラメンコを踊っているのがマリアさんなのですか?

ジューンさんは信じられないのですかァ~?

信じられませんわァ!

分りました。。。 ジューンさんが信じないのであれば、ちょっと次のコメントを読んでみてください。。。

 

 

I read your “First Love.”

I’ve decided to drop a few lines here.

Well… I also viewed “Summer of ’42” some years ago.

Yes, it is an unforgettable movie that remains in my heart even now.

Word comes to the woman that her husband has been killed in action, and almost wordlessly she takes the adolescent boy to her bed that very same night.

The next day she is gone, leaving behind a note in which she gently declines to comment on the meaning of their experience.

The note, however, suggests that perhaps, with time, it will take on an appropriate meaning of its own for the boy.

Based on my experiences, I really hoped so when I watched the flick.

Anyway, thanx much for reminding me of the fascinating movie.


【デンマン訳】

あなたが投稿した記事(”First Love”)を読ませていただきました。

感じたことを書かせていただきます。

記事の中で紹介された映画”Summer of ’42(おもいでの夏)”を何年か前に私も観ました。

そうですねぇ~。。。 観たあとでも いつまでも心に残る映画でした。

太平洋戦争中に夫が戦死して、その戦死公報が届くのでした。

その晩、未亡人になった女性は悲痛な思いで 親しくなった思春期の少年をベッドに誘うのでした。

翌日、未亡人はノートを残して家を出てゆきます。

そのノートには、昨夜の出来事については特に触れていません。。。

でも、未亡人は、少年が年と共に、やがて二人の間に起こったことを理解してくれるだろうと祈るような思いをこめて書いています。

私にも似たような経験がありますが、映画を観て未亡人の気持ちが伝わってきました。

いづれにしても、久しぶりに映画を思い出させてくれてありがとう。


 

Maria Gonzalez

2017年1月27日 4:29 AM

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フラメンコを踊ったとは どこにも書いてないじゃありませんかァ!

あのねぇ~、マリアさんはフラメンコが本場のアンダルシア地方に住んでいるのですよ。。。 だから、フラメンコが踊れるのは、いわばスペイン人にとっては常識なのです。。。 日本の盆踊りのようなものですよ。。。

でも。。。、でも。。。、上のコメントにはフラメンコのことは一言も書いてありませんわ。。。

あのねぇ~、確かに、「フラメンコ」という言葉は出てきません。。。 でもねぇ~、“私にも似たような経験があります”と書いてある。。。

つまり、その経験の中でマリアさんはフラメンコを踊ったのですか?

そうですよ。。。 マリアさんの情熱的なフラメンコを見て、映画の中の思春期の少年のようにアレクサンドロ少年はマリアさんの魅力の虜(とりこ)になってしまったのです。。。

おもいでの夏


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おもいでの夏(Summer of ’42)は、脚本家ハーマン・ローチャーの回顧録に基づく1971年のアメリカ映画である。
思春期の少年のひと夏の経験を描いた。

1942年夏、ニューイングランドの沖合いのナンタケット島へハーミーとその家族は、戦火を逃れてやってきた。
彼は、現地でオシー(オスキー)、ベンジーの同年の友人ができた。
思春期の彼らは性への関心が旺盛だった。

ハーミーは丘の上の一軒家に住む美しい人妻ドロシーの魅力に取り付かれた。
ドロシーの夫が出征した後、ハーミーはドロシーに接近する。

ガールハントの結果、ハーミーはアギーと、オシーはミリアムとデートをしたが、ドロシーのことが頭から離れないハーミーはアギーと関係することなく別れた。
ある夜、ドロシーの家を訪ねると、ドロシーの夫の戦死を伝える電報がテーブルの上にあった。

その夜、ハーミーはドロシーと初体験を行った。
翌日、再び訪ねると、既にドロシーは居ず、別れの手紙だけが残されていた。


出典: 「おもいでの夏」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

それで、マリアさんはアレクサンドロ少年と、映画のような体験を持った、とデンマンさんは言うのですかァ~?

そうですよ。。。

でも、そんな事はどこにも書いてないではありませんか!

あのねぇ~、マリアさんが僕のメールアドレスを突き止めて、詳しいことを聞かせてくれたのです。。。

信じられませんわァ。。。

昔の人は“信じる者は救われる!”と言ったのですよ。。。

でも。。。、でも。。。、いったい、マリアさんは上のコメントをどの記事に書いたのですか?。。。 『徒然ブログ』の記事には、全く関係ない英語のスパムコメントが書いてありますが、マリアさんのコメントはないではありませんかァ~!

マリアさんはDenman Blog の記事にコメントを書いたのですよ。。。 次の記事です。。。 ジューンさんもクリックして確かめてください。。。


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『Biker Babe』

確かに記事の一番下の方にコメントが書いてありますわ。。。 


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『実際のコメント』

でも。。。、でも。。。、マリアさんが書いたという証拠がないじゃありませんか!

ジューンさんは、僕の言う事を いちいち疑るのですねぇ~。。。

だってぇ~、ネットには人を騙すよなスパムメールを飛ばしたり、スパムコメントを飛ばしたりする悪者がたくさんいるのですわ。。。 素直に信じたら、後で馬鹿を見るのですわ。。。

つまり、僕もその悪者のうちの一人だ、とジューンさんは言うのですかァ~?

何事につけても用心した方がいいのですわァ。。。

分りました。。。 ジューンさんがそれほど僕が信用できないのなら証拠を見せますよ。。。 次のリストを見てください。。。


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『拡大する』

上の赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。 マリアさんがDenman Blog の ”Biker Babe”という記事に書き込んだコメントの詳細ですよ。。。

マリアさんは、どうして”First Love”と全く関係ない記事にコメントを書いたのですか?

いや。。。 全く関係ないわけではないのですよ。。。 ”Biker Babe”という記事のリンクは 『徒然ブログ』に掲載された”First Love”の記事の中に出てくるのです。。。


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『実際の記事』

つまり、“初恋の思い出”というのは、マリアさんの“初恋の思い出”ですか?

いや、違います。。。 アレクサンドロ少年の“初恋の思い出”ですよ。。。 いけませんか?


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたは“おもいでの夏”を観ましたか?

サウンドトラックが何とも言えず 素晴らしいのでござ~ますわァ~。。。

ええっ。。。 初恋の映画はお嫌いなのでござ~ますかァ~?

だったら、あなたのために1942年に制作された『千夜一夜物語(Arabian NIghts)』全編を貼り出しますわァ~。。。

当時としては 1時間40分の長編です。


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ただし、英語です。。。

ええっ。。。? 英語は全く聞き取れないのォ~?

だったら、次の検索結果を見て我慢してねぇ~。。。


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『現時点での検索結果』

あなただってぇ、上の検索結果を見てビックリするでしょう!?

『千夜一夜物語』に興味を持っているネット市民もたくさんいるのですけれど、

“おばさんパンツ”にも関心がある人が多いのでござ~♪~ますわァ。

実は、「おばさんパンツ」で検索してデンマンさんの『徒然ブログ』にやって来たネット市民の皆様は次の写真が気に入ったのですわァ!


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どうでござ~ますかァ?

そうです。。。! あたくしのランジェリー姿なのですわよう!

うふふふふふ。。。

なかなか イカスでしょう!?

それに、最近、デンマンさんのブログにアクセスするネット市民の皆様は あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”に注目しているのですわよう。

ええっ。。。 信用できないのでござ~ますか?

それではここで、あなたに ご覧にいれますわねぇ~。。。


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

最近 「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわよう。。。

うふふふふふふ。。。

あたくしは、ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわァ~。。。


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どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

ところで、あなたは『万夜一夜物語』を読んだことがござ~ますかァ~?

“千夜一夜物語”ではなくてぇ、“万夜一夜物語”ですわ。


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『万夜一夜物語』

デンマンさんが書いたのでござ~ますわよう。

ええっ。。。 10,001の話が書かれているのかってぇ~。。。?

とにかく、上のリンクをクリックして読んでみてくださいませぇ~。。。

あなたも、絶対にビックリするようなお話が出てきますわァ。

『万夜一夜物語』だけでは、物足りないのでしたら、
ジューンさんが登場する面白いお話もたくさんあります。

興味のある方は、どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましねぇ~。。。

ジューンさんの熟女下着
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『床上手なのねぇ~』

『外国人SEXデンマン』

『外国人SEXデンマン再び』

『大きいことはいいことじゃない』

『デンバー直行便でジューンさんの下着』

『ジューンさんのヌードを探して』

『半分のお尻で…』

『プーフィードレス』


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『万夜一夜物語』

『ゆかじょうず』

『日本語じょうず』

『モナリザがニーハオ』

『おばさんの下着がいいの?』

『なぜ、ヤノマミ?』

『マタハラ』

『マタハラとrundll32』

『お尻のえくぼ』

『なぜカウチポテト?』

『あなたの混浴』

『夢の出会いを求めて』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人
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『乙女と処女』

『戦場に行くことを教えた女教師』

『桜井の別れと母上様』

『ダイアモンドは女の親友』

『愛のコリーダを訳す』

『マルタ島のロマン再び』

『大前研一 奇妙な検索』

『ついに千夜一夜』

『いいね攻略と良妻賢母』

『批判が無いとヒトラーがのさばる』

『混浴入浴風景』

(roten101.jpg+cleoani.gif)

『9日間の女王』

『あなたは敬語?』

『原節子とジューンさん』

『モナリザの妹』

『ナイアガラとマリリンモンロー』

『おばさんパンツ@大晦日』

『ヴィーナスのえくぼ@ジューン』

『乳房振動とブラの研究』

『G線上のアリア』

『悲愴と白鳥』

『ブッダと千夜一夜物語』

『絹の道と千夜一夜物語』

『ヤノマミの乙女』

『ジャータカと今昔物語』

『白木屋お熊とセックス』

『パンツを売る乙女』

『床上手な女@マルタ島』

『宮沢りえとおばさんパンツ』

『マチュピチュとインディー・ジョーンズ』

『映画を愛する薄命の女』

『ベニスの騒動』

『アンネとハンナ』

『名器たこつぼ』

『レダの卵を探して…』


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『サモトラケのニケとミロのヴィーナス』

『薄命な女のパンツ』

『ロトの娘たち』

『もう一人のモナリザ』

『万夜一夜の謎』

『自由という誘惑』

『驚異の大洪水』

『おつまみミステリー』

『混浴風景を探して』

『ハレルヤ』

『マルタ島のロマンだ』

『宮沢りえ人気@海外』

『癒しを奏でるパンツ』

『マルタ島deロマン』

『生ログdeロマン散歩』

『宮沢りえ@クールジャパン』

『混浴風呂ガー』

『ウェルカムバック』

『コペンハーゲンからやって来た』

『ロシアからやって来た』

『海外美女ランキング』

『ブログを解剖する』

『スイスからトランプ見に来る』

『海外美女を探して』

『パンツde大晦日』

『Tバック@三賀日』

『とっちゃん坊や』

『また千夜一夜』

とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。


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こんにちは。ジューンです。

スパムメールが相変わらず多いですわよね。

あなたのメールボックスにも、

ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?

