レモンと孤独な老人


 

2016年1月26日 (火曜日)

 

レモンと孤独な老人

 


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哀れで愚かで孤独で可哀想な

太田将宏老人


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デンマンさん。。。、またオイラを呼び出したのですか?


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オマエは僕に会うのが嫌なのォ~?

だってぇ~、呼び出されるたびに いつでも、コテンコテンにデンマンさんに馬鹿にされるのでオイラは気分が落ち込んでしまうのですよ。

でも、今日は文学と美術についてオマエと語ろうと思い 呼び出したのだよ。

あれっ。。。 マジっすかあああァ~。。。 

マジだよ! まず次の作品を読んで欲しいのだよ。

檸檬


(lemon03.jpg)

えたいの知れない不吉な塊が始終私の心を押さえつけていた。
焦燥といおうか、嫌悪といおうか、それが私の身に襲いかかってきたのである。
罹患した肺尖カタルや神経衰弱に起因したものでもなく、借金によるものでもない。

以前私を喜ばせた美しい音楽や詩の一節すら辛抱のできないものになってしまった。
どこに行ってもじっとしていられず、不意に立ち上がりたい衝動に駆られるのである。
こうして、私は街から街へ浮浪し続けた。

 (中略)

生活が蝕(むしば)まれる前に私が好きだったところといえば、たとえば丸善があった。
陳列された香水瓶やキセル、小刀、石けん、たばこなどを見るのに小一時間を費やすこともあった。

結局、一番高価な鉛筆を一本買う程度の贅沢をしたものだった。
しかし、今となってはここも重苦しい場所となってしまい、書籍も勘定台も借金取りの亡霊に見えるのであった。

 (中略)

そのころ、肺尖を煩ってはいつも身体に熱を帯びていた私にとって、握っている掌から身体に染み渡ってくる檸檬の冷たさは大変快かった。
その果実を嗅いでみると、産地であるカリフォルニヤの想像や、漢文の「鼻を撲(う)つ」といった熟語が浮かび、さらに深々と胸一杯に芳しい香りを吸い込めば、私の身体には温かい血のほとぼりが昇ってきて、元気が目ざめてくるのであった。

実際に、こうした単純な感覚が、昔から探し求めていたようなしっくりしたものであることは不思議に思えたが、一種誇らかな気持ちさえ感じながら、街中を軽やかに闊歩していたのである。
檸檬の色の反映を測ってみたり、この重さをすべての良いもの美しいものを換算してできた重量であるとか、私の諧謔心がばかげたことを考えさせた。

どこをどう歩いたのか、私が最後に立ち止まったところは丸善の前だった。
日ごろあんなに避けていた丸善が、そのときの私には簡単に入れるように思えた。

しかし、現実に丸善に足を踏み入れると、どうしたことか、私の心を持たしていた幸福な感情は消え失せ、画集を一冊手にとってバラバラとめくるだけでも大変な労力を必要とし、本を抜き出しては元の場所に戻すことさえできなかった。
以前は好きだったアングルの画集にまでも憂鬱を感じるに至り、抜いたまま積み重ねた本の群れを眺めていた。

そのとき、袂(たもと)の中にある檸檬を思い出した。
そして、本の色彩の上に檸檬を置くことを思いついた。

 (中略)

不意に「本の城をこのままにしておいて、何食わぬ顔で外に出たらどうか」という第二のアイデアが起こった。
くすぐったい気持ちをもちながらも、私はすたすたと出て行った。

丸善の棚に黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けてきた悪漢が私で、十分後には気詰まりな丸善が美術の棚を中心として大爆発をしたらどんなにおもしろいことだろうか、この想像を熱心に追求した。


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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)

これは梶井基次郎が1925年に発表した『檸檬』という作品なのだよ。 オマエも梶井基次郎という作家を知ってるだろう?

もちろん知ってますよ。

マジで。。。?

