パン職人修行


 

パン職人修行

 


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デンマンさん。。。 “パン職人修行”というのは、私のことですか?

そうです。。。 真由美ちゃんがバンクーバー・コミュニティ・カレッジ(Vancouver Community College)で本格的にパン職人・お菓子職人の勉強をしているので、真由美ちゃんが最近、どうしているかと思ってねぇ~。。。

勉強に、実習に、お友達との付き合いに一生懸命になっていますわ。。。 うふふふふふ。。。

マジで。。。?

今年の9月に卒業なので、最後の追い込みというところですわ。

それにしても、どう言う訳で、真由美ちゃんは入学を決心したのォ~?

デンマンさんも ご存知のように、わたしはカナダ移住を決心して仕事を探したのですけれど、就労ビザを持ってないと、なかなか雇ってもらえなかったのですわ。。。 それで、仕方なくボランティアでカーネギー・センターのキッチンで仕事をするようになったのです。。。


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うん、うん、うん。。。 それは聞いていました。

私は、ほぼ毎日のように仕事に励んでいたのですけれど、ある日、女性マネージャーが私をオフィスに招いて意外な話をしてくれたのです。

その意外な話とは。。。?

私が就労ヴィザを取得してバンクーバーでパン職人・お菓子職人として働けるように、まずバンクーバー・コミュニティ・カレッジで職人になる勉強をしてみたらどうかと言ってくれたのです。

ほおォ~。。。 それはいい話ではありませんかァ!

でも、「私には経済的な余裕がありません」と言ったら、奨学金がもらえるように推薦してあげるから、私さえその気ならば手続きを始めるけれど、どうですか?。。。 と言うのでした。

ほおォ~。。。 それはラッキーな話だねぇ~。。。 それで、現在 奨学金をもらいながら、バンクーバー・コミュニティ・カレッジ(Vancouver Community College)で本格的にパン職人・お菓子職人の勉強をしているわけなんだァ~。。。

そうです。。。

でもねぇ~。。。 僕は、たぶん、そういう事があるのではないかと思っていましたよ。

デンマンさんは、どうしてそう思ったのですか?

以前、真由美ちゃんは僕に次のようなメールを書いたことがあったのです。

差出人:真由美

件名:今日はいつもより

涼しかったですよ~☆

デンマンさん、こんにちはv(^-^)v

I just finished work.

It’s cool and comfortable.

今日も仕事が終わり、帰宅してパソコンの前にいます。
今日はデンマンさんに少し嬉しいお知らせがあります。

今日会社に行き、店長に話があるとの事でした。
その内容はほんの少しですが。。。時給を上げさせて頂きました。
との報告でした。

とても嬉しかったです。
店長は本当に少しですが、と言われましたが私は金額よりも
その気持ちと少しでも頑張りを認めてもらえた事がとても嬉しかったです。

そして、時給を聞いた時に思った以上に上げてくれた事にとても感謝しました。

デンマンさんの記事
やっぱり、血のつながりでしょうねぇ。

やっぱり、真由美ちゃんがカナダに住んでいる僕に

関心を持ったということは、

“血のつながり”と共に“生き方”を同じくする者という

共感もあるのでしょうね。

それで、僕も 真由美ちゃんに対して

“身内の話”もしたくなるのですよ。

デンマンさんからのお話を母に少ししました。
母もデンマンさんのお母様が随分昔に、随分な苦労をされた方だ、というのは知っていたようです。

詳しい内容までは母も知らなかったようで、デンマンさんからの話を伝えました。
母も驚いていました。

不思議な血の繋がり。。。
素敵ですね。

私が今回カナダに行きたいという願いは、実は昔まだ私が小学生の頃に
親戚の かよちゃんがとても優しくて、良くしてもらった記憶が強く残っていました。

小学生といっても低学年で、一度ほど?くらいしか会ったことしかないので、
顔も声も全く覚えていないのに、かよちゃんは優しい!!という私の中で記憶として残っていました。

