三好栄子なの?


 

三好栄子なの?

 


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((ogasa012.jpg)


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僕は暇ができるとアクセス解析のグラフやリストを見るのです。

たまたまライブドアの僕の『徒然ブログ』のアクセス解析をしていたら次のリストが目に飛び込んできました。


(liv60705b.png)

『拡大する』

このリストは7月1日から5日までの5日間の「リンク元URL」のリストです。

相変わらず『宮沢りえブーム?』がダントツで読まれています。


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『宮沢りえブーム?』

宮沢りえさんは年を取っても、結構 人気が続いているのですよねぇ~。。。

どうして人気があるの?

それは上の記事を読んでもらえば判ると思います。

ところで上のリストの赤枠で囲んだ 18番に注目してください。

おそらく40歳以下の若い人たちは、「三好栄子」さんの名前を知らないかもしれません。

もし知っているとしたら、日本映画にハマっているオタクだと思います。

とにかく、上のリストを見るとGOOGLEで検索して『なぜ三好栄子?』という記事を読んだネット市民が5日間に二人居たということが記録されています。

それで、僕も「三好栄子」を入れてGOOGLEで検索してみたのです。。。 その結果を見てください。


(gog60705a.png)

『現時点での検索結果』


 
19,200件ヒットするうちのトップから5番目に僕が書いた『なぜ三好栄子?』という記事が出てくるのですよ。


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『実際の記事』

この上の記事は2012年の5月7日に書いたものです。。。 今けら4年前ですよね。。。 この時も、三好栄子さんには隠れた人気があったのです。。。 どうして分かるのか?

それは次のリストを見てください。


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この「検索キーワード」のリストは2012年4月25日から5月4日までの10日間の記録です。

「デンマン・シンジケート」のブログとウェブページに、どのような検索ワードを使ってアクセスしたのかを調べたものです。

「デンマン・シンジケート」とは、左サイドに書かれている18のブログと 1つのウェブページ(Beaverland Web)をまとめて一つのグループにしたものです。

見れば解るように15位までに個人の名前が使われたのは「三好栄子」だけなのです。

これを見ただけでも、三好栄子さんには隠れた人気があることが分かります。

個人の名前で検索して「デンマン・シンジケート」にやって来る人は1年とか2年とか長期的に見ると極めて少ないのですよ。

例えば、次のリストは2011年の11月から2012年の4月までの半年間の記録です。


(hg111-04.gif)

見れば判るように人の名前のような固有名詞は一つもないのです。

時には固有名詞がリストに載ることがあります。

例えば、次のアメブロの記録です。


(ame20114.gif)

これは2011年の12月16日から2012年の1月14日までの30日間の記録です。

「小笠原玲子」で検索して僕のアメブロの記事を読んだ人が17人居たのです。

なぜ?

理由は簡単です。

僕は次のようなメールを記事の中で引用したのです。

Subj:突然のメールで

失礼いたします。


(bouncy.gif)

Date: 10/03/2010 5:48:19 PM
Pacific Standard Time
日本時間:3月11日(木曜日)午前10時48分
From: ********@***.biglobe.ne.jp
To: barclay1720@aol.com

デンマンさんにメールを出そうかどうか、ずいぶんと迷いましたが思い切って書くことにしました。
私は小笠原玲子(仮名)と申します。
デンマンさんのブログを3年前より拝見しております。
レンゲさん、めれんげさん、小百合さん、それに卑弥子さん。。。それぞれ皆さん個性的で、いつも楽しみにして読ませていただいております。 私自身も BIGLOBE のウェブリブログでブログをやってます。 デンマンさんのブログを拝見しながら、いつも勉強させていただいてます。

今朝9時半ごろ「次郎のブログ」で『遠い恋・悔恨の涙』を読みました。 文中の『愛の涙』をクリックしたら Denman Blog のページへ誘導されました。 デンマンさんがたくさんのブログをお持ちであることは存じ上げておりましたが Denman Blog を見るのは初めてでした。

源氏物語について書かれていましたが、私も「六条の御息所」には関心を持っております。 東京に住む専業主婦の私にとって、気晴らしと言えばブログに記事を書くこと、それに買い物ぐらいです。 2児の子供の母親ですが、自分だけの時間を持つことがほとんどありません。 子供を保育園に送って、やっと一息つくのが9時半ごろです。

今朝、たまたま「六条の御息所」を読んで、いつか書こうと思っていた自分の肩を優しく押されたような気がしました。 それで失礼とは思いながらメールさせていただきました。