スパムメールを飛ばしているのは

いったい、どういう人たちなのでしょうか?

出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。

彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。

そのためにメールアドレスのリストを購入しています。

では、そのようなリストを販売している人は

どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?

ロボット(自動巡回プログラム)によって

自動収集させているのです。

ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは

毎日世界中のサイトを訪問し、

その内容をデータベースに書き込んでいます。

同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、

HTMLソースを分析し、

メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。

でも、使っていないメールアドレスが

たくさんあるのですよね。

あなたの使っているメールアドレスのことを

考えてください。

あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?

一つだけではないでしょう?

10以上持っているのではありませんか?

多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?

そのために、現在実際に使っている

メールアドレスを集めるために、

怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを

集めているのですわよ。

だから、あなたもむやみに信用できない人に対して

返信しないようにしてくださいね。

詳しいことはデンマンさんが次の記事で書いています。

『コメント魔』

(2012年4月3日)


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ところで、卑弥子さんが面白いサイトを

やっています。

興味があったら、ぜひ次のリンクをクリックして

覗いてみてください。

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。 バーィ


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今年こそ自殺したい

2017年1月10日

 

今年こそ自殺したい

 


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デンマンさん。。。 あんさんは、2017年に自殺したいん?


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なんでぇ~、わてが自殺せなァあかんねん。。。

そやかてぇ、タイトルに“今年こそ自殺したい”と書いてますやん。。。

わてが自殺したいんとちゃうねん。。。

そんなら、誰が自殺しようとしてるん?

ちょっと次のリストを見て欲しい。


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『拡大する』

これはライブドアの わての『徒然ブログ』の1月6日の「生ログ」の一部やねん。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。

あらっ。。。 新年早々の1月6日の日本時間で午後7時24分にスペインのGOOGLEで検索して あんさんが投稿した『マジで自殺したいの?』を読みはったのねぇ~。。。

そういうことやがなァ~。。。 スペインの首都・マドリードから北北西に300キロほど行ったレオンという街に宿泊している山田花子(仮名)さんが読んだのやがなァ~。。。

どないなわけで、あんさんは そんなことまで知ってるん?

簡単なことやがなァ~。。。 IPアドレスを調べると判るねん。。。


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上の地図の赤い矢印で示したレオンという街は、カスティーリャ・イ・レオン州レオン県の県都で、市の人口は2006年時点で136,999人。。。 レオン郊外も含めると 204,212人が住んでいるスペインではちょっとした都市やがなァ~。。。

山田花子さんはレオンに何しに行きはったん?

レオンという街は、昔 レオン王国の中心都市で、たくさんの見所があるねん。。。 花子さんは月並みな観光旅行ではつまらんさかいに、日本人があまり訪れないレオンに行ったのやんかァ~。。。

レオン


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中世にはレオン王国の首都が置かれていたため、有名なゴシック様式のレオン大聖堂やその他多くの記念建造物がある。
サン・イシドロ聖堂は、かつてのレオン王国歴代国王や王家の人々が埋葬された霊廟であり、ロマネスク様式の絵画を多く収めている。

市内にあるカサ・デ・ボティーネスは、建築家アントニオ・ガウディが初期に設計したもので、現在は銀行が入っている。
かつてサンティアゴ騎士団の本拠として16世紀に建設されたサン・マルコス修道院は、現在パラドールとレオン美術館として利用されている。

レオンは、復活祭のようなフィエスタで知られている。レオン市民による礼拝行進は国内外から観光客を集める有名な伝統行事となっている。

レオンは紀元前1世紀、ローマ軍団第6軍団ウィクトリクスによって建設された。
68年、第7軍団ゲミナが恒久的な軍事キャンプを創設し、これが市の原型となった。
レオンという都市の名前は、かつてのラテン語の名前Legio VII Geminaに由来する。

ローマ軍団は、ローマ皇帝ガルバによりイベリア人から補充され、彼らは市の場所を、アストゥリアスやカンタブリアの山岳民族から領土を守るための要地とした。
そして域内の、特にラス・メドゥラスで採掘される金の輸送を取り締まっていた。

後の皇帝たちの支配下でこの定期的なレオンの冬期宿舎は、プトレマイオスの旅行日記や幾つかの碑文から我々は知ることができる。
しかし、多くの碑文からは、強力な分遣隊は州の主要都市タラコ(Tarraco、現在のタラゴナ)にいたことが証明されている。

レオン王国

ローマ以後のレオンは、レオン王国の歴史が占める。アストゥリアス地方にあったローマ軍団の基地は、重要な都市に成長し、586年まで西ゴート族の攻撃に抵抗し続けた。
586年、ついに西ゴート王リウヴィギルド(en)に征服されたのである。レオンは、西ゴート王国が要塞の維持を許した数少ない都市の一つだった。
イスラム勢力との抗争時代、ローマ人が山岳民族の侵入から平野を守るために建設した要塞は、スペイン独立の最後の避難所として、山地を覆った進化した地位になった。

846年間近には、モサラベの集団が市に再び植民しようとしたが、イスラム勢力の攻撃で主導権が妨げられた。
856年、キリスト教徒のアストゥリアス王オルドーニョ1世の再植民の試みがなされ成功した。
オルドニョ2世はレオンをレオン王国の首都とし(914年)、イベリア半島のキリスト教徒都市で最重要の地となった。

987年頃イスラムの将軍による略奪に遭い、市はレオン王アルフォンソ5世によって再建され、彼は市場の機能を含む経済活動を取り締まる1017年法令を出した。
レオンはサンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かう巡礼路の拠点の一つであった。貿易商人と職人のための郊外が13世紀以降ふくらみ、自治対政府の影響を受け始めた。中世初期、家畜の飼育が市繁栄の時代を築いた。

近代から現代

16世紀、経済と民主主義の衰退が固定され、その状態は19世紀まで続いた。1936年7月、スペイン内戦時、レオンは共和主義者に対する闘争に参加した。

1960年代、レオンは県の田舎からの人口流入によって過大な成長を経験した。

1983年、レオンは近隣のカスティーリャ地方と合併し、新設されたカスティーリャ・イ・レオン州に含まれることになった。
少数の住民と地元政治運動は、カスティーリャに支配されることに反対した。
結果として、レオンは人口の少ない、レオン自治のための穏健な政治運動の中心となった。
一部のレオン住民は、サラマンカ県、レオン県、サモラ県(いずれもレオン地方を構成していた)各県からなるレオン州の創設構想を支持した。

見どころ

レオンは、目を引く中世建築からアヴァンギャルドな現代建築まで、多くの印象的な記念物を所有している。
最も有名な建物は、優れたステンドグラスを擁するレイヨナン式ゴシック建築のレオン大聖堂、ロマネスク絵画を収蔵するレオン王家の菩提寺サン・イシドロ聖堂、あふれるばかりのプラテレスク・ファサードのある旧サン・マルコス修道院(現在は豪華なパラドールとなっている)である。


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   レオン大聖堂

県議会の建物として使われているロス・グスマーネス宮殿は、ヒル・デ・オンタニョンによるプラテレスクの印象的なパティオを含む。
旧市街は中世の市壁の大部分と、ローマ時代の市壁の名残を保存している。

カサ・デ・ボティーネスは、ネオゴシック様式の建物で、アントニオ・ガウディの作品である。

レオンは、カスティーリャ・イ・レオン現代美術館(略称MUSAC)の本拠地である。
建物は印象的な現代的構造で、マンシージャ&トゥニョン(Mansilla & Tuñón)の建築チームによる設計である。
建物の最も他と区別できる部分は、数千の大きなステンドグラスでできたファサードである。
近郊のレオン講堂(これもマンティージャ&トゥニョンによる)は、不規則にはめ込まれた窓によって貫通した簡潔な白い立方体の存在が、一様に心を打つ。

その他に、飲食店の集中するバリオ・ウメドと、グラーノ広場がある。

民俗

レオン住民の習慣によると、聖週間市中心部でおびただしい数の礼拝行進が行われる。
最も美しいものは、聖ヨハネと聖母マリア、キリストが面会する様子を3つのグループが表現する『面会の礼拝行進』で、レオン大聖堂前の遊歩道で行われる。


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聖ヨハネ聖ペトロ祭も顕著なもので、6月最終週に祝われる。
開催中にコンサートと祭りが開催され、町全体がテラスと路上市場で占拠される。
レオン住民は、夏の最初の日、特に聖ヨハネの夜(6月23日)を祝い、皆が外へ出て美しい花火と焚き火を楽しむ。


出典: 「レオン (スペイン)」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

つまり、花子さんは死に場所を探すためにレオンに行きはったん?

ちゃうねん。。。 花子さんは、もともとスペインの歴史に興味があったのやがなァ~。。。

どないなわけで、花子さんはスペインの歴史に興味を持ちはったん?

花子さんはフラメンコが踊れるねん。。。


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そやけど、フラメンコというのんは、スペイン南部のアンダルシア地方に伝わる踊りですやん。。。

あれっ。。。 めれちゃんは、意外にスペインの事に詳しいのやなァ~。。。

別に、詳しいわけやあらへん。。。 フラメンコがスペイン南部のアンダルシア地方に伝わる世界的に有名な踊りであることは、なかば常識ですやん。。。

さよかァ~。。。?

それやのに、花子さんは、どないなわけでレオンに行きはったん?

アンダルシア地方には日本人の観光客があまりにも多すぎて、花子さんは幻滅してしまったのやがなァ~。。。

花子さんは日本人を避けてるわけやのォ~?

