Archive for the ‘カナダ’ Category

食欲の秋です

2017年10月3日

 

食欲の秋です

 


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件名:

食欲の秋と軽井沢の思い出

♪┌(・。・)┘♪


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日付: Sat., Sep 30, 2017 at 8:21 PM
差出人: “dominis@yahoo.co.jp”
宛先: “green@infoseek.jp”
CC: “barclay1720@aol.com”

今年の春、久しぶりに運動らしい運動をして若さを取り戻しました。

軽井沢ハーフマラソンに参加したのです。


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デンマンさんはバンクーバーでマラソンに挑戦してますか?

最近、スタンレー公園のseawall に沿ってジョギングしてますか?

 


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少しでも若さを維持していつまでも元気で頑張ってくださいね。

体調を整えて、今年の秋にはルンルン気分で帰省してください。

ところで、お願いした3つの品の内 SMUCKER’S Raspberry JAM をゲットしてくれたそうで、ありがとう。


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上のハインズのホットドッグ・レリッシュはSafewayには なかったそうですが、

代りの品としてCompliments のホットドッグ・レリッシュを探してくれたのですね…。


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デンマンさんは、もしかすると忘れているのかもしれませんけれど、

私は緑の瓶で、甘くないモノをイメージしていたのです。

デンマンさんが探し当ててくれたものは

マスタードベースの黄色いモノなのです。

ついでのときで結構ですから、

緑色の瓶で甘くないものを見つけてください。。。

では、体調を整えて元気に帰省してください。

お待ちしています。

 

(V__/)
(+’.’+)
(“)_(“)


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小百合より

 


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小百合さんは、意外にスポーツウーマンなんですねぇ~。。。


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あらっ。。。 知らなかったのですかァ~?

もちろん知ってましたよ。。。 小百合さんは かつて冬のウィスラーで裸でスノボをやってましたからねぇ~。。。 (微笑)


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いやだわァ~。。。、こういう写真はネットで公開して欲しくありませんわァ。。。

別に、いいじゃありませんかァ~!

でも、週刊誌の記者が取材にやって来るのは困りますわァ~。。。

大丈夫です。。。 小百合さんの居場所は絶対に判らないですから。。。

それで、緑色の瓶で甘くないホットドッグ・レリッシュは見つけることができましたァ~?

ありましたよ。。。


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これもなんとなく甘そうですわねぇ~。。。 デンマンさんが以前に見つけてくれたモノとほぼ同じではありませんかァ!


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確かに同じ会社が作っているので、瓶の形も内容の色も同じようなのだけれど、ラベルは全く違いますよ。。。

つまり、TANGY というのは“甘くない”という意味なのですか?

あれっ。。。 小百合さんは知らなかったのですか?

だってぇ~、私は英語があまり得意ではないのですわァ。。。

そんな風に謙遜しなくてもいいのですよ。。。 13年間、バンクーバーの隣町のディーア・レークの畔に別荘を借りて、夏休みを楽しんでいたではありませんかァ!


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もうかれこれ10年も前のことですわ。。。 最近、英語をほとんど使ってないので、TANGY のような聞き慣れない単語の意味がなかなか出てこないのですわァ。。。

あのねぇ~、ネットで「tangy 意味」と入れて検索すれば すぐに意味が出てきますよ。。。


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

ピリ辛。。。、あるいはピリッとした舌に酸っぱいような味ですよ。。。 発音は次のように聞こえます。。。


(tangy02.jpg)

分かりましたわ。。。 じゃあ、そのピリ辛で酸っぱいホットドック・レリッシュをお願いしますわァ~。。。

分かりました。。。 で、今年の秋に小百合さんと会ったら、僕にもピリ辛のレリッシュを入れたホットドックを作ってくれるのですか?

もちろんですわァ~。。。 枯葉が舞い落ちる軽井沢の林の中で、ロマンチックにホットドックをいただくのですわァ~。。。 うふふふふふふ。。。

ホットドックと軽井沢というのは、ちょっとばかり不整合だけれど。。。、じゃあ、僕が小百合さんのためにシャンソンの「枯葉」を歌いますよ。。。


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これは、デンマンさんじゃなくてイヴ・モンタン(Yves Montand)が歌っているのではありませんかァ~!

やっぱり、僕じゃないと判りますかァ~?

当たり前ですわァ~!

ちょっとは貼り付けるクリップを間違えてしまいました。。。 今度は、間違いなく僕が歌います。。。


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デンマンさん! いい加減にして下さいなァ~。。。 これはデンマンさんじゃなくてイタリアのアンドレア・ボチェッリじゃありませんかァ!

あれっ。。。 やっぱり僕じゃないと判ってしまいますか!?

当たり前ですわァ~。。。 

分かりました。。。 じゃあ、軽井沢の林で、小百合さんが作ってくれる ピリ辛のレリッシュを入れたホットドックを食べた後で必ず、小百合さんのために歌いますねぇ~。。。


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

馬鹿バカしいので あなたも呆れてしまったでしょう!?

では、あなたのために ピリ辛のディル・ピクルス・レリッシュ(Tangy Dill Pickle Relish)の作り方をお見せしますわねぇ~。。。
 

(tangy03.jpg)

どうですか?

あなたにも作れそうでしょう?

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。

だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。

じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事



(linger65.gif)

■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(house22.jpg)

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『蕎麦屋と軽井沢タリアセン夫人』

■ 『おしまいでございます』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』

■ 『菊ちゃんと阿部忠秋』

■ 『菊ちゃん、知恵伊豆、忠秋』

■ 『丸墓山は誰の墓?』

■ 『外国人SEXデンマン再訪』

■ 『日本最高?』

■ 『短歌に込められた愛の真実』

■ 『3月のバレンタイン』


(fragran11.jpg)

■ 『かぎろいミステリー』

■ 『40代女性の魅惑』

■ 『私のバレンタイン』

■ 『バレンタイン@4月』

■ 『豆まき@バレンタイン』

■ 『夢のココナッツ』

■ 『日本の失敗』

■ 『しじみ@愛のロマン』

■ 『とろけるカレー@バレンタイン』

■ 『バレンタイン夫人』

■ 『昭和の表象空間』

■ 『ズロースなの?』

■ 『焼きそばサンド』

■ 『平成の表象空間』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)

■ 『手作り弁当@船着き場』

■ 『盛り上がる@馬車道』

■ 『ゼリーフライ@鐘つき堂』

■ 『愛と憎しみの丸墓山』

■ 『忘れられない!』

■ 『大名行列@行田』

■ 『別れの朝も…』

■ 『婚外恋愛』

■ 『婚外恋愛と人間失格』


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■ 『月夜の美人』

■ 『ふるさと 行田』

■ 『愛の偶然と必然』

■ 『田中角栄と軽井沢』

■ 『うさぎ追いしかの山』

■ 『アブラッソ不在の美』

■ 『ロマンの昔話』

■ 『海を渡ったバレンタイン』

■ 『バレンタインが老人を狂わせた』

■ 『マルちゃん海を渡る』

■ 『銀座からバレンタイン』

■ 『仙台からバレンタイン』


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■ 『パリからバレンタイン』

■ 『ジャズ@バンクーバー』

■ 『タイからバレンタイン』

■ 『たまご麺@バレンタイン』

■ 『愛犬とゴッド』

■ 『ザ・バレンタイン女』

■ 『週刊誌deヌード』

■ 『愛と天の夕顔』

■ 『ジェミマおばさんのシロップ』

■ 『夏日に、お帰りなさい』

■ 『コイ、鯉、恋がいっぱい!』

■ 『スープカレーなのね』

■ 『忍城時代まつり』

■ 『夜道のルート66』

■ 『上を向いて歌おう』

■ 『霧積温泉のロマン』

■ 『元気が一番!』

■ 『行田のスープカレー』

■ 『パンツとブラジャーと餃子』

■ 『軽井沢を文学散歩する』

■ 『ばァ~の面影』

■ 『バレンタイン@行田』

■ 『軽井沢タリアセン夫人@遠藤家』

■ 『桃の節句@天国』

■ 『古代米カレー』

■ 『愛のジェローを探して』


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■ 『コーヒーと愛の香り』

■ 『愛の馬車道』

■ 『亀姫と香芽子さん』

■ 『愛の夕顔を探して』

■ 『ケネディ暗殺の謎』

■ 『行田物語 ピラミッド』

■ 『由梨さん@コルシカ』

■ 『黒い行田市長』

■ 『ヒシしようよ』

■ 『天の川de思い出』

■ 『天の川の思い出』

■ 『行田物語 古代蓮』

■ 『チーズ@シルクロード』

■ 『ラーメン@バクー』

■ 『行田物語 饅頭』

■ 『ぶんぶく茶釜だよ』

■ 『ぶんぶく阿波踊り』


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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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(byebye.gif)

ぶんぶく阿波踊り

2017年9月27日

 

ぶんぶく阿波踊り

 


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件名:

鰻重食べたのを思い出しました!

♪┌(・。・)┘♪


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日付: Wed, Sep 23, 2017 at 8:16 PM
差出人: “dominis@yahoo.co.jp”
宛先: “green@infoseek.jp”
CC: “barclay1720@aol.com”

お久しぶりです。。。

デンマンさんが投稿した記事を読ませていただきました。


(nana700d.jpg)

『ぶんぶく茶釜だよ』

 

茂林寺へ“たぬき”を見に行ったのは2009年の10月ですわねぇ~。

その途中で鰻重(うなじゅう)を食べたなんて、すっかり忘れていました。

キモのお吸い物をデンマンさんが生まれて初めて飲んだなんて全く知りませんでした。


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帰りに、東行田駅からデンマンさんが実家に帰る途中で

「かどや」に寄って焼きそばを4人前買ったということですが、

あのお店は、もうありません。


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あの101歳のおばあちゃんも亡くなって、

家族はどこかへ引っ越したようです。

今では、あの土地は更地(さらち)になってます。

 

あの頃は、デンマンさんのお母さんも元気だったのですわね。

確かにそうでした。

私が電話した時、デンマンさんのお母さんが出られて

「デンマンがご馳走になったそうで、ありがとう」と

元気な声で言われたので、

ちょっとビックリしました。

 


(aodori.jpg)

ところで、デンマンさんは、その晩 NHKの深夜番組で

『日本の祭り2009』の「阿波踊り」を観たそうですが、

私も今年の夏、徳島の藍場浜演舞場で開催された

「阿波踊り」を観ました。


(awa12.jpg)

デンマンさんが言われるとおり 自由で、

躍動的で実に素晴らしいと思いました。

お祭りっていいですね。

私も観ていると“日本人の血”が踊り出します。

 

ところで、ずいぶん前ですが、沖縄に行った時に

「旧盆エイサー」を見ました。

四つ竹を手にして踊る現地の女性を見ながら、

もしかして、「エイサー」が四国に伝わって

「阿波踊り」になったのかしら?

。。。と、ふと思いました。


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デンマンさんが10月に帰省するのを楽しみにしています。

ところで、またお願いがあります。

ついででいいですから、次の3つの品を買い求めていただけますか?

1) SMUCKER’S Raspberry JAM


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2) Hot dog relish


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前回いただいたモノは甘かったのですが、今回は甘くないものをお願いします。


(sweet01.jpg)

3) Irish Creme Ground Coffee


(irish02.jpg)

では、体調を整えて元気に帰省してください。

お待ちしています。

 

(V__/)
(+’.’+)
(“)_(“)


(sayuri15.gif)

小百合より

 


(kato3.gif)

小百合さんは今年の夏に阿波踊りを見たのですか?


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見ましたわ。。。 私もお祭りが大好きで、時には飛び入りで躍らせてもらったりするのですわァ~。。。

マジで。。。?

半分冗談ですわァ。。。 うふふふふふ。。。

小百合さんが沖縄で「旧盆エイサー」を見て、もしかしてエイサーが四国に渡って「阿波踊り」になったのではないか?。。。 そうメールに書いてあったけれど、実は、僕も「エイサー」と「阿波踊り」を見て、何か共通するものを感じ取ったのですよ。。。 それで、調べてみたのだけれど、「阿波踊り」の起源は解ってないようです。。。

阿波踊り


(awa114.jpg)

 

阿波おどりは徳島県(旧・阿波国)を発祥とする盆踊りである。
日本三大盆踊りであり、江戸開府より約400年の歴史がある日本の伝統芸能のひとつである。
夏季になると徳島県内各地の市町村で開催され、なかでも徳島市阿波おどりは踊り子や観客数において国内最大規模である。

 

起源と名称

精霊踊りや念仏踊りが原形であるといわれるが、起源は明らかになっていない。
徳島藩が成立して以後、盛んに踊られるようになったとされる(徳島市観光協会の説明より)。

天正14年(1586年)、徳島城が竣工した際、当時の阿波守・蜂須賀家政が城下に「城の完成祝いとして、好きに踊れ」という触れを出したことが発祥という説もある(蜂須賀入城起源説)。
しかしながら、戦国時代に城内でそのようなことができたとは考え難く、「蜂須賀入城起源説」は多くの歴史家によって否定されている。

江戸時代には、一揆につながるとの理由で阿波おどりが禁止されていた時期もあった。
その令を犯し、自宅で阿波おどりを行った家老がお家断絶になったという。
また戦時中にも一時阿波おどりは禁止された。

阿波おどりという名称は徳島県内の各地で行われてきた盂蘭盆の踊りの通称であり、昭和初期からそう呼ばれるようになった。
この名称は日本画家・林鼓浪が徳島商工会議所(当時は商業会議所)に提案したものとされる。

尚、徳島市や高円寺の阿波おどりではポスターや看板等において専ら「阿波おどり」と表記される。
また、徳島県が発行する印刷物等においても「阿波おどり」で統一されている。

ちなみに、名称から徳島県阿波市が阿波おどりの本場と思われることがあるが、阿波市でも阿波おどりは行われるものの特別なことは特にない(そもそも阿波市の存在自体が近年まで無かった。市の歴史はまだ浅く、2005年の市町村合併で誕生した新しい市である)。

なお、一部では「阿波踊り」と漢字表記している。

 

阿波おどりでは一つの踊りのグループの事を「連(れん)」という。
徳島県には有名連と呼ばれる連が多数あり、主に各協会などに所属している連が多い。
もちろんいずれの協会にも属していない連もある。

大抵の徳島県民には個人個人に贔屓の連があり、「あっこの連がええ」とか「ほらやっぱりここの連やろ」といった具合に話題になることもある。

こうした有名連以外にも踊りが好きな者同士が集まって結成した連、企業が企業名を売り込む目的で結成した企業連、大学のサークルなどで結成した大学連、気の合う仲間で結成した連、商店街で結成した連等、徳島県内には大小さまざまの数多くの連が存在する。

殆どの連は先頭に連名を書いた巨大な提灯を掲げて浴衣などに名前を入れて踊っている(よって、当然提灯係のような者も毎年選定されている)。
また徳島県外には徳島県出身者が主体となって結成した連もあり、関西を本拠地とする阿波おどりの連の中には徳島県出身者が始めたものが多い。