めれんげさんの豊満な肉体に対抗するわけではないですけれど、自己紹介のつもりで私の写真を貼り付けます。


(ogasa012.jpg)

結婚前に撮った写真です。
私のお気に入りの一枚です。
巨乳ブームの昨今、私が誇れるものは、おっぱいが平均よりも大きめなことぐらいです。
「六条の御息所」を読んで勇気が出ました。
また、そのうち、気が向いたらメールを書かせてください。

このメールがいたずらメールや、スパムメールでないことをデンマンさんならば、ご理解していただけますよね。
いづれにしても、失礼を省みず不躾に書いてしまいました。
これも「六条の御息所」の“生霊”のなせる業だと思います。
お笑いくださいませ。

かしこ。


『中年女性の愛の生活』より
(2010年3月19日)

小笠原玲子という名前は仮名なのですよ。。。 でも、素直に信じない人が中には居るのです。

たいていの人は、僕が自作自演してメールを書いたと信じ込んで、「くだらない!」と呟(つぶや)いて他のブログへ飛んでしまうのです。。。(微笑)

でも、複雑なオツムを持っている人は記事の中に出てくる次の写真もじっくりと見るのです。


(ogasa15.jpg)

この写真は僕がコラージュして、でっち上げたものなのだけれど、素直な人は信じますよ。

でも、ひねくれたものの考え方をする人は、「ウソだろう! 手間、暇かけて作るわけがない。 コラージュしたと言いつつ、実は、本物の写真を載せたんだろうよ! その方が簡単でてっとり早い!」

そう思う人が、たぶん「小笠原玲子」で検索して実物の玲子さんを突き止めてやろうと検索エンジンに向かったのですよ。 たぶんね。。。 (微笑)

この時には30日間で「小笠原玲子」で検索した人は17人でした。

ところが、「三好栄子」は10日間に28人がこの名前で検索しているのですよ。

この事実からして、三好栄子さんには隠れた人気があるということがマジで理解できます。

じゃあ、なぜ。。。?

あなたも、当然そのような疑問を持つはずです。

実は、三好栄子さんは脇役として黒澤監督の映画にはよく出てきました。

彼女は美人ではありません。。。 むしろ、その辺で見かけるおばさんとあまり変わりがない。 でも、地味でいながら個性的ないい演技を見せました。

すでに1963(昭和38)年に亡くなっていますから、亡くなってからすでに半世紀が経っているのです。

それなのに、今更どうして「三好栄子」で検索して僕の記事を読みにやって来たの?

あなただって不思議に思うでしょう?

小笠原玲子のモデルになっている人は、今でも生きていますよ。。。 それでも30日間で17人です。

ところが、三好栄子さんが亡くなってから約半世紀が過ぎている。

三好さんを個人的に知る人物は、三好栄子さんの魅力について次のように書いてます。

鼻息ジャンプ

高橋とよさんが生まれ付いての小津調名脇役なら、三好栄子さんは、欧風の灰汁(あく)の強い名演技者だった。


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  高橋とよ

同じ新劇出身の俳優さんとも思えないが、灰汁の強い演出家であった私の師匠渋谷実監督は三好さんの方を好んだ。
きだみのる原作の映画「気違い部落」(渋谷実 ’57)は題名が災いしてヴィデオ化期待薄の渋谷作品である。

…さて、この作品に脇で出演した三好さんは、素顔と演技の落差の大きさで私をびっくり仰天させた。
待機中の俳優さんを撮影順に呼びに行くのも助監督の仕事のうちである。

ある時、三好さんを迎えに行くと、車の都合で大船到着が遅れたらしく、メイクがまだ終わっていなかった。
しかし、開始時間には余裕があったので、その旨を告げたが、彼女は今にも泣き出さんばかりに、済みません、済みません、本当に間に合いますか、間に合いますかの連続であった。
勿論、撮影時間には十分間に合って、スタジオに入ったときはまだ余裕があった。


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        三好栄子

三好さんは監督に静かに挨拶した後、セットの片隅に控えたが、まるで水を打ったようにひっそりと静かであった。
おとなしい農婦だが、いざとなると怖い女、といった役だったと記憶する。
なにしろ30年以上も昔のこと、台本もないのではっきりしないが、その日は彼女の怒りが大爆発する件(くだり)を撮影したのである。

テストが何回かあって、いよいよ本番である。
それ迄の迫力も大したものだったが、いざ本番は想像を絶して凄く、喚き散らしたあと、鼻息も聞こえんばかりの勢いで周りを睨み回し、最後の目線がカチンコを持ってカメラの脇に立っていた私に当たって動かなくなった時は、そのあまりの迫力に思わず後ろの誰かを睨んでいるのかと振り返ったくらいである。