あのなァ~、花子さんは大恋愛に破れて傷心を癒すためにスペインに行きはってん。。。 それやのに、日本人のうるさい観光客がガヤガヤ周りにいたら、ますます鬱陶(うっとう)しくなるやんかァ~。。。 そやから、日本人観光客があまり立ち寄らないレオンに行ったわけやァ~。。。

それで、どないなわけで、あんさんの記事を読む気になりはったん?

スペインに来てまで、日本人のうるさい観光客がガヤガヤ周りにいたさかいに、花子さんは鬱陶(うっとう)しくなって落ち込んでしもうたのやァ~。。。 そないなわけで、忘れようとしていた大恋愛の心の痛手がまたぶり返してきたわけやァ~。。。

つまり、自殺しようという思いが、またオツムに根付き始めはったのやねぇ~。。。

そういうわけやがなァ~。。。 スペインで自殺すると、日本人の観光客にみっともない様を見せることになるので、花子さんは考えを変えたわけやねん。。。

それで、自殺するなら、スペインではなく、やっぱり日本でするほかないと思いはったん?

そういうことやァ~。。。 それで、ネットで検索していたら『マジで自殺したいの?』という わての記事に出くわしたのやがなァ~。。。 タイトルを見て、花子さんは一瞬心のうちを見透かされたような気がしてギクリとしやはってん。。。

それで、読み始めたわけやのォ~?

そういうこっちゃがなァ~。。。で、次の めれちゃんの手記に出くわしたのやァ~。。。

存在を否定してくれ


(lonely30.gif)

みんなわたしを否定してくれ
わたしの存在を否定してくれ

自分ひとりじゃ間に合わないんだ
みんなでわたしを否定してくれ

石ころのように扱ってくれ
虫けらのように踏みつけてくれ

やりきれない喪失感に
苛まれて生きるのはもうたくさんだ
自分のすべてを否定したいんだ
自分が存在することに吐き気がするんだ

命を断とうとしたさ
何度も何度も自分を破壊しようとしたさ

マヌケな命はそれでもこの世に
未練がましくのさばってるのさ

存在を消してしまいたい
誰からも見られたくない

 

めれんげ

August 28, 2009 15:19


『極私的詩集 存在を否定してくれ』より

『愛のコラボ (2009年9月29日)』に掲載

。。。で、上の手記を読みはってぇ、花子さんはどないな気持ちに なりはったん?

花子さんは、ギクッとしたのやがなァ~。。。 なぜなら、花子さん自身も命を断とうとしたさ 何度も何度も自分を破壊しようとしたのやがなァ~。。。

つまり、スペインに来る前に、日本でも自殺しようとしやはったん?

そういうことやがなァ~。。。 花子さんは更に 次の手記も読みはった。

人生に期待するな


(lonely15.jpg)


「人生に期待するな」

それがわたしの座右の銘だ

ほら、そのとおりになったじゃないか

夢も希望も持たずに生きてきたのは

間違いじゃなかったんだ

おかげで失望にも出会わなかったさ

あとは死に場所を探すだけだ

 

by めれんげ

September 26, 2009 18:40


『極私的詩集 人生に期待するな』より

『平成の小野小町』に掲載
(2009年10月3日)

。。。で、上の手記を読みはってぇ、花子さんはどないな気持ちに なりはったん?

花子さんは、やっぱりギクッとしたのやがなァ~。。。 なぜなら、花子さん自身もあとは死に場所を探すだけや!と思っていたのやがなァ~。。。、それがスペインへ行く理由とひとつやったァ。。。 そやけど、スペインにやって来たら日本人の観光客が意外に多くて、これやったら、日本で自殺するのとあまり変わりがあらへん、と思ったわけやァ~。。。

そいで、日本で死に場所を探し始めたというわけやのォ~。。。

そういうことやがなァ~。。。

。。。で、最終的に、どこに決めはったん?

それが、死ぬのがアホらしくなったのやがなァ~。。。

なんでぇ~。。。

次の記事を読んだからやんかァ~。。。

富士青木ヶ原樹海の「おかしな人」

5月のシーズンになると、樹海のまわりには「おかしな人」がウロウロする。
黒装束に身を固め、包丁片手に樹海に突入する女もいれば、「なんとなく青木ヶ原」という気分で民家の玄関先にぼんやり座る中年男もいる。
わざわざ民宿に泊まり「死にに来ました」と告白する主婦もいれば、「親を心配させるために、ここに来ました」という娘もいる。

中には死にたいのか死にたくないのかはっきりしない青年も来て、1日中、部屋にこもっていたりする。
挙句の果てにはバス停の看板に、
「宣言。 俺は生まれ変わってみせる! ここにはもう来ないぞ!」
などと落書きし、民宿の営業妨害をする。

民宿の落書帳を見ると、あるおかしなOLは男にふられ続けていると綿々と綴りながら、こう締めくくった。


(aoki03.jpg)

明日、樹海へ行きます。
樹海に行くのは初めてで長年の夢でした。
みんなは帰ってこないんじゃないかと心配してるけど、私は必ず帰ります。
……やりたいことがいっぱいあるから。

「何しに来たの、あんた」と民宿のおかみさんは怒る。
情け容赦ないおかみさんは、この手の「おかしな人」が来た場合、「気味が悪いから帰ってくれ」と送り出すことにしている。

村の格言でこれを「客は金落とさず、命落とす」などと言う。
ぶら下がり途中で助けを求める「金も命も落とさない」半端者もいた。


(jisatsu2.gif)

高い枯れ木にロープをかけ、首を吊ろうとした瞬間にポキッと折れて、地面に落ちたのだという。
村人が「大丈夫か?」と問うと、中年男はこう答えた。
びっくりしました。 死ぬかと思いました。

(注: 赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより
読み易くするために改行を加えています)


230-231ページ 『からくり民主主義』
著者: 高橋秀実
2002年8月2日 第5刷発行
発行所: 株式会社 草思社

なるほどォ~。。。 花子さんも富士山の樹海で死んだら“おかしな人”だと思われるかもしれへん、と考えはったわけやねぇ~。。。

そういうことやァ~。。。

。。。で、最終的には、どないしやはったん。。。?

次の めれちゃんの詩を読んで思いがはっきりとしたのやがなァ~。。。

小さな赤い花

 


(lotus1.gif)

 

わたしをあなたの庭に咲く

小さな赤い花にしてください

そして、お水を注ぎながら

何かお話を聞かせてください

わたしは何も言えないけれど

あなたの言葉を聞きながら

いろんなことを思うのです

あなたに愛されるように

いつまでも綺麗に

咲いています

だからわたしのことを

忘れずにいてください

 

by merange (めれんげ)

2010.02.19 Friday 10:24


『即興の詩 小さな赤い花』より

上の旧・「即興の詩」サイトは めれちゃんが
会費を滞納したために削除されました。

『永遠の愛のコラボ』に掲載

富士山の樹海で自殺して“おかしな人”と思われるくらいならば、めれちゃんのように受身でもいい。。。 小さな愛を胸に秘めて。。。 ひっそりと生きてゆこうと決めたのやがなァ~。。。

そやけど、なんで あんさんは そんなことまで解りはるのォ~。。。?

あのなァ~、めれちゃん。。。 この世には不思議なことが起こるねん。。。 花子さんは、めれちゃんの手記と詩を読んで、じっくりと考え込んでしまった。。。 そいで上の記事を読んだ3日後に わての記事にコメントを書きはってん。。。


(liv21224e.png)


『拡大する』

『実際のページ』

そやけど、上のコメントには「スペインの悩める子羊」と書いてますやん。。。 花子さんが書きはったという証拠でもあるん?

あるがなァ~。。。 次のコメントリストを見て欲しい。。。


(liv70109m.png)

『拡大する』


(lotus1.gif)

富士山の樹海で自殺しようと思いましたが、

アホらしくなってやめました。

めれんげさんのように小さな赤い花になろうと思います。

 


(kohitsuji.jpg)

 

スペインの悩める子羊

記入時刻: 2017-01-09 07:34:37

IPアドレス: 95.61.219.202


『マジで自殺したいの?』のコメント欄より
(2012年12月24日)

めれちゃんが生きることに意味を見出して 上の詩を書いた。。。 それを読んで花子さんは生きることの意味に改めて気づいたのやがなァ~。。。

つまり、この事を言うために、長々と余計な事を話しやはったん?

もちろん、それだけやないでぇ~。。。 めれちゃんの短歌や詩が読まれているということやがなァ~。。。 生きることの勇気を与えているのやがなァ~。。。 そやから、いつまでも休んでおらんで、「即興の詩」サイトを更新したらええやん。。。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。

そうですよねぇ~。。。 めれんげさんの愛の詩や愛の短歌は素晴らしいですわァ。

実は、あたくしにも燃え尽きぬ炎のような恋心を詠んだ短歌があるのですわよゥ。。。

ええっ。。。 信じられないのでござ~ますかァ~?

では、あたくしが詠んだ熱烈な恋の歌を。。。


(tantra20.jpg)

 

朽ちてなお  

 

燃ゆるをやめぬ  

 

胸のうち  

 

激し夜あれ  

 

消せぬ焔よ

 


(fire910.gif)

ところで、話は変わりますけれど、

かつて、めれんげさんの熱烈なファンは たくさんいたのでした。

でも、うっかり めれんげさんが会費を滞納したために、

サイトを削除されてしまったのですわ。

けれども、2013年の6月にライブドアで『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよねぇ~。。。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。

でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


(gog30928a.png)

また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


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メチャ面白い、

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こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


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ゴヤと三島由紀夫

2016年3月24日

 

ゴヤと三島由紀夫

 


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デンマンさん。。。 “ゴヤ”というのは、あの有名なスペインの画家のことでござ~ますかァ~?


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そうです。。。

そのスペインの画家と日本の作家の三島由紀夫とどういう関係にあるのでござ~ますか?

