Archive for the ‘コミュニケーション・人間関係論’ Category

行田物語 棺桶に入るまで

2017年8月6日

 

行田物語 棺桶に入るまで

 


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デンマンさん。。。 今日はなんだか、あまり縁起のいい話ではありませんわねぇ~。。。


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やっぱり、“棺桶”という響きは食欲を減退させますかァ~? (モナリザの微笑)

食欲よりも、高齢者が読んだら生きる力が萎(な)えてしまうのではありませんかァ~。。。

いや。。。 僕は、むしろ高齢者を励(はげ)ますつもりで今日の話をするつもりなのです。。。

でも、どういうわけで“棺桶”を持ち出したのですか?

あのねぇ~、誰でも必ず一度は死にますからねぇ~。。。 だから、別に “棺桶”が話題に出たからって、何も嫌がったり、悲観したり、食欲を減退させる必要はないのですよ。。。

つまり、死ぬことをそれほど忌み嫌う必要もないということですか?

その通りですよ。。。 真由美ちゃんもよく知っている現在 シアトルに住んでいる“カヨちゃん”。。。 彼女のお母さん。。。 僕にとっては叔母。。。 真由美ちゃんにとっては大叔母だけれど、その九条多佳子・叔母が書いた手紙をちょっと読んでみてください。

デンマンさんへ


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お元気でしょうか?
通夜・葬送の儀 無事に済みました。

ところで、アナログデジタル どちらも伝達手段として使うのでしょうが、私は真の意味を論理的に知りません。
時計に例えるならば、私はアナログ派。
なんでも物質的なものは体で確かめたいタイプ。

多分、後々 その先々も PCに恋することはありません。
実際、PCの前に座るとき、決してときめきはありません。 恐怖でドキドキします。

本日 4月30日 (日曜日) 午前11時にデンマンさんのメールを拝読しました。
デンマンさんに また「宝の持ちぐされ」と揶揄されるかも知れませんが、メールのやり取りは 2015年の秋、デンマンさんが帰省時 私の家にフラッシュ・メモリーを忘れたときに「自遊空間」に居るデンマンさんへ、その件でメールして以来久しく使っていません。

なので、自分のアカウント名やパスワードを入力する時にはドキドキはさらに上昇。
どうぞ笑ってください。
そもそも私のPC使用の目的は、作文用原稿の升目を埋めるだけで十分なのです。

人は人にどれほどの真実を伝えられるかという事を考えたとき、メールを作動させるときは絶対、必要以外は使用しないと決めていました。
理由は二つ。

①下手である。

②追い立てられているような強迫観念に付きまとわれる(神経疾患だと思う)。

今日はメールで返事をと考えていたのですが、なにやら入力する箇所がいくつかあって、またとんでもなくグチャグチャになる可能性が見えるので郵便に変更しました。

 


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まず喜代司君のご冥福を祈ります。
私はデンマンさんと全く同じ事を考えていた事柄があります。

いろいろな説があるようですが、死没して77日経過すると死者は神の世界に入る。
これは夫の実家である東京の洗足の菩提寺の住職の説法だった記憶があります。
それまでは東雲(しののめ)の光に照らされた朝霧のように、家や家人の周りを廻り、安穏であるように導いている。

私は正造さんから訃報を受けて、すぐに芳江さん(デンマン注:僕のお袋であり、多佳子の一番上の姉)の命日から指を折ったら80日。
まさに霊から仏へと渡り行く時で、芳江さんが神様となり、デンマンさんと正造さんの苦労するであろうことを慮(おもんばか)り、また喜代司君の病苦から救い、母親の懐に呼び寄せたと感じ取りました。
この事を正造さんに話したら、デンマンさんも同じよなことを言っていたそうですね。

棺の中の喜代司君は佐吉・お父さんにそっくりでした。
考えるに加藤家の脳力(能力)の高さは父方のゲノム(genom)だと確信しました。
母方、つまり、犬塚の私の実家の脳力は並です。

精進落としの会食の際に、喜代司君の小学校の担任の先生(広田先生)と隣の席になりました。
彼の逸話、特に体育への比類ない努力と、その成果を力説していました。
どちらの家庭でもそうですが、長男・長女は特別で、喜代司君も長男のデンマンさんの影に隠れてしまっていて、私などは初耳でした。

私の健康を心配してくださりありがとう。
年齢の域だからと一言で片付けてしまえばそれまでですが、知らせがあった後、私は無理は禁物と葬儀のみに出席と正造さんに伝えました。
「ところでデンマンさんは?」
「来ないそうです」

いったん電話を置いたものの、正造さん一人で喜代司君を葬送するこの状況は考えられず、一番近い私は行くきりないと悲しさに胸の詰まるのを押さえて通夜と葬儀に伺うことを伝えました。
この時、思わず言ってしまいました。
デンマンさんて しょうがないわねぇ~……!

通夜は三男の修と臨席。
長男は仕事の都合で出られませんでした。
翌日の葬儀には厚子さんが車で送ってくれました。

美智子は母親のつねちゃんの代わりに出席しました。
喜代司さんの従弟の敏文君(通夜は夫婦で)と恵次君も見えました。

私はお葬式の最後のお別れで棺にお花を埋飾する際、喜代司君の知らなかった一生懸命さを想い不覚にも涙を落としました。

芳江さんの場合、日本人の平均寿命を越えた大往生。

 


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悲しみよりはむしろ祝典の儀と勝手にとらえ、
私自身を重ねてみて、とても真似ることができない長寿にむしろ羨ましさを感じたくらいでした。

このことを正造さんに話したら、母子である正造さんと姉妹である私とでは立場上感受性の違いがあるのでしょう。
正造さんが一瞬顔を曇らせたので失言だったなと思った次第です。
でも、これは私の本当の気持ちでした。

行田の家に戻ったとき、正造さんにお願いしました。
「立派な仏壇があるのだから、宗教に関係なく3人の位牌を一緒に安置して貰いたい」
正造さんも同じ気持ちでした。

我が家の2階にある自称書斎から、前方の勝願寺の森を見ると、緑が日毎に色濃く変化しています。

 


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若者たちは“この素晴らしき世界”と歌のような心地でしょうが、気温20度から25度に慣れない気だるさも手伝って、芽吹きの季節をうっとうしく感じます。

デンマンさんの言う儚さ。
私も同じく儚む方向に磁石の針が強く動いています。

今、短編・中編と2本平行しています。
いつも同じ事を言っていますが、私の死没までに家族に伝わるような編み方が完了すればと深く念じている毎日です。

正造さんが最後のお別れに棺に向かって言っていました。
秋になったらデンマンさんと納骨しますから……

合掌。

 


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それではデンマンさん、体に気をつけて……。

健康は自己責任でいきましょう。

お互いにね……。

追伸: 最後の方は疲れたので支離滅裂のようです。 意味不明な箇所もあるようですが宜しく読解のほどを……。

 

かしこ

 


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2017年4月30日 九条多佳子

 


『行田物語 母の懐』より
(2017年6月14日)

多佳子・叔母は次のように言ってるのですよ。。。

芳江さんの場合、日本人の平均寿命を越えた大往生。

 


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悲しみよりはむしろ祝典の儀と勝手にとらえ、

私自身を重ねてみて、とても真似ることができない

長寿にむしろ羨ましさを感じたくらいでした。

僕も、この点に関しては、叔母と同じ気持ちですよ。。。

つまり、デンマンさんのお母さんは人生を充分に生きて、誰からも祝福されるような人生を全(まっと)うしたので、悲しむよりは、むしろ祝ってあげることの方がふさわしいということですか?

その通りです。。。 真由美ちゃんも、僕の母親の生き様(いきざま)を知って感激していたではありませんか!


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 (前略)

たまたま母と話しをしていたら、“行田の伯母さん”、つまり、デンマンさんのお母さんが入院したという事を聞いたのです。
私が、「どのような人なの?」と尋ねたら、
母には、とても優しくしてくれた人だということで、とても感激して話していました。

デンマンさんに初めて電話した時に、偶然にも「お葬式まで準備していたのに、母親が奇跡的に助かって。。。」というお話を聞いて、なんだか私の心まで暖かくなるようなお話だと思いました。
デンマンさんのお母さんは 人に優しくしているので “神様”が奇跡を起こしたのではないだろうか?
私は、そんな風に考えることができました。

もともと子供の頃から、私は海外に行くことと語学に憧れを抱いていました。
それでも本当にやりたいことを自分から行動に移せず、甘えた環境でずっと生きてきた自分を、今になって改めて考えるようになりました。
やりたいことをやらないと、一生、この思いは引きずるんだろうな?

このような思いに捉(とら)われていた時に 母が“行田の伯母さん”の長男に デンマンさんという人がいて、20代でカナダに移住し、今でもカナダで暮らしているという話を初めて聞いたのです。
その時、私の中で一気に込み上げてくる思いがありました。

実際こうして、親戚の方と、海を越えて、何十年越しにコンタクトをとれるというのは、私にとって信じられないほど嬉しい事です。
デンマンさんの“海外飛躍遺伝子”の記事を読んで、なんとなく素直に信じることができました。

 (後略)

by 真由美

2014年3月25日 午後10時20分

 


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真由美ちゃん、おはよう!
さわやかにお目覚めですか?

バンクーバーの今朝は素晴らしい!。。。の一言に尽きる朝です。
気温は13度!
さわやか! すがすがしい!
しかも、快晴に近い空でした!
雲がほとんどない青空が広がっていましたよ!

ルンルン気分でスキップしたくなりましたよ!
きゃはははははは。。。


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私は毎朝4時に起きて5時に自宅を出て
車で40分くらい運転をしながら
朝日を浴びて出勤しています(*^_^*)

出勤まで結構な時間と距離があるので、大変ね。。という方もいますが、
私はこの時間が嫌いではなく、
むしろ気持ちの良い時間です(*^。^*)

 

事故に遭わないように安全にはくれぐれも気をつけてね。
僕は、もう ほとんど車を運転しません。
健康のために歩いています。
歩いて すべての用が済ませることができるマンションに住んでいるのでラッキーですよ!

毎日、図書館の往復の1時間が 楽しいです。
今朝のように、快晴の日には、マジでスキップしたくなります。 (微笑)

夕べ、図書館から帰って、夕食を食べ終えたら、お袋から電話がかかってきましたよ。
10時近かったでしょうか?

今は、介護施設「ハートフル行田」から退所して、実家でのんびりと暮らしているようです。
元気な声で話していたので、僕も安心しました。
ただ、耳が遠くなったので、僕の話は半分ぐらいしか聞き取れていないようですよ。
補聴器をつけなければと いつも言うのですが、まだ補聴器を買ってないようです。

40代の頃から腎臓が悪くて 体に“むくみ”が出ていましたからね。
子供心に、長くは生きられないようだと、悲しい気持ちで見ていたこともありました。
とにかく、よく働き、ぼくら 子供を心からよく面倒見ていましたね。

実は、お袋は小学校だけしか出てないのですよ。
旧・南河原村(現在は行田市に編入)の実家は、お袋が子供の頃にはお金に困っていた。
その当時は、どこの農家も貧しかったのです。

それで、母親の実家の遠い親戚が池袋で寿司屋さんをしていたので、
10代の頃は、僕の母親は その寿司屋さんで女中奉公をしていたのですよ。

店が忙しいときには、店の手伝いもさせられたそうです。
小学生の頃から畑仕事をさせられ、
娘時代は女中奉公。
自分の好きな事は何もできなかったそうです。

実家のために、ずっと働き通しだったそうです。
稼いだお金は、ほとんどすべて実家に入れたそうですよ。
僕の祖父(真由美ちゃんには曽祖父)が、寿司屋までお金を取りにいったそうです。

そういうわけですから、“子供には自由に人生を歩んでもらいたい。”
お袋は僕が小学校の頃から よくそう言ってましたね。
僕が、とにかく自分の好きな人生を歩んでこれたのは、そういう経緯(いきさつ)もあるのです。

要するに、「自分の自由な人生を歩む」ということは、母親がやろうとしてできなかったことです。
母親は実家のために女学校にも行けず、娘時代には女中奉公して働かねばならなかった。

たまに実家に帰って田んぼで田植えなどしていると、
お袋よりも成績が悪かった同級生の女の子が自転車に乗って行田の女学校に通う姿を見ることがある。

“どうして? どうしてなの? どうして自分は、こんな惨めな境遇に生まれなければならなかったの?”
そう思ったことも、あったと言います。
でも、そんなことを思っても、どうにもならないので、とにかく、毎日毎日、”お天道様(てんとうさま)”が見ているので、しっかり働いたと言います。

だから、僕も、母親の分まで自由に生きたいと。。。 (勝手な言い分ですが。。。)

お袋は 苦労しながら働くことに慣れていたのでしょうね。
僕が大学生当時、お袋は東邦生命の保険の外交員をやっていたのですが、
成績が全国で3番になるほどで
社長賞をもらいに、東京の本社まで出かけていったことがありました。


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旧東邦生命ビル


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3人のうちで、他の二人はファッション雑誌から抜け出てきたようなドレスを着ていたけれど、
“私が一番みすぼらしかったよ!” と苦笑していました。

贅沢する気になれば、ドレスも買えたのですが、そのような事は する気になれない人でした。
家のため。。。子供のため。。。そういう気持ちが身についてしまったのでしょうね。

“お天道様(てんとうさま)”は見ていたのですよ。
あれだけ体が弱かったお袋が これまで長生きできたのですからね。。。

そして、夕べ 僕に電話をかけてよこしたのです。
涙が出てくるほどうれしいことです。 ホント。。。

お袋が 真由美ちゃんのお母さんに優しい気持ちになれるのも、いろいろと苦労した過去があればこそです。
そういうわけですから、真由美ちゃんも“お天道様(てんとうさま)”が見ていることを忘れずに、
マイペースで、しっかりと人生を送ってね。

じゃあね。
バイバ~♪~イ。。。


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05月31日 04:16 AM

(Vancouver Time: Friday, May 30, 2014 12:16 PM)

デンマンさんが書いてくれた上のメールを読んで 私はなんだか感動して泣いてしまいましたわ。。。 もちろん、泣いた後で気持ちがすっきりしたような、すがすがしい気持ちになれる涙でしたわァ。。。

僕も真由美ちゃんの返事を読んで、“血のつながり”を感じましたよ。。。 赤の他人だったら、僕の母親の話を聞いても涙は出てこないと思いますよ。。。

。。。で、タイトルの棺桶に入るまでというのは、どういうことですか?

あのねぇ~、この話をするには、もう一人の女性に登場してもらわねばならないのですよ。。。

その女性ってぇ、いったいどなたですか?

残念ながら真由美ちゃんは、まだ会ったことがないと思うのですよ。。。安子さんといって、僕の母親の上から2番目の弟の泰夫さんの妻です。。。 僕とは血のつながってない叔母です。。。 次の手紙は僕が実家に出した手紙です。。。 安子さんにも触れているので、読んでみてください。。。

2017年4月24日 月曜日

 

昨夜、正造さんから 突然の喜代司(きよし)さんの死亡の知らせを受け、
全く予期していなかったので驚きました。

体は以前と比べれば弱っているとは言うものの
少なくとも まだ2年か3年ほどは生きているだろうと予測していたので
死亡の知らせは青天の霹靂でした。

考えてみると、2月4日のお袋の死が喜代司さんに生きることの儚(はかな)さと
希望を失わせたのでしょうね。。。

 


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高校生の頃電車に飛び込み自殺をしようと試みたことがあったけれど、
「俺が死んだらかあちゃんが悲しむだろうなァ~。。。」
そう思って思いとどまったということを お袋から聞かされた覚えがあります。

そう言う訳で私も去年の11月に帰省した時に、
「お袋よりも先に死ぬことだけはしないように。。。」と喜代司さんに言おうと思ったのですが。。。
つい、言う機会を逃してしまいました。

しかし、喜代司さん自身にも、お袋よりも先に亡くなって悲しませたくないという気持ちがあったのでしょう!
だから、お袋が2月4日に亡くなって2ヶ月後に 喜代司さんが追うようにあの世に逝ったのです。

寂しく一人でお墓に入っているお袋の話し相手にでもなろうと思って
お袋のそばに逝ったのだと。。。 そんな風に思えてきました。

そのように思うと喜代司さんの死が不憫ではなく、
なんだか心温まるようにも思えます。

ところで、4月28日の午後5時にお通夜をやるそうですが、
夕べ、よくよく考えた挙句、日本へ戻ってお通夜に参加することはやめます。

親父(オヤジ)さんの葬式にも出なかった。
私は、もともとお通夜とか葬式という行事に意味を見出していないのです。。。

それで、親父さんが入院中には20日間ほぼ毎日見舞いに行田中央総合病院に通いました。
親父さんとは 生前あまり話をしませんでしたが、その20日間には、
20年分ぐらいの話をしたように思います。

「死んで花実が咲くものか」と昔の人は言いましたが、
死んでから、お通夜やお葬式をしても、意味がないと思うのは、そういうためです。
お袋が亡くなったときに、日本へ戻り 通夜と葬式に参加したのは例外中の例外でした。
30年以上お葬式に出たことがない!