勿論誰もいない。
怖さのあまりに遂に私は何か悪いことをしたみたいにうなだれてしまった。
本番は1回でOK、渋谷さんは大満足であった。

三好さんは腰が折れるくらいに深い最敬礼をしてセットを出て行き、私は監督の、丁重にお送りしての声を背にこわごわと控え室までお送りしたのである。
途中、三好さんは今にも泣き出さんばかりに、渋谷先生は本当にご満足なさったのでしょうか、と何度も何度も念を押される。
私も負けずに大丈夫です、凄かったです、最高ですと褒め称えながら、水がいきなり沸騰する湯に変化したようなものすごい落差に圧倒されていた。

いま目の前にいる三好さんは偽者で本物はは未だセットにいるのではないかという錯覚に捕らわれかけた。
映画界暮らしも長いが、三好さん以上に激しいジャンプ力の持ち主は未だに知らない。

今は、化けるという演技の原点を失った俳優ばかりだが、怖い、しかし最初の観客としての監督という存在が、すっかり権威を失ったことと無関係ではあるまい。

 

by 石堂淑朗

赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


85ページ 『キネマの美女』
編者: 文藝春秋 
1999年5月30日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

 

三好栄子

1894年4月8日 – 1963年7月28日

出生名は宮田 ハル(みやた はる)、結婚後の本名は森田 ハル(もりた はる)。
東京市神田区神保町出身。

1912年、跡見高等女学校を卒業後、島村抱月が結成し、松井須磨子らが所属する芸術座の演劇学校に入校する。
1915年、三好栄子の芸名を名乗り、浪花座での大阪公演『清盛と仏御前』で初舞台を踏む。
トルストイ作の『復活』や『アンナ・カレニナ』などの舞台に立ち、着実にキャリアを積むが、松井須磨子と衝突して芸術座を脱退し、同じく芸術座を脱退していた沢田正二郎に誘われて、1917年、新国劇結成に参加する。

しかし、沢田夫人である渡瀬淳子と衝突して新国劇を脱退、芸術座に復帰を許されるが、島村抱月や松井須磨子の相次いで亡くなったことで芸術座は解散。
1919年、辻野良一、五月信子らと大衆劇の劇団である新声劇の結成に参加し、中心女優として活躍する。

1925年、新声劇の奥役を務めていた森田信義と結婚、翌1926年、新声劇を退団し、小林一三や坪内士行らが結成した宝塚国民座に入り、森田も文芸部長として共に所属する。
国民座ではトップ女優として人気を得るが、同じく幹部女優だった出雲美樹子との確執からまたも脱退、以降はさまざまな劇団を渡り歩き、大阪松竹歌劇団の講師となり演技を指導する。
舞台にも終戦時まで出演を続けていたが、主に脇役にまわされることが多くなった。

第二次世界大戦後は、黒澤明監督に請われたのがきっかけで映画界入りし、1946年、黒澤の戦後第1作『わが青春に悔なし』で52歳にしてはじめて映画に出演、


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かつての艶姿とは打って変わって、ギョロ目と大きな口が特徴の性格女優として活躍し、以降は50年代にかけて黒澤作品をはじめ木下恵介、成瀬巳喜男、小津安二郎、溝口健二、五所平之助、市川崑、豊田四郎といった日本を代表する監督の作品に立て続けに起用された。

また、東宝のサラリーマン喜劇では森繁久彌演じる主人公が最も恐れる社長会長(先代社長の未亡人)という役どころで多数出演し、順風満帆の役者生活を送っていた。

しかし、私生活では1951年、夫の森田が完成試写を見るために自宅から撮影所へ自動車で向かう途中、急行電車と衝突し死亡する悲劇に見舞われている。

1959年、仲代達矢主演の『野獣死すべし』での出演を最後に病気のために引退、映画出演は13年間で110本を数える。

1963年7月28日午後5時10分、老衰で世を去った。


出典: 「三好栄子」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

。。。ということなのですよ。。。 つまり、見い出される人というのは、主演を演じるにしろ、脇役を演じるにしろ、それなりの素質の人、努力の人なのだと思いますねぇ~。。。 もちろん、性格的にも優れているところがあるはずです。

しかも上の文章を書いた石堂淑朗さんは、後日、名脚本家として知られることになりますが、かなり変わった経歴の持ち主です。

石堂淑朗


(ishido02.jpg)