当たり前でしょう! その程度の教養は当然 オイラにもありますよ。

でも、念のために オマエにもこの作家のことが理解できるように『ウィキペディア』から重要なところだけを書き出してみるから じっくりと読んでみたらいいよ。

梶井基次郎


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(1901年2月17日-1932年3月24日) 満31歳没

感覚的なものと知的なものが融合した簡潔な描写と詩情豊かな澄明な文体で、20篇余りの小品を残す。
文壇に認められてまもなく、31歳の若さで肺結核で没した。

死後次第に評価が高まり、今日では近代日本文学の古典のような位置を占めている。
その作品群は心境小説に近く、自らの身辺を題材にしている事も多いが、日本的自然主義や私小説の影響を受けながらも、感覚的詩人的な側面の強い独自の作品を創り出した。

1929年(昭和4年)1月4日、父・宗太郎が心臓麻痺で急逝。享年59。
基次郎はこれまでの自分の贅沢(朝食にはパン、バターは小岩井、紅茶はリプトンのグリーン缶、昼食は肉食)による両親への経済的負担を反省し、「道徳的な呵責」を痛感する。

そのころから基次郎は新しい社会観の勉強に取り組みはじめ、マルクス『資本論』などの経済学の本を読む。
命を奪われてゆく貧しい人々のために「プロレタリア結核研究所」が必要だと熱い思いをめぐらす。
この頃から基次郎は、客観的な社会的小説を書きたいと思うようになるが、それは流行のプロレタリア文学のようなものではなく、人々の生活の実態をとらえたものでなければならないという意気込みを見せ、いまの文壇には「根の深いもの」が欠けていると日記に綴る。

1930年(昭和5年)1月、肺炎で寝込む。ゴーリキー、レマルクなどを盛んに読む。
2月、武田麟太郎の『ある除夜』に刺激されて、井原西鶴を読みはじめる。
基次郎は自分が「小説の本領」に近づきかけていると感じる。

母・ひさが肺炎で一時入院し、3月に母が再び腎臓炎で入院。
タクシーを呼んで母の看護に通う。4月、母が無事退院。
5月、弟・勇が結婚し、基次郎は母と共に兵庫県伊丹市の兄・謙一の家に移住。痔疾に悩む。
兄一家が川辺郡稲野村字千僧に転居し、基次郎もその離れに落着く。

1931年(昭和6年)5月、初の作品集『檸檬』が刊行された。
基次郎は、「回想といふもののとる最も自然な形態にはちがひない」と評しつつも、そのプルーストの「回想の甘美」を拒否し、自分の「素朴な経験の世界」へ就こうとする姿勢を示す。
10月、発熱が続き、大阪の家に戻る。病状は重く、家族との同居が無理なために、25日に近くの住吉区王子町2丁目13番地に自分の家を借り、母が看病に通う。

1932年(昭和7年)1月、『のんきな患者』を、雑誌『中央公論』に発表。はじめての中央文壇誌掲載で原稿料をもらう。
正宗白鳥が『朝日新聞』、直木三十五が『読売新聞』の時評で取上げる。
2月、小林秀雄が雑誌『中央公論』で梶井基次郎を論じ賞讃する。
基次郎は病床で森鴎外の史伝に親しむ。

絶対安静の床で『のんきな患者』の続稿を考えていたが、3月、様態悪化。友人たちが見舞いに来る。
13日、狂人のように肺結核に苦しむ。日記が17日で途絶える。
23日、夕刻より意識不明瞭となり、夜、苦痛を訴る。頓服を要求し、弟・勇がやっとのことで求めてきた薬を飲む。
激しく苦しむ息子を母が諭す。

基次郎は死を覚悟し、「悟りました。私も男です。死ぬなら立派に死にます」と合掌し、弟に無理を言ったことを詫び、24日の深夜2時に永眠。
僧職にあった異母弟・順三が読経。25日、自宅で告別式。遺言により棺は茶の葉が詰められ、上部は草花で飾られた。戒名は「泰山院基道居士」。


出典: 「梶井基次郎」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

。。。で、いったい どういうわけで急にオイラと文学と美術について語り合う気になったのですか?

オマエは12月4日に僕のGOOのブログに次のコメントを残したのだよ!

Identity theft をした

デンマンこと加藤明さんについて

コメント記入者: A. I.