喜代司さんとも、お袋が亡くなった時に食事を一緒にしたり、
会ってそれなりに語り合えたことはよい思い出ができたと思います。

そういうわけで、もう20年ほど前から遺書を書き換えていますが、
つねに、自分の葬式は要らない。。。
遺体はバンクーバーの大学の医学部に寄付。
そのようにか固く決めています。

正造さんに、すべてを任せきって、自分が何もしないということを
心苦しく、我侭だとは思いますが、
通夜と葬式だけが亡くなった者を“ともらう”、というものでもないでしょう!

心の内でお袋に対しても、喜代司さんに対しても、充分に“ともらう気持ち”を持っています。
通夜や葬式は私にとって、形式だけの 時間と金を無駄にする行為に見えて、時には滑稽にも思えてきます。

仏教が葬式仏教になって、お葬式に100万円以上がかかるというのは、滑稽としか言えず、
正式にすると400万円もかかるというのは馬鹿バカしく思えてなりません。

 


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坊さんに、合計で60万円も包むのは、さらに滑稽としか思えません。。。
「坊主まるもうけ!」とは、昔の人はよく言ったものです!

そういうわけで、今回の喜代司さんのお通夜と葬式には出ませんので、
親戚の人たちには、当たり障りのないように正造さんからよろしくお伝えください。

喜代司さんの葬式は、バンクーバーで私なりに心の内で“ともらいたい”と思います。

墓参りなども、私は全く信じておりません。
今年の秋には、これまでどおり行田に帰省して また食事を一緒にしながら語り合いましょう。。。

 


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喜代司さんのお骨も、親父とお袋のお骨と並んで 仲良くお墓の中に入っていることでしょうから、
その時には、例外中の例外で、お墓参りをしてあげようと思います。
心の内のお墓参りのつもりです。

ちなみに、お袋のお通夜と葬式に昨年亡くなった叔父・泰夫さんの奥さんの安子さんが
あれほど体が弱っているのに、参加してくれたのには、本当に驚きでした。
当時、お礼に伺おうと思っていたのに、ついつい行きそびれてしまいました。

今年の秋、もし健在であれば、蓮華寺にお墓参りした後で
安子さんを お見舞いしたいと思います。

 


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勝手ではありますが、そのようなわけで喜代司さんの通夜とお葬式には欠席します。
あしからず。。。

 

追伸:

たまたま、2016年10月6日の手紙を読みなおしたら
(フラッシュ・メモリーに下書きが保存されている)
次のように書いてありました。


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「もし、喜代司さんが2,3日間自宅に

戻れるような機会があるなら、

私と喜代司さんの二人で 那須高原へ旅行して

由香里ちゃんが働いている「自在荘ホテル」で

泊まろうと予定しています。

喜代司さんにとっても、いい思い出になるでしょう。。。」

残念ながら旅行ができるほどの体調ではありませんでした。

このことがマジで心残りです。

叔母の多佳子さんに電話で連絡するようなことがあれば、よろしく お伝えてください。

 

デンマンより


『行田遠野物語』より
(2017年5月27日)

僕のお袋も 多佳子・叔母も他人の前で 褒めたり、感謝の気持ちは言うけれど、人の悪口は絶対に言わない人なのですよ。。。 要するに“口は災いの元!”を守っている! でも、自分の子供や親戚でも 特に親しくしている僕などには、普段言えない事を。。。、特に、人の悪口だけれど、ベラベラとしゃべるのです。。。

つまり、デンマンさんには芳江さんも、多佳子さんも、人の悪口を素直に語るのですねぇ~。。。

そうなのです。。。 僕の母親と多佳子・叔母は、特に仲が良かったので、僕の前では遠慮なしに思っていることをベラベラしゃべる。。。 そういう時に槍玉(やりだま)にあがるのが安子さんなのですよ。。。

つまり、デンマンさんのお母さんにとって、安子さんは 実の弟のお嫁さんに当たるわけですねぇ~。。。

そういうことです。。。 多佳子・叔母には実の兄のお嫁さんに当たるのです。。。 何が気に障らないかというと、“安子さんはケチだ!”と言うのです。。。 僕の母親も、多佳子・叔母も性格は良く似ていて、交際相手に対しては、相手が得をするようなお土産や、お返しものをするのです。。。 もちろん、お金だけの問題ではなくて、気持ちの上でも、交際相手に対しては、いろいろと気を使い やさしく対応する。。。 だからこそ、保険の外交員になったときには、社長賞をもらえるほどの成績をあげた。。。

デンマンさんのお母さんが保険の外交員になったら、知り合いや友達や親類の人たちが たくさん保険に加入してくれたのですわねぇ~。。。

そうです。。。 当然、安子さんも保険に加入してくれたのだけれど、それでもお袋の安子さんに対する“本音”は変わらなかった。。。 依然として“ケチな女”なのですよ。。。 僕は、そういう話を聞かされていたから、安子さんに対しては“悪いイメージ”を持っていた。

デンマンさんは安子さんにお会いしたことはないのですか?

ない。。。 お袋によると、付き合いをすると金がかかるから、広く付き合うことをしない、と言うのですよ。。。 

。。。で、その後 デンマンさんは安子さんにお会いしたのですか?

一度だけ会ったのですよ。。。 でも、そのときの印象は、僕が思い描いていたイメージとはまったく正反対だった。。。 つまり、神経質でピリピリしていて、痩せてギスギスしている人相の悪い中年女をイメージしていたのだけれど、安子さんは まるで観音様のような、ふくよかでニコニコしていて、やさしそうで、おっとりとしているのですよ。。。

。。。で、実際に会ってみて、デンマンさんから見た安子さんの性格はどうだったのですか?

一度だけ会っただけで、特に長時間にわたって話をしたわけじゃないけれど、決して悪い印象を与えるような人ではなかった。。。 お金に絡(から)んだことは僕にはなんとも言えないけれど。。。 ただ、僕は、母親と多佳子・叔母の知らない事実を泰夫・叔父から聞かされていた。

どのような。。。?

僕がカナダ在住だから泰夫・叔父は話す気になったのでしょうねぇ~。。。 安子さんは直腸癌を患い手術したので、人工肛門をつけている、というのですよ。。。 その当時 人工肛門の手術がどの程度進んでいたのか、僕には判断がつかなかったけれど、人の話に、安子さんではないけれど、他の同じような患者の家族の話で、どうしても匂いが漏れるので、家族と一緒に食卓を囲んで一緒に食事ができないというのですよ。

つまり、安子さんの付き合いが広くなかったのは、ケチのためではなくて、人工肛門のせいだったという事ですかァ~?

たぶん。。。

そういう状態だったのにもかかわらず、安子さんはデンマンさんのお母さんのお通夜とお葬式に出席したのですか?

そうです。。。 車椅子に乗ってきましたよ。。。 実の息子のお嫁さんが手助けして、立ち上がって ちゃんとお焼香をして、精進落としの食事の会にも出席したのです。。。 だいぶ離れた席に座ったので、「もう少し近くにこられませんか?」と僕が勧めたら。。。 「いいえ、ここでも、充分にデンマンさんの楽しいお話を聞かせてもらっていますよ」とニコニコしながら答えたものです。。。

あらっ。。。 お葬式の後の精進落としの食事の会で、デンマンさんは面白いお話をしたのですか?

そうです。。。 お袋の遺言で、精進落としの食事の会では、悲しまないで、みんなで楽しく陽気にやって欲しいと言ったものだから、僕はその事を参列者の皆さんに伝えたし、自分でも努めて楽しく陽気に振舞ったのですよ。。。 でも、お袋の遺言がなくても、僕自身 お袋が長寿を全(まっと)うしたので、悲しむよりも祝ってあげたい気持ちでした。

じゃあ、デンマンさんのお母さんが生きていたら、安子さんがお通夜とお葬式に出席したことにビックリしたかもしれませんわねぇ~。。。

そうですよ。。。 お金がかかるから、当然、安子さんがお通夜とお葬式には出席しないと思っていたでしょうからねぇ~。。。 つまり、僕のお袋は、自分が棺桶に入るまで安子さんの本当の姿が分からなかったのですよ。。。

おそらく、天国で、その様子を見て次のように言ったと思います。

 


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安子さん、ありがとうございます。

心得違いをしていて

申し訳ありませんでした

 


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感謝の気持ちと反省の気持ちで一杯になって お袋は涙をためていたと思うのですよ。。。


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【デンマンの独り言】


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一人の人間を理解したつもりでも、完全に理解できるものではありません。。。

誤解しながら、棺桶に入ってしまうかもしれません。。。


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お袋が生前「ハートフル行田」の介護施設に入所している時に
軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが見舞いに訪れたときの写真です。。。

僕の母親は長寿を全(まっと)うして人から感謝されるような人生を過ごしてきましたが、安子さんの本当の姿は、棺桶に入るまで解りませんでした。
やはり、人間は完璧ではないという今日のお話でした。

ところで、真由美ちゃんは、ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

去年(2016年)の9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


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上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


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If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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『サンタ マユミちゃん』

『お汁粉@海外』

『お汁粉@カナダ』

『支払いでトラブル』

『風邪で甘えてる場合じゃねぇ~!』

『バレンタインのお菓子』

『結婚、仕事、人生』

『命の力だね』

『英語と真由美ちゃん』

『海外に目を向ける』

『カーネギーホールじゃないよ』

『やる気があれば道は開ける』

『ニャンニャンと人生』



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(hiroy2.png+betty5d.gif)
『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 


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『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』

『日本で再会』


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』


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『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


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『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』

『那須高原の紅葉』

『希望とロマン』

『錯視 錯覚』

『マンボ@バンクーバー』

『オリーブオイル』

『スコーンとプディング』

『5月のロブソン』

『病院食の間違い』

『プレミアム・ジャパン』

『自然の摂理を無視すると…』

『夢のデニッシュ・悪夢のマーガリン』

『パリ風カフェ』

『どこか狂ってるわ』

『行田遠野物語』

『行田物語 ピアノ』

『行田物語 猫』

『行田物語 母の懐』

『行田物語 ケネディ暗殺』

『行田物語 病院食』

『行田物語 お股の花々』

『晩香坡物語 ジャズ』

『行田物語 悪夢』

『行田物語 社長』


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Romance@Madison

2017年7月28日

 

Romance@Madison

 


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Kato, have you been to the above Roseman Covered Bridge in Madison County?


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Oh no, I haven’t.  The other day I watched a drama titled “The Bridge of Madison County” at the Vancouver Public Library.

 



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“Actual List”

 

This is the list of movies I’ve recently viewed at the library… Look at the red-rectangled title in the above list!

I see… You watched it on July 3, huh?

That’s right.

 


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“Actual Page”

 


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I see… so after you watched, you jotted down the following comment, huh?

Produced and directed by Clint Eastwood, this is a 1995 American romantic drama based on the best-selling novel of the same name by Robert James Waller.

The story in the diaries reveals the impact the affair had on the lives of a farm woman and a National Geographic photographer.

The affair took place while her husband and children were at the state fair in Illinois.


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She almost ran away with him to travel the world with him.

After a wrenching period of decision-making, however, she decided to stay at the last minute after considering the bigger picture that includes the consequences leaving would have on the lives of her teenage children and husband, who was a good, loving man.

After all the photographer finds meaning and his true calling as an artist.

It also has deep consequences on the lives of her son and daughter, who are both experiencing marital problems.


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Their mother’s story helped them to find a sense of direction in their lives.

It is an old-fashioned love story with some meanings in terms of the present day context.

Superb are the performances of Clint Eastwood and Meryl Streep.

Diane, have you seen the above movie?

Oh yes, I have.  That was quite a popular movie back in those days of the late 1990s simply because the novel, on which the film was based, was a 1992 best-seller.  Actually, 60 million copies were sold worldwide.

The Bridges of Madison County (Book)


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It is a 1992 best-selling novel by Robert James Waller that tells the story of a married
but lonely Italian-American woman (war bride) living on a 1960s Madison County, Iowa farm.

While her husband and children are away at the State Fair, she engages in an affair with a National Geographic photographer
from Bellingham, Washington, who is visiting Madison County to create a photographic essay on the covered bridges in the area.

The novel is presented as a novelization of a true story, but it is in fact entirely fictional.
However, the author stated in an interview that there were strong similarities between the main character and himself.

The novel is one of the bestselling books of the 20th century, with 60 million copies sold worldwide.
It has also been adapted into a feature film in 1995 and a musical in 2013.

 

Publication history

It was originally published in the UK under the title Love in Black and White.

A sequel entitled A Thousand Country Roads was published in 2002.
It tells the remainder of the two main characters’ story after their four-day affair.
They never meet again, but their lives are interlocked until death.

In 2005, the trilogy was completed with High Plains Tango, which came about when Waller was writing “A Thousand Country Roads” and he realized he had two novels’ worth of material.
“High Plains Tango picks up the story of itinerant master carpenter Carlisle McMillan, Robert Kincaid’s illegitimate son, who settles in Salamander, S.D.
There his life becomes intertwined with two very different women and almost overrun by the threats of eminent domain.”


SOURCE:”The Bridges of Madison County”
From Wikipedia, the free encyclopedia

Sixty million copies, eh?  Amazing!

Did you watch the movie on July 3 for the first time?

Yes, I did.  Actually, I was quite interested in the movie when it was quite often talked about in those days.

Then why didn’t you view the movie back in those days?

Well, I could hardly imagine that Clint Eastwood would take such a melodramatic role.  You see, he was quite famous as a “Dirty Harry.”


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He was also famous as a hard-boiled guy in Spaghetti Western or Italian Western such as “For a Few Dollars More” directed by Sergio Leone.


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I could hardly think that Clint Eastwood would play a protagonist as a ladys’ man in “The Bridges of Madison County.”

Is that the reason you didn’t watch the movie in the 1990s?

Yes, it is.  His womanizer-image destroyed my appetite for the movie.

Then how come you watched the movie at this time?

Well, as Clint Eastwood gets older, I’m getting softer on his image.

So how did you like the movie?

As I jotted down the comment, the performances of Clint Eastwood and Meryl Streep are superb.  I was quite impressed by their acting.  The film was made based on a true story, I guess.

No, I don’t think so.  As noted in the above article of Wikipedia, the novel is presented as a novelization of a true story, but it is in fact entirely fictional.

I know, but look at the following article about the author.

Robert James Waller


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Robert James Waller (August 1, 1939 – March 10, 2017) was an American author best known for “The Bridges of Madison County”—an enormously successful book in 1993.
He was also a photographer and musician.

Life

Waller received his BA (’62) and MA (’64) from University of Northern Iowa (then known as Iowa State Teachers College).
He received his PhD in business from the Kelley School of Business at Indiana University Bloomington in 1968.

Later that year he returned to UNI and began teaching management and economics, and in 1977 became a full professor.
He became dean of the College of Business in 1980 and retired from that position in 1986.
It was announced in 2000 that he made a “seven figure” donation to Indiana University.

Several of his books have been on the New York Times bestseller list including 1992’s “The Bridges of Madison County” which was the top best-seller in 1993.
Both that novel and his 1995 novel, Puerto Vallarta Squeeze, have been made into motion pictures.

Personal life

In 1997, his marriage of 35 years to Georgia ended in divorce.

An article in People Magazine noted, “The parallels between Waller’s life and his art (his Bridges heroine, farmwife Francesca, sacrifices her chance for happiness with a globe-hopping photographer in order to stay home and shield her loved ones from small-town scandal) haven’t been lost on the locals”.

Waller died on March 10, 2017, at his home in Fredericksburg, Texas.
He was 77 and had been battling multiple myeloma.


SOURCE:”Robert James Waller”
From Wikipedia, the free encyclopedia

You see, the author was divorced in 1997.  What do you think made the couple get divorced?