1932年7月17日 – 2011年11月1日

石堂 淑朗(いしどう としろう)は、日本の脚本家、評論家。
広島県尾道市久保町出身。
実家は『東京物語』の撮影が行われた浄土寺の近く。

旧制尾道中学校(現・広島県立尾道北高等学校)在学中に学制改革を経験するが、男女共学化に反対して岡山県立岡山朝日高等学校に転校。
しかし翌年秋からここも共学化されるのを知り、同校を2年生の夏に中退。

大学入学資格検定を受けて同級生よりも1年早く広島大学に入学したがまた中退して、東京大学文学部独文学科に入学した。
東大在学中から、同期の種村季弘、吉田喜重らと「同人誌」を刊行。

東京大学卒業後、1955年、吉田と松竹大船撮影所に入社。渋谷実のもとで助監督修行。

1960年に『太陽の墓場』で脚本家デビュー。
大島渚、吉田喜重、篠田正浩、田村孟らとともに、“松竹ヌーヴェルヴァーグ”と言われた1960年代初頭の映画革新運動の中心的役割を果たした。

同年、大島と共同脚本を執筆した『日本の夜と霧』が浅沼稲次郎刺殺事件を理由に上映禁止になると、翌1961年、松竹を退社した大島と行動をともにし、大島主宰の「創造社」の同人となった。

大島渚作品の『太陽の墓場』、吉田喜重作品の『水で書かれた物語』、実相寺昭雄作品の『無常』、浦山桐郎作品の『非行少女』などは彼の初期代表作である。

大島と袂を分った1965年以後は、フリーの脚本家となりテレビでの活動が増え、『マグマ大使』、『シルバー仮面』や『帰ってきたウルトラマン』などの特撮ヒーローもの、『必殺仕掛人』や『子連れ狼』といった時代劇、SFドラマ『七瀬ふたたび』、銀河テレビ小説の第1回作品『楡家の人びと』などさまざまなジャンルの作品を手がけているが、一貫して反俗的作風となっている。
映画では1989年の『黒い雨』が、多くの賞を獲得した。

俳優として、テレビドラマ『必殺仕掛人』や映画『飼育 (映画)』、『必殺! THE HISSATSU』で悪役を、大島渚の映画『絞死刑』でコミカルな拘置所の教誨師役を演じている。
また『ウルトラマンタロウ』第24話に父親役でゲスト出演、大河ドラマ『花神』には力士役で出演した。

脚本家としては左派色の強い監督達とのコンビで多くの作品を残したが、晩年の評論・エッセーなどでは保守派の論客とされた。
亀井龍夫が編集長をつとめていた頃の月刊誌『新潮45』に随筆を寄せていた。

1991年に日本シナリオ作家協会会長、1992年に日本映画学校校長、1993年に近畿大学文芸学部客員教授に就任するなど後進の指導にもあたった。
近大時代には清水崇らを育てている。

2008年に発売された著作『偏屈老人の銀幕茫々』の序文にて、「私の文筆の仕事は本書で終わりました。後は冥界で実相寺昭雄や今村昌平と会うだけです」と記した。
ジャーナリストの有田芳生はブログにて本書を「比類なく面白い」と述べ、序文の言葉を受けて「そんなことをおっしゃらずに、もっともっと書いてくださいよ。お会いしたこともない石堂淑朗さんにそう伝えたい。」と結んだ。

2011年11月1日、膵臓がんで死去。79歳没。
なお、訃報は親族の希望により1か月伏せられた後に公表された。


出典: 「石堂淑朗」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

石堂淑朗さんは、数々の映画やテレビドラマの脚本を書いてます。。。 石堂さんが脚本を書いた映画やテレビドラマを あなたも知らずに見たはずですよ。

三好さんと石堂さんの生き様(いきざま)を眺めると、僕は103歳で現役の篠田桃紅さんの言葉を思い出すのです。

性格が運命をつくる


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芥川龍之介は、運命は性格の中にあると言った。
運命が性格をつくるんじゃない。
性格の中に運命はある。
近ごろほんとうだ、と思うようになった。
さまざまな境遇に遭ったけど、私の性格が自分の運命をつくったということはたしかですね。

ああいう運命だからあの人はああいう性格になった、と言うんじゃないのね。
性格というのはずいぶん先天的なもの、もって生まれちゃったもの。
運命は後天的でしょうね。

私はきょうだいがおおぜいいましたが、同じ父母で同じ境遇で育って、同じものを食べているのに、きょうだいみんなそれぞれちがった運命を歩んでいる。
同じ境遇にあっても運命は別だから、境遇が運命をつくっていない。