 

徳島県内の有名連


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娯茶平: 連員350人を超える徳島県最大規模の連であり、賜天覧4連のうちの一連。 娯茶平調である。 東京の飛鳥連と姉妹連である。

のんき連: 徳島一の歴史を誇る賜天覧4連のうちの一連。 のんき調である。

新のんき連: 性億政明を初代連長とする、のんき調の連である。 東京支部として東京新のんき連がある。

阿呆連: 阿波踊り三大主流と呼ばれるもののうちの一つ、阿呆調である。東京の江戸っ子連と姉妹連である。


出典: 「阿波踊り」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

阿波おどりは旧・阿波国を発祥とする盆踊りである。 精霊踊りや念仏踊りが原形であるといわれるが、起源は明らかになっていないと書いてありますわねぇ~。。。

そうです。。。 とにかく“盆踊り”には違いがない。。。 すると、「エイサー」も、言ってみれば“盆踊り”なのですよ。。。

エイサー


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エイサーは、沖縄県と鹿児島県奄美群島でお盆の時期に踊られる伝統芸能。
この時期に現世に戻ってくる祖先の霊を送迎するため、若者たちが歌と囃子に合わせ、踊りながら地区の道を練り歩く。

また、かつては祝儀を集めて集落や青年会の活動資金とする機能も重視され、その金でため池を設けた例もある。
地域によってはヤイサー、エンサー、七月舞(しちぐゎちもーい)、念仏廻り(にんぶちまーい)とも呼ばれる。

近年では太鼓を持つスタイルが多くなり、踊り自体を鑑賞するために沖縄全島エイサーまつりをはじめとする、各地域のエイサーを集めたイベント等も開催され、重要な観光イベントとなっている。

 

歴史

東北出身の袋中上人が1603年から3年間首里に滞在して浄土宗を布教したのを契機に、沖縄では王家や貴族の間を中心として念仏が広まった。

18世紀中頃には、托鉢や芸事を行なう「念仏にゃー」(念仏屋、にんぶちゃー)をお盆に招いて先祖の供養を行なう風習が、首里の屋敷町などで存在していたという。
当時は現代のエイサーと形式が異なり、門付歌と念仏歌だけで踊っていた。

明治以降になると、念仏の詠唱を村の若人が代行する形で庶民の間にエイサーが普及していった。
沖縄本島中北部から県内全域へ伝播して大衆化する中で、民謡などを取り込む例も増えた。

与那国島で始まったのは80年ほど前と言われている。
なお、戦前は太鼓を使う例は少なく、浴衣などの普段着姿で手ぬぐいを頭に巻くというスタイルが主流であった。
念仏にゃーの存在は大正の終わりごろにはほぼ消滅している。

戦後、エイサーは沖縄市など本島中部を中心に大きくスタイルを変えた。
旧コザ市(現在の沖縄市)主催で1956年に全島エイサーコンクールを開催。

この沖縄随一のエイサーイベントは後のエイサーの発展に多大なる影響を与えた。
当初コンクール(順位を競う)であったため、審査員や観客に魅せる(見せる)という部分に重きが置かれ、出場する青年会は構成や隊形、衣装、パフォーマンスなどをより派手なスタイルに変化させていくことになる。
これらのエイサー文化と共に歩んできた沖縄市は2007年6月13日に「エイサーのまち」宣言をし、地域の活性化に取り組んでいる。

一方で、名護市以北の本島北部では手踊りの伝統エイサーも続けられている。
また、沖縄本島中部の与勝地域の伝統エイサーも歴史は古く、屋慶名青年会、平敷屋青年会などは100年余りの伝統がある。
屋慶名エイサーの起源は明治24年(1890年)旧暦7月とされ、1991年には生誕100年祭が行われた。

全国的には1990年代以降に沖縄県出身者が中心となって多くのエイサー団体が設立された。
また、県出身者以外の愛好者の加入や独自団体の設立も増えていると言われる。
国外で踊られた例として、アメリカ合衆国やフランスなどがある。

 

語源

エイサーの由来は、浄土宗系念仏歌に挟まれる囃子の一つ「エイサー、エイサー、ヒヤルガエイサー」から来ているとされる。
また、「おもろさうし」に「ゑさおもろ」(「おもろ」は歌謡の意)の語があり、これを由来とする説がある。


出典: 「エイサー」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

東北出身の袋中上人が1603年から3年間首里に滞在して浄土宗を布教したらしいけれど、この後で船で四国によって念仏踊りを徳島で広め、それが阿波踊りになったのではないか? 僕は、そう思うのだけれど。。。

それは、デンマンさんの想像に過ぎませんわァ~。。。 それで、私がお願いした品はどうなりましたァ~?

あのねぇ~、9月24日の日曜日、バンクーバー市立図書館は午後6時に閉館になったので、ロブソン・ストリートを西に向かってずっと歩いて、デンマン・ストリートとぶつかる角にあるセーフウェイ(Safeway)に寄ったのですよ。。。


(safeway2.jpg)

スマッカーズのラスプベリー・ジャムはありました。


(raspberry2.jpg)

でもねぇ~、ハインズのホットドッグ・レリッシュはありませんでした。


(heinzhot2.jpg)

でも、その代りに、上の品とほとんど同じものがありましたよ。


(hotcompli2.jpg)

Compliments のホットドッグ・レリッシュです。。。

じゃあ、これでもいいですわ。。。

それから3つ目のアイリッシュ・クリーム・グラウンド・コーヒー(Irish Creme Ground Coffee)はありませんでした。


(irish02.jpg)

あのねぇ~。。。 この缶入りのコーヒーは特殊なのですよ。。。 僕が調べた限りアマゾンでしか手に入りませんよ。。。 バンクーバーのどの店にもなさそうです。。。 小百合さんもネットで調べてみてください。。。

じゃあ、セーフウェイ(Safeway)で量(はか)り売りのコーヒー豆を買うしかないのですか?

そうです。。。

でも。。。、量り売りのアイリッシュ・クリーム・コーヒーの豆を保存しておくと、苦(にが)くなってしまうのですわァ~。。。

あのねぇ~、そういう時には密閉できる缶にコーヒー豆を保存しておくのですよ。。。

そうしているつもりなのですわ。。。

缶が密閉してないのですよゥ。。。 しっかり密閉できる缶を100円ショップで買ったらどうですか?

分かりましたわ。。。 今晩寝ずに考えてから返信を書きますわァ~。。。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~。。。

あなたは、今年の阿波踊りを見ましたか?

見ない人も、見た人も次のダイジェストをお楽しみくださいませ。。。


(awa112.jpg)

どうですか?

お祭り気分を味わえましたか?

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。

だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。

じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


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ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』

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別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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■ 『軽井沢タリアセン夫人 愛の写真』

■ 『菊ちゃんと阿部忠秋』

■ 『菊ちゃん、知恵伊豆、忠秋』

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■ 『短歌に込められた愛の真実』

■ 『3月のバレンタイン』


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■ 『日本の失敗』

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■ 『バレンタイン夫人』

■ 『昭和の表象空間』

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■ 『忍城時代まつり』

■ 『夜道のルート66』

■ 『上を向いて歌おう』

■ 『霧積温泉のロマン』

■ 『元気が一番!』

■ 『行田のスープカレー』

■ 『パンツとブラジャーと餃子』

■ 『軽井沢を文学散歩する』

■ 『ばァ~の面影』

■ 『バレンタイン@行田』

■ 『軽井沢タリアセン夫人@遠藤家』

■ 『桃の節句@天国』

■ 『古代米カレー』

■ 『愛のジェローを探して』


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■ 『コーヒーと愛の香り』

■ 『愛の馬車道』

■ 『亀姫と香芽子さん』

■ 『愛の夕顔を探して』

■ 『ケネディ暗殺の謎』

■ 『行田物語 ピラミッド』

■ 『由梨さん@コルシカ』

■ 『黒い行田市長』

■ 『ヒシしようよ』

■ 『天の川de思い出』

■ 『天の川の思い出』

■ 『行田物語 古代蓮』

■ 『チーズ@シルクロード』

■ 『ラーメン@バクー』

■ 『行田物語 饅頭』

■ 『ぶんぶく茶釜だよ』


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こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


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デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


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九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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Hacksaw Ridge

2017年8月20日

 

Hacksaw Ridge

 


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Subject:

Wow! What a lovely summer day!

You must be sunbathing with joy!

Ha ha ha ha ha…


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From: barclay1720@aol.com
Date: Thur., July 27, 2017 12:04 PM
To: diane705@yahoo.ca


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Hello Diane,

Eventually, we’ve got gorgeous summer days.

Are you sunbathing?

Or jogging along the seawall?


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On Canada Day, I strolled along the seawall and read some books while sitting on one of the benches.

Guess what?

Without knowing it, I was sunburnt.

Fortunately, it wasn’t so bad.
However, flakes of brownish skin are now falling from my arms and legs—just like dead cherry flowers.

Well,… no summer is perfect for everybody as nobody is perfect.

By the way, I read a newspaper article of METRO on July 24.


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【Enlarge】

【Actual Page】

 

The headline shouts: Former bishops guilty of polygamy.

Winston Blackmore was making no apologies Monday after he and another former bishop of an isolated religious community in BC were found guilty of practising polygamy.

Blackmore, 60, was married to Jane Blackmore and then married 24 additional womne as part of so-called “celestrial” marriages involving residents in the tiny community of Bountiful.

Amazing!
He was once married to 25 women!

Well, no bishop is perfect as nobody is perfect.

By the way, I’ve just written an article, which is somewhat related to the above incident.

Please read the folloing:


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“Romance @ Madison”

 

I’m pretty sure that you watched a movie called “The Bridges Of Madison County.”

This movie is a 1995 American romantic drama based on the best-selling novel of the same name by Robert James Waller.
The story in the diaries reveals the impact the affair had on the lives of a farm woman named Francesca and a National Geographic photographer—Robert played by Clint Eastwood.

The affair took place while her husband and children were at the state fair in Illinois.
She almost ran away with him to travel the world with him.

After a wrenching period of decision-making, however, she decided to stay at the last minute after considering the bigger picture that includes the consequences leaving would have on the lives of her teenage children and husband, who was a good, loving man.

After all the photographer finds meaning and his true calling as an artist.

It also has deep consequences on the lives of her son and daughter, who are both experiencing marital problems.
Their mother’s story helped them to find a sense of direction in their lives.

It is an old-fashioned love story with some meanings in terms of the present day context.
Superb are the performances of Clint Eastwood and Meryl Streep.

Francesca had a dream, but she couldn’t realize it while being busy with daily chores.
Then she met Robert and suddenly she felt like realizing her dream.

Well, those 25 women who married to Winston Blackmore might have thought the same way.
However, Francesca changed her mind at the last moment and didn’t divorce her husband while those 25 women foolishly married the same bishop.

Times seem to have been changed.

In any case, I hope you enjoy this glorious summer day.
Have a great afternoon and a glorious evening!


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Your smiling Bohemian, Kato
with a lot of love as always

 


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Subject:

Sorry to hear you got sunburned.

From: diane705@yahoo.ca
Date: Thur., Jul 27, 2017 at 12:30 PM
To: barclay1720@aol.com

Hi Kato,

Sorry to hear you got sunburned but glad to hear you’re enjoying this glorious weather.

We went up the Whistler on Tuesday to do some gentle hiking and do the Peak to Peak experience from Whistler to Blackcomb.


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It was awesome and I was afraid I’d end up quite burnt.
Fortunately not, so that’s the good news.
Such a magnificent part of our Province; mind-blowing, really.

I did read a bit of the Winston Blackmore story.
Image the logistics of 25 wives.
Holy cow!
The man should get a medal … maybe be named a saint. Just kidding!

But at least the wives seem to be well taken care of and the children seem to be as well.

When you look at all the single mothers we have and the experiences their children have to endure, there may be something to be said for an extended, fairly functional family.

Of course, there are many angles here, but personally I’m adopting a live-and-let-live-attitude.
It will be interesting to see how long this man will serve in jail.


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Off this afternoon to see Dunkirk at the Ridge.
Thanks for your notes as usual, kiddo.

See you soon, hopefully,


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Love, Diane ~


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Diane, did you see the movie?


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Yes, of course I did.

How did you like it?

I love it.  You see, Christopher Nolan, the director of the movie, is a master of reinvention.

What do you mean by that?

Well, after rethinking the whodunit with “Memento” made in 2000, he rewrote the rules for the cop thriller with another 2002 neo-noir psychological drama—“Insomnia.”

 


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Then came “Batman Begins” in 2002, followed by its two sequels—“The Darl Knight” in 2008 and “The Dark Knight Rises” in 2012, both of which injected new life into the moribund caped crusader on the big screen.

 


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I see… so what did Director Nolan create in the above “Dunkirk”?

You see, Kato, the movie is about the real-life events in Dunkirk, France, during the Second World War.

Yes, I know that.

Director Nolan decided to reimagine a battle epic as a suspense thriller.

Oh, yeah?

Nolan really wanted the film to be driven primarily by suspense, which is one of the most pure cinematic film forms.

I see.

Nolan creates three distinct storylines—on land, on sea and in the air—to evoke a tale about “communal heroism.”

What do yuo mean by that?

You see, Kato, 400,000 British, French, Belgian and Canadian troops were surrounded by the Nazis on the beaches of Dunkirk in late May and early June of 1940.  With safety on British shores just 26 miles away across the English Channel, the rescue had to be completed by non-military ships that sailed out from the southern coast of England to bring the stranded men home.

But what do you mean by non-military ships?

Well… A makeshift flotilla of hundreds of fishing boats, plesure crafts and lifeboats are called into service to aid in the evacuation.


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I see… Gee, Diane, you’re talking like a film critic.  I didn’t know, you’re such a movie buff.

Oh yes, to tell you the truth, I’ve watched a great deal of movies so far, but not as many as you have.

Diane, do you know what?  Although some events are loosely based on true history, the characters and storyline are fiction.

How do you know?

I read the director’s comments.

I see… By the way, Kato, have you lately watched a war movie?

I’m glad that you ask me.  As usual, I’ve seen a number of movies these days, including war movies.

 



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“Actual List”

 

This is the list of movies I’ve recently viewed at the Vancouver Public library… Look at the red-rectangled title in the above list!

I see… So you watched “Hacksaw Ridge” on August 15, huh?

That’s right.

 


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“Actual Page”

Twenty-one people are waiting to watch the above DVD, huh?

Yes, you’re telling me.


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After you watched, you jotted down the following comment, huh?

Directed by Mel Gibson and originally released as a motion picture in 2016, this 139-minute WWII docudrama depicts a story of Desmond Doss, an American pacifist combat medic who was a Seventh-day Adventist Christian, refusing to carry or use a firearm or weapons of any kind.

Doss’ unit was assigned to the 77th Infantry Division and deployed to the Pacific theater.