Well, nobody knows for sure.  Besides, he’s been dead now.  The secret was buried with him.

But the author stated in an interview that there were strong similarities between the main character and himself.  That’s the reason the novel is presented as a novelization of a true story, which has obviously damaged his wife’s feeling.  Therefore, the couple got divorced, I suppose.

In any case, that’s none of your buinsess, Kato.

I know, I know … But aren’t you curious about it?  The above Wikipedia article says: The parallels between Waller’s life and Francesca’s life remains on the locals.

After all, it is anybody’s guess.


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【Himiko’s Monologue】


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Well…, Francesca almost ran away with Robert to travel the world with him.

After a wrenching period of decision-making, however, she decided to stay at the last minute after considering the bigger picture that includes the consequences leaving would have on the lives of her teenage children and husband, who was a good, loving man.

When you view the movie, you might be surprised to see how much damage a scandal would cause in such a rural community in those days.

As a matter of fact, Robert noticed an alienated woman in a local cafe-restaurant when he dropped in.


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The woman sitting beside Robert (played by Clint Eastwood) was ignored by elder waitresses because of her extramarital scandal.

However, the younger waitress reluctantly took an order, but on a second thought, the woman decided to get out because the customers inside all stared at her with most treacherously despising gaze.

She just couldn’t stand it.

In those days, you could hardly ignore those contemptuous gazes.

Those rural communities were open in terms of scandal and rumors but closed and close-knit in terms of human relations.

Everybody knew everybody; everybody watched everybody.

Now times seem to have been changed.


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So, I think Calpernia is quite brave to make a decision to transform her male self into female self.

Well, you can live your life ONLY once.

Nobody prevents you from realizing your dream.

So, if it’s your dream, it’s your choice to transform yourself or to stay as you are.

In any case, I expect Kato will write another interesting article soon.

So please come back to see me.

Have a nice day!

Bye bye …


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If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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“World Family”

“Mari’s Bagels”

“Love & Loyalty”

“Another Cinderella”

“Amazing Two-legged Pooch”

“Delusive Romance”

“Royal Couple”

“Life with Music”

“Poutine@Canada”


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“Glorious Summer”

“Biker Babe & Granny”

“Genetically Modified”

“Tyrannosaur”

“Love@Magic”

“Yellow Ball”

“Welcome Back”

“Forbidden Love”

“Merry X’Mas”

“Heaven with Mochi”

“Travel Expense Scandal”

“Love@Redemption”


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“JAGEL”

“JAGEL Again”

“Say NO!”

Happy Gal in Canada

Roof of Vancouver

Aftershock

Whiplash

Sex Appeal

Better Off Without Senate

Fire Festival

Sweets@Paris

Scary Quake

MH370 Mystery

Putin’s Way

Trump @ Vancouver

Otter & Trump


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Changeling

Fiddler on the Roof

Flesh and Bone

Maiden’s Prayer

Romeo & Juliet

Trump @ Joke

Halloween in Shibuya

Trump Shock

Happy New Year!

Life or Death

Way to Millionaire

Adele Hugo

Middle Sexes


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Hi, I’m June Adams.

Kato is a real movie lover, who tries to watch 1001 movies.

As a matter of fact, he has already accomplished his goal.


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『Actual List』


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Kato watched “The Arabian Nights” or “One Thousand and One Nights” as his 1001th movie.

You might just as well want to view it.


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The stories in “the Arabian Nights” were collected over many centuries by various authors, translators, and scholars across West, Central, and South Asia and North Africa.

The tales themselves trace their roots back to ancient and medieval Arabic, Persian, Indian, Egyptian and Mesopotamian folklore and literature.

In particular, many tales were originally folk stories from the Caliphate era, while others, especially the frame story, are most probably drawn from the Pahlavi Persian work Hazār Afsān which in turn relied partly on Indian elements.

What is common throughout all the editions of the Nights is the initial frame story of the ruler Shahryār and his wife Scheherazade and the framing device incorporated throughout the tales themselves.

The stories proceed from this original tale.

Some are framed within other tales, while others begin and end of their own accord.

Some editions contain only a few hundred nights, while others include 1,001 or more.


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ところで、愛とロマンに満ちた

レンゲさんのお話をまとめて

『レンゲ物語』を作りました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

『愛とロマンのレンゲ物語』


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『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。



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『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 


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行田物語 社長

2017年7月27日

 

行田物語 社長

 


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姉 向田邦子の「遺書」


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お葬式の喪主は本来母がなるべきものを、長男の保雄が自分でさっさと決めてしまって、保雄になったんです。
私たち妹が何かを言うと収まらないので黙っていたんですが、まあ、そこまでは母も何も言わない。
ところが、今だから言えるんですが、姉と一緒に旅行に行った方々にお香典を出す、と兄が言い始めたんです。
それが、私が見てもケタはずれの金額だった。

一番の年長者で比較的名があったかもしれませんが、姉が主催した旅行ではないですし、そもそも趣旨が違いますね。
兄はそこを混同して少しいい気になっちゃったのかもしれません。
母は世間に出て勤めた経験もない人間ですが、「それは筋ではない」と頑として許さなかった。

今度は青山斎場でどなたかに弔辞を読んで頂くかを決める段になって、兄が黙って東邦生命の社長に頼んでしまったんです。
東邦生命は、もう亡くなっていた父の敏雄が勤めていた会社です。

そうしたら、紙巻に筆で書かれた、秘書が代筆したらしき弔辞が送られてきたんです。
その内容を読んだらもうびっくりしちゃった。


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ふんぞり返ったすさまじいいヘンなものなんです。
そんなのを読んだら、みんなあきれ返っちゃうだろうと思いました。

ところが母はそれを読みもしないのに、「これは邦子の葬儀であって、お父さんのじゃない。 ここに出て頂くべき方ではない」と言って、後は兄が何を言っても受け付けず、結局、いただいた弔辞は葬儀では読みませんでした。

 (中略)

保雄は、しっかりした長女で (略) あった邦子がいなくなって、家長のような振る舞いがしたかったんですね。
台湾へ行って地獄絵を見たわけで、少しおかしくなったか、そんな事私どもに思いやれる余裕もなく心ない事で。

兄は台湾のことは生涯、母や妹に一言も話しませんでした。
それは長男としてすごい事。
ありがたかったと思うんです。

 

(122-123ページ 向田和子)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


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『「文藝春秋」で読む戦後70年』
【第2巻】安定成長期から天皇崩御まで
編集人: 石橋 俊澄
2014(平成27)年8月4日 第1刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

デンマンさん。。。 今日は行田物語でしょう?


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そうです。。。

だけど、向田邦子さんと行田が関係あるのですか?

いや。。。 直接の関係はないのですよ。。。 真由美ちゃんは向田邦子さんを知ってますよねぇ~。。。

名前は聞いたことがありますわァ。。。 確か、飛行機事故で亡くなったのでしたよねぇ~。。。

そうです。。。 面白いエッセーを書く作家で、僕はファンでしたよ。。。 記事でも取り上げたことがあるのです。。。 51歳で亡くなってしまったのだから、惜しいです。。。 もっともっとたくさん面白い戯曲やエッセーを書いて欲しかったですよ。。。

向田邦子


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向田 邦子(むこうだ くにこ、1929年(昭和4年)11月28日 – 1981年(昭和56年)8月22日)は、テレビドラマ脚本家、エッセイスト、小説家。
第83回直木賞受賞。
週刊誌のトップ屋時代は幸田 邦子名義で執筆していた。共同ペンネーム「葉村彰子」の一員でもある。

東京府荏原郡世田ヶ谷町若林(現・東京都世田谷区若林)生まれ。

父親は高等小学校を卒業したあと第一徴兵保険(東邦生命保険。現、ジブラルタ生命保険)に給仕として入社し、そこから幹部社員にまで登りつめた苦労人。

なお転勤族であったため一歳で宇都宮に転居したのを初めとして、幼少時から高等女学校時代まで日本全国を転々としながら育つ。
菊池寛を輩出した四国の香川県の高松市立四番丁小学校卒業、東京都立目黒高等女学校、実践女子専門学校(現・実践女子大学)国文科卒業。

新卒で財政文化社に入社し、社長秘書として勤める。
その後雄鶏社に転職し、「映画ストーリー」編集部に配属され、映画雑誌編集者として過ごす。
雄鶏社を退社した後は脚本家、エッセイスト、小説家として活躍する。

1981年(昭和56年)8月22日、旅行中の台湾苗栗県三義郷で遠東航空機墜落事故にて死去。享年51。

法名は、芳章院釋清邦。墓所は東京都府中市の多磨霊園。墓碑銘は森繁久彌による「花ひらき、はな香る、花こぼれ、なほ薫る」。
遺品はかごしま近代文学館に寄贈され、常設展示されている。
寄贈を決めた時の母・せいの言葉は「鹿児島に嫁入りさせよう」であった。

 

エピソード

小学生の頃には、父の赴任に伴い鹿児島県鹿児島市の鹿児島市立山下小学校で数年を過ごした。
この多感な時期に鹿児島の温暖な気候や地元の風習、文化、食べ物、家族や先生、同級生との間に様々な体験をし、忘れ得ない思い出として、代表作エッセイ『父の詫び状』に詳しく綴っている。

なお、この作品のモチーフは、鹿児島時代の家族団欒であると言われている。
飛行機事故の直前には、雑誌の企画で鹿児島を訪問し、「故郷の山や河を持たない東京生れの私にとって、鹿児島はなつかしい「故郷もどき」なのであろう」と締めくくっている。

戦後の混乱期には、一家は父の度重なる転勤により仙台に居を構えていた。
最初の社宅は、現在の住居表示で仙台市青葉区国分町二丁目(現在は仙台市都心部の歓楽街だが、当時はオフィス街の裏道)、後に同市同区大手町(旧・琵琶首丁。広瀬川沿いの住宅地)に引っ越した。

邦子は実践女子への通学のため、東京・麻布市兵衛町の母方の祖父母宅に下宿し、夏冬の休みだけ仙台に帰省していた。
「当時は東京が極度の食糧不足にあえいでいたが、仙台は別天地のように豊かであった」と語っている。
1950年に父親が東京本社勤務となり、杉並区久我山の社宅に住み、邦子もまた両親と一緒に暮らし、定年退職の後は杉並区天沼に転居する。

雄鶏社という出版社に就職したばかりの頃は、黒いニットのトップスに黒いロングスカートという服装が多かったため、同僚からは「黒ちゃん」と呼ばれていた。
後に妹の向田和子が自著の文中にて「その黒いロングスカート姿で仙台へ帰省してきた姉が、当時は黒い服を礼服以外の目的で着ていた人が少なかったこともあり、町へ出るととても目立った」と当時を回想している。

洋裁が得意であり、一時はコートまで仕立てていた。
戦中~戦後の物資の乏しい時期には弟妹達の手袋、マフラーも手編みで用意し、2人の妹にはセーラー服まで作った。
生地の入手自体が困難だったため、古着を仕立て直すなど工夫していた。

愛猫家としても知られ、実家暮らしの頃から亡くなるまで、常に複数の猫を飼っていた。
その中でもコラット種のオス「マミオ」はタイ旅行した際に一目惚れした種であり、エッセイにも度々登場させている。
邦子の逝去後は、母・せいと妹・和子が引き取り、16歳で癌によって亡くなるまで愛育していた。

精力的に海外旅行をしていたが、実は飛行機嫌いであった。1981年5月に「ヒコーキ」(『霊長類ヒト科動物図鑑』)というエッセイで、「私はいまでも離着陸のときは平静ではいられない」と書き、あまり片付けて出発すると「やっぱりムシが知らせたんだね」などと言われそうで、縁起を担いで汚いままで旅行に出ると述懐していた。
しかしながら、験担ぎも虚しくこの僅か3か月後には飛行機事故で命を落とすこととなった。

当時珍しかった留守番電話を早い時期に導入していた。
機械に慣れない人々が面白いメッセージを多く残したが、中でも秀逸は黒柳徹子で、一分/一通話のシステムでは足りなかったらしく、特有の早口で九通話連続で吹き込まれていたというものであった。
しかし用件には全く触れられておらず「後で直に会って話すわね。」という楽しいオチであったため、消去せずに保存して来客に聞かせて、もてなしの一つとしていた。


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幼少時より虫が大嫌いだった。
虫偏の漢字も嫌いだったが、唯一「虹」だけは好きだった(『クイズダービー』にてこのエピソードが出題された)。

グルメとしても有名であった。
料理も得意で自炊したが、著述活動の傍ら「女性が一人でも気軽に寄れるお店を作ろう」と、妹の和子と東京都港区赤坂で小料理屋「ままや」を開店した。

「ままや」は邦子の死後も妹の和子によって営業が続けられたが、1998年(平成10年)に閉店した。
その経緯は和子著の「かけがえのない贈り物」に詳しい。

1970年代には倉本聰・山田太一と並んで「シナリオライター御三家」と呼ばれた。


出典: 「向田邦子」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

僕は『父の詫び状』を読んだけれど、これは実に面白く読めましたよ。。。 邦子さんのお父さんは苦労人で、人の嫌がる転勤もしばしば遣ったらしい。。。 それで、邦子さんもずいぶん転校したことが書いてありました。

「父親は高等小学校を卒業したあと第一徴兵保険(東邦生命保険。現、ジブラルタ生命保険)に給仕として入社し」たと書いてありますけれど、デンマンさんのお父さんも小学校を卒業したあと忍町尋常高等小学校(現在の行田中央小学校)の給仕をしながら独学で教員検定試験を受けて18歳で先生になたのでしたよねぇ~。。。

忍町尋常高等小学校


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(このような校舎でした。 実物ではありません)

 

市庁舎、産業文化会館、体育館の北が、忍城東方の守りの内行田沼を埋め立てた地で、忍町尋常高等小学校が大正11年1月に竣工した。
だから昭和54年現在71歳の人が第1回卒業生で、20数歳の人が最後の入学生ということになるから、この忍町尋常高等小学校の大校舎を知っている人は市民に多いと思う。 (略)

教員数32名、児童数1,888名という小学校で、昭和12年星川村が合併を機に小学校が東西南北となり忍町南小学校になり、16年には忍町国民学校、22年また忍町南小学校となり、24年市制により行田市立南小学校、29年に南小学校が分離して行田市立中央小学校と名前も6回替り、現在に至っている。

玄関の前に軍艦の大砲があった。
郷土出身の小山与四郎大佐の口添えで、須加小学校と忍町小学校の2校が払い下げを受けたことを、知っている人は少なくない。

また昭和4年4月7日、今の体育館のところにロシア軍艦の11メートルの主砲で立派な表忠碑が立っていた事も、昔の語り草となってしまった。
児童数も昭和20年度には3,020人、新制中学で高等科がなくなっても、28年度は教員数67人、児童2,878人というマンモス小学校となった事も、当時の人には思い出深い事であろう。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


113-115ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社

『行田物語 ピアノ』に掲載。
(2017年6月8日)

戦前に生まれた人は、けっこう苦労人が多いのですよ。。。 苦労した甲斐があって僕のオヤジは最後は校長先生になって退職しました。

つまり、邦子さんの父親とデンマンさんのお父さんが同じ苦労人なので、この記事を書こうと思い立ったのですか?

いや。。。 そうじゃないのです。。。 たまたまバンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら妹の和子さんが書いた姉 向田邦子の「遺書」という箇所に出くわしたというわけです。。。 赤字にした箇所に注目してください。。。

東邦生命の社長と書いてありますわねぇ~。。。

そうです。。。 東邦生命と聞いて真由美ちゃんは何か思い出すことはありませんか?

確か、亡くなったデンマンさんのお母さんは、若い頃に東邦生命の外交員をしていたのではありませんかァ~。。。

そうです。。。 頑張って成績を上げ社長賞をもらいに本社に出向いたことがあったのですよ。。。 かつて、その事で真由美ちゃんとメールで語り合ったことがあるのです。。。 覚えてますか? 次のようなメールです。。。


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 (前略)

たまたま母と話しをしていたら、“行田の伯母さん”、つまり、デンマンさんのお母さんが入院したという事を聞いたのです。
私が、「どのような人なの?」と尋ねたら、
母には、とても優しくしてくれた人だということで、とても感激して話していました。

デンマンさんに初めて電話した時に、偶然にも「お葬式まで準備していたのに、母親が奇跡的に助かって。。。」というお話を聞いて、なんだか私の心まで暖かくなるようなお話だと思いました。
デンマンさんのお母さんは 人に優しくしているので “神様”が奇跡を起こしたのではないだろうか?
私は、そんな風に考えることができました。

もともと子供の頃から、私は海外に行くことと語学に憧れを抱いていました。
それでも本当にやりたいことを自分から行動に移せず、甘えた環境でずっと生きてきた自分を、今になって改めて考えるようになりました。
やりたいことをやらないと、一生、この思いは引きずるんだろうな?