あのねぇ~、夕べ バンクーバー市立図書館で借りた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。

三島由紀夫の講演


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いちばん思い浮かぶのがゴヤの例なんです。
ゴヤはご承知のように、はじめは非常に進歩派で、友だちのあいだにアナーキストもおりましたし、王制に反対の者もおりましたし、ゴヤはかなりシンパサイザーで、それらの連中とつき合ったり、いろんなものを描いておりました。

ゴヤのロス・カプリシアスなんかごらんになると、残酷な革命運動の弾圧の絵なんかございます。
そして、ゴヤはかなり激しい革命家的な絵をいっぱい描いております。


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ところが、あるとき、これに非常な弾圧が下りまして、ゴヤの友人たちは、あるいは死刑になり、あるいは長い牢獄生活を送らなければならなかった。
ところが、ゴヤは王さまに目をかけられて、おまえは思想さえ変えれば、これから宮中にいって、宮廷画家になったらどうだと。
ゴヤはそれにのって、ゴヤはそこで節を変えて、後半生は宮廷画家になったんですね。 (略)

そうすると、前のゴヤと、あとのゴヤはどこでつながるんだろうか。
そして、仮にも革命精神に共鳴した、あの激しい画家と、あとの宮廷の、女性たち、子供たちを描いた美しい絵と、どこがつながるんだろうか。
あそこに、おそらく芸術と政治、精神と政治とのわかれ目があるんじゃないか。


(goya05.jpg)

そして、もしわたくしが精神といいますか、芸術だけに忠実であったらば……ちょっと、わたくしは芸術と精神をわけて考えます。
芸術だけに忠実であったら、ゴヤの道がいちばんいいんじゃないか。

自由自在に変節をする。
そのかわり、自分の芸術を大切にする。

そうすることによって、芸術を完成して、ひとりのゴヤよりも二倍のゴヤができた。
そして、人類の歴史にすばらしい美術を残したということになる。

 (中略)

政治というのはどこで、それにかかわってくるんだろうか。
政治は芸術にかかわる場合は、わたくしは政治といくら妥協しようと、なにしようとかまわない。

しかし、精神とかかわるときに骨があるんですね。
その骨と政治とかかわるときに、どういうことが起こるか。
わたしは容易ならんことが起こると思うんです。

そしてゴヤの場合は、はっきり悪口を言えば、精神がないと思うんです。

【昭和46(1971)年2月号】

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


233-234ページ
『「文藝春秋」で読む戦後70年』
【第1巻】終戦から高度成長期まで
編集人: 石橋俊澄
平成27(2015)年7月21日 発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

あらっ。。。 『「文藝春秋」で読む戦後70年』という御本をバンクーバー市立図書館で借りて読んだのでござ~ますか?

そうです。


(bungei01.jpg)

つまり、上の御本の中に 三島由紀夫の講演の記事が出てくるのでござ~ますか?

そういうことです。。。 卑弥子さんも知っている通り、三島由紀夫は割腹して自殺しましたからね。。。


(mishima79.jpg)

三島由紀夫はなぜ割腹して自殺しなければならなかったのか?

その答えが上の講演の中に書かれているとデンマンさんは思うのでござ~ますか?

そうですよ。。。 実は、上の講演は1970年の4月27日、ある研究会で三島由紀夫が語った内容を本人が加筆した記事なのです。。。 三島が割腹したのがその年の11月25日だから、上の講演は三島の自殺の半年前ということになるのですよ。。。 すでに、自分の死を予定したのではないかと僕には思える。

どのような所に、デンマンさんは三島の死を予感するのでござ~ますか?

次の箇所ですよ。

政治は芸術にかかわる場合は、わたくしは政治といくら妥協しようと、なにしようとかまわない。

しかし、精神とかかわるときに骨があるんですね。

その骨と政治とかかわるときに、どういうことが起こるか。

わたしは容易ならんことが起こると思うんです。


(mishima77.jpg)

そしてゴヤの場合は、はっきり悪口を言えば、精神がないと思うんです。

つまり、ゴヤには精神がない。。。思想がない!。。。と言っているのですよ。。。 それに対して三島は次のように宣言しているのですよ。


(mishima76.jpg)

“自分には精神がある。。。、

思想がある。。。、

だから、世の中がどのように変わろうが

俺は自分の思想のために

死ぬ覚悟ができている。

ゴヤのように芸術のために、

俺の思想を変えて。。。節を変えて

「世間にこびるような

御用作家」にはならない!”

つまり、三島は自分の思想のために死んだとデンマンさんは、文字通りに理解しているのでござ~ますか?

いや。。。 僕は文字通りに理解しているわけではありません。

それは、どういうわけですか?

三島は自分で自作自演の“憂国”という映画を作っているのですよ。


(mishima75.jpg)

この映画の中でも三島は主演を演じて割腹自殺しているのです。


(mishima77.jpg)

あらっ。。。 上の写真は映画で三島が割腹自殺をするシーンなのでござ~ますか?

そうなのですよ。。。

つまり、三島は割腹自殺することにこだわっていたのですわねぇ~。。。

そういうことです。。。

つまり、割腹自殺するための機会をうかがっていたと。。。。

あのねぇ~、ここで同じく自殺した作家・太宰治の手紙を読んでみてください。

井伏様御一家様へ、手記。


(dazai99.jpg)

このたび石原氏と婚約することに当たり、一礼申し上げます。
私は、私自身を、家庭的な男と思っています。
よい意味でも、悪い意味でも、私は放浪に耐えられません。

 (中略)

結婚は、家庭は、努力であると思います。
厳粛な、努力であると信じます。
浮いた気持ちはございません。
貧しくとも、一生大事に努めます。

ふたたび私が、破婚を繰り返したときには、私を完全な狂人として、棄てて下さい。
以上は、平凡な言葉ではございますが、私が、こののち、どんな人の前でも、はっきりと云えることでございますし、また神様のまえでも、少しの含羞もなしに誓言できます。
何卒、御信頼下さい。

昭和13年10月24日

津島修治 (太宰治の本名)

【昭和23(1948)年8月号】

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


73ページ
『「文藝春秋」で読む戦後70年』
【第1巻】終戦から高度成長期まで
編集人: 石橋俊澄
平成27(2015)年7月21日 発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

この手紙は交友20年に及んだ先輩作家の井伏鱒二に書いたものなのですよ。。。 意外にも、太宰は自分を“家庭的な男”だと思っていると書いている。

でも。。。、でも。。。、確か、太宰治は何度も自殺未遂をくりかえした挙句、昭和23(1948)年に愛人の山崎富栄と共に玉川上水で入水自殺したのですわよねぇ~。。。

そうです。。。 三島由紀夫も妻もあり、子もある“家庭人”ですよ。。。 おそらく、太宰治と同じように“結婚は、家庭は、努力である”と思い込んでいたでしょう! ホモである。。。、いや。。。 バイセクシャルである三島にとってはマジで“結婚は、家庭は、努力である”はずですよ。。。

。。。で、そういう努力家の三島がどうして割腹自殺したのですか?

だから、三島も太宰治のように死にこだわっていた。。。 三島が割腹自殺の映画を自作自演していたことからも それは実によく解る。。。

それで、三島が割腹自殺した理由とは いったい何でござ~ますか?

つまり、太宰の次の言葉が当てはまると思うのですよ。

破婚を繰り返したときには、

私を完全な狂人として、

棄てて下さい。

三島の場合は次のようになると思うのですよ。

マジで割腹自殺して

果てた時には、

狂気の沙汰だとご推察下さい。


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(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。
確かに、戦後も20年以上が経っているというのに
昭和45年の平和ボケしている世の中で
割腹自殺を図るということは
常識では考えられないことですわよねぇ~?

おそらく平和ボケしている世間の皆様方に対する警告のつもりだったのでしょうか?

とにかく、ショッキングな出来事だったことには変わりありませんわ。

三島由紀夫はジムに通って男らしい体を鍛えることにこだわっていたようでござ~ます。

実は、あたくしも毎日ジムに通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよう。
うふふふふふ。。。

あなたは信じられないでしょう?

じゃあ、ここでお見せしますわねぇ~。。。


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どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、
最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

“ヒトラーと姪”のお話も、大変興味深いですけれど、

第2次世界大戦のずっと前、日本の古代にも いろいろな面白いお話がござ~ますわァ。

だから、あなたのために平安史、古代史の記事を用意しましたわァ。

ぜひ お読みくださいまし。
では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


(hand.gif)

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『寅さんの本棚』

『平成の紫式部』

『心にしみるウンチ』

『念願のトップページへ』

『愛とロマンの昔話』

『愛とロマンのアクセス解析』

『兄妹の恋のつづき』

『源氏物語エロいの?』

『酒が行って着物目変境』

『日本は外人に乗っ取られたの?』

『ん?ヒトラーはベジタリアン?』

『ふるさとの選挙と黒い霧』


(hama10.jpg)

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』


(miya08.jpg)

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『ペルシャ人が飛鳥に』

『小柴垣草子』

『後白河上皇ダントツ』

『ブスと美人』

『エロい話が好き?』

『死んでも生きてる』

『失意の太田将宏』

『源氏物語とおばさんパンツ』

『霊仙はなぜ毒殺されたの?』

『紫式部が地獄へ』

『破戒僧円載』

『アショーカ王の愛と苦悩』

『どら平太の世界』

『三四郎とデンマンさん』

『ヒトラーの姪』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)

Pork or Friend?

2013年3月31日

  
 
Pork or Friend?
 

(piglet02.jpg)


(pork02.jpg)


(puppy02.jpg)


Kato, do you like pork steak?

No, I don’t.

Then how come you’ve pasted a picture of pork steak?

Diane, did you read the Metro news on March 27?

Yes, I think I did.  Was there an article about pork steak in the papers?

Yes, there was.  Diane, you probably noticed the following picture on Page 3.


(why02.jpg)

I think I overlooked the above picture.

So you haven’t read the following article, haven’t you?


(metro327b.gif)

The Vancouver Humane Society wants you to think about puppies before you put pork on your fork.

New advertisements gracing the back of city buses place a picture of Fido labeled “friend” beside Wilbur labeled “food” to point out the inconsistencies in peoples’ attitudes toward animals, spokesman Peter Fricker said Tuesday.


“The Actual Article on the Net”

Ummm… Quite interesting!  Yes, piglets and puppies are both adorable.  Yet, we treat puppies as friend and label piglets “food,” don’t we?

Yes, you’re telling me.  We’re definitely inconsistent in attitudes toward animals, but I don’t eat pork.

Why not?

…’Cause the Vancouver Humane Society wants me to think about puppies before I put pork on my fork.

Oh my! … Kato, do you really mean it?

I’m just joking.

Kato, get serious!  Just tell me why you don’t eat pork.

… ‘Cause I’m a vegetarian.

Are you really serious?

I’m just jesting.

Kato, don’t fool around and waste my time.

Alright, then… I’m serious now.  You see, Diane, the traditional Japanese food is based on rice with miso soup and other dishes, each in its own utensil, with an emphasis on seasonal ingredients.

rice with miso soup

The side dishes often consist of fish, pickled vegetables, and vegetables cooked in broth. Fish is quite common in the traditional cuisine. As you know, fish may be served raw as sashimi or in sushi.