During the Battle of Okinawa, Doss’ unit was informed that they were to relieve the 96th Infantry Division, which was tasked with ascending and securing the Maeda Escarpment (“Hacksaw Ridge”).


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The battle at Hacksaw Ridge turned out to be one of the deadly battlegrounds during WWII.

Doss became the first conscientious objector to be awarded the Medal of Honor, for service above and beyond the call of duty during the Battle of Okinawa.

It is one of the best anti-war dramas I’ve ever watched.

Kato, do you really mean that the above movie is one of the best anti-war films?

You bet on that.

Kato, tell me about it.

Hacksaw Ridge


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As a young boy, Desmond Doss nearly kills his younger brother Hal.
This experience and his Seventh-day Adventist upbringing reinforce Desmond’s belief in the commandment “Thou shalt not kill”.

Years later, Desmond takes an injured man to the hospital and meets a nurse, Dorothy Schutte.


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The two begin a relationship and Desmond tells Dorothy of his interest in medical work.

After the Japanese attack on Pearl Harbor, Doss is motivated to enlist in the Army and intends to serve as a combat medic.
His father Tom, a troubled World War I veteran, is deeply upset by the decision.
Before leaving for Fort Jackson, Desmond asks for Dorothy’s hand in marriage and she accepts.

Desmond is placed under the command of Sergeant Howell.
He excels physically but becomes an outcast among his fellow soldiers for refusing to handle a rifle and train on Saturdays.

Howell and Captain Glover attempt to discharge Desmond for psychiatric reasons but are overruled, as Desmond’s religious beliefs do not constitute mental illness.

They subsequently torment Desmond by putting him through grueling labor, intending to get Desmond to leave of his own accord.
Despite being beaten one night by his fellow soldiers, he refuses to identify his attackers and continues training.

Desmond’s unit completes basic training and is released on leave, during which Desmond intends to marry Dorothy, but his refusal to carry a firearm leads to an arrest for insubordination.
Captain Glover and Dorothy visit Desmond in jail and try to convince him to plead guilty so that he can be released without charge but Desmond refuses to compromise his beliefs.


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At his trial, Desmond pleads not guilty, but before he is sentenced, his father barges into the tribunal with a letter from a former commanding officer stating that his son’s pacifism is protected by an Act of Congress.
The charges against Desmond are dropped, and he and Dorothy are married.

Desmond’s unit is assigned to the 77th Infantry Division and deployed to the Pacific theater.
During the Battle of Okinawa, Desmond’s unit is informed that they are to relieve the 96th Infantry Division, which was tasked with ascending and securing the Maeda Escarpment (“Hacksaw Ridge”).

In the initial fight, both sides sustain heavy losses, and Desmond successfully saves several soldiers, including those with severe injuries.
The Americans camp for the night, which Desmond spends in a foxhole with Smitty, a squadmate who was the first to call Desmond a coward.
Desmond reveals that his aversion to holding a firearm stems from nearly shooting his drunken father, who threatened his mother with a gun.
Smitty apologizes for doubting his courage and the two make amends.

The next morning, the Japanese launch a massive counterattack and drive the Americans off the escarpment.
Smitty is killed, while Howell and several of Desmond’s squad mates are left injured on the battlefield.
Desmond hears the cries of the dying soldiers and decides to run back into the carnage.
He starts carrying wounded soldiers to the cliff’s edge and belaying them down by rope, each time praying to save one more.

The arrival of dozens of wounded once presumed dead comes as a shock to the rest of the unit below.
When day breaks, Desmond rescues Howell and the two finally escape Hacksaw under enemy fire.


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Captain Glover tells Desmond that the men have been inspired by his miraculous efforts, and that they will not launch the next attack without him.
Despite the next day being the Sabbath day, he joins his fellow soldiers after finishing his prayers.
With reinforcements, they turn the tide of battle.

During an ambush set by Japanese soldiers feigning surrender, Desmond manages to save Glover and others by knocking away enemy grenades.
Desmond is eventually wounded by a grenade blast, but the battle is won.

Desmond descends the cliff, clutching the Bible Dorothy gave him.


SOURCE:”Hacksaw Ridge”
From Wikipedia, the free encyclopedia

Wow!… quite fascinating and heart-warming.

Unlike “Dunkirk,” the characters and storyline are based on the real events.

Is that right?

You bet… If you see the movie, your stomach will be quite upset because you see scores of gory, bloody and horrendous fighting scenes, but it’s worth watching it to the end.  I’m pretty sure you’ll become a different person after viewing it.


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No kidding!

In any case, there are 21 persons waiting to see this movie.  So you should reserve the DVD as soon as possible.

Yes, I’ll do it right away.


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【Himiko’s Monologue】


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Kato has watched 1,712 movies at the Vancouver Public Library so far.

When I take a look at the above movie list, I notice a film called “Osama.”

At first, I thought that it was about Osama bin Laden.

Although the title of the film highlights an allegorical relevance to Osama bin Laden, there is no further similarity.


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“Actual Page”


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In the above film, the Taliban are ruling Afghanistan.

Their regime is especially repressive for women, who, among other things, are not allowed to work.

This situation becomes difficult for one family consisting solely of three women, representing three successive generations: a young girl, her mother, and her grandmother.

With the mother’s husband and uncle dead, having been killed in battle during the Soviet invasion and their civil wars, there are no men left to support the family.

The mother had been working as a nurse in a hospital, but the Taliban cut off funding to the hospital, leaving it completely dysfunctional with no medicines and very little equipment.

One foreign woman working as a nurse in the hospital is arrested by the Taliban.

The mother does some nursing outside the hospital and receives payment from the caretaker of a patient, but after the patient dies the mother cannot find any more work.

The mother and grandmother then make what they feel is the only decision they can to survive.

They will have their preteen daughter disguise herself as a boy so that she can get a job to support the family.


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Osama’s grandmother tells a story to Osama about a boy who changed to a girl when he went under a rainbow, in order to help persuade her to accept the plan.

The daughter, feeling powerless, agrees despite being afraid that the Taliban will kill her if they discover her masquerade.

Partly as a symbolic measure, the daughter plants a lock of her now cut hair in a flowerpot.

The only people outside the family who know of the ruse are the milk vendor who employs the daughter.

This vendor was a friend of her deceased father.

A local boy named Espandi recognizes her despite her outward change in appearance.


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The masquerade becomes more difficult when the Taliban recruit all the local boys for school, which includes military training.

At the training school, they are taught how to fight and conduct ablutions, and an ablution is taught to boys that should be done when they experience nocturnal emission or come in contact with their wife when they grow older.


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Osama attempts to avoid joining the ablution session, and the master grows suspicious of Osama’s gender.

Osama realizes it can only be so long before she is found out.

Several of the boys begin to pick on her, and although Espandi is at first able to protect her, her secret is eventually discovered when she menstruates.

Osama is arrested and put on trial, along with a Western journalist, and the foreign woman who was arrested in the hospital.

The journalist and the nurse are both condemned and put to death, but, as Osama is destitute and helpless, her life is spared.

She is instead given in marriage to a much older man.

Osama’s new husband already has three wives, all of whom hate him and say he has destroyed their lives.

They take pity on Osama, but are powerless to help her.

The husband shows Osama the padlocks he uses on his wives’ rooms, reserving the largest for Osama.

The film ends with the new husband conducting an ablution in an outdoor bath, which the boys were earlier taught to conduct after coming in contact with their wives.

That’s about it.

In any case, I expect Kato will write another interesting article soon.

So please come back to see me.

Have a nice day!

Bye bye …


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If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


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“Glorious Summer”

“Biker Babe & Granny”

“Genetically Modified”

“Tyrannosaur”

“Love@Magic”

“Yellow Ball”

“Welcome Back”

“Forbidden Love”

“Merry X’Mas”

“Heaven with Mochi”

“Travel Expense Scandal”

“Love@Redemption”


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“JAGEL”

“JAGEL Again”

“Say NO!”

Happy Gal in Canada

Roof of Vancouver

Aftershock

Whiplash

Sex Appeal

Better Off Without Senate

Fire Festival

Sweets@Paris

Scary Quake

MH370 Mystery

Putin’s Way

Trump @ Vancouver

Otter & Trump


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Changeling

Fiddler on the Roof

Flesh and Bone

Maiden’s Prayer

Romeo & Juliet

Trump @ Joke

Halloween in Shibuya

Trump Shock

Happy New Year!


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Life or Death

Way to Millionaire

Adele Hugo

Middle Sexes

Romance@Madison


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Hi, I’m June Adams.

Kato is a real movie lover, who tries to watch 1001 movies.

As a matter of fact, he has already accomplished his goal.


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『Actual List』


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Kato watched “The Arabian Nights” or “One Thousand and One Nights” as his 1001th movie.

You might just as well want to view it.


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The stories in “the Arabian Nights” were collected over many centuries by various authors, translators, and scholars across West, Central, and South Asia and North Africa.

The tales themselves trace their roots back to ancient and medieval Arabic, Persian, Indian, Egyptian and Mesopotamian folklore and literature.

In particular, many tales were originally folk stories from the Caliphate era, while others, especially the frame story, are most probably drawn from the Pahlavi Persian work Hazār Afsān which in turn relied partly on Indian elements.

What is common throughout all the editions of the Nights is the initial frame story of the ruler Shahryār and his wife Scheherazade and the framing device incorporated throughout the tales themselves.

The stories proceed from this original tale.

Some are framed within other tales, while others begin and end of their own accord.

Some editions contain only a few hundred nights, while others include 1,001 or more.


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ところで、愛とロマンに満ちた

レンゲさんのお話をまとめて

『レンゲ物語』を作りました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

『愛とロマンのレンゲ物語』


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『軽井沢タリアセン夫人 – 小百合物語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。



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『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 


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行田物語 社長

2017年7月27日

 

行田物語 社長

 


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姉 向田邦子の「遺書」


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お葬式の喪主は本来母がなるべきものを、長男の保雄が自分でさっさと決めてしまって、保雄になったんです。
私たち妹が何かを言うと収まらないので黙っていたんですが、まあ、そこまでは母も何も言わない。
ところが、今だから言えるんですが、姉と一緒に旅行に行った方々にお香典を出す、と兄が言い始めたんです。
それが、私が見てもケタはずれの金額だった。

一番の年長者で比較的名があったかもしれませんが、姉が主催した旅行ではないですし、そもそも趣旨が違いますね。
兄はそこを混同して少しいい気になっちゃったのかもしれません。
母は世間に出て勤めた経験もない人間ですが、「それは筋ではない」と頑として許さなかった。

今度は青山斎場でどなたかに弔辞を読んで頂くかを決める段になって、兄が黙って東邦生命の社長に頼んでしまったんです。
東邦生命は、もう亡くなっていた父の敏雄が勤めていた会社です。

そうしたら、紙巻に筆で書かれた、秘書が代筆したらしき弔辞が送られてきたんです。
その内容を読んだらもうびっくりしちゃった。


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ふんぞり返ったすさまじいいヘンなものなんです。
そんなのを読んだら、みんなあきれ返っちゃうだろうと思いました。

ところが母はそれを読みもしないのに、「これは邦子の葬儀であって、お父さんのじゃない。 ここに出て頂くべき方ではない」と言って、後は兄が何を言っても受け付けず、結局、いただいた弔辞は葬儀では読みませんでした。

 (中略)

保雄は、しっかりした長女で (略) あった邦子がいなくなって、家長のような振る舞いがしたかったんですね。
台湾へ行って地獄絵を見たわけで、少しおかしくなったか、そんな事私どもに思いやれる余裕もなく心ない事で。

兄は台湾のことは生涯、母や妹に一言も話しませんでした。
それは長男としてすごい事。
ありがたかったと思うんです。

 

(122-123ページ 向田和子)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


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『「文藝春秋」で読む戦後70年』
【第2巻】安定成長期から天皇崩御まで
編集人: 石橋 俊澄
2014(平成27)年8月4日 第1刷発行
発行所: 株式会社 新潮社

デンマンさん。。。 今日は行田物語でしょう?


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そうです。。。

だけど、向田邦子さんと行田が関係あるのですか?

いや。。。 直接の関係はないのですよ。。。 真由美ちゃんは向田邦子さんを知ってますよねぇ~。。。

名前は聞いたことがありますわァ。。。 確か、飛行機事故で亡くなったのでしたよねぇ~。。。

そうです。。。 面白いエッセーを書く作家で、僕はファンでしたよ。。。 記事でも取り上げたことがあるのです。。。 51歳で亡くなってしまったのだから、惜しいです。。。 もっともっとたくさん面白い戯曲やエッセーを書いて欲しかったですよ。。。

向田邦子


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向田 邦子(むこうだ くにこ、1929年(昭和4年)11月28日 – 1981年(昭和56年)8月22日)は、テレビドラマ脚本家、エッセイスト、小説家。
第83回直木賞受賞。
週刊誌のトップ屋時代は幸田 邦子名義で執筆していた。共同ペンネーム「葉村彰子」の一員でもある。

東京府荏原郡世田ヶ谷町若林(現・東京都世田谷区若林)生まれ。

父親は高等小学校を卒業したあと第一徴兵保険(東邦生命保険。現、ジブラルタ生命保険)に給仕として入社し、そこから幹部社員にまで登りつめた苦労人。

なお転勤族であったため一歳で宇都宮に転居したのを初めとして、幼少時から高等女学校時代まで日本全国を転々としながら育つ。
菊池寛を輩出した四国の香川県の高松市立四番丁小学校卒業、東京都立目黒高等女学校、実践女子専門学校(現・実践女子大学)国文科卒業。

新卒で財政文化社に入社し、社長秘書として勤める。
その後雄鶏社に転職し、「映画ストーリー」編集部に配属され、映画雑誌編集者として過ごす。
雄鶏社を退社した後は脚本家、エッセイスト、小説家として活躍する。

1981年(昭和56年)8月22日、旅行中の台湾苗栗県三義郷で遠東航空機墜落事故にて死去。享年51。

法名は、芳章院釋清邦。墓所は東京都府中市の多磨霊園。墓碑銘は森繁久彌による「花ひらき、はな香る、花こぼれ、なほ薫る」。
遺品はかごしま近代文学館に寄贈され、常設展示されている。
寄贈を決めた時の母・せいの言葉は「鹿児島に嫁入りさせよう」であった。

 

エピソード

小学生の頃には、父の赴任に伴い鹿児島県鹿児島市の鹿児島市立山下小学校で数年を過ごした。
この多感な時期に鹿児島の温暖な気候や地元の風習、文化、食べ物、家族や先生、同級生との間に様々な体験をし、忘れ得ない思い出として、代表作エッセイ『父の詫び状』に詳しく綴っている。

なお、この作品のモチーフは、鹿児島時代の家族団欒であると言われている。
飛行機事故の直前には、雑誌の企画で鹿児島を訪問し、「故郷の山や河を持たない東京生れの私にとって、鹿児島はなつかしい「故郷もどき」なのであろう」と締めくくっている。