私が かよちゃんの話をすれば母から、かよちゃんはカナダに行っての話や、英語がペラペラという話しをよく聞いていました。
そんなことからわたしもいつしか英語を話してみたい!!という気持ちが
ずっとありました。

しかし、決してわたしの学生時代はまじめなものではありませんでした。
勉強も好きではなく、遊びに夢中になってしまった時期もありました。

父にも母にも沢山沢山、迷惑かけました。
(これはあまり血のつながりはなかったのかな。。。笑)

それでもずっと気持ちの中に、変わらない「夢」として、
ありました。

デンマンさんの存在を知った時には、やっぱり、何かあるんだ!!なんて勝手に
自分の中で、血のつながりを感じていました。

そして、私の夢を、、、長年の夢を一歩一歩かたちに繋いでくれている事に、
デンマンさん、感謝しています。

私がカナダに行く事は昔からの夢だという事は小さいころから知っていますので、
頑張って欲しいという気持ちで応援してくれています。

そしたらたまの休みにはカナダに旅行にいけるかしら。。?
なんて冗談交じりに言っている母を見ていると
やっぱり夢、絶対叶えたいなって、強く思います。

母親は 昔の苦労話や、悲しかった事などは

おくびにも出しませんでした。

初めから、お互いに元気であることを喜び、

声が聞けたことに感謝して、笑い転げながら話しましたよ。

そんな人ほど、本当に強い人間なんだな。。って私は思います。

そんな女性でありたいです。。

真由美ちゃんも、僕のお袋と話せば、

面白い楽しい人だということが すぐに解りますよ。

でも、内面には、ずいぶんと苦労して

耐え抜いてきた悲しみを持っている人です。

お袋が 真由美ちゃんのお母さんに優しい気持ちになれるのも、

いろいろと苦労した過去があればこそです。

いつかいつかそんなお話もデンマンさんに直接、話を聞けたらな p(^-^)q っと思っています。

もっといろんな事が、不思議に繋がる気がして。。

そう。。かよちゃんにも会いたいですね。

向こうで、、

デンマンさんとかよちゃんと3人で会えたらそれも何だか素敵ですね!

デンマンさんも素敵な一日をお過ごしください!!

Have nice day!!


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真由美より

2014年06月04日 17:55


『真由美ちゃんの命の力』より
(2014年8月18日)

真由美ちゃんが何も言わなくても、仕事ぶりを見て店長が給料を上げてくれたように、カーネギーセンターでも真由美ちゃんが陰日向(かげひなた)無く 一生懸命に働いている様子を見ていたマネージャーが奨学金の手続きをしてくれたのですよ。

そうでしょうか?

あのねぇ~、昔の人は言いました。 “誰も見ていなくても神様は見ている”と。。。

デンマンさんは神様を信じているのですか?

都合のいい時だけ信じてますよ。。。 (微笑) あのねぇ~、103歳になる篠田桃紅・女史が次のように書いているのですよ。

性格が運命をつくる


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芥川龍之介は、運命は性格の中にあると言った。
運命が性格をつくるんじゃない。
性格の中に運命はある。
近ごろほんとうだ、と思うようになった。
さまざまな境遇に遭ったけど、私の性格が自分の運命をつくったということはたしかですね。

ああいう運命だからあの人はああいう性格になった、と言うんじゃないのね。
性格というのはずいぶん先天的なもの、もって生まれちゃったもの。
運命は後天的でしょうね。

私はきょうだいがおおぜいいましたが、同じ父母で同じ境遇で育って、同じものを食べているのに、きょうだいみんなそれぞれちがった運命を歩んでいる。
同じ境遇にあっても運命は別だから、境遇が運命をつくっていない。

たとえば、小さいときに両親がうまくいかなくて、境遇が性格をつくるということもあるけれど、その性格の中で運命がつくられる、そう思った。
芥川さんの言うとおりだと思う。