Seafood and vegetables are also deep-fried in a light batter as tempura, but the Japanese don’t eat a great deal of red meat.

I know, I know … That’s the reason the Japanese tend to live longer.  The other day, I watched the 115-year-old Japanese man—the oldest man in recorded history.


(kimura116.jpg)


(kimura115.jpg)

So, Kato, are you saying that red meat is really bad for health?

I think so.

You don’t eat red meat simply because you want to live up to 100 years, do you?

Well … if possible, I wanna live that long, but the reason I don’t eat read meat is simply because my DNA makes me dislike red meat.

So you don’t eat pork and beef, do you?

No, I seldom eat pork and beef.

But, a Japanese friend of mine like beef in “sukiyaki” and “nikujaga.”


(sukiyaki03.jpg)


(sukiyaki02.jpg)

“sukiyaki”

I know.  Once in a while, I myself eat it. Indeed, some Japanese like pork and beef because they are Westernized, and they tend to die young.

Don’t you like pork and beef, Kato?

Well … Whenever I see pork and beef, the red meat reminds me of the following pictures:


(butchery1.jpg)


(butchery3.jpg)


(goat02.jpg)

These images scare the hell out of me.  Besides, my imagination goes wild and lets me stand in front of the following butchers:

The above butchers certainly scare the shit out of me, and my appitite dies down with those animals.

I think your imagination goes too wild.  Don’t even think about butchery.  Kato, are you saying that Americans, Canadians and Europeans are cruel?

Yes, to a certain extent.  I would safely say that most Canadians are inconsistent in attitudes toward animals as the newspaper article points out.

Are you saying that the Orientals are animal-lovers?

Yes, I’d say so.

Since you’ve said that, let me tell you this.  The other night, I watched the following video clip.

Yes, yes, yes, … I know, but these incidents are happening in China, not in Japan.

Are you saing that the Japanese are nice and kind to dogs and cats?

Yes, of course, we are.  Traditionally speaking, if you had killed a dog during the days of Shogun Tsunayoshi, you would have been sentenced to death without a question.

No kidding!

Tokugawa Tsunayoshi

 (徳川 綱吉)

(February 23, 1646 – February 19, 1709)

He was the fifth shogun of the Tokugawa dynasty of Japan.
He is known for instituting animal protection laws, particularly for dogs.
This earned him the nickname of “Dog shogun.”

Owing to religious fundamentalism, Tsunayoshi sought protection for living beings in the later parts of his rule.
In the 1690s and first decade of the 18th century, Tsunayoshi, who was born in the Year of the Dog, thought he should take several measures concerning dogs.
A collection of edicts released daily, known as the Edicts on Compassion for Living Things (生類憐みの令) told the populace, inter alia, to protect dogs, since in Edo there were many stray and diseased dogs walking around the city.
Therefore, he earned the pejorative title “Inu-Kubō (犬公方).”


(tosa99.jpg)

In 1695, there were so many dogs that Edo began to smell horribly.
An apprentice was even executed because he wounded a dog.
Finally, the trouble was taken to a distance, as over 50,000 dogs were deported to kennels in the suburbs of the city where they would be housed.
They were apparently fed rice and fish which were at the expense of the taxpaying citizens of Edo.


SOURCE:”Tokugawa Tsunayoshi”
From Wikipedia, the free encyclopedia

An apprentice was even executed because he wounded a dog.  Unbelievable!  So, in those days, life of a dog was valued more than that of a human in Japan, wasn’t it?

Yes, you’re darn right.

Then the Japanese have been dramatically changed since those days, haven’t they?

How do you mean?

Kato, do you like dolphins?

Yes, of course, I do.  Dolphins are quite intelligent.  Personally, I like dolphins more than dogs.


(dolphin99.jpg)

SeaWorld’s Old “Dolphin Discovery” Show (in HD)

I really adore those intelligent creatures. As a matter of fact, dolphins have long played a role in human culture.  For example, dolphins are common in Greek mythology and there are many coins from ancient Greece which feature a man or boy or deity riding on the back of a dolphin. The Ancient Greeks welcomed dolphins; spotting dolphins riding in a ship’s wake was considered a good omen.

But, Kato, do you know that the Japanese are slaughteing those dolphins in Japan?

Are you sure about that?

Look at the following video clip.

Story of Dolphin Slaughter in Japan

Yes, yes, yes, … now I recall those incidents.  This place called Taiji (太地町、和歌山県) is quite famous as a whaling town for hundreds of years.  The people in Taiji have been hunting whales and dolphins for several centuries.  In fact, they spearheaded the development of more sophisticated traditional whaling techniques in the 17th century.

But killing dolphins is extraordinary and inhumane.  Don’t you think so, Kato?

Yes, yes, yes, … I agree with you, Diane.  So, in 1988, a ruling by the International Whaling Commission (IWC) caused Taiji to suspend commercial whaling. However, the town continues to hunt small whales and dolphins. Taiji’s annual dolphin hunt is a subject of controversy and the town faces continued pressure from protest groups.  The above clip is obviously made by one of those groups, I suppose.

So, Kato, you know those killing incidents, don’t you?

Yes, I do.  Whales and dolphins are traditionally considered as food in Japan, and are killed in harpoon or drive hunts.  But, generally speaking, the Japanese seldom eat whale or dolphin meat becuse both meats are not so tasty.  In fact, I’ve never eaten dolphin meat in my life.

Why not?

… Simply because you can’t find dolphin meat in fish shop nor in sushi restaurant.

So, Kato, you’re saying that whale or dolphin meat is eaten mostly in fishing towns like Taiji.

I’d say so.  Once or twice I’ve eaten some whale meat, but I didn’t like it.  As far as I’m concerned, I’ve never seen dolphin meat in my life.

So, Kato, you’re saying that most Japanese are dolphin-friendly and don’t eat dolphin meat at all.

Yes, I’d say so.  As I said, I’ve never eaten dolphin meat at all in my life.  The Japanese definitely prefer fish meat like tuna and bonito to mammal meat such as whale and dolphin.


(tuna2.jpg)

  Tuna

So, Kato, you’re againt eating mammal meat, aren’t you?

Personally, I don’t like mammal meat.  I prefer fish meat, but I wouldn’t despise you even if you ate dolphin meat.

Why is that?

Well … In some cultures, even cannibalism is going on.  For example, the Korowai in the western part of New Guinea are one of very few tribes still believed to eat human flesh as a cultural practice. It is also still known to be practiced as a ritual and in war in various Melanesian tribes.

So, Kato, are you saying that such a practice is considered normal in some cultures?

Yes, I am.  Even in our civilization, cannibalism has been occasionally practiced as a last resort by people suffering from famine.  A famous example is the ill-fated Westward expedition of the Donner Party, and more recently the crash of Uruguayan Air Force Flight 571, after which some survivors ate the bodies of dead passengers.

But, I heard that some people on the plane refused to eat human flesh and chose to die instead.

I don’t blame the survivors.  Nobody can force others to obey his or her rule.

I see.  So, Kato, you’re saying that nobody should be celf-centered, aren’t you?

Yes, I am.  As you always say, Diane, everybody should be open-minded.  I hate self-righteous people.

By the way, Kato, when do you take me to your favorite ramen shop?


(ramen96.jpg)


(ramen99.jpg)

So, Diane, you wanna eat a famous Japanese ramen, instead of pork meat chop, eh?

Yes, I’d love to.

Okay … I’ll take you to the famous ramen shop on Robson Street in Vancouver.

山頭火 Main Shop in Japan

This shop is in Sapporo City, Hokkaido—the northern island of Japan, isn’t it?

Yes, it is.  At least, you can feel the atmosphere of the genuine ramen shop.


【Himiko’s Monologue】

Well … It looks tasty, doesn’t it?
Which do you like better?
Pork meat chop or ramen?

Personally, I like a bowl of miso ramen.


(ramen97.jpg)

Why is that?— you may ask.

Well, to tell you the truth, I keep myself in this good shape with a ramen-diet.

Am I in a good shape?

You bet on that!

In any case, I hope Kato will write another interesting article soon.
So please come back to see me.

Have a nice day!
Bye bye …

If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


“Midnight in Vancouver”

“Madame Lindbergh”

“Dead Poets Society”

“Letters to Diane”

“Taliesin Studio”

“Wright and Japan”

“Taliesin Banzai”

“Memrory Lane to Sendai”

“Aunt Sleepie”

“Titanic @ Sendai”

“Birdcage”


(sylvie121.jpg)

“Roly-poly in the wild”

“Silence is dull”

“Zen and Chi Gong”

“Piano Lesson”

“Dangerous Relation”

“Electra Complex”


(juneswim.jpg)

“Covent Garden”

“Fatal Relation”

“Notre Dame”

“Anne Frank”

“Biker Babe”

“Diane Girdles the Globe”

“Diane in Casablanca”

“Infidelity Neighbourhood”

“Forest Bathing”

“Enjoy Ramen!”

“Sex, Violence, Love”

“Halifax to Vancouver”

“A Thread of Destiny”

“Fujiyama Geisha”

“Beaver Lake”

“God is Near!”

“Holy Cow@Rose Garden”

“Vancouver Earthquake”

“Birthplace”

“KIFF”

“You Love Japan, eh?”

“Eight Bridges”

“First Love”

“Fright on Flight”

“Boy’s Movie”

“From Summer to Eternity”

“Sōseki & Glenn Gould”

“Dream Dream Dream”

“In Search of Your Footprint”

“Little Night Music”

“Merry X’mas”

“Happy New Year!”

“Long live Diane!”

“Mona Lisa”

“Flu Shot”

“Selfish TD Bank”

“Talk with Mozart”

“Bliss for Diane!”

“Romantic Bohemian”

“TD Bank or Mozart?”

“Diane@TD Bank”

“Tear Jerker”

“Diane in Chorus Line”

Hi, I’m June Adams.

In 1691, Engelbert Kaempfer visited Edo as part of the annual Dutch embassy from Dejima in Nagasaki.

He journeyed from Nagasaki to Osaka, to Kyoto, and eventually to Edo (today’s Tokyo).

Kaempfer gives us information on Japan during the early reign of Tokugawa Tsunayoshi (“Dog Shogun”).

As the Dutch embassy entered Edo in 1692, they asked to have an audience with Shogun Tsunayoshi.