戦後の混乱期には、一家は父の度重なる転勤により仙台に居を構えていた。
最初の社宅は、現在の住居表示で仙台市青葉区国分町二丁目(現在は仙台市都心部の歓楽街だが、当時はオフィス街の裏道)、後に同市同区大手町(旧・琵琶首丁。広瀬川沿いの住宅地)に引っ越した。

邦子は実践女子への通学のため、東京・麻布市兵衛町の母方の祖父母宅に下宿し、夏冬の休みだけ仙台に帰省していた。
「当時は東京が極度の食糧不足にあえいでいたが、仙台は別天地のように豊かであった」と語っている。
1950年に父親が東京本社勤務となり、杉並区久我山の社宅に住み、邦子もまた両親と一緒に暮らし、定年退職の後は杉並区天沼に転居する。

雄鶏社という出版社に就職したばかりの頃は、黒いニットのトップスに黒いロングスカートという服装が多かったため、同僚からは「黒ちゃん」と呼ばれていた。
後に妹の向田和子が自著の文中にて「その黒いロングスカート姿で仙台へ帰省してきた姉が、当時は黒い服を礼服以外の目的で着ていた人が少なかったこともあり、町へ出るととても目立った」と当時を回想している。

洋裁が得意であり、一時はコートまで仕立てていた。
戦中~戦後の物資の乏しい時期には弟妹達の手袋、マフラーも手編みで用意し、2人の妹にはセーラー服まで作った。
生地の入手自体が困難だったため、古着を仕立て直すなど工夫していた。

愛猫家としても知られ、実家暮らしの頃から亡くなるまで、常に複数の猫を飼っていた。
その中でもコラット種のオス「マミオ」はタイ旅行した際に一目惚れした種であり、エッセイにも度々登場させている。
邦子の逝去後は、母・せいと妹・和子が引き取り、16歳で癌によって亡くなるまで愛育していた。

精力的に海外旅行をしていたが、実は飛行機嫌いであった。1981年5月に「ヒコーキ」(『霊長類ヒト科動物図鑑』)というエッセイで、「私はいまでも離着陸のときは平静ではいられない」と書き、あまり片付けて出発すると「やっぱりムシが知らせたんだね」などと言われそうで、縁起を担いで汚いままで旅行に出ると述懐していた。
しかしながら、験担ぎも虚しくこの僅か3か月後には飛行機事故で命を落とすこととなった。

当時珍しかった留守番電話を早い時期に導入していた。
機械に慣れない人々が面白いメッセージを多く残したが、中でも秀逸は黒柳徹子で、一分/一通話のシステムでは足りなかったらしく、特有の早口で九通話連続で吹き込まれていたというものであった。
しかし用件には全く触れられておらず「後で直に会って話すわね。」という楽しいオチであったため、消去せずに保存して来客に聞かせて、もてなしの一つとしていた。


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幼少時より虫が大嫌いだった。
虫偏の漢字も嫌いだったが、唯一「虹」だけは好きだった(『クイズダービー』にてこのエピソードが出題された)。

グルメとしても有名であった。
料理も得意で自炊したが、著述活動の傍ら「女性が一人でも気軽に寄れるお店を作ろう」と、妹の和子と東京都港区赤坂で小料理屋「ままや」を開店した。

「ままや」は邦子の死後も妹の和子によって営業が続けられたが、1998年(平成10年)に閉店した。
その経緯は和子著の「かけがえのない贈り物」に詳しい。

1970年代には倉本聰・山田太一と並んで「シナリオライター御三家」と呼ばれた。


出典: 「向田邦子」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

僕は『父の詫び状』を読んだけれど、これは実に面白く読めましたよ。。。 邦子さんのお父さんは苦労人で、人の嫌がる転勤もしばしば遣ったらしい。。。 それで、邦子さんもずいぶん転校したことが書いてありました。

「父親は高等小学校を卒業したあと第一徴兵保険(東邦生命保険。現、ジブラルタ生命保険)に給仕として入社し」たと書いてありますけれど、デンマンさんのお父さんも小学校を卒業したあと忍町尋常高等小学校(現在の行田中央小学校)の給仕をしながら独学で教員検定試験を受けて18歳で先生になたのでしたよねぇ~。。。

忍町尋常高等小学校


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(このような校舎でした。 実物ではありません)

 

市庁舎、産業文化会館、体育館の北が、忍城東方の守りの内行田沼を埋め立てた地で、忍町尋常高等小学校が大正11年1月に竣工した。
だから昭和54年現在71歳の人が第1回卒業生で、20数歳の人が最後の入学生ということになるから、この忍町尋常高等小学校の大校舎を知っている人は市民に多いと思う。 (略)

教員数32名、児童数1,888名という小学校で、昭和12年星川村が合併を機に小学校が東西南北となり忍町南小学校になり、16年には忍町国民学校、22年また忍町南小学校となり、24年市制により行田市立南小学校、29年に南小学校が分離して行田市立中央小学校と名前も6回替り、現在に至っている。

玄関の前に軍艦の大砲があった。
郷土出身の小山与四郎大佐の口添えで、須加小学校と忍町小学校の2校が払い下げを受けたことを、知っている人は少なくない。

また昭和4年4月7日、今の体育館のところにロシア軍艦の11メートルの主砲で立派な表忠碑が立っていた事も、昔の語り草となってしまった。
児童数も昭和20年度には3,020人、新制中学で高等科がなくなっても、28年度は教員数67人、児童2,878人というマンモス小学校となった事も、当時の人には思い出深い事であろう。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


113-115ページ 『行田史跡物語』
著者: 大澤俊吉
1979(昭和54)年12月20日 初版発行
発行所: 歴史図書社

『行田物語 ピアノ』に掲載。
(2017年6月8日)

戦前に生まれた人は、けっこう苦労人が多いのですよ。。。 苦労した甲斐があって僕のオヤジは最後は校長先生になって退職しました。

つまり、邦子さんの父親とデンマンさんのお父さんが同じ苦労人なので、この記事を書こうと思い立ったのですか?

いや。。。 そうじゃないのです。。。 たまたまバンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら妹の和子さんが書いた姉 向田邦子の「遺書」という箇所に出くわしたというわけです。。。 赤字にした箇所に注目してください。。。

東邦生命の社長と書いてありますわねぇ~。。。

そうです。。。 東邦生命と聞いて真由美ちゃんは何か思い出すことはありませんか?

確か、亡くなったデンマンさんのお母さんは、若い頃に東邦生命の外交員をしていたのではありませんかァ~。。。

そうです。。。 頑張って成績を上げ社長賞をもらいに本社に出向いたことがあったのですよ。。。 かつて、その事で真由美ちゃんとメールで語り合ったことがあるのです。。。 覚えてますか? 次のようなメールです。。。


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 (前略)

たまたま母と話しをしていたら、“行田の伯母さん”、つまり、デンマンさんのお母さんが入院したという事を聞いたのです。
私が、「どのような人なの?」と尋ねたら、
母には、とても優しくしてくれた人だということで、とても感激して話していました。

デンマンさんに初めて電話した時に、偶然にも「お葬式まで準備していたのに、母親が奇跡的に助かって。。。」というお話を聞いて、なんだか私の心まで暖かくなるようなお話だと思いました。
デンマンさんのお母さんは 人に優しくしているので “神様”が奇跡を起こしたのではないだろうか?
私は、そんな風に考えることができました。

もともと子供の頃から、私は海外に行くことと語学に憧れを抱いていました。
それでも本当にやりたいことを自分から行動に移せず、甘えた環境でずっと生きてきた自分を、今になって改めて考えるようになりました。
やりたいことをやらないと、一生、この思いは引きずるんだろうな?

このような思いに捉(とら)われていた時に 母が“行田の伯母さん”の長男に デンマンさんという人がいて、20代でカナダに移住し、今でもカナダで暮らしているという話を初めて聞いたのです。
その時、私の中で一気に込み上げてくる思いがありました。

実際こうして、親戚の方と、海を越えて、何十年越しにコンタクトをとれるというのは、私にとって信じられないほど嬉しい事です。
デンマンさんの“海外飛躍遺伝子”の記事を読んで、なんとなく素直に信じることができました。

 (後略)

by 真由美

2014年3月25日 午後10時20分

 


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真由美ちゃん、おはよう!
さわやかにお目覚めですか?

バンクーバーの今朝は素晴らしい!。。。の一言に尽きる朝です。
気温は13度!
さわやか! すがすがしい!
しかも、快晴に近い空でした!
雲がほとんどない青空が広がっていましたよ!

ルンルン気分でスキップしたくなりましたよ!
きゃはははははは。。。


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私は毎朝4時に起きて5時に自宅を出て
車で40分くらい運転をしながら
朝日を浴びて出勤しています(*^_^*)

出勤まで結構な時間と距離があるので、大変ね。。という方もいますが、
私はこの時間が嫌いではなく、
むしろ気持ちの良い時間です(*^。^*)

 

事故に遭わないように安全にはくれぐれも気をつけてね。
僕は、もう ほとんど車を運転しません。
健康のために歩いています。
歩いて すべての用が済ませることができるマンションに住んでいるのでラッキーですよ!

毎日、図書館の往復の1時間が 楽しいです。
今朝のように、快晴の日には、マジでスキップしたくなります。 (微笑)

夕べ、図書館から帰って、夕食を食べ終えたら、お袋から電話がかかってきましたよ。
10時近かったでしょうか?

今は、介護施設「ハートフル行田」から退所して、実家でのんびりと暮らしているようです。
元気な声で話していたので、僕も安心しました。
ただ、耳が遠くなったので、僕の話は半分ぐらいしか聞き取れていないようですよ。
補聴器をつけなければと いつも言うのですが、まだ補聴器を買ってないようです。

40代の頃から腎臓が悪くて 体に“むくみ”が出ていましたからね。
子供心に、長くは生きられないようだと、悲しい気持ちで見ていたこともありました。
とにかく、よく働き、ぼくら 子供を心からよく面倒見ていましたね。

実は、お袋は小学校だけしか出てないのですよ。
旧・南河原村(現在は行田市に編入)の実家は、お袋が子供の頃にはお金に困っていた。
その当時は、どこの農家も貧しかったのです。
それで、母親の実家の遠い親戚が池袋で寿司屋さんをしていたので、
10代の頃は、僕の母親は その寿司屋さんで女中奉公をしていたのですよ。

店が忙しいときには、店の手伝いもさせられたそうです。
小学生の頃から畑仕事をさせられ、
娘時代は女中奉公。
自分の好きな事は何もできなかったそうです。

実家のために、ずっと働き通しだったそうです。
稼いだお金は、ほとんどすべて実家に入れたそうですよ。
僕の祖父(真由美ちゃんには曽祖父)が、寿司屋までお金を取りにいったそうです。

そういうわけですから、“子供には自由に人生を歩んでもらいたい。”
お袋は僕が小学校の頃から よくそう言ってましたね。
僕が、とにかく自分の好きな人生を歩んでこれたのは、そういう経緯(いきさつ)もあるのです。

要するに、「自分の自由な人生を歩む」ということは、母親がやろうとしてできなかったことです。
母親は実家のために女学校にも行けず、娘時代には女中奉公して働かねばならなかった。

たまに実家に帰って田んぼで田植えなどしていると、
お袋よりも成績が悪かった同級生の女の子が自転車に乗って行田の女学校に通う姿を見ることがある。

“どうして? どうしてなの? どうして自分は、こんな惨めな境遇に生まれなければならなかったの?”
そう思ったことも、あったと言います。
でも、そんなことを思っても、どうにもならないので、とにかく、毎日毎日、”お天道様(てんとうさま)”が見ているので、しっかり働いたと言います。

だから、僕も、母親の分まで自由に生きたいと。。。 (勝手な言い分ですが。。。)

お袋は 苦労しながら働くことに慣れていたのでしょうね。
僕が大学生当時、お袋は東邦生命の保険の外交員をやっていたのですが、
成績が全国で3番になるほどで
社長賞をもらいに、東京の本社まで出かけていったことがありました。


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旧東邦生命ビル


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3人のうちで、他の二人はファッション雑誌から抜け出てきたようなドレスを着ていたけれど、
“私が一番みすぼらしかったよ!” と苦笑していました。

贅沢する気になれば、ドレスも買えたのですが、そのような事は する気になれない人でした。
家のため。。。子供のため。。。そういう気持ちが身についてしまったのでしょうね。

“お天道様(てんとうさま)”は見ていたのですよ。
あれだけ体が弱かったお袋が これまで長生きできたのですからね。。。

そして、夕べ 僕に電話をかけてよこしたのです。
涙が出てくるほどうれしいことです。 ホント。。。

お袋が 真由美ちゃんのお母さんに優しい気持ちになれるのも、いろいろと苦労した過去があればこそです。
そういうわけですから、真由美ちゃんも“お天道様(てんとうさま)”が見ていることを忘れずに、
マイペースで、しっかりと人生を送ってね。

じゃあね。
バイバ~♪~イ。。。


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05月31日 04:16 AM

(Vancouver Time: Friday, May 30, 2014 12:16 PM)

 

 

デンマンさん、こんにちは(*^_^*)
私は仕事を終えて今日はビデオ屋さんによってから今帰宅しました。

昨日デンマンさんが送ってくれたメールの返信をゆっくりしたいと思い、今日になってしまいました。
デンマンさんがくれたメール、昨日の朝読みました。
デンマンさんのお母さんの話を、沢山してくれて、とても嬉しかったです。

そして、なぜですかね。。。
デンマンさんのメールを読んでいたら、お母様の素晴らしい人間性と、デンマンさんの、人生感、本当に感動しました。

デンマンさんのお母様は、本当に素晴らしい方ですね。
人間皆、そんな心の持ち主だったら。。。
なんて思います。

お母様の話を聞いて、もっと会いたい気持ちが膨らみました。

40代の頃から腎臓が悪くて 体に“むくみ”が出ていましたからね。
子供心に、長くは生きられないようだと、悲しい気持ちで見ていたこともありました。
とにかく、よく働き、ぼくら 子供を心からよく面倒見ていましたね。

実は、お袋は小学校だけしか出てないのですよ。
犬塚の実家は、お袋が子供の頃にはお金に困っていた。
その当時は、どこの農家も貧しかったのです。

それで、犬塚の遠い親戚が池袋で寿司屋さんをしていたので、
10代の頃は、僕の母親は その寿司屋さんで女中奉公をしていたのですよ。
店が忙しいときには、店の手伝いもさせられたそうです。

小学生の頃から畑仕事をさせられ、
娘時代は女中奉公。
自分の好きな事は何もできなかったそうですよ。

実家のために、ずっと働き通しだったそうです。
稼いだお金は、ほとんどすべて実家に入れたそうですよ。
僕の祖父(真由美ちゃんには曽祖父)が、寿司屋までお金を取りにいったそうです。

そういうわけですから、“子供には自由に人生を歩んでもらいたい。”
お袋は僕が小学校の頃から よくそう言ってましたね。
僕が、とにかく自分の好きな人生を歩んでこれたのは、そういう経緯(いきさつ)もあるのです。