性格が運命を拓(ひら)き、もって生まれた性格というものが、いい作用をするときにいい運命になって、悪いほうに働いてしまうと悪い結果をもたらす。
勘みたいなものですね。
勘がいい働き方をするときと、そうでないときがあるように。

自分の勘は、絶対まちがいないなんて、誰もそういうことは言えないけれど、ある種の勘というもので、人の運命が開いたり閉じたりすることはありますよね。
運命はだから性格の中にあるというのは、ほんとうにそう。
私にはそういうことが幾度か思いあたります。

努力することも性格。
性格というのは一切です。
だからあたりまえと言えばあたりまえ。
そういう性格の中で運命が決まっていくというのは、何も取り立てて言うほどのことではない。

私は、理性的なものを大事にして生きていかなけらばいけないと思っていて、理性を尊ぶ性格ではあるけれど、どうしてもおさまらない自分というものがいた。
それが私の性格で私は生きてきた。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


49-51 ページ 『百歳の力』
著者: 篠田桃紅
2015年7月13日 第8刷発行
発行所: 株式会社 集英社

『結婚するの?しないの?』にも掲載
(2016年6月27日)

つまり、真由美ちゃんは性格がいいし、陰日なたなく一生懸命に働くからから良い運命を招き寄せたのですよ。

性格が悪いと良い運命を招き寄せないのですか?

性格が悪いと太田将宏老人のように誰からも見放されて不幸な人生を歩むのですよ。

私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。

長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。
家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。

私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。


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Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。

しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。


【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家


56ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

【デンマン注】

これは本ではありません!
強烈なエゴの持ち主の太田将宏は、これが“本”のつもりで、このように書いていますが、この“原稿”は、どの出版社からも拒絶されて本になってません!

この男が愚かなのは、その事で出版社にイチャモンをつけて問題を起こしています。
すぐ下に出てくるボイジャー社長の鎌田純子さんとも、問題を起こしているのです!

悪いのは、もちろん、強烈なエゴの持ち主の太田将宏ですよ!
批判を素直に受けることができずに、行く先々で問題を起こしているのです!

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)

この太田将弘老人は性格が悪いのとコミュニケーションがうまく取れないので、家族の間だけでなく、職場でも友達の間でも、どこでも問題を起こすのですよ。

やっぱり、性格の良し悪しは仕事でも、友達とのつい合いでも大切なのですわねぇ~。。。

そうです。。。そうです。。。 たまたま夕べ、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。

一生食べることに不自由しない


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城田幸信さんが、アンデルセングループの前身、広島県のタカキベーカリーに入社したのは、昭和33(1958)年。
16歳のとき。 (略)

戦争で、とりわけ大きな打撃を受けた広島。
戦後、10年以上が経っていましたが、まだまだ物資も食料も乏しい時代です。

食べ物の会社なら、一生食べることに不自由しないだろう……そんな気持ちで、中が卒業後に最初に勤めたのも、尾道の小さなパン屋でした。
けれど想像以上の重労働で、一緒に入った同僚たちは、3か月持たずに次々逃げるように辞めていきます。
なんとか半年は持ちこたえたものの、城田さんも身体を壊して退職。
 (略)

学校へ入り直したら、とすすめる人もいましたが、中学を卒業するときに手に職をつけたほうがいい、と諭されて就職した手前、「学校には行くもんか」という意地がありました。
こうして再びパンの道を選んだ城田さん。

 (中略)

配属されたのは、タカキベーカリー創業の地、広島市内の比治山にあった工場。 (略)
当時のパン職人は、とにかく体力勝負。

最初の担当は食パンで、仕込みは夜中の2時、3時から始まり、仕事が終わるのはお昼頃。
その後は菓子パン担当に変わり、午後3時頃から翌朝7時過ぎまで働きました。

 (中略)