While they were waiting for approval, a fire destroyed six hundred houses in Edo, and the audience was postponed.

Tsunayoshi and several of the ladies of the court sat behind reed screens, while the Dutch embassy sat in front of them.

Tsunayoshi took an interest in Western matters, and apparently asked them to talk and sing with one another for him to see how Westerners behaved.

Tsunayoshi later put on a No drama for them.


(noplay2.jpg)

ところで、愛とロマンに満ちた

レンゲさんのお話をまとめて

『レンゲ物語』を作りました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

『愛とロマンのレンゲ物語』

『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

Bandwidth Exceeded!

2011年6月28日

 
Bandwidth Exceeded!

デンマンさん。。。6月26日の『続・共感脳の話』を Denman Blog で読んだら上のようなメッセージが出ましたでぇ~。。。どないになってますねん?

バンドウィドゥス(Bandwidth)が制限量を越えてしもうたのやがなア! ムカつくなア~ んもお~~!

どういうことやのォ~?

わては、すべての画像を外部ハードディスクにまとめて保管してるねん。

どうして。。。?

わては、いくつかのサイトに同じ記事を投稿してるゥ。 そやから、いちいち画像をそれぞれのブログにアップロードするのはめんどうやねん。 それに時間もかかる。 そやから、画像はすべて直アド(Direct Link)で記事の中に書き込んでおるねん。

それでバンドウィドゥス(Bandwidth)ってぇ、どういうことやねん?

一つの画像が仮に50KB(キロバイト)とすると、その画像が表示された場合にはバンドウィドゥス(Bandwidth)、つまり伝送量が50KBになるということやァ。 わてが使っている外部ハードディスクは1ヶ月の伝送量(Bandwidth)を5GB(ギガバイト)に制限してるねん。

5GB(ギガバイト)というのは、キロバイトに直すと、5,000,000KB ということやねぇ!?

そうやァ。。。めれちゃんは数学が得意なんかァ~?

その程度のことならば、数学が得意でのうても誰かてぇ換算できるねん。

さよかァ~?

。。。で、あんさんのブログが大勢の人に読まれたので伝送量(Bandwidth)が 5,000,000KBを越えてしまいはったん?

そうなのやァ。 次の画面が示している通りやねん。

つまり、6月の内の25日間で画像伝送量が5,000,000KBを越えてしまいはったん?

その通りやァ。 6月30日にリセットされてゼロになるねん。

要するに6月30日まで、あんさんのブログには画像が一切表示されへんのォ~?

その通りやァ。 この上のサイト(www.fileden.com)に保存されている 106.2MB (メガバイト) の画像が表示されないということやァ。

画像の保存可能な量が 1GB (ギガバイト)ということは、あんさんは保存スペースを十分に使い切っておらへんやんかァ?

そうやァ。

それなのに、伝送量が 5,000,000KBを越えてしまいはったん?

その通りやァ。

どうして。。。?

つまり、それだけ、わてのブログが読まれているということやねん。(微笑)

あんさんは自慢したいん?

いや。。。そないな無駄な事をわては、ようしおらんでぇ~。。。わては事実を言うてるまでやァ。 平均して一つの記事(ページ)に使われている、この上のサイト(www.fileden.com)に保存されている画像が 200KB とすると、 25日間に 25,000ページ(記事)が読まれたということになるねん。

5,000,000KB ÷ 200KB = 25,000ページ

1日平均1、000ページ読まれたということやね!?

そうやァ。 けっこう常連さんが読みにやって来るようになったのや。

どうして、そないな事が、あんさんに判るん?

たまたま、わてはライブドアの次の記事を読んでみたのや。

上のページの左サイドにある    Live Traffic Feed    を見て欲しいねん。 このリストにはブログを開いた時に、わての上のブログにやって来た、あるいは出ていった最近の訪問者が10人ばかり表示されておるねん。

青枠で囲んである所には Vancouver, British Columbia と書いてあるやん。

これがわてやがなァ。 バンクーバーの市立図書館からアクセスしておるにので、こうして記録に残っておるねん。

赤枠で囲んである所には Valencia, Comunidad Valenciana と書いてありますやん。

スペインのバレンシア市からアクセスしておるねん。

5番目の人はドイツから来てますやん。 それに、9番目の人はロンドンから読みにやって来てますやん。 外人さんやろか?

いや。。。日本人やと思うでぇ~。。。たぶん、海外に住んでいる駐在員や外交官や長期滞在者の家族の人やと思うねん。 とにかく海外に住んでいる日本語が分かる人やでぇ~。

でも上のリストは、あんさんがコラ-ジュして作りはったんとちゃうのォ~?

そないな事をするかいな! マジでホンマのきろくやでぇ~。。。めれちゃんは、わてを信用せ~へんのかァ?

わたしは信用しますがなァ。。。そやけど、この記事を読んでおる人は信用せ~へんと思うわ。

さよかァ~? だったら、わてがコラージュしてでっちあげたのではないという証拠を見せたるゥ。     Real-time View Menu    をクリックして欲しいねん。

クリックすると、どうなるん?

次の画像が飛び出すねん。

あらっ。。。たくさんの人が表示されてますやん。

リアルタイムで表示されてるねん。 上のグリーンのバーをクリックすれば誰でも見ることができるゥ。 上のリストにはバンクーバー時間で6月24日の午前9時48分から午後3時3分までに、わてのブログを読みに来た人が表示されておるねん。 日本時間だと6月25日の午前1時48分から午前7時3分までになるゥ。

あらっ。。。真夜中から朝の7時までに日本に居る人でも、これ程あんさんのブログを読みにやって来るの?

そうやがなァ。。。つまり、常連さんやがなァ。

そやけど、たまたま、あんさんのブログを読みやって来たのとちゃうん?

あのなァ~、よ~くリストを見て欲しいねん。 リストの一番左の青い矢印は、わてのブログにやって来たひとやねん。 赤い矢印がブログから出ていった人やァ。

あらっ。。。出てゆく人は上のリストでは4人しかおらへん。

そうやァ。。。たまたま、わてのブログにやってきて「つまらん!」と思って出ていった人は青枠で囲んだ二人しかおらへん。。。この二人は、わてのブログにやって来ると、すぐに出ていってしもうたのやァ。

他の人たちは、じっくりとあんさんのブログを読みはったと言わはるのォ~?

そうやァ。

そやから、その人たちは常連さんやと、あんさんは言わはるのォ~?

そうやァ。

そやけど、たまたま、あんさんのブログにやって来て面白い事が書いてあるので長居していたのかもしれへん。

確かに、そのような人も居るかもなァ。。。そやけど間違いなく常連の人も居るねん。

どないして、そのような事があんさんに判りはるのォ~?

あのなァ~。。。わてはちょくちょく    Live Traffic Feed    を見ておるねん。 そやから常連さんやということが判る。 たとえばバレンシアからやって来た人は常連さんの一人なのやでぇ。 なぜなら、わてはこの人のことで記事を書いたことがあるねん。

『バレンシアの人(Edita Blog)』

『バレンシアの人(Denman Blog)』

 (2010年7月7日)

あらっ。。。スペイン人やんか?

上の写真はわてがコラージュしてでっち上げたものや。 たぶん、バレンシアに滞在している、あるいは移住した日本人やと思うわ。

。。。で、上の人と6月24日に表示された人が同一人物やという証拠でもあるの?

もちろんや。 次の記録を見ると同一人物やということがすぐに判る。

これは2010年7月3日の記録やねん。 バレンシアの人が表示されておる。

見ると判るように“宇宙わくわく共創局・オーストラリア支部 無料ダウンロード『エックハルト・トール公演メモ』”と表示されてる。

つまりバレンシアの人は、いつも同じリンクからやって来ると、あんさんは言わはるのォ~?

そうやァ。 そやから間違いなく同一人物やねん。 たぶん、わてのブログがバレンシアの人のRSSリーダーに登録されていると思うでぇ~。。。同一人物やなかったら、違うリンクからやって来ているはずやァ。 そこまで偶然は重ならへんからなァ。

ふ~~ん。。。ところで、上のリストでは、あんさんはアメリカからアクセスしていることになってるではおまへんか?

そうやァ。。。でも、実は、わてはこの時にはバンクーバーのわてのマンションの自分のパソコンからアクセスしていたのや。

それなのに、どないな訳でアメリカの国旗が表示されてるん?

その事で、かつて次の記事を書いたことがあるねん。

『プロキシの謎(Edita Blog)』

『プロキシの謎(Denman Blog)』

 (2010年8月31日)

あのなァ~、2010年8月当時、わての自宅のパソコンは、わてのプロバイダー AOL のプロキシ・サーバとつながっておったのやァ。 今でも、そうやけどなァ。。。そないな訳でプロキシ・サーバがライブドアの、わてのブログにアクセスしていたのやがなァ。 地図で見ると次のようになってたのやァ。

そやから、わてのパソコンの IPアドレス ではのうてぇ、アメリカ(Dulles, Virginia) にあるプロキシサーバの IPアドレス が FEEDJIT のプログラムに検出されたのやァ。 そないな訳で、カナダの国旗ではのうてぇアメリカの国旗が表示されたのやがなァ。

どうして AOL は、そないな煩わしい事をしよるのォ~?

安全のためやがなァ。 それにスパムメールなどを取り除くためやでぇ~。

プロキシ

プロキシ(Proxy)とは「代理」の意味である。
インターネット関連で用いられる場合は、特に内部ネットワークからインターネット接続を行う際、高速なアクセスや安全な通信などを確保するための中継サーバ「プロキシサーバ」を指す。
プロキシはクライアントとサーバの間に存在し、情報元のサーバに対してはクライアントの、情報を受け取るクライアントに対してはサーバの働きをする(HTTPプロキシの場合)。
なお、プロキシは「プロキシー」「プロクシ」「プロクシー」とも呼ばれる。

誰でも自由に使えるプロキシサーバを公開プロキシという。
ウェブサイトによっては、この公開プロキシによるアクセスを制限することがある。
例えば、Wikipediaでは公開プロキシ(オープンプロキシ)を通じて閲覧することは問題ないが、編集することは禁じられている。

安全な通信

外部ネットワーク(主にインターネット)からのアクセスは、全てプロキシを経由して各使用者のパソコンなどのクライアントに届くようにする。
プロキシが通信内容をチェックすることで、クライアントが外部ネットワークに直接晒されなくなり、不正アクセスや侵入行為が困難になる。

有害なサイトの遮断

いわゆるフィルタリングのためのプロキシ。
プロキシを挟んで、クライアントと外部とのやりとりを全てチェックする。
その際、例えば(小学校や中学校で)アダルトサイトやフィッシングサイト、出会い系サイト、暴力的や違法な内容のサイトなどの有害なサイトへのアクセスを遮断するように、プロキシのプログラムに設定しておけば、クライアント(生徒)が有害なサイトを見ることが出来なくなる

ただしこれは、管理側の人間が逐一サイトを拒否リストに登録する必要があるため、登録されていないサイトはたとえ有害であっても閲覧出来てしまう。
逆に違法でないサイトであったとしても、何らかの理由から登録されていると見られなくなる弊害もある。
現在のところ、アダルトサイトや違法サイトは日々新しいのが出ているため、全てを遮断するのは非常に難しい。


出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

『少女コミック・シンドローム』に掲載
(2010年6月28日)

それで、あんさんの自宅のパソコンは相変わらずダウンしたままやのォ~?