要するに、「自分の自由な人生を歩む」ということは、母親がやろうとしてできなかったことです。

 

本当に素晴らしいですね。。。
苦労を沢山分かっているからこその人間性なんでしょうか。
こればかりは真似しようと思ってもきっと真似できないでしょう。
けれどもこんな母親はお手本にしたいばかりです。

 

母親は実家のために女学校にも行けず、娘時代には女中奉公して働かねばならなかった。
たまに実家に帰って田んぼで田植えなどしていると、
お袋よりも成績が悪かった同級生の女の子が自転車に乗って行田の女学校に通う姿を見ることがある。

”どうして? どうしてなの? どうして自分は、こんな惨めな境遇に生まれなければならなかったの?”
そう思ったことも、あったと言います。
でも、そんなことを思っても、どうにもならないので、とにかく、毎日毎日、”お天道様(てんとうさま)”が見ているので、しっかり働いたと言います。

だから、僕も、母親の分まで自由に生きたいと。。。 (勝手な言い分ですが。。。)

お袋は 苦労しながら働くことに慣れていたのでしょうね。
僕が大学生当時、お袋は東邦生命の保険の外交員をやっていたのですが、
成績が全国で3番になるほどで
社長賞をもらいに、東京の本社まで出かけていったことがありました。

3人のうちで、他の二人はファッション雑誌から抜け出てきたようなドレスを着ていたけれど、
“私が一番みすぼらしかったよ!” と苦笑していました。
贅沢する気になれば、ドレスも買えたのですが、そのような事は する気になれない人でした。
家のため。。。子供のため。。。そういう気持ちが身についてしまったのでしょうね。

“お天道様(てんとうさま)”は見ていたのですよ。
あれだけ体が弱かったお袋が 長生きしているのですからね。。。

そして、夕べ 僕に電話をかけてよこしたのです。
涙が出てくるほどうれしいことです。 ホント。。。

 

デンマンさん…

私はこの記事を読んで朝から泣きました。


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でもその涙はとっても気持ちのよい涙で。。
心が晴れたように、とても澄んだ気持ちになりました。
お話して下さって、本当にありがとうございます。

 

お袋が 真由美ちゃんのお母さんに優しい気持ちになれるのも、いろいろと苦労した過去があればこそです。
そういうわけですから、真由美ちゃんも”お天道様(てんとうさま)”が見ていることを忘れずに。。。


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デンマンさんのこの言葉で、私は朝から頑張ろう!っと気持が漲ってこれました。
デンマンさんのお母様は、お天道様のような人ですね。

本当にお会い出来る事を楽しみに、というより、
逢えるということに感謝です。。。

では、デンマンさんも
お気をつけてウオーキングに読書、楽しんで下さいね(*^_^*)


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2014年06月01日 18:26

 

 

真由美ちゃん、おはよう!
今朝のバンクーバーはすがすがしい、素晴らしい天気です。

マジで、ルンルン気分でスキップしたくなりました。
お天道様が、ニコニコしながら見ていましたよ。
きゃははははは。。。

 

デンマンさんこんにちは(*^_^*)
私は仕事を終えて今日はビデオ屋さんによってから今帰宅しました。
昨日デンマンさんが送ってくれたメールの返信をゆっくりしたいと思い、今日になってしまいました。

デンマンさんがくれたメール、昨日の朝読みました。
デンマンさんのお母さんの話を、沢山してくれて、とても嬉しかったです。
そして、なぜですかね。。。

やっぱり、血のつながりでしょうねぇ。
この事については記事にも書いたのですよ。


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真由美ちゃんと電話で話したこと、メールの内容なども拝借して記事の中で使っています。
真由美ちゃんは、まだ読んでないかも。。。?

やっぱり、真由美ちゃんがカナダに住んでいる僕に関心を持ったということは、
“血のつながり”と共に“生き方”を同じくする者という共感もあるのでしょうね。
それで、僕も 真由美ちゃんに対して“身内の話”もしたくなるのですよ。

 

デンマンさんのメールを読んでいたら、お母様の素晴らしい人間性と、デンマンさんの、人生感、本当に感動しました。
デンマンさんのお母様は、本当に素晴らしい方ですね。
お母様の話を聞いて、もっと会いたい気持ちが膨らみました。

デンマンさん、、
私はこの記事を読んで朝から泣きました。

でもその涙はとっても気持ちのよい涙で。。。
心が晴れたように、とても澄んだ気持ちになりました。

そうですか。。。そうですか。。。

実は僕自身も、メッセージを書きながら、お袋の30代や40代の頃の面影がオツムに浮かんできて、思わずホロリとする瞬間がありましたよ。
でも、電話では、母親は 昔の苦労話や、悲しかった事などはおくびにも出しませんでした。

初めから、お互いに元気であることを喜び、声が聞けたことに感謝して、笑い転げながら話しましたよ。
実に、愉快な人です。

真由美ちゃんも、僕のお袋と話せば、面白い楽しい人だということが すぐに解りますよ。
でも、内面には、ずいぶんと苦労して耐え抜いてきた悲しみを持っている人です。

 

デンマンさんのこの言葉で、私は朝から頑張ろう!っと気持が漲ってこれました。
デンマンさんのお母様は、お天道様のような人ですね。

本当にお会い出来る事を楽しみに、というより、
逢えるということに感謝です。。。

では、デンマンさんも
お気をつけてウオーキングに読書、楽しんで下さいね(*^_^*)

真由美ちゃんも、今日一日、素晴らしい日になるように、ルンルン気分で過ごしてください。
じゃあね。
バイバ~♪~イ。。。


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06月02日 03:48

(Vancouver Time: Sunday, June 1, 2014 11:48 AM)

 

 

デンマンさん!こんにちは(‐^▽^‐)!
今日、芳江さんに会ってきましたよー!!
もぅ、話したい事が沢山あります!o(〃^▽^〃)o

昨日から、私の母の実家に泊りに来たので、
今日、芳江さんのところにお邪魔しようと思って、午前中に、自宅の方に連絡を入れてみたところ、
正造さんが出まして、お伺いしますと伝えたら、
正造さん自身は出掛けてしまうけども、
「母と次兄がいます」と言って電話を切ったら、すぐに、芳江さんからまた電話をいただいて、
ご自分は「耳が遠いもんで。。。、でも、来てくれるのを楽しみにしていますよ」、と言ってくれました。

それから母とすぐに向かい30分くらいで芳江さんの家に着き、玄関の扉が開いて、その先には車椅子が置いてありました。
茶の間の椅子に腰掛けている芳江さんにお会いして、その元気さと若さにびっくりしました!

自分では「少しボケてしまってね〜(笑)」なんて言っていたけど、
全然そんなことなく、はっきりとお話されていました!

芳江さんに、デンマンさんとよく連絡をとっている事
カナダの事についてデンマンさんがいろいろと相談、
協力してくれている事、カキフライの話。(笑)
とても嬉しそうに聞いてくれました。(-^□^-)

私の母とも、昔のトモエおばさんの話をしたり、
親戚の人たちの話をしていましたよ(‐^▽^‐)

デンマンさんの話になった時には、
デンマンさんが病院を変えてくれて、「どうにか生かせてくれ!」と言ってくれたんで、今こうして生きてるんですよ。
そのように話してくれた時には母と涙をこらえましたよ(‘-^*)/。。

ベーグルも食べて貰いたくて持っていきました(*^▽^*)
喜んでくれました!


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母が介護の仕事をしていますが、芳江おばさんの歳であそこまで綺麗な健康な自分の歯なのは、本当に珍しいですよ!とびっくりしていました!
喜代司(きよし)さんは わたしたちが話しているのを、隣でずっと聞いていましたよ。

芳江さんがお昼の時間をすごく気にしてくれていて、
何も用意していなくてすまません。と(。>0<。)

「近くに美味しい親子丼があるから、そこのでも食べるかい」、などと気を使ってくれました。
わたしと母もそろそろお邪魔するとこだったので
「芳江おばさん、本当にお気遣いなく。。。」
と言って、1時間くらいお話をしてきました。

もっと沢山お話したかったくらい、本当に穏やかで
素敵な方でした。
そして素敵な時間でした。

デンマンさんは帰ってくると「いろいろ連れてくれて いろいろ食べさせてくれる」と嬉しそうに話していました。
また10月にでもデンマンさんが帰くる時には
また遊びに来ますと伝えてきました(=⌒▽⌒=)

帰りに芳江おばさんと写真をとりました^ – ^
母と、私と一枚ずつ。(‐^▽^‐)
わたしは何故だか涙が溢れてきちゃって。(ノ◇≦。)


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芳江さんは 「せっかく来てくれたのに、お構いできなくて、すみませんね」、と何度も何度も気にされていて、
帰ってしまう私達を玄関の奥で手を振って見送ってくれました。
また涙です(笑)

母と帰りの車の中で、芳江おばさんと会えて、よかった。
本当によかったねと。
話しながら帰ってきました。

ちょうど母と到着した頃、芳江おばさんからおばあちゃんの家に電話を頂きました。
今日はありがとうございましたとの事で、
わたしのおばあちゃんと少しお話をされていました。^ – ^!

本当に今日は素敵な素敵な日でした。
今も芳江おばさんの笑っている笑顔が頭に焼きついていますよ。

とっても優しくて、とっても可愛らしくて素敵な方でした✨
また会えるのが本当に楽しみです^ – ^!!

デンマンさんがこのメールを開く頃にはちょうど、わたしは夢の中ですが(笑)
今日はとてもよい夢を見れそうです。✨
ありがとうございました^ – ^!

わたしもカナダ就職に向けて、一歩一歩がんばりますね!
デンマンさん、よろしくお願いします☺️


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真由美より

2014年06月16日 17:35

 

真由美ちゃん、おはよう!
元気で会えて良かったね。

芳江母も 生きていて良かったと幸せを感じたことでしょう!
僕も涙が出てくるほどうれしいですよ。

 

自分では「少しボケてしまってね〜(笑)」なんて言っていたけど、
全然そんなことなく、はっきりとお話されていました!!

病気は気からと昔の人は言いましたが
気分がいいと、気持ちもしっかりするものですよ。

僕がお袋と話をすると、
たまに会うものだから話が尽きないのですよね。

それに昔話だとかお袋の若い頃の話をしますから、
お袋の気持ちが次第に若返って、二人で笑い転げるのですよ。

すると、お袋は言うものです。
「あれっ。。。起きた時には頭痛がして、気分が悪かったのに、
あんたと話していたら、ずいぶん笑ったせいか朝の気分の悪さも、頭痛もすっかり飛んでしまったよ。。。
やっぱり、病気は気からと言うけれど、笑って暮らさないと駄目なんだねぇ~。。。」

正に、そのとおりだと思いますよ。

 

芳江さんに、デンマンさんとよく連絡をとっている事
カナダの事についてデンマンさんがいろいろと相談、協力してくれている事、カキフライの話。(笑)
とても嬉しそうに聞いてくれました。(-^□^-)

私の母とも、昔のトモエおばさんの話をしたり、
親戚の人たちの話をしていましたよ(‐^▽^‐)

デンマンさんの話になった時には、
デンマンさんが病院を変えてくれて、「どうにか生かせてくれ!」と言ってくれたんで、
今こうして生きてるんですよ。

。。。と話してくれた時には母と涙をこらえましたよ(‘-^*)/。。

うん、うん、うん。。。
母が幸せを感じている姿が目に見えるようですよ。
真由美ちゃんと、とも子さん母娘に会えて、お袋も久しぶりに楽しいひと時を過ごしたことでしょう。

母親の病気が重くなっていると、親戚の皆さんが感じているので、尋ねて来る人も少なくなっているのですよ。。。
だから、たまに親戚の人が見えると、お袋も気分がいいのですよ。

 

ベーグルも食べて貰いたくて持っていきました(*^▽^*)
喜んでくれました!


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母が介護の仕事をしていますが、芳江おばさんの歳で
あそこまで綺麗な健康な自分の歯なのは、本当に珍しいですよ!とびっくりしていました!

確かに、あの年で“自分の歯”を持っている人は珍しいでしょうね。
30代、40代の頃には 母は体が弱かったけれど、もともと健康体で生まれてきたのですよ。

母親の上に、先に生まれた二人の男の子が 幼くして亡くなっているのです。
女の子は男の子よりも健康に生まれてくると言いますよね。
だから、一姫二太郎と言うのですよ。

つまり、初めに生まれてくる子は女の子の方がいいのですよ。
健康で育てやすいから。。。

子供の頃から無理して働いたので、母は、体を壊してしまったのです。
でも、もともと健康体だから、僕ら子供たちは、母親からは、健康に生まれたのですよ。

その証拠に、僕は 小学校3年生を最後に、医者にかかったことがない。
未だに、医者に診てもらったことがないほど健康なのですよ。

 

もっと沢山お話したかったくらい、本当に穏やかで
素敵な方でした。そして素敵な時間でした。

デンマンさんは帰ってくるといろいろ連れてくれていろいろ食べさせてくれると嬉しそうに話していました。
また10月にでもデンマンさんが帰くる時には
また遊びに来ますと伝えてきました(=⌒▽⌒=)

うん、うん、うん。。。
母も、きっとその事を楽しみにしていますよ。
また、寿命が延びるでしょう。 (笑)

 

帰りに芳江おばさんと写真をとりました^ – ^
母と、私と一枚ずつ。(‐^▽^‐)
わたしは何故だか涙が溢れてきちゃって。(ノ◇≦。)

母も、きっと幸せをかみ締めて喜んでいたことでしょう。
ほんとうに、ありがとう!

 

本当に今日は素敵な素敵な日でした。
今も芳江おばさんの笑っている笑顔が頭に焼きついていますよ。

とっても優しくて、とっても可愛らしくて素敵な方でした✨
また会えるのが本当に楽しみです^ – ^!!

デンマンさんがこのメールを開く頃にはちょうど、わたしは夢の中ですが(笑)
今日はとてもよい夢を見れそうです。✨
ありがとうございました^ – ^!