昭和39(1964)年、城田さんは東京の「パン技術研究所」で勉強する機会に恵まれます。
折りしもオリンピックに沸く東京で、3か月の受講を終えて広島に戻ると、商品の研究開発担当に抜擢されました。
その3年後に広島アンデルセンがオープン。


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生産担当としてた多忙な日々を過ごしていた昭和43(1968)年のある日のこと。
城田さんに、高木俊介社長から、「すぐロスアンジェルスに来い」という1本の電話がかかってきました。

 (中略)

高木社長に連れられて、カントリーホーム社の工場であいさつし、一回り見学したあとは、今夜から暮らすことになるモーテルへ。(略)
言葉よりも不安だったのは、1ドル360円の時代に、国外に持ち出せるお金は500ドルだったこと。 (略)
翌朝からは毎日始発のバスで工場へ。 (略)
幸い、これまで学んできた製パン技術はアメリカ式で、専門用語も英語を使っていたため、工場での製造過程はすぐに吞み込めたといいます。(略)

「日本人はただでさえ若く見える上に、当時27歳でしたが17歳と間違われるほど幼い顔をしていましたから、大目に見てくれたのでしょう。 聞けばなんでも親切に教えてくれました」 (略)

2か月の予定を、無事1か月半でクリアして帰国の途に。


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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


17-22ページ 『まいにち、パン』
著者: 城田幸信
2014年4月21日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 主婦と生活社

パン屋さんで働くのってぇ、意外に大変なんだよねぇ~。。。 「仕込みは夜中の2時、3時から始まり、仕事が終わるのはお昼頃。 その後は菓子パン担当に変わり、午後3時頃から翌朝7時過ぎまで働きました」と書いてあるもんねぇ~。。。

そうなのですわ。。。 私も日本で働き始めた頃、意外に重労働なので ちょっとアゴを出してしまいましたわァ~。

城田さんの本を読んでいると、やはり性格が良いことが分かるのですよ。。。

どういうところで判るのですか?

例えば、「聞けばなんでも親切に教えてくれました」と書いてあるでしょう! 性格が悪ければ、日本だってカナダだって、イジメられこそすれ、親切に教えてもらえないですよ。。。

そうでしょうか? でも。。。、でも。。。、デンマンさんのように、あまりずけずけとモノを言うと嫌われるのではありませんか?

あのねぇ~、その点は日本とカナダではちょっと違うのですよ。。。 僕は太田将宏老人のコメントに対して、日本では考えられないほどに、遠慮なくズケズケと書いているでしょう!? 僕がもし、バンクーバーで太田老人と面と向かったら、やっぱり、同じように僕はズケズケとモノを言うのですよ。。。 これは、カナダではそうすべきです。

どうしてですか?

この事については、すでに書いたことがあるのですよ。。。 真由美ちゃんの記憶を呼び戻すためにここに書き出すから、もう一度読んでみてね。

2014年04月11日 04:03 AM

(Vancouver Time: Thursday, April 10, 2014 12:03 PM)

今朝は7時にすっきりと目覚めて、クロワッサンとカフェオレで朝食を済ませ、夕べの読みかけの本を読みました。
『夢を叶える夢を見た』という本で内館(うちだて)牧子さんという脚本家の書いた本ですよ。
NHKの朝ドラなどの脚本を書いている人です。

真由美ちゃんが読んだら感激して読める本ですよ。
図書館で借りてぜひ読んでみてください。
買っても損はしない本ですよ。
僕はバンクーバー市立図書館で借りているのです。

自分の夢を叶えるにはどうしたらよいか?
現在の真由美ちゃんの悩みや希望に答えてくれる本です。
読むと、真由美ちゃんの気持ちもはっきりしますよ!
素晴らしい本です。

9時半にマンションを出て30分歩いて図書館にやって来ました。
すがすがしい新鮮な気分でパソコンに向かって、こうして返信を書いているのですよ。 (微笑)