このような思いに捉(とら)われていた時に 母が“行田の伯母さん”の長男に デンマンさんという人がいて、20代でカナダに移住し、今でもカナダで暮らしているという話を初めて聞いたのです。
その時、私の中で一気に込み上げてくる思いがありました。

実際こうして、親戚の方と、海を越えて、何十年越しにコンタクトをとれるというのは、私にとって信じられないほど嬉しい事です。
デンマンさんの“海外飛躍遺伝子”の記事を読んで、なんとなく素直に信じることができました。

 (後略)

by 真由美

2014年3月25日 午後10時20分

 


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真由美ちゃん、おはよう!
さわやかにお目覚めですか?

バンクーバーの今朝は素晴らしい!。。。の一言に尽きる朝です。
気温は13度!
さわやか! すがすがしい!
しかも、快晴に近い空でした!
雲がほとんどない青空が広がっていましたよ!

ルンルン気分でスキップしたくなりましたよ!
きゃはははははは。。。


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私は毎朝4時に起きて5時に自宅を出て
車で40分くらい運転をしながら
朝日を浴びて出勤しています(*^_^*)

出勤まで結構な時間と距離があるので、大変ね。。という方もいますが、
私はこの時間が嫌いではなく、
むしろ気持ちの良い時間です(*^。^*)

 

事故に遭わないように安全にはくれぐれも気をつけてね。
僕は、もう ほとんど車を運転しません。
健康のために歩いています。
歩いて すべての用が済ませることができるマンションに住んでいるのでラッキーですよ!

毎日、図書館の往復の1時間が 楽しいです。
今朝のように、快晴の日には、マジでスキップしたくなります。 (微笑)

夕べ、図書館から帰って、夕食を食べ終えたら、お袋から電話がかかってきましたよ。
10時近かったでしょうか?

今は、介護施設「ハートフル行田」から退所して、実家でのんびりと暮らしているようです。
元気な声で話していたので、僕も安心しました。
ただ、耳が遠くなったので、僕の話は半分ぐらいしか聞き取れていないようですよ。
補聴器をつけなければと いつも言うのですが、まだ補聴器を買ってないようです。

40代の頃から腎臓が悪くて 体に“むくみ”が出ていましたからね。
子供心に、長くは生きられないようだと、悲しい気持ちで見ていたこともありました。
とにかく、よく働き、ぼくら 子供を心からよく面倒見ていましたね。

実は、お袋は小学校だけしか出てないのですよ。
旧・南河原村(現在は行田市に編入)の実家は、お袋が子供の頃にはお金に困っていた。
その当時は、どこの農家も貧しかったのです。
それで、母親の実家の遠い親戚が池袋で寿司屋さんをしていたので、
10代の頃は、僕の母親は その寿司屋さんで女中奉公をしていたのですよ。

店が忙しいときには、店の手伝いもさせられたそうです。
小学生の頃から畑仕事をさせられ、
娘時代は女中奉公。
自分の好きな事は何もできなかったそうです。

実家のために、ずっと働き通しだったそうです。
稼いだお金は、ほとんどすべて実家に入れたそうですよ。
僕の祖父(真由美ちゃんには曽祖父)が、寿司屋までお金を取りにいったそうです。

そういうわけですから、“子供には自由に人生を歩んでもらいたい。”
お袋は僕が小学校の頃から よくそう言ってましたね。
僕が、とにかく自分の好きな人生を歩んでこれたのは、そういう経緯(いきさつ)もあるのです。

要するに、「自分の自由な人生を歩む」ということは、母親がやろうとしてできなかったことです。
母親は実家のために女学校にも行けず、娘時代には女中奉公して働かねばならなかった。

たまに実家に帰って田んぼで田植えなどしていると、
お袋よりも成績が悪かった同級生の女の子が自転車に乗って行田の女学校に通う姿を見ることがある。

“どうして? どうしてなの? どうして自分は、こんな惨めな境遇に生まれなければならなかったの?”
そう思ったことも、あったと言います。
でも、そんなことを思っても、どうにもならないので、とにかく、毎日毎日、”お天道様(てんとうさま)”が見ているので、しっかり働いたと言います。

だから、僕も、母親の分まで自由に生きたいと。。。 (勝手な言い分ですが。。。)

お袋は 苦労しながら働くことに慣れていたのでしょうね。
僕が大学生当時、お袋は東邦生命の保険の外交員をやっていたのですが、
成績が全国で3番になるほどで
社長賞をもらいに、東京の本社まで出かけていったことがありました。


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旧東邦生命ビル


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3人のうちで、他の二人はファッション雑誌から抜け出てきたようなドレスを着ていたけれど、
“私が一番みすぼらしかったよ!” と苦笑していました。

贅沢する気になれば、ドレスも買えたのですが、そのような事は する気になれない人でした。
家のため。。。子供のため。。。そういう気持ちが身についてしまったのでしょうね。

“お天道様(てんとうさま)”は見ていたのですよ。
あれだけ体が弱かったお袋が これまで長生きできたのですからね。。。

そして、夕べ 僕に電話をかけてよこしたのです。
涙が出てくるほどうれしいことです。 ホント。。。

お袋が 真由美ちゃんのお母さんに優しい気持ちになれるのも、いろいろと苦労した過去があればこそです。
そういうわけですから、真由美ちゃんも“お天道様(てんとうさま)”が見ていることを忘れずに、
マイペースで、しっかりと人生を送ってね。

じゃあね。
バイバ~♪~イ。。。


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05月31日 04:16 AM

(Vancouver Time: Friday, May 30, 2014 12:16 PM)

 

 

デンマンさん、こんにちは(*^_^*)
私は仕事を終えて今日はビデオ屋さんによってから今帰宅しました。

昨日デンマンさんが送ってくれたメールの返信をゆっくりしたいと思い、今日になってしまいました。
デンマンさんがくれたメール、昨日の朝読みました。
デンマンさんのお母さんの話を、沢山してくれて、とても嬉しかったです。

そして、なぜですかね。。。
デンマンさんのメールを読んでいたら、お母様の素晴らしい人間性と、デンマンさんの、人生感、本当に感動しました。

デンマンさんのお母様は、本当に素晴らしい方ですね。
人間皆、そんな心の持ち主だったら。。。
なんて思います。

お母様の話を聞いて、もっと会いたい気持ちが膨らみました。

40代の頃から腎臓が悪くて 体に“むくみ”が出ていましたからね。
子供心に、長くは生きられないようだと、悲しい気持ちで見ていたこともありました。
とにかく、よく働き、ぼくら 子供を心からよく面倒見ていましたね。

実は、お袋は小学校だけしか出てないのですよ。
犬塚の実家は、お袋が子供の頃にはお金に困っていた。
その当時は、どこの農家も貧しかったのです。

それで、犬塚の遠い親戚が池袋で寿司屋さんをしていたので、
10代の頃は、僕の母親は その寿司屋さんで女中奉公をしていたのですよ。
店が忙しいときには、店の手伝いもさせられたそうです。

小学生の頃から畑仕事をさせられ、
娘時代は女中奉公。
自分の好きな事は何もできなかったそうですよ。

実家のために、ずっと働き通しだったそうです。
稼いだお金は、ほとんどすべて実家に入れたそうですよ。
僕の祖父(真由美ちゃんには曽祖父)が、寿司屋までお金を取りにいったそうです。

そういうわけですから、“子供には自由に人生を歩んでもらいたい。”
お袋は僕が小学校の頃から よくそう言ってましたね。
僕が、とにかく自分の好きな人生を歩んでこれたのは、そういう経緯(いきさつ)もあるのです。

要するに、「自分の自由な人生を歩む」ということは、母親がやろうとしてできなかったことです。

 

本当に素晴らしいですね。。。
苦労を沢山分かっているからこその人間性なんでしょうか。
こればかりは真似しようと思ってもきっと真似できないでしょう。
けれどもこんな母親はお手本にしたいばかりです。

 

母親は実家のために女学校にも行けず、娘時代には女中奉公して働かねばならなかった。
たまに実家に帰って田んぼで田植えなどしていると、
お袋よりも成績が悪かった同級生の女の子が自転車に乗って行田の女学校に通う姿を見ることがある。

”どうして? どうしてなの? どうして自分は、こんな惨めな境遇に生まれなければならなかったの?”
そう思ったことも、あったと言います。
でも、そんなことを思っても、どうにもならないので、とにかく、毎日毎日、”お天道様(てんとうさま)”が見ているので、しっかり働いたと言います。

だから、僕も、母親の分まで自由に生きたいと。。。 (勝手な言い分ですが。。。)

お袋は 苦労しながら働くことに慣れていたのでしょうね。
僕が大学生当時、お袋は東邦生命の保険の外交員をやっていたのですが、
成績が全国で3番になるほどで
社長賞をもらいに、東京の本社まで出かけていったことがありました。

3人のうちで、他の二人はファッション雑誌から抜け出てきたようなドレスを着ていたけれど、
“私が一番みすぼらしかったよ!” と苦笑していました。
贅沢する気になれば、ドレスも買えたのですが、そのような事は する気になれない人でした。
家のため。。。子供のため。。。そういう気持ちが身についてしまったのでしょうね。

“お天道様(てんとうさま)”は見ていたのですよ。
あれだけ体が弱かったお袋が 長生きしているのですからね。。。

そして、夕べ 僕に電話をかけてよこしたのです。
涙が出てくるほどうれしいことです。 ホント。。。

 

デンマンさん…

私はこの記事を読んで朝から泣きました。


(girlcry5.gif)

でもその涙はとっても気持ちのよい涙で。。
心が晴れたように、とても澄んだ気持ちになりました。
お話して下さって、本当にありがとうございます。

 

お袋が 真由美ちゃんのお母さんに優しい気持ちになれるのも、いろいろと苦労した過去があればこそです。
そういうわけですから、真由美ちゃんも”お天道様(てんとうさま)”が見ていることを忘れずに。。。


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デンマンさんのこの言葉で、私は朝から頑張ろう!っと気持が漲ってこれました。
デンマンさんのお母様は、お天道様のような人ですね。

本当にお会い出来る事を楽しみに、というより、
逢えるということに感謝です。。。

では、デンマンさんも
お気をつけてウオーキングに読書、楽しんで下さいね(*^_^*)


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2014年06月01日 18:26

 

 

真由美ちゃん、おはよう!
今朝のバンクーバーはすがすがしい、素晴らしい天気です。

マジで、ルンルン気分でスキップしたくなりました。
お天道様が、ニコニコしながら見ていましたよ。
きゃははははは。。。

 

デンマンさんこんにちは(*^_^*)
私は仕事を終えて今日はビデオ屋さんによってから今帰宅しました。
昨日デンマンさんが送ってくれたメールの返信をゆっくりしたいと思い、今日になってしまいました。

デンマンさんがくれたメール、昨日の朝読みました。
デンマンさんのお母さんの話を、沢山してくれて、とても嬉しかったです。
そして、なぜですかね。。。

やっぱり、血のつながりでしょうねぇ。
この事については記事にも書いたのですよ。


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真由美ちゃんと電話で話したこと、メールの内容なども拝借して記事の中で使っています。
真由美ちゃんは、まだ読んでないかも。。。?

やっぱり、真由美ちゃんがカナダに住んでいる僕に関心を持ったということは、
“血のつながり”と共に“生き方”を同じくする者という共感もあるのでしょうね。
それで、僕も 真由美ちゃんに対して“身内の話”もしたくなるのですよ。

 

デンマンさんのメールを読んでいたら、お母様の素晴らしい人間性と、デンマンさんの、人生感、本当に感動しました。
デンマンさんのお母様は、本当に素晴らしい方ですね。
お母様の話を聞いて、もっと会いたい気持ちが膨らみました。

デンマンさん、、
私はこの記事を読んで朝から泣きました。

でもその涙はとっても気持ちのよい涙で。。。
心が晴れたように、とても澄んだ気持ちになりました。

そうですか。。。そうですか。。。

実は僕自身も、メッセージを書きながら、お袋の30代や40代の頃の面影がオツムに浮かんできて、思わずホロリとする瞬間がありましたよ。
でも、電話では、母親は 昔の苦労話や、悲しかった事などはおくびにも出しませんでした。

初めから、お互いに元気であることを喜び、声が聞けたことに感謝して、笑い転げながら話しましたよ。
実に、愉快な人です。

真由美ちゃんも、僕のお袋と話せば、面白い楽しい人だということが すぐに解りますよ。
でも、内面には、ずいぶんと苦労して耐え抜いてきた悲しみを持っている人です。

 

デンマンさんのこの言葉で、私は朝から頑張ろう!っと気持が漲ってこれました。
デンマンさんのお母様は、お天道様のような人ですね。

本当にお会い出来る事を楽しみに、というより、
逢えるということに感謝です。。。

では、デンマンさんも
お気をつけてウオーキングに読書、楽しんで下さいね(*^_^*)

真由美ちゃんも、今日一日、素晴らしい日になるように、ルンルン気分で過ごしてください。
じゃあね。
バイバ~♪~イ。。。


(denman01.gif)

06月02日 03:48

(Vancouver Time: Sunday, June 1, 2014 11:48 AM)

 

 

デンマンさん!こんにちは(‐^▽^‐)!
今日、芳江さんに会ってきましたよー!!
もぅ、話したい事が沢山あります!o(〃^▽^〃)o

昨日から、私の母の実家に泊りに来たので、
今日、芳江さんのところにお邪魔しようと思って、午前中に、自宅の方に連絡を入れてみたところ、
正造さんが出まして、お伺いしますと伝えたら、
正造さん自身は出掛けてしまうけども、
「母と次兄がいます」と言って電話を切ったら、すぐに、芳江さんからまた電話をいただいて、
ご自分は「耳が遠いもんで。。。、でも、来てくれるのを楽しみにしていますよ」、と言ってくれました。

それから母とすぐに向かい30分くらいで芳江さんの家に着き、玄関の扉が開いて、その先には車椅子が置いてありました。
茶の間の椅子に腰掛けている芳江さんにお会いして、その元気さと若さにびっくりしました!

自分では「少しボケてしまってね〜(笑)」なんて言っていたけど、
全然そんなことなく、はっきりとお話されていました!

芳江さんに、デンマンさんとよく連絡をとっている事
カナダの事についてデンマンさんがいろいろと相談、
協力してくれている事、カキフライの話。(笑)
とても嬉しそうに聞いてくれました。(-^□^-)

私の母とも、昔のトモエおばさんの話をしたり、
親戚の人たちの話をしていましたよ(‐^▽^‐)

デンマンさんの話になった時には、
デンマンさんが病院を変えてくれて、「どうにか生かせてくれ!」と言ってくれたんで、今こうして生きてるんですよ。
そのように話してくれた時には母と涙をこらえましたよ(‘-^*)/。。

ベーグルも食べて貰いたくて持っていきました(*^▽^*)
喜んでくれました!


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母が介護の仕事をしていますが、芳江おばさんの歳であそこまで綺麗な健康な自分の歯なのは、本当に珍しいですよ!とびっくりしていました!
喜代司(きよし)さんは わたしたちが話しているのを、隣でずっと聞いていましたよ。

芳江さんがお昼の時間をすごく気にしてくれていて、
何も用意していなくてすまません。と(。>0<。)

「近くに美味しい親子丼があるから、そこのでも食べるかい」、などと気を使ってくれました。
わたしと母もそろそろお邪魔するとこだったので
「芳江おばさん、本当にお気遣いなく。。。」
と言って、1時間くらいお話をしてきました。

もっと沢山お話したかったくらい、本当に穏やかで
素敵な方でした。
そして素敵な時間でした。

デンマンさんは帰ってくると「いろいろ連れてくれて いろいろ食べさせてくれる」と嬉しそうに話していました。
また10月にでもデンマンさんが帰くる時には
また遊びに来ますと伝えてきました(=⌒▽⌒=)

帰りに芳江おばさんと写真をとりました^ – ^
母と、私と一枚ずつ。(‐^▽^‐)
わたしは何故だか涙が溢れてきちゃって。(ノ◇≦。)


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芳江さんは 「せっかく来てくれたのに、お構いできなくて、すみませんね」、と何度も何度も気にされていて、
帰ってしまう私達を玄関の奥で手を振って見送ってくれました。
また涙です(笑)

母と帰りの車の中で、芳江おばさんと会えて、よかった。
本当によかったねと。
話しながら帰ってきました。

ちょうど母と到着した頃、芳江おばさんからおばあちゃんの家に電話を頂きました。
今日はありがとうございましたとの事で、
わたしのおばあちゃんと少しお話をされていました。^ – ^!