2015-12-04 07:11:02

皆様、デンマンこと加藤明さんは以下のような侮蔑笑いをされるような
幼稚な私に応答を返しましたが、如何でしょうか。

A.I.と名乗る愚か者よ!
オマエのIPアドレスは次の通り!

72.140.219.150

ホスト名: CPE9cd643cf296b-CM0018680ddd68.cpe.net.cable.rogers.com

IPアドレス割当国カナダ: ( ca )

Locator を使って調べると Scarborough と出てくる!
つまり、このような迷惑コメントを書きこむ愚か者で
しかも Scarborough に住んでいる馬鹿者は太田将宏しかいないのだよ!(爆笑)


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『拡大する』

オマエ、自分の娘にまで絶交を喰らって寂しいんだろう!?
寂しまぎれに、このような嫌がらせのコメントを書く!
オマエ、ますます家族の者にも嫌われ、孤独を深めてゆくのだなア! 
ばか者! アホ! ボケ!

オマエは改心して まともな人間になっていると思っていたら、
相変わらず孤独な老人のママなんだなア!
オマエ、あの世に逝く前に家族の者にも好かれる真面目な人間いなれよ!
いいな! わかったあああァ~?
じゃあ、いい子だから お利口にするんだよ!じゃあなァ~。。。 
バイバ~♪~イ!

オマエが 相変わらずの孤独な老人だということが判って
僕は、なんだかほっとしているよ!
ギャハハハハハハ。。。


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これは一例でしたが、デンマンこと加藤明さんは、この程度の文しか書けないのですね。
いえ、これは典型的なゴロツキの文ではないですか。

まず、私は、太田さんではありません。
デンマンこと加藤明さんは自分の軽薄な類推や想像、空想をやめることができないのですね。
彼は、私たちのcommentsなんぞは誰も読みやしない、などと息巻いていましたが、では何故commentの fieldなんぞを用意したのでしょうか。

いえ、それ以前に、デンマンこと加藤明さんのwebsitesそのものに入った人自身があまりにもの下らなさに辟易して数秒で出てしまうからではないでしょうか。
それは、デンマンこと加藤明さんに自責の念と共に反省の可能性を差上げようとしているような奇特な私たちのcomments以外が殆ど見当たらないことが証明していませんか。

デンマンこと加藤明さんは太田さんの家族のことをあれこれ中傷していますが、余計なお世話という以上に、いえ、以前に、とりわけ娘さんたちのことを事更に如何にも曲解、歪曲して下卑た文で書かれているか、それは彼が引合いに出してゲスの勘繰りをした太田さん自身の著作、<<あれかこれか>>を直接読まれるならば、推察、了解されるのではないでしょうか。

デンマンこと加藤明さんこそが、「孤独な老人」ではないですか。
I. A.も言ったように、白人女性の裸の写真がpin-upされたbachelor用のapartment/condominium のなかで、猥雑卑猥な文や煽情的な絵が満載されたwebsitesを書きながら、一人自慰にふけっているのは、一体、何処の老人の方なのでしょうか。


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また、例えば「ばか者! アホ! ボケ!……ギャハハハハハハ」、などとは低能まるだしの駄文そのものではないですか。


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これでもまた、I. A.も言ったように、デンマンこと加藤明さんなどを相手にしていると、自分自身が汚されるような嫌悪感におそわれるのですね。
それで、太田さんのみでなく、私たち三人も当分の間はデンマンこと加藤明さんを相手にしないことに致しますが。

A. I.


『親愛なる将宏ちゃんへ』のコメント欄より
(2006年12月28日)

オマエは自分で書いておきながら、未だに別人が書いたと言い張っている。

やっぱり、オイラが書いたものだと判ってしまうのですか?

当たり前だろう!。。。 “文は人なり!”と昔の人は言ったのだよ! 上の文章はオマエ以外には書けないような実に個性的な文章になっている。

たとえば、どこが。。。?

英語の単語をやたらにちりばめて さも英語をペラペラに話せることを自慢するように オマエは書いているのだよ!

うへへへへへ。。。 やっぱり、解ってしまうものですか?

第一、オマエは二人の娘とも妻とも絶交状態なのだよ! しかも、僕の知る限り多くの古い友人たちとも オマエは絶交状態なのだよ! オマエ自身が次のように書いている!