最近ふと、思う事があります。
海外で住んでいる方は皆、自分の考えにとてもオープンだなと。

私も日本で産まれて日本で育って社会人になりました。
デンマンさんのように自分の気持ちをオープンに出来るのは羨ましくも思います。
私もどこか、他人に自分の気持ちをうまく伝えられないことがあります。

一番最初にデンマンさんとお話をしたときにデンマンさんが言っていました。
「日本人はうまく言葉を伝えよう。。。正確に正確に・・・という思いが強すぎる」と、言っていました。

確かに、日本人はそんな所があるようですね。
私もそんな所があります。(笑)

そうです!そうです!
欧米で生活するには、はっきりと自分の意見を言わないと 馬鹿だと思われます。

はっきりと物を言わないと、馬鹿にされたり、いじめを受けたり、日陰者扱いですよ。
とにかく、言うべき時には、バンバン物を言わないとダメです。


『死に向かう心の旅路』より
(2014年4月14日)

日本で、あまりズケズケとモノを言ったら、当然けむったがられますよ。。。 でもねぇ~、カナダで暮らしてゆくには、自分の考えていることや思ったことは、まずはっきりと言うべきです。。。 日本と違って黙っていると悪い方に受け止められてしまうことが圧倒的に多い。。。 まず、馬鹿だと思われますよ。。。

分かりました。。。 デンマンさんの言葉を肝に銘じて、なるべく馬鹿にされないように気をつけますわァ~。。。 (微笑)


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【デンマンの独り言】


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真由美ちゃんは、現在ノース・バンクーバーでホームステーしながら
VCC (Vancouver Community College)にかよって
パン職人・ベーグル職人の勉強と実習に励んでいます。

ところで、真由美ちゃんも3人兄弟なのですよ。
すぐ上にお兄ちゃんがいて、
その上にお姉ちゃんがいます。

つまり、真由美ちゃんは末っ子なのですね。
佐世保で事件を起こした女の子の家庭と同じように、
両親は共働きで、夕食は 幼い3人の兄弟が
順番に作って自分たちだけの夕食を囲んだそうです。

真由美ちゃんがパン職人・ベーグル職人を目指すのも
そんな家庭環境で育ったからかもしれません。

でも、重大な問題も起こさず3人とも元気に成人し、
お兄ちゃんも、お姉ちゃんも今では結婚して家庭を持ち
子育てに励んでいます。

真由美ちゃんも、もちろん、バンクーバーで元気に頑張っています。

だけど、先生やクラスメートとの英会話には、今でもまごつくことがあるそうです。
外国語というのは習得するのが実に大変です。

あなたは英会話を勉強してますか?
できれば、英語を話している国へ行って英会話を勉強するのが一番です。

でもねぇ~、英会話を勉強する方法に王道はありません。
人それぞれです。。。
自分に合った勉強法を見つけるのが、英会話の上達の早道だと僕は思いますね。

同じことを同じように勉強しても、人によって上達が違うのですよ。
僕の経験で言っても、人によって、語学の才能というのはまちまちです。

太田将宏老人のように、40年もカナダに住んでいるのに
英会話が満足にできずに 4人に成りすまして日本語でブログにコメントを書きなぐって余生を過ごす人もいます。

なかには、日本語を忘れてしまうほど、英語にどっぷりと浸かってしまう人もいます。
20年以上英語圏で英語を話してますけれど、
僕は、漢字を忘れることはあっても、日本語を忘れることはありません。

もちろん、今でも、英語を話すよりも日本語を話す方が楽に話せます。
僕自身は語学の才能があるとは思ってませんが、
僕が、カナダ人と笑いながら話しているのを聞いていると、
真由美ちゃんには さっぱり 何を話しているのか解らないと言うのですよね。

僕がペラペラと英語を話しているように見えるのだそうです。
早くデンマンさんのように 英語がしゃべれるようになりたい、と真由美ちゃんは言います。

しかし、僕は、常に、英語を日本語のように しゃべれたら いいなと思っているのですよ。
外国語を母国語のように話すのは、本当に難しいと思います。

いずれにしても、真由美ちゃんは小さい頃からの夢が叶ってぇバンクーバーにやって来たのです!