本当に今日は素敵な素敵な日でした。
今も芳江おばさんの笑っている笑顔が頭に焼きついていますよ。

とっても優しくて、とっても可愛らしくて素敵な方でした✨
また会えるのが本当に楽しみです^ – ^!!

デンマンさんがこのメールを開く頃にはちょうど、わたしは夢の中ですが(笑)
今日はとてもよい夢を見れそうです。✨
ありがとうございました^ – ^!

わたしもカナダ就職に向けて、一歩一歩がんばりますね!
デンマンさん、よろしくお願いします☺️


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真由美より

2014年06月16日 17:35

 

真由美ちゃん、おはよう!
元気で会えて良かったね。

芳江母も 生きていて良かったと幸せを感じたことでしょう!
僕も涙が出てくるほどうれしいですよ。

 

自分では「少しボケてしまってね〜(笑)」なんて言っていたけど、
全然そんなことなく、はっきりとお話されていました!!

病気は気からと昔の人は言いましたが
気分がいいと、気持ちもしっかりするものですよ。

僕がお袋と話をすると、
たまに会うものだから話が尽きないのですよね。

それに昔話だとかお袋の若い頃の話をしますから、
お袋の気持ちが次第に若返って、二人で笑い転げるのですよ。

すると、お袋は言うものです。
「あれっ。。。起きた時には頭痛がして、気分が悪かったのに、
あんたと話していたら、ずいぶん笑ったせいか朝の気分の悪さも、頭痛もすっかり飛んでしまったよ。。。
やっぱり、病気は気からと言うけれど、笑って暮らさないと駄目なんだねぇ~。。。」

正に、そのとおりだと思いますよ。

 

芳江さんに、デンマンさんとよく連絡をとっている事
カナダの事についてデンマンさんがいろいろと相談、協力してくれている事、カキフライの話。(笑)
とても嬉しそうに聞いてくれました。(-^□^-)

私の母とも、昔のトモエおばさんの話をしたり、
親戚の人たちの話をしていましたよ(‐^▽^‐)

デンマンさんの話になった時には、
デンマンさんが病院を変えてくれて、「どうにか生かせてくれ!」と言ってくれたんで、
今こうして生きてるんですよ。

。。。と話してくれた時には母と涙をこらえましたよ(‘-^*)/。。

うん、うん、うん。。。
母が幸せを感じている姿が目に見えるようですよ。
真由美ちゃんと、とも子さん母娘に会えて、お袋も久しぶりに楽しいひと時を過ごしたことでしょう。

母親の病気が重くなっていると、親戚の皆さんが感じているので、尋ねて来る人も少なくなっているのですよ。。。
だから、たまに親戚の人が見えると、お袋も気分がいいのですよ。

 

ベーグルも食べて貰いたくて持っていきました(*^▽^*)
喜んでくれました!


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母が介護の仕事をしていますが、芳江おばさんの歳で
あそこまで綺麗な健康な自分の歯なのは、本当に珍しいですよ!とびっくりしていました!

確かに、あの年で“自分の歯”を持っている人は珍しいでしょうね。
30代、40代の頃には 母は体が弱かったけれど、もともと健康体で生まれてきたのですよ。

母親の上に、先に生まれた二人の男の子が 幼くして亡くなっているのです。
女の子は男の子よりも健康に生まれてくると言いますよね。
だから、一姫二太郎と言うのですよ。

つまり、初めに生まれてくる子は女の子の方がいいのですよ。
健康で育てやすいから。。。

子供の頃から無理して働いたので、母は、体を壊してしまったのです。
でも、もともと健康体だから、僕ら子供たちは、母親からは、健康に生まれたのですよ。

その証拠に、僕は 小学校3年生を最後に、医者にかかったことがない。
未だに、医者に診てもらったことがないほど健康なのですよ。

 

もっと沢山お話したかったくらい、本当に穏やかで
素敵な方でした。そして素敵な時間でした。

デンマンさんは帰ってくるといろいろ連れてくれていろいろ食べさせてくれると嬉しそうに話していました。
また10月にでもデンマンさんが帰くる時には
また遊びに来ますと伝えてきました(=⌒▽⌒=)

うん、うん、うん。。。
母も、きっとその事を楽しみにしていますよ。
また、寿命が延びるでしょう。 (笑)

 

帰りに芳江おばさんと写真をとりました^ – ^
母と、私と一枚ずつ。(‐^▽^‐)
わたしは何故だか涙が溢れてきちゃって。(ノ◇≦。)

母も、きっと幸せをかみ締めて喜んでいたことでしょう。
ほんとうに、ありがとう!

 

本当に今日は素敵な素敵な日でした。
今も芳江おばさんの笑っている笑顔が頭に焼きついていますよ。

とっても優しくて、とっても可愛らしくて素敵な方でした✨
また会えるのが本当に楽しみです^ – ^!!

デンマンさんがこのメールを開く頃にはちょうど、わたしは夢の中ですが(笑)
今日はとてもよい夢を見れそうです。✨
ありがとうございました^ – ^!

はい、はい、はい。。。
こちらこそ、ありがとうございました。

真由美ちゃんも、元気で また、ルンルン気分でベーグルを焼いてください。
10月に会えるのを楽しみにしています。
じゃあね。
バイバ~♪~イ。。。


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2014年06月17日 02:58

(Vancouver Time: Monday, June 16, 2014 10:58 AM)


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【デンマンの独り言】


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真由美ちゃんは、ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

去年(2016年)の9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

忙しい時間を割いて、真由美ちゃんも僕の母親の葬式には参列してくれました。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


(polar10.jpg)

上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


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If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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『サンタ マユミちゃん』

『お汁粉@海外』

『お汁粉@カナダ』

『支払いでトラブル』

『風邪で甘えてる場合じゃねぇ~!』

『バレンタインのお菓子』

『結婚、仕事、人生』

『命の力だね』

『英語と真由美ちゃん』

『海外に目を向ける』

『カーネギーホールじゃないよ』

『やる気があれば道は開ける』

『ニャンニャンと人生』



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『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 


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『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』

『日本で再会』


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』


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『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


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『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』

『那須高原の紅葉』

『希望とロマン』

『錯視 錯覚』

『マンボ@バンクーバー』

『オリーブオイル』

『スコーンとプディング』

『5月のロブソン』

『病院食の間違い』

『プレミアム・ジャパン』

『自然の摂理を無視すると…』

『夢のデニッシュ・悪夢のマーガリン』

『パリ風カフェ』

『どこか狂ってるわ』

『行田遠野物語』

『行田物語 ピアノ』

『行田物語 猫』

『行田物語 母の懐』

『行田物語 ケネディ暗殺』

『行田物語 病院食』

『行田物語 お股の花々』

『晩香坡物語 ジャズ』

『行田物語 悪夢』


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五重塔で心中

2017年7月24日

 

五重塔で心中

 


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デンマンさん。。。 あんさんは誰と五重塔で心中しやはるのォ~?


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。。。ん? わてが五重塔で心中するゥ~。。。?

そやかてタイトルにそう書いてますやん。。。

あのなァ~、わてが五重塔で心中するはずないやろう!。。。 カナダには五重塔はあらへん。。。

ちっちゃなオモチャの五重塔くらい ありますやろう!

あのなァ~、そんなちっちゃなオモチャの五重塔のそばで心中したら、ネット市民の皆様に馬鹿にされて笑われますやん。。。 あまりアホらしいことを言わんで欲しいねん。。。

。。。で、いったいどなたはんが五重塔で心中しやはるのォ~?

誰も五重塔で心中せぇ~へんがなァ~。。。

そやけで、五重塔で誰かが心中すると思うて この記事を読みに来たネット市民が仰山(ぎょうさん)おりますのやでぇ~。。。 誰も心中せぇ~へんかったら、せっかく あんさんのブログにやって来たネット市民の皆様は、2度とあんさんのブログには近寄らんと思うわァ~。。。

それやったら、かつて めれちゃんが自分の命を何度も絶とうとした頃に書いた手記を貼り出すさかいに、読んでみたらええやん。。。

存在を否定してくれ


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みんなわたしを否定してくれ
わたしの存在を否定してくれ

自分ひとりじゃ間に合わないんだ
みんなでわたしを否定してくれ

石ころのように扱ってくれ
虫けらのように踏みつけてくれ

やりきれない喪失感に
苛まれて生きるのはもうたくさんだ
自分のすべてを否定したいんだ
自分が存在することに吐き気がするんだ

命を断とうとしたさ
何度も何度も自分を破壊しようとしたさ

マヌケな命はそれでもこの世に
未練がましくのさばってるのさ

存在を消してしまいたい
誰からも見られたくない

 

めれんげ

August 28, 2009 15:19


『極私的詩集 存在を否定してくれ』より

『愛のコラボ (2009年9月29日)』に掲載

あんさん!。。。 こないな手記を持ち出さんで欲しいねん。。。 恥ずかしいやおまへんかァ~。。。

上のめれちゃんの手記を読めば、五重塔で心中のタイトルに釣られて読みにやって来たネット市民の皆さんも、少しは好奇心が満たされたと思うねん。。。

わたしは自殺願望を克服しましたのやでぇ~。。。 忘れようとしていた、このような手記を見せ付けられると、また死にとうなりますやん。。。

さよかァ~、じゃあ、めれちゃんが自殺願望を克服した後に書いた次の詩を読んでみたらええやん。。。

小さな赤い花

 


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わたしをあなたの庭に咲く

小さな赤い花にしてください

そして、お水を注ぎながら

何かお話を聞かせてください

わたしは何も言えないけれど

あなたの言葉を聞きながら

いろんなことを思うのです

あなたに愛されるように

いつまでも綺麗に

咲いています

だからわたしのことを

忘れずにいてください

 


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by merange (めれんげ)

2010.02.19 Friday 10:24


『即興の詩 小さな赤い花』より

デンマン注: めれちゃんが会費を滞納したので
旧・『即興の詩』サイトは閉鎖されました。

『永遠の愛のコラボ』に掲載

どうやァ~、めれちゃん。。。 また、大和撫子(やまとなでしこ)らしく生きようとする意欲が出てきたやろう?

そないなことより 五重塔で誰が心中するのか? 早(はよ)うバラしたらええやん!

そやから誰も心中せぇ~へんと言うてるやないかいなァ~。。。 それほど待ちくたびれて痺(しび)れをきらしたのなら ちょっと次のリストを見てみィ~なァ~。。。


(liv70706a4.png)


『拡大する』

『五重塔心中事件』

あらっ。。。 可愛い乙女がVサインを出してますやん。。。

これは ライブドアの わての『徒然ブログ』の7月5日の午前10時32分から午後5時までの6時間半の「生ログ」の一部やねん。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。

あらっ。。。 7月5日の午前11時48分にGOOGLEで検索して『五重塔心中事件』を読みはったのやねぇ~。。。

そういうことやがなァ~。。。 次のようにして検索して わてのブログにやって来たというわけやァ~。。。


(gog70522b.png)


『拡大する』

『五重塔心中事件』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 Vサインを出してる可愛い女の子がまた出てきてますやん。。。 もしかして、この女性が検索した、とあんさんは言うつもりやのォ~。。。?

めれちゃんは、察しがええのやなァ~。。。

こないに見せ付けるように写真を貼り出したら、そうとしか思えまへん。。。

さよかァ~。。。、実は、この女性は熊本市に住んでおる後藤 春香(ごとう はるか)さんやがなァ~。。。 次のようにIPアドレスを調べて突き止めたのやァ~。。。


(ip25134b.png)

『拡大する』

IPアドレスを調べはっても、プライバシーの保護のためにアクセス者の名前まではゲットできないようになってますねん。。。

めれちゃん! あまり きつ~いツッコミは いれんで欲しいねん。。。 後藤 春香(ごとう はるか)さんという名前は、もちろん仮名やがなァ~。。。 わての記事を読みはってぇ、大変興味深いと思うてメールを書いてよこしたのやがなァ~。。。

ホンマかいなァ~。。。? そやけど、どないなわけで急に『五重塔心中事件』を取り上げる気になりはったん?

あのなァ~、7月1日から22日までの3週間の「人気記事リスト」を見たら 次のように『五重塔心中事件』が 10位を占めていたのやがなァ~。。。


(liv70722d.png)

『五重塔心中事件』

どないなわけで 『五重塔心中事件』に人気があるのォ~?

あのなァ~、昔の人は“他人の不幸は蜜の味”と言うたのやでぇ~。。。 そやから、他人が不幸に落ちて心中しやはった事件を見れば、まだ自分は幸せな方やと思えるねん。。。

つまり、自分よりも不幸せな人の事件を見て、自己満足するというわけやのォ~?

あるいは、昔の人は“怖いもの見たさ”とも言うたのやでぇ~。。。 つまり、気が小(ちい)そうてぇ、とても心中など怖くてできへん、と思うてる人は、怖いもの見たさに記事を読むわけやがなァ~。。。

。。。で、後藤 春香(ごとう はるか)さんは どないなわけで『五重塔心中事件』を読みはったん?

めれちゃんの心中の話がおもろかった、と言うてたでぇ~。。。

わたしが心中などしますかいなァ~。。。

めれちゃんも心中しようとして手記を書いたのやけれど、相手の男が逃げてしもうたので、馬鹿バカしくなって心中するのを止めたと、後藤 春香(ごとう はるか)さんは思うたのやがなァ~。。。

わたしは そないな手記を書きましたやろかァ~?

書いてたのやァ。。。 次のような辞世の句を詠んでいたのやでぇ~。。。

手を離さないで

 


(yubikiri.jpg)

 

果つる世に

ともにありたし

息絶えて

つなぐ手と手の

離れぬままに

 

by merange (めれんげ)

2006.10.19 Thursday 00:42

comments(674) | trackbacks(1)

(2008年10月12日午前7現在)


『即興の詩 手を離さないで』より

デンマン注: めれちゃんが会費を滞納したので
旧・『即興の詩』サイトは閉鎖されました。

『愛と無常』に掲載
(2008年10月18日)

めれちゃんがこないに書いたもんやからコメントが 674件もついたのやでぇ~。。。 

ホンマかいなァ~。。。?

ホンマかいなってぇ~、上の短歌は記録しとかなあかんと思うて、わては 2008年10月18日に、『愛と無常』という記事に書いたのやでぇ~。。。 ごっつう反響があってぇ、報道陣がたくさん駆けつけたので、それでめれちゃんは『即興の詩』サイトを閉鎖してしもうたのやろう!?

あんさん! 。。。いい加減なことを言わんでおいて欲しいねん。

めれちゃんは、自分の『即興の詩』サイトで公開したものやから、しめしがつかのうなってしもうて、それでわてに相談してきたのやがなァ~。 わては、めれちゃんに言うたものやァ。。。なんでわてがバンクーバーから東大阪のめれちゃんのアパートに行って、それから京都の東寺の五重塔で心中せなあかんねん?!

あんさん!。。。 わたしは、そないな事を言うた覚えはありしまへん。

めれちゃんが惚ける気持ちはようわかるでぇ~。。。 わては、東寺の五重塔を道ずれにしてはアカンと言うたのやァ。 東寺の五重塔は京都のシンボルとなっておるねん。


(kyouto01b.jpg)

しかも、過去に雷火や不審火で4回焼失しておるねんでぇ~。。。 木造塔としては日本一のこの五重塔を燃やしてはアカン! わては、そないに思うて、めれちゃんを説得したのやがなァ。。。

あんさん! 夢の話をしてもろうては困るねん。

夢やったかなァ~。。。? もしかすると悪夢やったかもしれへん。。。

それで、どないなわけで心中した二人は五重塔を道連れにしやはったん?