はい、はい、はい。。。
こちらこそ、ありがとうございました。

真由美ちゃんも、元気で また、ルンルン気分でベーグルを焼いてください。
10月に会えるのを楽しみにしています。
じゃあね。
バイバ~♪~イ。。。


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2014年06月17日 02:58

(Vancouver Time: Monday, June 16, 2014 10:58 AM)


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【デンマンの独り言】


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真由美ちゃんは、ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいました。

去年(2016年)の9月に卒業式を終えて、
現在、バンクーバー市内の旨いベーグルを提供するカフェ・レストランで働いています。

忙しい時間を割いて、真由美ちゃんも僕の母親の葬式には参列してくれました。

学生時代には、先生やクラスメートとの英会話には、まごつくことがあったそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 6人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


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上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


(hand.gif)

If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:


(santa85b.jpg)

『サンタ マユミちゃん』

『お汁粉@海外』

『お汁粉@カナダ』

『支払いでトラブル』

『風邪で甘えてる場合じゃねぇ~!』

『バレンタインのお菓子』

『結婚、仕事、人生』

『命の力だね』

『英語と真由美ちゃん』

『海外に目を向ける』

『カーネギーホールじゃないよ』

『やる気があれば道は開ける』

『ニャンニャンと人生』



(spacer.png+betty5de.gif)
(hiroy2.png+betty5d.gif)
『スパマー HIRO 中野 悪徳業者』

 


(juneswim.jpg)

『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』

『日本で再会』


(utsunomiya10.jpg)

『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』


(biker302.jpg)

『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』

『パン職人修行』

『タイムマシーン』

『ルンルンdeサルサ』

『天国のワンちゃん』

『万の風になって』

『プロシュット』


(juneswim.jpg)

『なせば鳴る音楽』

『日本人女学生行方不明』

『日本人女学生死亡』

『ガレット』

『那須高原の紅葉』

『希望とロマン』

『錯視 錯覚』

『マンボ@バンクーバー』

『オリーブオイル』

『スコーンとプディング』

『5月のロブソン』

『病院食の間違い』

『プレミアム・ジャパン』

『自然の摂理を無視すると…』

『夢のデニッシュ・悪夢のマーガリン』

『パリ風カフェ』

『どこか狂ってるわ』

『行田遠野物語』

『行田物語 ピアノ』

『行田物語 猫』

『行田物語 母の懐』

『行田物語 ケネディ暗殺』

『行田物語 病院食』

『行田物語 お股の花々』

『晩香坡物語 ジャズ』

『行田物語 悪夢』


(surfin2.gif)


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天の川の思い出

2017年7月14日

 

天の川の思い出

 


(tenriver6b.jpg)


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デンマンさん。。。 また“天の川”ですかァ~。。。


(kato3.gif)

いけませんか?

だってぇ~、2度、3度と同じ話題を持ち出したら、デンマンさんのブログの常連さんでも退屈しますわァ~。。。

確かに、同じ話題が続けば退屈するかもしれません。。。 でもねぇ~、僕は常連さんが退屈するような記事は書かないつもりです。。。

つまり、今日の天の川の思い出は楽しくて、面白くて、退屈しないのですかァ~?

当たり前田のクラッカー!

デンマンさん!。。。 1世代も2世代も前のギャグを出さないでくださいなァ~。。。 若いネット市民の皆さんには、いったい前田のクラッカーがどういう意味なのか全く理解に苦しむと思いますわァ~。。。

分りました。。。 古臭いギャグは脇に置いて。。。、じゃあ、さっそく次のリストを見てください。。。 


(liv70712a4.png)


『拡大する』

『天の川de思い出』

これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の7月11日の午後1時から午後6時25分までの約5時間半の「生ログ」の一部です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目して欲しいのです。

あらっ。。。 7月11日の午後1時15分に デンマンさんが7月9日に投稿した『天の川de思い出』を読んだのですねぇ~。。。

そうです。。。 神奈川県の平塚市に住んでいる天野 亜莉沙(あまの ありさ)さんが読んだのです。。。

上のリストに出ている写真の女性が、『天の川de思い出』を読んだ天野 亜莉沙(あまの ありさ)さんなのですか?

そうです。。。 IPアドレスを調べたので、その結果を見てください。。。


(ip19231bx.png)

『拡大する』

あらっ。。。 おきれいな方ですわねぇ~。。。 デンマンさんのブログにやって来る女性は、どうして皆さん おきれいな方ばかりなのですかァ~?

僕自身がきれいな女性が好きだからです。。。。 (微笑)

でも。。。、きれいな女性だけがデンマンさんのブログにやって来るというのは不自然じゃありませんか?

あのねぇ~、写真を加工してコラージュしながら美人に変身させてネットで公開しているのですよ。。。 こうすれば、本人が見ても美人になっているから喜びます。。。 しかも、身元がバレませんからねぇ~。。。

。。。で、下のリストの赤いアンダーラインが引いてあるリンクをクリックすると どのページが現れるのですか?


(liv70712aw.png)


『拡大する』

『天の川de思い出』

次のページが表示されます。


(mur70712a.png)


『拡大する』

『実際のページ』

あらっ。。。 ずいぶんとゴテゴテしたページが出てきましたわねぇ~。。。 これは、どういうページですか?

「にほんブログ村」の「海外美女・海外美少女 記事画像(新着順)」のページですよ。。。 天野 亜莉沙(あまの ありさ)さんは上のページの赤枠で囲んである⑥番の写真をクリックしたのです。。。

するとデンマンさんの“徒然ブログ”の『天の川de思い出』の記事が開くのですか?

そういうことです。。。


1) 2017年07月12日


(tubu02.jpg)

『Hiro 中野 せどり 悪質』


2) 2017年07月11日


(fukiage7.jpg)

『夫婦de風呂』


3) 2017年07月11日


(vienna9.jpg)

『じょんば』


4) 2017年07月10日


(tengu52.jpg)

『増長慢』


5) 2017年07月10日


(aodori.jpg)

『ドンちゃん騒ぎ』


6) 2017年07月09日


(tenriver3.jpg)

『天の川de思い出』


7) 2017年07月09日


(breakup5.gif)

『恋人のタイプ』


8) 2017年07月08日


(attend01b.jpg)

『日航スチュワーデス』


9) 2017年07月08日


(wren02.jpg)

『若いツバメ』


10) 2017年07月07日


(costa04b.jpg)

『おばさんパンツ@サンホセ』


11) 2017年07月07日


(cosplay2.jpg)

『あなたの出世』


12) 2017年07月06日


(laugh16.gif)

『Hiro 中野 せどり 悪徳』


13) 2017年07月06日


(cute306.jpg)

『内緒よ』


14) 2017年07月05日


(badream2.jpg)

『行田物語 悪夢』


15) 2017年07月05日


(5men5.gif)

『叱りつける』


16) 2017年07月04日


(ca150a.jpg)

『晩香坡物語 生誕150年』


17) 2017年07月04日


(girl202.gif)

『ちょっと太った』


18) 2017年07月03日


(diaryuso2.jpg)

『嘘を書く日記』


19) 2017年07月03日


(sylvia14.jpg)

『この最古の映画』

 

これだけ興味深いたくさんの写真から、天野 亜莉沙(あまの ありさ)さんは次の写真を選んで『天の川de思い出』を読んだわけなのですよ。

 

6) 2017年07月09日


(tenriver3.jpg)

『天の川de思い出』

 

上の写真を見て天野 亜莉沙(あまの ありさ)さんは すぐに“天の川”を連想したのです。。。 つまり、天の川の思い出があるからですよ。。。

どのような思い出ですか?

あのねぇ~、亜莉沙さんは“何のために生きるのか? 自分のこれから歩む道は。。。?”という思いで 飛騨の山奥の秘境に旅をしたのです。。。


(bern03b.jpg)

これが そのときの写真ですか?

そうです。。。 ついでに 下の写真も見てください。


(seawall812d.jpg)

僕が重井出 亜由美(おもいで あゆみ)さんのワンピースのポケットの中に入っているのですよ。。。

重井出 亜由美(おもいで あゆみ)さんは『天の川de思い出』の記事の中に出てくる女性ですわねぇ~。。。

そうです。。。

つまり、天野 亜莉沙(あまの ありさ)さんも、デンマンさんのブログの常連さんの一人だと言いたいのですか?

その通りですよ。。。 “天の川”の写真の女性のポケットの中に僕が入っていたので、文句なしに その写真をクリックして記事を読んだわけです。。。

。。。で、亜莉沙さんの天の川の思い出とデンマンさんが 何か関係あるのですか?

あのねぇ~、亜莉沙さんは かつて僕の次の記事を読んでいたのです。。。

北極の原野での孤独

 


(nlight01.jpg)

 

本当に孤独になって寂しくなると、死ぬなんてことは全く頭から消えうせてしまうものですよ。むしろ本能的に生きようとするすさまじいまでの生に対する執着にとらわれるものですよ。

どういうことですか?

北極の原野に一人で置き去りにされた事を考えてみてくださいよ。寂しいなんて言っているどころじゃない。その瞬間から生きなければならない。腹をすかせたハスキー犬が牙をむいて襲い掛かる。グリスリー・ベアに出会えば、命はないと思わなければならない。

デンマンさんは、北極の原野に放り出された事でもあるのですか?

もちろん、ありませんよ。でも、僕の宿舎から5分も歩くと人の姿は見えませんでした。30分も歩いたら、そこは上の写真のような原野ですよ。野生化したハスキー犬が獲物を狙い、牙をむいて近づいてきますよ。

ハスキー犬って何ですか?

狼と犬の混血だと言われています。だから野生化したハスキー犬は人も襲いますよ。

怖いでしょう?

怖いなんてものじゃない。ハスキー犬の群れに襲われたら命がありませんよ。

それでハスキー犬に出会ったことでもあるのですか?

ありますよ。僕は2週間ほど休みをとって夏、北極の原野を歩きましたよ。せっかくイエローナイフに行ったのですからね。もう2度とそういう経験は出来ないと思いましたからね。

それで怖い思いをなさったのですか?

“怖い思い”と言っているうちは本当に怖くはないんですよ。

どういうことですか?

僕は“野生化する”という意味が初めて分かりましたよ。野生化するということは一口で言ってしまえば“死と隣り合わせ”で生きるということなんですよ。常にビクビクしていなければならない。感覚が研ぎ澄まされている。ライフルを背負っていないと安心していられない。

ライフルって、。。あの~。銃、。。。鉄砲のことですかあああ?

そうですよ。カップヌードルじゃないですよ。常に身を守る事を考えていますよ。ハスキー犬でもただの野犬でも、飛びかかって来る前にライフルを構えなければならないから、つねに辺りに気を配っていますよ。あんなに音に敏感になれるとは思ってもみませんでしたよ。葉っぱが擦れ合う音にさへ最初のうちはビクッとしましたよ。

それでどのような怖い思いをしたのですか?

夜でも横になっては寝られなかったですよ。

どのようにして眠るのですか?

座って寝るんです。とても横になって寝る気になれませんでしたよ。リュックを背にしてライフルを抱くようにしながら眠るんですよ。熟睡できない。1時間半から2時間おきに目が覚めますね。

それで。。。?

遠吠(とおぼ)えなんかが聞こえると実に嫌なものですよ。“お~い、獲物が居たぞォ~、みんなで襲おうじゃないかァ~~”そう仲間に呼びかけているように聞こえてくるんですよ。

それで。。。

よく西部劇で獣を寄せ付けないために一晩中火をたきながら眠るシーンがありました。でもね、あんな事は出来ませんでしたよ。

どうしてですか?

燃やす薪(たきぎ)がすぐになくなってしまうんですよ。上の写真で見るように森なんてありませんからね、潅木がチラホラ程度ですよ。燃やすものがなくなって火が消えて真っ暗になります。そういう時にオーロラが頭上を神秘的に踊っている。まさに踊っているようにサラサラ動いている。ゾォ~~とするような美しさですよ。でも、いつまでもボケーと見上げているわけにはゆかない。コソッとでも物音がしようものならすぐにライフルを引き寄せて構えますよ。最初のうちは、珍しいから撃ちたくってバンバン引き金を引きましたが、そのうち弾(たま)が減ってくるから、そうやたらに撃てなくなる。弾が無くなった時が僕の命が無くなる時ですよ。

それで。。。

最初の夜などは、かなりぶっ放しましたが5日ぐらい経つとライフルを撃つ事も面白くなくなる。それよりも弾の数が減ってくる事の方が心配になりますよ。

それで。。。

とにかく、近くにセブンイレブンはないんですよ。自動販売機もないんですよ。公衆電話もないんですよ。人っ子一人居ないんですよ。短波放送を聞く気になれば聞く事が出来ますが、ラジオなんかかけていたら、獣の物音が聞こえなくなる。ハスキーの群れに襲われたら、命は無いんですよ。耳を澄まして物音だけに神経を集中しますよ。そういう時には寂しいなんて気持ちにはならないものですよ。早く夜が終わってくれないか。そればかりを考えている。気を紛らせることができるのはオーロラを見上げる時ぐらいです。

それでどういう怖い事があったのですか?

1週間ぐらい経った頃ですかねぇ~。僕はもうやたらにライフルを撃たなくなりました。ある程度物音にも慣れてきました。“殺気”という言葉を聞いた事があるでしょう? 僕は初めてそういう経験をしましたよ。あれは、野生化した僕が本能的に感じたものだと思うんですよ。理屈ではどうにも説明できないんです。確かに物音を感じた。でも、それが獣だか潅木の葉っぱが擦れ合う音なのか?あまりはっきりしなかった。 とにかく“やばい”という胸騒(むなさわ)ぎがして僕はライフルを引き寄せてテントの入り口から外をソッとうかがった。

何が居たのですか?

目が2つ光って僕を見ているんですよ。ゾォ~としましたね。僕は引き金に手をかけていましたが撃つ気になれない。

それは何だったのですか?

おそらくハスキー犬か野犬でしょうね。瞬(まばた)きもせずに僕の方をジィ~と見ているんですよ。最初の夜だったら、僕は間違いなく、すぐにぶっ放していましたよ。でも、“殺気”はそれまでなんですよ。僕はもう怖さはない。すぐ撃てるからですよ。僕はブルックリンで人間の返り血を浴びた事があるから、結構そのような度胸はついている。“かかってくるなら来い、ぶっ放してやるだけだ!” そう思いながら僕も睨(にら)みつけましたよ。僕の目もおそらくオーロラの光を受けて光っていたでしょうね。僕には5分ぐらいに感じられたけれど、それ程長い間のことじゃなかったでしょう。とにかく、にらみ合いの挙句、その獣は諦めたようにクルッと身を翻(ひるがえ)すと帰っていきましたよ。

デンマンさんは撃たなかったのですか?

“殺気”が消えていたんですよ。喧嘩した後、さっぱりした気持ちになるでしょう。あの気持ちなんですよ。動物同士だって勝ち負けがついたら相手を殺さないものですよ。

それで、その夜はそれ以外には何もなかったのですか?

何もなかった。もうその獣はやって来ませんでしたよ。

それで、デンマンさんの寂しさって何ですか?

つまり、人間が野生に返って生きるなら、寂しさを感じている暇がないんですよ。僕はしみじみとそう感じたものですよ。そしてあの朝を迎えた時のなんとも言えない幸せな気分。僕はお日様に向かって感謝し、祈るような気分になりましたよ。


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“あああ。。。お日様さん、ありがとうございます。夕べも無事で命に別状はありませんでした。今夜もよろしくお願いします。どうか僕をお守りください” 朝日を浴びながら、実際そう思ったものですよ。レンゲさんに、この僕の伝えようとしている気持ちが分かりますかあああ?


『群衆の中の孤独!寂しくって死んでしまいたい』より
(2005年12月31日)

『愛と性の秘められた物語』より
(2017年1月23日)

デンマンさんがイエローナイフで過ごした時のエピソードを亜莉沙さんが読んでいたことと天の川の思い出と どういう関係あるのですか?