私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。

長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。
家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。

私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。

Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。

しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。


【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家


56ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)

家族とも 古い友人たちとも絶交状態にあるオマエに 手を差し伸べてくれるような 声援を送ってくれるような人物が現れるはずもないのだよ! オマエが3人に成りすましてコメントを書いているのだよ!

やっぱり、オイラが成りすましてコメントを書いたという事がバレているのですか?

当たり前だろう!

。。。で、どういうわけで梶井基次郎の『檸檬』を持ち出してきたのですか?

梶井は次のように書いている!


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現実に丸善に足を踏み入れると、どうしたことか、私の心を持たしていた幸福な感情は消え失せ、画集を一冊手にとってバラバラとめくるだけでも大変な労力を必要とし、本を抜き出しては元の場所に戻すことさえできなかった。

以前は好きだったアングルの画集にまでも憂鬱を感じるに至り、抜いたまま積み重ねた本の群れを眺めていた。

梶井基次郎という作家は『檸檬』という 鋭い感受性と詩情あふれる美しい作品を書いたのだよ。 この作品はゆるぎない美しさをたたえ、昭和初期の文壇に一石を投じたと言われている。

その事とオイラとどういう関係があるのですか?

オマエは“アングルの画集”を見たことがないだろう?

見たことがありません。。。 第一、“アングル”という画家の名前を聞いたこともありません。

そうだと思ったよ!

どうして、そうだと思ったのですか?

簡単なことだよ! オマエはコメントの中で次のように書いている。


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I. A.も言ったように、白人女性の裸の写真がpin-upされたbachelor用のapartment/condominium のなかで、猥雑卑猥な文や煽情的な絵が満載されたwebsitesを書きながら、一人自慰にふけっているのは、一体、何処の老人の方なのでしょうか。

オマエが“白人女性の裸の写真がpin-upされた”と書いてるけれど、オマエが言うpin-upは実は 1889年にポ-ル・ピール(Paul Peel)という画家が書いた“ベニスの風呂上りの女(A Venetian Bather)”という作品なのだよ。

マジで。。。? まるで現代画家が書いたようじゃありませんかア!

それで オマエは“pin-up”だと誤解してしまったのだよ! ポ-ル・ピール(Paul Peel)という画家はカナダ生まれの画家で1860年11月7日に生まれている。 1892年10月3日にパリで肺炎をこじらせて亡くなってしまった。 梶井とほぼ同様に満31歳で亡くなっている。

ポ-ル・ピール(Paul Peel)の作品


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  自画像


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。。。んで、そのカナダ人の画家とアングルの画集と、どのような関係があるのですか?

アングルはフランスの画家でポ-ル・ピールよりも有名で、次のような作品を残している。

ドミニク・アングル

Jean-Auguste-Dominique Ingres


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(1780年8月29日-1867年1月14日) 86歳没)

フランスの画家。19世紀前半、当時台頭してきたドラクロワらのロマン主義絵画に対抗し、ダヴィッドから新古典主義を継承、特にダヴィッドがナポレオンの没落後の1816年にブリュッセルに亡命した後、注目され、古典主義的な絵画の牙城を守った。

入念に組み立てられた肌理・テクスチャと徹底的に研鑽された描線、そして緊密な調子の諧調によって成立する空間は、「端正な形式美」を湛えている。

この様式美はセザンヌによって「肉体を全く描かずに済ませた」と批判されるほど徹底している。

アングルの美術史理解はアングルの作品群から伺い知れるように公汎であり、且つ結束性が高く、加えて非常に示唆的である。

顔料やバインダーの運用方法もまた多様であり、数百年の隔絶がある巨匠達の作品の研究にも余念がなかった。

その研究の成果として、組織的且つ合理的な方法を「保存が完璧」と讃えられる制作と言説によって的確にのこしている。

他方では、ポスト印象主義者たちやキュビスト、現代美術家の根底的な方法やアイデアに決定的な影響を与えており、アングル芸術の影響範囲、射程は底知れないものがある。

アングルの作品とその個性は、同時代の体制派、反体制派の必ずしも芳しくない評価にもかかわらず、影響は非常に甚大で、彼に先行する画家と彼に続く画家の代表作にさえ決定的な影響を与えた事例も少なくない。


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出典: 「ドミニク・アングル」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

見れば明らかなように、アングルの作品は明らかにポ-ル・ピールに大きな影響を与えている。

つまり、その事を言うために、わざわざ梶井基次郎の『檸檬』を持ち出してきたのですか?