あのなァ~、21歳の女性はちょうどめれちゃんのような文学少女やったのやがなァ。 消失した五重塔は、幸田露伴の小説『五重塔』のモデルになったのやでぇ~。。。 そやさかいに、その女性は、せめて冥土(めいど)への土産(みやげ)にと思うて五重塔と自分を灰にしてしもうたのやがなァ。

ホンマかいなァ~。。。?

ホンマかいなァってぇ、文学少女のめれちゃんかてぇ、かつて東寺の五重塔と運命を共にしようとしたのやでぇ~。。。

それは、あんさんが悪夢にうなされて見た話ですやん!

さよかァ~。。。?


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。

話は変わりますけれど、こう見えても あたくしは一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

腐女子の間では、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますゥ。

あなたは信じられないのでござ~ますかァ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ。。。


(genjiero4.jpg)

『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

そうでしょうねぇ~。。。 

でも、最近 あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”がネットで人気が出ている、ということは信じられるでしょう?

うふふふふふふ。。。

ええっ。。。 それも信じられないというのでござ~ますかァ?

じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。


(gog60409a.png)

『拡大する』

『現時点での検索結果』

「卑弥子 女性の本当の魅力 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわよ。


(buttdimp5.jpg)

どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、

最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

ところで、話は変わりますけれど、

かつて、めれんげさんは 一生懸命にブログを更新していたのでした。

でも、時には、他のことに夢中になって、会費を滞納したことがあったのでござ~ますわァ。。。

そのために、サイトを削除されてしまったのです。

それでも、2013年の6月にライブドアで『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよねぇ~。。。


(gog30703.gif)

『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。

でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


(gog30928a.png)

また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


(dog202.jpg)

『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


(hand.gif)


(surfing9.gif)

メチャ面白い、

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(linger49.gif)


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こんにちはジューンです。

卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

■ 『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ


(beach02.jpg)


(byebye.gif)

クレオパトラ@塩野批判

2017年7月20日

 

クレオパトラ@塩野批判

 

(cleobath.jpg+cleoani.gif)

 


(shiono9.jpg)

 


(sylviex.jpg)

ケイトー。。。、塩野七生(ななみ)さんが批判されてるのォ~?


(kato3.gif)

そうらしい。。。

どうして、そうらしいということが判るのォ~?

ちょっと次のリストを見てくださいよ。。。


(liv70717a2.png)


『拡大する』

『なぜ塩野七生批判』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で7月16日の午後5時41分から午後8時24分までの約3時間の「生ログ」の一部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。

あらっ。。。 6月16日の午後6時36分にGOOGLEで検索してケイトーのブログの『なぜ塩野七生批判』を読みにやって来たのねぇ~。。。

そういうことです。。。 塩野七生さんが批判されているので、“なぜ塩野七生が批判されてるの?”と、不思議に思いながら僕の記事を読みにやって来たわけですよ。。。 このリストでは、東京都に住んでいる野原 奈津美(のはら なつみ)さんがやって来たことが記録されているのです。。。 次のように検索して『なぜ塩野七生批判』を読んだのですよ。


(gog70717b.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「なぜ塩野七生批判」と入れて検索したのねぇ~。。。 でも。。。、でも。。。、東京都に住んでいる野原 奈津美(のはら なつみ)さんが読んだと、どのようにして突き止めたわけぇ~。。。?

次のようにIPアドレスを調べたのですよ。。。


(ip6082b.png)

『拡大する』

プライバシーを保護するためにアクセス者の名前まではゲットできないようになっているのよ。。。 ケイトーは不正アクセスして個人情報をゲットしたのォ~?

僕は、そのような犯罪まがいのことはしません。。。 当然のことながら、野原 奈津美(のはら なつみ)さんというのは仮名ですよ。。。

つまり、ケイトーの記事を読んで塩野七生さんを批判した内容に共感してメールでも寄越したと言いたいのォ~?

その通りですよ。。。 シルヴィーには、どうして僕が言いたいことが判るわけぇ~?

当て付けで、そう言ったまでのことよ。。。 で、どういうわけでクレオパトラを持ち出してきたわけなのォ~?

ちょっと次のリストを見て欲しいのですよ。。。


(liv70715a2.png)


『拡大する』

『クレオパトラと塩野七生』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の日本時間で7月14日の午後9時から15日の午前3時10分までの約6時間の「生ログ」の一部ですよ。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。

あらっ。。。 7月14日の午後10時6分にGOOGLEで検索してケイトーのブログの『クレオパトラと塩野七生』を読みにやって来たのねぇ~。。。

そういうことです。。。 東京に住んでいる小暮 直美(こぐれ なおみ)さんが次のように検索して読んだのです。。。


(gog70617b.png)


『拡大する』

『クレオパトラと塩野七生』

『現時点での検索結果』

あらっ。。。 「クレオパトラ 塩野七生」と入れて検索したのねぇ~。。。 で、IPアドレスを調べて 東京都に住んでいる小暮 直美(こぐれ なおみ)さんが読んだと突き止めたわけぇ~。。。?

そうです。。。 IPアドレスを調べると次のようになるのですよ。。。


(ip16019b.png)

『拡大する』

小暮 直美(こぐれ なおみ)さんも、塩野七生さんが批判されていることを不思議に思っていたわけなのォ~?

そうです。。。 それで、どういうわけで塩野七生さんが批判されているのだろうか?…と不思議に思って ネットでその理由を探し始めたというわけですよ。。。

それで、納得できるよな理由が見つかったわけなのォ~?

『クレオパトラと塩野七生』を読んで その理由を見つけたのです。。。 塩野七生さんは次のように書いている。。。

クレオパトラは浅薄な女


(cleo001.jpg)

 

クレオパトラは、世界史上の有名人である。 当代きっての権力者二人までも、モノにした女であるということで。 そのうえ、強大なローマ帝国に刃向かったということでも。

だが私には、勝負に打って出るという度胸に対してならば共感しても、それ以外では浅薄な女にしか見えなかった。

 

しかし、歴史に名を残した女たちの多くはバカな女である。 その理由は、記録を残すのが男たちであったからではないかとさえ思っている。

男は、女としては魅力豊かでもオツムの中は浅薄な女を書いているほうが、安心できるからではないだろうか。

キャリアウーマンを自認する女たちは覚えておいたほうがよい、これが人間性の現実なのである。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより)


34ページ
『日本人へ (国家と歴史篇)』
著者: 塩野七生
2010年6月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

『女に冷たい女(2011年8月20日)』に掲載

歴史に名を残した女たちの多くはバカな女であると塩野さんは断定してる。。。 でも、小暮 直美さんは、そう断定するのは間違っているのではないか? こういう所が批判されてしまうのではないか!?…そう思ったわけです。。。

つまり、塩野さんはクレオパトラも、そういう馬鹿な女の一人だと言ってるわけねぇ~。。。

そういうことです。。。 でも、僕はそうじゃないと次のように説明しているのですよ。。。

お釈迦様の言う事はもっともだわ。 でもねぇ、あなたは大切な事を書いてないのよ。

ん。。。? 大切な事。。。? それって何。。。?

だから、わたし、こうして出て来たのよ。 それを言い終えるまで帰れないわ?

帰るって、どこに。。。?

あの世に決まってるじゃない!

それを信じろと、あなたは言うの?

“信じる者は救われる”

貴女(あなた)の生まれ育った国にも上のような諺があるでしょう?

僕はすでに救われているので、あの世など信じなくてもいいんだよう! 。。。で、一体どこで上の記事を。。。?

ネットでゲットしたのに決まってるでしょう!

しかし、貴女は日本語も習ったの?

習ったから、こうしてあなたと日本語で会話しているのじゃないの。。。うふふふふ。。。

あのねぇ、クレオパトラは英語も日本語も話さなかったんだよ!

確かに紀元前30年に亡くなるまでのクレオパトラは英語も日本語も話さなかったわ。 でも、それまでの私は近隣諸国のほとんどすべての言葉を話すことができたのだわ。 だから、エチオピア人、アラビア人、ヘブライ人、シリア人、メディア人、パルティア人。。。、と通訳を使うことなく私は直接会話したものだわ。 そのことを考えれば英語も日本語も私にとって習うのに難しい言葉ではなかったのよ。

。。。で、貴女はマジで自分がクレオパトラだと信じているの?

あなたには信じられないの?

今年は2010年。 クレオパトラが亡くなったのは紀元前30年。 もし、貴女がマジで生き続けてきたとしたら、貴女の年齢は2040歳。 そんな馬鹿な話を誰が信じると思う?

私は生き続けたのではなくて生き返ったのよ。 仏教にも“輪廻(りんね)”というのがあるでしょう! あなたは常識破りの人じゃないの! あなたの記事をネットで読んで、あなたなら理解できると思ったのよ。

クレオパトラがネットまでやるとは思わなかったなァ~。。。 うしししし。。。

だから、私は生き返ったと言ったでしょう。

あのねぇ、冗談も、これほどバカバカしくなると、もう冗談じゃない。 妄想と言うよりも、重症の精神病患者のたわ言のように聞こえる。 このホテルの近くに精神病院でもあるのォ~?

そんな物があるわけないでしょう! 初対面の私がどうしてあなたが書いた記事のことを知っているのよ? 良く考えて御覧なさいよ! あなたの目の前に一糸まとわぬ姿で出てこれるのも私があなたの事を充分に知り尽くしているからじゃないの!


(cleo004.jpg)

あのねぇ、そう言うことを言って欲しくないなあああァ。。。 まるで僕がインポで、僕に抱かれる心配がまったくないと、この記事を読む人が考えてしまうじゃないか!

あらっ。。。あなたは、そんな事まで心配しているの? うふふふふ。。。

あのねぇ、僕は今でも、貴女に飛びついて欲情の限りを尽くしてアレクサンドリアの一夜を思い出の一夜にしようと考えているんだよ。

分かってるわよう!

分かってるなら、そのような扇情的な格好で出てきて欲しくなかったなあァ~!

だってぇ、あなたのオツムの中のクレオパトラのイメージは、このような一糸まとわぬ姿じゃないの!

ど。。。どうして。。。、どうして、そこまでのことが分かるの?

だから言ったでしょう! 私は上のあなたの記事を読んでから、ずっとあなたのことを見守ってきたのよ。

どこで。。。?

もちろん、アレクサンドリアからよ。 あなたの記事をずっと読んでいたのよ。

それで、僕がアレクサンドリアへ来ることを知ったわけ?

そうよ。

でも、どうしてこのホテルだと分かったの?

あなたは小百合さんに、このホテルの住所を知らせたじゃないの!

あれっ。。。 貴女は僕のメールを盗み読みしたのォ~?

うふふふふふ。。。

それってぇ、不正アクセスだよ!

そのような堅苦しい事を言わないでよ! やっとこうしてあなたに会えたのじゃないの!

僕はまだ、貴女がクレオパトラの生まれ変わりだと信じてないんだよ! これは一体何の真似なの? 僕は007ではないんだよ! 僕を付け回したところで、貴女が知りたいこと、求めていることを得ようとしても無理! 不可能だということを僕はここではっきり言っておくよ!

私はあなたが考えているようなCIAのスパイでもMI5のスパイでも、イスラエルのスパイでもないのよ。 あなたの記事のネタになると思ったから出てきたんじゃないの!

マジで。。。?

少しは信じる気になった?

ところで。。。いつまでも裸でいないで、おばさんパンツでも穿いたらどうなの?

だってぇ、私がこのままの格好でいる方があなたはいいのでしょう?


(phryne85.gif)

うへへへへ。。。確かにそうなんだけれど、チラチラ、チラチラと女の花びらが覗いているので、気が散って話に集中できないんだよ!

分かったわ。 ちょっとベッドから離れてよ。

何すんのォ~?

シーツをこうして剥ぎ取ってねぇ、それで、こうして体に巻きつければ、どう?。。。ドレスのようになるでしょう!? うふふふふ。。。

もちろん、デンマンは、まだ彼女がクレオパトラの生まれ変わりだなんて信じていない。 しかし、クレオパトラだと主張するこの女に興味を持ち始めていた。 話をしているうちに悪い女だとは思えなかった。 心の片隅で“騙されるな!”という声は未だに木霊(こだま)しているけれど、デンマンは、この女をもっと知ろうと思い始めていた。


(cleo005.jpg)

 

クレオパトラの時代、学校がいちばん力を注いだのは文学の授業であった。

生徒たちは、ギリシアの古典のなかから注意深く選ばれたテキストを使って、豊かな文学知識を身につけた。

クレオパトラも、ホメロスやヘシオドスの詩に親しみ、エウリピデスの悲劇やメナンドロスの喜劇で人間を理解し、ヘロドトスやトゥキュディデスの書物で歴史を学んだ。

修辞学は、ギリシアの雄弁家デモステネスの演説集を使って勉強した。

また、肉体的な鍛錬も怠らなかった。

クレオパトラは乗馬の名手であった。

環境に恵まれていただけでなく、クレオパトラには才能もあった。

特に語学の才能は素晴らしく、複数の外国語を自由に操ることができた。

多少誇張は混じっているだろうが、ギリシアの歴史家プルタルコス(46頃ー120年頃)はこう伝えている。

「クレオパトラの舌は、広い音域を使ってさまざまな音楽を奏でる楽器のようなものだった。

彼女はどんな国の言葉でも思うままに話すことができた

 

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)


36-37ページ 『クレオパトラ』
1999年3月20日第1版第3刷発行
著者: エディット・フラマリオン 吉村作治・監修
発行所: 株式会社 創元社

クレオパトラには確かに語学の才能があった。 でもねぇ、ギリシアやローマの歴史家はクレオパトラの悪口をずいぶんと書いた。 例えば、紀元1世紀に活躍したユダヤの歴史家・フラヴィウス・ヨセフスは『ユダヤ戦記』の中で次のように書いている。


(cleovani.gif)

この貪欲で野心的な女王は、残酷な方法で親族を血まつりにあげ、ただ一人生き残ると、それに飽き足らず、その凶暴な怒りを外の人々に向けた。


119ページ 『クレオパトラ』
1999年3月20日第1版第3刷発行
著者: エディット・フラマリオン 吉村作治・監修
発行所: 株式会社 創元社

(romantic5.jpg)

あなたは私が貪欲で残酷な女だと思っているの?

いや。。。そうは思ってないけれど、クレオパトラが善良なだけの女だとも思っていない。

歴史って勝者の歴史だということをあなただって知っているでしょう?

うん。。。確かに歴史が勝者の都合のいいように歪められることはよくあることだよ。

ギリシアやローマの歴史家たちは勝者であるローマ帝国初代皇帝・アウグストゥス(オクタヴィアヌス)の業績を讃(たた)えるために、彼の敵であった私とアントニウスを必要以上に悪く書いているのよ。 でもねぇ、私に手厳しかったローマの歴史家・ディオン・カッシオス(紀元150年頃ー235年頃)でも、次のように書いているのよ。


(cleo02.jpg)

彼女は見た目も美しく、

彼女の話は魅力的で、(中略)

恋に抵抗する人や、

情熱を忘れた老人の心まで

征服することができた。

でもプルタコスは「クレオパトラの美しさは、それだけで並はずれたものではなく、見る人に衝撃を与えるという質のものではなかった」と、書いている。

あなたは、この私を見てどう思うの?

あのねぇ、プルタコスは次のようにも書いていた。 つまり、クレオパトラは不思議なほど人を惹きつける力があったと。。。僕はクレオパトラが受けた教育を眺め渡したときに、ただ美貌だけで男を惹き付けた女ではないと思いましたよ。

あなたが、そう言ってくれて嬉しいわ。

。。。で、貴女が、これまで男に言った言葉の中で一番印象に残っている“殺し文句”って何?

そのような事はあまり言いたくないわね。。。でも、あなたは、まだ私がクレオパトラだとは信じていないようだから話してあげるわ。 そもそも、オクタヴィアヌスにとってアントニウスは邪魔者だったのよ。 それでオクタヴィアヌスは私が彼を殺したら私の命を助けてくれると言ったの。

確か、クレオパトラはオクタヴィアヌスの申し出を拒否した。。。そうだったよね?

そうよ。。。私は拒否したわ。

どうして。。。? 誰だって自分の命が一番大切だと思っている。 そうでしょう!?

あなたは、いつだったか“生きることって愛すること”という記事を書いていたでしょう?


(happy02.jpg)

『生きることって愛すること?』

(2010年12月18日)

『生きることって愛することだよね』

(2010年12月26日)

うん、うん、うん。。。確かに上の2つの記事を書きましたよ。 よく覚えていますね?