たとえば、小さいときに両親がうまくいかなくて、境遇が性格をつくるということもあるけれど、その性格の中で運命がつくられる、そう思った。
芥川さんの言うとおりだと思う。

性格が運命を拓(ひら)き、もって生まれた性格というものが、いい作用をするときにいい運命になって、悪いほうに働いてしまうと悪い結果をもたらす。
勘みたいなものですね。
勘がいい働き方をするときと、そうでないときがあるように。

自分の勘は、絶対まちがいないなんて、誰もそういうことは言えないけれど、ある種の勘というもので、人の運命が開いたり閉じたりすることはありますよね。
運命はだから性格の中にあるというのは、ほんとうにそう。
私にはそういうことが幾度か思いあたります。

努力することも性格。
性格というのは一切です。
だからあたりまえと言えばあたりまえ。
そういう性格の中で運命が決まっていくというのは、何も取り立てて言うほどのことではない。

私は、理性的なものを大事にして生きていかなけらばいけないと思っていて、理性を尊ぶ性格ではあるけれど、どうしてもおさまらない自分というものがいた。
それが私の性格で私は生きてきた。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)


49-51 ページ 『百歳の力』
著者: 篠田桃紅
2015年7月13日 第8刷発行
発行所: 株式会社 集英社

『結婚するの?しないの?』にも掲載
(2016年6月27日)

どう思いますか?。。。 あなたも、たまには自分の性格のことを考えてみたらいかがですか?


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ですってぇ~。。。
そうですわよねぇ~。。。
世の中には性格が良くないために、不幸な人生を歩んできている人がおりますわァ~。。。

ええっ。。。 具体的にどういう人かってぇ~。。。?

デンマンさんが、太田将宏さんのことで たくさんの記事を書いていますわァ~。

昨日、デンマンさんは太田将宏さんのことで次の記事を書いたばかりでござ~ますわァ。


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『ウソの雪ダルマ』

面白いですから、ぜひ読んでくださいませぇ~。。。
おほほほほほ。。。

ところで、性格と運命についてのお話も結構でござ~ますけれど、
たまには古代の日本の歴史についても 探求してくださいませ。

平安史、古代史の記事を用意しました。
ぜひ お読みくださいまし。
では。。。

天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。 

天智天皇は暗殺された 

定慧出生の秘密 

藤原鎌足と長男・定慧 

渡来人とアイヌ人の連合王国

なぜ、蝦夷という名前なの?

平和を愛したアイヌ人

藤原鎌足と六韜

古事記より古い書物が

どうして残っていないの?

今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?

マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?

とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)


(surfing9.gif)


(sayuri5.gif)

ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。



(miya08.jpg)

『外人に乗っ取られた日本?』

『失われたバレンタイン』

『軽井沢夫人@日本王国』

『都知事になれなかった男』

『落選男の正体?』

『カナダはカエデの国なの?』

『海外飛躍遺伝子』

『ふるさとは遠きにありて…』

『芭蕉と遊女の出会い』

『芭蕉と遊女が…あれぇ~!』

『宮沢りえと3723人の観客』

『血のつながり』

『チョー有名な三角関係』

『日本の真ん中』

『デンマンの死@玉淀』

『血の絆』

『イジメられたら?』

『アタマにくる一言をかわすには』

『顔文字がダメなら?』

『日本の一番長い日』


(annasalleh.jpg)

『オルフェと聖徳太子』

『寅さんの本棚』

『平成の紫式部』

『心にしみるウンチ』

『念願のトップページへ』

『愛とロマンの昔話』

『愛とロマンのアクセス解析』

『兄妹の恋のつづき』

『源氏物語エロいの?』

『酒が行って着物目変境』

『日本は外人に乗っ取られたの?』

『ん?ヒトラーはベジタリアン?』

『ふるさとの選挙と黒い霧』


(hama10.jpg)

『ハマグリにハマる』

『ハマグリの誘惑』

『ハマグリの足跡を追って』

『芭蕉と遊女』

『光源氏もビックリ』

『エロエロ源氏物語』

『悲痛の紫式部』

『卑弥子のえっち』

『白妙の和歌を探して』

『キーワード診断』

『紅のボート難民』

『ん?ネトウヨ』

『下衆のかんぐり』

『桓武天皇のママがネットで』

『ござが天皇とGOOGLE』

『エロ 建礼門院』

『一敗が三人に!』

『行田の黒い霧をはらう』

『行田市長@夢の対談』

『「自分の壁」の嘘』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


(byebye.gif)

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