だから、飛騨の山奥の秘境で 亜莉沙さんはテントを張って一夜を一人で過ごしながら、ふと僕が書いた上の手記を思い出したのです。。。 別に野犬が吠えたわけではないけれど、ふとテントの外に出てみると、天の川が頭上にキラキラと光り輝いて流れているようだった。


(tenriver6b.jpg)

それで、その時の光景が 未だに亜莉沙さんの思い出の中にくっきりと浮かび上がっていると言うのですか?

そうです。。。 小百合さんは、感動的だと思いませんかァ~?

もし私が一人で苦労しながら飛騨の山奥に分け入って、テントを張って一人で真っ暗な夜を過ごす。。。 夜中に、ふと外に出てみると、天の川が手で届くような近さでキラキラと流れている。。。


(tenriver5b.jpg)

そういう体験があれば、感動的な眺めかもしれませんけれど、残念ながら私には、そのような経験がないのですわァ~。。。

でも。。。、でも。。。、自分を見つめ、自分を探すたびに出て、そのような光景に出くわしたら、感動的だと思いませんかァ?

そうですわねぇ~。。。

あまり感動的な言葉ではありませんねぇ~。。。 分かりました。。。 今年の秋、日本へ帰省したら 小百合さんと二人で飛騨の秘境に行き 天の川を眺めましょう! そうすれば、小百合さんにも、この感動が味わえると思うのですよ。。。


(laugh16.gif)

【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~~

小百合さんがデンマンさんと一緒に飛騨の秘境に行くわけがありませんわァ~。。。

天の川を見るためだけに飛騨の山奥に入ってゆくなんて、ミーちゃん、ハーちゃんだってぇ、絶対にありえないことですわァ。

信じられないことです。

あなただってぇ、そう思うでしょう?

では、天の川が出たついでに、夜空の星を眺めるような

ロマンチックな曲を あなたのために貼り付けますので、

ぜひ 聴いてくださいまし。。。


(whitecliff.jpg)

いかがでしたかァ~。。。?

ところで、小百合さんが「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのですわァ。

なぜ。。。?

ご存知でござ~♪~ますか?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉

軽井沢のイルミネーション

秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩

とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。
だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。
じゃあねぇ~~。


(hand.gif)


(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

「上を向いて歩こう」がアメリカで人気が出るきっかけは

何だったのでしょうか?

通説によると、1963年の春、

アメリカ西海岸のローカルラジオ局のDJが、

異国情緒を味わってもらおうと、たまたま手元にあった

日本の曲をオンエアーしたところ、

リスナーからリクエストが殺到したために

人気に火がついたと言われています。

果たして、その話はどこまで本当なのでしょうか?

アメリカで「上を向いて歩こう」をシングルとして

最初に発売したレコード会社はキャピトルです。

同じ時期にキャピトルはイギリスの親会社であるEMIが

ビートルズのシングルを出すようにと要請してきたのです。

ところがアメリカでは人気が出ないと断っているのですね。

では、いったい誰が「上を向いて歩こう」をシングルとして

発売したのでしょうか?

その発売を決定した人の名前が

デンマンさんが描いた次のチャートに出ています。


(qchan90.gif)

デイブ・デクスター・ジュニアさんなのです。

「A&Rマン」と言われていた人で、

売れる可能性のあるアーティストを発掘し、契約を結び、

制作を担当する仕事をしていた人です。

ローカルラジオ局のDJからある日電話がかかってきて

「上を向いて歩こう」が人気が出ていると聞いて、

さっそく自分でも聞いてみたそうです。


(qchan03.jpg)

九ちゃんが日本語で歌っているので

詞の内容は理解できなかったけれど、

これならイケそうだと直感して売り出すことに決めたそうです。

つまり、ビートルズの曲はヒットしないと蹴ったけれど、

九ちゃんの「上を向いて歩こう」は直感的に

ヒットすると思ったのだそうです。

ところで、デンマンさんが小百合さんの記事をまとめて

次のサイトを立ち上げました。

時間があったら下のリンクをクリックして覗いてみてくださいね。

『夢とロマンを持って前向きに生きる

小百合さんの物語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


(ebay5.jpg)


(byebye.gif)

増長慢

2017年7月10日

 

増長慢

 


(tengu52.jpg)


(tengu51.jpg)


(ireba03.jpg)


(laugh16.gif)

丸亀城


(marugame.jpg)

 

海抜80メートルの小山をそのまま利用して築かれた丸亀城は、造形美の粋をこらした城壁の石垣で名高い。
石垣は、花崗岩の切石を巧みに積みあげたもので、2段、3段の層をなし、山腹を螺旋状に包みこんでいる。

また“扇の勾配”と呼ばれる二の丸の清正流三日月形の石組みは、その名の如く、ひらいた扇のようなゆるやかな曲線を描き、城全体に雄大さと優美さをかもしだしている。

この石垣には、石工・羽重 重三郎の哀話が残されている。
石垣を築くことにかけては名人とうたわれた重三郎は、その名声により、時の領主・生駒親正(いこま ちかまさ)に召しだされ、期待通りの腕をふるって石垣を完成させた。

ある日巡視にきた親正は、高々と聳(そび)えたつ峻険な石垣の出来栄えに感嘆し、
「この石垣を乗り越えるものは、空飛ぶ鳥のほかにはあるまい」
と大いに賞賛した。

有頂天になった重三郎は、うかつにも、
「私ならば、これ一本で登ってみせまする」
というや、かたわらにあった一尺あまりの鉄棒を切石の割れ目にはさみ、するすると頂上までかけ登ったかと思うと、また鉄棒を巧みにあやつって難なく地上におり立ったのである。

唖然とした親正は、その場ではともかく重三郎を誉めたたえたものの、内心では、この者を生かしておいては万一敵に通じた場合、要害堅固を誇る城も危険にさらされるに違いないと胸さわぎを覚えた。

 


(idosoko2.jpg)

 

その夜、親正は重三郎に場内の井戸の底を調べるように命じ、、上から石を落として殺してしまったという。

この話は、とかく増長慢(ぞうちょうまん)になりがちな人間の弱点を戒める教訓として、今日まで伝えられている。

 


(nihonsiro2.jpg)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


231-232ページ 『日本の城ハンドブック新版』
監修者: 小和田哲男
2005年11月3日 第1刷発行
発行所: 株式会社 三省堂


(ohta03.png)

デンマンさん。。。、どういうわけで“増長慢”にオイラを呼び出したのですかァ~?


(kato3.gif)

あのさァ~、オマエは“増長慢”という言葉の意味を知っているよなァ~?

当たり前でしょう! オイラはこう見えても早稲田の理工学部で数学科に籍を置いて優秀な成績で卒業したのですよ。。。増長慢の意味ぐらい知ってますよ。。。

だったら、意味を言ってごらんよ!

“増長慢”とは、仏教用語であり、「増上慢」と言う人も居ますよ。 意味は、己が悟ったと錯覚し、まさに増長して鼻高々に陥ることです。。。 そのことを持って天狗の鼻は高くなり、「天狗になる」などという言葉も出て来たのです。

オマエは、マジで知っているんだねぇ~。。。

この程度のことは常識ですよ。。。 「増長」とは、思い上がること。 つけあがることですよ。。。 「慢」は、当然、自慢していい気になることです。。。

じゃあ、オマエは、この言葉を聞いて 何か心当たりがあるだろう!?

。。。ん? つまり、オイラが“増長慢”だ、とデンマンさんは断定するのですかァ?

僕が そう断定すると、何か都合が悪いことでもあるのォ~。。。

お言葉ですが、オイラは自分では 一般的な日本人と比べても とりわけ謙虚だと自負しています。。。 うへへへへへへ。。。

オマエは、寝て起きたばかりじゃないよねぇ~。。。

いえ。。。 起きてからすでに半日が経過してますがァ~。。。 オイラが、何か寝ぼけた事を言っているとデンマンさんは妄想したのですかァ~?

あのさァ~、オマエは最近 物忘れが激しくなっただろう?

確かに、日本語が通じなくなってから久しい家内が、時たま そのようなことを口にすることがあります。。。

悪い事は言わないから、近くの高齢者専門のお医者さんに診てもらったほうがいいよ。。。

どうして、そのような事をデンマンさんは言うのですか?

オマエは、恥ずかしげもなく次のような事を 最近、ネット市民の皆様を前にして公開したのだよ。。。

言葉 - この世話がやける手段

F. M. 様

ご無沙汰をしております。お元気でご活躍かと思われますが、その後、F. M. さんは如何お過ごしですか。
引退は、まだ遠いことなのでしょうか。F. M. さんの近況を知らせて頂けませんか。

…(中略)…

以前に、F. M. さんから、私は読者に親切でないから、と書かれてきたのですが、他の人からも指摘されたことに外来語をカタカナで書かないこともあったのでしょう
(私も一方では、ドストエフスキーについて書くときに限って、ロシア文字を書けないので、カタカナを使わざるを得ない、という不徹底さがあり、残念に思っていますが、しかし、日本で働いていたときでも、外来語がラテン文字である限りは、alphabetを混えて技術書を書いておりました。別に誰からもひんしゅくをかいませんでしたが、皆が呆れて諦めていたのでしょう)。

日本では、何故か、英語では、二重母音を長母音(例を挙げればきりがないのですが、informationをインフォメーション)などの理解できない慣例が多く、ドイツ語では母音が続かないときの子音は無声音であるはずなのに(例として、Burgmuelerをブルグミューラア、また、この例では最後のアは不要でしょう)、などの妙な慣習(更なる例として、Schweizerをシュワイツァー、ドイツ語でのwは英語やフランス語のvの発音)が観られますね。
漢字、平仮名、カタカナ、アラビア数字混じりの現代の日本文で、何ゆえalphabetだけが忌避されるのか疑問に思いませんか。
また、Los Angelesをロスなどといって粋がっている輩もおりますが、Losというスペイン語起源の単語は、英語で言うならばtheにすぎなく(但し、男性複数名詞用の定冠詞)、Los Angelesとは、もともとがThe Angelsの意味であるぐらいのことは、alphabetを使っていたならば、そして、最低限の想像力があるならば、推測できてしかるべきことではないでしょうか。
また、ロスアン…ではなく、ロサン…であるべきということにも敏感にならざるをえないですね。
当方での日本人を見ていても、そうした疑問を抱いております。日頃、言葉そのものについて無神経であるから外国語の習得にも苦労するのですね。
そういえば、F. M. さんのsiteを読んでいたとき、W.A. Mozartの<<Requiem>>を「モツレク」などと言語不明瞭意味不明瞭に略すのを批判しておられましたが、日本では、それに限らず、品の無い造語が氾濫しているではないですか。
こうした若輩に迎合するから、新仮名使い当用漢字の夏目漱石や谷崎源氏などの、低きに合わせた日本文化に堕落しつつある、と思われませんか。
私は、親切ではありたいのですが、迎合はしたくないので私の著作を出版できなかったということで、それでは出版を諦めよう、という心境でした。

此処で、今、また、F. M. さんが、私たちの学生時代に、太田君の妥協は妥協のうちに入らないよ、と言っていたことを思い出しております。
もっと重要なことは、これは日本人には限らないのですが、しかし、とりわけ日本人は、自分が曖昧に考えていたことを誰かが適切に表現し、書いてくれたことに同感、共感、評価するに留まることが多いですね。
彼我の違いを悦ばない、余所者を受け付けない、誰々の論理は理解できる、ではなくて、誰々の気持ちは分るわぁ、といった類です。
それが故に、言葉に於いても彼我の差には敏感になれなく、それどころか自分の母国語ででさえ曖昧になり、更に、思考能力の低下をもたらしているのではないでしょうか。
また、そこでは、自分が賛成するかしないかはさておいての他者の論理の自立、論理の終始一貫性なんぞは等閑に附される傾向が無いでしょうか。
それは理屈だよ、理屈に過ぎない、などと言う人は、生涯なんらの自らの論理体系も形成せずに終るのではないでしょうか。
それでは、ドストエフスキーの小説の登場人物(例えば、<<カラマーゾフの兄弟>>のイワンなど)の思い、自分は、ぎりぎりのところ、こうとしか考えられないけれど、それでは自他が辛すぎる。

むしろ自分が間違っていたらならばよいのだが、のような煩悶、苦悩、願望の弁証法の片鱗も理解できないでしょう。
私は、傲慢な私に戻ったようです。しかし、日本人の謙遜、謙譲のgestureというものは、多くの場合、何のこと無い、自己保身にすぎないのではないでしょうか
(それは、当方の世間、世界では通じない甘えですので、二、三を除いては、こちらの日本人との付き合いは無くなってきました)。
私は、何もかも此方の方がよいとしているわけではありませんが、傲慢になったついでに書きますと、私は、私が書き続けた著作には、高い水準で、日本では、いや世界では始めての見解が此処彼処に読みとれられる、と自負しているのですが、反面、読み手から反応が少ないのは私が浅学で夜郎自大だからかなのだろうか、と小心な私は一方で首を傾げておりますが、如何でしょうか。


赤字はデンマンが強調)
108-109ページ
『書簡集』より

確かに、オイラは『書簡集』の中で上のように書きました。。。 それが、デンマンさんの気に障ったのですかァ~?

あのさァ~、オマエの書いたものは、外国語をカタカナで書かずに、アルファベットをそのまま書き込んでいるので誰からも拒否されて出版できなかったのだよ! それで、オマエ自身が書いている! 「オイラは親切ではありたいのですが、迎合はしたくないのでオイラの著作を出版できなかったのです」 オマエはちゃんと自覚しているのだよ!

うへへへへへ。。。

そのように うすら馬鹿笑いしている場合じゃないのだよ!

その事と“増長慢”は関係ないでしょう!

あるのだよ。。。 言うに事欠いて次のようにネットで公開したら、多くのネット市民の皆様が呆れてしまうのだよ!

 


(ireba03.jpg)

私は、何もかも此方の方がよいとしている

わけではありませんが、傲慢になったついでに

書きますと、私は、私が書き続けた著作には、

高い水準で、日本では、

いや世界では始めての見解が

此処彼処に読みとれられる、

と自負しているのですが、

反面、読み手から反応が少ないのは

私が浅学で夜郎自大だからかなのだろうか

と小心な私は一方で首を傾げておりますが、

如何でしょうか。

 

オマエは恥ずかしげもなく、身の程知らずに このように書いているのだよ!

あのォ~。。。 もしかして上の部分を読んで西田 芽理亜(にしだ めりあ)さんも呆れ果ててしまったのですか?

 

『悪名と名声』

 

あたり前田のクラッカー!

デンマンさん! 40年前のギャグを言うのはやめてください!

とにかく、恥知らずにも、ここまで書いてネットで公開したら、これを読む多くのネット市民の皆様は、呆れるばかりじゃない! 

呆れるばかりじゃないということは、どういうことですか?