だってぇ、私は2つの記事とも読んだのよ。 あなた自身は“生きることって愛すること”だと信じていないの?

もちろん、信じてますよ。

だからこそ、私はあえて、この殺し文句のエピソードをあなたに話すのよ。

。。。で、アントニウスの間に何があったのですか?

恐らくアントニウスもオクタヴィアヌスの申し出について、それとなく気づいていたと思うのよ。

でも、クレオパトラはオクタヴィアヌスの申し出を断固として拒絶した。 そうでしょう?

アントニウスも、あなたのように疑い深かったのよ。 うふふふふふ。。。

それで。。。?

私は何とかして私の真心をアントニウスに知って欲しかったのよ。

。。。で、どうしたのですか?

オクタヴィアヌスの申し出があってから1週間ほどして、私はいつにも増して着飾って食卓に着いたの。

アントニウスと食事をするために。。。?


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(cleo012.jpg)


(cleo013.jpg)

そうよ。。。アントニウスが喉が渇いたと言って葡萄酒の入ったグラスを手にしたの。 でも私は彼の注意を引くように飼い馴らされたライオンの話をしたの。

それで。。。?

アントニウスは私の話に耳を傾けたわ。 彼が面白そうに聞いている時に、私は冠(かんむり)から花を摘んでアントニウスのグラスに入れたの。。。

どうして。。。?

その花には毒薬がふりかけてあったのよ。

つまり、葡萄酒に毒が混ざった。。。それで。。。?

私の話が終わるとアントニウスは喉の渇きを思い出したようにグラスを口に近づけようとしたわ。

もちろん、アントニウスは飲んだわけじゃないでしょう!?

私はグラスを彼の手からとったわ。

どうして。。。?

侍女のカルミオンに言いつけて死刑囚を一人連れて来るように言ったの。。。

死刑囚。。。?

そうよ。 アントニウスのグラスを渡し、葡萄酒を飲むように言ったの。

それで。。。死刑囚は死んだ?

死ぬ宿命にあった人だから、遅かれ早かれ死なねばならなかったのよ。 葡萄酒を飲んであの世に逝けたのだから儲けものだったのよ。

それで。。。?

私はアントニウスに向かって言ったわ。 「もし、あなたが居なくても生きて行けるなら、私はグラスをあなたの手から奪わなかったのよ」と。。。

なるほど。。。アントニウスはあなたの真の心が分かって、以前にも増してあなたを愛し始めたと言うわけ?

うふふふふふ。。。 あなたも、やっと私がクレオパトラだと判ったようねぇ~。。。


『クレオパトラと塩野七生』より
(2011年10月10日)

なるほどォ~。。。、つまり、アントニウスを毒殺して彼の首をオクタヴィアヌスに差し出せば、クレオパトラは自分の命が助かるばかりかオクタヴィアヌスとローマ帝国を自分のものにできるかもしれない。 クレオパトラは、そう考えたこともあったのねぇ~。。。

その通りですよ。

でも、クレオパトラは、そうしなかった。

そうです。 クレオパトラはアントニウスを毒殺しなかった。

要するに、クレオパトラにとってオクタヴィアヌスは彼女が愛することができるような人物ではないと見極(きわ)めていたのねぇ。。。 ケイトーは、そう言いたいのォ?

シルヴィーにも分かりますかァ~? つまりねぇ、クレオパトラは塩野さんが考えているような「浅薄な女」でも「バカな女」でもなかったのですよ。

でも、それはケイトーの考えでしょう?

もちろん、僕の人生経験とこれまで歴史を学んできたその結果に基づいてクレオパトラという人物を僕は理解しようとしたのですよ。

でも、それでも、ケイトーの考え方はあくまでも個人的な見解でしょう?

その通りですよ。 僕は自分の考えを他人に押し付けようとしているのではないのです。 ただねぇ、塩野さんがクレオパトラを「浅薄な女」で「バカな女」だと決めつければ、いや。。。そのように決めつけるのは塩野さんの「人となり」で判断しているだけのことですよ。 つまり、“文は人なり”と言いたいだけのことです。

。。。で、小暮 直美さんも、どうして塩野七生さんが批判されるのか?。。。 その理由を納得したわけなのォ~?

そうです。。。 そのようにメールに書いてました。。。


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【ジューンの独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたは どう思いますか?

三島由紀夫が古い日本の最後の古い日本人だと思いますか?

ところで、話は変わりますけれど、シルヴィーさんのことをもっと知りたかったら次の記事を読んでください。


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『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』

『真紀子落選(2013年1月14日)』

『野火(2013年1月18日)』

『タイタニックと国際化(2013年2月1日)』

『宮澤理恵@Macao(2013年2月28日)』


(sunwind2.gif)

『チョコレートと軍産複合体』

『チョコレートと甘い権力』

『CIAの黒い糸』

『美しい日本語再び』

『宮沢りえブーム?』

『また、宮沢りえ?』

『浅間山噴火とフランス革命』

『なぜアクセスが急増したの?』

『気になる検索ワード』

『なぜ塩野七生批判』

『その検査、ムカつく!』

『宮沢りえと床上手な女』


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『MH370ミステリー』

『なぜ死刑廃止?』

『真犯人はそこにいる』

『MH370ミステリー裏話』

『お裁きを信じますから』

『ジャルパックと国際化』

『古代ローマのセックス』

『CIAとノーパン』

『エロいローマ再び』

『エロいけれどためになる話』

『えろあくにめ温泉』


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『エロいけれどためになる』

『地球上のネット普及率』

『原発はダメだったのに』

『スカートをはいた兵隊』

『行田シンドローム』

『幻の暴走機関車』

『CIA@NOパンツ』

『やっぱり、セックス』

『セックス風呂具村』

『CIAの黒い手再び』


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『アダムとイブは何を食べたの』

『舞踏会 明子』

『波乱の人生』

『国際化だよね』

『イングナさんを探して』

『美しい日本語 チェーホフ』

『横の道@ニコライ堂』

『また塩野七生批判』

『日航スチュワーデス』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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行田物語 坊つちゃん

2017年7月15日

 

行田物語 坊つちゃん

 


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清と坊つちゃん


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肉親は誰一人彼を可愛がってくれなかった中で、奉公人の清だけが異様に彼を可愛がったのはなぜだろう。

父は「こいつはどうせ碌なものにはならない」と言い、母は「乱暴で乱暴で行く先が案じられる」と言った。
兄とは「十日に一編位の割で喧嘩をして居た」そうだから、要するに俺は嫌われた子として育ったのである。

その彼を清は庇い続け、父が勘当すると怒ったときは泣きながら詫びた。
清はその「駄目」な子供を「下女」にもかかわらず、なぜ可愛がったのだろう。
この時期「下女」はあり余っていたから、主人の意に反する行為は職を失うことになりかねない。

清は「もと由緒のあるもの」だったが、明治維新の大変動で「奉公迄する様になったのだ」と「俺」は聞いている。
真偽のほどはわからないが、「俺」はそう信じている。

強引過ぎる推測を承知で言えば、「俺」は草双紙に出てくるような、父と清の間に生まれた子供だったという感じさえ生じてくる。
「婆さん」と言っても、当時の感覚では四十女は婆さんである。


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 (中略)

ここでは試みに、その小さな可能性を追ってみると、以下のようになる。

十数年勤めている清が、「俺」の家に雇われたのは「俺」がやんちゃ盛りのころ、もちろん実の母とは絶対に名乗らないことが条件である。
清が「俺」と話をするのは台所で二人になったときで、内緒で食物や文具などを貰った。

清は「俺」の真っ直ぐな気性を誉め、「自分の力でおれを製造して誇ってるように見え」、「少々気味がわるかった」。
兄は父の死後すぐに家や代々伝わった骨董品を売り払い、「実業家」になるべく九州に行った。

別れるときに「俺」に六百円の金をくれ、清にと五十円を託した。
「下女」の退職金としては大金である。
仮に当時の月給を一円とすれば、五年分に近い給与である。

母は当然として、兄は父から清の身元を知らされていたのではないか。

 (中略)

「俺」は山嵐と一緒に赤シャツと野だを散々に打ち据えて溜飲を下げ、辞職して東京に帰るのだが、「街鉄」(後の東京市電となる電車の一つ)の「技手(ぎて)」になって清と一緒に暮らした。
清は肺炎で死ぬ前日に、

「後生だから清が死んだら、坊つちゃんの御寺へ埋めて下さい。
御墓のなかで坊つちゃんの来るのを楽しみに待って居りますと云った。
だから清の墓は小日向(こびなた)の養源寺にある」

……が物語の結びである。

死んでも「親子」の縁は切れないという、清の告白が伝わるような言葉である。 (略)

「待つ」ことに馴れている清は、あの世でも「俺」の幸福を念じ、いつまでも待つのであろう。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
イラストはデンマン・ライブラリーより)


136-139 ページ 『夏目漱石』
著者: 十川信介
2016年11月18日 第1刷発行
発行所: 株式会社 岩波書店

デンマンさん。。。 行田と夏目漱石の『坊つちゃん』が何か関係あるのですか?


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あるのですよ。。。 全く無関係じゃない!

。。。で、どのような関係があるのですか?

あのねぇ~、これまでに僕は『坊つちゃん』について記事を書いたことがあるのですよ。。。 例えば次の記事です。。。 この箇所を読んでもらえば、多少関係があることが解ってもらえると思うのです。。。

弘中先生と坊っちゃん

 


(bocchan6.jpg)


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デンマンさん。。。 夏目漱石の“坊っちゃん”に弘中先生という人物が出てくるのでござ~♪~ますかァ~?


(kato3.gif)

出てきません。。。

それなのに、どういうわけで“弘中先生と坊っちゃん”というタイトルにしたのでござ~ますか?

それに答えるには、ちょっと次のリストを見て欲しいのですよ。。。


(liv70304a.png)

『拡大する』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の3月3日の日本時間で午後7時23分から3月3日の午前9時26分までの約14時間の「生ログ」の1部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しい。

あらっ。。。 3月3日の午後7時29分にYahoo! で検索してデンマンさんの「徒然ブログ」の『弘中先生と熊谷』を読んだのですわねぇ~。。。

そうです。。。 『徒然ブログ』にやって来たネット市民は次のように「弘中先生 熊谷」と入れてYahoo!で検索したのですよ。。。


(yah70307a.png)


『拡大する』

『弘中先生と熊谷』

『現時点での検索結果』

「弘中先生 熊谷」と入れてYahoo!で検索したネット市民は、どういうわけで弘中先生と熊谷を結びつけたのでしょうか?

あのねぇ~、実は 僕は埼玉県の熊谷高校の出身なのですよ。。。

弘中先生というのは熊谷高校の先生なのですか?

そうです。。。 もう とっくの昔に亡くなりましたけれど。。。 ちょっと『ウィキペディア』で紹介されている僕の母校の「熊谷高校」のページを見てください。

熊谷高校


(kumako3.jpg)

1895年(明治28年)、埼玉県第二尋常中学校として創設された。
県下の公立校としては埼玉県第一尋常中学校(現埼玉県立浦和高等学校)に次ぐものである。
戦後、新制埼玉県立熊谷高等学校となった。
開学以来男子校である。
早くから私服での登校が認められており、校風は極めて自由である。

校訓

「質実剛健」
「文武両道」
「自由自治」
部活動への加入率は高く、また自由な校風を有している。

校風

自由な校風を有することが特徴である。
その中のひとつとして、「カクト」と呼ばれる制度がある。
これは、担当教員の出張などにより授業が休講となる場合に出される自習時間のことであり、「各自図書館自習」の略称である。

しかしながら、実質的には何をしても良い時間であり、自習時間の利用方法は生徒各々の自主性に任される。
また、カクトの時間を最終時限目と入れ替え、放課を早めることができる場合もある。
この行為は「トを上げる」と呼称される。
このため、同校においては生徒が授業時間中に校内を歩いていたり食堂で食事をしていたとしても、教員がそれをとがめることは通常ない。

このほかの同校の自由な校風を象徴するものとして以下のようなものがある。
例えば文化祭の出し物はクラス単位で行われることが一般的であるが、同校の熊高祭においては仲の良いグループを募って「サークル」を形成し、そのサークル単位で行うことが恒例となっている。
また、修学旅行に関してもほとんどがグループ単位での行動であり、宿泊地もグループ単位で異なる。
また、服装検査や頭髪検査、持ち物検査などの校規検査は一般的に行われない。

このほか、小規模な行事であろうと肩を組んで校歌を斉唱する習慣がある。
文化祭や体育祭、生徒集会や全校集会などの行事では必ず肩を組んで校歌が斉唱される。
生徒が自ら好んで校歌を歌うことが多い。

40キロハイク

毎年5月中旬から下旬ごろに行われる行事。
熊谷の荒川河川敷から秩父線上長瀞駅までのおよそ40キロを歩いたり、走ったりする。
服装は基本的に自由であるが、大半の生徒は仮装をして参加する。
仮装の内容は社会風刺や下ネタなどがある。
完歩率は高く、例年90パーセント以上を維持している。

臨海学校

1年次の7月中旬に行われる行事。
新潟県柏崎市の鯨波海岸で、主に遠泳が行われる。
県内では浦和高校と蕨高校と同校の3校のみでみられる行事である。
開始以来無事故。これまで毎年行われてきたが、2007年度は開始予定前日に発生した新潟県中越沖地震の影響で初めて中止となった。

熊高祭

毎年9月に行われる、文化祭と体育祭の総称である。
前者については、先述の通り仲の良い者同士や部活動単位で「サークル」を形成し、そのサークル単位で出し物を行うことが特徴である。
また、応援団による「勝利の伝統」や、「秩父支部劇」、女装してパフォーマンスなどを行う「ミス熊高」などが行われる。
体育祭に関しては、珍棒(ちんぼう)を用いる「珍百足」(ちんむかで)や、水泳やタイヤ引きなどを連続して行い体力と気力を試す個人競技「鉄の男」といった特徴的な種目がみられる。

修学旅行

2年次の11月頃に行われる。
例年の行き先は関西地方や九州地方、北海道などであるが、行き先は1年次に決定される。
このほか、先述の通り宿泊地をグループ毎に各自選択することができることが大きな特徴である。

例えば、行き先が関西地方の場合は、初日の広島が宿泊地として指定されているのみで、それ以降の宿泊地は岡山、神戸、高松、大阪などからグループごとに選択することができる。
初日が広島、2日目が岡山、3日目が大阪、4日目が京都というグループがある一方、初日が広島、2日目が神戸、3日目が高松、4日目が京都、というグループがあるなど、自由に選択できる幅が広い。

部活動

「文武両道」の精神にのっとり、部活動への加入率は高い傾向にある。
なお、2008年度における部活動への加入率は、運動部が63.8%、文化部が14.6%、愛好会(サークル)が15.6%であり、これらを合計するとのべ94%である。
2つ以上の部活動を兼部することもできる。

硬式野球部が1951年、1982年などに3回夏の甲子園に出場しており、うち1951年の大会においては準優勝した。
このほか、剣道部、陸上部、軟式野球部、ラグビー部、水泳部、弓道部、ソフトテニス部、バレーボール部、山岳部、将棋部なども県大会や全国大会へ出場を果たしている。

主な出身者・関係者

政治・行政 (略)

経済 (略)

 (中略)

芸術・雑

弘中又一: 夏目漱石の小説「坊っちゃん」の主人公のモデルとなった第二中学の教員
小林秀三: 田山花袋『田舎教師』モデル

須田剋太: 日本画家

(後略)


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

あらっ。。。 弘中先生というのは「坊っちゃん」の主人公のモデルになったのでござ~♪~ますか?

そうなのですよう。。。 実は僕も知らなかった。 高校時代には田山花袋が書いた『田舎教師』に僕は興味を持っていた。

なぜでござ~ますか?

『田舎教師』の主人公のモデルになったのが小林秀三という人物なのですよ。。。 校長室の前の廊下にガラスケースがあって、その中に埼玉県第二尋常中学校の第2回か3回目の卒業写真が飾られてあって、僕も何度かその記念写真に写っていた小林秀三の姿を見たことがあった。

弘中又一さんの事は高校時代にデンマンさんは聞いた覚えがないのでござ~♪~すか?