そうなのやァ。

早(はよ)う、新しいパソコンを買えばええやんか?

あのなァ~。。。こうしてバンクーバー図書館のパソコンを使(つこ)うていると、いろいろなことが勉強できるねん。 しかも、いろいろな副産物があるねん。 そやから、もうしばらく、こうして図書館のパソコンを使いながらブログを書くつもりやァ。 うししししし。。。

【レンゲの独り言】

ですってぇ~。。。
それにしても真夜中から朝にかけてネットをやっている人がたくさん居るのですわね。
デンマンさんのブログだけでも、かなりの人がアクセスしているのですから、真夜中にネットをしている人は日本でも何十万人と居るのでしょうね!?

とにかく、バレンシアやドイツ、ロンドン、リバプール、フロリダや、バンコックからも日本語が分かる人がデンマンさんのブログにアクセスしているなんて驚きですわ。

バレンシアで思い出すのはスペインからフランスの地中海沿岸の料理、ブイヤベースです。
一度、現地で食べてみたいなァ~、とずいぶん長いこと夢に見ているのですけれど、まだその機会がありません。
あなたは現地でブイヤベースを食べたことがありますか?

ブイヤベース

bouillabaisse

ブイヤベースは、フランスの地中海側の地方の代表的な海鮮スープ料理。
世界三大スープの一つとしてあげられることもある。

もともとはマルセイユの漁師が売れない魚を大鍋で煮たものであったが、後に色々な魚が使われるようになった。
本格的なものでは、脂ののった白身の魚を数種類、ムール貝にハマグリ、オマール海老などにハーブ類(フェンネル、ローズマリー、ディル、それから特にサフラン)をたっぷり加えて煮込む。
仕上がると海鮮風味の黄色い濃厚なスープができあがる。
トマト風味を加えることもあるが王道はサフランである。
サフランには薬用クロッカスの別名もあり、風邪などにも効果があることから、薬膳鍋といった趣もある。
アイオリソース(オリーブオイルのマヨネーズにニンニクを入れたもの)が添えられることが多い。

ブイヤベース憲章

ブイヤベースの本場マルセイユには「ブイヤベース憲章」があり、作り方を細かく規定している。

地中海の岩礁に住む魚類(根魚)の小魚(クエ、マハタ、メバル、キジハタ、カサゴ、アイナメ、オコゼ、クロソイ、ムラソイなど)を5種類以上入れる。
小魚は独特の臭みがあり、その風味を楽しむ。
アンコウも入れる。
ただし日本では夏場のアンコウは禁漁となっている。
鯛、平目、オマール海老、ムール貝類、蛸、烏賊、蟹は入れない。
伊勢海老は入れてもよい。
スープは小魚でとる。
この小魚の種類も決められている。
強火で10~15分で仕上げる。
長時間煮て魚のえぐみが出るのを避けるため。
フェンネルは必ず入れる。


出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

とにかく、次回も面白くなりそうですわ。
あなたもどうか、またあさって読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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詳しいことは次の記事を読んでくださいね。

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ところで、英語の面白いお話を集めてみました。

もし、時間があったら読んでみてくださいね。

■ 『あなたのための 楽しい英語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。

ピカソと凡人

2011年6月12日

 
ピカソと凡人

ピカソの秘密

ピカソの絵については、岩田誠・東京女子医大教授が興味深い分析をしています。 例えばキュービズム時代の絵は空間は位置がメチャクチャです。 鼻が横を向いていて、顔が正面向いているというのがザラですから、メチャクチャだと見られても仕方が無い。
しかし、あれは一つ一つのデッサンはかなり正確に描いている。 つまり、モデルである人間や物をあちこちから見て描いたものをゴチャまぜにして合体させたようなものになっています。
通常、デッサンに必要な空間配置の大事な四つの機能のうちの一つです。 それが壊れたままであると、その人にとって世界は、ピカソのキュービズムの絵になってしまいます。 もちろん、ピカソ自身は日常生活を普通に営んでいたし、ご存知の通り、初期には非常に正統派のわかり易い絵を残しています。 では、彼はどうやって、キュービズムの絵を描けたのか。

それは別に、一人のモデルをあちこちから見てデッサンしたものをツギハギであとで組み合わせた、ということではありません。 おそらく彼は意識的に、絵を描く際に、ノーマルな空間配置の能力を消し去ったのです。 ピカソはそれを意識的に行っていた。 病気になると、ある能力が消えて、ひとりでにピカソの絵みたいなものを描くケースがありますが、ピカソ自身は、健康なのに意図してああいう絵が描けた。

(注: 赤字はデンマンが強調
イラストはデンマン・ライブラリーより)


143 – 144ページ
『バカの壁』 著者: 養老猛司
2004年1月30日 第45刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

デンマンさん。。。あんさんは、どうしてピカソのおっさんを持ち出してきやはったん?

めれちゃんは、ピカソのおっさんが嫌いなのか?

別に嫌いではあらへん。。。そやけど、好きでもないねん。

さよかァ。。。でもなァ、めれちゃんは横尾忠則のファンやからピカソの話もおもろいと思うでぇ~。。。

あんさんは、どないな訳でそないな事を言わはるのォ~?

そやかてぇ、めれちゃんは次の手記を書いていたやはないかいなァ!

読書して怒られる

 

2006/05/11 14:16

子供のころから、
家にはたくさんの本がありました。

わたしは江戸川乱歩の少年探偵団を、
よく読んでいたのですが、
そのうち、飽き足らなくなったのか、
親が持っていた「江戸川乱歩全集」を、
愛読するようになりました。

しかし。
その全集には、
横尾忠則氏の挿絵がついていて、
えっちなんです。
なので、親には読んじゃダメと
言われていました。
(だったら、かくしといてくれ)

わたしはこっそりかくれて、
そのえっちな江戸川乱歩の本を、
読んでいたのでした。
しょっちゅう見つかって、怒られました。

さらに。
印象的なのが
「チャタレイ夫人の恋人」です。
もちろん禁止本です。
禁止されたら、読むに決まってます。

・・・ませガキ。
・・・エロガキ。

by めれんげ


「めれんげの日記」
『だれかつっこみいれて!』より

『エロい文学少女』に掲載
(2007年4月11日)

わたしは横尾さんのファンではあらしまへんがなァ。

そやけど、めれちゃんは横尾さんのエッチな挿絵を楽しんでいたようやないかいなァ。

別に楽しんでいたわけやおまへん。

さよかァ~。。。?

。。。で、横尾さんがピカソのおっさんのことで何か書きはったん?

そうなのやァ。 次のような事を書いてるねん。

ピカソの四次元論

ピカソの「アヴィニョンの娘たち」はピカソの代表作であるだけではなく、20世紀美術を語る上でももはや最も重要な作品のひとつになってしまった。 この作品はニューヨーク近代美術館の目玉商品として常設展示されているので観た人も多いと思う。 「アヴィニョンの娘たち」について通りいっぺんの解説をしてしまうと次のようになるかと思う。

つまりこの作品によってキュビズムが始まった。 描かれている女性達はバルセロナの娼婦。 その様式はアフリカの彫刻やイベリア半島の古代彫刻の影響を受けたものである。 作品が発表されたのは制作されてから9年後。
というわけで、この絵を初めて見た友人のアンドレ・ドランは、
「ピカソはこの絵のキャンバスの裏側で首を吊って死ぬだろう」
とまで言った。 制作されて9年も経(た)つというのにこのあまりの斬新さ故に画家仲間でさえついていけなかたのである。 マチスなどは怒りをあらわに、「彼を葬(ほうむ)ってやる」とさえ息まいている。

 (中略)

この作品によってキュビズムが誕生することになるのだが、一般的にはキュビズムは二次元という平面において三次元という立体を表現しようという試みだが、ピカソは立体の各面を展開図のように見せることによって、実は四次元を表現してみたかったと語ったことがある。

 (中略)

ピカソがあれほどまでに影響を受けたというアフリカやイベリア彫刻だが、彼が興味を持ったのはあくまでも彫刻の表層部分である。 

ここでぼくにはひとつの疑問と不満が生じるのだった。 あれほどピカソがこれらの彫刻から強烈な霊感を得たのであったら、なぜ彫刻をものした黒人たちの霊感に興味をも持たなかったかということである。 (中略) 宇宙にあまねく存在する情報の記憶装置を回路として、黒人彫刻家の中に伝達されるインスピレーションをキャッチするシャーマンの能力と技術があのような作品を生むのである。 だったらなぜピカソがシャーマンになることを求めようとしなかったのだろうかという疑問なのである。 (中略) ぼくはこのことを残念に思うものである。 芸術は常に受身で迎え入れるもの、つまり「迎術」ではなかったのかというのがぼくの創造の源泉になっているから、ついピカソにも文句を言ってみたくなるのだった。

さて、裸婦について語ることを忘れていたわけではない。 ピカソは当初の目的としては、アヴィニョー街の娼婦を描くつもりであったはずである。 ところが、絵はひとりでにピカソの筆によってどんどんあらぬ方向に走り始めた。 ピカソの思いから勝手に絵が自立していったのである。 こんな状況の中でピカソは「絵は画家より強い」とも述懐している。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)


45 – 50ページ
『名画裸婦感応術』
著者: 横尾忠則
2001年6月15日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 光文社

横尾さんの書きはったものがどうやと、あんさんは言わはるの?