もちろん、それだけじゃないのだよ。

他に何を言いたいのですか?

あのさァ~、よせばいいのに、オマエは上の僕の記事に21ものコメントを書きなぐったのだよ。

だから。。。。?

だから、僕は最後にオマエのために次のコメントを残した。

相変わらず聞き分けのない

オツムが足りない太田将宏ちゃんへ!


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コメント記入者: Denman

2015-12-11 11:11:06

オマエは相変わらず馬鹿だね!
きゃはははは。。。

何度言ったら分かるのォ~?!
オマエはあの世に逝くのが迫っているのだから、
反省して“飛ぶ鳥跡を濁さず”な人生を送るのだよ!

今のオマエは日本語が解る122ヵ国のネット市民の皆様に、
哀れで耄碌(もうろく)し始めた孤独な老人というイメージを
植えつけているのだよ! (爆笑)

だから、オマエのコメントはオツムが硬い教養のない
アメブロのファシスト管理人までもムカつかせてしまうのだよ!
それで、ファシスト管理人がオマエのコメントを下品で
ネット社会にとって有益じゃないと見なして未公開にしてしまうのだよ!

そういうわけで、オマエは他の誰にも相手にされないので、
可哀想だから僕ちゃんだけは オマエヲ相手にしてあげるからねぇ~。。。
(苦笑してから微笑!)

とにかく、オマエはマジで聞き分けがないので、
そのうち愚かなオマエでも反省できるような記事を書くつもりでいるよ!
だから、楽しみにして待っててね。

それまで次の記事をじっくりと何度も何度も読むように!

『悪事千里を走る』

僕ちゃんの記事はたくさんの人に読まれるけれど、
オマエの書いた愚劣なコメントなど真面目に読む人などいないのだよ!

じゃあ、上の記事を何度も読めよ!
哀れで愚かな孤独な老人。。。太田将宏のために!
最後に、ぎゃはははははは。。。


『親愛なる将宏ちゃんへ』のコメント欄より
(2006年12月28日)

つまり、日本での忙しい日々を過ごして やっとバンクーバーに戻って時間ができたので、上のコメントに書いてあるように約束を守って オイラのためにこの記事を書いているということですか?

その通りだよ! 梶井基次郎もポ-ル・ピールも満31歳で亡くなってしまったのだよ! 世界は惜しい人を亡くしてしまったのだよ。。。 ところが、オマエは70過ぎて今なお健在なのだよ!

それについて、デンマンさんは何か文句があるのですか?

あのさァ~、オマエは『論語』に次のような格言があるのを知ってるだろう?


(rongo02.jpg)

子曰、吾十有五而志乎(干)学、
三十而立、四十而不惑、
五十而知天命、六十而耳順、
七十而従心所欲、不踰矩。

子曰わく、吾十有五にして学に志す、
三十にして立つ、四十にして惑わず、
五十にして天命を知る、六十にして耳順がう、
七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。

(訳)

先生が言われた。「私は十五歳で学問に志し、
三十になって独立した立場を持って、四十になってあれこれ迷わず、
五十になって天命をわきまえ、六十になって人のことばが素直に聞かれ、
七十になると思うままに振舞ってそれでも道を外れないようになった。」


岩波文庫『論語 巻第一 為政第二』

オマエは70才をとっくに過ぎているのに、道を外したまま 未だに見苦しい姿をネットで晒しているのだよ!

オイラは、それほど見苦しい姿をネットで晒しているのでしょうか?

そうだよ。。。 オマエは信じがたいほど長いコメントを上の記事に書いたのだよ! ネット市民の皆様が呆れるほど長いコメントだよ! ページの下の方にオマエが3人に成りすまして書き込んだ 長~い、長~い、精神異常的に長~♪~いコメントが並んでいるのだよ! このコメントを見たら、誰もがオマエのオツムが狂っていると思うよ!