誰からも聞いた覚えが無いのですよう。。。 『田舎教師』よりも小説「坊っちゃん」の方が良く知れわたっていると思うのに、どう言う訳か僕は弘中又一先生の話を聞いたことがない。 今から思えば、実に意外だった。

小説「坊っちゃん」の方が良く知られているのに、なぜ弘中先生のお話が出なかったのでござ~♪~ましょうか?

あのねぇ~、僕は思うのだけれど、小林秀三が田山花袋が書いた『田舎教師』のモデルだと言うことは、ほぼ間違いないのですよう。 つまり、文学に多少関心がある人の間では、誰も認めている事実なんですよう。

弘中先生が「坊っちゃん」のモデルだと言う事は夏目漱石ファンの誰もが認めているわけではないのでござ~♪~ますか?

僕も夏目漱石のファンだけれど、僕は知らなかった。 夏目漱石自身が「坊っちゃん」のモデルだと、僕は素朴に思い込んでいましたよう。

なぜでござ~♪~ますか?

ただ素直に、そう思い込んでいた。 「坊っちゃん」の主人公と夏目漱石が僕のオツムの中では重なり合っていた。

つまり、私小説だとデンマンさんは思っていたのでござ~♪~ますか?

志賀直哉が書くような私小説だとは思わなかったけれど、「坊っちゃん」の主人公は、明らかに夏目漱石の生い立ちや経歴に基づいて書かれていますよう。

たとえば。。。?

『ウィキペディア』の作品解説には次のように書いてあるのですよう。


(soseki008.jpg)

作者(夏目漱石)が、高等師範学校(後の東京高等師範学校)英語嘱託となって
赴任を命ぜられ、愛媛県尋常中学校(松山東高校の前身)で
1895年4月から教鞭をとり、1896年4月に熊本の第五高等学校へ
赴任するまでの体験を下敷きに、後年書いた小説である。

つまり、漱石の松山時代の体験に基づいて書かれた小説なのですよう。 だから、私小説とは言わないまでも、漱石自身の体験がそこ、ここに書かれている。

例えば。。。?

漱石が子供の頃に一緒に居た女中のお清さん。 孫が書いた本にも次のように紹介されている。


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漱石の『坊っちゃん』には、父親に嫌われる主人公を無条件に愛する使用人の清という女性が描かれる。
清が「まっすぐで、よいご気性です」と坊っちゃんをほめると、坊っちゃんは「おれはお世辞は嫌いだ」といいかえす。
が、「それだから、よいご気性です」といわれて閉口するのである。

そこで愛されているのは、坊っちゃん本人であり、彼自身の気性である。
彼の生まれた家柄や、父親といった、彼自身に選べない属性ではない。
だからこそ坊っちゃんも清を愛し、恩を返そうと思う。これは「ひいき」ではない。

漱石自身は、坊っちゃんではない。
もっと複雑で多重人格的な人だが、清のようなまっすぐな愛情を尊ぶ性向は、明らかに漱石のものだったと思う。


148ページ 『漱石の孫』 著者・夏目房之介
2003年4月22日 初版第一刷発行
発行所・株式会社 実業之日本社

確かに、漱石自身は坊っちゃんではない。 でも、漱石自身も坊っちゃんの姿に自分自身のあるべき姿を見ていたはずですよう。

どうしてデンマンさんは、そのような事をおっしゃるのでござ~♪~ますか?

孫の房之介さんは、更に次のように書いていた。

本当の自分を持つ


(natsume.jpg)

「真に目覚める日本」とは、個人におきかえれば「本当の自分」を自覚することになる
いわば「坊っちゃん」のように、内面と外面が一致する偽善のない姿を意味するのだろう。
これを問うことが漱石の文学的主題にもなったが、一方で、つねに自分の内面に問い続ける、資質的で内面的な視線を強化することにもなった。
また漱石は、その主題を「個人主義の確立」という公共社会的な課題にして、本当に「中身」のある近代を視野に入れようとした。

 (中略)

ともあれ漱石は、日露戦争直前の、明治国家が世界における存亡を強く意識して極度に緊張した時期に留学したのである。
自己肥大どころか、自分は、日本は、貧弱な猿真似をしているに過ぎないのではないか、という意識を心に抱いて帰った。
そのことが、以後の日本の自己肥大化から距離をおいた文明論的な場所を漱石に与えたともいえる。

 (中略)

「国家は大切かもしれないが、そう朝から晩まで国家国家といってあたかも国家に取り付かれたような真似はとうてい我々にできる話ではない。(略)
事実出来ないことをあたかも国家のためにするごとく装うのは偽りである。(略)
国家的道徳というものは個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見えることです。
元来国と国とは辞令はいくらやかましくっても、徳義心はそんなにありゃしません。
詐欺をやる。誤魔化しをやる、ペテンにかける、滅茶苦茶なものであります。」
(夏目漱石 『私の個人主義』 135-137ページ所収)

見事な指摘である。これを漱石は、日露戦争(1904-1905年)および第一次世界大戦(1914-1918年)の戦勝国となった日本で語っている。
国家と個人、国家と国家の関係において、この言葉は今でも説得力を持つ。

日本は、そののち「朝から晩まで国家国家」といわねばならない、「出来ない事」をできるといいはる国になり、「徳義」もないくせに「徳義」ヅラして(この点は欧米だって同じだが)、そして手ひどく(太平洋戦争で)負けた。
漱石の文明論的な視点は、そのあたりまで届いていた。


131-134ページ 『漱石の孫』 著者・夏目房之介
2003年4月22日 初版第一刷発行
発行所・株式会社 実業之日本社

『夏目漱石と成りすまし馬鹿』に掲載。
 (2009年8月11日)

つまり、僕は『漱石の孫』の上の部分を読んで、夏目漱石は当時の自己肥大しつつある日本帝国という国に居て、本当の自分を持つために苦悩していた。その事を赤裸々に小説化したのが「坊っちゃん」だと思えたのですよう。

要するに、苦悩する自分の姿を坊ちゃんになぞらえて書いたとデンマンさんはおっしゃるのでござ~♪~ますか?

そうです。 


『弘中先生と坊っちゃん』より
(2017年4月7日)

つまり、行田で生まれて熊谷高校に通ったデンマンさんは弘中先生を介して『坊つちゃん』と 少しは関係があると言いたいのですか?

そういうことです。。。

でも。。。、でも。。。、デンマンさんは弘中先生に教わったことはないのでしょう!?

もちろん、教わったことはない。。。 時代が違いますよ。。。

。。。で、どうして冒頭の清と坊つちゃんを引用したのですか?

バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら その部分に出くわしたわけなのです。。。

それで、何か感じるものがあったのですか?

そうです。。。 「俺」は草双紙に出てくるような、父と清の間に生まれた子供だったという感じさえ生じてくるという箇所を読んで、ハッとしたのですよ。。。 そういう事を僕はこれまでに考えたこともなかった。。。 ごく自然に、書かれていたままに、清さんは「坊つちゃん」とは血のつながりのない年寄りの女中だとばかり思い込んでいた。。。 でもねぇ~、上の部分を読んだら、清さんは「坊つちゃん」の実の母親だと僕は信じるようになった。

それは、またどういうわけですか?

真由美ちゃんの その問いに答える前に、まず、僕が実家に出した手紙を読んでみてください。

2017年4月24日 月曜日

 

昨夜は突然の喜代司(きよし)さんの死亡の知らせを受け、
全く予期していなかったので驚きました。

喜代司さんの体は以前と比べれば弱っているとは言うものの
少なくとも まだ2年か3年ほどは生きているだろうと予測していたので
死亡の知らせは青天の霹靂でした。

考えてみると、お袋の死が喜代司さんに生きることの儚(はかな)さと
希望を失わせたのでしょうね。

 


(gorinju01.png)


(soshiki02.png)

 

高校生の頃電車に飛び込み自殺をしようと試みたことがあったけれど、
「俺が死んだらかあちゃんが悲しむだろうなァ~……」
そう思って思いとどまった
ということをお袋から聞かされた覚えがあります。

そう言う訳で私も去年の11月に帰省した時に、
「お袋よりも先に死ぬことだけはしないように……」と喜代司さんに言おうと思ったのですが……。
つい、言う機会を逃してしまいました。

しかし、喜代司さん自身にも、お袋よりも先に亡くなって悲しませたくないという気持ちがあったのでしょう!
だから、お袋が2月4日に亡くなって2ヶ月であの世に逝った言う事が
なんだか、寂しく一人でお墓に入っているお袋の話し相手にでもなろうと思って
お袋のそばに逝ったのだと…… そんな風に思えてきました。

そのように思うと喜代司さんの死が不憫ではなく、
なんだか心温まるようにも思えます。

ところで、4月28日の午後5時にお通夜をやるそうですが、
夕べ、よくよく考えた挙句、日本へ戻ってお通夜に参加することはやめます。

親父さんの葬式にも出なかった。
私は、もともとお通夜とか葬式という行事に意味を見出していないのです。

それで、親父さんが入院中には20日間ほぼ毎日見舞いに行田中央総合病院に通いました。
親父さんとは あまり話をしませんでしたが、その20日間には、
20年分ぐらいの話をしたように思います。

「死んで花実が咲くものか」と昔の人は言いましたが、
死んでから、お通夜やお葬式をしても、意味がないと思うのは、そういうためです。

お袋が亡くなったときに、通夜と葬式に参加したのは例外中の例外でした。
30年以上お葬式に出たことがない!

喜代司さんとも、お袋が亡くなった時に帰省して
食事を一緒にしたり、会ってそれなりに語り合えたことはよい思い出ができたと思います。

そういうわけで、もう20年ほど前から遺書を書き換えていますが、
つねに、自分の葬式は要らない。。。
遺体はバンクーバーの大学の医学部に寄付。
そのようにか固く決めています。

正造さんに、すべてを任せきって、自分が何もしないということを
心苦しく、我侭だとは思いますが、
通夜と葬式だけが亡くなった者を“ともらう”、というものでもないでしょう!

心の内でお袋に対しても、喜代司さんに対しても、充分に“ともらう気持ち”を持っています。
通夜や葬式は私にとって、形式だけの 時間と金を無駄にする行為に見えて、時には滑稽にも思えてきます。

仏教が葬式仏教になって、お葬式に100万円以上がかかるというのは、滑稽としか言えず、
正式にすると400万円もかかるというのは馬鹿バカしく思えてなりません。

 


(soshiki01.jpg)

 

坊さんに、合計で60万円も包むのは、さらに滑稽としか思えません。
「坊主まるもうけ!」とは、昔の人はよく言ったものです!

そういうわけで、今回の喜代司さんのお通夜と葬式には出ませんので、
親戚の人たちには、当たり障りのないように正造さんからよろしくお伝えください。

喜代司さんの葬式は、バンクーバーで私なりに心の内で“ともらいたい”と思います。
墓参りなども、私は全く信じておりません。

今年の秋には、これまでどおり行田に帰省して また食事を一緒にしながら語り合いましょう。。。

 


(hakamairi2.png)

 

喜代司さんのお骨も、親父とお袋のお骨と並んで 仲良くお墓の中に入っていることでしょうから、
その時には、例外中の例外で、お墓参りをしてあげようと思います。
心の内のお墓参りのつもりです。

ちなみに、お袋のお通夜と葬式に泰夫さん(デンマン注:お袋の実弟、故人)の妻の安子さんが
あれほど体が弱っているのに、参加してくれたのには、本当に驚きでした。
当時、お礼に伺おうと思っていたのに、ついつい行きそびれてしまいました。

今年の秋、もし健在であれば、蓮華寺にお墓参りした後で
安子さんを お見舞いしたいと思います。

 


(rengeji01.jpg)

 

勝手ではありますが、そのようなわけで喜代司さんの通夜とお葬式には欠席します。

あしからず……。

 

追伸:

たまたま、2016年10月6日の手紙を読みなおしたら
(フラッシュ・メモリーに下書きが保存されている)

次のように書いてありました。


(jizai20.jpg)

「もし、喜代司さんが2,3日間自宅に

戻れるような機会があるなら、

私と喜代司さんの二人で 那須高原へ旅行して

由香里ちゃんが働いている「自在荘ホテル」で

泊まろうと予定しています。

喜代司さんにとっても、いい思い出になるでしょう。。。」

残念ながら旅行ができるほどの体調ではありませんでした。

このことがマジで心残りです。

多佳子さんに電話で連絡するようなことがあれば、よろしく お伝えください。

_____________________
デンマン


『行田遠野物語』より
(2017年5月27日)

デンマンさんの弟さんの喜代司さんが亡くなった知らせを聞いて私もビックリしましたわァ。。。 行田の「とんでん」で親類の方たちが集まってご飯を一緒に食べたことがあって、その時 喜代司さんはお元気そうでした。。。 そのときの面影が鮮やかに思い浮かんでくるのですわァ~。。。

確かに、急に亡くなってしまったという印象ばかりが強いのですよ。。。

。。。で、その喜代司さんと“坊つちゃん”が関係あるのですか?

あります。。。 僕の弟の喜代司は体調が思わしくなかったのだけれど、僕が最後に会ったときには まだ1年や2年ぐらいは大丈夫だと思ったのですよ。。。 それがお袋が亡くなってから2ヶ月後に亡くなってしまった。

。。。で、デンマンさんは喜代司さんが お母さんの後を慕うようにして亡くなったと思ったわけですか?

そうです。。。 寂しく一人でお墓に入っているお袋の話し相手にでもなろうと思ってお袋のそばに逝ったのだと…… そんな風に思えてきたのですよ。。。 そう考えた時に 清と坊つちゃんの関係が 僕のオツムにふと思い浮かんできた。

どういう風に。。。?

「待つ」ことに馴れている清は、あの世でも「俺」の幸福を念じ、いつまでも待つのであろうと書いてありますよねぇ~。。。 清は、やがて“坊つちゃん”が20年後、30年後、あるいは40年後にやって来ることを心待ちにしているわけです。。。 喜代司は、それを察して お袋が待ちくたびれないように気を利かせて2ヵ月後に あとを追ったのですよ。

要するに、そのような二人の関係から、デンマンさんは清さんが“坊つちゃん”の実の母親だと信じるようになったわけですか?

そうです。。。 でもねぇ~、『坊つちゃん』は小説なのですよ。。。 漱石の孫の夏目房之介さんも「漱石自身は、坊っちゃんではない。 もっと複雑で多重人格的な人だが、清のようなまっすぐな愛情を尊ぶ性向は、明らかに漱石のものだったと思う」と書いている!

デンマンさんも、房之介さんに同意するのですか?

いや。。。 決して全面的に同意するわけではない。。。 確かに、“坊つちゃん”は漱石自身ではないかもしれないけれど、漱石は自分の戸籍上の母親は清のような人であって欲しい。。。 そう思いたかったのでしょうね。。。 漱石が幼児の頃に養子に出したことで 戸籍上の母親は後ろめたい気持ちを持っているのだろう。。。 そう考えながら、漱石自身は 清と坊つちゃんの関係に 自分と戸籍上の母親を重ねていたに違いない、と思えてきたのです。


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【デンマンの独り言】


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あなたは『坊つちゃん』を読んで どう思ったでしょうか?

ところで、真由美ちゃんは、ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

去年(2016年)の9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

忙しい時間を割いて、真由美ちゃんも僕の母親の葬式には参列してくれました。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


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上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


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If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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『サンタ マユミちゃん』

『お汁粉@海外』

『お汁粉@カナダ』

『支払いでトラブル』

『風邪で甘えてる場合じゃねぇ~!』

『バレンタインのお菓子』

『結婚、仕事、人生』

『命の力だね』

『英語と真由美ちゃん』

『海外に目を向ける』

『カーネギーホールじゃないよ』

『やる気があれば道は開ける』

『ニャンニャンと人生』


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『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』

『日本で再会』


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』


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『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


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『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』

『那須高原の紅葉』

『希望とロマン』

『錯視 錯覚』

『マンボ@バンクーバー』

『オリーブオイル』

『スコーンとプディング』

『5月のロブソン』

『病院食の間違い』

『プレミアム・ジャパン』

『自然の摂理を無視すると…』

『夢のデニッシュ・悪夢のマーガリン』

『パリ風カフェ』

『どこか狂ってるわ』

『行田遠野物語』

『行田物語 ピアノ』

『行田物語 猫』

『行田物語 母の懐』

『行田物語 ケネディ暗殺』

『行田物語 病院食』

『行田物語 お股の花々』

『晩香坡物語 ジャズ』

『行田物語 悪夢』


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