もしだよ。。。 ノーベル賞に「大馬鹿部門」が設けられていたら、オマエは第1回のノーベル賞大馬鹿野郎になれるよゥ!

オイラが書いたことはそれほどすごいことなのですか?

そうだよ。。。 でも、オマエが上の文章をネットで公開してくれたおかげで、僕はこの記事を書くことができる。。。 そうでないかぎり、この記事を読んでくれるネット市民の皆様は、オマエのような変わった人間が居ることを絶対に信じないと思うよ。。。

オイラは、それほどすごい人間だとデンマンさんは信じてくれるのですか?

そうだよ。。。


(smilerol.gif)


わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

やはり、仏のデンマンさんは

すばらしいです。。。

デンマンさんがオイラを

すごい人間だと認めてくれました。

オイラは日本語が分かる

130ヵ国のネット市民の皆様にも

知れ渡ってしまうのです。。。

 

海外からのアクセス

 


(wp70707map.png)



(wp70707.png+wp70707b)

『葛飾北斎と太田将宏』@Denman Blog

 

もう こうなったら、スキップしてしまおう!


(smilejp.gif)

ワぁ~♪~ うれしいなあああァ~。。。

コスタリカ(Costa Rica)の首都の

サンホセ(San José)に滞在している

出口 亀雄(でぐち かめお)君も

読んでくれるのです。


(costa04b.jpg)

『おばさんパンツ@サンホセ』


(smilejp.gif)

ワぁ~♪~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

もひとつおまけにィ~

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

オイ!。。。 オイ!。。。 いつまでも喜んでいる場合じゃないのだよ!。。。 まだ、僕の話は終わっちゃいないのだよ。。。

あれっ。。。 まだ他にも言いたいことがあるのですかァ~?

あるのだよ。。。 オマエは 何を血迷ったのか婆(ばあ)さんに成りすまして次のコメントを書いたのだよ。。。

Identity theft をなさった

デンマンこと加藤明様について(改訂版)

by I. A.

太田将宏批判 哀れで愚かで孤独な老人 成りすまし老人 嫌われる太田将宏 孤立した太田将宏
(grandma9.jpg)

デンマン注

スピーカーをONにして 上の写真をクリックしてください。

太田将宏が ばあさんに成りすまして笑います。
別窓が開きます。 この男はオツムの回転が鈍いので
笑うまでに少し時間がかかります。

とにかく、虫唾(むしず)が走るようなうウザったい笑いです。
あなたも笑えますよ。 (爆笑)

2016-05-28 05:30:05

 

まだ、デンマンこと加藤明さんは、まるで狂犬病に罹った犬のように相変わらず吠え続けているのですね。

皆様、まずは、以下の駄文を読んで頂けますか。


(foolw.gif)

オイ! 太田将宏。。。オマエは相変わらず馬鹿だね!

どんな人物に成りすましても、このような愚かな極めて長い同じ内容のコメントを書くのは太田将宏しかいないのだよ!

愚か者! (爆笑)

オマエがこれまでに書いた すべてのコメントのIPアドレスは 次のアドレスなんだよ!

99.244.57.104

オマエは愚劣にも恥の上塗りをしているのを理解していない孤独で愚かな老人に成り下がってしまったのだよ!
実の娘にも、心優しい奥さんにも相手にされない、
愚かで哀れなもうろく爺さんになってしまったのだよ!
きゃははははは。。。


(laugh16.gif)

今、愚劣なオマエに付き合っている暇がないのだよ! (微笑)
大切な人に会っている最中なのだよ!
僕は孤独で愚かな老人のオマエとは違って
たくさんの大切な友人、知人、親戚の人たちに恵まれているのだよ!
ぎゃはははは。。。

オマエのような愚か者に こうして返信を書いている時間は、本来ならばもったいないのだよ!
でも、オマエのような愚か者と違って紳士の僕ちゃんは、オマエが愚かにも、同じ内容のたくさんのコメントを書きまくっているので、このままほおって置くと、愚かなオマエが、ますます愚かな行為を続けると思うので、仕方なくこうして返信を書いているのだよ!(爆笑)

そのうち大切な人たちと会って、時間のゆとりができたら、じっくりとオマエに関する記事を書くつもりなのだよ!
だから、同じ内容のコメントを もうこれ以上書くのをやめろよな!
オマエも、できたら、愚かな事を止めて、田舎者じゃなく紳士になれよな!

僕ちゃんのコメントを次の記事の中で引用したので読むように!


(paris29.jpg)

『きみ待ちわびて』

 

僕ちゃんの記事はたくさんの人に読まれるけれど、オマエの書いた愚劣なコメントなど真面目に読む人などいないのだよ!
オマエはネットでは、太田将宏という愚かな悲しい哀れで孤独な老人として知れ渡っているのだよ!
きゃははははは。。。

じゃあ、僕がオマエの記事を書くまで、元気にこの世に居て欲しい!
最後に、ぎゃはははははは。。。


(laughx.gif)

 

太田将宏批判 哀れで愚かで孤独な老人 成りすまし老人 嫌われる太田将宏 孤立した太田将宏

皆様。
妥協して、彼の想像から推測まででは、まあ、正常と致しましょうか。

でも、推測から空想、それが空想であることを自覚しているならば正常なのでしょうが、
彼としての曖昧さのために続く空想から妄想、その妄想についての自覚なんぞが全く無いので異常、つまりparanoiaに陥るのですね。

彼、デンマンこと加藤明様が書いていることを引用すると、
それだけでこちらの手が汚れるような気がしますので、
以下、ただの一例だけに致しますが、彼が言う、「孤独で愚かな老人」、
「実の娘にも、心優しい奥さんにも相手にされない」というのには、
太田さんを含めて私たち四人で大笑いを致しました。

まずは、太田さんが「実の娘にも、…、相手にされない」とのことですが、それはデンマンこと加藤明様の勝手な想像なのです。

二人の娘さんはUSAで働いていらっしゃるのですよ。
互いに忙しく、娘さんに度々会えないのは当然ではないですか。
まあ、empty nestでの寂しさがあるにしても「相手にされない」というわけではありません。

次に、彼の奥様についてなのですが、「心優しい奥さん」ですって???
太田さんの奥様が「加藤明さんの揉み上げを見ると虫唾が走る」と仰っていたのを太田さんが宥めて、
時おりでしたが、デンマンこと加藤明様を家に招き、
デンマンこと加藤明様が好きだという茶碗蒸しを用意させていた時期もあったことなどを


(chawan001.jpg)

デンマンこと加藤明さまが知る由も無いので仕方がないにしても、
太田さんの奥様が「心優しい」のは確かなのですが、
それにしても、デンマンこと加藤明様は知らぬが仏の三文道化師だったということですね。

此処からが重要なのですが、そもそも、他人の夫婦の機微や親と娘との関わりに、
もはや関係の無いデンマンこと加藤明様なんぞに、
あること無いことを出過ぎた態度で口汚く論評する資格はなかったでしょう。

加えて「僕は孤独で愚かな老人のオマエとは違ってたくさんの大切な友人、
知人、親戚の人たちに恵まれているのだよ!ぎゃはははは」ですって?!?。

デンマンこと加藤明様は自分を棚に上げていますが、彼こそが実年齢だけではなくて、
仲間内の幼児性を加えた「愚かな老人」ではないですか。

太田さんの方は、実年齢はともかくとしても、知的水準のみならず、
未だ溌剌とした現役のskierなのですよ。


(ski88.jpg)

更に重要な一般論として、そもそも、幸、不幸なんぞは誰もの人となりとは関係の無いことでして、
たとえ仮に誰かが孤独で不幸な人であったとしても、
それをデンマンこと加藤明様のような人が自分の方が孤独で不幸な人な人より
優位にあるなどと勘違いして、その軽薄な結果論で孤独で不幸な人をあげつらうことこそが、
皆様、さもしい彼らの品性ではないですか。

いえ、デンマンこと加藤明様は、品性のみならずに、
それら一切の区別、けじめがつかない程度の頭脳の持ち主ということなのではないですか。

要するに、デンマンこと加藤明様の為している全ては、
妄想にしか基づかないで他人を中傷すること自体を目的とするという卑劣な個人攻撃ですね。

奇妙なことに、いつぞや、デンマンこと加藤明様自身が太田さんに
「個人攻撃は良くない」などと抗議していたことがありましたが、
デンマンこと加藤明様は自分自身が何を言っているかすらも分かっていないのでしょう。

太田さんは事実に基づいて中傷などすることなしに抗議していたのです。
私たち三人も同様でしたが、デンマンこと加藤明さんよりも
私たちの方がparanoiacと皆様に思われないように、

この辺りで私もA. I. と同様に一時休止致しておりましたが、
もしかしたら、多分、もう、このような人、デンマンこと加藤明さんなどを相手にすることは、
私たちの人生での貴重な時間の無駄になるので止めようか、
と皆で話し合うことを提案するかもしれません。

 

I. A.


『孤独で寂しい太田将宏(PART 1 OF 3)』のコメント欄より

オイラが上の婆さんに成りすまして上のコメントを書いたとデンマンさんは断定するのですか?

その通りだよ。。。 詳しいことは次の記事で書いたので、もう一度読んでごらんよ。。。

『悪名と名声』

オマエは一人で道化師を演じてネット市民の皆様の笑いモノになっているのだよ。。。

マジで。。。?

あのさァ~、オマエは自分でも「こちらの日本人との付き合いは無くなってきました」と上の『言葉 - この世話がやける手段』の中で書いている。。。 つまり、オマエはトロントの日本人仲間の中では言わば“村八分”になっていたのだよ。。。

それは、“誹謗・中傷”です。。。

オマエが自分で書いてるのだよ!

“村八分”にされたとは書いてません。。。

だから、客観的に見ると、そうなのだよ。。。 オマエは自分で都合のいいように書いているだけなんだよ。。。 しかも、滑稽なのは、オマエは自分が書いた内容について2度、3度と読み返して推敲(すいこう)しようとしていない。。。

その証拠でもあるのですか?

あのさァ~、オマエは婆さん成りすまして「デンマンこと加藤明様が好きだという茶碗蒸し」と書いているけれど、この事実を知っているのは、オマエと心優しい奥さんの二人しかいないのだよ! 


(chawan001.jpg)

それ以外のトロントの日本人に僕は話したことがないのだよ。

マジっすかあああァ~。。。?

だから、オマエは愚かな道化役者だと、僕は言うのだよ! 5人に成りすまして僕の記事に嫌がらせのコメントを書いていることが、すぐにバレてしまうのだよ。。。

ついつい うっかりして 他の人が知らないことまで書いてしまいました。。。 やっぱり、完璧な人間は居ないという証拠ですねぇ~。。。 うへへへへへへ。。。

そうやって、うすら馬鹿笑いを浮かべて話題を変えようとしている場合じゃないのだよ。。。。

まだ他にも言うことがあるのですか?

あるのだよ。。。 オマエは婆(ばあ)さんに成りすまして次のようにも書いている!

 

太田将宏批判 哀れで愚かで孤独な老人 成りすまし老人 嫌われる太田将宏 孤立した太田将宏

太田さんの方は、実年齢はともかくとしても、

知的水準のみならず、

未だ溌剌とした現役のskierなのですよ。


(ski88.jpg)

オイラは、上の文章の中で 何か可笑しな事を書いてますかァ~?

あのさァ~、普通の日本人は このような文章の中でskierというアルファベットの英単語をまず書かないものなのだよ! スキーとかスキーヤーというのは、すでに日本語になっている! だから、オマエ以外に、skier と書く人は、まず居ないのだよ!

やっぱり外来語はカタカナで書くべきなのですか?

オマエ以外の日本人は99パーセントが、そう思っているはずだよ。。。

分かりました。。。 これから気をつけたいと思います。。。 バレないように。。。

それに、普通の日本人のネット市民の皆様は、オマエがプロのスキーヤーでもないのに、何で「未だ溌剌とした現役のskierなのですよ」と書いたのか理解に苦しむと思うのだよ。。。

どうしてですか?

あのさァ~、プロのスキーヤーの三浦雄一郎氏が、そのように書けば80歳を過ぎているのに たいしたものだ、と読む人は感心するかもしれないけれど。。。 オマエは時代遅れの大型コンピューターのプログラマーして退職後何もすることがなくて、5人に成りすまして嫌がらせのために、僕の記事にコメントを書きなぐっていたのだよ。

つまり、プロ・スキーヤー以外の人が「溌剌とした現役のskierなのですよ」と書くことは禁止されているのですか?

別に禁止されてないけれど、オマエの場合だったら、「時代遅れの大型コンピューターのプログラマーとしてはすでに退職したものの、未だ溌剌とした現役のプログラマーとして、周りの人から馬鹿にされながらも、一生懸命にプログラムを組んでいます」と書くのが知的で教養のあるやり方なのだよ。。。

でも。。。、でも。。。、オイラは趣味のスキーをやっていますが、そのスキーのテクニックはプロ級なのですよ。。。

だから、それがオマエの増長慢なのだよ! オマエだけが、そう思い込んでいる! 実際、オマエの家で心優しい奥さんが自ら作ってくれた茶碗蒸しを食べていると、オマエは酒を飲んでほろ酔い気分になったところで、急に次のように言ったのだよ!


(ireba03.jpg)

私は、デンマンさんが旨そうに

茶碗蒸しを食べているのを

妨害するつもりではありませんが、

ほど良く ほろ酔い気分になったついでに

言いますと、私は、素人ではありますが、

スキーにかけてはプロも驚くほどの

上達を成し遂げて

日本でも、 いや世界でも通用するような

スキーヤーだと自負しているのです。

反面、聞き手の反応が少ないのは

私が浅学で夜郎自大だからかなのだろうか

と小心な私は一方で首を傾げております。

これを聞いた心優しい奥さんは、「内の宿六は、ほろ酔い気分になってまた 悪い癖が出て 増長慢になり 誰も興味のない自慢話をし始めた! 恥ずかしい思いをするのは、いつも私なのよ!」 と僕に言ったのだよ!

マジで。。。?

オマエは、都合悪い事は忘れてしまうけれど、そういうことが度々(たびたび)あったので、現在、オマエと奥さんとの関係が次のように成ってしまったのだよ!

私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。


長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。

家内と言えば、

日本語も通じなくなってから

何年にもなる。

私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。

Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。

しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。


【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家


56ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)


(foolw.gif)

【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。
あたしは、太田さんの娘さんにも、奥様にもお会いした事はありません。

でも、娘さんは、二人とも アメリカで女医さんになっているほどですもの。。。
娘さんにしても、奥様にしても、決して悪い人ではないと思いますわ。

それなのに、太田さんは 娘さんとも、奥様ともうまくやっていないという事は、
太田さんに、問題があると思うのです。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。
太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。
また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、
相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って 読者に登録してしまったりするものですわァ。
どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと
てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、
メールアドレスで登録したりすると、
あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには騙されないと思い込んでいるでしょう?
でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。
あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。
では。。。


(hand.gif)

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