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現在、移住を目指して頑張っているところです。

ところで、あなたはバンクーバーに行ったことがありますか?

とっても素敵な街ですよ。


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世界で最も住みやすい街バンクーバー


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ビデオを見ても、なんだかワクワクしてくるでしょう?

卑弥子さんが バンクーバーにやって来たのは 2008年の元旦の2週間ほど前でした。

クリスマスをバンクバーで過ごして、それから元旦の“Polar Bear Swim (寒中水泳)”に参加したのです。


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上のビデオを見ると、まるで真夏のようでしょう?

ところが気温は確か2度ぐらいでした。 

水の中の方が暖かかったのです。

とにかく、バンクーバーには面白い人たちがたくさん居ますゥ。

あなたも、お暇と お金の余裕があったらぜひ出かけてみてください。

では、また興味深い、面白い記事を書くつもりです。

だから、どうか、あなたも またやって来てくださいねぇ~~。
じゃあね。


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If you’ve got some time,

Please read one of the following artciles:



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“ついに会えました”

“お天道様が見てます”

『真由美ちゃんのカナダ移住』

『真由美ちゃんのカナダ就活』

『ロマンと夢が広がる』

『カナダ就活と英語』

『カナダへの履歴書』

『真由美ちゃんの夢とベーグル』

『真由美ちゃんの命の力』

『迷い、決断、そして行動』

『夢と希望の光』


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『下着女装に負けない真由美ちゃん』

『真由美ちゃんの就活面接』

『真由美ちゃんのリクエスト』

『真由美ちゃん@とんでん』

『バンクーバーで面接』

『海外で面接』

『真由美ちゃん、読まれてるよ』

『真由美ちゃん@面接英会話』

『真由美ちゃん@教会』

『真由美ちゃん@バンクーバー渡航』

『真由美ちゃん@バンクーバー』

『心温まるスープ』

『大切な第一印象』


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『サンタ マユミちゃん』

『お汁粉@海外』

『お汁粉@カナダ』

『支払いでトラブル』

『風邪で甘えてる場合じゃねぇ~!』

『バレンタインのお菓子』

『結婚、仕事、人生』

『命の力だね』

『英語と真由美ちゃん』

『海外に目を向ける』

『カーネギーホールじゃないよ』

『やる気があれば道は開ける』

『ニャンニャンと人生』


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『ピラミス@美術館』

『夢のバンクーバー』

『バンクーバーの屋上で』

『オランダ移住』

『カナダ移住の夢』

『ディープコーヴ』

『浴衣のバンクーバー』

『黒豚テリマヨ』

『イタリアのベーグルとサルサ』

『花火大会』

『乙女老い易く学成り難し』

『真由美ちゃん@英語』

『真由美ちゃんダントツ』

『日本よい国天国だ!』

『やっぱりどこか狂ってる』

『日本で再会』


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『乙女力@宇都宮』

『いい出会いの連鎖』

『笑顔の乞食おばさん』

『ニュートンの暗い秘密』

『新年@バンクーバー』

『スープキッチン@新年』

『猫と癒し』

『猫と犬と癒し』

『大通りde水の滑り台』

『イルカとワンちゃん』

『カワウソ@スタンレー公園』

『生パンツ系男子とベトナム兵』

『愛と癒しの涙』

『ダンスとノーベル賞』

『おもてなし』

『思い出ポロポロ』

『ロブソンの5月』

『ネットが不倫を連れて来る』

『ペットと良心』

『夢のデニッシュ』

『パンツァネッラ』

『12歳少女の短命』

『行田の伯母さん』


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