あのなァ~、横尾さんはやっぱり画家になろうとしただけのことはあって、作家や学者とはちごうてぇ、観念的な事だけではなく、なるほどと思わせるようなことを言うてるねん。

たとえば。。。?

例えば、次のように書いてるねん。

ピカソは立体の各面を

展開図のように見せることによって、

実は四次元を表現してみたかった

ピカソの思いから勝手に

絵が自立していったのである。

「絵は画家より強い」

作家や学者とはちごうてぇ、実際に絵筆を取った横尾さんは目の付け所がちごうているのやがなァ。

四次元を表現してみたいとピカソのおっさんは言うたようやけど、2次元のキャンバスの上で4次元を表現しようということは初めから不可能なことやんか!

そやから、その辺が我々凡人と違うところなのやァ。 芸術家として不可能に挑戦したのやがなァ。

わたしは、その事よりもアフリカの彫刻が大いにピカソのおっさんに影響を与えたと思うねん。

めれちゃんは、どうして、そう思うのや?

アフリカの彫刻を見ると、なんとのう「アヴィニョンの娘たち」に似ているやんかァ!

わてには似ているように思えんなァ~。。。

わたしはマジで似てると思うねん。 主観の相違ということやわ。 とにかく、ピカソのおっさんの経歴を見るとアフリカの彫刻とキュビスムは切っても切れない関係にあるのやでぇ~。 あんさんも次の経歴をじっくりと見たらええやん。

ピカソ

生誕: 1881年10月25日
死去: 1973年4月8日

作風
ピカソは作風がめまぐるしく変化した画家として有名であり、それぞれの時期が「◯◯の時代」と呼ばれている。以下がよく知られている。

•青の時代(1901年-1904年)
親友カサヘマスの自殺にショックを受け、青色無機顔料のプロシア青をベースとする暗青色を基調として、軽業師、アルルカン、売春婦、乞食、芸術家などを描いた。

•バラ色の時代(1904年-1907年)
フェルナンド・オリヴィエという恋人を得て、明るい色調でサーカスの芸人などを描いた。

アフリカ彫刻の時代(1907年-1908年)【26-27歳】
アフリカ彫刻の影響を強く受けた。この時期にキュビスムの端緒となる『アビニヨンの娘たち』が生まれた。

•セザンヌ的キュビスムの時代(1908年後半)
アフリカ彫刻とセザンヌを両親として、キュビスムが胎動しはじめた。

•分析的キュビスムの時代(1909年-1912年)
モチーフを徹底的に分解し、絵は極度に抽象的かつ禁欲的なものになった。

•総合的キュビスムの時代(1912年-1918年)
ロココ的キュビスムとも呼ばれる。色彩と装飾性が特徴で、コラージュ技法も生まれた。

•新古典主義の時代(1918年-1925年)
古典的かつ量感のある母子像を描いた。

•シュルレアリスムの時代(1926年)
化け物のようなモチーフが描かれた時期で、妻オルガとの不和が反映していると言われる。代表作は『ダンス』『磔刑』など。

•ゲルニカの時代(1937年)
フランコのゲルニカ爆撃を非難し、『ゲルニカ』と、そのための習作(『泣く女』など)を描いた。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)


出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

上の経歴を見れば、ピカソのおっさんがアフリカ彫刻の影響を強く受けて、キュビスムの端緒となった『アビニヨンの娘たち』を描いたという事が判るやろう?

確かにアフリカ彫刻はピカソに影響を与えたのやろなァ。

そうですやろう!? あんさんにも判りますやろう?

そやけどなァ、ただ似ているからアフリカ彫刻の影響を受けているというのは安直な考えやと思うでぇ~。。。

そいで、あんさんは他に何がピカソのおっさんに影響を与えたと思うてるん?

もっと本質的なことやと、わては思うでぇ~。。。

本質的なことってぇ、具体的にはどのようなことやのォ~?

本質的な視点とは?

20世紀への変わり目、科学は二つの大きな未解決の問題をかかえて、まったく混沌としていた。 第一に、二つの物理学の体系である古典力学と電磁気学のあいだに不整合が存在していた。 第二に、遠く光を伝える媒体として考えられたエーテルが、宇宙空間に存在するのかという問題である。 この二つの問題による不安定さによって、相対性理論の登場する機が熟したといえるが、その不安定な世相が当時の芸術家たちの作品に反映されたと考えることもできる。

逆に、後期印象派の巨匠たちが物理学における問題を解決する手だてを少しでももっていたと考えるのは、もちろん無理がある。 また、物理学における不安定な状況は、19世紀末にヨーロッパ文化や知識人たちのあいだで蔓延していた世相を反映していただけということもできる。 したがって、芸術が物理学の大発見を予示したというよりは、芸術と物理学の発展が平行して起こったと考えたほうが妥当だろう。

不幸なことに、科学者と芸術家が話し合うことはめったにない。 しかしながら、芸術と科学における変革は同じ根をもっている。 それは、ものごとの本質が従来の見方ではとらえきれないこと、そしてそれらを従来の描き方では描ききれないということへの気づきである。 物理学では、量子力学がまったく新しい見方で物理的問題に迫る方法を提示した。 量子力学を確立した人たちは、今までのニュートン流ではなく、抽象的でもっと「本質的」な方法で現実を表現した。 それに並行する視覚芸術の流れでは、パブロ・ピカソやジョルジュ・ブラックといたキュビズムの例がある。 ピカソの有名な絵画《アヴィニョンの娘たち》(1907)は、見かけの姿ではなく、その本質を反映させた抽象的な姿で女性を表しているといえる。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)


102 – 103ページ
『モナ・リザと数学』
著者: ビューレント・アータレイ
2006年5月1日第1刷発行
発行所: (株)化学同人

つまりなァ、ピカソはバルセロナの娼婦を描きたかったのやァ。 そやけど、誰もが目にするような。。。要するに凡人が描くような娼婦を描くのではつまらん。 そう思うたのやがなァ。

つまらなかったら描かなければええやん。

そやけど、ピカソはどうしても描きたかったのやァ。

だったら、ゴタゴタ言わずに描けばええやん。

そこでピカソは悩んだのやがなァ。。。つまり、従来の画家が描いているような娼婦を描くのやったらつまらんと思うたのやァ。。。そこで、ピカソは従来の描き方では描ききれないモノを描こうと思うたのやァ。

それで描きはったのが「アヴィニョンの娘たち」ということやのォ~?

そうやァ。。。結果として「キュビズム」という描き方になったァ。。。要するに、アインシュタインと同じようにピカソも時代の落とし子やったのやァ。

アインシュタインがニュートン力学で考えると、古典力学体系では、どうにも、とらえきれないことにぶつかった。 ちょうどピカソがバルセロナの娼婦を見た時のように考え込んでしもうたのやァ。 アインシュタインは、そこから特殊相対理論を生み出しおった。 ピカソは、バルセロナの娼婦から、従来の描き方とは違う本質的な見方で「アヴィニョンの娘たち」を生み出しおったのやァ。

【レンゲの独り言】

ですってぇ~。。。
なんとなく、こじつけ見たいに聞こえますよね。

いずれにしてもピカソがもし上のようなオーソドックスな絵を描かずに、初めから「アヴィニョンの娘たち」を描いていたら、おそらく周りの人はピカソを精神病院へ送り込んだと思いますわ。
精神病になると、ある能力が消えて、ひとりでにピカソの絵みたいなものを描くケースがあります、とお医者さんも言っているほどです。
あなたは、どう思いますか?

とにかく、次回も面白くなりそうですわ。
あなたもどうか、またあさって読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

ピカソの生涯は「アヴィニョンの娘たち」のように

常識では考えられないような

起伏に富んだものでした。

ピカソは生涯に2度結婚し、

3人の女性との間に4人の子供を作りました。

ピカソがパリに出て最初に付き合ったのは

フェルナンド・オリヴィエでした。

「青の時代」と「桃色の時代」をへて

富と名声を得ると、つぎにエヴァという名前で知られる

マルセル・アンベールと付き合いました。

ピカソは彼女を讃えるために、作品に

「私はエヴァを愛す」(J’ AIME EVA)、

「私の素敵な人」(MA JOLIE)などの言葉を

書き込みました。

しかし彼女は癌を患い、1915年に亡くなりました。

1916年には、バレリーナで貴族出身の

オルガ・コクローヴァと知り合い、

1918年に結婚しました。

オルガはピカソをパリの上流階級の社交界に引き入れ、

ブルジョワ趣味を教えたのです。

二人のあいだには息子、パウロが生まれました。

ピカソは初めの内こそ妻に調子を合わせていましたが、

しだいに生来のボヘミアン気質が頭をもたげ、

衝突が絶えなくなりました。

1927年には、ピカソは17歳の

マリー・テレーズ・ワルテルと出会い、

妻に隠れて会うようになりました。

ピカソはオルガと離婚しようとしましたが、

資産の半分を渡さねばならないことがわかり

中止したのです。 (微笑)

ピカソとオルガの結婚は、

1955年にオルガが亡くなるまで続きました。

マリー・テレーズと密会を続けていた1935年には

娘、マイアが生まれました。

またピカソは1936年から1945年まで、

カメラマンで画家のドラ・マールを愛人にしていました。

彼女はピカソ芸術の良き理解者でもあり、

『ゲルニカ』の制作過程を写真に記録しています。

1943年には、ピカソは

21歳の画学生フランソワーズ・ジローと出会い、

1946年から同棲生活を始めました。

そしてクロードとパロマが生まれました。

しかし、フランソワーズはピカソの支配欲の強さと

嗜虐癖に愛想をつかし、

1953年、2人の子を連れてピカソのもとを去りました。

ピカソは大きなショックを受けました。

フランソワーズはピカソを捨てた

唯一の女性と言われています。

しかしピカソはすぐ次の愛人の

ジャクリーヌ・ロックを見つけました。 (微笑)

彼女は南仏ヴァロリスの陶器工房で働いていたところを

ピカソが見そめたのです。

それで1961年に結婚したのです。

でも、この結婚は、ピカソのフランソワーズに対する

意趣返しと言われました。

当時フランソワーズはクロードとパロマの

認知を得る努力をしていたので、

ピカソはフランソワーズに

「結婚を解消すれば、入籍してあげてもいい」

と誘いかけたのです。

これに乗ってフランソワーズが相手と協議離婚しました。

でも、ピカソは既にジャクリーヌと結婚していたのです。

なんとも波乱に富んだ人生でした。

ところで、英語の面白い話を集めました。

時間があったら覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。