結局、今日もオイラの気分を落ち込ませるために呼び出したんですね。

いや。。。 そうじゃない。。。 最近、バンクーバー市立図書館で借りた別の本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのだよ!


(onoyoko.jpg)

70歳になったときは、とても嬉しかった。
よくぞ70歳まで生きながらえたと思いました。

 (中略)

不運か幸運か私の人生には、激しい出来事ばかりが起こったので年齢のことを考えている余裕がありませんでした。
ですから、60歳になったときも、
「あなたも60歳ですね」
などと人から言われても、
「あれ、そお?」
なんて、ぐあいでした。

ところが、70歳を迎えたときはまったく違う感触でした。
ここまで生きながらえたことに対して誇りみたいなものを感じたのです。

 (中略)

自分がやりたい仕事がまだたくさんあります。
「あと50年ちょ~だい」
と言いたい。

自分というものをもっと生きてみたい。
今は私の人生のプロセスだと思っています。
私にとって人生はまだまだ未知数なのです。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


51-54ページ 『今あなたに知ってもらいたいこと』
著者: オノ・ヨーコ
2010年1月15日 第2刷発行
発行所: 株式会社幻冬舎

この文章を読んだときに僕はオノ・ヨーコさんが哀れで愚かで孤独で可哀想な70歳を過ぎた太田将宏老人のような人物を励ますために書いたのではないかと思ったわけだよ。

デンマンさんは、マジでそう思ってくれたのですか?

そうだよ! だから、少しは反省して、これからは まとものコメントを書いて欲しい。


(smilerol.gif)


わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

デンマンさんがオイラの気分を

つに高揚させてくれましたァ~。。。

オイラはすでにネットで有名になって

しかもデンマンさんのおかげで

オイラは日本語が分かる

123ヵ国のネット市民の皆様にも

知れ渡っているのです。

さらに、デンマンさんがオイラの気分を

ウハウハさせてくれました!

こうなったら、もうスキップしてしまおう!


(smilejp.gif)

ワぁ~♪~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン

もひとつおまけにィ~

ルンルンル~♪~ン

ランランラ~♪~ン


(laugh16.gif)

やれやれぇ~。。。

馬鹿とは付き合いきれません。

あなただってそう思うでしょう!?

【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。
あたしは、太田さんの娘さんにも、奥様にもお会いした事はありません。
でも、娘さんは、二人とも カナダで女医さんになっているほどですもの。。。
娘さんにしても、奥様にしても、決して悪い人ではないと思いますわ。

それなのに、太田さんは 娘さんとも、奥様ともうまくやっていないという事は、
太田さんに、問題があると思うのです。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。
太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。
また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。
また、スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って 読者に登録してしまったりするものですわァ。
どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと
てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、
メールアドレスで登録したりすると、
あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには騙されないと思い込んでいるでしょう?
でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。
あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。
では。。。


(hand.gif)

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■ 『女になりたいスパマー』

■ 『キモい不幸な情報屋』

■ 『オマエ、何でもできるの?』

■ 『飛んで火に入る夏の虫』


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■ 『女子大生ユリの悩める夏』

■ 『謎の3819人がなぜ?』

■ 『カリスマホステス明日香の悩み』

■ 『ダメ社長の無知』

■ 『悪徳スパマーとファシスト管理人』

■ 『哀れなゆうたろう』

■ 『へのへのもへじスパマーと孫悟空』

■ 『殺意を振りまく女』


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■ 『アメブロのウザい女』

■ 『ネット馬鹿の不満』

■ 『スパマー石原誠二』

■ 『eeepaiotsuバカ』

■ 『西海岸からのスパム』

■ 『シドニーの悪女』

■ 『相変わらず馬鹿か?』

■ 『馬鹿やめたのね?』

■ 『馬鹿やめて久しぶり』

■ 『馬鹿やって人気?』

■ 『悪事千里を走る』

■ 『悪縁を断つ』

■ 『失意の太田将宏』

■ 『悪縁を切れ!』

■ 『心の平穏』


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